金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


 

笑説 越中語大辞典



●そいあい

 「配偶者」「連れ合い」。真田信治・友定賢治『地方別方言語源辞典』(東京堂出版)で富山方言というが僕は聞いたことがない。「添いあい」(馴染み添いは「恋愛結婚」)から来ているもので、石川県の一部でも使われる比較的古い言い方だという。

●…ぞいね

 「…ですね」。例:「具合悪いちゃ、知らんかったぞいね」(具合が悪いとは知らなかったですよ)・「なんもせんでもいいぞいね」(何もしなくていいですよ)。

●そーいったかって

 「そう言っても」。

●そいがけ

 「そういうことなのですか」。

●そいがに

 「そういうことなのに」。例:「そいがにまだ頑張っとられるがいね」(そういうことなのに、まだ頑張っているよ)。

●僧ヶ岳【そうがたけ】

 古くは「仏ヶ岳」といったが、雪形模様からいまの名になったという。「僧馬岳」とも呼ばれた。「雪形(雪絵)」が僧侶の形を取ることから名付けられた、県東部の山。毎年4月初めから見え始め、ふもとの農家は、変化の進み具合から、その年の川水の量や遅霜の時期を予測し、施肥や田植え時期など農事暦の目安にするという。僧ヶ岳の雪形の僧は、背に袋をかつぐという。地元の人は袋の大小で、その年の作柄を占い、大きければ豊作と考えた。

●総曲輪【そうがわ】

 「場末ではあるけれども、富山で賑(にぎや)かなのは総曲輪(そうがわ)という、大手先。城の外壕(そとぼり)が残った水溜(みずたまり)があって、片側町に小商賈(こあきゅうど)が軒を並べ、壕に沿っては昼夜交代に露店(ほしみせ)を出す。観世物(みせもの)小屋が、氷店(こおりみせ)に交(まじ)っていて、町外(まちはずれ)には芝居もある」と泉鏡花は『黒百合』で描いている。

 総曲輪は富山の中心街のアーケード街だ。電車通りを挟んで向こうに中央通り(さんぽーろ)アーケード街がある。語源にはいろいろな説があるが「囲い」などのことを方言で「がわ」というので、富山城の周りの外堀の意味であろう。

 江戸時代の富山の繁華街は、今の中教院前辺りだったという。富山城の外濠が東西両別院の建設のため埋め立てられて、総曲輪に光が当たるようになった。寺参りの信者相手の飲食店が軒を連ね、明治27年には「勧工場(かんこうば)」ができた。最初は畳一畳ほどの店の権利を買って始めた雑貨やだったが、勧工場全体のことを黒川の勧工場と言ってミニ百貨店となり、後の黒川鞄店になった。28年に夜店が始まり、総曲輪通りの始まりとしている。

 銀座をぶらつくことを「銀ブラ」といい、総曲輪をぶらつくことを「総ブラ」といったというが、本当だろうか?

 1972年に「総曲輪大火」というのがあり、消失した跡地に西武百貨店を誘致した。2006年にも大火となり、石井県知事の実家の“寝装のイシイ”も燃えてしまった。

 中心街の没落ぶりは目を覆いたくなるものがある。地価公示価格も県内は商業地が12.6パーセントで全国最大、住宅地が8.9パーセントで同2位の下落率を記録。全用途では、12年連続の下落となり、過去最大の9.8パーセントダウンで、全国2位の下落率となった(2004年)。西武デパート富山店は1976年7月に進出したが、2006年5月で撤退した。再開発事業では「2核1モール」で活性化していくと認識してきた(2核とはデパートの大和富山店と富山西武、モールとは商店街)がつぶれてしまった。しかも、再び大火に見舞われた。詳しくは富山市教育委員会発行『富山の商店街』。

●総合高校

 方言ではないが、富山でよく使った。普通科高校や職業科高校ではなく、双方がある高校。昔の新湊高校は普通科4、商業科4、家政科1という、総合高校だった。

●総合高専

 富山工業高専に対して富山商船高専を指すときに使う(のは本校関係者だけ?)。商船高専は商船系、工業系、文科系と揃っているから。

●葬式

 「そうだ村の村長さんは葬式饅頭食って死んだそうだ」という歌があった。木村 晋介の『キムラ弁護士、小説と闘う』を読んでいたら、東京では「偲ぶ饅頭」と呼ばれたそうで、次のような歌が紹介されていた。地方によって異同があるようだ。「ソウダーソウダーソウダー村の村長さんの総領息子がソーダーのんで死んだーソウダー葬式饅頭でっかいソウダー中に餡こは無いソウダーホントにホントに無いソウダー」。

●雑煮【ぞうに】

 アフリカ象の肉をおいしく煮たものではなくて、正月に出される、魚貝、野菜など数種の材料を煮合わせた汁に餅を加えた羹(あつもの)。

 うちの雑煮は角餅をそのまま茹でて、醤油だしで、牛蒡、人参、鳴門などと一緒に食べた。ごく普通の?雑煮だった。大阪の白みそ雑煮、香川のあんもち雑煮、長崎の具雑煮に比べればどんな雑煮だって普通に見えるが…。あんもち雑煮だって、森鴎外の好物が「饅頭茶漬け」だったことを知れば、ごくごく普通だ。饅頭を四つぐらいに割って、それをごはんにのせ、煎茶をかけた茶漬けで、娘の茉莉は「しぶくいきな甘み」「禅味のある甘み」だったと回想している。

 寺田寅彦は「新年雑俎(ざっそ)」という文章の中で「他家の雑煮を食うときに『わが家』と『他家』というものの間に存するかっきりした距たりを瞬間の味覚に翻訳して味わうのである」と書いているが、地域によって大きく異なるものである。

 東日本は四角、西日本は丸餅なのだが、富山は東日本型である。正岡子規に「初夢」という随筆があり、「こんなに揃って雑煮を食ふのは何年振りですかなア、実に愉快だ、ハゝー松山流白味噌汁の雑煮ですな。旨い、実に旨い、雑煮がこんなに旨かったことは今迄(いままで)ない。も一つ食ひませう…」と書いている。雑煮のバリエーションは丸、四角だけでなく、醤油、味噌や内容も含めてとても広い。

 佐伯安一『富山民俗の位相』(桂書房)によれば、県内はほとんどが四角で生で醤油出汁。四角い餅を焼くというのが五箇山の利賀と上平、立山町や朝日町にあり、また丸い餅を焼くというのが黒部市や魚津市の一部にあるが、これも混合地帯の飛地現象であろう。 丸くて生もあるがわずか。『聞き書 富山の食事』(農文協)によれば五箇山は焼かずに四角の餅だが、出汁は味噌。

 一般に、富山の雑煮は醤油仕立てのすまし汁に角もちが多く、県東部の具沢山に対して県西部の具は少なめで、かわりに具の切り方にこだわりがある。富山市周辺を見ると、具沢山の中に海の幸を盛り込む点が共通するようだ。前田家ゆかりの高岡市の雑煮は「見せる」部分が重要視されている。

 高岡の雑煮は、具の切り方にこだわりが感じられる。長いも、しいたけは亀甲に切り、にんじんは梅の花、ぎんなんは串にさし、たけのこが春を演出す。「金沢では『人の頭に立つように』と頭いも(里芋の親芋)を入れたり、しいたけを亀甲に切って入れるのに似ている。他にも、丸もちを焼いて入れたり味噌仕立てなど、金沢に似た雑煮の伝統が一部で残っている。

 上市では、特産のこんにゃくを入れることもあるという。

 魚津には県内では珍しい丸もちの雑煮がある。焼いた丸もちに、すり身、にんじん、ごぼう、ねぎなど具沢山の汁をかけ、ぎんなんと三ッ葉を散らす。黒部では、フクラギを焼いてダシにしたり、県内の山手の方ではウグイを焼いてダシをとることもあるという。氷見や能登の方ではトビウオをダシに使うこともあるという。

 八尾では醤油仕立てのすまし汁に、鶏肉は幸をとり込むように。にんじん、ごぼう、焼どうふは短冊切りで形を揃え、ねぎは太目のブツ切りにして甘みを生かします。甘えびは長寿を祈って。栗はくりくりと良く働くように。角もちは昆布を敷いた鍋でゆで、沸騰前に火をとめるのが形良く仕上げるコツです。具沢山の汁をたっぷりかけ、ぎんなんを散らし、彩りに三ッ葉を添えて出来上がる。3日目は、鶏肉のかわりにすり身を入れて、あっさり食べる。

 金沢は澄まし汁に角餅で、せいぜい加えてもセリ、ネギを刻むだけだという。

 「三日食う雑煮で知れる飯の恩」なんて川柳がある。

 「餅なし正月」(坪井洋文『イモと日本人』未来社/安室知『餅と日本人』雄山閣出版)といって正月三が日に餅をたべない習俗(1.正月用の餅をまったく搗かない、搗くことが出来ない、2.餅は搗くが、解禁日を設け、それまでは食さない 、3.年内ではなく、新年に入って何日かしてから餅を搗くなどで稲作以前にイモを中心とする食文化のあったことの名残だともいわれている)が全国各地に見られるが、富山では聞かない。というのも、餅なし正月は焼畑地域や平家落人伝説と分布が重なることが多く、五箇山にはどちらもあるかだ。参考

 もし、餅を搗いたらどうなるか、というと火事になる、餅が赤くなる、祟りや病気になるとされる。

優勢

水稲農耕=米(餅)=白
源氏の旗=白


赤=火=焼畑農耕
赤=平家の旗

劣勢

 正月料理は東アジアの各地にあり、1)日本では雑煮だが、2)朝鮮半島で餅はトックと呼ばれ、うるち米で作り、粘りけがない。3)中国では餃子を食べるが、子宝に恵まれる縁起担ぎから子孫繁栄を祈る。

富山の正月料理 (『聞き書 富山の食事』農文協出版)

 砺波散居村

雑煮はこんぶとかつお節で出し汁をつくる。塩としょうゆの澄ま汁仕立てにして、のしもちを焼かずに入れる。具に白根つきのねぎを入れる。(ともに白髪の生えるまで息災で長生きできるようにと長寿を祈るものである。)

 五 箇 山

雑煮は角もちを生のまま入れて煮て、味噌で味付けをする。精進仕立てで、なまぐさものは入れない。出し汁もこんぶだけでとる。煮しめ、黒豆やささぎ豆などの煮豆、数の子、大根なます、ぜんまいのからし和え、干し昆布、ふし柿、塩ぶりの焼き物なども食卓に のせる。

 氷見灘浦

雑煮は、かつお節の出しでとり、豆腐や油揚げ、ごぼうなどを入れて醤油で味付けをする。それから切り餅を入れて煮る。煮物、煮豆、お酢わい、刺身、にしんの昆布巻きに御神酒がつく。

 富山周辺

雑煮は、角もちをやわらかくゆでで茶わんの中に入れ、別のなべに煮ておいた具の入った出し汁をかける。出し汁はすり身かまぼこでとり、そこへ油揚げ、豆腐、にんじんを加えて煮て、醤油と砂糖で味付けしたものである。黒豆の含め煮、酢だこ、ごぼうの炒りつけ、大根やにんじん、ひじき、ごまなどを入れたおすわい(魚を使わない)などが食卓にのる。

 新川魚津

雑煮は、ふくらぎ、さば、たいなどの焼き魚の身をほぐしたものやこんにゃく、ゴボウとにんじん、焼き豆腐、ねぎなどを入れた実だくさんの澄まし仕立てのものである。まめで働くという意味をこめて、かっちり豆(黒豆を固めに煮たもの)を年の数だけ食べるならわしがある。また、子孫繁栄を願って数の子の醤油漬け、田づくり、その他、にんじん、だいこん、串柿などを混ぜて漬けたよしわら漬け(酢のものに近い漬け物)などを御膳にのせる。

 2005年に文化庁が「お雑煮百選」を選んだが、県内関係では、稲村光枝さん=入善町=と清水美紀子さん=富山市=、柴田国広さん=高岡市=の三人と、県出身で札幌市在住の荻生雅人さんが選ばれた。稲村さんの「下山(にざやま)雑煮」は黒部川扇状地の地下水を使用。清水さんの「越中富山の雑煮」は、日の出を表した輪切りのニンジンや、腰が曲がるまで健康にという願いを込めたエビを入れるなど、富山の自然や文化を雑煮で表現している。応募の雑煮をもちの形でみると、角もち(49%)と丸もち(46%)が拮抗しているが、出身地で見ると、中部から東が角もち、近畿以西が丸もち派。汁の味はしょうゆが75%。近畿と四国では白みそが多かった。

「雑煮祝う母似の息子父似の娘」芙紗女

 芙紗女というのは母の俳号である。息子が成人した年の俳句なのである。

●創遊館

 南砺市(旧井波町)北川のいなみ木彫りの里にある。1992年、多目的ホールや、特産品販売所、木彫刻の見学工房と体験工房などを備えた総合施設としてオープンした。

●ぞうよ

 「雑徭」から「費用」。例:「娘なぁ、結婚するいうたらぞうよがかかってしょうないちゃ」。

●そーけ

 「そうですか」。付加疑問の時には語尾を上げる。ちなみに妻は姑に「そうけぇ?」と聞かれるのが大嫌いである。

●そーけ

 「ざる」。例:「これなんけぇ」「そーけやねけ」「そーけ」。

●そくさい

 「息災」から「元気」。「まめそくさい」というおばあちゃんもいる。例:「病気ぃ、治って息災になられたけぇ」(病気が治って健康になられましたか)・「あんたぁ、息災でおられかぁ」(あんた、元気でいなさいね)。

●そこたら〜そこいら

 「そこら」。

●そこたらじゅう〜そこいらじゅう

 「そこら中」。例:「あんたぁ、そこたらじゅうに人ぉ、集まってぇ、来たがいね」(あなた、そこら中に人が集まって来たよ)。

●そこなち〜そこなっちゃ

 「そこのおうち」。例:「そこなっちゃ、金持ちやから」(あの家はお金持ちだから)。

●疏水(そすい)百選

 田畑への引水や給水のために作った水路「疏水」の中から、歴史や景観、地域への貢献などの点で優れた場所を選定する「疏水百選」が2006年、農林水産省から発表された。県内では次の4つ。ちなみに三大疎水とは琵琶湖疎水、安積疎水、那須疎水である。

 

●そだけん〜そっだけん

 「それだけ」で「こだけん」「あだけん」もある。例:「そっだけん勉強しとんがに全然成績あがらんがちゃ、どういうこといね」(あれだけ勉強しているのに全然成績上がらないというのはどういうことかね)。

●そっでちゃ

 「それでは」。例:「さ、そっでちゃ、あかん」(それはそのままではいけないよ)。

●蕎麦【そば】

 蕎麦は関東、うどんは関西の文化である。漱石の坊ちゃんが天麩羅蕎麦を4杯たいらげると翌日黒板に「天麩羅先生」と書かれ、団子を2皿食べると「団子二皿七銭」と書かれる。温泉で泳ぐと「湯の中で泳ぐべからず」と貼り札をされ、赤手拭いをぶら下げて歩いていると「赤手拭い」と呼ばれるのだが、敢えて東京を表象している天麩羅蕎麦を食べるのは地元のうどんの文化には染まらないぞという意欲に思える。

 旧利賀村には利賀そば祭が開かれる。五箇山や八尾の山間地は、かつて栽培が盛んに行われた。米作県の富山も明治初期には、全国4位のソバ生産量があった。高原の気候は栽培に最適だといわれる。日当たりと水はけがよく、昼夜の寒暖の差が激しい畑では、タンパク質やグルテンに富んだおいしいソバが育つ。

 薬の富山らしく薬膳蕎麦もあり、「くすし蕎麦」として売られている。自然の生薬であるナルコユリの根、ばらの実、山いも、葛末などを練り込んで打つ。ナルコユリの根は滋養・強壮薬に、ばらの実は消化・鎮痛薬に、葛根湯として有名な葛末は発汗・解熱・鎮痛薬として、山いもは食欲不振・疲労・胃腸虚弱に用いられる。

●そぶれる〜そぼれる

 「びっくりする」。富山市などで使うので、初めて聞いた時、「そぼれてしもた」。

●そべそべ

 幼児語で「麺類」。例:「ひっまぁ、そべそべにでもせんけ」(昼御飯は麺類にでもしませんか)。

●杣田【そまだ】青貝細工〜青貝塗

 富山藩お抱えの細工師、杣田家秘伝の技。杣田青貝細工は黒漆を下地に塗り、夜光貝やメキシコアワビなどの貝殻を一片ずつ配列して模様を表現する繊細な技法。越中売薬を振興した前田正甫【まさとし】は京都の青貝細工師・杣田清輔に41俵をあたえて富山に招致していたが、彼に印籠をつくらせ、それを諸大名に贈って売薬人が領内に入って商いをする許可をとった。他国逃散【ちょうさん】(走り百姓)をおそれて農民を土地に縛りつけていた封建制度下にあって農閑期に副収入を得られるこの「他領商売勝手」は画期的な政策だった。 「杣田青貝細工」の技法で作られた「陸奥玉川萩之図料紙箱」も有名で、料紙箱は和紙を入れておくもの。

 富山には青貝塗の他に、江戸中期に活躍した名工、辻丹甫の技巧を元祖とした「彫刻塗」、江戸末期、初代石井勇助が当時唐物として珍重されていた中国、明時代の漆器の研究を重ね、生み出した新しい技法の「勇助塗」がある。

●そや…

 「そうだ…」。「そやいうても」(そうは言っても)、「そやけど」(それはそうだけど)、「そやちゃ」(そうだよ)。

●空弁(そらべん)

 富山空港で売られる弁当。「富山弁」とういのが2005年度に発売された。富商が「商品開発」を実施。県産米・てんたかくの酢飯にブリをのせたスシや、新湊産シロエビのかき揚げなど計7品種が入っている。煮付けたホタルイカをてんたかくと古代米にのせ、八尾産のクワの葉で包んだ料理も入っている。

 空弁人気は羽田空港の「若狭の浜焼き鯖ずし」が火付け役とされる。新千歳空港ではタラバガニやウニを使ったちらしずし、小松空港ではサヨリやサバの棒ずしが売られている。狭く密閉された機内で食べることを想定し、容器サイズはB5判が標準と小ぶりだ。周囲に匂わないよう、調理にも工夫が凝らされているが、機内で食べる人をあまり見かけない。お土産として使われることも多い。そういえば、鱒寿司が人気になったのも箱に入っていてお土産用に使われたからだ。

●そんぐり〜そんぐっと

 「そっくり、ごっそり」。例:「お金をそんぐり取って行かれた」(お金を全部そっくり盗まれた)。

●そんながけ

 「そうなんですか」。


英語

数字

序文

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