●…け?
「…か?」で富山方言の特徴的な文末詞。「…け」と「…ちゃ」と「…とんが」をマスターすれば富山弁は征服したようなものだ。例:「そんながけぇ」(そうなんですか)・「おられますけ・おらはっけ・おんがけ・おっけ」(おいでますか)・「そんながなら、食べっけ」(そういうことなら食べますか)。
●気嵐【けあらし】
厳しい冷え込みに襲われると、富山湾では冷たい大気と暖かい海面の温度差で生じる。小さい頃、冬に海岸に行くとまるで海がお風呂になったように湯気が出ていて不思議な気持ちになったものだ。こうした蒸気が空に舞い上がっていき、雪となって降りてくるのだ。
放射冷却現象で起こる蒸気を「けあらし」ということがある。暖かい水面上を流れる冷たい気流の中に蒸気霧が発生する現象で気象用語では「蒸気霧」という。
「けあらし」という言葉は北海道で使うが、『日本国語大辞典』にも出ておらず、共通語ではなさそうだ。気象学者の根本順吉は『天気とつきあう−気象歳時百話』(日本エディタースクール出版部) の「風が見える」の中で、風がよく見える名所の一つとして、川や港で「けあらし」が発生する北海道留萌市を紹介している。言葉のルーツは砺波市庄川町という。留萌には砺波から多くの農民が移住し、越中伝来の獅子舞も伝承されている。「けあらしは富山県の庄川を吹きおりる『あらし』に、そこでみえる蒸気の『け(気)』を加えてけあらしと言ったものらしい」という。『語りかける季語 ゆるやかな日本』(岩波書店)で俳人の宮坂静生は、季節の移り変わりに従って現れる風土に特有の自然現象や生活文化を「地貌(ちぼう)」という。俳句なら地方独自の「地貌季語」となる。この中で「気嵐(けあらし)」を取りあげている。
けあらしの最高の撮影ポイントは高岡市雨晴海岸である。女岩(めいわ)が霧にかすむ中、立山連峰の稜線が朝日に輝き出すと、霧と朝日が織りなす幻想的な景色を作り出す。
●啓翁(けいおう)桜
山田村の農家が1994年から促成栽培している室内観賞用の桜。冬に桜の花を見ることができると好評。啓翁桜は支那桜桃(しなおうとう)と彼岸桜(ひがんざくら)を交配して作られたもの。「昭和5年、福岡県久留米市山本の吉永啓太郎氏が中国の実桜を台として彼岸桜を接いだところ、穂木として使った彼岸桜からその枝変わりとしてできたもの。命名は同じく久留米市の弥永太郎氏で名前の一字をとって啓翁桜とした(『福岡の花』」。この桜には太い幹はなく、形の良い枝が何本もまとまって一つの株を作っている。薄紅色の花が咲き、太い幹はなく、形の良い枝が何本もまとまって一つの株をつくるのが特徴で木の生命力が強く、枝の手入れなどの手間がそれほどかからない、標高300メートル以上の山地栽培に適している。全国的な産地として知られる山形県から苗木を分けてもらった(ただし、山形の啓翁桜は品種が違うという指摘もある)。
●芸創【げいそう】
富山市芸術創造センター。JR呉羽駅近くにある。桐朋学園問題のおまけでできた。安いのでみんな使っている。桐朋よりもお金をかけないで芸術を振興できる好例。黄色のゲートでサファリパークに入っていくみたいな気分になる。
●競輪・競馬
競輪は富山市に競輪場があるが、競馬は金沢競馬しかない。競艇は福井県の三国まで行かなければならないが、直行バスで行く人も多いようだ。富山県民の健全さを示しているのかもしれないが、その分、パチンコに流れ、県花もチューリップになっている。
●芸文協
富山県芸術文化協会。中沖知事のお気に入りの団体だったが、石井知事はそうでもなさそう。
●ケースリー(K3)
2000年12月にできた大型家具店。中央通りにあった米三(こめさん)だから「ケースリー」。
●ケーブルカー
立山―美女平の間を結ぶ立山開発鉄道の立山ケーブルカー(約1300メートル)がある。シーズンには人を乗せきれずに長時間待たされる。
●ケーブルテレビ
2005年2月に全国で初めてCATVカバー率はが100パーセントとなった。舟橋村が最後になった。県内では1991年からCATVサービスが始まり、国の新世代CATV整備事業などの補助を受けて農村部にもエリアが拡大していた。
●げくる
「ぎっくりした状態になる」でその状態を「げくん」という。例:「腰なぁ、げくんとしてしもうて立てれんが」(腰がぎっくりしたので立てないよ)。
●けしご
「消し炭」。炭の残りの消し炭は着火しやすいのでけしごを入れる壷(「消し瓶」)で保存して置いて次に着火する時に使った。
●けしらん
「毛も知らない」から「無視して」。例:「きんの、喧嘩したらぁ、毛知らん顔して出ていったぜ」(昨日喧嘩したら全然無視して出ていったよ)。
●げす
「びり」。例:「わし、げすになってしもた」(僕、最後になってしまった)。
●気多【けた】
高岡市伏木町一宮に気多神社がある。谷川健一『続 日本の地名』(岩波新書)にはニコライ・ネフスキー(加藤九祚『天の蛇─ニコライ・ネフスキーの生涯』という伝記がある)がロシア語のケタ“кета”が日本の鮭に由来するという話で中山太郎が「気多神考」という論文を書いたことを紹介している。能登、越後、越中、飛騨、因幡、但馬、岩代、遠海に気多の名前があるのだが、どれも海もしくは川に沿っている。
●けたつ
「脚立」(きゃたつ)。
●結婚
富山の結婚はそれだけで、大論文ができる。結納や結婚式と引き出物が面白いが、他にも新婚旅行が終わって会社に戻ると水をかけられるという儀式もある。
2002年の調査結果で北陸三県の結婚総費用は578万円で全国3位。このうち親からの援助が358万円、全国12地域の中で断然トップだった。結納金や引き出物の金額も全国一位で、結婚にお金をかける地域性が表れている。仲人を立てるケースがめっきり少なくなっていることだ。全国平均では11.5パーセントに過ぎない。最低は新潟の5.2パーセント。北陸は17.6パーセントとまだ高い方で九州の23.3パーセントに次いで二番目だった。
挙式・披露宴の費用は全国で37位と実感とはずいぶん違う。
県内の挙式・披露宴の1件あたりの費用は228万円で、全国で37位だったことが、2002年の特定サービス産業実態調査結果(速報)で分かった。結婚式費用に占める引き出物の割合は18.2%で、全国(12.0%)より高いことも判明。
調査は2002年11月1日現在、式と披露宴ができる式場とホテル計38か所を対象に、経済産業省と県が行った。
それによると、01年11月から02年10月までの1年間に、県内で行われた挙式と披露宴の件数は4274件で、前回調査(96年)に比べて345件(7.5%)減った。式場の年間売上高は、前回比19.3%減の97億6300万円だった。
挙式と披露宴の1件あたりの費用は前回より34万円少なく、全国で37位(前回32位)だった。減少率は12.8%で、全国平均(6.8%)より落ち込みが目立つ。
披露宴の招待者の人数も、「50人以上100人未満」が30.5%減の2495件となった一方、「50人未満」は62.0%増の1205件だった。
また、挙式の形態は、神前式に比べて比較的安いチャペル式が、前回調査の3.7倍の2242件に大幅に増加した一方、神前式は65.5%減の1250件だった。
前回は挙式全体の80.6%を占めていた神前式は30.0%となり、挙式の約半数がチャペル式となった。
引き出物にかける平均費用は約41万円。式より新生活を始めるための家財に、つぎ込む傾向がある。
●けちょんけちょん
共通語だが、動詞としても使う。例:「あそこなちの人、けちょんけちょんにしてやったから」(あそこの家の人をひどく非難した/罵倒した/喧嘩してやつけ。た)
●けったいぶる
「高慢に振る舞う」だが僕は使わない。例:「なんけ、あのっさん、けったいぶってしもうて」。
●けったくそわるい〜けったくそのわるい
「卦体・怪態(占いの結果・縁起)悪い」で「気色悪い、気分の悪い、忌々しい」こと。
●げっつり〜げっつる
「しゃっくり」。
●…けど
「…けれども」で『方言文法全国地図』に「…けれども」となっているのは不思議。おばあちゃんたちは「…かれど」という。例:「今日、寒いけどぉ、頑張られか」(今日は寒いけれども頑張りなさい)。
●げっと〜げす〜げすっぽ〜げっぽ〜げっとくそ
「びり」で「下司」(げす)から来ている。新潟県でも「げっぽ」は使う。例:「金メダルどうやったけ」「ゲットやったちゃ」「ええっ!ゲットしたがけ?」・「小っちゃい頃からげすっぽばっか走っとったちゃ」(小さい頃からビリばかり走っていたよ)。
●けとけと
「きょときょと」。「きょときょとする」を「けとつく」ともいう。例:「東京行ったらぁ、けとけとしてしもてぇ、あかんちゃ」。
「羨ましい」様子。東京以外、全国的に存在するが、それぞれの地域の人が方言だと思っている。金沢や名古屋でも使う。「けなるがる」(羨ましく思う)もある。また、「いじましい」ともいう。語源は古語の「異(け)なり」にあって、普通とは異なる優れている、際立っている様子が、転じて(「そのようにすばらしい様子になりたい」ので)うらやましいとなった。例:「あの人んとこぉ、おくしい嫁はん、来らっしゃってぇ、けなるーなってくっちゃ」(あの人の家には美しいお嫁さん、おいでになって羨ましくなってくるわ)。
●ケロリン
富山で生まれた鎮痛剤。アスピリンなのだが、胃粘膜への刺激作用を緩和するため、生薬・ケイヒ(桂皮)を配合して飲みやすくしている。ケロリンは銭湯の湯おけや地下鉄駅の階段などを使った画期的な宣伝で知られる。しかし、何といっても、ケロリンというと銭湯の風呂桶だ。子どもが蹴っても叩いても丈夫なことから「永久桶」とも呼ばれる。
内外製薬のHPによれば次のよう。
東京オリンピックの前年(1963年)に、当時の代表者が睦和商事の営業(現社長)から 「湯桶にケロリンの広告を出しませんか?」と持ち掛けられたのがキッカケ。
衛生上の問題から、銭湯の湯桶が木から合成樹脂に切り替えられる時期 「おけを使った広告は多くの人が目にするはず」 ということで話がまとまり、東京温泉に置いたのが最初です。
これが好評で、ケロリンの桶は全国の銭湯、温泉、ゴルフ場などの浴室へと波及していったのです。
以来、延べ200万個も納入。 現在も年4、5万個のペースで納入が続けられています。ケロリンの桶の謎については町田忍『銭湯の謎』(扶桑社)にも書いてある。
●けやす
「消す」。例:「ろうそく、ちゃんとけやさんにゃんあかんちゃ」。
●ケンカ言葉→罵詈雑言
●けんか山
岩瀬と伏木のけんか山が有名。
岩瀬のけんか山は5月17日、18日に行われる。昔は帆柱をそのまま使っていたという。
伏木で5月15日に行われるけんか山が有名(新湊の獅子舞祭でもあるので、新湊の人はあまり見てない)。昼間は花笠だが、夜は提灯山になって山車どうしが激しくぶつかり合う。ぶつかることを「かっちゃ」という。伏木のけんか山は正午ごろに花笠で飾った六台の曳山が本町広場に勢ぞろい。夜は約360個のちょうちんに灯をともした宵山に衣替えする。約8トンの曳山同士をぶつけ合う「かっちゃ」は午後7時45分(10時過ぎにも?)ごろから高岡市役所伏木支所前と本町広場に分かれて始まる。山車の先端に長さ約5メートル、直径30-40センチの樫の木が付いていてこれをぶつける。山鹿流出陣太鼓と笛が織りなすけんか囃子で盛り上がる。2002年からは女性の曳き子が誕生した。
深さ300メートルぐらいの深層水域に生息し、ゼラチン質に覆われてぬるぬるした深海魚の一種。甘エビ漁などの際に「外道」として捕れ、富山湾では年間百トン程度の水揚げがあるとみられる。珍味として食する人もいるが、深海魚特有の外観や鮮度落ちが早いことなどから、消費は伸びていない(すぐに冷凍することがある)。「下の下」が訛ったとされるが、「玄華」というきれいな説もある。石川出身の道場六三郎は「みずごろく」と呼んでいた。新潟ではゲンギョといって「幻魚」を当てて珍重するところもある。ヌルヌルしているが、唐揚げにするとおいしい。干すと北海道の氷下魚(コマイ)に似た感じになる。
日本エッセイスト・クラブ編『エッセイの書き方』(岩波書店)で山川静夫アナウンサーの「エッセイは筆のおしゃべり」という文章にゲンゲが出てくる。
まだ村松【友視】さんが中央公論の編集者の頃、富山へ魚を食べに行く旅で一緒になり、土地の魚「げんげ」を、二人揃って初めて食べた。すき通った白身で、ヌルヌルの、うなぎのような妙な魚だった。鍋にすると骨ばなれがよかった。
食べ終わった村松さんが、
「げんげ……これは漢字をあてれば“幻化”ですかね」
といった。あとで魚辞典で調べたが、学名は平仮名だけだった。しかし、村松さんの“幻化”という字が一番ふさわしくおもえ、この人の発想はゆかいだなと感じたものだ。ゲンゲはビタミンやミネラル、コラーゲンが豊富で「妊産婦の母乳が出やすくなる」「肌がすべすべになる」など昔から海辺の町では言い伝えられてきた。2005年にゲンゲから「ゲンゲFD&コエンザイムQ10プラス」という栄養補助食品を開発した。コラーゲン、ビタミン、ミネラルなどを豊富に含むゲンゲをフリーズドライ(冷凍乾燥)して十倍濃縮した粉末に、老化防止などの面で注目を集めているコエンザイムQ10を配合したという。
ちなみに、蓮華草の一種の紫雲英(しうんえい)を「げんげ」ということがある。「れんげ」が訛ったとも、漢名「翹揺(ぎょうよう)」が訛ったとも。
●けんけん
「きゃんきゃん」。例:「そんなにけんけん、物言われんなまぁ」(そんなにつっけんどんにうるさく物を言わないでよ)。
●けんけん〜けんけんぱ〜けんぱ
「片足飛び」で僕は「つんば」といった。『富山県言語動態地図』によれば「けんけん、けんぱ、いっさっさ、いっちょかき、いっそくとび・いっぽんあし、いちがい、さんこついとる、すっけんけん、ちんから、ちんば・つんば、ちんちん、つんかた、てんてこ、とんとん」の語形が分布している。
●源氏太鼓
小矢部市下後丞(しもごぜ)神明宮の9月10日の秋祭りには、五穀豊穰を祈願して越中源氏太鼓が奉納される。白鉢巻きに法被姿の若者が、身振り手振り面白く大太鼓を打ち鳴らすもので、倶利迦羅峠(砺波山)で木曽義仲と平維盛(これもり)が戦った源平の合戦に由来する。木曽軍の蟹谷(かんだ)次郎が勝利を祝って酒宴をしたとき、部下の武士たちが歓喜しながら太鼓を打ったのが始まりとされる。その後、蟹谷氏は下後丞地区に残って開墾に従事するとともに、越中源氏太鼓として村に伝えられてきたといわれる。
●ケンタッキー
「ケンタッキー・フライド・チキン」のことは「ケンタッキー」という。「ケンチキ」とかアメリカ風にKFCとか言わない。なお、おじさんの人形は元々日本だけで使われていた物で、最近は逆輸入されている。
●建築
ミュゼふくおかカメラ館へ行った時、安藤忠雄がデザインしたことを知った。利賀山房や高志会館が有名だったが、最近は奇抜な建築が目立つ。
1980◆利賀山房☆磯崎新アトリエ
1986◆高志会館☆黒川紀章建築都市設計事務所
1989◆富山市民プラザ:槇(文彦)総合計画事務所
1991◆富山県立山博物館展示館☆磯崎新アトリエ、富山県立山博物館遥望館☆磯崎新アトリエ、立山博物館まんだら遊苑☆六角鬼丈計画工房
1992◆富山県こどもみらい館☆仙田満+環境デザイン研究所、JETタワー:葉祥栄デザイン事務所
1993◆高岡駅南シンボルモニュメント☆エンリック・ミラーレス
1994◆高岡市美術館☆内井昭蔵建築設計事務所、大島町絵本館☆長谷川逸子+建築計画工房、タワー111☆三四五(みよい)建築事務所
1995◆黒部市国際文化センターコラーレ☆新居千秋都市建築設計【富山唯一の建築学会賞】
1996◆チューリップ四季彩館☆栗生総合計画事務所、氷見市立海峰小学校☆長谷川逸子+建築計画工房、富山市芸術文化ホール(オーバード・ホール)☆久米設計
1999◆富山国際会議場☆槇(文彦)総合計画事務所、富山県総合福祉会館(サンシップ)☆池原義郎・建築設計事務所
2001◆ミュゼふくおかカメラ館☆安藤忠雄建築研究所
呉羽中学☆吉阪隆正、百河豚美術館☆天籐設計事務所、氷見市立海峰小学校☆長谷川逸子、YKK黒部堀切寮・黒部寮☆ヘルマン・へルツベルハー、前沢ガーデンハウス☆槇文彦、篁牛人記念館☆菊竹清訓、風の塔☆ロン・ヘロン池内紀は『世の中にひとこと』(NTT出版)の「スター建築家の功罪」で書いている。
建物は本来、そこで働き、日常的に接している人たちのものなのだ。出来上がると二度と来ないような建築家の自己満足の場ではない。地域の風土や特性をきちんと受け止め、暮らしに即したなかで創意工夫をみせてこそ、オリジナルな建物である。地元でしっかり仕事をしている才能が、すぐわきにいるではないか。
●県庁
富山県庁。和歌山県庁と似ているが、富山県は1935年、和歌山はその3年後にできた。富山の顧問は当時、大蔵省の営繕管財局工務部長だった大熊喜邦(よしくに)博士。国会議事堂も手がけている。大熊喜邦が監修し、設計は増田八郎。和歌山は別の設計者だが、明治以来の全国の公共建築物は大熊博士ら中央のエリート官僚たちの指導で造られてきたので似ていて不思議はないという。
国立博物館などの「帝冠様式」に近いという人もいるが、屋根がないのが決定的に違う。「帝冠様式」は昭和初期のナショナリズム台頭を背景に、無国籍、または国際的な様式の近代主義建築に対抗して主張されたもので霊柩車みたいな屋根があるもの。
36年に来富したドイツの建築家、ブルノ・タウトは「もっとも愚劣な建物」と酷評している。西欧諸国が植民地に建てた統治のシンボルそのものだという。
●県庁前広場
県庁の北側にある広場。噴水があって花時計がある。集合・解散の場所となることもある。
●限定版
2002年に富山限定版のキティちゃんが売り出された。ホタルイカの格好をしている。それまでは北陸限定版で、カニの格好をしていて、結構気持ち悪かった。
沖縄に行ったら、サミット限定版のリカちゃんが飾ってあったが、富山にはないのだろうか?他にも限定版が出たら、集めていきたい。NHKで番組にしようと言ったら、即座に「無理だ」といわれた。
●原発
福井県は「原発銀座」と呼ばれるくらいだが、富山には原発はない。富山に本社のある北陸電力は電力会社の中で最後に原発を造った。石川県の能登にある志賀原発である。
●県民カレッジ
昔は「精神開発室」といった。文部省の先取りをした生涯教育の拠点だが「カレッジ」が落ちつきのない感じを与える。「大学」ではないし、「センター」では弱すぎるということだったのだろうが。県民カレッジは1988年度に開設。ボランティアの市民が講師を務める「自遊塾」、インターネットを使って自宅に居ながら受講できる「市民塾」などの講座を設けている。
●県民性
富山の県民性をここで簡単にまとめることはできないが、最も厳しい見方をしたのは三島霜川の短編『村の病院』である。
其様(そんな)“しよぼけた”状態(ざま)をして、羊のやうな口を利(き)いてゐながら、各自(てん)でに狼(おおかみ)のやうな牙(きば)をならしてゐるんだから呆(あき)れるぢやないか。一體(たい)此(こ)の國の人といふと、……(略)……陰気(いんき)で、朴訥(ぼくとつ)で、信仰が固くつて、何んとなく正直さうに見えるけれども、大違(おほちがひ)だ!
猫ぢやなくつて、羊の皮を被(かぶ)つてゐるのだから、放心(うつかり)一杯(いつぱい)喰(く)はされる。成程(なるほど)永い間(あひだ)雪の中に篭(こも)つて、何もせずに暮してゐるのだから、退屈(たいくつ)紛(まきれ)に何時(いつ)も何か考へてゐる……考へると謂(い)て、碌(ろく)な事は考へないのだけれども、考へる事は、割合に鋭い……だから鳥渡(ちよつと)見ると陰気に見えるのだ……陰気に見えるのに、年を老(と)つた連中は、先が心細いのか念仏を称(とな)へてゐるものだから何んとなく信仰が固いやうに思はれる。併(しか)したゞ思はれるばかりなんで、真箇(ほんと)は然(さ)うぢやない……根はといふと、皆(みんな)胃(い)の腑(ふ) の問題に齷齪(あくせく)してゐる中に育つて來てゐるもんだから、悪くこせついて、ねちねちしてゐて、狡猾(かうくわつ)で、片意地で、負嫌(まけきらひ)で、變(へん)に理屈ツぽくつて、自分独(ひとり)が“えらい”者のやうに思つてゐるという風(ふう)がある。此の“えらい”者のやうに思つてゐる……まア一種の覇気(はき)だ! 此の覇氣のあるところが取得(とりえ)と謂えば取得なんだが、それがまた、悪い方へばかり使はれるもんだから、妄(むやみ)と他(ひと)を嫉(そね)む風(ふう)があつて、底意地が悪い。
源氏鶏太は「富山県人である宿命」(『わが文壇的自叙伝』集英社)に同窓会で集まったことから次のように書いている。
【…】お互いがなんとなく泥くさい人間であることは間違いないようだ。私自身、極めて泥くさい人間であることを知っているし、それが富山県人の特性であると信じている。ただし、あえて弁解すれば、泥くさいということは、軽薄でないということだる。
安岡章太郎氏は、富山が好きである。氏の言葉によると、富山県人は、はにかみ屋が多いということである。私には、思いがけなかったが、こういう見方もあるのかと、泥くささを自認している私は満ざらでなかった。【…】
また、近ごろの私は、妖怪変化に興味をいだいている。そういう小説をすでに何篇か書いているし、今後も書いていきたいと思っている。私は、妖怪変化を信じているわけではない。かといって、まるまる信じていないわけではない。そこらはまことに微妙なところであるが、しかし、このことは仏教の盛んな富山県に十八歳まで育ったことに、やはりなにかの関係があるのではないかと思っている。
県民性の本はどれも怪しい。僕だってあれだけのこじつけは何でもできるという気がする。まあ、僕もこじつけでたくさん番組を作ったが…。斎藤美奈子は『それってどうなのよ主義』(白水社)の中で、『出身県でわかる人の性格』という本に触れて、次のように書いている。
「ビジネス・人間関係で役立つ47都道府県別の最新事情」(帯の惹句)
を豪語するわりにネタは江戸時代、明治時代といっしょ。だいたい新潟といえば「雪・酒・美人」の三題噺って、「フジヤマ・スシ・ゲイシャ」とどこがちがうの?
「県民性」なんて結局こんなものなのだ。既成のイメージをなぞり、それを無理やり歴史や風土にこじつける。日本がフジヤマ・ゲイシャなら、中国は四千年の歴史、フランスは芸術の国、スペインは情熱の国、そして新潟や雪国だ。雪国といってもいまはブルドーザーが活躍するのだ。ほんとに愚直だったら除雪車なんか導入しませんて。
県民性ネタも、扱いようによってはおもしろくなるはずなんです。たとえばコメディアンのはなわのコミックソング「佐賀県」。この歌の勝因は自虐とギャグだ。
○県民度
「富山県ミーム」 県民性は血?
県外で長い間暮らしていても次のような症状が出ることがないでしょうか?
- 語尾に「〜ちゃ」をつけ、疑問文は「〜け?」、否定は「なーん」という。
- 怒った時に「だら、何いうとんが」とトンガ王国の人になってしまう。
- JRの列車を「汽車」、他の私鉄を「電車」という。
- “停車場”で「〜ちゃ」という訛りの人がいたら思わず声をかけたくなる。
- 「出身校は?」と聞かれたら(大卒でも)高校名をあげてしまう。
- コンビニでとろろ昆布のおにぎりを思わず探す。
- 子どもに「を」を「小さい“お”」と教える。
- 結婚式に鯛のカマボコが出てないと“あいそものない”。
- 「美人やね」といわれたら(美人であっても)「なん、なん、なん」と引き下ってしまう。
- 訪問先でお菓子を出されてもその場で食べずに、帰り際に包まれるのを待っている。
これらは私たち富山県民に流れる「血」だと考えている人もいるかもしれませんが、間違いです。
これこそ「ミーム」というものなのです。
○ミームって何?
「ミーム」(meme)というのはオックスフォード大学の動物行動学者リチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で遺伝子(gene)に対して提唱した言葉でドーキンスによるミームの生物学的定義では「ミームは文化の伝達や複製の基本単位」 であり、「遺伝によらず伝達される行動や行動様式、技術など」のことで、例えば、言語や宗教・芸術にはじまり、習慣やしきたり、家風・校風のようなもの、建築や輸送の技術、それに服装や歌などに見られる一時的な流行に至るまでありとあらゆる無形の所産を指します。
文化は個体の脳から脳へ主に模倣によってコピーされて伝わり、また時にはコピーミスによって、新しい文化を生むこともあり、ちょうど遺伝子のコピーミスにより生物が進化するプロセスと類似したところがあります。
このミームが富山県民には生まれた時から刷り込まれるので、12歳以降にどんなに長く住んでも「旅の人」には決して習得できないものです(「旅の人」はごめんなさい)。
ですから、富山県民の脳味噌の中には富山県ミームというのがぎっしり詰まっています。
他のどの県の人よりも濃く、そして呉東よりも呉西に強いミームが働いています。
○あるがままに
標準語を駆使して「東京もん」になろうとしても富山県ミームが邪魔をしますから、あがいてもムダです。
あるがままに県民であることを謳歌しましょう。
そして歌いましょう。
「富山県ミーム」の歌を!
♪仰ぎ見る立山連峰、朝空に輝くところ〜
------拙文(『グッドラック富山』2000年3月号)
ミームをどう説明したらいいだろう。
『波』という山本有三の代表作がある。主人公の小学校教師(「訓導」と呼ばれていた)・見並行介(こうすけ)は長男の進を一人で育てることになる。妻のきぬ子は元教え子だったのだが、若い医学生と駆け落ちをした事件があって、進が自分の子どもかどうか確信を持てず、漠然とした不安や苛立ちをもって過ごしている。ある時、息子が自分と同じように、例えば精神的ショックなどで片足が痙攣して動かなくなる症状を呈して、喜ぶ。医者からは必ずしも遺伝によるものではないといわれるのだが、なぜかホッとして以前には感じなかったほどの愛情が湧いてくる。
更に、ショーペンハウエルを読んである悟りに達したこともある。人間の愛というのは、血統や遺伝子でつながっている人間だけにかかわるエゴイズムではない。もっと大きな自然、ないしは全人類を支配する宇宙意志とでもいうべきものが、個々の人間に恋をさせ、性の喜びを与え、種の存続を確かなものにする。行助は体操の時間に、生徒たちにボールを手から手へと受け渡す競争をさせていた時、はたと思い当たった。おれはあの生徒たちと同じだ。あのボールは個々の生徒(つまり各世代の親)の所有物ではない。「先生」ないし「学校」のものだ。息子をおれの所有物として独占しようとしたから、真の父親が誰かなどと疑って悩んだりしたのだ。自然という「先生」からの預けものと考えればよいのではないか…。
小林秀雄が吉田満『戦艦大和ノ最期』の跋文で書いた言葉がある。
「個人の生命が持続している様に、文化という有機体の発展にも不連続というものはない」。
ミームというのはそんなものだと考える。
●県民の歌
「富山県民の歌」。長野県民は県民の歌を結婚式なども含めてあらゆる機会に歌うが、富山県では忘れ去られている。僕らの小さい頃は、よく歌わされたので覚えている。ただ、時代に合わなくなっている。そして、個人的にいろいろと「県民の歌」が試みられているが、定着していない。県民として誇れる富山県にするのが課題のようだ。2012年には久石穣の作曲で作られる。
仰ぎ見る立山連峰、朝空に輝く所、躍進の理想かざして、高らかに生産の歌、声そろえ、声そろえ、ともに歌わん、ともに歌わん、あーあーあ、我ら、我ら富山、富山県民
●「県民の悲願」
北陸新幹線がそうであるが、在来線問題を切り離してどれだけの人が悲願と思っているか分からない。2000年国体も同じである。市民から分離しているものには桐朋問題があるが…。
●県立近代美術館→近代美術館
県立近代美術館。県立には水墨美術館もある。
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