決定版イタリア2001
はじめに〜準備
12月24日(月)■成田→ミラノ
12月25日(火)■ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア
12月26日(水)■ヴェネツィア→フィレンツェ
12月27日(木)■フィレンツェ
12月28日(金)■フィレンツェ→ローマ
12月29日(土)■ナポリ→ポンペイ→ローマ
12月30日(日)■ローマ→機内泊
12月31日(月)■成田着
終わりに〜その後子どもたちは6時に起床して、7時10分逗子駅発のJRエアポート成田のグリーンに乗る。前日、姉の家の隣のチカちゃんがわざわざ時刻表をくれたのだ。小さい頃、ケニア土産のビーズの飾りをあげたら「チカちゃんだって、こんなの作れる」と言われたのを思い出した。
今日は代替休日で休日用のダイヤを見なければならないのに平日用を見ていたので、本当に助かった。情報のおかげで東京ホリディパスも使えて成田行切符より200円ほど安くなった。デイリーグリーンは4枚綴りで2000円というのでちょっと贅沢をしてグリーン車に乗る。
□ 2時間半で成田に着いてから送ってあったスーツケースを受け取ったりしているうちに集合の10時45分。ツアコンは久保田朋子さんで最近よく見た顔だと思ったら雅子様そっくりの美人だった。本人はナンチャンに似た顔だと謙遜していた。そうか、雅子様はナンチャンに似ていたのか!
11時に代表者は集まって下さい、といわれ、時間をつぶす。
代表が集まったが、イブだからという予想と違って馬鹿ップルはいないようだ。中学生や高校生連れがいた。自己紹介で「久保田朋子、横浜△区に住んでいます」と更に年齢までといわれてしまって驚いた。20代だと思っていたのでびっくりした。
全体の説明があって久保田さんも初めての大きなツアーだという。45人のところが一人キャンセルで44人だが、全部で6号車があって、僕らは最初の方に申し込んだために1号車だという。全部で270人近く。関西も合わせるとどれだけ人がこの「決定版イタリア」に参加していることだろう。「でも、一緒に行動することは少ないです」との説明。次に窓際の席の希望者が多いのでジャンケンしてもらいます、というので10人位のジャンケンに参加する。最初の2人になって安堵する。「12時45分発ですが、イタリアの航空会社ですから1時30分位までに離陸できたらラッキーと思って下さい。でも、12時30分には一応、集まって下さい。流れに沿って行ってください」といわれたままに通る。
塩野七生が「ナポレターノ」(『イタリアからの手紙』新潮文庫)という一文で書いているが、鉄道などで10分ぐらいの遅れで騒いだら神経が参るという。40分遅れるという放送でカフェに入ったら、あと5分で到着するといわれ、慌ててホームに駆けつける…。だから日本に帰って新幹線に乗り、到着が2分遅れることをわびる車内放送を聞いた時は感激したそうだ。同時に「きちんきちんとすべてがうまくいっているうちはよいが、ひとつがダメになると全体が崩壊しそうな、われら日本人」を少々気の毒にも思ったという。慌てて死んだものがいる、というのが中学校の教師の戒めだったが、狭い地球、そんなに急いでどこへ行く。
立川志の輔の小咄にはこんなのがある。
「おまえたち! 二人そろって、どうしてこんなに遅刻したんだ!」
「すみません部長、成田から海外出張に出る夢を見て寝坊しました」
「何だそれは! まあいい。で、おまえはどうなんだ」
「私は彼を成田まで見送りに」「アプンタメント・エラースティコ」(弾力的な待ち合わせ)というイタリア語もあるように、全てが弾力的で、それが前の方に弾力的になることは皆無だ。パーティー会場に定刻前に現れるのが日本人で、ちょうどに来るのはドイツ人、15分遅れるのは米国人か英国人で、フランス人は小一時間遅れる。イタリア人は二時間遅れても平気、スペイン人はその時間になってもベッドの中だという(織田一朗『「時」の国際バトル』文春新書)。早坂隆『世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)では日本人とドイツ人は1時間前に来ていた。30分前にユダヤ人、10分前にイギリス人、開始時刻ぴったりにアメリカ人が入った。5分遅れてフランス人、15分遅刻してイタリア人、30分以上たってからスペイン人がようやく現れ、ポルトガル人がいつ来るか誰にも分からなかった…となっている。
同じことをE・T・ホールは『文化としての時間』(“The Dance of Life”TBSブリタニカ)の中で、「モノクロニック」と「ポリクロニック」で語っている。南米も含めてラテン系はみな「ポリクロニック」である。「モノクロニック」といのは『メリーポピンズ』に出て来るバンクス氏みたいに、いつでも懐中時計を取り出して時刻を確かめるような文化だ。ドイツやアメリカなども「モノクロニック」な文化である。日本も昔は「ポリクロニック」だったが変化した。ホールは「家屋のタイプ(型)における文化的違いが、家族に与える影響は、多くの人が思っているより大きい」とし、かつての日本の家族関係が非常に緊密であり、家族は同じ部屋に寝たものだが、アメリカ型の子どもに個室をあてがう住宅が一般化して、人を思いやる訓練を受けないまま大人になるようになった、と指摘している。
JRのチケットに「12時01分発」と書いてあったのをミスプリントだと思った外国人がいた。01分発なんてありえない、と思っているらしいが、地下鉄などは15秒単位で発車しているのだ。
『梅棹忠夫著作集12』(中央公論社)にはアンドレ・シーグフリードが『現代』(紀伊國屋書店1956)という本で書いている大変な誤解について書かれている。ニューヨークで日本人がどこかに行こうとしたら皆がどの路線を使うのがいいかそれぞれ教えてくれて、地下鉄の急行に乗ったら三分もうかるというと、その日本人は「その三分でなにをしたらよいのでしょう」と言ったという。
【…】かれによれば、日本は「速度」という二〇世紀の悪徳にそまっていない国であり、質的時間の支配している国なのである。
こういうところの例に日本をあげられると、なんともくすぐったい気持ちになってしまう。シーグフリードはなにか誤解しているのだ。わたしたちは、日本が、やはりアメリカとおなじように、あるいはそれ以上に「速度」という現代の悪徳に完全に汚染してしまっていることをよく知っている。【…】
梅棹は遅刻論も書いていて、遅刻をすることは必ずしも悪ではないから教師はあまりこだわるべきではないという。つまり、時間というものを量ではなく、質で考えるべきだというのだ。とはいえ、日本の交通は交互に乗り入れていて、少しでも遅れることは致命的な遅れをもたらすことがあるシステムになってしまっている。
宮脇俊三は『終着駅』(河出書房新社)で時刻表症候群だという。これは小池滋が『世界鉄道推理傑作選1』(講談社文庫)で書いていたことから来ているが、欧米の鉄道を舞台にした推理小説は「密室」、コンパートメントであり、日本のは「時刻表」だという。そして、これが可能なのは日本の列車が時刻表どおりに正確に走っているという信頼があってこそ、トリックに使われるのだ。確かにイタリアでは成立しそうもない。何しろ、「毎日遅れるくらいだったら、時刻表を出すな」と客が文句をいったら、駅員が「時刻表があるから、遅れたことが分かるんじゃないですか」…。
もしイタリアという国の特徴を四十字以内で定義せよと言われたら、僕は、「首相が毎年替わり、人々が大声でしゃべりながら食事をし、郵便制度が極端に遅れた国」と答えるだろう。この三つの条件を同時に充たす国は、少なくとも北半球ではイタリアくらいしかないはずである。【…】
僕の持っているアメリカのガイドブックを見ると、第二次世界大戦中にアメリカ軍のGIがローマから故国に書いた手紙が、一九六〇年代になってようやく到着したというエピソードが載っていた。無茶苦茶な話だとは思うけれど、これは決してありえないことではない。少なくとも、この話をしてもイタリア人はあまり驚かない。そういうことは現実的にありえない話ではないからである。「届いただけラッキーだよ」というのが、彼らの一致したクールな感想だった。【…】
僕がイタリア人についてつくずく感心するのは、彼らがこのような惨めきわまりない状況を少しも改善しようとはしないことだ。そういう努力さえ払おうとしないことである。彼らが状況を改善しようとしないのは、まずだいいちにそんなことをしたって無駄なだけだと認識しているからであり、第二に変革を志すよりは別の方法を考えだす方が彼らの性格にあっているからである。そういうところはたとえばイギリスやらドイツやらアメリカやら日本やらとは全然考え方の方向が違う。ある意味ではイタリア人というのはものすごく現実的な考え方をする国民なのである。
つまりイタリア人は公共サービスというものに対してまったくといっていいくらい幻想を抱いてはいない。そんなものをあてにするくらいなら、もっと別の方法を考える。個人的なコネクションや家族を大事にする。猛烈に脱税する。脱税とサッカーはイタリア人にとって最も大事なアクティビティーであると言ってもいいだろう。「イタリア郵便事情」(村上春樹『遠い太鼓』講談社文庫)
※2010年に米国で交通分野の情報サービスをしているコンデューシブ・テクノロジー社が国際線のある世界の主な航空会社40社について、予定時刻(15分未満の遅れは許容)に到着できる割合「定時到着率」(2009年)を調べたところ、日本航空が1位、全日空が2位だったことがわかった。それによると、日航の定時到着率は90.95%でトップ。全日空が小差の90.37%で続く。同社ホームページは「日本の大手航空会社を使えば、ほぼ時間通りのフライトが保障される」としている。
未蘭が出入国カード書かなくていいのというが今年から日本人には廃止されたことを知る(旅行社は儲けが少なくなった?)。
昨年に懲りたのか、ママは免税店で珍しく何も買わない。
アリタリア航空ミラノ直行便AZ787に乗る。JAL共同運航便だが、JALらしいところはほとんど見えない。12時45分発のところ、40分にはウィングを離れる。ラッキー!
祐貴は窓際で満足そう。ところが、ジャンボ747-200の中はボロボロ。昔乗ったパキスタン航空を思い出す。ランプが壊れていて点かなかったり、角度が違っていたり、消しても消せなかったり、寒くなったのに毛布も人数分なかったり…。エールフランスのようにアイマスクや耳栓も出ない。子ども用のグッズもない。トランプでもないかと聞くと作ってないといわれる。
食事は和食とイタリアンが選べて和食は炊き込みご飯など、イタリアンはペンネとスモークサーモンなどが出た。この食事中に機体がジェットコースターのように揺れた。
久保田さんがそれぞれのグループに挨拶して要望を聞いていく。うちはフィレンツェで別行動するかどうか迷っているというと「“離団”されるかどうか、ゆっくり考えて下さい」とのことだった(NHK職員だって海外出張はツアーで行って“離団”することがあるという)。
つまらない映画が続くが、『ムーラン・ルージュ』が上映される(子どもにはあまり見せたくない)。せっかくのミュージカルがモノラルでは魅力が半減。エディ・マーフィーの『ドクター・ドゥリトル2』を上映するとアナウンスしていたのに、結局上映されず、子どもたちはがっくり。
日本時間の7時30分におにぎりが出る。祐貴はカップヌードルを期待していたので、またまたがっくり。
氷だらけのシベリアを通って旅客機はヨーロッパに入ってくる。地図が表示されてモスクワの横に「セント・ピーターズバーグ」という街が書いてある。そんな英語の街がいつできた!?と一瞬思ったが、サンクト・ペテルスブルグ(旧・レニングラード)の英語名をそのまま出しているからで、アリタリアはサン・ピエトロ寺院はセント・ピーター寺院とでもするのだろうか?
ハムとチーズとパンの食事が出てきた。
夕暮れの中にスイス・アルプスが見えてくる。とんがったマッターホルンも見える。高度を下げてミラノ市内が見えてくる。
□ イタリア時間5時08分にミラノ・マルペンサ空港に到着。時差は8時間だから見かけでは4時間で着いたことになる。
空港に降りると日本人だらけ。パスポートにハンコを押される。
カルーセルから荷物が出るのに30分ほどかかるからトイレに行って下さいといわれるが、自分の荷物が心配で見ている。どうやらタグを見て、ポーターが全部降ろしてくれるようだ。
ルックJTBのバッジをしたツアー客もいっぱいだ。僕らと反対にこれからローマに向かって、南から北へ向かう。
両替も教えてもらって、空港前のバスに向かう。途中、歌を歌いながら仕事をしている人がいてイタリアに着いた実感が湧く。子どもたちはドライバーがアントニオと聞いて喜ぶ。「今日だけのドライバーですが、アントニオさんです」と紹介される。今日だけなのでイノキ短しだ。
□ どんどん郊外に連れて行かれて、住宅街に向かう。電車が通る線路の横にレオナルド・ダ・ヴィンチがあった。私鉄沿線の風情。文豪マンゾーニが「ロンバルディアの空は、美しい日には、たぐいなく美しい」風景と書いたのに、今は霧がかかっている。あっというまに目の前のプラタナスの木が霧に飲み込まれてしまうほどの深い霧の中の風景を須賀敦子は『ミラノ 霧の風景』の中で対比させて書いている。
19時40分にホテル入り。とりあえず☆☆☆☆だ。「バスはこのまま3号車の人を迎えに戻るので忘れ物のないように」といわれる。3、4号車の人は更に1時間くらい遅くチェックインになる!
S階のロビーでチェックイン待ちと打ち合わせ。久保田さんは「とにかくエアコンが故障していたり、風呂のお湯が出なくなりますからすぐにチェックして下さい」という。去年、イタリアで泊まったのはシェラトンだけだったので、そんな心配なんか全くしなかった。
「1時間はロビーで待機していますが、後は部屋に電話してください」という。1時間も待機だなんて!移動で疲れているはずなのに!
そのうち、2号車の人も入ってくる。同じツアーでも(5、6号車か知らないけれど)、エール・フランスでパリ経由ミラノという人もいる。エール・フランスもドゴール空港も魅力だが、着くのは夜中になる。1号車だからよかった。
部屋に入ると小ぎれいで、あっさりしている。ベッドも大きい。ディズニーランドのシェラトンとあまり変わらない。風呂のお湯もちゃんと出る。祐貴が「この紐、何?」と引っ張りそうになるので、見るとSOSの紐で、久保田さんもちゃんと話していたものだ。何も書いてなくて引っ張るようになっているので、僕だって引っ張りかねない。
祐貴が水を買ってくるというので買いに行かせるがなかなか帰って来ない。別館もあって、そこまで行かないと買えなかったのだという。大きなホテルだということが分かった。
テレビはグーフィーを放送していた。CNNも放送していたので、ヴァティカンが爆破されていないか、ミラノの大聖堂は大丈夫か、チェックできた。
そのうち、ママの部屋の方へ行くと、暖房が効かないという。色々試してみたが、やっぱりダメ。ロビーに行くと久保田さんが待機していた。訳を話すと、「見に行きます」。一緒に戻ったのだが、内心は機械の設定の仕方が悪くて無駄足だったら、申し訳ないという気持ちだった。部屋に入ってもらってチェック。やっぱり暖かくならない。とりあえず、毛布を頼みましょう、ということで毛布を1枚ずつ持ってきてもらう。
久保田さんが帰ってしばらく経っても状況が変わらないので、風邪気味のママと未蘭は僕らの部屋で、僕らが寒い部屋に入ることにする。
祐貴はベッドから落ちないようにと椅子をベッドの横に置く。
静かなクリスマス・イブ。
ボン・ナターレ(メリー・クリスマス)!
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