マックde記号論(言語学のお散歩)

ミレニアム欧州旅行〜子どもたちは何を学んだか?

はじめに〜準備
12月21日(木)■成田⇒パリ⇒ジュネーブ
12月22日(金)■ジュネーブ⇒インターラーケン
12月23日(土)■インターラーケン:ユングフラウヨッホ
12月24日(日)■インターラーケン⇒ミラノ⇒フィレンツェ
12月25日(月)■フィレンツェ:ピサ/フィレンツェ
12月26日(火)■フィレンツェ⇒ローマ⇒パリ
12月27日(水)■パリ:エッフェル塔→オルセー→ルーブル→バスツアー
12月28日(木)■パリ:帰路
12月29日(金)■成田着
終わりに〜その後

12月25日(月)


 クリスマス。

 新約聖書はキリストの誕生の日がいつか、何も触れていない。従って教会としてクリスマスを祝うことはなかった。4世紀にローマ帝国の太陽神ミトラ誕生の祭り(ローマ暦の冬至)と合体して、この日に行われるようになった。一年のうちで最も太陽の力が衰える日で闇のなかで人々は火をたいて、太陽のよみがえりを祈った。フレーザーの『金枝篇』ではオークの精でもある「森の王」は力が弱ると、その前に王の持つ霊力を後継者に移すために殺さなければならなかった。古代の掟で「森の王」の地位にあるうちに、より強い力を持つ者に殺されるべきだ、という「王殺し」というものがあり、映画『地獄の黙示録』にも描かれている通りである。現代ヨーロッパでも政権交代があると「王さまは亡くなられた。新王、万歳」と唱える人がいる(鹿島茂『フランス歳時記』中公新書によればルイ14世があまりにも長寿で息子や孫よりも長生きして曾孫が跡取りになるしかなくてこんな叫びが出てきたのだという)。後に村上春樹の『1Q84』で麻原彰晃を思わせるリーダーが青豆に「殺される古代の王」の話をする。古代においては「王は任期が終了すれば殺されるものと決まっていた。任期は十年から十二年くらいのものだ。任期が終了すると人々がやってきて、彼を惨殺した。それが共同体にとって必要とされたし、王も進んでそれを受け入れた」という話をする。その時代にあって王とは人々の代表として<声を聴くもの>であったからだとリーダーがいうのだ。青豆が「あなたは王」なのかと問うと、「王ではない。<声を聴くもの>になったのだ」と答える。

ろうそくの炎初めて見せやれば「ほう」と原始の声をあげたり---俵万智『プーさんの鼻』

 日本人がクリスマスを祝うのを異教の行事でおかしいと嫌う人も多いが、クリスマスカラーに包まれ、光あふれる町並みを見るのはいいものだ。特に雪が降り始めた冬の富山にはクリスマスは貴重な行事だった。家でツリーの飾り付けをしたり、サンタクロースのプレゼントにわくわくする子どもも好きだ。

 7時15分にモーニングコール。祐貴は背中が痛いという。隣の部屋に行くと妻と未蘭が「さっき、ドスンという音がしたけれど祐貴、ベッドから落ちたんじゃないの?」という。僕は熟睡していて分からなかった。ケガでもされたら、旅行が全てダメになる。子どもを旅行に連れていくことはベッドまで心配しなければならないということだ。

 8時に集合して、朝食をレストランに食べに行く。ツアコンからヨーロピアン・スタイルでパンとコーヒーだけだというのに入るとバイキングになっている。ラッキーと思っていると、そのまま奥まで案内されて、やっぱりパンとコーヒーだけになった。別の豪華ツアーのものだったのだ。

「朝のパン」 石垣りん

毎朝
太陽が地平線から顔を出すように
パンが
鉄板の上から顔を出します。
どちらにも
火が燃えています。
私のいのちの
燃える思いは
どこからせり上がってくるのでしょう。
いちにちのはじめにパンを
指先でちぎって口にはこぶ
大切な儀式を
「日常」と申します。
やがて
屋根という屋根の下から顔を出す
こんがりとあたたかものは
にんげん
です。

 8時45分にシェラトンを出てオプションのピサ半日観光へ向かう。斜めになった塔を見て何になるだろう?日本人ガイドが乗り込んでいる。イタリアに10年住んでいるという日本人女性だ。すぐに高速に入る。イタリアでは「オートパス」という自動改札があって、機械を積んだバスなどは改札をほとんど素通りできるようになっている。

 ただ、ツアコンはクリスマスなので、フィレンツェで食事もできないでしょうから、途中からでもいいからピサ観光に申し込んでくださいと話していた。

 西へ80キロ、1時間15分くらいで海側にあるピサに着くという。バスの中の説明によるとイタリアは国籍を取ったライセンスガイド(日本人ガイド)の他にイタリア人のローカルガイドも必要だという。ツアコンはバスから降りると案内できないのだという。失業対策だ。

 高速道路の周りにはオリーブ畑がみえる。10月までは緑だが12月にもなると紫色になる。

 ピサに着くと雨模様から雨になった。傘を開く。富山で買った500円の折り畳み傘で初めて開けたのだが、軽いし、便利だった。イタリアで傘の世話になるとは思わなかった。黒人が傘を持ってあちこちで売っている。祐貴が「日本でも傘を売れば儲かるのにね。八尾では絶対に売れたよ」という。風の盆に行った時、やたら雨が降ったのを思い出した。

 日本人女性がガイドの横にただ立っているだけのおじさんがいて、これがローカルガイドだった。後からみんなであんな職業に就きたいねと話していた。

 途中から斜塔が見えてくる。小ぎれいな城壁の中に入る。中世にはヴェネツィアやジェノヴァと並ぶ一大海港都市だったという。ゴシックのミラノと違ってこちらにはロマネスク様式のドゥオーモ(大聖堂)がある。12世紀に建てられたというが白くて新しい。

image

 このドゥオーモの東側に鐘つき堂として作られたのが斜塔なのである。行く前は斜塔だけがひっそりと建っていると思ったのに、調和が見事である。こんなに綺麗な場所だとは思わなかった。本堂、カンパニーレ(「ピサの斜塔」の通称で有名な鐘塔)、洗礼堂およびカンポサント(墓室)からなる建築群が、造営期間が数世紀にわたっているにもかかわらず、全体の調和と統一に破綻(はたん)をみせないのは、同一資材(白色大理石と多色大理石)の使用と、一定の建築的デザインの繰り返しによるためであるだという。

 斜塔は白亜の大理石を使ったローマ様式で、建築途中から傾いていたという。それを無理矢理建てたのだから立派というか、イタリア的というか。8階である【2001年に「クイズ・ミリオネア」で1000万を賭けた問題にこれが出た。解答者はフィフティ・フィフティを使って8階、9階に絞ったのだが、9階と答えてしまって100万しかゲットできなかった】。

 近くに寄ると左の方から一生懸命ロープで引っ張っている。ガイドさんが住んだ10年前までは上に登れたという。登った人が書いているのを思い出したが、つるつる滑りそうで危なかったという。

 今は地面を掘って、引っ張って少しずつまっすぐにしているという。

 ガリレオがのこの斜塔で引力の法則を発見したという伝説はあまりにも有名である。ブレヒトの『ガリレオの生涯』には地動説を放棄するように強要されたガリレオに向かって、隣にいたアンドレアという男が話しかける。「英雄のいない国なんて、不幸だ!」。これに対してガリレオは「英雄を必要とする国が不幸なのだ」と答える。英雄のいない日本が幸福だということにはならないが…。

 身体論(精神と肉体を分けずに、われわれが身体をもった存在としてこの世にあるということを出発点にして、人間と世界との関係を捉える哲学)の市川浩は『<身>の構造』(講談社学術文庫)でピサの斜塔について次のように書いている。

 ピサの斜塔は、昔から人々を魅惑してきました。それは傾いて変わっているというだけではなく、もっと直接に、われわれを惹きつけるものがあるからではないでしょうか?。巨大なピサの斜塔の前に立つと、恐らくこちらのからだ自体が斜塔にそって傾く力を受け、それに対抗する力との間で、魔法をかけられたように奇妙に呪縛されるのを感ずるでしょう。

 ドゥオーモの中に入る。静かだったが、そのうち、大司教が現れて、パイプオルガンから音楽が鳴り、合唱が始まり、クリスマスミサが始まった。どの宗教も似たようなもので、音曲が派手だ。これらを「非言語的感化的訴求」(nonverbal affective appeals)などということがある。自動車ショーの水着女性のようなものである。

 カメラに撮ろうとしたが、警察官がダメと言ってきたので断念する。

 聖堂の中も綺麗だ。シャンデリアが見事だが、誰かが「あのシャンデリアは…」と言い始めたら、祐貴が「そうだよ、あのシャンデリアでガリレオは振り子の法則を発見したんだよ。図鑑に書いてあった」という。本を買っても読んでいるか不安だったが、なるほど、ちゃんと読んでいるのだ。本によれば、1583年に振り子の等時性の法則を発見したという。つまり、振動が徐々に小さくなっても一回の振動に要する時間、つまり振動の周期は一定であることを発見したのだ。これによって振り子時計というものができたのだが、ほとんどの人は柱時計を見たことがなくなっている。

 ドゥオーモの外に出て、祐貴に手を伸ばさせて写真を撮る。祐貴が斜塔を支えているように撮した。

 土産物屋に行く。ドルでもいいかというとOKだったので、斜塔などを木目細工にした飾りを買ってくる。とてもシックな色で、気に入った。

 門のところで、ローカルガイドと別れた。

 去年整備されたという大きな駐車場から出発。途中から天空が破れたように雨が降る。バスの運転手に連絡が入って、フィレンツェは大雨だという。高速が渋滞していて、よく見ると15センチくらいの洪水になっている。

 雨の中、丘の上のレストランに到着。クリスマスで開いているところがないので、見つけるのに苦労したと旅行が始まってから何度も何度もツアコンに言われた。ちょうど日本人が正月の朝食を自宅でおせちに舌鼓を打つのと同じようにイタリア人はクリスマスの昼食を家族と一緒に家で食べるのだという。須賀敦子さんの随筆にも「クリスマスは家族と、復活祭は誰とでも」という諺があると紹介してあった。同じカトリックのフランスでもクリスマスは家族中心の静かな祝日だ。フランスではビュシュ・ド・ノエルというクリスマスケーキが出される。

 日本人ばかりだと思っていたのにイタリア人もたくさん入っていた。未蘭はレストランの大きな犬に喜ぶ。

 飲み物を注文しなければならないが、僕は水で、妻はカプチーノ、子どもたちはファンタ。

 座ってから豆のスープが出てくる。トスカーナ州は豆をよく食べる文化だという。

 サラダが出てくるが、ドレッシングはワイン・ビネガーとオリーブオイルがかかっていた。

 アントレ(主菜)は何かと思ったら、鶏肉の唐揚げだった。これではマクドナルドと変わらない!?

 デザートに昔なつかしティラミスが出てくる。

 雨の中、バスに乗り込むが、これから革の工場に行くという。一旦間違ったところにバスが入って工場に着く。

 クリスマスで誰も働いていない工場の奥へ行くとブティックがあった。ツアーの指定ショップで待ってましたとばかりに日本人スタッフがいた。

 自社ブランドが中心で、フェンディと雅子様がロンドンで買ったという何とかというブランドがあった。

 4万近くのバーキン・タイプのバッグを買おうと思ったが、壊れた時のことを考えて止めた。フェンディのリップ入れを土産用に買う。

 お金を払う時に、「ツアコンの名前は?」と聞かれたので祐貴が「どうして?」と聞く。「いろいろ、裏があるんだよ」と話す。姪っ子がツアコンをしていたが、鳥羽の真珠の土産物店に連れていったら給料以上のお金を受け取ったことがあるという。旅行会社にも割り戻しがあるから、こうして連れていくのだ。パリの三越の利用券も後にもらうが、ちゃんと管理数字が書かれていた。

 ようやく「花の都」「天井の無い美術館」フィレンツェ。駅で降りてツアコンにドゥオーモまで案内してもらう。街はクリスマス・デコレーション一色だ。

 ドゥオモの正面にあるのが、白と緑の大理石をまとった八角形のサン・ジョヴァンニ洗礼堂。大聖堂や鐘楼よりも古く、ブロンズの門は世界的に有名だ。南門に彫金を施したのはピザーノで、聖ヨハネの一生などが描かれ、東の扉がミケランジェロが「天国の扉」と呼んだギベルティの傑作だ。

 花のサンタ・マリアとも呼ばれるドゥオーモは106メートルの大円蓋があって街のシンボルだ。15世紀に建てられたというが、白とバラ色、緑色の大理石の幾何学模様になっていて見事な外観となっている。ヴィスコンティの『家族の肖像』にはわざわざ街をレプリカで作ってある。旧市街は歩いて回れる範囲である。

 ドゥオーモの中に入る。ここでもクリスマスミサをしていて荘厳な感じである。円蓋の内部には最後の審判が描かれている。

 圧倒されながら、外に出てジオットの鐘楼を見る。

 シニョーリア広場に行く。かつての政治の中心で、今はネプチューンの噴水、コシモ・メディチの騎馬像がある。

 ヴェッキオ宮殿の鐘楼を見上げた後に、宮殿に入る。見事な装飾が施されている。美術館のショップがあって画家になりたい未蘭のために塗り絵や子供向けの絵本などを買う。「クアトロチェント(=400)」と書かれた本があったが、ルネサンスのことである。これはルネサンスが1400年代に興ったことに由来している。

 ウフィッツィ美術館を通って、ヴェッキオ橋。アルノ川がゆったりと流れる。

 『眺めのいい部屋』でも効果的に使われている「私のお父様」がこの橋がモチーフになっている。「私のお父様」はプッチーニのオペラ『ジャンニ・スキッキ』の中でラウレッタが歌う。妻もラウレッタ役をこなしたことがあるし、結婚式でもよく歌ってあげる。お父さんのジャンニ・スキッキの遺産を狙って、結婚しようとしているラウレッタが「もしも許されないなら、ヴェッキオ橋からアルノ川に身を投げるわ」と歌うのである。『ベリー・アニー・メアリー』での「私のお父様」の使われ方も見事で涙が出てくる(イギリスの新進女性監督サラ・シュガーマン2作目の長編でイギリス・ウェールズ地方の小さな町を舞台に、何をやっても冴えない30歳の独身女性が、様々な事件に遭遇しながら町のパバロッティと言われるほど歌の名人であるパン屋の父親譲りの「声」を見いだしていく姿をユーモラスに描いた秀作。1999年サンダンス・NHK国際映像作家賞のヨーロッパ部門で受賞)。

 子どもたちが「あのツタンカーメン男みたいにここで『私のお父様』を歌ってお金を稼いだら」などという。案外いいかも…。

 橋の上にある貴金属店がどこも閉まっていて、せっかく妻に1千万円くらいのを買ってあげようと思っていたのに残念、残念。

 このまま帰ろうとというと駅のマクドナルドまで戻って食べたいという。実際、開いているレストランは少ないので、確実なマクドナルドにする。

 中央駅まで戻る。寒い中、子どもたちはよく頑張った。地下街から駅に入ってマクドナルドで買う。

 タクシー乗り場に行くが、僕らの前がすごい美人の姉とその弟だった。何となく話になって、彼女はメキシコから遊びに来たという。フィレンツェを楽しもうという期待いっぱいのようすだった。

 笑顔で別れて、タクシーに乗る。初乗り料金がツアコンに聞いていたよりも倍近いので指しておかしいというと「ブオーノ、ドミンゴ」(正しい、今日は休日だから)という。まあ、信頼するしかないので、乗る。乗るが、シェラトンのシャトルバスとは違うコースなのでちょっと心配になってきた。

 それでも、アルノ川を越えて高速近くになって安心する。お金にチップを加えて払おうとすると「ノー」といっておつりをくれる。後で調べるとイタリアのタクシーはチップ不要だという。ややこしい。

 タクシーで考えると家族は4人までがちょうどだ。

 シェラトン・フィレンツェ。

 ホテルのショップに入る。イタリアで買えるのはここしかない。フェンディが中心で、他にもいろいろ安い。

 10年前に比べてリラの円に対する価値が半額近くになっているという。メディチ家の紋章が入ったゴミ箱がよかったので、3個買う。フィレンツェの写真集やお義父さんへのネクタイや祐貴の玩具を買う。

 テレビを見ると、「クイズ・ミリオネア」そっくりの番組があって、どちらもアメリカの番組をぱくっているのだろう【2001年にイギリスで詐欺事件が生じて分かったのだが、元はイギリスの“Who Wants to Be a Millionaire?”(映画『上流社会』の曲名)で世界各国に輸出、日本も含めて70〜80カ国が同じ形式の番組を流しているらしい。英国が久しぶりに世界制覇したという報道もあるほどだ。全問正解すると100万ポンド、円にすると2億円近い賞金がもらえる。その100万ポンドを不正に「獲得」したとして陸軍少佐と協力者の大学講師らが逮捕された。 問題が一番難しいのがインド、一番やさしいのが日本、という。 「ミリオネア症候群」といってしばしば批判もされる。 「ミリオネア」でも、後半は難問が続く。詐欺を働いた少佐は、後半「0が100つく数の名前は何か?」に正解して勢いづいたという。答えは「グーゴル」“googol”だが検索エンジンの“google”はこれと“goggle”をくっつけた言葉】。愛川欽也そっくりの男が出てくるトーク番組もある。

 それにしても、若いイタリア女性は本当にきれいだ。オリビア・ハッセイみたいなのがごろごろいる。しかも早熟だという。金窪周『恋するオペラ』(集英社新書)によれば、彼女らの“学校”はオペラだという。オペラは実はほとんどが艶話だから、ませるのは当然だ。小間使いがヒロイン姉妹に「女の子も十五になれば」と恋の手ほどきをする「コシ・ファン・トゥッテ」に始まり、少年との火遊びに夢中の元帥夫人が老いにため息をつく「ばらの騎士」などコミカルな駆け引き、悲恋などがオペラには満ちている。

 語学には動機づけが大切だが、本当のイタリアを知っていれば、イタリア語をちゃんと習ったのに!

 明日も早いので寝る。

 きょう、ピサに行きます。でも、雨がふっています。

 朝食を食べに行きました。ジュースをがばがばのみました。ピサへ行く時間になりました。外に出て、バスにのって行きました。

 てんじょういんさんと、日本人のガイドさんと、外国人のガイドさんがついています。なぜ、てんじょういんさんのほかに、二人もついているかと言うと、ばっ金になるからです。かなり、たかいそうです。

 ピサにつきました。日本とは、ちがって、らくがきがたくさんありました。さいしょに、ピサのしゃとうを見に行って、本当にななめになっていました。ロープで、引っぱってありました。今は、なおしたいけど、あまり、なおせないそうです。

 つぎに、大せいどうのドゥオゥモに行きました。しゃしんをとってはいけないと言っていたけど、日本人のガイドさんが、「少し、ぬすみどりしてもいいんじゃんないですか。」と、言っていたから、おとうさんが、けいさつかんに見つからないように、ぬすみどりしていました。ぎしきがはじまった時、おとうさんがビデオカメラをとっていたら、けいさつが来て、イタリアごで、「だめだ。」と、何回も言いました。

 あつまる時間になりました。外へ出て、買いものをしました。おにいちゃんは、ピサのしゃとうのろうそくを買いました。わたしは、小もの入れを買いました。おかあさんたちは、ピサのしゃとうの木で作った絵を買いました。

 あつまる時間でもどりバスへ行って、昼食を食べに行きました。そこの店には、大きいシェパード犬の犬がいました。シェパード犬は、けいさつ犬です。さいしょは、あまりにもおおきいので、おおかみと思いました。テーブルにもどって、ジュースをたのみました。わたしは、ファンタオレンジをたのみました。おかあさんは、カプチーノでおとうさんは、お水です。さいしょに、まめスープが来て、つぎに、チキンと野さいが来たよ。野さいはいばらみたいにちくちくで、チキンはほねつきだったよ。だから、きりにくかったです。デザートにケーキが来ました。でもわたしは、あんまり食べませんでした。

 つぎに、かわこう場へ行きました。わたしは、さいふを買いました。おかあさんは、くちべに入れを買いました。

 フィレンツェの町へ帰って、夕食は、マクドナルドで食べました。日本と、ハッピーセットがちがっていたよ。

 ホテルに帰ってぐっすりねました。

 金川 みらん


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