ミレニアム欧州旅行〜子どもたちは何を学んだか? 12月21日(木)
東京行き夜行バスは初めてだった。田舎のバスなので振動がもろに伝わってきて眠れなかった。祐貴は時々起きて外を眺めていた。寒くなってきて未蘭が可哀想で、一体今後どうなるか心配だ。空調もきちんとできない富山地鉄は最低!
5時5分に池袋東口着。未蘭がお腹が痛いという。寒さからだと思うが、最初から悲壮な気分になってくる。おんぶして歩く。そのうち「治った」というのでほっとした。
5時30分から開いたみどりの窓口で予約して池袋から5時58分発の成田エクスプレスに乗車。3110円と高い。
7時29分に成田空港に着く。遠くて不便、しかも警備も厳しいこんな空港に誰がした!
朝食をどうしようと思ったが、空港内にマクドナルドがあって子どもたちがここがいいというので、普段は食事をしないことにしているが、これからお世話になることもないと思ってホットケーキのハッピーセットにする。『ダイナソー』の玩具をもらって祐貴は満足。
ちょうどカメラの電池が切れたのでカメラ屋で購入。店員は「パリですか」といいながら、勝手にカメラの時刻をパリ時間に変えてしまう。
□ 宅急便で送ってあったスーツケースを受け取る。20年前のサムソナイトでキーキー音がする。
銀行で両替。基本的にはカードで決済するつもりだが、とりあえず僕は3万円をドルに、妻は1万円をスイスフランに。見ていた未蘭が「私も替えたい」といって持ってきたお小遣いをフランスフランに替える。玩具みたいな紙幣をもらって喜ぶ。
後で分かったが、クレジットカードのレートはフランスフランは約16〜17円、スイスフランは約70円、イタリアリラは約0.58円だった。
2時間前の10時50分、第1旅客ターミナル4階の新北ウィングFカウンター35番に集合。保険の書類や、ピンクのラクダのバッジをもらって、空港税を前払いする。32人のツアーだという。他にもいると思ったのに子どもはうちの二人だけだった。子どもがいるからと他の人に迷惑にならないようにしなければならない。僕にとって初めてのパック旅行だから緊張する。
白いコートを着た大学生らしい女の子と、挙動不審でビジネスケースを持った男が目立った。後に胡子(えびす)さんと話題君(仮名)だとわかった。仮名にする理由は徐々に分かる。
□ 出国審査が終わる。出入国書類を任せると一人4千円だったがもちろん自分たちでする【「出帰国記録カード」(EDカード)は混雑解消のため2001年7月で廃止になった】。
免税店で妻が早速買い物。「今からフランスへ行くのに買うな」というのにと怒っていると、買ったものが見あたらない。レジで忘れていた。時差ボケが既に始まっている!これから先が思いやられる。本人は阿川佐和子も同じだったと反論。
昔から忘れっぽいことにかけては人後に落ちなかった。中学の頃、学校に出かけようとして、二階の部屋から階段を下りる。「あ、忘れ物をした」と思い、階段を上がると、それが何であったか、忘れている。あきらめて階段を下りると、また思い出す。おかげで何度も階段を上がり下がりするものだから、「いったいいつになったら出かけるの」と、よく母に叱られたものだ。
買い物に行って代金を払い、肝心の商品を置いてきたり、人の名前を忘れるのは得意中の得意。約束を思い出せない、今した質問を繰り返すなどの失敗は限りなく、親しい友人は、「忘れる」と言うとき、「アガワる」と言い換える。
-----阿川佐和子「ボケ初め」(『無意識過剰』文藝春秋)
12時50分発のエールフランス(AF-275)のジャンボに乗り込む。今日は満員だという。フライト・アテンダント(スチュワーデス)が日本人以外はみんな黒人になっているのに驚く。きつい空路だから当然だと思った。10月から全面禁煙になっていて、困る人にはニコチンガムまで用意してあるという。「禁煙なんか簡単だ、僕は千回もした」(Quitting smoking is easy. I've done it a thousand times.)と言ったのはマーク・トウェインだったが、21世紀はナチスドイツの「健康帝国」になってしまうだろう。
離陸した。飛行機が初めての未蘭に感想を聞いた。「キーンと飛んでいてきつそう。羽根をヒラヒラさせて飛べばいいのにね」。
イタリア語通訳の田丸公美子は子どもが2歳の時に、「ママ、飛行機ではおしめをつけててもいいって」というので何かと思ったら、「今しばらく、安全ベルトをお締めのままでお待ちください」という放送があったのだそうだ。
十二時に、我々が完璧にくたばれかけたところで、三人の樵の一家に出会う。山の斜面の木を伐採して、それをロバの背中に乗せて下の道まで下ろし、そこに積み上げ、それをまとめて麓まで運ぶのである。ロバは全部で六、七頭はいる。樵の一家はお父さんと大きな息子と小さな息子という構成である。【…】
僕らが「グランデ・ラヴラに行きたいんですが」と言うと、「それは全然違う」という答えが返ってきた。「道、間違ってる。この道、どこにも行かない」要するに、これは材木を切って運ぶために作られた道であるらしい。「ひき返さないと駄目」、ずっと下って行くと「グランデ・ラヴラ」と書いた標識があるから、と彼は言う。そこを右に行けばいいのだと。【…】
彼らもちょうど昼飯の時間であったらしく、僕らは途中まで一緒にもときた山道を下る。ロバに材木をたっぷりとくくりつけ、尻をたたいて先に行かせる。そのあとから、僕らがゆっくりと歩いていく。「どこから来たんだ?」とお父さんが訊く。「日本からだ」と答えると何だかわからない顔をした。「何で来たんだ?」と訊くから、「飛行機」と言うと、三人で顔を見合わせて「飛行機だって」と言う。飛行機に乗ったくらいで感心されたのは僕も初めてである。すごいところに来ちゃったなあと実感する。「ラヴラ修道院」(村上春樹『雨天炎天』新潮文庫)
せっかく4人分のアイマスクを用意してきたのにイヤホンや耳栓と一緒に手渡される。この中でどれだけ眠れるかが勝負だ。ツアコンの井上さんはプロだけに既に眠りに入っている。
「子どもが飽きたのでぇ」といってもらおうと思っていた玩具も、すぐに配られてしまう。「青い惑星」というケースに入った玩具セットだった。
お茶代わりにワインを頼む。食事の前にもアペリティフとしてワインが出る。シャンパンを頼んだ人もいたので、ほとんど飲めない妻にシャンパンを頼むようにいう。開けてくださいと頼んで二人で飲む。食事は和食と洋食が選べて、二人ずつ分ける。オードブルとはいわなくて、アミューズ・ブーシュ(口を楽しませるもの)という言い方になっているようだ。和食には茶蕎麦も出る。おいしい!
実際にはティエフケー(TFK)という会社がJALやエアフランスを含めて32の航空会社用に作っているから、会社によって実はそんなに味が違うということもなさそうだが…。成田エアポートレストハウスで食べることもできるという。
一息つくと妻はギャレーのアエロブティックでショッピング。遠藤周作の『深い河』に「それまですましていたスチュワーデスたちが急にデパートの売り子のようになる」という表現があったのを思い出す。事前に日本でお土産を買うことはしなかったが、ここからチョコとクルミを宅配してもらうことにする。
映画が始まるが、劇場で観た『オータム・イン・ニューヨーク』だったので見ない。大体、リチャード・ギアのスケベ心についていけない。
暗くなってしばらく経つと、軽食の時間になる。ギャレーにおにぎりやサンド、ミニカップヌードルが出る。ジュースも飲み放題なので、祐貴は何度も通う。シューシュルシュルと吸い込まれていくトイレも気に入ったようだ。
映画が始まり、今度は『しあわせ家族計画』。観たいけれど劇場に行くほどではない作品なので、イヤホンをつけた。未蘭も「観る!」といったが、テレビ番組ではなかったので、すぐに「つまらない」と寝てしまう。考えてみると今回の旅行も「しあわせ家族計画」みたいなものかもしれない。だれきった日常から解放して、新たな家族を築く?
着陸前の軽食のために明るくなった時、未蘭は鼻血を出す。ふだん出さないのにやっぱり無理をしているようだ。ドーリアが出るが二人とも眠ってしまって食べない。
隣の席で騒ぎがあった。前の席のおじいちゃんがリクライニングを元に戻さなかったのだが、「壊れているから」と何度も後ろの男に説明したが、後ろの中年男が「うるさい!黙って食べろ!」といってついにおじいちゃんの頭を叩いてしまった。着陸の時によく見るとまっすぐになっていて壊れていないみたいな気がしたのだが、いずれにしろ、こんな人が同じツアーかと思ったらぞっとした。パックは怖いと思った【翌日確かめたら二人とも全く違うツアーだったようでいなかった】。
向田邦子の『夜中の薔薇』に「女を斬るな狐を斬れ・男のやさしさ考」というエッセイがあり、「男のやさしさは、袷(あわせ)仕立てだと思います。女のやさしさは、何といったらいいのでしょうか、女と生まれた義務のようなものとか、小さな自己陶酔があるだけですが、男のやさしさには、人間としてのかなしみやはにかみの裏打ちがあるように私には思えます。私の好きな男のやさしさは、あまりかっこよくない不器用な、少々こっけいなやさしさです」という。「男のやさしさ」の例として、先代の高砂親方(元横綱朝潮)と新幹線で名古屋まで隣り合わせになった時のことを書いている。「何しろあの体格です。親方の体は一人前の座席いっぱいに溢れかえり、私はまるで夜具布団に寄っかかっているといった案配でした。親方は文字通り体を固くして身を縮めていました」。隣の女性に迷惑をかけてはいけないと、ずっと巨体を固くし身を縮めていた親方は、名古屋駅に着くと、深々と一礼して下りていったそうだ。「その背中には人気力士のおごりはなく、立派すぎる体をもって生まれてしまった男の悲しみがあるように思えました」。
未蘭は着陸の直前にも鼻血を出す【この時の2回だけだった。乗り物酔い止めは不要だったようだが…】。
17時20分にトランジットのためにシャルル・ド・ゴール空港に到着。11時間も乗っていて日本だと午前3時20分なのだから子どもたちも疲れているが、それなりに喜んでいる。初めての飛行機がエール・フランスで、初めての外国がパリというのは羨ましい。終生フランスの土を踏むことがなかった朔太郎が「旅上」で歌った日からこんなにも遠くなっている。
「旅上」 萩原朔太郎
フランスへ行きたしと思えども
フランスはあまりに遠し
せめて新しき背広をきて
気ままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。On the Way
France is where I'd to go,
but France is so far away....
Maybe I could just get a new suit
and travel to wherever my feet
and the train will take me.
As we chug up a mountain pass,
I lean against the sky blue window
following my own carefee thoughts
---dewy shoots of grass unfurling on a May morning.アーサー・ビナード『日本の名詩、英語でおどる』(みすず書房)
辻仁成は『黄昏のアントワープ』(海竜社)で「旅は入り口で決まる。いつもわたしはそう思う。空港や駅に立った時に、その国に歓迎されているか、そうじゃないか、がなんとなくわかる」と書いているが、きれいな空港が子どもたちを歓迎してくれている。
【ポーリン・】ケントさんはドイツに旅行した体験から、「旅行しているドイツ人家族の多くが家族単位のパスポートをもち、親子仲よく並んで入国審査を受けている」のに日本人は家族でもそれぞれバラバラだと言う。子どもが大きくなると、親子で旅行するのさえ珍しいのではないだろうか。私もアメリカの大学生に夏休みの楽しみは何かと訊いて、「家族の旅行」と答える学生が多く、日本との差に驚いたことがある。
「日本人こそコジンシュギだ」河合隼雄『「出会い」の不思議』(紀伊国屋)
ターミナルAからFへバスで移動。空港はどんどん大きくなって分かりにくくなっているという。
出発まで解散になった。トイレに行きたいと思って探すが、全部閉鎖されている。職員にどこにあるか聞くと「外」だという。何と陸橋を渡って、空港を出たところに臨時ボックスが3個並んでいた。信じられない。しかも、暗いのに電気が分からない。
玩具屋があって祐貴が「ダイナソーだ!」というので入って見る。フランス人形がいっぱい飾ってあるので未蘭に買わないかといったが、ポケモンとか日本でも買えるものばかりチェックする。ポケモンはフランスでも人気があるようだ【メトロの駅でも『ポケモン2』のポスターが目立った】。
荷物検査を終えて免税店に入る。エルメスがあったのでシュバリエというリュックを買う。日本では見たことがないというと店員は新しいデザインだという。
ゲートF35で待っているが、遅延の表示。既に疲れ切っているのに待たされるのはこたえる。祐貴に眠ったらというが、「僕、全然眠りたくないもの」という。昨日のバスの中でもあまり寝ていないし、気になる。
飲み物がほしいというので探すが、覚悟していたが、免税店にすらジュースはない。バーがあったが、大人の飲み物ばかりだった。でも、仕方がないので、ペプシを頼む。祐貴が「ペプシに2種類ある」という。「ペプシMAX」と書いた缶と違っているという部分を見つけて訳してくれ、という。“sans sucre”(シュガーフリー)になっていた。
トイレに行きたいというので一緒に行くが、便器が高いのと子供用がないことに驚いていた。子どもは大きい方へ行けばいいと教えてあげて「ヨーロッパはあまり子どものことを考えて作ってないからね」と教える。
戻るとフランスの子どもが二人で係員のところでジャレ合っていた。妻が「未蘭と祐貴のケンカそっくり」だという。二人だけ係員に連れられて先に飛行機に中に入っていった。
ツアコンの井上さんも時間を持て余している。大月から会社に通っているのだという。英語だけで勝負しているようだ。
結局、20時20分発のところ35分遅れて出発。
□ エールフランス(AF-1242)で空路、ジュネーブへ。エアバスA319なのだが、タクシー(陸走)の時にキーコキーコという音がする。前の席のアメリカ人はノコギリを引く真似をしている。妻が不安になったので「A300は問題になったことはあるけど大丈夫だよ」と慰める。
せっかく窓際の席になって「離陸を見る」といっていたのに、祐貴はぽろりと落ちる果実のように眠ってしまう。リンドバーグは300メートルの上空から「星の湖のようにパリの明かりが見えた」と回想している街灯りなのに!
軽食にハムとレタスをただはさんだだけのパンが出る。ぱさぱさしていてちっとも食べられなかった。
21時15分にジュネーブ着の予定が22時は過ぎていた。降りる時に二人を起こす。未蘭をおんぶする。出口へと進んだ時に祐貴が「眼鏡がない!」と叫ぶ。慌てて席に戻ってみると眼鏡が下に落ちていた。子どもを連れて旅行するというのはこういうことだなぁ、と覚悟する。
スイスはEU外なのでパスポートが必要だ。出入国カードも使うかもしれないと渡されたが、使わなかった。通関でハンコも押されない(妻は3ヶ国でパスポートにハンコが増えることを期待していたが成田の2個だけだった)。オスカー・ワイルドみたいに税関で“I have nothing to declare but my genius.”といいたかったが、何も聞かれずに、通過。
通関してカルーセルに行く。ツアコンの井上さんが「荷物はポーターが運びますから確認だけしてください」という。「阪急交通社」のピンクのタグがついたスーツケースだけをポーターが取り出してカートに載せている。
びっくりしてしまった。パック旅行ってこんなにも楽なのかと。成田までも別途に配送するし、ホテルまでも配送されるからスーツケースを転がす必要もない。誰かが阪急交通社はこれがお約束になっていて、だから楽だと話してくれた。なるほどピンクのラクダのバッジになっている。ちなみに、ヨーロッパではスーツケースは本人が運ばずにポーターを使うのが常識になっているのだが…。
話題君が手荷物を運んでもらいたいと要求したが、契約外だと拒否された。
□ ミキトラベルというラベルの付いたバスが待っていた。現地には必ずこうした旅行社があって、世話をすることになっているようだ。
バスに乗り込もうとすると一番前の席はダメです、と言われる。一番前の席は保険がきかないのだという。だから、空いていてもツアコンしか座らないのだそうだ。
車中、スイスについての通貨や枕チップなどの説明をしてくれる。チップという習慣は日本人には難しい。平川祐弘は『日本をいかに説明するか』(葦書房)の中で画家の藤田嗣治から聞いた話として「チップは少額でいいから何度もわけて渡すがいい」というのを紹介している。すると日本までの船の中で給仕長に少しずつ渡していたら「肝臓が悪いから」という理由で三等船客の平川に二等の食事が出たという。
パレ・デ・ナシオン(元国際連盟本部で現在は国際連合ヨーロッパ本部)などを横目に見て通る。緒方貞子さんがちょっと前まで働いたという難民高等弁務官事務所の話になると「すごい人がいるねぇ」とみんな感心していた。パックツアーというのは何も勉強することもなくて楽だ。
20分くらいでベルン通り(コエーリョの『11分間』の舞台)のオテル・ドゥ・ベルン(Hotel de Berne)に到着。忘れ物をしないようにと降りたのに白髪の上品な女性(後に上野さんと分かる)から「若奥様、お忘れ物ですよ」とオレンジのエルメスの袋を渡される。初日からこんなでは先が思いやられる。
ロビーで明日のための全体説明が行われる。パックは初めてなので、新鮮だ。モーニングコールもツアコンから頼んであるそうだ。
話題君はさっそうとエレベーターに乗り込んでいったが、しばらく経ってドアが開くとまだ乗っていた。自動ではなくて使いにくいのである。
スーツケースも部屋まで運んでもらえて、契約してあるからチップも不要だ。
4つ星のホテルでこぎれい。大好きなモネの睡蓮の絵が飾られていて未蘭は大喜び。日本語のテレビも見ることができる。
お風呂に入ってすぐに寝る。
隣の部屋で未蘭はすぐ寝たと思っていたら日記を書いていたという。
きのう、バスの中でねて、そのまま池ぶくろに行きました。そこで電車にのって、なり田空こうまで行きました。そこで、ひこうきにのって、スイスまで来ました。
そこのホテルで今ねるので、明日、7時におきます。朝食が楽しみです。 ------未蘭の日記
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