金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩) 

笑説 越中語大辞典


映画


●映画

 富山を題材にしたり、富山が関連している映画は次のよう。気がつくのは監督にビッグネームが多いということだ。岩瀬が誘致運動をしていたが、寅さんはついに来なかった。来なかった理由は寅さんとマドンナに合う景色が残っていなかったからだと思う。

●映画館

 昔はそれぞれの町にいくつも映画館があった。新湊でも日吉館、日活、北陸会館があった。

 開高健の『日本人の遊び場』(1963年)に「ナイター映画」という章に「ナイト・ショーをやる映画館が増えてきている」というくだりでは、列挙する都市に「富山」も含まれている。祖父が福井県出身の開高は伏木出身の作家、堀田善衛とも親交があり、泊まりがけで一緒にスキーを楽しむほどだったという。

 久世光彦『遊びをせんとや生れけむ』(文藝春秋)にはこんなことが書いてあった。

 戦後と言えば<映画>だった。テレビもテレビゲームもない時代だったし、漫画本もなければラジオだって雑音だらけで満足に聞こえなかった。娯楽は専ら映画だった。だから小さな富山の町にも<帝国館><たから劇場><大和東宝><中央劇場><国際劇場><富劇><富山映画会館><富山座>---何と映画館が八館もあった。【…】

 60年代の富山市街には帝国館、グランド、たから劇場、東映パラス、東宝大和、東映【2002年12月閉館】などがあったが、いずれも閉鎖されている。スカラ、ウィズ、松竹、駅前シネマがまだ残っている。郊外にあってシネコンの先駆けだった高岡ピカデリーが単館系の映画も上映して人気があったが、2006年に閉館。

 映画業界では「五つ以上のスクリーンを備えた映画館」をシネコンと呼ぶ。富山ではシネコンの大都会が頑張っていたが、2000年にファボーレ東宝が10スクリーンのシネコンを始めた。6スクリーンのマイカル(サティ)まで行っていた呉東の客もファボーレに流れ始めた。2002年9月、イオン高岡店に8スクリーンのTOHOプレックスができた。サティもなくなった。単館系は松竹だけとなり、今はない。

 2003年1月にはウィズ1・2が閉館となった(かつては帝国館だった)。富山合同興業が同市西町で運営していた映画館「グランド1・2」も1992年に閉館しており、ピーク時は富山市と金沢市で計7館を運営していた同社は、映画事業から撤退することになる。06年9月1日には中央通りの映画館「富山ニュースカラ座」が閉館した。01年、約30年間東宝直営館だった旧スカラ座を改装して上映を続けた。松竹も06年に上映しなくなった。成人映画を上映していた駅前シネマも2007年8月24日で閉館。

 高岡にもいくつもあったが今は大都会などを含めたシネコンだけである。そして、それ以外に県内の映画館はなくなっている。

 『ベンハー』と『クレオパトラ』の2本立!(8時間近くかかるのだ)を高岡で見たのが思い出深い。

●映画監督 

 富山出身の映画監督は次の通りでもしかしたら映画監督の宝庫!?ドラえもんなど多くの作品を手掛けた藤子不二雄もいる。

  • 佃血秋(つくだけっしゅう1904〜51年)=大正から昭和にかけて活躍した氷見市出身の脚本家、映画監督。旧制の富山県立高岡中学を中退。二十歳前に大阪の帝国キネマ脚本部に入社した。二十歳で脚本を書いた『籠の鳥』(24年)が大ヒットとなり、その後も数多くの映画に脚本や監督として携わった。51年、長野県小諸市で撮影途中に急性盲腸炎で死去した。火事で焼失したとされていた映画『ドレミハ先生』のフィルムが福岡市内で発見された。音楽家志望で子どもたちに多くの歌を教えた若い教師と、子どもたちの交流を描いた。敗戦後、日本に必要なのは教育だとの視点から手がけたとされる。主演は「さくら貝の歌」「あざみの歌」などの作曲でも知られる八洲秀章(やしまひであき)。主題歌の作詞をサトウハチロー、作曲を古関裕而が担当した。
  • 山谷哲夫【やまたにてつお】…高岡市出身の映画監督。東南アジアから日本へ出稼ぎに来る女性が「じゃぱゆきさん」と呼ばれるようになったのは山谷が人権侵害の実態を映画『妻はフィリーピーナ』や著書で告発し、地位改善を訴えたのが始まり。
  • 滝田洋二郎【たきたようじろう】…1955年12月4日、福岡町生まれ。県立高岡商業高校卒業後、上京。76年、ピンク映画の製作会社「獅子プロ」に入社。81年にピンク映画で監督デビュー、86年には『コミック雑誌なんかいらない!』で一般映画進出。以後、『木村家の人びと』『病院へ行こう』『僕らはみんな生きている』『眠らない街・新宿鮫』『シャ乱Qの演歌の花道』『お受験』など。『壬生義士伝』で27回日本アカデミー賞作品賞。その他、『陰陽師』(01)『陰陽師II』(03)『阿修羅城の瞳』(05)『バッテリー』(07)『おくりびと』(08)など。
  • 本木克英【もときかつひで】…富山市生まれ。『てなもんや商社』『釣りバカ日誌』『ドラッグストア・ガール』など。
  • 淺井康博【あさいやすひろ】…滑川市生まれ。『逢いたい』でデビュー。
  • タカハタ秀太…『ホテルビーナス』でデビュー。2004年のモスクワ国際映画祭の新人監督部門で最優秀賞を受賞した。写真撮影には応じているものの、経歴を秘している。
  • 細田守…上市町出身のアニメ監督。金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科油絵専攻卒業。『少女革命ウテナ』などでは橋本カツヨ、『るろうに剣心』などでは遡玉洩穂(そだまもるほ)という変名で絵コンテを担当している。2006年に『時をかける少女』
  • 河森正治…アニメ監督、メカデザイナー。
  • 鎌仲ひとみ…ドキュメンタリー映画監督。氷見市大野出身。早稲田大学卒業後、フリーランスディレクターとして活動。1991年文化庁芸術家海外派遣助成金を受けてカナダ国立映画製作所へ、その後ニューヨークでメディア・アクティビスト活動を行う。帰国後映像作家として活動を続け、2003年映画『ヒバクシャ〜世界の終わりに』で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞平和・協同ジャーナリスト基金賞アースビジョン大賞>ほか多数受賞。 青森県六ヶ所村に建設された核燃料再処理工場を取り巻く人々の暮らしに焦点をあてた、ドキュメント映画『六ヶ所村ラプソディー』。
  • 釣崎清隆:『死化粧師オロスコ』監督、高岡市出身、死体写真家
  • 山谷哲夫:高岡市出身の映画監督(「じゃぱゆきさん」という言葉を作った)。
  • 市井昌秀:射水市出身の映画監督。

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