ことばの揺れ〜言語におけるグレシャムの法則
“抱(だ)く”を“抱(いだ)く”と読みて憧れし女優(ひと)に「教養がない」と嘲(わら)われたりき
------小川 太郎 (『出版人の万葉集』所収)□ Ye knowe ek, that in forme of speche is chaunge
Withenne a thousand yer, and wordes tho
That hadden prys now wonder nyee and straunge
Us thenketh hem, and yet they spake hem so,
And spedde as wel in love as men now do.
------Geoffrey Chaucer “Troylus and Criseyde”II,1.22(1382-5年執筆)【みなさんもご存知のように、言葉の形は
千年の間には変化する。そして当時のそれぞれの単語は
その時には強力な価値を持っていたが、今では弱々しく、奇妙に見える。
しかし、当時の人々は、その古い方法で実際に話していた。
愛する時には今の人と同じように愛の言葉を語ることができた】若い人の言葉遣いはなっていない、と怒ることなく、どうか長い目で見守っていただきたい。
-----金田一春彦『日本語を反省してみませんか』角川書店日本の言語文化は、慢性的な全体主義、規範主義のリンチに病んでいる。
-----田中克彦『ことばの差別』農山漁村文化協会
英語を習いたての頃、oftenをオフトゥンと発音して、教師に笑われてしまい、それ以来、英語がすっかり嫌いになった同級生がいた。同情はするものの、先生のいうことを聞かないからだとも思った。
ところが、実際、アメリカ人と話すようになるとしばしばオフトゥンと発音している人もいるのに気づいた。かなりの知識人でも頻繁にオフトゥンと発音する。『マイ・フェア・レディ』でも上流階級のフレディがオフトゥンと発音している。
だから、最近の辞書には「しばしば“t”も発音する」と明記してある。
□ 国語審議会は「見れる」「食べれる」という「〜れる」で終わる言葉を審議の対象にすることに決めたという。いわゆる「ら抜き」の言葉なのだが、今の若い人には何の話か分からないくらい「ら抜き」が蔓延しているし、多くのワープロも「ら抜き」でしっかり変換できるようになっている。「来れる」は広辞苑(第4版)になくて、大辞林(第2版)にはあってただし、《「来られる」が本来の形》などと注がある。
「食べれる」「見れる」などの「ら抜き表現」【日本語変換ソフトATOK11などでは《ら抜き表現》と警告が出る】を嫌がる人がいる。「られる」などとRが3個も続くのは言いにくいし、他の表現と混同することもない。「見られる」は可能の意味か受け身か分かりにくい。「見れる」だと明らかに可能を指す。むしろ、受け身の「られる」と区別できるから合理的ですらある。元々、《ら抜き表現》を使っている方言もあった。例えば、川端康成は1933年の『二十歳』の中で「銀作は一家を離れて見れるやうになってゐた」と書いているし、『雪国』でも駒子の「よそをうけちやつた後で、来れやしない」「きょうは来れないわよ、たぶん」などのセリフがある(『日本国語大辞典』には「見れる」「来れる」という見出しで掲載されている)。地域差があって、話し言葉としては昭和初期から次第に東京でも広まっていったらしい。
蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語2』に上手に説明する図表があったので、引用しておく(日本語学校ではグループで動詞を分ける)。
基本形
可能形 受身・尊敬形 第1グループ 五段活用
書く 走る
書ける 書かれる
走れる 走られる 第2グループ 一段活用
出る 着る
出られる (出れる) 着られる (着れる) 第3グループ
カ行変格活用 サ行変格活用
来る する
来られる (来れる)
できる される
赤字の部分だけが可能と受身・尊敬が同じで、混乱しやすいから「出れる」などの「ら抜き」が生まれた
(第2グループの「きる」など「る」の前が一文字の言葉と第3グループは尊敬語の形が「お〜なります」の形とはならない)実は、駒子たちの言葉はどこかで方言が入っているからとも思えたのだが、新潟出身の斎藤美奈子によれば、「雪国の山育ちの娘とはとうてい思えぬ言葉遣い」で「麹町あたりの若奥さんか何かのよう」で「少し前の東京の山の手言葉に近い」という。だから、新潟だと次のようになるべきだという。
「駅長さん、私です、ご機嫌よろしゅーございます。」
「ああ、葉子さんじゃないか。お帰りかい。また寒くなったよ。」
「弟が今度こちらに勤めさせていただいておりますのですってね。お世話さまですわ。」「駅長さん、私らて。なじらね。」
「やいーや、葉子さんらねっか。お帰りらかね。ばっかさぁめなったれねー。」
「おじが今度おめさんげに勤めさしてもろてるがんらてね。お世話様らこて。」斎藤は鋭い。「同じ川端康成でも『古都』の千恵子は京言葉で話していることを思うと微妙なサベツを感じるが、そんなわけでヒロイン駒子は、山間の温泉町の芸者というより『あなたは東京の跳ねっ返りの女学生か』と問いただしたくなるような言葉をつかう」という。
永井愛の『ら抜きの殺意』(光文社文庫)という戯曲では、健康食品・器具を通信販売する会社で「ら抜き言葉」を平気で使う若い社員の伴篤男と「ら抜き言葉」が我慢ならない中年のアルバイトの海老名俊彦が互いの弱みを握って激しく対立しあう【テアトル・エコーの公演(安原義人、落合弘治、雨蘭咲木子、熊倉一雄)を放送していたことがある】。島田荘司にも『ら抜き言葉殺人事件』という推理小説がある。
いわば、言葉の揺れを「確信犯」的に使った演劇なのだが、「確信犯」というのは本来「道徳的・宗教的・政治的な信念に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪。思想犯・政治犯・国事犯など」を指すのであって、悪いと思っていて実行することではない。実際の政界で「確信犯」という言葉が使われるのはたいてい「失言」騒ぎのときだ。たとえば日本の植民地支配を正当化する発言をする。近隣諸国の反発にあって謝罪したとしても「腹の底では発言は正当だと思っているのだろう」と「確信犯」扱いされる。思想や宗教に基づいた信念といえるかどうかは確信できない。
林真理子は会話や言葉のテンポが早くなっている時代に、「ら」を入れると間延びするともいう。
若い人の表現を笑うおじさんがどこでも必ずいるが、言語学者・柴田武はこういう人を「られるおじさん」だという。二言目には「オレの若いころは」と説教する親方がいた。ある時、突然の落雷に腰が抜けながらも、騒ぐ若い衆を前に平静をとりつくろって一喝した。「さ、騒ぐんじゃねぇ!オレの若いころの雷はこんなもんじゃなかったぞ」…。
柴田は唱歌の「蝶々」の<菜の葉に飽いたら…>というのはおかしいと思ったという(『生きている日本語』筑摩)。東京では「飽きたら」で自分の出身地である名古屋の方言に直して覚えたのではないかと思った。歌詞を調べたらやっぱり「飽いたら」だった。訳詞?した野村秋足(あきたり)は名古屋生まれで愛知師範学校の先生を務めた。つまり、「飽いたら」は野村の方言で、でも本人は方言とは思ってなかったに違いない。明治時代は上方語の「飽いたら」の方が標準語だったかもしれない。東京中心の考えで言葉を断罪するのは間違っている。
雅子様は婚約会見で「いい人生だったと振り返れるようにしたいと思います」という発言をした。当時、朝日新聞はそのまま「振り返れる」と報道し、読売では「振り返られる」と直して報じていたそうだ。ただし、「ない」をつけたときに直前が「ら」(ア段音)になる「振り返らない」「変わらない」「太らない」のような動詞は、江戸時代から「振り返れる」「変われる」「太れる」のように言うことができた。これは今いわれる「ら抜きことば」とは違う。もちろん一方で「振り返られる」「変わられる」「太られる」と、「ら」を抜かさない言い方もあった。どっちでも可能を表せるが、むしろ今では前者のほうが優勢で雅子様は間違っていなかった。つまり、読売は過剰矯正(hypercorrection)してしまったのである。
「代々のいちゃもん」 川崎洋(『詩集言葉遊びうた』思潮社)
ナニナニです
と言うな
ナニナニでございますと言え
です は でげす のつづまった言い方で下品だ
大槻文彦先生
国語学者・国語辞書『言海』編集・(一八四七〜一九二八)
がそうおっしゃている
おっしゃっているもいけない仰せられると言えと
これは落合直澄先生
国文学者・神職・(一八四〇〜一八九一)
のおことば
若い世代の言葉づかいにいちゃもんをつけるのは
いつも上の世代でこれは順送りなのだ
そこでわたしもここで
いちゃもんをつけたいことがある
ナニナニじゃないですか
という言い方だ
目下広くはびこっている
スットコドッコイのタワケと毒づきたくなる
相手と同等あわよくば上位に位置したいという
欧米人の気持ちのありように影響されている
己の意見を正論と勝手に決め押しつけやがる
そいつらが老人になったとき さて
次の世代の日本語にどんないちゃもんをつけるか川上弘美の『あるようなないような』(中公文庫)の「なまなかなもの」というエッセイでこう書いている。
私はいわゆる「ら抜き言葉」というものを使うことができない。「ら抜き言葉」とは、動詞に付いて可能形をつくる「られる」という助動詞を「れる」と省略するかたちの言葉づかいである。例えば、「食べられる」を「食べれる」と言う、そのような言葉づかいだ。文章の世界ではいっぱんに「ら抜き言葉」はよくないものとされているようだ。歴史的に使用されてきた「られる」を「れる」にしては、格調がなくなる、というような理由によるものか。ところで現在私たちの日常生活においては「ら抜き言葉」はごく普通に使われているし、また関東圏でない土地では元元の言葉が「ら抜き」であることも多い。ようするに「ら抜き」を「歴史的でないから悪し」とする姿勢もあれば「特にこだわらない」という姿勢もあるということだろう。個人的にはどちらの姿勢にも異存はない。ないので、私としては「ら有り言葉」を使ってもいいはずだし、「ら抜き言葉」を使ってもいいはずなのだ。ところが、いざ「ら抜き言葉」を使おうとすると、私の体はがんとして反抗してしまうのである。
「食べれる」と言おうとしたとたんに、口がつぼまってしまう。「見れる」とワープロを打とうとしたとたんに指がちぢこまる。「喋れる」という、「ら抜き」とは認定されないかもしれない言葉でさえ、だめなのである。「喋れる」を消して、「喋ることができる」などという持ってまわった表現に直してしまう。これは、自称「東京人」である母からの「刷り込み」だという(お父さんは富山生まれだという)。
ところが、SMAPの「夜空ノムコウ」の一節「あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ・・・」というのによって呪縛を解いたという。
「これたかなぁ」 この部分が、私にとっては大いなる「葛藤」だったわけである。いつもならば、私は「これたかなぁ」にこだわってこの歌を歌えなかったにちがいない。ところがSMAPの力といおうか作詞家のスガシカオ氏の力といおうか…ら抜きでもかまわない、いや、それどころか、ら抜きでなければこの感じは出ない。葛藤した。私は大いに葛藤した。しかし、「これたかなぁ」のよろしさは強力だった。あまりに強力だった。そして、ついに私は長年の「ら抜き」への禁忌を克服したのだった。SMAPの力を借りて、はじめて母からの「ら抜き」の呪縛からのがれることができたと、ただし、「克服」「のがれた」などと言っている間は、呪縛は弱まっていないのだ、これからも葛藤は続くにちがいない。あーあ。
□ 「ら抜き」と同様に問題になっているのが、「さ付き」(「さ入れ」)である。「お先に帰らせていただきます」ではなく、「お先に帰らさせていただきます」(ATOKでは変換できなかったが「さ入れ」表現と表示されるようになった)という。使役の助動詞」せる」は五段とサ変のどうしに付き、「させる」は上下一段とカ変の動詞につくのが原則である。それを「では、私の方から読まさせていただきます」などという。
「始めます」より「始めさせていただきます」の方が丁寧だという言語意識から文法の原則を崩していることになる。「…させていただきます」が浄土真宗から来たという司馬遼太郎の説もある。
実は「さ付き」は起源が古く、『とはずがたり』にも「御扇や御堂に落ちてはべるとご覧じて、参らさせたまへ」という言い方があるし、江戸の『東海道中膝栗毛』にも「まちなよ、意趣げへしをやらかさそふ」という言い方が出ている。
文化庁の「国語に関する世論調査」でも、5割以上の人が気になると答えている。2002年に出版された大修館の『明鏡国語辞典』が国語辞典で初めて「させていただく」を見出しに立てた。文化庁による平成14年度の「国語に関する世論調査」で、57.1%の人が「あしたは休まさせていただきます」という言い方が気になると答えました。これは、同じ質問をした平成8年度と比べて、23.8ポイントも増えている。『明鏡』は次のように解説している。
語法 五段動詞を受けて使うときは、「意見を書かせていただく」のように、「…せていただく(五段動詞の未然形+助動詞「せる」)」の形になる。実際に動作をする人の意向を積極的に示そうとして、五段動詞の未然形に「させる」を付けた言わさせてもらおう」「読まさせていただく」なども行われるが、一般的でない。
つまり、五段活用の動詞を受ける場合には、助動詞「させる」ではなく「せる」を用いた、「…せていただく」という言い方になる。例文の「休む」は五段活用の動詞で「休ませていただく」というのが伝統的な言い方といえるのだ。
□ 似たような表現に「表す」「表せる」、「にらみを利かす」「利かせる」、「思いを巡らす」「巡らせる」という揺れがある。「ス型」「セル型」ということがあって、後者の方が優位になってきているが、どっちがいいのか思いを巡らすのも面白いかもしれない。
□ 文化庁の調査では他に「お会計のほう、一万円になります」「千円からお預かりします」という言い方について尋ねています。それぞれ50.6%、45.2%の人が気になると答え、ともに平成8年度の調査より大きく増えている。
『明鏡』はそれぞれ「表現 『おつりの―お渡しします』『お飲物の―はいかが致しましょうか』など、近年乱用の傾向が見られる」「4 《「○○円から―」の形で》[俗]売り手が釣り銭の必要な代金をいったん手もとに引きとる。「千円からお―・りします」△〜ヲではなく〜カラを使うのは、預かる金額が代金よりも高額であるという含みを表すためか」と書いている。
「ほう」がおかしい、という人もいるが、大江健三郎の『「新しい人」の方へ』(朝日新聞社)というタイトルはどう解釈するのだろう。
ちなみに、僕の「〜から」の解釈は最終的にお金を預かる店主ではなくて、パートタイマーであり、「店主より先に○○円からお預かりします」という意味で使っていると考えるものである。実際に、この表現が多用されるようになったのはレジをパートの人が占めるようになってからである。
□ 今の皇后である美智子妃がまだ、婚約中の頃、国文学者の池田弥三郎が国民の模範となるには鼻濁音ができない、と注文をつけたことがあった。次に記者会見のあった時には鼻濁音ができるようになっていて、すばらしかったというオチがついたのだが(あわてて矯正したのだ)、この鼻濁音のできない人もどんどん増えている。
例えば、「濁音は滅亡寸前? 」という記事が朝日新聞(99年12月3日)に載った。
ガギグゲゴを鼻へ抜けるように発音する鼻濁音が存続の瀬戸際に立っている。この四半世紀でほとんどの子どもが発音できなくなった地域がある。アナウンサーさえもできたりできなかったり。一方で、外国人への日本語教育では、鼻濁音の発音を教えるケースが多い。来年には、表記の面でも区別できるようになり、声が聞こえる発音辞典もできる。その微妙さゆえに日本語の上品さの代表例とされる音の響きは消えるのか、それとも踏みとどまることができるのだろうか。
信州大学の馬瀬良雄名誉教授を中心とするグループが今年、長野市内の小学生35人に聞き取り調査した。鼻濁音で発音すべき言葉を話してもらい、できた数を集計する。1975年には91%の成績だったのが24年間で、5.7%まで落ちた。
78年当時、長野県更埴市の小学4年だった22人には30歳を超えた今年、21年ぶりに再調査してみた。「信号」「金魚」など16の言葉すべてを鼻濁音で答えたのは、前回の59%から4.5%になり、もともと話せた人も使わなくなっていた。
さらに、テレビでアナウンサー計51人がニュースを読んでいる時の使用状況も調べた。使うべき場面を100とすると、NHK65%、民放55%の使用率。35歳で区切ってみると、ベテランより若手がNHKで12ポイント、民放では30ポイント低かった。
この結果についてNHKは「実態は残念ながらさらに悪い」とみる。ニュースはまだ発音に気をつけて読もうという意識が働くが、現場中継やインタビューでは話す内容や時間の方に気を取られてしまう。
新人アナウンサー研修の期間を短縮したうえ、発声以外の講義を増やしたことが一時期ある。NHK放送文化研究所の柴田実・用語担当部長は「これが一因かと疑ったが、研修を元に戻しても発音は改善しなかった。若いほどこの発音になじみがなくなっている」。
岩手や秋田など東北地方を中心に、アナウンサーへの苦情は今も減ってはないという。「少数派とは言え、聞き苦しいと思う人がいる限り、鼻濁音はやめない。研修を徹底していく」とNHKは説明する。
「十五」と「銃後」、「千五」と「戦後」はいずれも後者だけが鼻濁音で、聞いて区別できる。しかしこんな言葉は限られており、分からなくても不自由はまずない。話しのプロでも発音が崩れ、テレビやラジオで非鼻音ばかりを聞く機会が増える半面、正式に使い分けを学ぶ機会がない。こうしたことが衰退の原因とみられる。
岡山大の中東(なかとう)靖恵専任講師(日本語学)は馬瀬名誉教授らとともに、海外の日本語教育事情を調べている。27カ国(台湾を含む)から11月までに寄せられた日本語教師79人の回答を集計したところ、「鼻濁音を教えている」という答えが16カ国、教師数では4割近い31人に達した。「サンプルが少なく、教育程度もさまざまとは言え、こんなに多いとは」と驚く。
パソコンに搭載される文字の標準を決める「新JIS漢字」が来年1月、正式に発表される。仮名や記号も含めて現在の約7000字が一気に1万1000字まで増える、その中にガ行鼻濁音を示す「カ゜キ゜ク゜ケ゜コ゜」も採用された。
昨年新版が出た「NHK 日本語発音アクセント語辞典」は、通産省から助成を受けてマルチメディア版の開発が進んでいる。実際の発音をベテランアナウンサーの音声として聞ける初の辞典。鼻濁音の発音法の解説もつけて来年中には市販される見通しだ。
声楽家の妻は北原白秋の「AIYANの歌」という柳川方言がいっぱい入った歌を歌うことがあるが、日本歌曲の解釈・伴奏の第一人者である塚田佳男先生に「この曲は鼻濁音で歌ってはダメです」と教えられた。九州は鼻濁音のない地域で、当然、白秋は鼻濁音を使わなかったという論理なのである。
日本人が必ずきれいな言語(言語学的には証明できない話)ということで名前をあげるフランス語は口腔母音が12に加え、4つの鼻母音もあるので、16も母音があるのだが、若者はいくつかの母音を聞き分けも再生もできなくなり、消滅しつつある。言葉が変化していくのは日本だけではないのだ。
フランス語に特徴的なrの発音も昔からそうだったのではない。昔はべらんめぇ調の震わせ音だった。次いでノドチンコを震わせる音になり、今はパリの発音とされる喉の奥の上顎(軟口蓋)と舌との間のかすれ音である。パリで誰かが発音したらかっこいい、となって広まったのだ。柳田國男の「方言周圏論」と通り、古い発音は地方に残っている。
□ 方言でいえば、関西では「きつね」というと油揚げが入ったウドン、「たぬき」というと油揚げが入ったソバだった。関東では「キツネ=油揚げ」、「タヌキ=天カス」だったので、「きつねソバ」も「たぬきウドン」も存在していた。ところが、関西の人には「きつねソバ」も「たぬきウドン」もあるなんて考えられないのである。ただし、これも「まるちゃん」の「赤いキツネ」と「緑のタヌキ」というシリーズが出てから揺れている。
「杜氏」も地方によっては「とじ」(ATOKで変換できない)だが、「とうじ」が共通語的であり、放送局でもこちらを使う。
ここでちょっと一段落するが、「一段落」は「いちだんらく」か「ひとだんらく」か?
「間髪を入れず」は「かんぱつ」か「かんはつ」か?「他人事」は「たにんごと」か「ひとごと」か(最近では「人ごと」と書くようになった)?「大地震」は「だいじしん」か「おおじしん」か?僕にも大自信がない。
「固執」は「こしつ」といった方が正しいように思えるが、実は「こしゅう」の方が古い。「執」というのは「執念」のように「しゅう」というのが普通なのだが、語頭では「執権」「執行」のように「しつ」となる。これが間違って「固執」にまで使われたらしい。実は「確執」も「かくしつ」ではなく、「かくしゅう」なのだが、これ以上、この言葉に固執したくない。
「憧憬」も「どうけい」で変換できるが、「しょうけい」だ。「滑稽」も「こっけい」ではなく、「かっけい」だというが、そんなことを言えば笑われるに決まっている。
閑話休題。と書いたら次はまじめになればいいのか?不真面目を続ければいいのか?正しくは「真面目な話に戻る」ことなのだが、間違っている人も多い。フランス語では“Revenons a nos moutons.”「我々の羊に戻ろう」というらしい。
□ いちいちこんな「言葉の乱れ」を問題にするのは耳障りかもしれないが、この「耳障り」も聞いて不快に感じる「耳障り」は正しいとしても、「耳触りがよい」と使うのは「誤用」だった。ところが、「耳触り」にも市民権を与えている辞書が2001年に改訂された『三省堂国語辞典第五版』で「耳触り」は「聞いたときの感じ、印象」とあり、例文に「耳触りがいいことを言う」を挙げている。
『岩波国語辞典』で「定義づける」という言い方が本来の用法から外れた〈誤用〉で(院生でも「定義づける」と書く人がいる)、『新明解国語辞典』で「班点」が「斑点」の嘘字であり、『新潮現代国語辞典』で今日では一般には「麻酔」と書くのを「麻睡」と書くこともあったと記載している。こうして辞書によって「揺れ」を記載しているものもあるのだが、辞書が書いた瞬間、それは「鑑」となり、「揺れ」を排除する方向に進んでしまう。
丸谷才一は「生きざま」という言葉が嫌いだという。銀座に生まれた池田弥三郎は確か「ど真ん中」が嫌いだった。
言葉に対して厳しい見方をする人もいる。宮本輝は『父の目方(めかた)』(光文社文庫)で友だちの口まねをして下品な物言いをすると、父親から「そのような言葉遣いをする人間に育てるためにわしはお前の父になったのではない」と激しい形相でにらみつけられたという。「まさに子供の私の身がすくむほどの叱り方だった」という。そのせいで、自分の息子たちにも同じことをきつく課した。「下品な言葉遣いはしないというのは、まっとうな人間の美徳のひとつであるにちがいない」と書いている。
文章家が言葉に対する好悪を口にするのは構わないが、多くが主観的である。高島俊男は向田邦子の文章は歯切れのいい「きっぱりと言い切る文章である」、男の文章であるというが、永井荷風などは「である」が大嫌いだと小説『雨瀟々』の中で書いている。「このであるという文体についてわたしは猶(なお)古人の文を読み返した後など殊に不快の感を禁じ得ないノデアル。わたしはどうかしてこの野卑蕪雑なデアルの部内を排棄しやうと思ひながら多年の陋習遂に改むるによしなく空しく紅葉一葉の如き文才なきを嘆じてゐる次第であるノデアル」…。
「嫌なことば」 中桐雅夫(『会社の人事』晶文社)
何という嫌なことばだ、「生きざま」とは、
言い出した奴の息の根をとめてやりたい、
知らないのか、これは「ひどい死にざま」という風に、
悪い意味にしか使わないのだ、ざまあ見ろ!
「やっぱし」とか「ぴったし」とかにも虫酸が走る、
舌足らずのタレントの甘ったれた言い方だが、
やっぱり、ぴったりと言えないのなら、
「びっくりした」を「びっくしした」と言うがよい。
「なになに的」を使わずに本を一冊書いた人もいる、
政治家の「前向きで」など、使用禁止は当然だ、
評論家も「ある意味では」をやめて、
どんな意味でかを、はっきり書くようにしたらよい。
生きていてどれほどのことができるのでもないが、
死ぬまでせめて、ことばを大切にしていよう。僕が何となく嫌いな言葉は「結果を出す」「元気をもらう」「癒し」などかもしれない。
□ 外国人が「ヤハリというのが本当ですか、ヤッパリですか」と日本の学者に聞いたら「やっぱり、それはヤハリだろう」と答えたというジョークがある。最近は「やっぱ」とか「やっぱし」の人も多くなった。金田一秀穂には『ことばのことばっかし』という、信じられないタイトルの本もある。
『新明解国語辞典』には次のように書いてある(「とと」というのは「さかなの幼児語」とされる)。
そくおんびん【促音便】
音便の一つ。用言の「持ちて・見とうもない」などがそれぞれ「持って・見っともない」、副詞の「やはり」が「やっぱり」、名詞の「とと」が「とっと」になるような変化。英語でこれに相当するのジョークもある。ある先生の授業で「それは私です」というのはIt's I.が正しいので、決してIt's me.と言ってはいけない、と教えた直後に人の気配がしたのでWho is it?と聞いたら、校長がIt's me.と答えたというのがある。
日本語の「ら抜き」と似たような問題は英語でもあって、分離不定詞(split infinitive)と呼ばれる。例えば、映画『スタートレック』で“To boldly go where no one has gone before. ”というのが分離不定詞である。昔から大論争になっているもので、 American Heritage Dictionaryは専門家のパネリストを設けて討論している(cf.split infinitive)。“これを正面から扱ったのに言語学者デビット・クリスタルのWho Cares about English Usage?(Penguin Books1984,2000)という本の“To boldly split, or not to split?”という章である。I want you to seriously consider your position.”の“ to seriously consider”のことである。“I want you seriously to consider your position.”といえばいいのに、離してしまうために、不興をかっている。クリスタルによれば、分離不定詞が攻撃されるようになったのは19世紀で、18世紀には問題視されなかったという。しかもその理由が奮っていて、ラテン語には分離不定詞はない、というものだ。
日本語で分離不定詞に一番似ているのは「今度の改革は大きな私は意味を持っていると思っているのです」というような表現かもしれない。
しかし、分離不定詞でこんな議論が出てくるのはイギリス英語に汚い言葉はないということなのだが、彼らの英語の毛並みの良さを証明するのは「クイーンズ・イングリッシュ」である。ところが、当のエリザベス女王でさえクイーンズ・イングリッシュがおぼつかなくなっている、というアメリカ人の分析をイギリスの日曜紙「オブザーバー」が紹介したことがある(99年6月)。
この専門家は、恒例の女王のクリスマスメッセージの一節“The young can sometimes be wiser than us.”を例に引き、「もったいぶった言い方を避けようと努めているのは理解するが、 “than us”はやりすぎ」と主張する。「といって “than we”もかなり堅苦しい。“than we are”が正解だ。女王のことば遣いは、よくいえばくだけている。しかし、要するに間違いだ」と手厳しい。英国クイーンズ・イングリッシュ協会の71歳の長老も「耳が痛いけれど、その通り。女王はとてつもない間違いをしてくれた」と同調した。
風間喜代三先生の『ラテン語・その形と心』(三省堂)の中に面白い言葉が紹介してある。
Caesar non supra grammaticos.
これは「皇帝は文法家たちの上に立たない」という意味で、スエトニウスの『文法家伝』De Grammaticisで語られているエピソードから生まれた言葉だという。ポンポニウスといううるさ型の文法家が皇帝ティベリウスの演説の中の1語を非難した。ところがある法律家が、それは立派なラテン語だが、もしそうでなくても今後はそうなるだろうと皇帝にへつらった。怒ったのはポンポニウスで「なぜなら、皇帝、あなたは人々に市民権は与えられるが、言葉には与えられないから」、つまり、皇帝といえども勝手にラテン語を変えることはできないと反論したのだった。
この話の教訓は、言葉にはいつも揺れがあり、「正しい言葉」というのは共同幻想でしかない、ということである。漱石以降、近代の文章で「正しい」文章を書いた人はいない。いつだって乱れている。言語学者はそういう立場を取っているので「誤用」に目くじらを立てることができない。
「正しい日本語」というのは幻想でしかない。一体どの時期の、誰の日本語を基準に「正しい」といえるのだろうか。せいぜい、自分の生きた時代の日本語を「正しい」といっているにすぎず、その人たちも一世代前の人からは「間違った日本語」とされていたと容易に想像できるのである。
現代英語で顕著な揺れは母音と子音に挟まれたtの発音である。有声化現象というが、tがdになる傾向がますます強くなっている。例えば、“Get the lettuce that's a little bitter.”が“Get the ledduce that's a liddle bidder.”のようになってしまう。おかげで“writer”と“rider”の区別がつかなくなっていて作家だと思ってつきあって、いつの間にか乗られてしまう女性も多い。
大学に定冠詞をつけるかどうかも分かれる所で、自分の大学にちゃんと“The”をつけているかいないかで本物と偽物を分けることができるのだそうだ。
アステア&ロジャーズのミュージカル『踊らん哉(かな)』では発音が違うことを笑った歌が出てくる。
Let's Call the Whole Thing Off by Ira Gershwin
You say "either" and I say "either"
You say "neither" I say "neither"
"Either" "either", "neither" "neither"
Let's call the whole thing off
You say "potato," I say "patattah"
You say "tomato", I say "creole tomata"
Oh, let's call the whole thing off
Oh, if we call the whole thing off
Then we must part and oh
If we ever part, that would break my heart
So, I say "ursta" you say "oyster"
I'm not gonna stop eatin' urstas just cause you say oyster,
Oh, let's call the whole thing off
Oh, I say "pajamas", you say "pajamas"
Sugar, what's the problem?
Oh, for we know we need each other so
We'd better call the calling off off
So let's call it off, oh let's call it off
Oh, let's call it off, baby let's call it off
Sugar why don't we call it off,
I'm talking baby why call it off
Call it off…
Let's call the whole thing offうちはいつも「まつさかぎゅう」を食べている(←ウソ)が、「まつざかぎゅう」という人は本物を食べていないな、と思ったりするのと同じである。松阪市も「まつさかし」が正しい。高知県に「南国市」というのがあり、「なんこくし」が正しい(ATOKだと「なんごくし」では「南国死」になりそうだ)から固有名詞は本当に難しい。
□ 本質的に「正しい」とか「美しい」言葉というのはない。「間違った」「汚い」言葉というものがあってはじめて「正しい」「美しい」言葉が生まれてくるのである。現代哲学で説明すると「脱構築」ということになるが、ちょうど、本物のブランド・バッグというものが最初からあるのではなくて、偽物が生まれた時にはじめて「本物」となるのであって、本質的に「本物」があるのではないのだ。
「正しい」言葉をもっと教えろ、という人も多いだろう。だけど、しつこく言っているように「正しい」言葉というのは剥いたタマネギなのだ。
「お父さん」「お母さん」というのも明治の中ごろ、文部省で国定教科書を編纂する時に考案した、つまり新語だという。じゃあ、「正しい」呼び方はなんていえばいいの?
おとうさん、おかあさんとい言葉まで役所がつくった国は世界にないだろう。
-----司馬遼太郎(大野晋編『対談 日本語を考える』中公文庫)平田オリザが『対話のレッスン』(小学館)で紹介している1960年代の「ネ・サ・ヨ運動」というものがある。語尾の「ネ・サ・ヨ」を追放しようという一大言語改革運動で、鎌倉市の腰越小学校から始まって東日本の国語教育を席巻したものである。これは僕も知っていた。ところが、同時期に「ネ・ハイ運動」というのが起きていた。五木寛之の『青春の門』の舞台となった福岡県嘉穂郡の大分小学校で「間投助詞のネをなるべく使うように、返事はハイというように」という指導だった。文末詞の「タイ」や「バイ」を使わずに「ネ」を、返事も「ウン」と言わずに「ハイ」と答えよ、ということだった。つまり、腰越小学校で「人間関係を壊す」とされた「ネ」が、大分小学校では美しいスマートな言葉の象徴として扱われていたのだ。つまり、「正しい」言葉を教育するというのは無理なのである。
しっかし、専門家は何をかんがえとるんじゃ、言語同断じゃ!と言葉を荒げる人がいるかもしれないが、「言語」もこの場合は呉音で「ごんご」だが、漢音だと「げんぎょ」になってしまって。「げんご」という言い方さえ「あやしい」ことになるのである。言語学は明治に「げんぎょがく」と呼ばれたし、『福翁自伝』の文章にも「げんぎょ」というルビがついている(「げんご」という個所もあって揺れている)。それに、「荒げる」だって、昔は「あららげる」だったのだ。
国語学者は的確に答えてほしい、といっても「てきかく」か「てっかく」か辞書によっては立項する方が異なっている(広辞苑は前者で、新明解は後者)。学者は判断するには適格(てきかく、てっかく)ではない。
中西進は『美しい日本語の風景』(淡交社)で、『徒然草』で兼好法師が「手紙のことばも昔のものはりっぱだが、今は口にすることばも情けなくなった」(二二段)と書いていて、この昔にあたる『枕草子』では清少納言が「近ごろはト抜きことばを遣っている」(二六二段)と憤慨していることを紹介した後、言う。
私はこうした現象を「言語末世観」と呼んできた。この論法はことばにおける弥勒(みろく)待望論なのである。
しかし、ことばは、いかに弥勒が現れようとも、政府が統制しようとも、いうことは聞かない。何ごとも主人のことをよく聞く犬と違って、ことばは猫だからだ。多分ことばは「吾輩は猫である」というだろう。フッサールは「伝統とは起源の忘却である」といっているが、起源をたどっていくと、まるで違うものに行き着いてしまうことはよくあるのだ。
□ 言葉の揺れをめぐっての議論はローマ時代からある。「変則論者」(anomalist)と「類推論者」(analogist)の対立がそれで、変則論者は言語には変則的なところがあり、文法と論理の間には矛盾があって、さまざまな例外や揺れがあると考え、類推論者は変則的なところがあったら文法学者が意識的に介入して排除すべきと考えた。
忘れてはいけないことは文法家が文法を作ったのではなく、ただ整理しているだけなのだが、文法書ができたら、その途端に規範として一人歩きすることが多い。「だって、ここに書かれている…」といって。
世界最大で最高の言語辞書はOED(Oxford English Dictionary)だが、「歴史的観点」から作られている。この「歴史的観点」はOn Historical Principlesと複数形になっていて、Historicalの冠詞がaかanかで(つまり、ヒストリカルなのかフランス風にイストリカルなのかで)大論争になって複数形でごまかしたと言われている。実は語頭のH音を発音するようになったのは20世紀の初めで、OEDが作られている途中の現象だったのだ。日本語でhumour「ヒューマー」を「ユーモア」と発音するが、この言葉を使い始めた坪内逍遙の頃にはまだH音を発音していなかったのである。
Doctors Disagree.(学者は意見を一致させず)の典型的な例でいかに辞書を作る作業が大変かこれだけでも分かる。
□ 古くはどういったか調べれば分かる、という人もいるだろうが、言葉というのはものすごく変化していて元をたどれば何もない、ということが多い。子どもが「緑い」なんていうのに眉をひそめる人は「正しい」日本語というものがあると考えるのだろう。しかし、「白い」「黒い」は「正しい」かもしれないが、「黄色い」は類推から生まれているもので同じように間違いである。少なくとも「緑色い」という形は認めないといけなくなる。
『大言海』を編纂した大槻文彦は「です」は「でげす」のつづまった形で下品だ、というし、『大辞林』などにも『である』の意の丁寧語」と書かれているが、今は逆で僕らの世代では永井豪のマンガ『ハレンチ学園』しか思い浮かばないで下司な言葉だと思っている。言葉の「きれい・汚い」を古典にたどって行こうとするのは大限界がある。国文学者の落合直澄は「おっしゃる」はいけない「仰せられる」と言え、というがまるで江戸時代だ。古ければいいということにはならない。
現在、両形が拮抗しているものをあげれば「施行」がある。漢和辞典などで「施」をみると漢音がシで慣用音がセとなっている。慣用音というのは中国古来の発音からすると誤りであるが、昔から一般に使われている読みである。つまり、シが「正しい」のであるが、既に「施療、施主、施肥」「布施」などで定着してしまっている。常用漢字表でも両方が併存している。「せこう」と読むのは「執行」(しっこう)と音が似ていて間違いやすいからだという説がある。昔は「ハイビジョン」のことを「高品位テレビ」と呼んでいたのだが、「コーヒーテレビ」に聞こえるということで放送では変えられた事情と似ている。
「生じる」か「生ずる」かも揺れている。ちなみにgooで検索すると「生じる」(88976)と「生ずる」(23229)とどちらもいっぱい出てくる。「感じる」か「感ずる」か。いずれも、後者の方が、年寄り臭くなっているが、揺れている。
小松英雄『日本語はなぜ変化するか』(笠間書院)の例で言えば、「落ちる」という動詞は近世以降の言い方で、「落(あ)ゆ」「落つ」「落つる」などというように変化してきていて、さまざまな変転が認められる。
役所ではセコウが優勢だが、これはシコウが「試行」と同音衝突する(紛らわしくなる)からである。
「他人事」は「ひとごと」というのが本当だったが、最近では「たにんごと」でも通じてしまう。「発足」も「はっそく」ではなく、「ほっそく」なのだが、通じにくい。
言葉というのはだらしないものなのだ。この「だらしない」も元は「しだらない」といった。式亭三馬(しきていさんば)の『浮世風呂』に「しだらもなく酔ってきて」の文章があり、“しだらがないといふ事を「だらし」がない、「きせる」を「せるき」など言ふたぐひ、下俗の方言也”という注釈を書いている。明治に入っても使われていて、有島武郎が『或る女』で「しだらなく睡入つた当番の看護婦」と書いている。
□ 料理名でも揺れがある。1876年、クラーク博士が「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を定める。漱石の『三四郎』が食べるのも「ライスカレー」だ(1908年)。
昼飯を食いに下宿へ帰ろうと思ったら、きのうポンチ絵をかいた男が来て、おいおいと言いながら、本郷の通りの淀見軒(よどみけん)という所に引っ張って行って、ライスカレーを食わした。
明治初期に新宿中村屋が売り出したのは「カリーライス」だったという。「カレーライス」が定着したのは高度成長期の後だという。
どちらが正しいかということは簡単にはいえない。英語でも“curried rice”か“rice and curry”と揺れがあるからだ。
井上靖は「ほんとうのライスカレー」というエッセイを書いていて、村で祖母だけが作れた味が誇らしかったという。
「私はいまも祖母の作ってくれたものをライスカレーと呼び、他はカレーライスと呼んで、きびしく両者を区別している」。
向田邦子は「昔カレー」(『父の詫び状』)の中でカレーを絶妙に定義している。
カレーライスとライスカレーの区別は何だろう。
カレーとライスが別の容器で出てくるのがカレーライス。ごはんの上にかけてあるのがライスカレーだという説があるが、私は違う。
金を払って、おもてで食べるのがカレーライス。
自分の家で食べるのがライスカレーである。厳密にいえば、こどもの日に食べた、母の作ったうどん粉のいっぱい入ったのが、ライスカレーなのだ。他にも「焼きねぎ」か「ねぎ焼き」か、「レバニラ」なのか「ニラレバ」なのか?という問題がある。村上春樹はニラレバだ。
もしそこにニラがあっタラ、もっと料理が香ばしくできてたのに? もしそこにレバーがあレバ、お客にもっと喜んでもらえたのに? あのなあ、そういうふざけたこと言うんじゃないよ。ニラレバの世界にな、タラレバはないんだ。よく覚えておけ。まったく情けねえよな。ふがいなくって、おいらぽろぽろ涙が出るぜ。それでもおまえ、料理人のはしくれか?
-----村上春樹『うさぎおいしーフランス人』(文藝春秋)地域差があって新方言とでもいうべきものもある。もちろん、「糸蒟蒻」と「しらたき」のように知られたものもあるが、他では例えば、「豚汁」を「とんじる」と呼ぶか「ぶたじる」(ATOKで一発変換できず)というか、地域差がある。2007年のNHKの調査では(20歳以上2000人を対象に実施)、「とんじる」と呼ぶ人は東日本に多く、「ぶたじる」と呼ぶ人は西日本や北海道に多い。新潟県上越地方では「スキー汁」と呼ばれているそうだ。全国平均では「とんじる」が54%、「ぶたじる」が46%だったという。
向田邦子といえば、2010年1月10日の読売新聞「編集手帳」には次のように書いてあった。ちなみに、英語でも2009年の読み方や(20)00年代の読み方には揺れがあって、決定版がない。
ヒャクトーバンを、その読み方を含めて定着させたのは、向田邦子さんが脚本家としてデビューした日本テレビの事件ドラマ「ダイヤル110番」だ。番組関係者は警察庁から表彰されている◆ドラマが始まった1957年(昭和32年)頃はまだ電話自体が少なく、ダイヤル化は都市部が中心だった。ケタの少ない手動交換地域では、110という番号を個人が持っている場合もあったらしい。このため人気番組は多少の混乱も招いたようである◆当時の読者欄に「テレビの影響で110番は警察だと子供も思っているがウチの地域は違う」との投書があった。【…】
□ 誤用が定着してしまっていて、正しいと思っていることが既に誤用であることも多いのだ。
たとえば、「洗滌」「独壇場」「白夜」「早急」「御用達」などは何と読むだろう。
「洗滌」は昔、センデキといった。ところが、みんな「条」と混同してセンジョウと読んでしまい、そちらの方が定着してしまい、それに合わせてやさしい漢字を用いた「洗浄」という語もできてしまった。
「独壇場」の場合、昔は「ひとり舞台」を意味するドクセンジョウ「独擅場」と書いた(「擅」は「ほしいまま」という意味)。ところが、みんな「独壇場」と間違った漢字を書くようになり、読み方もドクダンジョウに変わっていった。
「白夜」も「びゃくや」が定着しているが、『岩国』などでは「はくや」で立項してあり、「びゃくやともいう」と注意書きがある。池田弥三郎は『暮らしの中の日本語』(創拓社)の中で諸悪の根源は森繁久弥の「知床旅情」にあるという。逆に「白衣」は「はくい」が普通だろうが、「びゃくい」という言い方が古くからあった。
「早急」は今、現在揺れているところである。古い人は「サッキュウ」というが、若い人は「ソウキュウ」と読んで平気である(このワープロでは両方で変換できる)。
「希求」は憲法の前文に「恒久平和を希求し」と出てくるが、呉音では「けく」といった。
「御用達」は「ごようたし」か「ごようたつ」(漢音)か?実は「ごようだち」(呉音)という読み方もある。NHKでは「ごようたし」がずっと御用達だった。ところが、一九七四年に再検討した結果、放送では「ごようたし」とするが、「ごようたつ」も認める---というように改訂した。
「輿論」も同じで昔はヨロンといった。ただ、「世論」セロンも平安時代の書物にもあり、諭吉の『文明論之概略』の中にも出てきて別物だった。恐らく、「輿論」(「輿」は権力者を乗せて人が担ぐ中国の乗り物で担ぐ人を「輿人」ヨジンといって、彼らのお喋りを「輿論」と言った)の方が多く使われてきていたのだが、戦後の文字改革で「輿」が使えなくなってしまい、「世論」と書くようになった。今度はこれをセロンと呼ぶ人が出てきて、誤用が定着してしまった。
「義捐金」を読めない人も増えていると思うが、「捐」が当用漢字になくなって「義えん金」と分かち書きされたこともあったが、今は「義援金」で定着している。
「―膏肓に入る」(なおる見込みがないほど、重病になる)というのも「こうもう」ではなく「こうこう」というのが正しいとされる(「膏」は胸の下の脂(あぶら)、「肓」は胸の上の薄膜で、治りにくい部分である)。
「依存」は「いぞん」というと「異存」の意味になってしまって間違いだったはずが、誰も「いそん」とは言わなくなった。『岩国』などには誤りと表記。
「消耗品」は「しょうこうひん」と言わなければ無学だと罵られたものだ(パソコンでは「しょうこう」で変換できる)が、今は「しょうもうひん」だ。つまり、言葉は消耗品なのだ。『岩国』などには慣用読みと表記。
「間髪を入れず」は「かんはつ」が“正しい”が、パソコンでは「かんぱつ」で変換できる。『岩国』などには誤りと表記。
「他人事」は「ひとごと」が正しいが、ATOKでは「たにんごと」で変換できる。最近は「人ごと」と書くことも増えていて、元がそうなのだし、合理的だと思う。
「大地震」は「おおじしん」が正しいが、ATOKでは「だいじしん」で変換できる。
「一段落」は「いちだんらく」が正しいが、ATOKでは「ひとだんらく」で変換できる。
「受験」は最近では「受検」に統一されてきている。大辞林によれば、前者は“試験を受けること。特に、入学試験を受けることをいう。[季]春。 「大学を―する」「―生」”なのに、“検査を受けること”だ。大学受験などには受検は使いたくないのに、どこかで誰かがこちらを使うようにしているようだ。
こんなことばかり言っていると「情緒不安定になる」という人がいるかもしれないが、元は「じょうちょ」でなく、「じょうしょ」で、ATOKでも変換できる。“emotion”の訳だったが、“mood”の訳である「情調」と混同したという話を聞いたことがあるが、どうだろう。
あそこを「茂み」と書くか、「繁み」と書くか作家によって揺れている。
定着してしまったものに「義援金」(義捐金)「拠出」(醵出)「敷延」(敷衍)などがある。これらの漢字は他に使いようがなかったから、いいのではないかと思う。
だいたいNHKニュースというのがいけない。エヌ・エッチ・ケー【とカタカナで書くの】ではいかにも間のびしている。だからNHKと書くのだろうが、それならどうして日本放送協会、略して日放協という名前でいけなかったのか。これもふしぎである。ともかく日本語のお手本のように言われてきた日本放送協会がNHKと名のった以上、これはもうどうしようもない天下の大勢である。
-----多田道太郎『日本語の作法』(創拓社)□ こうした揺れに関して、文化庁が行った平成15年度「国語に関する世論調査」(「よろん」か「せろん」か知らないが)が面白い。
次の10語のうち、年齢差の見られる「早急」「地熱」「十匹」「3階」「あり得る」の5語について,年齢別に調査結果を示すと以下のとおり。(「どちらも同じくらいの割合で言う」「分からない」は省略。) ふだん「十匹」を「じっぴき」と発音している人の割合は、60歳以上では38.2%と,50代以下と比べて高くなっている。また、「3階」については,「さんがい」と発音する人の割合は高年層ほど高く、一方、「さんかい」と発音する人の割合は若年層ほど高くなっている。 (数字は%)
| 16〜19歳 | 20〜29歳 | 30〜39歳 | 40〜49歳 | 50〜59歳 | 60歳以上 | ||
| 早 急 | さっきゅう | 18.9 | 16.3 | 16.4 | 18.7 | 27.7 | 22.6 |
| そうきゅう | 80.2 | 81.0 | 79.2 | 76.7 | 68.5 | 72.0 | |
| 地 熱 | じねつ | 36.8 | 33.9 | 32.2 | 38.8 | 43.4 | 54.4 |
| ちねつ | 59.4 | 64.7 | 64.6 | 57.2 | 52.9 | 39.4 | |
| 十 匹 | じっぴき | 14.2 | 13.6 | 12.0 | 16.0 | 20.3 | 38.2 |
| じゅっぴき | 84.0 | 86.0 | 86.0 | 82.9 | 78.1 | 59.9 | |
| 3 階 | さんかい | 61.3 | 54.8 | 43.6 | 42.3 | 30.3 | 22.6 |
| さんがい | 34.0 | 42.1 | 51.5 | 53.9 | 67.4 | 75.4 | |
| あり得る | ありうる | 24.5 | 30.3 | 31.0 | 31.4 | 36.4 | 55.1 |
| ありえる | 73.6 | 66.1 | 60.8 | 64.0 | 58.7 | 38.3 | |
□ 孔子が編者とされる詩経では「一日三秋」の思いで待ち焦がれていたのが、いつしか「一日千秋」となった。人間の耐えられるつらさが増したせいだろう。でも、今更、詩経が正しいからといって「一日三秋」と書いたらコミュニケーションができなくなる。読み方も「いちじつせんしゅう」だったが、「いちにちせんしゅう」でないと通じなくなってしまった。
『岩波国語辞典』にも「綺羅星」という項目が載っていて、そこにも書いてあるように元は「綺羅、星の如く」であって「綺羅星」とするのは「異分析」である(ATOKは「きら」や「きらほし」で変換できず「きらぼし」のみ)。「綺羅」というのは「あや織りの絹と、うす織りの絹、転じて美しい衣服。また、あでやかで美しいこと」を意味していた。
正用を知っていても使えなくなったものも多い。「入水自殺」という場合、「じゅすい」が本当でATOKでも変換できるが、「にゅうすい」と言わなければ誰も分かってくれないだろう(放送局によっては自殺の場合は「じゅすい」と決めているところもあるようだ)。
細かいことになるが、送りがなも今は揺れを認めているが、かつて決まったものがあった。「終わる・終る」「変わる・変る」「打ち合わせ・打合せ」「表す・表わす」「行う・行なう」など揺れている(ATOKは前者のみ)。
□ 場面によって違うこともある。「競売」は普通「きょうばい」だが、法曹界では「けいばい」という。「遺言」だって、「いごん」という。しかし、「けいばい」「いごん」では通じにくくなっているだろう。
言語学の人にとって「口腔」は「こうこう」だが、お医者さんにとっては「こうくう」である(「口喉」“こうこう”と紛れやすいからだという)。素人は「こうくうげか」と聞いたら「航空外科」みたいに思ってしまう。「偏頭痛」も医学では「片頭痛」と書くことがあるし、新聞も「片頭痛」を使っているみたいだ。
集団語のところで書いたが、気象庁は「百葉箱」のことを「ひゃくようそう」と呼んでいるという。一般にいう「ひゃくようばこ」の立場はどうなるのだろう?
読み方で揺れがあって一番困るのはアナウンサーである。ある時、僕が出ていた番組で「刺客」を「しきゃく」と読んだ人に対して「しかく」が本当ではないか、という議論になって僕にコメントを振られてしまった。「もちろん、昔は『しかく』と習ったのだが、今では『しきゃく』が多いでしょう。こういうのは言葉のシカクですね」と答えるしかなかった。実は、「刺」を漢音の「せき」で読ませた「せっきゃく」という読み方もあって鴎外の『渋江抽斎』には(「―の刃(やいば)に命を隕(おと)した」という一節がある。「せっきゃく」の方が古いことになるが、パソコンでは変換できない(「しきゃく」は可能)。
「客観的」も古い先生が「かっかんてき」と読むのを昔は見たものだったが、今は通じないだろう。
※2005年の総選挙では郵政民営化法案に反対した議員に対して「刺客」が放たれたが、基本的には「しかく」という放送局が多かった。
放送局にはこうした用語集があり、例えば「博士」は正式な称号としていう時には「はくし」だが、物知り博士、お天気博士などという時には「はかせ」と区別している。
□ アクセントももちろん揺れる。僕自身、「富山」を県内では「トヤ¬マ」というが、東京では「ト¬ヤマ」と頭高にいう。
英語でアクセントはころころ変わる。“automobile”なんか典型的かもしれない。
□ 僕もある文章に「ら抜き」言葉を使ったら「言語学者だったらもっと勉強しなさいよ」と叱られた。今更、僕は言語学者じゃない、とかいっても始まらないが、断固として(とまで言う必要はないが)使う。この「勉強」という言葉にも今のような意味はなかった。「勉強」はもともと「努力をして困難に立ち向かうこと」を意味していた。商品を値引きするときに「勉強します」と言ったりする。商店主にしてみれば、困難なこと(値引き)を努力してやります、というわけである。原義から派生した使い方で明治以降のわずかの間に変化したのだ。
どうして「勉強」が「学ぶこと」や「学習すること」と同義になったのか。1872(明治5)年、日本に近代的な学校制度が導入された。政府は「学問ハ身ヲ立(タツ)ルノ財本(モトデ)」と謳った。タテマエとはいえ封建的な身分制度がなくなり、出自に代わって「学問」が立身出世の有力な回路になったのである。末は博士か大臣か。だが、学問を通じた立身出世の道が誰にでも開けていたわけではない。上級学校は狭き門だった。明治の野心的な青年たちにとって、「学問」はまさしく「努力をして困難に立ち向かうこと」だった。こうして、「学問や技芸を学ぶこと。ある目的のための修業や経験をすること」という意味になっていった。
□ 「謝意」というのは(1)の意味でしか使わなかったものだが、最近は(2)の意味で使う人が増えていて腹が立つ。是非、謝意を表してほしいところだ。
(1)感謝の心。「―を述べる」(2)あやまちをわびる気持ち。謝罪の心。 【『大辞林』】
ことわざや言い回しでも同じで「かわいい子には旅をさせよ」を「大事な子には色々な経験をさせなさい」という意味で理解している人も増えてきた。子供にはいろいろな経験をさせよ、という意味ではなく、苦労をさせろ、という意味だ。
「旅は道連れ、世は情け」と彼女は確認するように繰り返す。・・・「ねえ、それってどういう意味なのかしら。簡単に言ってしまえば」
僕は考えてみる。考えるのに時間がかかる。でも彼女はじっと待っている。
「偶然の巡りあいというのは、人の気持ちのためにけっこう大事なものだ、ということだと思うな。簡単に言えば」と僕は言う。
-----村上春樹『海辺のカフカ』最近の若い人は「舌を巻く」というとキスがうまいことだと思っているし、食間の薬は食事と食事の間に(つまり、昼の3時頃など)飲む薬なのに、食事中に飲まなければ気がすまないし、座薬も座って飲む人がいる(いないか…)。「いがん退職」というと胃ガンで会社を辞めたと思って、「快復をお祈りします」なんて返事をしたり、「あなたのことは草葉の陰から見守っています」なんて書いて自殺するのかと周囲を慌てさせたりする(「草葉の陰」というのは「墓のした」「あの世」という意味だ)。
しかも、最近揺れているのではない。「秋茄子は嫁に食わすな」は江戸時代から諸説入り乱れているという。時田昌瑞『岩波ことわざ辞典』は少し癖のある辞書だが、次のような説を出している。
(1)秋の茄子はうまいから嫁に食わせるのは惜しい(嫁憎し)。
(2)茄子はアクが強く体を冷やすので体によくないから嫁に食べさせてはいけない(本当にそんな姑がいるかな?)
(3)秋の茄子は種子が少ないから子種がなくなることを心配。
(4)秋の茄子には種子が非常に多いから(どっちだ!?)、子供が生まれすぎることを心配する。
(5)嫁とは鼠の異称で、鼠に人間の食べ物を食わせないこと。内田樹のお弟子さんの話は次のよう。
ヒフミは来年から女子アナになることになっているのだが日本語がやや不自由で、固有名詞を記憶できないというささやかな難点をかかえている。
某テレビ局の面接試験で「朝令暮改」の意味を問われて、しばし熟考したのちに、「朝はきちんと礼をして、夜寝るまえには一日の改めるべきことを反省する・・・」と答えて、面接官たちの腹の皮をよじらせた(残念ながらその局は落ちてしまったそうである。これだけ笑わせてくれる女子アナはレアだから採用してくれてもよかったと思うのだが)ジェフリ−・ア−チャ−の『十二の意外な結末』(新潮文庫)に「気のおけない友達」という短編がある。この「気のおけない人」という意味をまったく逆に取っている人が多い。何でも相談できる親友のことをいう。間違うと意外な結末に陥ってしまう。
という僕も若い頃、「女好きのする人」といわれて、「すけべ人間」と呼ばれたような気がして腹を立てたことがあった。本当は「男の容姿・気性が女の気持ちをひきつけること」だから、もてたはずなのだが、誤解したまま青春期をすごしてしまった。
「女心と秋の空」という言葉があるが、もともと「男心と秋の空」である。手元の『大辞林』には「(元来ハ「男心と秋の空」、変ワリ易イコトノタトエ)」とある。劇作家の宇野信夫は『小さな声で言葉とがめ』(早川書房)の中でベルディのオペラ「リゴレット」の中にある歌「風の中の羽根のように、いつも変わる女心」が流行して以来、「女心」に変わってしまったのではないかという。言葉も移ろいやすいものである。
「前向駐車」と言われたら、多くの人は駐車する時は後ろから突っ込み、道路側に前を向けるという意味だと思うだろう。でも、ファミレスなどでは最近「前向駐車」をファミレス側に向けて駐車することを意味するようになった。排気ガスがかからないように考えたものらしいが、時代は動いている。外国人留学生の中には「前向き」と駐車場に書いてあって、励まされているような気がするという人もいた。
□ 時代によって意味は変化する。古典で教わったと思うが、古語と現代語では意味が異なる。「月の影」の「影」は「光」という意味もあったし、「消息」(しょうそこ)は「手紙」「訪問の申し入れ・挨拶」、「あはれなり」は「しみじみと心に深く感じられる」、「けしき(気色)」は「様子」(お宝鑑定団中島誠之助「けしきがいい」)、「うしろめたし」は「気がかりだ」、「ののしる」は「「大声を出して騒ぎ立てる」、「いぎたなし」は「寝坊だ」、「ひとわろし」は「みっともない」だ。
佐佐木信綱の「夏は来ぬ」は「卯(う)の花のにほふ垣根に/時鳥(ほととぎす)早もきなきて/忍び音もらす夏は来ぬ」で白い卯の花はあまりにおいがしないものなのにおかしい。古語では「丹(に)秀(ほ)ふ」は、丹色(主に赤色)が美しく映えることである。時代が下ると、ある対象が周りに発散する美的な情調を言うようになる。元は視覚的表現に用いられたが、後に「香り」と同じように使われるようになった。ちなみに、「卯の花」は幹が中空なので空木(うつぎ)ともいう。
ごく最近でも「破廉恥」が「ハレンチ」となり、「不倫」が「フリン」となり、重みがなくなった。同様に「セクシー」という言葉は古い世代にとっては「尻軽女」の代名詞のように感じるのだけれど、若い人にはアメリカの用法と同じように(元はフランスのジャーナリストが「知的で活動的な、魅力的な女性」を指したのだが、日米では知性はあまり問われない)ホメ言葉となっている。
“liberal”という言葉も時代によって変化している。毎日新聞「余録」(2004年11月7日)である。
米国のカンザス州の大平原にリベラルという人口2万人の町がある。水の乏しい無住の地に1872年、S・ロジャーズ氏が住み着いた。当時、旅人は飲み水に金をはらった。しかし、雑貨屋を開いたロジャーズ氏は無料で水をふるまった。ひとびとは感謝して言った。「なんとリベラルな(寛大な)人でしょう」▲それがこの町の名前の由来だ。町の誇りである。ところが、米国では近ごろリベラルの旗色が悪い。政治家はリベラルと言われたら落選しかねない。こんどの大統領選で民主党のケリー陣営はリベラル色を薄めるのに汗をかいた。
妻の言い方で気になるものにパンツがある。僕らからするとパンツでしかないのにズボンのことを指し、使う場面は似ていて意味が離れているので面食らってしまう。
ごく最近では「やばい」というのが悪い意味ではなく、いい意味で使われている。英語でいえば、シェイクスピアの頃、niceは悪い意味だったが、いい意味になっている。『ナイト・オン・ザ・プラネット』は世界5都市を舞台に、タクシーの中で起きる出来事を描いた映画である。ニューヨークでは、東欧からの移民で街も不案内、英語もたどたどしいドライバーのタクシーに黒人の若者が乗り込む。若者は困惑しつつ「ここらが今、一番クールなエリアだ」などと教える。だが、そのクールが通じない。困った青年は「そうだな、クールってのは、ええと、つまり…ホットってことだ」と説明する。そんな風に言葉の意味は変化していく。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では未来から来た主人公がコーラを「フリー」で注文する。ドラッグストアの主人はそれが「タダ」という意味にとらえて、怒り出す。彼が言いたかったのは「(シュガー)フリー」だったのだ。
「雄弁は銀、沈黙は金」“Speech is silver, silence is golden.”ということわざも、作られたギリシャ・ローマ時代には金よりも銀の方が価値があったからまるで意味が違うという(『岩波ことわざ辞典』)。
英語でも“A rolling stone gathers no moss.”はイギリスとアメリカで意味が違う。苔をいい意味に取り、落ち着きが大切と考えるイギリスと環境を変えるのが常態のアメリカとの文化の違いを反映している。
最初の表記が正しいといっても実はむずかしい。芥川龍之介の表記も竜之介とか龍之介とか本人自身が揺れているので定まらない。正宗白鳥の『何処へ』は「いずこへ」「どこへ」、埴谷雄高の『死霊』も「しりょう」でも「しれい」でもいいらしい。安岡章太郎の『海辺の光景』は「かいへん」で、吉行淳之介の『寝台の舟』は明治期の「ねだい」らしい。
漱石の「坊ちゃん」だって、出版社によって「坊っちやん」(集英社)「坊つちやん」(岩波)と揺れている。明治40年の春陽堂版はタイトルが「坊っちやん」、中表紙が「坊ちやん」、本文の一行目の表題が「坊っちゃん」、本文中は「坊つちやん」になっている。初期の書籍を見ると、「つ」付きとなしとが混在している。作者である漱石自身も表記は一貫していなかったとされる。ただ、原稿には確かに「つ」付きとなっている。校正の段階で編集者が統一したという説がある。しかも、漱石が虚子に宛てた手紙の中では「坊チやン」と書かれている。
時々、漱石が日本語を作った、漱石は日本語の見本だという人がいるが、漱石を実際に読めばそんなことはいえない。「ぼんやり」を「盆槍」、「サンマ」を「三馬」、「バケツ」を「馬尻」と書いて平気だ。これが立派な漢詩を書いた人かと思う。池内紀は『文学の見本帖』(みすず)の「覗き穴」で書いているが、後に漱石のための『校正文法』(『漱石文法稿本』)という冊子まで作ったという。
漱石は文法に無頓着だった。たいして定見といったものがなかったのだろう。ときには無茶ですらあった。校正をしていた内田栄造---のちの---内田百
---が、あまりに非文法的だと思えるところをたずねると、「そんなことは知らないが、これでいいんだよ」と片づけられたことが何でもあった。
「〜とかしてました」という、批判される若者言葉も漱石は『吾輩』で「美学とかをやっている人」と書いているし、志賀直哉だって『邦子』の中で「私達はよく三越とか白木屋とかで、新家庭らしい道具類を買い集めて来た」と書いている。源氏にだって「いたちとかいふなるもの」(イタチとか聞く動物)と不確実な伝聞を示す「とか」があるとか。石原慎太郎だって『太陽の季節』で英子たちをナンパしようとする時に「先ず顔を良く見て、面(ラツ)がハクけりゃ」なんて言っているが、今の若者にはまったく分からないだろう。
「携帯」を「ケータイ」などと書く表記も評判が悪い。でも、「携帯電話」を指す時にはこちらの方がよりその存在感を示せるよう気がする。「煙草」も「タバコ」としないと感覚にぴったり来ない。「たばこ」では文字の中に埋まりそうだ。
いや、坂口安吾だって「鷹揚」を「オーヨー」などと書いていた。「趣」だってカタカナで「オモムキ」と表記していた。
日本語がヤバくなった、というと顰蹙を買うだろうが、このヤバイは川端康成が昭和4年から連載された東京朝日新聞の連載小説「浅草紅団」で流行らせた言葉だった。「この間お糸に紹介してくれたのはいいが、わたしと歩くのはヤバイ(危い)からお止しなさいといふんだ」と表現している(1929年12月12日)。隠語としては使っていたのだが、川端が使うことで広まったとされる。作家は模範とはならない。むしろ、従来の言葉を破る、ヤバイ言葉を使いたがるものなのだ。
漱石の文字に対する気持ちがよく表れているのは「満韓ところどころ」の次の一節である。
一時間の後佐治さんがやって来て、夏目さん身をかわすのかわすと云う字はどう書いたら好いでしょうと聞くから、そうですねと云って見たが、実は余も知らなかった。為替(かわせ)の替(かわ)せると云う字じゃいけませんかとはなはだ文学者らしからぬ事を答えると、佐治さんは承知できない顔をして、だってあれは物を取り替える時に使うんでしょうとやり込めるから、やむをえず、じゃ仮名が好いでしょうと忠告した。
漱石はおかしい、ということもできない。「親切」を「深切」と書いているが、こちらの方が深い気持ちが表れていていい。「くろうと」を「黒人」と書いているが、「玄人」も当て字なのだから、素人(白人?)にはどうでもいいような気がしてくる。
諺で僕が腹を立てるのは「藁をもつかむ思いで」(お願いします)とか、「老骨をむち打って」とか、「海千山千」などと言われる時だ。諺の意味の思い違いだと思うけれど、やっぱり腹が立つ。
□ 昔は京都で新しい言葉が流行しても年1キロ程度で移動するくらいだったが、今はテレビである日使われれば翌日から日本中で使われるようになっている。抵抗しがたいことになっている。
木下幸男『「流行語大賞」を読み解く』(NHK出版)によれば流行語には一定の規則があるという。
1 日本人にさり気なく潜在している“固有の心情”をくすぐっている。
2 表現技術の巧拙により“ほかにない新鮮なオリジナリティ”を感じさせる
3 まったく計算できない“社会トレンドという上昇気流”が支えている
4 “タイミング”と“サムシング”が隠し味になっている□ 新しい用法が出てきた時には「おかしい」とか「日本語を乱す」ということがいわれるが、いつの間にか定着することが多い。やっぱり、時代が要請するからである。
飯沢匡は『ショージ君の漫画文庫』の解説で次のように東海林さだおを描いている。
氏の発明と思われる「グヤジイ」という日本語も厳格な言語学者は「日本語を乱すもの」と怒るかも知れないが私如きものは、ひたすら感心してしまい氏の聴覚の鋭敏さに脱帽してしまうのである。
「グヤジイ」という音の中に総てのものが籠められているので「口惜しい」とは格段の違い、つまり迫力があるのである。生理学者で文部大臣だった橋田邦彦が「科学する心」を強調し始めた頃、「科学する」という日本語は奇妙だと思ったものだった。「破格」だと非難された。ところが、今では「哲学する」とか「言語学する」といってもそれほど奇妙ではないだろうし、「アクセスする」というように英語についても構わない。「キヨブタする」(清水の舞台から飛び降りる気持ちで物事にあたる)といっても不思議ではない。僕はパソコンは「マックな」人といわれるが、「マックの人」がただパソコンがマッキントッシュというのに対して、「マックな」人というのは考え方まで負け犬的で、反体制的で、場合意によっては芸術的という意味合いをもっていて、ぴったりなのかもしれない。
それにフランス語だって、-erをつけて何でも動詞にする癖がある。固有名詞を平気で動詞にする。例えば、ギリシャ神話の美青年アドニスは愛の女神アフロディテに愛されたが、狩りに出たところをイノシシに襲われて命を落とし、アドニスの流した血からアネモネの花が生じ、恋人を失って嘆く女神の涙はバラの花になったという故事から“adoniser”(アドニスする)とはいうと古い表現だが「念入りに化粧する」という意味になった。外来語も同様で、日本語の畳から“tatamiser”というと「日本化する」という意味だ。
文化庁が2000年に行った「国語に関する世論調査」全19項目のうちの一つ「ぼかす言い方、自信のない言い方」で「お荷物のほう」は全体の30.3%、「話とか」は16.4%の人があると答えている。言っているのは若い人で、中年以上はほとんど言わない。年代によって言語感覚が異なる。
日本人の言語感覚自体が揺れている。
□ 「正しい」使い方をしても世論に圧されて教養が疑われるから困ったものだ。『不思議の国のアリス』がつぶやくようなものである。
`besides,that's not a regular rule: you invented it just now.'
【それは普通の規則じゃないわ。あなたがたった今発明したのよ】
グレシャムの法則(Gresham's Law)というのはイギリスのトマス・グレシャムが1560年にエリザベス女王に対して進言した“Bad money drives out good.”(悪貨は良貨を駆逐する)という法則である。言語の場合も、言葉が本来持っていた意味から離れて別に意味に用いられる(時には全く正反対になる)ことがある。
しかも、言葉の場合にはどちらが悪貨か良貨か分からないことが問題である。
□ 正しい答えを見つけようと辞書に頼ることもできない。辞書によって大きな揺れのある言葉も多いからだ。
例えば、「黒子(A)・黒衣・黒巾」、「偏頭痛(A)・片頭痛」、「超伝導(A)・超電導(A)」、実況「検分(A)・見分【犯罪捜査規範ではこちら】」、「拠出(A)・醵出(A)」、風光「明媚(A)・明美(A)」、「貫禄(A)・貫録(A)」、「萎縮(A)・委縮(A)」などと揺れがある。【(A)はATOK11で変換できたもの】
これらは辞書によってどちらも載っていたり、片方だけが載っていたりと揺れている。
□ 「こどもたち」という表記には「子ども達」「子どもたち」「子供たち」「子供達」「こどもたち」「こども達」「小供」(当て字の多い漱石の表記で「子供」が親に対するものとすれば、「小供」は大人に対するものと考えられる)というのが出てくる。歴史的には「子“供”」とするのは当て字である。「供」は神仏への「お供え物」とか言うときの「そなえ」「供する」と言う意味の漢字だそうだ。また時代劇の「者ども、であえ!であえ!」と言うときの「者ども」の「ども」になると「手下の者」と言う意味だという。
ここから、子どもはおとなの手下じゃない、あて字ですまそうなんてしないで敬意を持って誠意を尽くして一緒に生きていこうという意味を込めて「供」はやめて「ども」にしようという動きがある。「子どもの権利条約」となっているのはその配慮からである。
なお、新聞・放送関係では、早くから、統一用語として「子供」を使っている。また、国民の祝日に関する法律では、毎年5月5日を「こどもの日」と定めている。ユニセフは全て「子ども」で統一しているそうだ。文化庁の「公用文の書き表し方の規準」では「子供」になっているが、他の白書はみんな「子ども」を使っている。
ATOK8では「子ども達」「子供たち」「こどもたち」しか出ない。
柳瀬尚紀は『日本語は天才である』(新潮社)で次のように書いている。
(差別だとは)お笑いです。「子ども」では「ガキども」「野郎ども」「男ども」「女ども」を連想して、かえって子供に申し訳ない。ぼくはずっと「子供」で通しています。
□ 最近の例でいえば、コンピューターとコンピュータと文部省と通産省で表記が異なる。文科系の学科が商船高専にできた時、「コンピューター」と書いたら工学系の先生からクレームがついてしまった。工学系では最後の長音は使わないという約束があるからだが、「フロッピー」を「フロッピ」とさすがにできないので「フロッピィ」と表記している人もいる。
表記に関しても揺れがある。「ヴァイオリン・バイオリン」「ヴィーナス・ビーナス」などが有名だ。竹西寛子の『国語の時間』(河出文庫)にヴァイオリン、ヴィオロンに関する項目があった。
一番困るのは人名で、「ベルレーヌ」と書かれると「ヴェルレーヌ」の詩を読んだ気にならない。辞書によって扱いが違うから困る。百科事典の多くでも「V」を「B」で表記するので困る。「レヴィ=ストロース」は「レビ=ストロース」になっていて、他人のように見えてくる。「ヴィトゲンシュタイン」は「ビトゲンシュタイン」かと思ったら「ウィトゲンシュタイン」だった。
日本語という膜に濾過されて「世界」が入ってくることもあった。最初はカタカナで聞いた「レビ・ストロース」という人名も、「レビス・トロース」なのか「レビスト・ロース」なのか、未分化のままだった。アメリカへもどり、横文字で見ると、それが「レビ・ストロース」であり、しかもその「レビ」が自分と同じ姓であることをはじめて知った。
-----リービ英雄『日本語の勝利』(講談社)科学や宗教(どちらも根は同じだが)によって揺れが生じることもある。
古い話でいえば、planetの専門語が東大系が「惑星」、京大系が「遊星」だったことがある。「遊星仮面」で育った僕らは京大系だったのだ。考えてみれば「わーくせい仮面」というとまるで迫力が出ず、剣道のお面を着けたみたいな感じがする。
国鉄では「係」を「掛」と書いていてびっくりしたものだが、旧帝大でも「係」を「掛」と書いていた。
イエス・キリストをフランス人は普通、ジェジュ・クリと発音する。同じフランス人でも新教徒はジェジュ・クリストと発音する。日本でもカトリックはイエズス、プロテスタントはイエスという。共同訳聖書が試みられて、イエススが使われたこともあったようだ。今はどうなっていうのか、イエスともノーとも分からない。
□ もちろん、辞書が悪いだけではない。
「買春」を「かいしゅん」と呼ぶのは「回春」みたいで個人的には嫌いだ。しかし、児童買春・児童ポルノ禁止法の成立で、「ばいしゅん」としか読めなかった“買春”が『三省堂国語辞典第5版』(2001年)では「かいしゅん」からでも引けるようになった。「売春」と区別する機能を重んじたからである。“ぼったくり”も品の良くない俗語だとして掲載が見送られて来たが、摘発するための「ぼったくり防止条例」が東京都にできたことで新登場した。辞書が悪いのではなく、社会が悪いのである。
新しく生まれたばかりのものでも揺れがある。
劇的だったのは「阪神大震災」をどう呼ぶかであった。被害がよく分からないので、「兵庫県南部」とか、「関西」といったり、「神戸・淡路」とか「阪神・淡路」といったり、「阪神」といったり揺れがあった。地震だから揺れがあるのは当たり前だが(ごめんなさい)、一般には2週後くらいに「阪神大震災」で落ち着いた。なお、気象庁は発生直後にこの地震を「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」と命名した【1979年以降、元号法で西暦表示から元号表示に代わった】。災害復旧の施策のために閣議決定(口頭了解)された災害の名称は「阪神・淡路大震災」だった。
Linuxという新しいOSの読み方は「ライナクス」「ライナックス」「リヌクス」「リーヌクス」「リーヌックス」「リナクス」「リナックス」「リニュクス」「リヌクス」「リヌックス」などと大揺れだ。英語の方はひとつだからあまり不便はないが、そのうち、どれかに決まっていくだろう。
□ 社会的な言葉に対する許容度(allowance)が必要だ。だから、間違って「アラウアンス」を「アロウアンス」と発音する外国人がいても許容しよう、という立場にアメリカ人も立ってくれないと困る。
言語学者は「言葉には揺れがある」「言語学は話者の知識ではなく、意識を問題にする」というテーゼにしがみつくしかない。
それはちょうど著名な語源学者で『ことばのロマンス』(岩波文庫)の著者であるアーネスト・ウィークリー(奥さんをD・H・ロレンスに寝取られた人)の言葉を思い起こさせる。
言語が安定しているということは、死後硬直と同じである。
柳田国男も『国語の将来』(創元社)で「大体の見込をいふと、日本語は日ましに成長して居る。語彙は目に見えて増加し、新らしい表現法は相次いで起り、流行し又模倣せられて居る」と書いた。さらに「日本語を以て、言ひたいことは何でも言ひ、書きたいことは何でも書け、しかも我心をはつきりと、少しの曇りも無く且つ感動深く、相手に知らしめ得るやうにすることが、本当の愛護だと思つて居る」。つまり、明るい将来を考えていたのである。
ラテン語は古典語として確立していて乱れはないが、死語である。アイヌ語も乱れようのないところまで来ている。
また、“dead metaphor”(死んだ隠喩)というのがあるが、“the head of the house”“time is running out”“room and board”(賄い付き下宿)“the legs of a chair”などは元々比喩だったのに、誰も意識しないようになる。言葉の力が失われてくることになるので、新たに、別の言い方が必要となってくる。
人工語でも変化する。ザメンホフが作ったエスペラント語でも新しい表現が生まれている。これは当たり前のことで、「私はあなたを愛しています」というのを“Mi amas vin.”というのだが、いつも使っていたら挨拶と同じで表現内容が伝わらなくなる。本当に愛しているなら、別の表現を考え始めるのがフツーの人間なのである。
作家が言葉を非難することは構わない。丸谷才一は独特の表記法で頑張っているし、現代日本語から国語教育まで批判している。「現代日本語では言葉のストライクゾーンがむやみに広い」(朝日新聞夕刊86年2月17日)などと「ヤラセ」「イジメ」「公害」などを問題視しているのはちっとも構わない。昔から知的エリートは「間違った」表現や流行語ウイルスに対する抵抗力を持っていたのだが、今は知的エリート自体がいなくなり、逆に言葉を非難すれば知的エリートに見える、という状況になっている。
川上弘美『大好きな本』(朝日新聞社)には丸谷をどうして読まなかったか書いてある。父親が丸谷を大好きだったという。
それなのにわたしが丸谷才一の本を読まなかったのは、その父自身が言った、「きみのような若い娘にはまあ、この本のよろしさはわからんだらうね」という、言葉のせいなのである(あの時丸谷才一の文章の歴史的仮名づかいをまねて、父はたしかに「だらうね」と発音した)。【…】
ずるい。
というのが、齢三十であった当時のわたしの感想である。
ずるい。これ、若い娘が読んだって、じゆうぶんによさがわかるぢやあないの(「ぢやあないの」とここはぜひ書きたい)。【…】
父よなぜあのときあんなことを言った。おかげでわたしは十年もマルヤサイイチという作家の本を読まずに過ごしてしまったではないか。読めずに過ごしてしまったではないか。
ゆるせん、ゆるせーん。これに対して、言語学者には言葉が虚しく消費されていると考えるか、活性化をしていると考えるか、大きな心の揺れがある。本当は美しいと(自分自身で)思える言葉を大切にしたい。
言葉とはつまり、生活につれたものであるということになろうか。私たちの生活から離れてしまった、しかし辞書や人の頭の中に今もひっそりとある言葉たちを、少しばかりものがなしい思いで、私はノートに書きつける。眺めてはため息などつく。
きれいな見知らぬ言葉たち。古びてはいても、いつまでも辞書や人の頭の奥にとどまっていてほしいものだ。
-----川上弘美おお、心の乱れで思い出したが、フロイトは自分の文章をどう思うかと聞かれた時に「自・堕・落」と答えたという。他人が自堕落といおうが、自分さえしっかりしてればいいのだ。
ドイツで活躍している多和田葉子は『カタコトのうわごと』(青土社)で次のように書いている。
言葉は穴だらけだ。日本語でも他の言葉でも、外から眺めてみると、欠けている単語がたくさんあって、どうして、こんな穴あきチーズを使ってものを書くことができるのだろうと不思議になる。もちろん、いつもその言葉だけ使っていれば、そんなことは気にならない。穴は、外部に立った時にしか見えない。
パリ市の紋章は「たゆたえども沈まず 」(Fluctuat nec mergitur.)で帆をいっぱい張った船が描かれているセーヌ川水運組合の紋章から来ている。つまり、少し揺れても船は沈まないぞ、という船乗りの意気を示したものである。言葉も同じだ。
美しい日本語を守ろう、というのはよく言われることで理解はできるが、賛同することはできない。その「美しい」という言葉さえ、今日僕らが使っている意味で使われるようになったのは室町時代以降だという(大野晋『日本語の年輪』)。もちろん、「うつくしい」という言葉はあったが、奈良時代には山上憶良の「妻子(めこ)見ればめぐしうつくし」のように、親しい人に対する愛情を表す言葉であり、平安時代には『竹取物語』の翁がかぐや姫を見つけだした時に「三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり」などのように、小さな者に対する愛情、つまり、「かれんだ」とか「かわいい」という意味だった。
今の「美しい」に相当する言葉は大野晋によれば、「くはし」「きよし」「さやけし」だったであろう、という。金田一春彦は『ことばの博物誌』で「山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて思ひ捨てがたきこと多し」という『徒然草』の「清げに」は「清らか」ではなく、「美しく」に相当すると指摘している。『源氏物語』の「清らなる玉のをのこみこさへ生まれたまひぬ」の「清ら」も同じような意味だという。
つまり、「美しい」という言葉ひとつをとっても容易に定義できないのであり、時代によって変遷するのであるから、「美しい日本語」なるものがどこかに屹立として存在しているのではない。
□ 揺れがあることは教育者としては大変だろうといわれるが、なあに、分からなくなったら、クレヨンしんちゃんが間違いを指摘された時のように「そうともいう」といえば済むから楽である。
日本の敬語だって非難の的だが、ドイツ語でもduとSie、フランス語でもtuとvous、スペイン語でもtuとustedなどのインフォーマル、フォーマルな代名詞の区別がなくなって、前者が使われるようになってきている。
年長者に対する態度が悪くなったのは日本だけではない。世界中の道徳が揺れていて、言葉も同じように揺れている。
□ これではあんまりだ。言語学者は責任を回避している、という批判もあるかもしれない。言語学者は「可愛い言葉には旅をさせよ」などと間違って覚えているという人もいる。でも、言語学が解釈する学問であって、変革する学問でないのだから、仕方がない。学問が役に立つ、という考え自体が間違っていることに気づいてほしい。「誤用」を問題にするのは言語学者ではなくて、言葉の整体師のような人の仕事だろう。
せめて、解決案として、谷川俊太郎の次の言葉を紹介しておこう(「気持ちのいい言葉をめぐって」『目で見るものと心で見るもの』草思社)。
「ら」抜き言葉にしても、われわれの世代はなんとなく使えないし、いわゆる半疑問形にしてもなんか耳障りだと思いますけれど、これを本気で止めようとしたらファシズムになるしかなくて、仮にできたとしても必ず裏言語が出てくると思うんです。ぼくはよく「家風にすればいいじゃないか」と答えているんです。「自分の家ではこういう言葉を使わないよ」とか言って、家風のようにして守っていけばいい。それを社会全体に広げてこうしろ、ああしろといっても、たぶん無駄だろうなと思いますね。ぼくらが使っている日本語だって、三百年前の人が聞いたら、すごく汚い日本語かもしれないわけだからね。
そもそも美しい日本語とか言われるのも、ぼくは居心地が悪いんです。だいたい詩人がいつも綺麗な言葉を使っていると思っている人が多すぎるんです。ぼくは、詩人は美しい日本語なんか使わないという立場ですから。…
□ 重力式ダムで有名な御母衣は「みぼろ」だと思っていたら、現地で「みほろ」と書かれていた。
九州の佐世保にいる友人と話していると「させほ」といっている。テレビなどでは「させぼ」というからどちらが本当か尋ねたら、「サセホもサセボもホボ同じ」と言われた。
北陸自動車道と名神高速の接点に米原という町がある。「まいはら」と「まいばら」が混在していたが、2001年6月4日付で日本道路公団は「まいはら」に統一した。だけど、JRはそのまま「まいばら」にしている。
よく考えてみると、僕らの住んでいる国の名前もはっきり決まっていない。「ニホン」か「ニッポン」か、こんなに重要なことも決まっていない。NHKを見ると次のようだ。
「日本」の付く語としては・・・
(1)「日本」と(2)「日本〜」「〜日本」があります。
このうち(1)については、正式の国号として使う場合は「ニッポン」。そのほかの場合には「ニホン」と言ってもよいとしています。「日本」が付く語の実際の読みについては、
1 [ニホン]と読む語 日本画、日本海、日本髪、日本橋(東京)ほか
2 [ニッポン]と読む語 日本(国号)、日本国民、日本橋(大阪)ほか
3 [ニホン]または[ニッポン]と読む語 日本一、日本記録、日本語ほか
4 [ニホン]を第1とし、[ニッポン]を第2とするもの 日本銀行ほか
以上4つのケースに読み分けています。(『NHKことばのハンドブック』p.138)これはapare→ahare→aware「あはれ」とapare→appare「天晴れ」となったのと軌を一にしていてnipon→nihonとnipon→nipponとなったからである*。
これを言語学では国名のニホン建てという。
なお、第3次佐藤内閣の70年7月14日の閣議で日本の呼称を「ニッポン」に統一することに決めた。東京オリンピックで不統一だったので札幌オリンピックでは統一しようとした動きだという。その後も、田中内閣が決定しようとしたが、決着していない。
日本銀行について、井上ひさし(『ニホン語日記』文春文庫)の話では紙幣に「NIPPON GINKO」と印刷されていて、当の日本銀行に電話をかけてみると、交換手が「はい、にほん銀行ですが」と応対したというのである。?)にもあります。参照『井上ひさしの日本語相談』(朝日文庫)
なお、国際的にはニッポンの方が、発音しやすいと思う。「ニホン」は発音が弱々しくなるし、hが発音できない人が世界には多い。フランス人は「ニオン」か「ニョン」くらいにしか発音しないだろう。
実は「日本」は「二本立て」ではなくて、「三本立て」だった。万延元年(1860年)に修好通商条約の批准書交換のため、幕府の遣米使節がワシントンでブキャナン大統領との会見した。一行は帰路、ニューヨークに立ち寄って馬車でマンハッタンのブロードウェーを行進したようだが、ちょんまげに二本差しのサムライたちは、ここでも熱狂的な歓迎を受け、中には詩人のホイットマンもいた。ニューヨーク・タイムズに載せられた詩が残っていて。これには「ニフォン」(Niphon)となっている。
A Broadway Pageant by Walt Whitman(1819-1892)
1
Over the Western sea hither from Niphon come,
Courteous, the swart-cheek`d two-sworded envoys,
Leaning back in their open barouches, bare-headed, impassive,
Ride to-day through Manhattan. ……*より正確にいえば、p→f→hと日本語は変化してきた。『日葡辞書』にはnifonとnipponの両方がある。fの音がhに変わったのは江戸時代とされる。明治19年のヘボンの和英辞典第3版はnihonkoku(日本国)、nihongo(日本語)、nihonjin(日本人)となっている。つまり、nipponの方が古く、nihonの方が新しい。
□ 木下由美さんから次のようなメールをいただいた。
ATOKでは、送りがなを
・本則…内閣告示の「送り仮名の付け方」に基づいた送り方
・省く…表記するのを許容された送り仮名を省略した送り方
・送る…「省く」とは逆に省略しない送り方
・すべて…一度に「省く」「送る」の送り方を表示
の中から選択できるようになっています。初期状態が「本則」になっているために、「ATOKは前者のみ」しか出ないようにお感じになるだけだと思われます。この設定は、Windows版ATOKでは「プロパティ」の「送り仮名モード」で変更できます。Mac版では「えんぴつメニュー」の「環境設定」にあります。設定を「すべて」に変更すれば揺れる送りがなも変換候補の中にでてくるようになります(ただしATOKの古いバージョンでは「すべて」という選択肢がありません)。「すべて」にしておけば、揺れる送りがなに対応できますが、気をつけないと一つの文中で揺れてしまう可能性もあります。
2001年6月11日朝日新聞
文化庁は12日、今年1月に全国の男女3000人を対象に実施した「国語に関する世論調査」の結果を発表した。「情けは人のためならず」の意味を過半数が取り違え、自分の子どもに「買ってやる」派と「買ってあげる」派がほぼきっ抗していた。
ことわざでは、「情け……」に加えて「一姫二太郎」と「かわいい子には旅をさせよ」の理解度を聞いた。「情け……」では「人に情けをかけて助けてやることは、結局はその人のためにならない」という誤用が48.7%で、本来の意味である「人への情けは結局は自分のためになる」の47.2%を上回った。
「一姫……」(正答=子どもの一人目は女、二人目は男が理想)でも「子どもは女1人男2人が理想的だ」が33.7%、「かわいい子……」(正答=子どもは甘やかさず世間に出して苦労させた方がいい)でも「子が望めば、希望通りにさせてやるのがよい」の選択者が7.8%いた。
「やる」とその丁寧表現「あげる」の使い分けでは、「植木に水を――」「相手チームにはもう1点も――(ら)れない」の2問で、ほぼ7割が「やる」を選んだ。ところが、「うちの子におもちゃを買って――たい」では、「やる」46.8%に対し「あげる」44.8%、残りは「両方使う」だった。5年前にも同じ質問をしており、3問すべてで「あげる」派が増えていた。
このほか、最近耳にすることが増えた8つの言い回しについて、使用経験の有無を聞いた。このうち「じゃん」と「やっぱ」は30代までの過半数が使っていた。
※「あげる」がダメな人は犬に「お手」とか言うな!
2001年6月毎日新聞
「情けは人のためならず」ということわざの意味を高校生以上の国民の半数が誤って理解していることなどが、文化庁の「国語に関する世論調査」の結果で明らかになった。また、電子メール使用者の75%が「話すように書けるので思ったことが言いやすい」と評価していることも分かった。
調査は今年1月、無作為で抽出した全国の16歳以上の男女3000人を対象に面接で行い、2192人から回答を得た(回収率73%)。
ことわざの「情けは人のためならず」(情けをかけておくと自分のためになる)の意味を「人に情けをかけて助けることは、結局その人のためにならない」と、誤って理解している人が49%に上り、16〜19歳の女性では4人に3人を占めた。また、「一姫二太郎」(子供を生む順番は一人目は女の子、二人目は男の子が理想的)は、3人に1人が「子供は女一人、男二人が理想的」と誤って理解していた。
2003/06/20 (夕刊フジ)
慣用句の「流れに棹(さお)さす」や「役不足」「確信犯」の意味を、60%前後の人が誤って理解していることが19日、文化庁の日本語に関する世論調査で分かった。コンビニなどで耳にする「1000円からお預かりします」「お会計のほう」などの言葉遣いは、前回(1996年度)調査より「気になる」人が増えた。外来語120語の理解度や使用度では「ストレス」が1位となった。
昨年11−12月に16歳以上の男女計3000人を対象に調査、73%が回答した。
「役不足」の意味は、本来の「力量に対し役目が軽すぎること」とした人が28%。「役目が重すぎる」と逆の意味を選んだ人が63%に上った。上司から仕事を任され、謙そんのつもりで「自分には役不足の仕事ですが」と答えると、不快感を与えることもありそうだ【だから謙遜する時には「力不足」というべき】。
「流れに棹さす」は「傾向に乗って勢いを増すような行為をする」が本来の意味だが正解は12%。64%が「勢いを失わせるような行為をする」と誤解していた。「確信犯」も本来の「信念に基づき正しいと信じてなされれる行為、犯罪」は16%にとどまり、58%が「悪いことと分かった上での行為、犯罪」と答えた。
若い人に多い言葉遣い3例は、前回調査に比べ「気になる」とした人が増えた。方向を示す「ほう」を加えてえん曲にした「お会計のほう、1万円になります」は「気になる」が前回より18ポイント増の51%、「1000円をお預かりします」を「1000円からお預かりします」と、「を」を「から」に変化させた表現は7ポイント増の45%。「休まさせていただきます」などと、「させていただく」をひとかたまりの敬語として使う「『さ』入れ言葉」も24ポイント増の57%だった。
文化庁は「前回調査でマスコミに取り上げられ、誤用と感じる人が増えた」とみている。
2005年05月11日の朝日新聞に次のような記事が載っていた。
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話し言葉、「ニホン」が「ニッポン」に圧勝 国立国語研 「日本」の発音はニホンか、ニッポンか――長く論争されてきた問題に「答え」が出た。国立国語研究所などが実際の話し言葉を収録、分析した結果、約8200件の日本関連語で「ニホン」が圧勝した。ニッポンと発音されやすい「日本一」や「日本代表」でも「ニッポン率」は20%程度と分かった。 国語研は情報通信研究機構、東京工業大学と共同で、学会での研究発表や一般的なスピーチなど話し手1417人の計662時間、約752万語の自然な話し言葉を収録。音声信号や話者情報、イントネーションなど11項目の付加情報を付けて言語研究用のデータベース「日本語話し言葉コーパス」をつくった。 このコーパスを検索すると、話し言葉の実態が浮かび上がる。「日本」の発音は一例で、国語辞典やアクセント辞典でも分からないが、例えば「日本」単独ではニホンが96%に達し、複合語でも「日本一」「日本代表」を除くと「ニッポン率」は数%止まりだった。 NHKは「エヌエチケー」が70%で、「エネーチケー」(13%)、「エヌエッチケー」(5%)と続き、正しいとされる発音「エヌエイチケー」はわずか3%だった。 書き言葉では1億語のイギリス英語を集めたブリティッシュ・ナショナル・コーパス(BNC)などがある。話し言葉は分析が難しく、費用もかかるため研究が遅れており、今回のものは話し言葉コーパスとしては世界最大という。コンピューターの音声認識や講演の自動記録などにも応用できるため、昨年5月の公開以来、DVDセットが企業など200カ所以上で使われている。 国語研の前川喜久雄・研究開発部門第2領域長は「コーパスの可能性は予想以上だ。今後、BNCを上回る書き言葉のコーパスを構築して、日本語の全体像を把握したい」という。 ◇ 言葉ごとの「ニッポン」と発音された割合(国立国語研究所・日本語話し言葉コーパスによる) 言葉 ニッポン ニホン 総数 ニッポン率 日本一 9回 31回 40回 22.5% 日本代表 7 29 36 19.4 日本列島 1 24 25 4.0 日本 122 3108 3230 3.8 西日本 1 30 31 3.2 日本語教育 2 64 66 3.0 日本人 19 1019 1038 1.8 日本語 8 1591 1599 0.5 現代日本語 0 20 20 0.0 中世末期日本語 0 25 25 0.0 日本円 0 20 20 0.0 日本海 0 26 26 0.0 |