金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


 NHK「ティーンズねっとわーく」について


 94年からNHK「ティーンズねっとわーく」という番組にかかわっていた。96年には「ハイスクール電脳倶楽部」に変化していった。

 94年の司会者は『変体少女文字の研究』で有名な山根一眞だった。その後はいろいろと変わったが、コミック・リリーフとして95年にはあまり有名じゃなかった頃のホンジャマカが出演していた。

 ネットワーク教育を進めている成瀬先生と二人で学生たちに参加させていた。

 高校生用の番組で高専である本校は少しテーマとずれるのだけれど、よく番組にはかかわった。

 番組は、あるテーマが決まり、それに対して学生や教師が書き込みをして、コメントをつけ、オンラインチャットもあり、これを番組で利用していくというものであった。

 このネットに学生もアクセスしたが、僕も書き込みをした。ホームページのトップページにハイスクール電脳倶楽部(NHK教育の高校生番組ネット)とあるのはこの時の文章の一部である。職場以外の学生に触れるというのも実にいいものである。素直に感動したといってきた学生もいた。なぜか「カストラートの人類学」の評判がよかった。

 大変だったのは番組収録中にオンラインチャットがある時で、この時はタイミングを逃さないようにチャットしなければならない。何しろ、こちらは番組が見えないのでタイミングが非常に取りにくいのだ。

 懐かしい特集はいくつもある。ゴミの話、未来の夢、修学旅行などいろいろだが、中でも「制服の記号論」というのはこれを元に紙芝居を作るという話も持ち上がった。結局、服飾評論家のピーこが出ることになって、ボツになったが、うちの制服は全国に紹介された。修学旅行の方は僕が教師側代表(?)として発言した。

 95年の夏には代々木のNHK放送センターで「インターネットと教育」という話もした。

 サブシスとしてネットにマルチメディア関係の文章を載せてきたが、一部はホームページに公開してある。

 この時、船津さんが学校の定点観測のような取材をしたいのだけど、どの学校もびびって取材させてくれない、といわれて、帰ってから市の教育長と話し合い、結局、僕の母校が「教育は今」という番組で出ることになった。


 96年の「ハイスクール 電脳倶楽部」はシスオペの波田野直樹さんによれば次のような番組だった。

 4月から始まる教育テレビ新番組「ハイスクール 電脳倶楽部」は基本的にスタジオで展開される高校生同士の話し合いを中心に構成されるものです。

 スタジオには、「自分はこんな事で悩んでいる!」「こんな不満を持っている。」あるいは「こんな事を訴えたい。」と考えている高校生(個人かグループ)に来ていただき、その主張を述べて貰います。その主張に対して、同じスタジオにいるギャラリーの高校生(40〜50人)が、共感や疑問、反発や賛同など自由に意見を闘わせる事で、テーマをより深く考えていきます。このコーナーを、現在「トーク・バトル」と名付けています。30分番組の中で20分以上を占めるメインのコーナーです。

 この中で、テーマに関してスタジオにいる高校生だけでなく、全国のさらには海外の意見まで紹介する窓口として今後のパソコン通信のフォーラムを活用していこうと思っています。さらにネットの中で面白い主張があれば、スタジオに来て発言して貰うこともあります。

 また、「トーク・バトル」の後に「電脳倶楽部」らしさを表すコーナーとして、ニュー(マルチ)メディアの世界の面白い動きを高校生自身が取材して紹介する「メディア・ナウ」のコーナーをもうけます。新しいメディアの動きについて「こんな事が知りたい。」あるいは「こんな事を知っているので取材に来て欲しい。」と言った意見も、併せてネットで募っていこうと考えています。

 97年には全く学生の入らない形になった。NHKの当初の目論見はネットで学生たちの意見を吸い上げて番組を作るというものだったが、ネットにぶら下がっている学生が今の高校生の代表とはいえなかった。みんな真面目すぎたし、気取りがあった。

 また、夜中までアクセスしていることや、どのネットにもあるようにやたらアクティブな学生がいたり、変なメールを出す学生がいたりでNHKも嫌気がさしたのではないかと思う。ネットワークの先駆けであると共にネット問題の先駆けなのである。

 以下の文章は成瀬先生と岡部先生との共著論文である「ネットワークによる教育」のティーンズに関する部分である。


(資料1)

 パソコン通信同好会を中心にいくつかの実践に取り組んでいる時に、NHKの番組参加の話が持ち上がった。NHK教育テレビの「ティーンズねっとわーく」という番組である。

 全国の高校生がオンラインで、設定されたテーマで議論を行ない、それらの議論や取材を元にして番組が作られるというものである。また番組本番では、いくつかの学校がリアルタイムチャット(パソコン通信によるおしゃべり)で参加し、司会者とコミュニケーションを交わしていく仕組みになっている(13)。

 本校は、「ゴミ問題」のテーマで参加した。増え続けるゴミの問題は、今や都会だけの問題ではなく、地方の問題にもなっている。われわれが何気なく出しているゴミはどのように処理されているのか、また環境に関わる問題はないのかなど、テレビなどではよく目や耳にする「ゴミ問題」ではあるが、地方に住む我々の周りのゴミ問題はどうなっているのか。

 さっそく学生達にゴミ問題について考えさせた。

 しかし、当初彼らはこのゴミ問題というテーマにもう一つ興味を抱かなかった。原因は、あまりにもテーマとして大きすぎることと、議論が上滑りになりがちで盛り上がりに欠けていたことである。

 そこで筆者は、学生に興味づけを図るために、次のような問いかけをした。

「日本のマスコミは、日本のゴミ問題ばかりを報道して、外国の事例を挙げて比較をするということがあまりないけれど、海外にはゴミ問題はないのだろうか。」

 さっそく、イギリスに電子mailを送り、海外のゴミ処理についての問題点等について質問することにした。

 数日後、返事が返ってきた。内容は、ゴミ収集の方法、ゴミの処理、リサイクル、問題点について書いてあった。

 この中で、ゴミ処理についての記述を紹介する。

●Newtownabbey市でのごみ 管理

 Newtownabbeyでは、リサイクルできなかったゴミの全てが、ゴミ処理場に集められて、廃棄されるが、多くの問題を引き起こしている。

 ゴミ処理場に使われる土地はいわゆる借地である。土地は最終的に所有者に返さないといけないため、ゴミ処理できるゴミの量は限られている。

 返された土地は数年間そのままにされ、その後農業のために利用されるのが普通である。

 今、一番大きな問題はゴミ処理場が一杯になっていることである。Larne という町では、ゴミ処理のために石灰岩石切り場が使われようとしている。そこでは、漏洩を止めるために、ゴミで石切り場を覆うのである。

 環境保全主義者達は、ゴミが石灰岩の隙間から地下を流れている地下水にしみこんで、重大な環境汚染につながるかもしれないということを心配している。

また、彼らは町の中を通り抜ける過剰な(ゴミの)輸送についても心配している。(筆者 訳)

 ゴミ捨て場として使われた土地が再び農業用に再利用されるという話は、日本では聞かない。

 次に、学生にもっと身近なところに目を向けさせるために、富山県内及び石川県の主な市町村のゴミ分別方法、ゴミ処理方法、抱えている問題点を電話で取材を始めた。

 以下がその結果である。(調査対象:11市町村)

(A市)

(B市)

(以下略)

 さらに、学生を富山大学へ連れて行き、環境問題に詳しい教授から話をうかがうことにした。

 以下は学生と筆者で協同で書き込んだ内容である。

 A市では資源処理化や分別処理(生活ゴミは分別を徹底、ビンは色分け、缶はスチールとアルミに)をしているそうです。現在はゴミの処理センターだけがあるのですが、平成7年度には、リサイクルセンターを作り、そこでリフォーム活動をする予定だそうです。

<リフォームについて>

 これは、燃えないゴミの中でも再生可能なものを選んで再使用できるように修復をすることです。富山県ではまだリフォーム活動は盛んではありませんが、都市部では、リフォームしたものはリフォームセンターや福祉施設に送ったり、あるいは安く市民に売ったり、海外ボランティアに分けてあげたりするそうです。

<リサイクルについて>

 例えば、古紙や古鉄を他のものに作り替えて再使用するものです。市場では、リサイクル製品とバージン資源(海外から輸入された原材料のことだと思います)が出回っていますが、バージン資源の方が安い場合が今は多いそうです。ということは、リサイクル製品を作っても高くつくということになるわけです。つまり買う人が少なくなる、恐れがあり、それが今の問題点だそうです。

<リサイクルできないものの処分>

 生ゴミなどは、コンポストで飼料化をできるだけする。

 プラスティックなどの燃やすと有毒ガスがでたり、環境にやさしくないものについての対応は、富山県ではまだほとんど考えられていない。

 会社によっては、環境破壊につながるようなもので製品を作らないように配慮しているところもあるらしい。

 このようにして、ネットワークで得た情報をきっかけにして、彼らの目を身近なところに向けさせた。それまでは、ゴミ問題と言われても漠然としており、どのように考えればいいのかよくわからずにいた学生達も、自分達の家で出たゴミはどのように処理されているのか、また、学校で出たゴミはきちんと処理されているのかなどについて全然知らないことに気がついたのである。

 各自治体によって、あまりに違うゴミ処理に驚いた彼らは、次のようなメッセージを残している。

・富山や石川の町に電話で聞いたら、びん・缶・プラスチックなどの処理方法が町ごとで全然違っていて驚きました。

・本当にごみは減るのかと疑問に思うこともあります。ごみが減るということは消費が減るということで、経済が停滞することになるのではないでしょうか。そんなこともふと思いました。

 イギリスのゴミ問題に関する情報をきっかけに、自分たちの周りに目を向け、環境問題を身近な問題として考えるようになった事例である。


 沖縄の少女暴行事件の時は平和に関するメッセージが出た。

 その時のティーンズに対しての知事からのメッセージがあった。


(資料2)

 昨年末、「ティーンズ ねっとわーく スペシャル」の題で放送した番組(見た人いるかな? ^^;) の中での1つの試みとして、沖縄の宮城さんが沖縄知事宛に、「高校生への平和に関するメッセージ」をインターネットで求めた事がありました。

 その返事が、今日宮城さんと番組宛に届きましたので、お知らせします。読んでみて、もう一度「戦争」について語り合った意義を考えて頂ければ幸いです。

 また、改めて宮城さん初め、この企画に参加してくれた皆さんに感謝の意を表します。               NHKスタッフ一同

知事メッセージ

 高校生向けの情報番組「ティーンズねっとわーく」を通して、宮城克志君から思いがけなくも平和に関する貴重な御意見と私に対する激励のメールをいただき、ありがとうございました。

 宮城君も御承知のとおり、沖縄県は、去る大戦において、国内で唯一、一般住民を巻き込んだ“鉄の暴風”とも形容された熾烈な地上戦の場となり、20万余の貴い生命と、かけがえのない文化遺産をことごとく失いました。

 また、県民は、想像を絶する戦火の中をさまよい、極限状況の中で戦争の悲惨さと不条理、残酷さを身を持って体験しました。

 私も、宮城君と同じ年頃に、沖縄県下の師範学校と中等学校の男子生徒によって組織された鉄血勤皇隊の一員として情報宣伝を任務とする千早隊に所属し、沖縄守備軍と緒戦から最後の局面に至るまで、行動を共にしてきました。

 その戦争で私が見たのは、恩師や学友をはじめ多くの住民や兵士の死であり、また、人間が人間でなくなってしまった兵士達の悪行の数々でありました。

 私は、任務遂行中に至近弾を受けて足を負傷しましたが、今は亡き学友達の友情に支えられ、沖縄戦を生き延びたことを片時も忘れることはできません。

 戦火を生き抜いた県民一人ひとりが身を持って体験したことは、「命(ぬち)どう宝(たから)」という人間の生命の貴さについてであり、戦争を憎み、平和を希求するとともに、互いに助け合って生きるという「沖縄のこころ」の大切さではなかったでしょうか。

 戦後50年の節目を迎えるにあたって、沖縄県では、悲惨な戦争体験を風化させることなく、その教訓を正しく次の世代に伝えるため、国籍や軍人、非軍人の区別なく、沖縄戦で亡くなられた23万余の方々のお名前を刻んだ記念碑「平和の礎(いしじ)」を建設し、戦没者の追悼と世界の恒久平和を希求する証としたところであります。

 しかしながら、このような県民の平和を志向する真摯な願いに反し、戦後、銃剣とブルドーザーで強制的に米軍に接収された広大な米軍基地がいまなお存在し、戦後50年を経た今日、国土面積のわずか0.6%にすぎない狭隘な本県に、全国の米軍専用施設の約75%が集中しています。             

 米軍基地は、沖縄の振興開発を図る上で大きな制約となっているばかりでなく、航空機騒音や実弾演習による自然破壊、米軍人による事件や事故も後を絶たず、県民生活に様々な悪影響を及ぼしており、21世紀に若者が夢と希望の持てる沖縄づくりを推進するためには、米軍基地の整理・縮小をはじめ、基地問題の解決が極めて重要な課題であります。

 沖縄県はこれまで、米軍基地が目に見える形で縮小されるよう日米両政府に強く求めてきましたが、残念ながらあまり進展はなく、むしろ、米国防総省が発表した「東アジア戦略報告」の考え方により21世紀にわたって本県の基地の固定化が懸念される状況にあります。

 このため、私は先の駐留軍用地強制使用に係る代理著名を拒否し、その後の職務執行命令裁判において米軍基地のあり方を、厳しく問いかけているところです。

  明日の平和な日本を支えるのは宮城君をはじめ若い皆さんです。

 「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります」との統一ドイツの初代大統領ワイツゼッカーの言葉もあり、「ティーンズねっとわーく」の若い皆さんが、今後とも、戦争の愚かさや平和の尊さについて学習し、その平和に対する思いが、日本のそして世界の人達の恒久平和への共通の願いとなるよう期待して、私のメッセージといたします。

沖縄県知事 大田昌秀


NHKのアーカイブスにあるようだ。調べてみて下さい。ここ


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