真理というのは、笑いを通じて語るものだ
------W・H・オーデン
僕が大学院にいた頃だから77年のことだと思う。TBSの深夜放送、「パック・イン・ミュージック」の木曜パックで珍しい芸をする人が紹介され、真夜中に下宿で笑いこけてしまった。
これが国際親善麻雀でのタモリのデビューであった。
当時、タモリは漫画家の赤塚不二夫に援助を受けているという話だった。
何でも、九州のあるホテルにピアニストの山下洋輔らが泊まり、宴会でバカ騒ぎをしていた時に、何故か当時素人だったタモリが、いつのまにか混じって踊っていた(当時、タモリは早稲田を中退してから、保険の勧誘員からボーリング場の支配人まで、あらゆる職業を転々とした)。それに気づいた一人は(坂田明らしい)、タモリに対して、訳のわからない適当な外国語で、タモリに話し掛け、タモリを試した。するとタモリは、とても流暢に外国語もどきで、反応し、一行を驚かせたという。つまり、ハナモゲラ語はこの時すでに完成していたのである。福岡に面白いヤツがいる・・・という話を山下から聞いた無類の面白いモノ好きの赤塚不二夫は、タモリを福岡から呼び寄せ、宴会の盛り上げ役に抜擢。やがて、テレビ放送された「赤塚不二夫の漫画ができるまで」という番組のクライマックスで、赤塚不二夫とパカボンのパパの結婚式シーンに牧師役としてタモリを登場させた。
その番組をたまたま見ていた黒柳徹子はあまりの面白さにすぐにテレビ局に電話をかけ「今の面白い人、いったい誰?」と赤塚に尋ねたという。2007年にタモリが徹子の部屋で麻雀芸をしてみせた。
その後、本格的にテレビに出るようになるが、NHKの「テレビファソラシド」(頼近美津子アナや永六輔が出ていた)などでの最初の使われ方はまさに噴飯ものであった。変な格好をさせて変なギャグを振っていた。サングラスがNHKで受け入れられなかったからである。
僕のテレビ・デビューも散々だったので、タモリも昔は惨めだったと慰めることにしている。
しかし、実力が認められてからのタモリの人生はご存じの通りである。
タモリのような芸をアメリカではスタンダップ・コメディstandup comedyと呼んでいる(高平哲郎に『スタンダップ・コメディの勉強』晶文社という本がある)。ジョン・ベルーシやスティーヴ・マーティン、ロビン・ウィリアムズなどを「漫談」といわないように、日本の「漫談」とは違う。
当時のタモリの芸とビートたけしに関して村松友視は名著『トニー谷、ざんす』(毎日新聞社)で次のように書いている。
実際、この頃のタモリには凄味があった。それは、しだいにメジャーになってゆくそのうしろ側に“中州産業大学タモリ教授”のもっている毒……いや、それ以前の無名時代にゴールデン街あたりで披露していた、とても全国放送することにできぬ毒の芸が透かし見えていたからだった。
ビートたけしもまた、「俺たちひょうきん族」において、ゲテの基本型たる“かぶりもの”を象徴に、お茶の間の良識に組み入れられるもんかという構えを堅持しつつ、テレビぎりぎりのギャグの連発をくり返していた。その背景にはやはり、浅草時代から培った大衆的な芸人魂による、テレビ画面への乱入という物腰が見えていた。【…】
しかし、タモリとビートたけしが、まったくちがう流儀をもっているのはたしかだ。タモリがアマチュア芸の極致とするならば、ビートたけしは大衆園芸のプロとしての芸に自らの根拠をおいているような気がする。したがって、それぞれの番組はまったくちがう趣をもっている。しかし、そのような内容に立ち入る以前に、二人の共通点というやつも見えている。
そのひとつは、タモリとビートたけしは同じような時期にゲテモノを演じていて、そのゲテモノ性に時代の風がからみつき、一躍テレビ会における時代の寵児となったという点だろう。【…】
次に、タモリもビートたけしも、タレントとしての一人芸よりも、司会役の立場でさまざまなタレントの芸と披露させる方法論に、いちはやく開眼している。
ところで、このエッセーのタイトルが「タモリの新言語学」というのは千野栄一先生に「タモリの言語学」(『言語学のたのしみ』大修館)というのがあるからだ。
先生はLPが出てからまもなく、このエッセーを書いていた。LPはその後、1と2が出て、長らく絶版だったが、CDで復刻されている。
このジャンルはアメリカでは「冗談音楽」とされ、スパイク・ジョーンズが有名で沢山のLPが出ている。「PDQバッハ」などを出しているスタン・フリーバーグなどがいる。ジャズのインプロビゼーション(即興性)から冗談が生まれたのであり、日本ではフランキー堺や植木等、谷啓などはこの系列に入るし、何よりもクレイジー・キャッツが出たり、ドリフターズが生まれる土壌となっている。
このエッセーではチェコの文学者チャペックの「指揮者カリナの話」をも引用して結論を引き出している。タモリ自身を扱ったエッセーではなく、タモリを触媒にして言語外の事象の大切さを説いたものだ。
□ 結論は次のとおりである。
伝達が語の意味だけで行われるものではないこと、イントネーションや語の音色などによってもかなりの伝達が可能であること、しかし、それでもまだ精確な伝達には不十分であること(タモリの場合には周到な状況設定がなされている)、精確な伝達には語の意味を理解することが、どうしても必要であること。
さて、ここからが今回の僕の本論である。
タモリは場面設定が実に見事である。高平哲郎などは「タモリの『昼の憩い』を聞いてしまうと、タクシーのラジオから流れる『昼の憩い』を冷静に聞き流していられなくなる」ともいう。
しかし、場面設定だけがタモリの真骨頂ではない。
タモリが国際親善麻雀でやっていることは似非外国語を駆使することである。
これを見ていると無茶苦茶ほどむずかしいものはないように思えてくる。
僕も言語学を専攻しているので「じゃあ、エスキモー語で10まで教えて」といわれると、どうせ覚えていないのだからといい加減な単語を順番にあげる。しかし、それらしくあげるのは結構難しいのだ。
しかも、30分後に「さっきの面白かったからもう一度言って」という人がいるから困る。
□ 4カ国語を駆使したタモリの麻雀まで、似非外国語といえるものには戦後活躍したトニー谷の「アイブラユー」などと言った「パングリッシュ」(<ジャパン+イングリッシュ)があった。トニー谷は赤塚不二夫の『おそ松くん』に出てくるイヤミのモデルだということが有名だが、トニー谷に関しては村松友視の『トニー谷、ざんす』が詳しい。
レディース・アンド・ジェントルメン……アンド・ミーチャン・ハーチャン(おとっつぁん、おっかさん)
ウィ・ハブ・ア・ナイト、今晩は、ミスター・オドール、フォロー・イン・ひきいるフロム・アメリカから、アメリカン・ナンバー・ワン・ベースボール・チーム・サンフランシスコ・シールズ、ケム・ヒヤ、来ました、ツナイト・歓迎会、オブ・ウェルカム・パーティ……
また、日本語を奇妙にねじまげた。「バッカじゃなかろうか」「おこんばんわ」「さいざんす」(上流婦人の「さいざます」のパスティーシュだった)「ネチョリンコン」などがあり、トニー谷の出現は「一つの言語的事件」(池内紀『地球の上に朝がくる・懐かしの演芸館』)だったという。「家庭の事情」といのも前からあったが、自分の言葉にしてしまった。
山藤章二は『論よりダンゴ』(岩波)で「彼のスタンスをひとことでいえば、公序良俗に対する挑戦者であり、その願望を潜在的に持つ若者には圧倒的にウケたが、広がりは無理な芸だった」という。
トニー谷の経歴は定かではないが、戦後、駐留軍の職場を転々としてボードビリアンとしてのテクニックをつかんだ。ジャズとは切っても切れない職場で育っていった。
トニー・イングリッシュ(トニングリッシュ)誕生の謎を村松は次のように語っている。
安吾の「堕ち切るまで堕ちよ」(『堕落論』)や、その比類なき範疇とはまったく流儀を異にしながら、トニー谷という芸人は、戦後という時間の中のまやかし、嘘くささというものを鋭く嗅ぎ取っていたのではなかったのか。そして、新しい時代が訪れているように見えて、実は旧態依然たる価値や秩序への復帰の空気が充満していた。あの時代の混沌たるありさまを、そのまま言語に仕立てあげるというやり方で表現した。
村上春樹の小説に「トニー滝谷」(『レキシントンの幽霊』所収)というのがある。単行本『ねじまき鳥クロニクル』でちょろっと出てきたが、文庫本では引っ込み、その後も短編になったり、中編になったりと変遷がある。
2005年に市川準監督で映画化されたが、この「トニー滝谷」の父親・滝谷省三郎の経歴はトニー谷の経歴をなぞるかのようである(春樹自身はハワイでたまたま手に入れたTシャツに“TONY TAKITANI”と書いてあってそこから想像力を拡げたという)。
トニー谷は人気の絶頂期にあった1955年7月15日、当時6歳の長男正美が営利誘拐されるという事件に遭った。犯人宮坂忠彦は7月21日に逮捕され、正美は無事解放されたが、トニー谷は被害者にもかかわらずマスメディアから袋叩きに遭い、激しいメディア不信に陥った。複雑な経歴を暴かれたうえに、自作自演だという人もいた。バッシングの理由として、犯人が犯行の動機を問われて「トニー谷の、人を小バカにした放送に反感をもった」と語っていたことがあげられる。また、米軍の占領が終わったばかりで、トニー谷流英語を操って急に裕福になった成り上がり芸人に対し、潜在的な反感を持つ者も多かったことが挙げられる。また、人気絶頂期のトニー谷は傲慢そのもので先輩への敬意に欠け、仲間から反感を持たれていたという事情もあったようだ。
つまり、「トニー滝谷」というのはこの長男の話と考えていいかもしれない。自分が誘拐されたことで生まれた父の悲しさ、喪失感が一つのテーマかもしれない。トニー谷は本当の父を亡くし、実母を病気で亡くし、空襲で妻を亡くし、喪失感だらけの男だった。子どもまで失いかけていたのに、事件が解決してから『暮しの手帖』編集長の花森安治が投げかけた言葉が次のようだった。
正美ちゃんが帰ってきて、人事ながらホッとしたね。・・・さぞ、トニーさんもうれしいだろうが、この際、貴方に考えてほしいことがある。それは、子供は正美ちゃんだけじゃないということだ。とにかく,この事件は世の親達の心をゆすぶった。正美ちゃんが無事でいてくれればいい、というのは日本中の親達の願いだった。子を持つ親なら誰一人だって、いい気味だと思ったものは、なかったと思う。それに写真でみる正美ちゃんは全くかわいい坊やだ。だが,皮肉な事には、貴方が世の子供たちにまではやらせた“さいざんす”とか“ネチョリンコン”等というあの奇妙な日本語には、実はわれわれ親たちは手を焼いていたことだ。お母さんたちの中にはトニー谷は“子供の敵”だと、極言する人も少なくなかった。因果応報というわけじゃないが、その貴方の子供が、誘拐されるとは、まことに皮肉なハメであった。正美ちゃんが見つかった直後、ポーズを頼むカメラマンに、貴方は「舞台じゃないんだ」といったそうだが、私達も、同じことを貴方にいいたいと思う。貴方が、舞台やスタジオからしゃべる、トニー・イングリッシュの数々を、子供が聞いているところは家庭であり、茶の間であって、「舞台じゃないんだ」。「三千世界に子を持った、親の心はみな一つ・・・」というのは伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)の有名な文句だが、貴方もここいらで、世の子供たちに奇妙な言葉を教えるのをひかえるのだが、今度の事件を心から心配してくれた親たちへの礼儀というものだろう。子供たちへの貴方のトニー谷の影響力があまりにも強いので、少し考えて欲しいと思うのです。ま、この事件後の初の舞台で、貴方がなにをいうか、私は期待しよう【…】 喪失感の作家・村上春樹がトニー谷を描くのはごく自然なことなのである。
□ 「ひょっこりひょうたん島」のドン・ガバチョの役をした藤村有弘の似非(えせ)外国語の芸も忘れることはできない。イタリア語バージョンの「ドルチャメンテコチャメンテ、スパゲッティナポリターナ、ゴンドラスーイスーイ、トラバトーレ、トルナラ・トッテミーロ」などは今でも有名で模倣される。
関川夏央の『本棚の忘れもの』の中の「ドン・ガバチョのように生きたい 藤村有弘的人生」(『青春と読書』集英社2001年1月号〜)に詳しくて次のように書いている。
ドン・ガバチョの声を演じた藤村有弘はニセの外国語の天才だった。のちにタモリが持ち芸にするようなことを、もっと雄大なスケールでやってみせた。英仏西独伊露などヨーロッパ諸語のほか、北京、広東、朝鮮、ヒンディーなどの各語を、みごとにそれらしく話すことができた。英語なら、たとえばイングランド語とアメリカ東部と南部、それにオーストラリアのアクセントを使いわけた。
フランス語は、藤村有弘自身が戦後間もなく、おそらく十二、三歳の頃、ダニエル・ダリュー、シャルル・ボワイエ主演の映画『うたかたの戀』を見て、その響きの美しさに感動したと告白したように、もっとも巧みに真似た言語だった。…
□ なお、似非外国語のルーツの一つはチャップリンの『独裁者』の似非ドイツ語にある。
トニー谷の「パングリッシュ」などは似非外国語であり、奇妙な日本語は似非日本語といえよう。
タモリは似非日本語を飛躍的に発展させハナモゲラ語という新しい言語を創造するという革命を起こしている(実はタモリ以前にはサックス奏者の坂田明が使っており、そちらは厳密にはハナモコシ語と呼んで区別される)。
LPの中にハナモゲラ語がいっぱい出てくる料理教室や観光案内があるから聞いてみれば面白い。例えば、「ケヘメケの中にステリキを入れて5分煮てからモモカデで味を調える」という調子である。
ハナモゲラ語全盛は大橋巨泉に始まった。彼が1969年にパイロット万年筆のCMで使ったものである。
みじかびの きゃぷりきとれば すぎちょびれ
すぎかきすらの はっぱすみふみ
(大意:短いキャップを取ってみれば、すらすら書ける?)
短歌のルーツである、万葉集はすべての歌が解釈されている訳ではない。当然、ハナモゲラ調の短歌もあることになる(第16巻3839 安部子祖父)
わが背子が犢鼻(たふさき)にする丸石(つぶれいし)の
吉野の山に氷魚(ひを)そさがれる
(大意:私の夫が褌にしている丸い石のある、吉野の山の中に鮎の稚魚がかかっている?)
落語の中にもある。「寿限無」はまさにナンセンス語だ。落語の「てれすこ」もそうだ。「てれすこ」は正体不明の魚の名前をある男が「てれすこ」と呼んで賞金をもらい、その魚の干物を「すてれんきょ」と呼んだことから嘘吐きだとされて死罪になるところを知恵で助かるという話である。【と書いたのだが、実は「てれすこ」はいい加減な言葉ではなくてこれは蘭学から来ているれっきとした実体のある語なのであった(注1)】
その後、ハナモゲラ語はピアニストの山下洋輔氏、ギタリストの渡辺香津美氏らにより昭和50年代後半から提唱・普及された。ジャズ界で流行したから、当然、ジャズ出身の大橋巨泉が「みじかび」を作ったのだ。
次のは標準的なハナモゲラ語で記述された和歌で山下洋輔著『ピアニストに手を出すな』(昭和59年・新潮社)に記載。
邁進ハチチサレ ニメルナノワケ ルレポヨヨ ナメルヘロヤレ ライエササニア
そして、これがタモリのハナモゲラ語になった。
モケサのこの状況を、ハラメヨジレマイオして考えれば、すでにケセラの方向性が、ハナモゲラの自然発生を、アカザネめいているところに、現代社会のヘケメロしたモロヘテをケサマラしているといえよう。
これと同じような文章を哲学者の著作の中に見るような気がするのは僕だけだろうか?
□ まったくついでにいっておけば、タモリやさんまのような新語をいっぱい造る人は言語学的に「言語ボス」という。例えば、中学などであだ名を付けたり、目新しい言葉を使い始める人がいるが、これである。どの集団にもいる。成績がいい人とは限らない。
柴田武(『社会言語学の課題』三省堂)によれば「言語ボス」は芝居っ気のある人、社交的であること、ユーモアの持ち主であることだというが、タモリたちにぴったりの性格である。
□ なぜ、ハナモゲラ語というのだろうか。
実は、梅毒の末期症状の患者は言語障害に陥り、意味不明の言葉を話すことから採っている。例えば、ニーチェの晩年もそうだったし、ベートーベンもそうだったと伝えられている。
ええっ?ハナモゲラの説明になってないって!
実は、この梅毒の患者は言葉が失われるだけでなく、最後には鼻が融けていってモゲるからなのである。
□ 落語にも梅毒で鼻がもげた話がある。「おかふい」と「鼻ほしい」(サゲが分かるので客向きには「口ほしい」または「口惜しい」という演目になることもある)が知られている。
「おかふい」は梅毒になった番頭がいる。その大店(おおだな)の主人が病気になり、死にそうだが、愛する女房に後家になってもてたら心配だから番頭にように鼻を取ってくれ、という。女房はその通りにするが、主人が奇跡の恢復をして、鼻のない女房が嫌いになってくる。一悶着があって、奉行所の計らいで夫も鼻をもぐことになる。こうしてよりを戻すのだが、鼻のない二人の会話は「お前がかわふい(かわいい)」「あなたがいとふい(いとしい)」などと言うのを聞いて、番頭が「こいつはおかふい(おかしい)」というサゲである。
「鼻ほしい」は梅毒で鼻がなくなった侍が川崎大師へ参詣に行く途中、馬に乗る。馬子の頭がハゲているので、「ハゲ山の前に鳥居はなけれども 後にちょんと神(髪)ぞまします」と狂歌を詠む。すると馬子が返歌をして「山々に名所旧跡多けれど 花(鼻)のないのがさみしかるらん」侍はこれに怒って家に帰る。この事を奥方へ話すと、奥方も怒って、薙刀を持って馬子に仕返しをしようとするが、夫が止める。悔しがる女房。「ちぇー、口惜しゅうござりまする」「おお、そちゃ口欲しいか、わしゃ鼻が欲しい」というサゲだ。
川柳に「鷹の名にお花お千代はきついこと」というのがある。鷹というのは夜鷹(売春婦)であり、梅毒にかかって「お鼻落ちよ」を暗示しているのである。
ルイス・フロイスはヨーロッパでは性病への感染は非常に汚らわしくて、恥ずかしいことなのに、日本の男女はよくあることだと恥じることがない、と報告している。まあ、日本人の性は乱脈を極めているとか、日本の女性には貞操観念がないとかとも愚痴っているが…。
□ ここで西洋に目を向けると、といっても梅毒の歴史はコロンブスとともにあり、キリがないのだが、ミュージカルで言えば、バーンスタインの『カンディード』(ヴォルテールの原作に様々な人が作詞をして複雑な構成になった作品)で、「ありうる世界の中の最善の世界」(ラトゥーシュ作詞)を歌い、「世界はありうる限りにおいて最も善く作られており、この世に存在するものは必ず目的がある」と楽観的な哲学者でカンディードの先生、パングロスが自分は梅毒にかかって鼻が欠けた、自分の状態は愛の行為の結果なのだと説明して「愛しい若者よ」(ウィルバー作詞)を歌う。
『オペラ座の怪人』で怪人は鼻が穿(うが)っているために骸骨のように見えることになっている。そう、鼻がないのである。つまり、梅毒のメタファーとなっている。クリスティーヌはそんな男に身を任すことはできない。
タモリと関係がないが、僕の町に語り継がれている「ハナモゲラ事件」というのを紹介する。
T家では兄と弟がとてもよく似ていて区別が付かなかった。ある時、町の若い衆で町に飲みに行った。二人とも酒を飲むと気が大きくなるクセがあった。恋人と来ている女の子にチョッカイを出して喧嘩になったのだが、相手は3人、こちらは5人なのでMさんはズラカった後の集合場所も決めて殴り合いが始まった。当然、こちらが勝って蜘蛛の子を散らしたように逃げてきた。ところが、T兄弟がなかなかこない。ずっと待っていると血だらけになって帰ってきた。事情を聞くと、相手を殴り倒してからも興奮して「かかってこい」とか挑発していたら3人がもっこりと起きあがってきて2対3で負けてしまったのだと言う。兄は鼻を殴られて曲がっており、弟は鼓膜を破られていた。
この事件以来、鼻の曲がっている方が兄ということで区別がつくようになった。
T家はその後、引っ越していったが、町の飲み会があるたびにMさんという語り部によって話されるのである。
さて、話を戻すが、これがタモリのように創造的だと芸術になる。特に詩は日常からの逸脱がテーマなので言語を「破壊」していることが多い。本人たちは「創造」だと思っているし、『不思議の国のアリス』の「かばん語」portmanteau word(『鏡の国のアリス』の「ジャバーウォックの歌」で効果的に使っていてアリスは「おかしいわ、頭のなかにはいっぱい考えが浮かぶのに、どんな考えだかはっきり言うことができないんだもの」と感想をもらす)が定着して使われるようになることもあるが…。アンドレ・ブルトンとエリュアールは『処女懐胎』で「音から意味を盗め。透けたドレスのなかにまで/いくつもの太鼓が隠されている」と書いている。
古くはフランソワ・ラブレーの『第五之書 パンタグリュエル物語』に出てくる次のような、奇妙きてれつな料理名である(eは鋭アクセント)。
Des bregizolllons, des orleginingues, des starabillatz, des cornicabots, des cornameux revestus de bize, des gerangoys, de la mopsopige, des chinfreneus...
大江健三郎の恩師である、渡辺一夫も岩波文庫の翻訳では言語をそのまま出している。
ジェイムズ・ジョイスのような文学になる。ジョイスの小説には70に近い言語が使われていて数十カ国語が駆使できないと翻訳できないともいわれている。例えば、これはジョイスの800ページにも及ぶ大作で英語圏の人間でも通読した人は稀だと言われている『フィネガンズ・ウェイク』Finnegans Wakeの最初のページには雷鳴を表す次の語が出てくる。
bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonnerronntuonnthunntrovarrhounawnskawntoohoohoordenenthurnuk!
丸谷才一によれば、次のような言語が織り込まれているという。
英語“boom”(ゴロゴロ)、ヒンドスターニー語“karak”(雷)、英語“crack (of thunder)”(雷鳴)、日本語“gorogoro”(ゴロゴロ)、日本語“kaminari”(雷)、ギリシャ語“bronte”(雷)、ギリシャ語“brontao”(落雷する)、フランス語“tonnerre”(雷)、ラテン語“tonare”(雷)、イタリア語“tuono”(雷)、古ルーマニア語“tun”(雷)、英語“thunder”(雷)、中世英語“thuner”(雷)、ポルトガル語“trovao”(雷)、スエーデン語“aska”(雷)、デンマーク語“tordenen”(雷)、イディッシュ語“dener”(雷)、ドイツ語“Donner”(雷)、アイルランド語“tormach”(雷)、北欧神話トール“Thor”(雷の神)、アイスランド“thor”(雷)
こんな風に色々な言語が使われていて、どこにもない言葉、まさにハナモゲラ語になっているのである。
上の言葉のスペルをチェックしなかったが、ジョイスだってもしかしたら、スペリングの間違いを見つけられないだろう。
河合隼雄は『ケルト巡り』(NHK出版)で次のように書いている。
ハーンが日本の生活空間に存在するものを感じ取ることができたのは、アイルランドの地で暮らした彼が持っていた感覚のおかげだろう。そこには、キリスト教的な世界観がまったく見られない。キリスト教的な世界観、のちの近代化における人間の思考に近づいていくと「幽霊なんて馬鹿らしい」となってしまうのだが、そういうアプロー チではないのである。
恐らくアイルランド以外の場所でも、キリスト教が広まる以前はみな同じ状況だったと思われる。やはり、キリスト教は強烈なものを持つ、とてつもない宗教なのだ。そのキリスト教文明が生み出したものが、世界の近代化につながっていった。「それこそが普遍的だ」と言わんばかりに。いま現代人はそれを見直そうとしているわけだが、そのときに、イギリスの一部やアイルランドに残っているものが意味を持ってくる。
アイルランドの代表的な文学者のなかで、こういったことにもっとも意識的だったのが、ジェイムズ・ジョイス(1882‐1941)だろう。
ジョイスは、いわゆる近代的な意識によって作られた文学を壊すほどの力で創作をした人だ。『フィネガンズ・ウェイク』の文章など、ひと続きになってワァーッと連なる、何とも言えない、怖いような面白さがある。
考えてみるとそれは、日本の古典文学に似ていないだろうか。
私は『源氏物語』を、誰かが「あのまま」ヨーロッパの言語に訳してくれないものだろうかと常々思っている。原文には主語などなく、句読点もない、ただダラダラと続く『源氏物語』を。私たちが読む『源氏物語』にはきちんと主語述語が補われているので、私たちはそれがもとの文章であると思い込んでしまいがちだが、もし『源氏物語』をありのままに訳せば、ジョイスの作品のようになるのではないだろうか。
いわば、そういったニュアンスのことを現代の西洋で著したのだから、ジョイスという人はたいへんな偉人なのである。
『ユリシーズ』をはじめとする彼の著作を私は研究的に読み込んだことがあるわけではないが、ああいった壮大な話は、アイルランド人であるからこそ書けたのだと思う。物語がものすごく「生きて」いる。そしてその生きた物語は、人が「生きている」ことと密着しているため、「ここで終わり」というところがなく、延々と続いていく。ジョイスの文章は、アイルランドお得意の渦巻き模様と似ているのだ。グルグルグルグルと、渦巻いて渦巻いて渦巻いていく。
ユングは、ジョイスの作品を「サナダムシのようだ」と評したことがあった。「どこからでもちょん切れるし、どこでちょん切ってもピンピンしている。頭がどこで尻尾がどこかわからないけれど、どこで切っても、それはそれで生き生きしている。けれど、全部つながっている」と。
関係なく思い出したが、つげ義春の日本漫画の名作といわれる「ねじ式」には「メメクラゲ」というのが出てくるのだけれど、これは原作で「××クラゲ」にしていたのが誤植になり、その方が感じがよく出ているというのでそのままになった(cf.「校正畏るべし」)。
日本では草野心平の「ごびらっふの独白」という蛙の独白文で「日本語訳」を付けているし、谷川俊太郎も「二十億光年の孤独」の一節に「火星人は小さな球の上で/何をしているか 僕は知らない/(或はネリリし キルルし ハララしているか)/……」などと詠っている。
『そうだ、村上さんに聞いてみよう』(朝日新聞社)で村上春樹は「母語たる日本語を頭の中で疑似外国語化して文章を構築し、それを使って小説を書こうと努めてきた」という意味は具体的にどういうことか、という大疑問126に対して次のように答えている。
僕は小説を書き始めた頃、自分の中での新しい日本語の体系みたいなのを作り上げようと思い(つまりこれまでの文芸的日本語が当然のものとしてもたれかかってきた共有価値体系をチャラにするべく)、外国語というものをかなり意識して、日本語を(言うなれば)解体したかったわけです。そこから僕なりにまっとうな日本語を作ろうとしたわけです。そのような挑戦性については、最初からかなりの確信犯だったと思います。
そのような試みは最初の『風の歌を聴け』に始まり、『ノルウェーの森』でひとつの台地的なスポットに達したと僕自身は感じていまさう。それからあとは、style-wiseから少し離れたところで、また別のクライミングにとりかかっています。そういうのが、僕の僕自身の作品観です。僕がどう考えるかとういのは、べつにどうでもいいことだと思うんですが。
□ さて、同様に櫛けずられていないふさふさとした髪の毛を『ユリシーズ』では次のように鮮やかに視覚化している(うーん)。
Her wavyavyeavyheavyeavyevyevy hair uncomb;'d
『ユリシーズ』を読み終えるマリリン・モンロー(Eve Arnoldの写真)物理学の最新キーワードにクォークquarkというのがあるが、クォーク理論でノーベル物理学賞を受賞したマレー・ゲル=マン(ゲルマンと表記されることが多い)が『フィネガンズ・ウェイク』の一節Threee quarks for Muster Markから「クォーク」を命名した。ゲル=マンは13カ国語を完璧に操り、心理学、人類学、考古学、鳥類学に造詣が深い。しかも、小説では3つだけれど隠されているクォークもあって、後に5つ発見されたのと符合しているという(今はどうなったか知らない)。
詩人もそうだが、タモリもデタラメに日本語を作っているようではあるが、日本語の規則には従っている。言語学では“rule governed creativity”と“rule changing creativity”を分ける。日本語の規則に従って無限の文を創って理解できるというのは前者であり、普段の日本語と違う日本語を創るのが後者である。ただ、後者も“rule destroying creativity”ではない。日本語の大きな枠組みにちゃんと則(のっと)っている創造性である。そうでなければ誰も理解しない「私的言語」(ウィトゲンシュタインも否定しているところだ)になってしまう。
デタラメと規則について、土屋賢二は『猫とロボットとモーツァルト』(勁草書房1998)で次のように書いている。
ここでデタラメというのは必ずしも、まったく何の規則にも従っていない、ということを意味するものではない。むしろ、「所定の」規則に従っていないことがデタラメということである。【…】
タモリがデタラメ外国語とか「だれでも弾けるチック・コリア」を演じる時も、彼はいかなる規則にも従っていないというわけではなく、筋違いの規則に従っているのである。デタラメ外国語では、その言語本来の規則には従わず、その言語特有の発音、抑揚を使いさえすればよいという、別の規則に従っているのである。「だれでも弾けるチック・コリア」というのは、ピアノの白鍵だけをデタラメに叩いて、ジャズピアニストのチック・コリアが演奏しているかのような印象を与えるものである。これも、ピアノの白鍵だけを弾くという、ジャズの規則とは無関係な規則に従っているのである。もしこれらの例で、まったく何の規則にも従わなかったとしたら、「デタラメ外国語」や「だれでも弾けるチック・コリア」は芸として成り立たず、面白くもなんともないであろう。
このように、デタラメは「所定の規則」のあるところでのみ成り立つということができる。規則が本来ありえないところでは、たとえば「デタラメにあくびする」ということが意味をなさないように、デタラメもないのである。
規則というがタモリの場合は文法的な規則ではなく、アクセントやイントネーションなどの二次的な規則にしたがっている。
□ 言語学では言語新作(neologism)というが、たとえば、ある人が急に古代語を話し始めたというのはこのような病気にかかっているのである。よく観察してみると日本人なら日本語から離れていないことが分かる。日本語の枠組みの中で滅茶苦茶を話しているのを訳が分からない人が古代語というのである。
エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』では犯人の声を聞いた人が、スペイン語だったとか、イタリア語だったとか、ロシア語だったとか言って混乱させる。それぞれが外国語だったと主張するのである。中には男性ではなく女性の声だったという人もいて大混乱する。つまり、言葉というのは音だけで聞いてはよく分からないのである。
僕も駄洒落をいうから自省しながらいうが、駄洒落を好きな人は分かりやすい駄洒落を好まなくなり、どんどん難しい駄洒落をいうようになる。これが高じると理解できる人が少なくなり、終いには自分しか理解できない言語を話すようになる。これはまさに言語新作で、病気なのである。井上ひさしは確か「意味の雪崩現象」といっていたはずだが、僕は「意味のバブル崩壊」と名付けたい。
ジョイスの翻訳で有名な柳瀬尚紀の『フィネガンズ・ウェイク』の訳を見るとfrom morning rice till nightmale, が「米晁燦(よねちょうさん)から夜子(よね)長く匂いたゆたう夕餉まで」と翻訳されている。どうしてこうなるかは、柳瀬の『辞書はジョイスフル』(新潮文庫)などを読んでほしいが、こんなのが続くと作者が病気なのか、訳者が病気なのか、読者が病気なのか分からなくなってくる。
紙一重とだけ言っておこう。ちなみにジョイスの娘ルシアは精神分裂病だった。河合隼雄は『「出会い」の不思議』(創元社)で次のように書いている。
ジェームス・ジョイスの娘ルシアは精神分裂病だったが、父親から見ればそれは大したことはなく、「新しい文学の開拓者」とさえ思えるのだった。それでもついにジョイスはルシアの診察をC・G・ユングに乞う。ユングは、ジョイスとルシアは「川底へ沈んでゆく二人の人のようである。一人は落ちこみ、一人はダイヴィングをして」と言った。潜っている人と溺れている人は、水の中にいる点では同じだが、大いに差がある。
と言っても、潜っている人も力つきて溺れるかも知れぬし、溺れかかった人も頑張って浮上してくるかも知れない。
変な創造物ということでいえば、97年には「さざえぼん」というマスコット人形が赤塚不二夫らから訴えられたが、赤塚不二夫は文句がいえない。だって「うなぎいぬ」なんて作っているから…。
森田一義がなぜタモリというか。
それは彼の出身がハナモゲラ語が好まれたジャズ界だからである。
ジャズ界の隠語は何でも逆さまにすることである。例えば、ジャズのことはズージャ、マネージャーというのはジャーマネ、ピアノはアノピとならずにヤノピとなる。JASRACを参照して以下に列挙する。
- きーがつ=楽器。
- くーきゃ=お客様。観客。
- けーさ=酒(「るーび」麦酒)。
- しゃいか=会社。
- すーべ=Bass
- たーぎ=Guitar。
- だりひ=左。反対は「ぎーみ」 (右)
- ちーた=立つ。
- ちゃんじー=中年以上の男性。おぢちゃん。複数形は「ちゃんじーず」
- ちゃんねー=(一般に若い)お姉さん。よりモダンな言い方としては「るーぎゃ」がある。
- ちゃんばー=中年以上の女性。おばちゃん。複数形は「ちゃんばーず」
- ちょうしゃ=社長
- つーけ=臀部。
- どもこ=子供。
- どりお=踊り(類義語は「すんだ」ダンス)。
- どんば=バンド、楽隊。
- なーて=Tenor。
- なおん=若い女性で「女」から。中年以上の女性は「ちゃんばー」という。
- なしは=話ねーたり=足りないこと。用例「ナーテのめんふがねーたりっす」(テナーサックスの譜面が足りません)
- ばいし=芝居の意(バンドマンの中では、ステージ上で行う演奏以外のパフォーマンスや演出全てを指す)。
- ばいや=危険なこと。
- ぱつら=ラッパ。びーく=名詞としては首の意だが、一般的には馘首。びーの=伸ばす。「なしはをびーのする」(話をのばす)というように使う。
- びーた=旅。びれし=動詞として「びれしする」と使う。感動すること(ただし、広義では痺れること全般を指す。用例「しーあがびれしする」(足が痺れる)。
- べしゃり=しゃべり(用例「今日のべしゃりはたーへ(どいひ)だなぁ」(今日の司会者は下手だなぁ)。「なしは」参照
- ぽんにち=ポンニチとカタカナで書く。
- ぼんとろ=トロンボーン。
- まっぴ=管楽器の唄口(マウスピース)
- みーの=飲酒行為を指すことが多いが、「飲む」こと全般に対しても使用する。「みーのする」(飲酒行為をしに出かけること)、「すりくをみーのする」(薬を飲用すること)などと使う。
- めんふ=譜面。楽譜
- やのぴ=piano
- らーう=裏(用例「お前、らーうがろーそーだよ」あなた、八分音符の裏が早いですよ)。「ろーそー」は「早すぎる」の意。
- らーぎゃ=出演料。仕事に対する報酬全般。
- らーと=エキストラ・プレイヤー。
- れーきゃば=キャバレー、総合社交場。「バーキャレ」ともいう。最近減った。
- れーこ=恋人、愛人(小指を立てながら言う。類義語には「じょのか」彼女)。
- ろーそー=ソロ。
僕の友達で「淑子」さんというのはみんなからシトコさんと呼ばれている。
こうした隠語はどこでも同じで、宿のある街を「ドヤ街」といったり、密告することを「口」から「チクる」といったりする現象と同じである。「ドサ回り」というのも「里」を逆さまにして更に下品に聞こえるように濁音を使ってドサとしたものである。
非行に走るという意味の「グレる」(「愚連隊」は「グレる」から来た当て字)はグレハマという言葉のグレに活用語尾をつけて動詞化したものである。このグレハマはグリハマの転でハマグリをひっくり返した言葉で、ハマグリの貝殻はぴったりと合わさるものだが、ひっくり返すとどうにも合わなくなる、物事が食い違うことを言うようになったのだ。
フランス語でも「ヴェルラン」(verlan)がある。例えば、laisse tomber (レス・トンベ)「ほっとけ」をlaisse beton(レス・ベトン)という類。そもそも「逆さ言葉」Verlan(ヴェルラン)自体が、「逆に」a l'envers (ア・ランヴェール)の「逆さ言葉」なので隠語といえるので、『仏和大辞典』(白水社)にも出てこない。
フロイトはこの「逆転」を夢の順序そのものに適用した。「夢の中で諸要素の順序が全部あべこべになっているために、解釈をして意味を探り出すには、最後の要素を最初に、最初の要素を最後に取り上げなければならない夢があります。【…】夢の作業のこれらの特徴は、太古的なものと称してさしつかえないでしょう。そうした特徴は、古代の表現体系、言語および文字にも同じように認められます」と『精神分析入門』の「夢判断」で書いている。
□ これらは人為的に逆さまにしたものであるが、自然に順序が変わって現代語になったものがいくつかある。
「新しい」はよく知られているように「新たしき」から来ている。
「さざんか」は文字で残っているように「山茶花」が変わったものである(サザンカの漢名は「茶梅」だと牧野富太郎は書いている)。これらは音韻転倒(メタテーゼmetathesis)と呼ばれる自然な現象である(正確にいうと中国では「山茶」がツバキ、「茶梅」がサザンカだった)。
他にも「だらしない」は「不しだら」の意味の「しだらない」を江戸っ子が逆さまにしたものである。
英語でもbridがbirdになったように多い。
□ 『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』の中でハリソン・フォードがクアン少年に「ずらかれ!」という意味で“amscray”という。これもピッグ・ラテンで“scram”から作られたものである。今は使われることはあまりないようだが、『インディ・ジョーンズ』の設定である1930年代を表すために使っている。
ピッグ・ラテンというのは英語の言葉遊びで音を転倒させるものである。各語の最初の子音・子音群を語尾に回し、さらに[ei]の音を付け加える;“boy””を “oybay”“Speak Pig Latin”を“Eakspay igpay atinlay ”などといって一種の暗号にして遊ぶものである。
ジャズ界の人々が「ズージャ」というのと、子どもたちの心理とあまり違わなかったりする。
さて、タモリのLPの中に「日本ジャズ界の変遷」というのがある。 これは断ってはいないが、バースタイン(バーンスティンの方が正しい発音だと土田滋先生に教えられたことがある)のWhat is JazzというLPのパロディである。
バーンスタインは指揮者としても作曲家としても有名だが、教育者としても有名で母校のハーバード大学でチョムスキーに触発されて音楽と言語学について講義したこともある。
さて、このWhat is Jazzはジャズが決して難しい音楽でも、アフリカの民族音楽でもなく、クラシックと同様に鑑賞に堪えうるものだということを強調している。
考えてみれば、日本人がありがたがって聞いているクラシックも西ヨーロッパの、ある時代の、民族音楽でしかない。これだけが総てと考えてはいけない。
アフリカでは半音どころではなく、4分の1音quarter toneというのがあって、これをジャズではブルーノートとして縦のものを横の変化に置き換えて再現した。ここの説明の部分でバーンスタインは自分で歌って見せ、「音痴ではなくて、これが4分の1音」と説明している。
このようなバーンスタインの説明をタモリの「日本ジャズ界の変遷」は自分の出身がジャズ界であることを賛美するように、面白おかしくパロディにしているのである。
蛇足ながら、アフリカ音楽でもう一つ忘れてはいけないのはトーキング・ドラムtalking drumである。アフリカの古い映画を見ていると原住民が太鼓で連絡し合っている場面が出てくるが、この太鼓はモールス信号のような暗号ではない。言葉をそのまま送っているのだ。つまり、アフリカの音調言語tone languageでは、音の高さを流すだけで意味が分かるのである。日本語でも「こんにちは」というのをアクセントだけでいえば、コンテクストから分かるが、アフリカのある種の言語ではこれがもっと効率的に行える。だから、合図の太鼓ではなくて、言葉そのものを話しているのだ。
こうした言葉と太鼓との密接な関係からアフリカ音楽が生まれ、ジャズが生まれた。
そして、ジャズからハナモゲラ語が生まれ、巨泉が生まれ、タモリが生まれた。
タモリが寺山修司や竹村健一を真似るのは声帯でも形態でもなく、思想を模写しているともいわれた。
筒井康隆は「奇人タモリの演じる文化人たちの物真似が受けるのは、何を言っているのかわからないことは本物とまったく同じでありながら、何よりも本物より面白いことだけははっきりしているからである」と述べている。
タモリは思想模写から始まって疑似思想まで作り始めていた。寺山や竹村の「思想」のようなものを再現しているのだ。ところが、そうした本家の思想というのがそれじたい、「思想のようなもの」なのであるから、裏の裏は表になっているところがある。これほど徹底した批判もないのである。
高邁な議論を茶化すことによって真実を得る。早稲田で哲学に挫折したというタモリならではの芸といっては誉めすぎだろうか。
【初出1985年】
注1 つまり、その男は遺言で「今後はイカの干物をスルメと呼んではならない」といって死刑を免れるのである。ところが、このテレスコは「テレスコープ」で「すてれんきょ」はSTEREN(英語のSTAR) MIRRORというオランダ語から来ているという。同じものの別名を利用した落語なのだが、落語を知るには蘭学を学ばなければならない。
宇井無愁の『落語のふるさと』(中公新書)によれば、「てれすこ」の原典は『醒酔笑』巻之六「うそつき」の第二話だそうだ。こちらでは「ほほらほ」と「くくらく」になっていた。
※参考文献
筒井康隆他 『定本ハナモゲラの研究』(講談社)
タモリ・松岡正剛『コトバ・インターフェース』(ダイワアート)
山下洋輔 『ピアニストにご用心!』(新潮文庫)
『ピアニストに手を出すな!』(新潮文庫)
『ピアノ弾きよじれ旅』(徳間文庫)
小山彰太 『叩いて 歌って ハナモゲラ』(講談社)■タモリの総合ホームページへ ■半疑問形の基礎知識(タモリが命名)
※全くどうでもいいことなのだが、2005年10月からレギュラー番組になった「タモリのジャポニカロゴス」は噴飯ものである。別に町田健氏や金田一秀穂氏はよく間違ったことを放送していると感心する。タモリが可愛そうという気がする。