金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


富山のピラミッド

 「富山のピラミッド」というNHK富山局の番組「金川教授のこだわり見聞録」用の資料である。放送は2004年7月26日の予定である。

 何と富山局が撮影したUFOの映像が発見され、これも紹介される予定である。


 富山にもピラミッドがある。

 僕が中学3年の時にNHKの「全国子ども会議」というラジオ番組に出たという話はどこかで書いているが、この時の司会が山口博先生だった。当時は富山大学の先生で今は聖徳大学の先生になっている。そして、この山口先生がピラミッド説を普及させたのだった。

 全国的にも富山のピラミッドは有名で、例えば、『ムー』第6巻第9号(1984年)には「尖山は超古代のピラミッドか?」という緊急現地取材が組まれている。

 ピラミッドというのを荒唐無稽という人がいるかもしれないが、柳田布尾山(ヤナイダヌノオヤマ) 古墳というのが1998年、氷見で発見され、日本海側で最大の前方後円墳だということになった。つまり、埋もれた墳墓がないとはいえないのである。

 ピラミッドというのは富山の南、立山町にある尖山である。円錐型をしていて、立山に向かう人は誰でも「おおっ!」と驚くくらい、目立つ山である。標高559メートル。

 これがピラミッドだというのだ。

 ネット上でも有名な地点になっている。検索するとたくさんのサイトがヒットする。

 誰が考えてもウソ臭い話なのだが、山口先生が見つけたのは次の図である。

 つまり、二上山と五箇山にある天柱石と、この尖山が正三角形をなしていて、これはまさに人工のピラミッドだというのだ。

 これについては天津教の「竹内文書」というのが絡んで来る。「古史古伝」、特に世に『竹内文書』として名を知られる古文書・神宝類については昭和11年、狩野亨吉(かのう・こうきち)の「天津教古文書の批判」(岩波書店)によって、完膚無きまでに「偽書化」されている代物だ。内容的にも表現的にも後世のものだと看破している。狩野は京大の歴史学の教授で初代文科大学長、独自の唯物論・合理主義を貫いた百科全書的思想家だった。安藤昌益・本多利明・志筑忠雄など江戸期の忘れられた思想家を発掘したことでも知られる(狩野亨吉「安藤昌益」『世界思潮3』岩波書店1928年を古本屋で発見した時には驚いた---今では青空文庫で読める)。

 昭和10年、茨城県の皇祖皇大神宮の神主であった竹内巨麿が代々受け継がれてきた神代文字で書かれた文書を公開した。それが日本三大奇書の一つとされる「竹内文書」だった。そこには、天地開闢の歴史が綴られ、アトランティス大陸やムー大陸を連想させる「失われた大陸」についての記述があり、皇祖皇太神宮は、元は富山にあったが、その場所は太古世界の中心であり、モーゼ、キリスト、マホメット、釈迦、孔子といった聖人がみなその世界の中心目指してやってきたと書かれていた。竹内巨麿は、当時絶対だった皇国史観を冒涜する文書を発表したとして、不敬罪に問われ、投獄される。それで、竹内文書に関わる事件は終わったかに見えたが、じつは始まりにすぎなかった。「竹内文書」の内容に注目した考古学者山根キクが、キリスト終焉の地についての記述を元に東北各地を調査したところ、竹内文書の記述に良く似た場所を発見してしまう。それが戸来村、現在の新郷村だった。戸来はヘブライに通じ、子どもを初めて野外に出すときに墨で額に十字を書く風習や、代々続く庄屋がダビデの星に良く似た図形を家紋とすることなどもキリストに関わる証拠とされた……。

 この「竹内文書」に「アメヤヒロトノアメツチヒヒラミツト」という言葉が出てきて、「ヒラミツト」が尖山だというのだ。そして、尖山の西北にある白鳥山(御皇城山“オミジンヤマ”)を中心に、ヒヒイロカネという特殊金属によって造られたホド宮、ミド宮という古代神殿が造営されていて、太古の霊的中枢地域であったと推定されている。ニニギノミコトの時代に、この古代神殿の分宮が尖山に造営されたという記述もある。

 もちろん、山口先生は面白半分でおっしゃっているので、真に受けてはいけない(先生は王朝文学のご専門で『王朝歌壇の研究』(桜楓社)など本当に素晴らしい本をたくさん出しておいでになる第一線の研究者である)。「竹内文書」の一部は神代文字で書かれているが、神代文字というのは後世に作られたことは明白である。実は万葉の時代には日本語の母音は8つある(6つとか5つの説があるが表記はキヒミ、ケヘメ、コソトノモヨロでは甲乙ふたつに書き分けられている)。ところが、橋本進吉が発見する前に偽書が書かれていて、甲乙の書き分けがなされていない文書が多いのである。『竹内文書』も同様である。藤原明『日本の偽書』(文春新書)には「竹内文書」のできた上限は明治25年?で下限大正11年だろうと書いてある。また、偽書が生まれる背景は「竹内文書」について触れてないが、佐藤弘夫『偽書の精神史』(講談社選書メチエ)に書いてあり、中世など激動期に偽書が多く生まれることが分かる。

 また、「ひらみつと」というのが日本の文書にあるというのも不思議である。言語は恣意的に決められているので、こうした偶然の一致が起きる可能性は少ない。『猿の惑星』で猿が英語を話している、その瞬間に地球に戻ったことを知らなければお馬鹿さんというものである。

 まあ、ロマンだからどうでもいいのだが、とりあえず、登って見ることにする。

 言い忘れたが、どうして富山に皇祖皇太神宮があったという話になるかというと、竹内文書の竹内巨麿が公表されている経歴とは違って、富山で生まれたからなのである。詳しくは藤原明『日本の偽書』。

 7月10日の土曜日、取材で尖山に向かう。その前まで真夏日が続いたのに雨。しかも、大雨である。ドライバーは高森さんで、「先生、前回と一緒でまた雨ですね」といわれる。

 今回の担当の川尻さんと喫茶・尖山に向かう。ここのおばあさんが詳しいのだ。近くには尖山湯豊富温泉もある。UFOという名前になっているのはすぐに分からなかった。

 喫茶店に着くと、名前が「とがりやま」とも「とんがりやま」とも書いてある。地元でも読み方に揺れがあるのだ。

 おばあちゃんは耳が遠いといいながら、とても元気で、周辺の話をたくさんしてくださる。教師を退職してから喫茶店は22年もやっているそうで、その前にも10年ほど他の店主が経営していたのだという。名前も尖山にちなんだというよりは実は昔、「尖山駅」という駅があり、これにちなんだものだという。「尖山駅」は「上横江駅」と一緒になって「横江駅」になった。

 いよいよ登山だ。蔵王社という神社でお参りする。雨がひどくなってきた。クルマで行けるところまで行く。そこから登りだ。険しくはないのだが、小一時間はかかる。3組4人の人に会ったが、誰もピラミッドだと思って登ってはいなかった。

 あえぎながら、頂上に着く。ここで何かが起こったら超常現象だ(この日本語変換ソフトATOKには「超常」が入っていないことに気づく)!

 周囲10メートル位の広さで、ここでバーベキューする家族も多いという。周りを見ると、前回で登った鍬崎山が見える。よく見ると似たような円錐型の山も多い。磁石が狂うかどうか見ると、狂った!

 そのうち、雷が近づいてきたので、下り始める。石垣状のところがないかと登りで見てきたのだが、見つからなかった。ところが、頂上からすぐ下のところで、石垣のように見えるところがあった。磁石が狂うかどうか見ると、狂った!

 そのうち雨が激しくなってきた。雨合羽を出す。前回と同じだ。つくづく雨男だと思う。

 ちょうどお昼になったので、喫茶・尖山に向かう。おばあちゃんに「うちの名物はラーメン・ライス」だといわれて注文する。どちらも小ぶりかと思ったら、どちらも大きかった。着いたとたん、土砂降り。しかも並みの土砂降りではない。もう10分遅れていたらずぶ濡れだったろう。

 喫茶店を後にして、おばあちゃんの妹さんの家に行く。

 妹さんは撮影は断ると言われている。挨拶して確かめるとやっぱりダメといわれる。

 いきなり、「私のところにはイタリアの考古学者も、イギリスの考古学者のケントさんも来た」といわれて驚く。世界中の考古学者が話を聞きに来ているのだという。

 尖山がピラミッドだといったのは山口教授ではなく、私の父だという。尖山はニニギノミコトのお墓だというし、周りに天林とか、神々しい名前の場所が多いという。

 UFOを見たことがあるという。夜中にものすごい光で目を覚まし、見たら七色の光がまぶしく光っていたという。おじいさんを起こしたら、もういなくなっていたという。「どんな形だったんですか?」と聞くと「それが分からんからUFOちゅーがでないがけ」と言われる。

 その後は自衛隊のイラク派兵の話になり、私たち年寄りが年金をいっぱいもらって長生きするよりは、イラクにいつ死んでもいい年寄りを送るべきだ、などとおばあちゃんの独壇場になってしまった。

 神代文字で書いた掛け軸があるそうだが、これは見せてもらえなかった。

 あんなに面白い話を聞いたのは初めてだった。最後に頂上がストーンサークルになっている、という話をされた時には、大分、話が煮詰まってきているのを感じた。

誰もみたものないけれど、誰がうそだといひませう。   -----金子みすゞ『美しい町』

 雨の中、立山カルデラ博物館に向かう。ここの学芸員の菊川さんに話を聞くのだ。

 時間通りに到着すると、待っておられ、「こないだの埋蔵金、見ましたよ。面白かったですよ」といわれる。

 早速話を聞く。僕らに話すために先日、尖山に登ったそうだ。写真などをふんだんに使って教えてもらえる。尖山の地形は4000万年前の海底火山であり、隆起した後、軟らかい土の部分がどんどん削られて、丸くなったものだという。この地形は周りの山にもいっぱいあって(頂上から見た山はそれだった)、関東にも存在しているのだという。ただ、尖山は山里近くにあって、しかも周りの人が大切にしているからピラミッド説があるので、ロマンを忘れてはいけない、ということになる。そりゃそうだ。どんなに地球が回っていることを知っていても、朝の澄んだ冷たい空気の中で太陽が「登ってくる」ところを見ると、誰だって神々しいと思うだろう。

 また、磁場が狂うというのも、雷が落ちるところではよくある現象で、不思議ではないし、石垣みたいなものも、凝灰岩が温度変化や植物の成長などでひび割れて、石垣のように見えるだけだという。

 冒頭に示した天柱石もただの自然現象で、大きな岩が突き刺さっているだけだという。だから、三つの間の関係をうんぬんする必要はない、とのことだった。

 すっかり了解して、博物館を出る。クルマに乗ったとたんに川尻さんが「菊川さんが先生と一緒に写真を撮りたいとおっしゃっている」というので、降りて記念撮影。あちらの方が有名人なのに、恥ずかしい。

 こうして、尖山調査は終わる。後は番組に向けて話を作っていくだけだ。山口先生と電話でお話することになった。

 予定では『未知との遭遇』のUFOが飛んでくるデビルス・タワー国定公園(Devils Tower National Monument)とそっくりなので、これに絡ませて、ユングの元型とUFOの話で終わろうと思う。

Devils Tower

 ユングは1958年に書いた『空飛ぶ円盤』(ちくま学芸文庫“Ein moderner Mythus---von Dingen, die am Himmel gesehen werden”「現代の神話---空中に見られ る物体について」)の中で人間の心の最下層にある人類共通のイメージ内容(元型)がUFO実見報告の上に反映していると主張し、その形状(円や楕円など)を全体性のシンボルと考えたのである。

 その後、先生の研究所に電話を掛けた。先生は1978年に「越中再発見」(残念ながら見てないが)という番組で尖山を扱っていたという。この番組を作るきっかけとなったのが、当時、富山によく現れたUFOだったのだ。詳しくは「二人のUFO」に書いているが、このUFOは僕も両親も見ているもので、NHKの全国放送でも流れた映像で前々から富山局に残っていないか探してくれ、と話していたUFOの話だった(そして、この映像が富山局から発見されたのだ!)。

 ユングはシンクロニシティ(共時性)ということを大切にするのだが、まさにシンクロニシティを感じさせる話だった。

 僕は先生の番組に出たことで、学問で食える、ということが分かり、その道を目指してきたのだが、先生とこんなところで「再会」できるとは思っていなかったし、同じような番組を作っていたのだということを実感した。

 トマス・ハーディの『テス』はイギリスのソールズベリーにあるストーン・ヘンジの場面で終わる。ナスターシャ・キンスキー主演の映画で見た人も多いだろう。テスの死をストーン・ヘンジで終わらせたのはきっとテスを天国へ、宇宙へ送る意味があったからだ。考古学でストーン・ヘンジは来世への門が開く場所と考えられているからだ。その意味ではストーン・ヘンジもピラミッドである。

 尖山が人々の心の中で生きていることだけは間違いない。だから、尖山は富山のピラミッドであるのだ。


<惟神の旅 富山・岐阜編>

不思議の古代史・日本ピラミッド

富山県のピラミッド(写真が多い)

竹内巨麿

地図(マピオン)


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