●AEON
高岡にある「イオン」ショッピングセンター。化学のイオン(ion)は「アイオン」と発音。
●AIU
AIU保険。2004年にコールセンターが富山にできた。横山隆美・日本代表は、立地先として富山市を選んだ理由について、〈1〉教育熱心で優秀な人材を雇える〈2〉県、富山市の助成金の水準が高い〈3〉東京から近い――ことなどを挙げて「品質の高いコールセンターを設立するには最適の場所。日本最高レベルのコールセンターを作りたい」と抱負を語った。
●ANA
全日空。
●APA【アピア】
富山市東部にあるショッピングセンター。英語で「アピア」と呼ばせるのは無理。
●APITA【アピタ】
全国だけれど、ユニー系のショッピングセンター。富山東店などはフェアモール・アピタという。
●BBT
「富山テレビ」の愛称。30周年?で名付けた、比較的新しい名前。意味は知らない。北日本放送はKNBという。
●CANAL PARK
富岩運河を中心とした公園。「カナルパークホテル」もある。
●CiC【しっく】
駅前ビル。City in Cityの省略。富山駅前街区市街地再開発組合のパンフレットには「品位と象徴性を持ったハイクオリティーな県都の玄関の創造」と謳われた。ビル名は富山という都市の中にもう一つの都市空間をつくるという意味を込めたという。「シック」というとsickしか思い浮かばない僕にはあまりいい名前ではない。もちろん、chicのつもりというのだろうが、その場合は「シーク」と言った方が英語では通じる。そのせいか2002年4月15日に経営破綻(営業は継続)。ショック!
井上靖『七夕の町』にも描かれている「ヤミ市」と呼ばれた富山駅前商店街があってCiCができて約40年の歴史の幕を閉じたものだ。
1992年に地下1階、地上16階のビルが完成。地下1階から地上4階までは同社と地権者、富山駅前商栄協同組合が共有、6階は同社が単独所有。5階は富山観光物産センターが運営、7−16階は日本生命が所有してエクセルホテル東急が営業。
再建計画では40億の再建放棄と行政に3億で空きフロアを買わせるというものだった。2003年12月に再オープンした。
3階は富山市が「市民交流館」に整備。富山市丸の内にあった市民学習センターと市国際交流センターを移設し、県内全市町村の住民票などの証明書を発行する「市民サービスコーナー」、ビジネス書と児童書、インターネット端末などを設置した「図書サービスコーナー」を展開。
飲食店が並ぶ4階は、既存の2店を含め14店舗に充実した。新しく入った12店は、新事業者育成を目的に国の補助を得て3年間、賃貸料を半額にする。
5階の観光物産センター「いきいきKAN」には「チンドン」「くすり」「ます寿し」の3つのミュージアムと、週末に民謡を披露する「とやま劇場」を整備。ますずしやトンボ玉、薬膳カレーなどを作る体験コーナーもある。
●DEEP SEA
2000年12月に作られた富山の深層水の統一ブランドマーク。マークは青を基調に、SEA(海)の頭文字の「S」を草書調に描いた。急激に深くなる富山湾の湾底を表現し、「DEEP SEA」と「富山の深層水」の文字も配している。
●『DeRuKuI』【でるくい】
どうして日本語で書かないの!県職員の自己満足の雑誌。「出る杭」から来ているようだが、自ら「出る杭」とは普通の神経ではいわないものだ。しかも沢山の人が「出る杭」を名乗っていることは地盤に接しない、浮きあがった杭になっている証拠。
…と書かれて怒るようだったら、「出る杭」の資格はない。
金沢には出る杭の典型的な例があり、加賀騒動の立役者・大槻伝蔵がまさにそれである。足軽からスピード出世をして成果を上げたが、前田吉徳が亡くなるとともに吉徳と男色関係にあるとか噂を立てられ、失脚後は五箇山に流刑の身となり、獄死した。
●Ecchu
「越中アートフェスタ」などで「越中」をEcchuとしているが、より英語らしくするにはEtchuだと思う。
●e-town
大島町本開発のショッピングセンター「イータウン」。オープンモール型の複合商業施設で北陸最大級となる。2004年7月にオープンした。近くのアプリオ、アルプラザやサティ、イオンなどと競合する。
●「FUJIM(フジム)」ブランド
富士メリヤスのブランド。2004年パリコレに出場。
●Fプロジェクト
新湊市の海王丸パークそばの富山新港西埋め立て地二・八ヘクタールに約120万本のコスモスを咲かせるイベント。新湊青年会議所などでつくる実行委員会が2001年から始めている。
●HOTSPAR
「ほっぱ」と呼ばれる。富山県だけのお店ではないだろうが、一番見事な命名だと思えるもの。スーパーのSPARチェーンのコンビニ店の名前なのだが、これはシェイクスピアに出てくるHotspurから採られている。「熱い拍車」というのは短気で有名なSir Henry Percy(1364-1403)のあだ名である。これとホットなお店というのを懸けているところがいい。王に対して反乱を起こそうとした時、怖じ気づいたものが「ご計画はあまりにも危険」と手紙をよこしてきたのに、ホッとスパーは次のように言う。
この危険というイラクサをかき分けてこそ、平安という花を摘みとることができるのだ。---『ヘンリー四世・第一部』第2幕第3場
●GINO―GIGI【ジーノ・ジジ】
氷見にあるジェラート屋さん。全国のデパートでも売っている。
●IOX―AROZA【イオックス・アローザ】
石川県との境にある医王山(富山では「いおうざん」、石川では「いおうぜん)の麓で福光にあるスキー場。IOXは「医王山」を表し、AROZAは友好関係にあるスイスのアローザ村からとっている。「ハイジコース」なんていうのがある。夏には音楽の友社の声楽セミナーが開かれて塚田佳男先生、関定子先生などが講師(榛名でもある)。
●itai-itai
OEDに記載されている公害関係の日本語はkogai,itai-itai,Minamata disease, yusho,Kawasaki diseaseである。「公害」「イタイイタイ病」「水俣病」「(カネミ)油症」「川崎病」【公害かどうか分からないが】である。
●KATALLER TOYAMA
J2のサッカーチーム「カターレ富山」。方言の「克たれ」から採られた。
●JAL
日航の富山−東京便は2002年7月に参入。一日朝夕2往復の運航で、6往復の全日空とダブルトラック(一路線二社運航)になっていた。2005年3月で撤退した。
●JAN【ジャン】
総曲輪にあるブティック「サロン・ド・JAN」の略だがみんな「JAN」ですましている。昔は勝手に「カルダン」としていたが、もちろん、クレームがついて現在の名前になった。「シャネルズ」がシャネルからクレームを付けられて「RATS & STAR」(回文!)にしたようなものだ。それにしても「ジャンのサロン」とは何だろう?「ジャンヌのサロン」だと女性だが…。
僕なんかが行くと店員に見下されてしまうので昔は得意客だった妻も最近は行っていない(貧しくなったせい?)。
●JAPONICA
1990年に誕生した日本語教育機関でトヤマ・ヤポニカ。
●JET【ジェット】
どの県も数年おきに博覧会を開いているが、これは92年に太閤山で開かれた第一回「ジャパンエキスポ富山」の略。第一回だが、他の県が先に開催してしまったから名誉からは外れた。
県関係者は日本人が大阪万博を懐かしむように思い出しては大成功だったという。
余ったお金で「未来財団」が作られ、「未来倶楽部」というのも作られている(妻がいた99年にほぼ終息となった)。
●JRC
Junior Red Crossで「青少年赤十字」。富山では盛んだが、他の地域の人はあまり知らないで、Japan〜だと思ったりする。新湊の射北中学がJRCの中心的存在だった。毎年夏にはリーダー研修会が開かれて、県内のリーダーとなる中学生が集まった(恥ずかしながら、僕も参加した)。
●JWF
Japan Wildlife Festival.「世界自然野生生物映像祭」で富山で1年ごとに開かれる。
●KAIWOMARU【かいおうまる】
帆船・海王丸。時々、KAIOMARUという間違えた看板を見かける。
●KAKI
大山町の木工家で富山国際職藝学院教授の柿谷誠(かきたに・まこと)が始めた工房。国内の手作り家具メーカーの草分けで、柿谷は1973年に立山山麓の粟巣野に「KAKI工房」を構え、家具メーカー「KAKIキャビネットメーカー」を創立。高岡から移り住んだ柿谷誠が、シベリアベニマツを使い、二人の兄弟と作る家具は、着色せずに木の自然な風合いを生かす。KAKIのベッドやベンチに、工房の女性が縫い上げる「マザーズキルト」がよく似合った。富山国際職藝学院の創立にも尽力し、96年の開校と同時に教授に就任した。2004年には誠が亡くなり、更に8月22日夜に火災に遭い、工場や資材置き場など計5棟を焼失したが、全国からの支援で頑張っている。
●KNB
北日本放送。
●KNB*E
「KNB興産」だったが、2001年4月に名前を変えた。読み方は「ケイエヌビィ・イー」だそうだが、「ビィ」など分かりにくい。
●La-la-la【ラララ】
妻も加わっている富山の女性のメーリング・リスト。
●MARRIENBOURG
「マリエンボーン」という名の結婚式場で今はない。造語だから何語でもない。「アマリエンボーン」などから採った。
●MIRAI計画
県と富山市が富山駅北地区で進めていた「とやま都市MIRAI計画」のこと。どうしてアルファベットを使わなければならないだろうか分からないが、横山の「みなとMIRAI」を模倣したことは誰にも分かる。85年に計画が立てられ、2000年には完成し、駅裏はかつてと違ったビジネスパークになった。
●NACHI
機械製造の会社・不二越の海外ブランド。NACHIというの「那智の滝」の那智なのだが、NAZIと間違われないか、他人事ながら心配である。不二越は戦争中に韓国人を雇っていて賃金未払いということで裁判していたが、2000年に和解した。和解条項によると、不二越側が解決金の名目で、8個人一団体に計3千数百万円を支払い、不二越富山工場内に「第二次世界大戦下勤労之碑」を設置する。和解によって原告側は米国での提訴を見送るものである。
●NPEC【エヌペック】
環日本海環境協力センター(North-West Pacific Region Environmental Cooperation Center)。
●NOWPAP【ナウパップ】
北西太平洋地域海行動計画(North-West Pacific Action Plan)。本部事務局は2000年12月に東京で開かれたNOWPAP第6回政府間会合で、富山、釜山両市の2カ所に事務所を置いて業務分担する「共同設置」とすることで原則合意した。04年11月、タワー111に開設された。富山で初の国連機関となった。
●OUR SNOW!
粟巣野【あわすの】スキー場のコピー。オリジナルではなくて、九州のビールOURS(泡ーず)から取ったもののようだ。
●「RAILWAYS(レイルウェイズ) 愛を伝えられない大人たちへ」→Railways2
●RO-RO船(ローローせん)
Roll-on/roll-off shipとはフェリーのようにランプを備え、トレーラーなどの車両を収納する車両甲板を持つ貨物船のことである。旅客を乗せないカーフェリーと思えばよい。 車両甲板のおかげで搭載される車両はクレーンなどに頼らず自走で搭載/揚陸できる。対義語はLO-LO船(Lift-on/lift-off ship)。 富山新港から北海道へのテスト運航が行われている。
●Shimminato
新湊市のこと。
Shinminatoという英語はない。外国の地図にはShimminatoとしか載っていない。さすがに第一イン新湊だけはShimminatoとしている。これは群馬がGummaとなるのと同じである。読売新聞もThe Yomiuri Shimbunとしているが、言語学的には「同化」と呼ばれる現象である。なお、地方紙の北日本新聞は英語名をKitanippon PressとかKitanippon Shinbunとしている。
新高野球部のユニフォームにはSINMINATOと書いてある。誰だ?SHIにしなかったのは!
どうやら真相は当時お金がなくてHの分、安くあげようとしたためだ。(^_^;)
ちなみに野球部応援のための帽子にはSHINMINATOとなっている。
●SATY→サティ
●SCOT
旧・早稲田小劇場のことで、鈴木忠志が主宰している。利賀山房にいたが、後に山を下りる。
●SL
1970年(昭和45年)6月5日、富山駅で蒸気機関車(SL)の「お別れ式」が行われた。富山操車場などで貨車の入れ替え作業に使われていたSLが、この日を最後に県内から姿を消した。石川県では七尾線にその後もずっと走っていたから、富山は早い方だった。
●sora
旅客船としては国内初となるソーラー船「sora(そら)」(定員40人)と電気で動くエコボート「もみじ」(同10人)が2009年7月に富山県と富山市が共同運航する「富岩水上ライン」として、同市の富岩運河で就航した。富岩運河環水公園から、国の重要文化財に指定されている中島閘門(こうもん)までの約2キロ・メートルを約40分で往復する。
もみじは、家庭用コンセントからの充電で動く米国製ボートを使用。国内でも数隻しかないという。
●SOTY
「ソティ」という富山市東部にあるトヨタのショールーム。双代町(そうたいまち)にあるのでSOTYとして、読みは「ソティ」としたオシャレな命名。
●S・R
富山県出身のS・Rのことが米原万里『真夜中の太陽』(中央公論新社)「人品骨柄」で書かれていた。
悪いことをしていると、美醜とは別に人相が悪くなる。卑しい精神は、顔をも卑しくする。結局、自分もそう思い込んでいたのだろう。ついこのあいだ、八十八歳になったS・Rの近影を新聞紙上で見るや、言葉を失った。戦時中は大本営の参謀として侵略戦争の指揮を執り、シベリア抑留中は目に余るほどソ連当局にすり寄って同胞を売り渡し、自分だけは無事帰国、商社に採用され、戦後日本の政官財癒着の黒幕として暗躍、さぞ醜悪な人相と思いきや、実に爽やかな飄々たる笑顔をしているものだから拍子抜けしてしまったのだ。わたしの人相観は、若干の修正を余儀なくされた。本当の悪人は、もしかして善良なる人相をしているのかもしれない。そもそも良心など持ち合わせていないのだから、良心の呵責に苦しんで顔貌を歪めはしない。
山崎豊子の小説『不毛地帯』の主人公・壹岐正(いき・ただし)中佐、『沈まぬ太陽』の登場人物・龍崎一清のモデルであるともいわれ、『二つの祖国』では実名の記述が見られる。『沈黙のファイル』(共同通信社)にもインドネシアや韓国への巨額戦後賠償を国を超えた政商癒着が食い物にしていくS・Rの暗躍ぶりを描いている。「日本の戦中戦後史が背広を着たような」と評された。
僕の教え子で復元したサンタ・マリア号の航海に参加してS・Rに気に入られ、“頼まれ”ではない仲人になって結婚したのもいる。富山の政治家たちとの会合「富龍会」というのが2006年まで開かれていた。2007年に95才で亡くなる。
思い出すのはユダヤ人強制移送の専門家=スペシャリストと呼ばれたアドルフ・アイヒマン中佐である。戦後、偽名を使って逃亡し、国際赤十字からの渡航証を得て、当時親ナチス政権だったアルゼンチンに潜伏していたが、諜報特務局モサッドによって、アルゼンチン政府に無断で拘束・強制出国を強行され、イスラエルに連行され、裁判にかけられる。検事側から「民族の抹殺者、人類の敵」と激しく追及されるのに対し、アイヒマンは「自分はただ、忠実に義務を果たしたに過ぎず、組織の歯車として働いた自分に責任はない」と弁明した。ハンナ・アーレントはこの裁判を傍聴して『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(みすず)を書いたが、アイヒマンは「よき」労働者であり、家庭では「よき」夫、「よき」父を演じる、どこにでもいる「普通の」人間だった。アーレントはこれを「悪の凡庸さ」と名づけた。「定言命法」を論じたイマヌエル・カントの愛好者であって、当時の法律、命令に「忠実」であり、「法」の遵守者であったのだが、壹岐正だって会社の仕事に「忠実」だったというだろう。
●TIC日本語学校
国内の大学などに進学しようとする外国人のために、日本語や入学試験に必要な科目を教える予備校。県が出資している財団法人・とやま国際センターが、環日本海交流を担う人材を育てようと、2003年4月1日に開校した。1年半コースもある。
●TOGA
「演劇のTOGA」。横文字で有名なのは県内で利賀村だけであろう。76年から鈴木忠志の早稲田小劇場(現在、SCOT)が利賀村を中心にして活動しはじめ、82年から99年まで世界演劇祭「利賀フェスティバル」が開催された。1200人の村に1万人以上の観客が来た。こういう都市活性化の方式をボローニャ方式といって町づくりのモデルとして世界に知られている。ヨーロッパ最古の大学のあるイタリアのボローニャは戦後の復興で生活芸術都市を目指して劇作家でノーベル賞受賞者のダリオ・フォーを招いて演劇を盛んにさせるとともに芸術活動を支援したのだ。
2月上旬には利賀そば祭りが行われる。妻も雪が口に入る吹雪で歌ったことがある。
八尾から行くと、ひどい道が続くのだが、利賀村に入ると別天地である。
利賀村は自民党員が日本一多い村で日本一投票率の高い村としても知られる。結束を見せて、補助をもらっている。
利賀村は2004年に8町村の合併で南砺市となり、その名前は「南砺市利賀村」として残った。世界演劇祭で知られる村で「とがむら」の響きには村人や演劇人が培ったものが息づくとの思いが他の町村にも理解されたという。
●TOY
「富山空港」の略称で、都市コード、空港コードとも同じ。なんだかオモチャみたいだ。でも、小松空港がKMQなのに比べて分かりやすい。
●Toyama
オランダのリッセ市にある球根栽培会社が育成したスイセンの新品種に県名の「Toyama(とやま)」という名称が付けられ、2007年に国際登録された。「Toyama」は、オランダ原産の「ホワイトマーベル」が親品種で、突然変異で白い花が黄色く変種した八重咲きのスイセン。新品種を育成したのは「バンダーサルム&ソンズ」というチューリップやスイセンなどの球根製造会社。
●TOY“Я”US
「トイザらス」。99年に呉羽にできた玩具屋。他にも愛児堂、バンビ、バンバンなどがあったが、大資本がやってきた。
TOY“Я”USというのは“Toys are us.”(玩具のことは我々に)という意味の割と破格な使い方である。“Я”にしたのはアメリカの子どもたちが“R”を“Я”とよく書き間違える(鏡面文字)ので玩具屋だからお遊びで替えた。「クマのプーさん」にも同じ間違いが出てくる。
●TUT
チューリップテレビ。
●YKK→吉田チャック
●YOSAKOI
高知のよさこい節と北海道のソーラン節をミックスさせた踊り。富山県内でも1999年に始まった富山市の「YOSAKOIとやま」(富山まつり運営委員会主催でチューリップテレビ「富山とびきり木曜日」で放送)を皮切りに、城端、大門、滑川、高岡万葉まつりなど十カ所以上で開かれている。うちの子どもたちも2002年には高岡市博労小学校から習ったというYOSAKOIを踊るようになった。僕も「きときと音頭」と作詞したが、当然、YOSAKOIバージョンもある。
●True Tears
「トゥルー・ティアーズ」は南砺市城端のアニメ制作会社が地元をモデルに舞台設定して作ったアニメ。
●UNIQLO(ユニクロ)
Unique Clothingの略で、99年に富山と高岡に開店し、その後、射水市にもできた。
●webun
北日本新聞が2010年に本格的なネット新聞に進出した時の名前。「ウェブン」というのは面白い命名である。
●We! Toyama
2006年7月にできた女性クリニック。
●YKK
吉田工業株式会社。世界第一のファスナーのシェアを誇る。ファスナーの製造機械「CM6型機」が2011年度の「機械遺産」に認定された。アメリカ製の機械をもとにYKKが自社開発した機械を更に改良した後継の機種で、高品質のファスナー量産化に貢献。「機械遺産」に指定されたのは昭和56年に製造された機械で、黒部市のYKKセンターパークで公開されている。
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