決定版イタリア家族旅行2001
はじめに〜準備
12月24日(月)■成田→ミラノ
12月25日(火)■ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア
12月26日(水)■ヴェネツィア→フィレンツェ
12月27日(木)■フィレンツェ
12月28日(金)■フィレンツェ→ローマ
12月29日(土)■ナポリ→ポンペイ→ローマ
12月30日(日)■ローマ→機内泊
12月31日(月)■成田着
終わりに〜その後ツアコンの久保田さんが優秀なせいでトラブルもなく、子どもたちも2度目で馴れたためか前回に比べて印象が薄い。トラブルがなかったから面白くなかったというとバチが当たるが。
同行の人々も前回の方がコテコテに個性があった。
それでも色々な人に出会えた。いろんな質問を受けた。一番多かった質問は子ども料金があるか、ということだった。また、子どもたちを小さい時にヨーロッパに連れてくるって羨ましいと何度もいわれた。中には、考古学者か何かにさせるつもりですか?と聞いてくる人もいて、前回はともかく今回は娯楽のつもりだったので言葉を失った。
僕と妻が親子なのか、夫婦ならいくつ年が離れているんだ、という質問もなぜか多かった。余計なお世話というものである。妻が平然と「同級生ですよ」というと呆れ返られていた。
イタリアが好きなんですね、ともよく聞かれたが、たまたま重なっただけで、特に好きだということはない。でも、今回の旅で今まで以上に好きになったことは確かだ。前回は天候のせいもあって暗くて怖いイメージが先行してしまったが、楽しい、明るいところなのだ。
失業率10%以上だというのに生活は豊かに見える。地下経済が半分を占めているという噂もあるが、今の日本みたいに暗くない。アメリカばかり見ていると、日本はいつも遅れをとっているようにみえるが、何でも新しい生活が本当にいいのか分からない。
山根一眞は「巨大科学技術の現在」(『現代日本文化論13 日本人の科学』)の中で「日本人は、自らが生み出して仕事や成果、文化をしっかりと認め、誇りとすることが不得手な国民である」と書いているが、いつも後ろから鞭で追われている。
別の生活の質があるはずなのに、どこか遠い所に青い鳥がいると信じ込まされているようだ。
日本は栄光の時代ではなくなるだろう。ギリシャやイタリア、近世以降もポルトガルやスペイン、オランダやイギリスが世界の海を支配してきて今はそうではなくなっているけれど、すごく不幸かというとそうとはいえない。日本にももっと上手な黄昏の迎え方というのもあるのではないかと思う。
□ 日本は時間の流れが速すぎる。ラテン系の人々、アフリカの人々、インディオなどの時間は違ったように流れていく。
いや時間を「費やした」という発想自体が、すでにぼくの感覚の狂いではないか。グアテマラやメキシコの田舎の市場は、売り手と買い手の果てしないかけひきに一日を暮らす。ぼくたちの世界では時間は単に費用(コスト)にすぎない。同じ成果を得られれば時間は短ければ短いほどよい。インディオたちにとって、時間はどんな時間でもそれ自体人生であるようにみえる。バスを待つ時間は近代人にとって、最小限に切り詰められるべき無意味な余白か、本を読むこと(doing!)などに有効に活用されるべき資源だ。インディオたちはどんな時間も等価に充実していることを知っているから、待つときは待つことのうちに現実に存在してしまう。彼らが関心をもっているのは時間を活用することではなく、時間を生きることだ。
------真木悠介【見田宗介】『旅のノートから』(岩波書店)
□ 久保田さんに東京は10万「ポッキリ」というのが受けるけど、関西は200円でも安い99800円にしないと受けないのは文化の違いですね、といわれた。
10万円の旅はどうだったか。10万の旅行は確かにホテルは郊外ばかりで、イ・チリエギのようにシャワーしかない所もあった。到着するのが遅いし、イタリアの夜は危険なので。郊外にあるホテルでもあまり実害はなかった。確かにイ・チリエギはひどかったが、シェラトンにも泊まれたので、文句もいえない。
30名以上が催行人数になっていて、1グループ45人は多かったが、多くて困るのは僕らより管理していたツアコンの方だろう。
免税店が多すぎたのも問題だが、お土産に走る人も中にはいるし、トイレ休憩のためにも必要悪だ。
食事は豪華ではなかったが、子どもたちにとっては多すぎたし、ご馳走が口に合うとは限らない。
10万円だから初心者が多いと予想したが、むしろ旅慣れた人(イタリア4回目というおばちゃんも)が多かった。応募から1カ月しかなくてパスポートを持っていない人は躊躇したのかもしれないという。
同僚で60万円(一人!)ほどのイタリア浪漫旅行をした人がいる。聞けば、ヴェネツィアの島内のホテルとか☆☆☆☆☆があったとか、本当に豪華だったようだ。でも、ゴンドラでカンツォーネを歌ってもらえたのは1隻だけだったそうで、結局ジャンケンして決めたという。その程度の贅沢さだ。
子どもにはやっぱり10万円くらいの旅行が相応だと思う。少なくとも、うちの子には。
□ どうして、こんな旅が可能かというと、飛行機というのはファーストクラスとビジネスさえ満員だったら元が取れる料金体系になっているからである。僕ら貧乏人がどれだけ増えようと知ったことではないということらしい。エコノミーでは小銭を稼いでいるだけなのだ。でも、そのおかげでこんなに楽しい旅ができるなんて、資本主義というのはなんていいものだろうと思う。
□ 子どもたちに何が一番面白かったか聞いたら、ゴンドラだと叫んだ。
つまらなかったのは、二人ともポンペイだったようだ。
祐貴はもう海外はいいからね、という。でも、来年は滞在型でパリだというと「絶対嫌だ」とはいわない。友達からお金持ちと冷やかされるのが嫌だったらしい。ディズニーランドへ何度も行って豪華ホテルに泊まるような家庭でないだけだ。
贅沢をしていないつもりなのだが、どうなのだろう。
□ 美術館はもう嫌だとも言っていた。去年は3回、歌舞伎を見たのだが、すっかり嫌いになったようだ。美術館も演劇もちょっと離れようと思う。下手するとママのコンサートも嫌だと言い兼ねない。
□ 「日本におけるイタリア2001年」が終わった。
「往って還って」 阪田寛夫
アリヴェデルチ・ローマ!
つい先だってまでは
憧れていました
思うだけでうっとりでした
でも来てみると私の国と似ています
おしっこの匂いや
はげしい言葉の黒いビラ
道路に滴る洗濯物のつゆ
疲れたおばさん、嘘つき男たち
かわいそうな イタリア
がっかりの イタリア
アリヴェデルチ・みなさん!
此の間までは
憧れていました
ゲーテみたいに、アンデルセンみたいにーーー
でも日本にかえったら
私は、もうすこしかしこくイタリアっぽく
人間のなかに生き始めるでしょう
すこやかに イタリア
さようなら 去年(こぞ)の雪帰りは雪の安房トンネルを抜けて、帰ってきた。途中、タイヤがスタックしたが、親切な人に助けられて帰れた。
2002年はどこかへ旅行できるだろうか?
子どもたちの入試も考えると、あと何回、子どもたちと一緒に旅行ができるのだろう?
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