●りくつな
「合理的な、道理にあった、便利な」。反対は「りくつもない」(気が利かない)。真田信治・友定賢治『地方別方言語源辞典』(東京堂出版)には石川・富山の方言として出てくる。
●リコモンテ
Ricco Monte(富んだ山)、つまり「富山」なのである。エクセル東急ホテルにあるレストラン。15階からの立山連峰の眺望は最高である。
思い出深いレストランである。貸し切りで歓迎会を開いた。いきなり、細かな心遣いに驚かされた。眺望のいい窓側の席に灰皿がいっぱい並んでいて、禁煙の人は奥の部屋の方に入ってくれ、ということだった。いつも肩身の狭い思いをしている喫煙者に対する心配りが憎かった。挨拶が始まって食事が始まった。あるのはスパゲティとカラス貝など魚介類を煮たものがあった。空のトレイがあって、聞いたら、唐揚げが入っていたのだという。食べた人を見たことがあるという。なるほど、「空揚げ」なんだ、と納得した。小さな皿にマグロを一切れ乗せたカルパッチョもあった。宴会が進んでも料理はずっと同じだったので、スパゲティばかり食べていた。お昼もスパゲティだったのだが、似たような味だった。そのうち、隣の人を見ると、カレーライスを食べていた。宴会にカレーライス!?と驚いたものだったが、ビールにカレーは合うというコンセプトなんだと知った。なるほど。同じ料理しか出ないのも、お酒をチャンポンにしたら収拾がつかなくなるように、料理をチャンポンにして食べ過ぎないようにということなのだろうと思った。何回取りに行ってもスパゲティばかりだったのだが、白いものがあって、何かと思ったらグラタンだった。お酒にミルクを使った料理は普通避けられるべきものだが、このミスマッチは平日だったから、深酒をしないように、という配慮だということが嫌ほど分かった。酒に飲まれないようにする時にはミルクを飲んでいきましょう、というアドバイスがあるくらいだから、当然のことだった。そうそう、スープも出ていた。僕はお酒とスープは合わないと思っている人間だが、クルマで帰る人がおいしい、おいしいと飲んでいた。食べ物がなくなったところで、お開きとなった。2時間もかからない宴会だったので、迎えに来てくれる家人も早いので驚いていた。これも明日に響かないようにという気持ちからなのだということがひしひしと分かった。家に帰ったら、おばあちゃんまでも「早かったね」とびっくりしてくれた。僕の顔を早く見れて嬉しかっただろうと思う。おかげで、今日は二日酔いもなく、元気にこうしてホームページを書いている。ありがとう。
「酒の無き国へ行きたきふつかよい、三日たったら帰りたくなる」
同僚を落としてまで出世しようとする人がいる。簡単だと思う。まず、幹事にする。そして、なるべく間接的にすばらしいレストランを紹介してあげる。宴会が始まったら、こうしたレストランを選んだ幹事のことをほめよう。周りの人にほめてあげよう。……
池内紀『世の中にひとこと』(NTT出版)に「情報を仕入れて行く方が、ひどい店にあたらなくて安心らしいが、しかし、ひどい店の一夜は、のちのちまで楽しい話題になるものだ」と書かれていた。
●リッチェル
かつては「シルバー樹脂」といったプラスチック製造会社。
●竜宮伝説
氷見では亀が上がると酒を飲ませて竜宮へ帰すという。また、氷見では7メートルもある人面の紐帯魚が上がるともいう。これは人魚だ。黒部にも浦島伝説と共通するものがある。富山湾深くえぐられたアイガメにあると考えられてきた竜宮は時の移ろいのない常世の世界で、海神の神がつかさどる世界でもある。死んだら常世の世界に往くとも考えられてきた。
●流星刀【りゅうせいとう】
明治31年、幕臣で維新後に外相などを務めた、当時の農商務大臣榎本武揚から、時の皇太子(大正天皇)に献上された刀である。素材には、明治23年、富山県白萩村で発見された白萩隕鉄第1号(別に2号もある)が用いられた。漬物石に使われていたのを、譲り受けたものという。榎本は、霊験あらたかな日本刀の素材には、隕鉄がぴったりだと考えて、作刀を思い立った。しかも少量を玉鋼に混ぜるのではなく、隕鉄だけで作らせようとした。請け負った刀匠、岡吉国宗は、かなり苦労させられたらしい。岡吉から榎本に宛てた手紙に「星鉄で刀を作ることは伝授も経験もなく、玉鋼と同じ方法を試みたが困難だった。色々考えながら3度やり直した結果、白熱するまで加熱してようやく出来た。研ぐと美しい地肌が出た…」という意味の言葉が残っている。日本刀は、本来赤熱状態で(より低温で)、折り返し鍛錬するもので、白熱するのは作法に外れるが、ともかくも、なんとかやり遂げたのである。なお、上申書には、「皮金には隕鉄のみを用い、刃金には、30%の玉鋼を混ぜたものを用いた」と記してあるという。前述のように、隕鉄だけでは刃に焼きが入らないから、これは賢明な措置であった。白萩隕鉄の成分は、ニッケル9.3%、コバルト0.8%、燐0.06%、銅0.14%、硫黄0.22%、炭素0.22%、残りが鉄である。
短刀が富山市天文台に保管してある。
どうでもいいけど、榎本武揚は、幼名を「釜次郎」という。上には幼名「鍋太郎」の兄がいた。「子供は家の鍋釜だ」という父親の命名と伝えられる。
●竜石
雨ごいの竜石と言われる片貝南又の竜石神社の石。この神社は北電が片貝川水系の農業と電気事業の発展を願い、1941年に建立された。祠に玉ぐしをささげた後、近くの片貝川にある花崗岩の竜石(幅2メートル、高さ1.5メートル)にお神酒をかける。竜石は、真ん中に竜が巻き付いたように見える黒い輝緑岩(きりょくがん)の模様があり、昔から干ばつの時はこの石をたたくと、雨が降るとの言い伝えがある。
伝説は道に迷った狩人に撃たれた竜が石に巻き付いて死に、その恨みで大洪水が起きたというもの。
●遼寧省【りょうねいしょう】
富山県と友好県都になっている、中国東北地方の省で省都は瀋陽(昔の奉天------ATOKで変換できた)。昔、富山から「満州」に行った人が多かった。それはちょうど北海道に行った人が多かったのと似ているが、侵略だった。ただ、戦後は松村謙三の努力で中国との接触が続いていた。
この関係で富山―大連便が出ている。
●りんご
魚津の加積(かづみ)りんごが有名。富山の平地で寒冷地を好むリンゴのほぼ南限とされる。成熟期の気温が高いため、十分に完熟させ、蜜が入ってから収穫できる利点がある。富山のリンゴの味が良いとされる理由の一つだ。東北地方は、収穫期には霜が降りる可能性があるため、なかなか樹上で完熟させることができないという。生育期に気温が高すぎると「青実果(あおみか)」という味も品質も劣るものが多くできてしまう。温暖化が進行すると、より完熟した濃厚な味のリンゴを追求できる可能性がある半面、青実果の割合が大きくなり、県内は栽培適地でなくなる。
●『凛凛と』【りんりんと】
唯一、富山県をモデルにした、NHK朝の連続小説(1990年4月2日〜2年9月29日放送) 。魚津の農家に生まれ、大正時代にテレビジョン発明の夢を膨らませた実在の電気技術者・川原田政太郎(かわらだ・まさたろう)をモデルにした。魚津の生まれ。1915年(大正4)早稲田大学電気工学科を卒業し、2年間小穴製作所(第二次世界大戦後、日本電気精器と改称。後に、デンセイ・ラムダ)に勤めたのち、母校の助手、助教授、26年教授。30年(昭和5)学位を受ける。山本忠興とともに誘導同期電動機を発明し小穴製作所で工業化した。同大学でのテレビジョンの研究が中止されたのち、36年電磁工業研究所(44年電磁応用研究所に改組)を創立し、磁歪(じわい)現象を応用した各種の測定器を発明した。戦後は電気時計の改良に貢献した。
「テレビの父」と呼ばれる高柳健次郎 (1899−1990) は1926 (大正15)年12月25日に「イ」の文字をはっきりとブラウン管に映し出すことに成功した ( 機械と電子の折衷方式、走査線40本 ) 。1930年、ラジオ放送5周年記念展覧会に浜松高等工業式テレビと早稲田大学式テレビが出品され、公開実験を行なった。早稲田大学の山本忠興・川原田政太郎両教授の実験は、5尺四方の大画面に投写する走査線60本、毎秒12.5枚の精細な映像で好評を博した。
『凛凛と』の原作は篠原文雄『凛として』(新興出版社)。 主役は無名塾の田中実、友人役に野村宏伸が共演。
そして、「きれいなお姉さんは好きですか?」の水野真紀が鮮烈なデビュー!
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