金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


 

笑説 越中語大辞典



●わ〜ば

 「わ」と「ば」は富山方言では同じ音である。西部は特に両唇摩擦音で発音するので、「おばちゃん」なのか「おわちゃん」なのか分かりにくい。

●わ〜わー

 叫んでいるのではない。「わー」というのは「お前」のこと。例:「わーらっちゃ、何しとんがぁ」。

 富山方言というか、東北などを含めて相手のことを「われ」とか「わ」(富山では「わー」)という言い方がありますが、これは「我」から来ている古語である。

 大阪などで相手を「自分」というのもこれと同じで相手を子ども扱いにして呼んでいる。

 実際、年上の人には使えない。大学では先輩が後輩の女性を呼ぶのに使うことが多いが、これは相手の名前などを知らない時に「あなた」とか「あんた」というのはどちらもいいにくく、それをごまかすためにも使われると考えられる。

●…わい

 「…だろう」。例:「やってくりょーわい」(やってくれるだろう)。

●ワイルドライフ・フェスティバル

 世界自然・野生生物映像祭in富山でワイルドスクリーン映像祭(イギリス)、ジャクソンホール・ワイルドライフ映像祭(アメリカ)と並ぶ、世界三大映像祭として、世界の映像作家に知られている。NPO法人の地球映像ネットワークが、1993年から隔年で開いている。

●わかいしゅ

 「若い衆」。例:「そんなことぉ、わかいしゅなぁ、だまっとらんちゃ」。

●ワカサギ釣り

 城端町の桜ケ池が有名で、シーズンの土日は沢山の人が集まる。桜ケ池では1991年から、近くの宿泊施設「自遊の森」が卵を放流。ブラックバスの不法放流による影響で絶滅の危機に直面したが、2001年に池の水を抜いてブラックバスを駆除。再び釣れ始めたが…。

●若潮丸

 富山商船高専の練習船。

●和漢薬

 富山ではよく使われる。富山医薬大には和漢薬研究所がある。

●わし〜わへ

 「私」。女性でも「わし」「おら」ということがある。高岡の方でよく使われていた。「わて」とはいわない。「おら」とか「わし」というのは「わたし」が「標準語」として入ってくるまでごく自然な言葉だったのだ。「わし」は富山の比較的若い女性でも使うことがある。シェイクスピアの坪内逍遙の翻訳ではヂュリエットが「わし」と話している!

●ワシマイヤー

 高岡市に工場を持つワシマイヤー(本社・福井市)の「鍛造ホイール」は、世界の名だたる自動車メーカーで使われている。鍛造とは金属に圧力をかけて、形を変える技法のこと。溶かした金属を型に流し込む鋳造に比べ、強度が高い。その結果、強さが同じものを作ったときに、約3割も軽くできる。足回りの軽さは、乗り心地やスポーツ性能につながる。鍛造ホイールの誕生は、世界を驚かせた。1971年に繊維機械の部品メーカーとして設立。アルミ鋳造で糸巻きを作っていたが、海外からの鍛造糸巻きの進出で厳しく、ホイールに発想を転換した。92年には、フェラーリの発注を受け、アルミより軽いマグネシウム鍛造ホイールを世界で初めて製品化し、F1界に参入した。

●わしら〜わへら

 女性でも「わし」というが、「私ら」のことを「わしら」ということがある。

●綿菓子

 綿菓子は綿菓子で「綿飴」とはいわない。

●わたしの旅百選

 小泉首相の肝いりで文化庁が公募していた「わたしの旅百選」は日本の歴史や文化に親しむ旅を選定したものだ。富山に関連したものでは、「富山売薬」「万葉の旅」「分水嶺を越えて」「奥の細道」「縄文時代を尋ねて」の5件が入っている。

●渡し船

 如意の渡しというのが伏木と中伏木の間で小矢部川を横断する。弁慶たちを通したから。富山新港にあるのは「フェリー」と区別している。2009年に廃止となった。

●綿貫民輔【わたぬき たみすけ】

 富山選出の自民党代議士。衆議院議長(2003年10月まで3年3カ月)にまで登りつめた。2005年には郵政民営化法案に反対する中心となり、解散後は国民新党を旗揚げした。神主。父の南佐民(後の綿貫佐民)は衆院議員で、長男の誕生と共に自らの名前「佐民(すけたみ)」を逆さにして「民輔(たみすけ)」と命名した。「輔」はの「佐」と同じく「人を助ける、天子を補佐する」といった意味がある。つまり人のため、世のために働き、生きる男であって欲しい、との願いを込めての命名だという。

 6月に衣替えする習慣から綿貫なのだが、旧暦の6月は夏の盛りだった。<六月無礼>という言葉があって服装に多少の無礼があっても構わないという意味だ。『平家物語』の写本に出てくるから、かなり古くからある言葉のようだ。

●ワタリ

 井上鋭夫(としお)金沢大学教授の名著『一向一揆の研究』(吉川弘文館)に出てくる人々。『山の民・川の民』(平凡社選書)では、ワタリとタイシと呼ばれ、農業以外の生業についた人々で、ワタリの人々は船をあやつって、交易や物資の運送に従事した人々、タイシは太子信仰に奉じたらしい人々で、箕作り、塩木流し、筏流しなどを業とし、河川や海の舟付場や港で働き、農地を持たず、河川や海のほとりの舟着き場や湊などに住みついていて、農民たちからいわれなき差別をうけていた人々をいう。

 一向一揆を支えた人々に関して一向一揆とは一揆の拠点たる「寺内町」を死守するために立ち上がったと考える。笠原一男と井上との大きな違いは門徒は惣村に結集する農民大衆を主力とするという門徒農民説(笠原)、門徒は漂泊の非農民ワタリ、タイシを核とするという門徒ワタリ説(井上)が際立っている。つまり、井上は「非・常民」を考えていたのである。白土三平は抜忍『ワタリ』によって百姓一揆を劇画にしている。

●ワタリガニ

 ワタリガニは新湊や魚津でとれる。夏場の5〜6月に産卵のため浅瀬に来るのが網にかかる。ちょうどズワイガニの禁漁の時期なので珍重される。

●わなる〜ばなる

 「大声でわめく」。例:「お前、なん、ばなっとるが」(お前は何をわめいているのだ)。

●わめつける〜ばめつける

 「わなる〜ばなる」からの派生で「罵倒する」。例:「まっでぇ、天狗になってしもうてぇ、人のこと、わめつけとっちゃ」(まるで天狗になってしまって、他人のことを罵倒しているよ)。

●わやく〜ばやく

 「めちゃくちゃ」。真田信治・友定賢治『地方別方言語源辞典』(東京堂出版)には富山方言として「わやくこっぱい」が出てくるが、僕は聞いたことがない。「うちんなかがわやくこっぱいになっとる」(家の中が始末のつかないような、さんざんな状態になっている)という例文があがっている。語源は古語の「枉惑」(「おうわく」で古い表記は「わうわく」=「道義に反する言動によって人を惑わすこと。また、そのさま」)と「骨灰」(「こっぱい」=「さんざんな目にあうこと。また、そのさま」)の両語を複合させて、始末のつかないひどいさまを表現したものだという。

●わやわや〜わっやわや

 「めちゃくちゃな、混乱した」状態になること。

●わらびしい

 北陸共通で「若くて派手な」ことで「童(わらわ)」の形容詞形。反対語は「ひねくらしい」。例:「このきもん(着物)ちょっこぉ、わらびっしぃないけぇ」・「あんたどこから来たがいね、わらびっしい顔しとって」「蕨市ではなくて、浦和市です」(古い!)。

●わるくた

 真田信治は『罵詈雑言辞典』で「腕白坊主」を富山方言でいうと書いているが、聞いたことがない。真田は「あくたいもん」も載せているが知らない。

●わるなる

 「悪くなる」。例:「わるなる前に食べしまお」(悪くなる前に食べてしまおう)。

●われもっこ

 吾亦紅(われもこう)。茎の上の方で枝が分かれ、暗紫色の花が穂のように密集して咲く。語源はいろいろな説があるが、花が割れ目を入れた「帽額」(もこう)のように見えるからだという。神社などの御簾(みす)などをかけるとき上長押(うわなげし)に添って横に張る幕。もっとも面白い説は昔、紅色の花を集めるように命じられた人が吾亦紅を採らなかったところ、吾亦紅の花自身が不服を言って、「吾も亦(また)紅なり」といったとされる。本来は「吾木香」と書いたのに、この説を強めるために「吾亦紅」と書かれるようになってきた。

 高橋治は「吾亦紅のような女と一緒になれば、人生間違いないという。花は地味だが、枝分かれの仕方が潔癖で、諸事しゃんとしているからだそうだ」と書いた(『くさぐさの花』朝日文庫)。

●和蝋燭(わろうそく)

 近くでは能登七尾の和蝋燭、飛騨古川の和蝋燭が有名だが、富山でも作られている。富山市北新町に「中島和平商店」というのがある。材料は、はぜ・うるしの実から採る木蝋を使う。西洋ろうそくと違い、火を灯すと炎がまっすぐに上がりすすが出ない。上部が三味線のバチ状に太く下部は細くしなやかに流れる絶妙な曲線を作っている。何度も手掛けるので灯芯を中心に同心円の層が年輪状に残る。


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