金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


エンペドクレスのサンダル(自殺を考える)

カミソリだと痛いし,
川に入るとビショ濡れになるし、
青酸カリだと発疹が出ちゃうし、
麻薬だと痙攣するだろ。
ピストルは法律で禁止されてるし、
ヒモだとゆるんじゃうし、
ガスだとひどいにおいがするし、
生きてるほうがましなんじゃないの。
   ---ドロシー・パーカー(米詩人・小説家) 

いちばんつまらない人間だって
結構、偉大なものさ---

そいつを愛するのにも、人間の一生じゃとても短すぎる
   ---長田弘「旧師の死」

きれい好きな掃除女のぬれ雑巾のやうに、「時」は、すぐさま
僕らのしたあとを拭(ぬぐ)いとる。
   ---金子光晴『非情』

Suavis laborum est praeteritorum memoria.
(過ぎし日の苦労の想い出は楽しい)

 星野富弘 「幸せ」(『鈴』)
 
 【…】
 辛いという字がある
 もう少しで
 幸せに 
 なれそうな字である

 三人目の相手は大学の図書館で知り合った仏文科の女子学生だったが、彼女は翌年の春休みにテニス・コートの脇にあるみすぼらしい雑木林の中で首を吊って死んだ。彼女の死体は新学期が始まるまで誰にも気づかれず、まるまる二週間風に吹かれてぶら下がっていた。今では日が暮れると誰もその林には近づかない。
     -----村上春樹『風の歌を聴け』

「私はとても平凡な人間です。いや、平凡以下です。【…】ひどい人生です。ただ寝て起きて飯を食って糞をしているだけです。何のために生きているのか、その理由もよくわからない。そんな人間がどうして東京を救わなければならないのでしょう?」
「片桐さん」とかえるくんは神妙な声で言った。「あなたのような人にしか東京は救えないのです。そしてあなたのような人のために僕は東京を救おうとしているのです」
     -----村上春樹「かえるくん、東京を救う」『神の子どもたちはみな踊る』


「ねえ、エンペドクレスのサンダルの話知ってる?」

と、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』の冒頭の電話で女の子が主人公に語る場面がある。

 シチリア島生まれの哲学者、エンペドクレス(紀元前493頃-433頃)はエトナ山の火口から投身自殺したといわれている。「万物は地・水・火・風の4つの元素からなり、愛や憎しみによって結合・分離する」と説いた。ニーチェはエンペドクレスのことを「医師と魔術師、詩人と雄弁家、神と人、学者と芸術家、政治家と僧侶」のいずれとも決めかねる中間的人間、活動的人間としているそうだ。

 彼女、名前を言い忘れたが由美はエンペドクレスが「世界で初めて、純粋に形而上的な悩みから、ヴェスヴィオスの火口に、サンダルをそろえて脱いで」自殺したと信じ込んでいるのだ。

「素敵ね、エンペドクレスって」

 96年2月15日、最近かかったことのない、Tさんから電話がかかってきた。上越教育大の先生をしていたF君が自殺したらしいという。確かめる方法はないか、というので上越教育大の夜間受付に電話をかけて真偽を確かめる。「亡くなられたことは確かで通夜は明日〜」という話でびっくりしてしまった。理由を聞くと「それは何も知らされていない」とのことだった。

 彼は高岡高校出身で東京教育大文学部の言語学科を出てから教育学部の湊吉正先生のところに行き(教育学部は閉学が一年遅れだったので)、博士課程は筑波大へ「移管」された。その後、国立国語研究所や上越教育大を経て92年に富山大、その後再び上越に戻った。日本語教育で論文や指導書もいっぱりあり、言語学的な素養のある日本語学者が少ない中で有名だった。発表や論文やプロジェクトなどでいつも忙しそうにしていた。

 僕より一つ下であるが、僕らの世代では最も出世した人間である。他にも大学の先生になった人は多いが、彼ほど活躍はしていない(ように思える。ゴメン)。

 年が明けてから大学に出てこなかったというが、職場の誰も心配しなかったのだろうか。適切な処置が取られたのだろうか。もっと早く対処できなかったのか、と慚愧の念にかられるが、それは周りの人を傷つけるだけだろう。

※後に聞いたところでは警戒していたのに、外出したちょっとの間だったという。二人の子どもを残しての死だった。

 F君の自殺があってから上京した折に、友達どうし会っておかなければならないと言うことでガールフレンドのTさんとNさんに会った。二人とも会うのは僕の結婚式以来である。

 真っ昼間から新宿のライオンで飲み始めた。

 よもやま話に花が咲いて、Tさんが最後にポツンといった。

「潰れることが分かっている大学に入るなんて馬鹿だったわ」


 西江雅之先生が「僕の周りには自殺者が多いから、あまり私とつきあわない方がいいですよ」と話してくれたことがあった。ちょうど、そのころ、池袋のサンシャインが建設中で、このビルから飛び降りた知人がいて遺書が届いたのだと言う。

 僕自身、当時は就職は決まらないし、大学は潰れるしで死にそうな雰囲気があったからそんな話になったのだと思う。

 先生は「一番いいのは腹上死ですよ」と笑っていた。

 腹上死というのが民族共通の憧れなのかどうか聞きそびれてしまった。後で、ブルース・リーの「謎の死」がどうやら腹上死だということを聞いた。「燃えよ、ドラゴン」だったのだ(『死亡遊戯』で共演予定の女優、ベティ・ティンペイの香港の自宅で頭痛を訴えて亡くなったから)。

 あれから20年。

 年を取ってくるとともに、僕の周りにも自殺者が多くなってしまった。村上春樹の『風の歌を聴け』を初めて読んだ時、どれだけの死者が出てくるものかと思った。『ノルウェイの森』を読んだ時はその多さにメマイした。それが他人事のようではなくなってきている。

 誰かが亡くなった、と聞いたらまず自殺を疑ってみるようになってしまった。

 これ以上、寂しい思いをしたくない。

 自殺というのを初めて耳にしたのは親戚の女の子で、東京女子大かどこかに通っていたのに自殺したという。姉がお下がりの服をもらってきていた。とても上品な服で、子供なりに親の気持ちがよく分かった。

 大学に入った最初のオリエンテーションで保健関係の教授が出てきて「合格おめでとうといいたいのだけれど、必ず、この中に自殺者が出る。困ったことがあったら南京虫の悩みでも何でもいいから訪ねてきてほしい」と話した。

 大人になってから最初に自殺をしたのはNという、高校の時の番長だった。21位の時に、独立したかったが、親と兄に反対されて自殺したという記事が載っていた。

 気にくわない奴は平気で殴って血を流す男で、とてもそんなことで悩むようには見えなかった。結婚で悩んでいたともいう。

 次に自殺したのはIという、僕の家の前の幼なじみが交通事故で亡くなってから数年後、急にお墓参りをしたいといってきて、案内すると花束を飾って手厚くお参りして帰っていったという。その数日後、他県でクルマで自殺しているのが発見された。

 東京教育大がなくなる直前に女子寮で焼身自殺した人がいた。でも、時期的にスキャンダラスになるのでマスコミにお願いしてもみ消したといわれている。

 父親が定年になってから勤めていた製材会社がある。ここの社長は海洋少年団の団長をしていたが、海王丸が初めて富山にくる直前に急死した。

 奥さんが一生懸命仕事を継いだが、思わぬ借金もあって難しい様子だった。息子さんはハンディキャップをもっていたのだが、ある日、仕事を手伝うといって製材の機械に挟まれて亡くなってしまった。周りから危険だから近づくなといわれていた。事故死だと思うが、そうではないという人もいる。真相は分からないが、いずれにしても覚悟があったようにみえる。

 小さな町にも心中があった。お嫁さんと義理の弟が下宿しているうちに恋仲になり、二人で無理心中を図った。男は死にきれなかった。残された子供たちが実に不憫だった。半年後くらいにひっそりと引っ越していった。

 他にも色々な自殺があったが、近所のことはこれ以上書けそうにない。

 母親は長い間、市の食生活改善協議会の会長をしていたが、この頃、Iという人が毎日にように電話をかけてきた。あちらはお金をもらって働く公務員ながら仕事を母親に押しつけていた。新婚直後の妻が嫌気がさすくらい毎日かかってきた。母親が会長を辞めてから数年後、その職場にもパソコンが入ってきた。これによるテクノストレス(?)で職場を辞め、富山新港に身投げした。

 富山新港は松本清張原作、桃井かおり、岩下志麻主演の映画『疑惑』の舞台となって以来、クルマによる自殺のメッカになってしまった(今は厳重に柵が施されている)。清張『ゼロの焦点』で能登金剛が自殺の名所となったこともあった。

 人は生まれる時もそうだが、死ぬ時も神話がほしいものらしい。

 非常勤のドイツ語の講師が自殺したこともあった。これも詳しいことは分からないし、事故かもしれないのだが、離婚などがあって行き詰まってしまったらしい。うちの学生の授業態度も悪かったのかもしれない。現在と違って当時は勉強が嫌いな学生が多かった。少なくともサンダルを揃えるくらいのことはしていると思う。

 先生は東大の理学部物理学科卒でその後、文学部も出ているという才媛だった。ただ、お父さんとお母さんが様子がおかしいというので見に行ったら、いきなりガスが爆発したという。全国版の記事には電線が衝撃で切れたと書いてあった。

 その直前に学校の紀要に論文を載せたいというので(単独では載せられないので)名前を貸してあげるという話をしていたところだった。

 鬱状態になっていたらしいが、鬱だと死ぬ元気もないそうだ。危ないのは鬱から立ち直って躁への変わり目に多いという。


 自殺が出てくる映画はいっぱいある。自殺しようとしてお父さんに押し止められる『にんじん』をはじめ、民族共通だと思う。いい映画だけを抜き出すと…

 日本映画では今井正監督の『キクとイサム』で黒人との混血であるキクがイジメから自殺しようとして失敗。ちょうど初潮を迎える。

 『祭りの準備』では愛人のヒロポン中毒が子供に移って正気になったために捨てられたおじいさんが自殺をする。実にもの悲しい自殺だ。

 A・ヘップバーンの2作目『麗しのサブリナ』では自動車運転手の娘であるサブリナがガス欠自殺をしようとする。その後、パリへ行ってお嬢さんになって帰ってきて上流階級の人をあっと驚かすのだ。

 『ラブド・ワン』ではおじさんと絶望したヒロインが新聞の身の上相談の解答通りに自殺する。

 『さらば青春の光』では主人公が白い崖(イングランドのことを詩でアルビオンというが「白い」から)からオートバイごと落ちて死ぬ。

 もっとも救いようのない自殺は第二次世界大戦直後のドイツを舞台にしている『ドイツ零年』(ロッセりーニ監督)の少年である。ベルリンは空襲のためそこは凄まじいばかりの廃墟になっていて、人々は建物の瓦礫の間で辛うじて生きている。

 主人公のエドムンド少年は廃墟のなかでぎりぎりの貧困生活をおくる一家の末っ子。父親は病気で、姉は売春をしている。兄は連合国に捕まることを恐れて働けないため、彼自身が学校にも行かずに一家の生活費を稼がなければならない。彼なりにあらゆる金儲けを試みてみても、なかなかうまくいかない。誰もが必死に生き延びようとして他人を出し抜くことばかり考えている厳しい状況が広がっていて、子供が入り込む余地などない。

 そんなある日、彼はかつて小学校で教わっていたナチスの先生に出会う。この先生は生存競争に敗れた弱者など生きる資格がないのだから始未してしまえば良い、といったナチス思想を少年に吹き込む。

 エドムンドは病床に臥せって家族に迷惑をかけていることに悩んでいる父親を毒殺してしまう。犯行後、先生は責任が自分に及ぶのを恐れて逃げ、どうすればいいのか分からなくなった少年は家の向かいの建物から飛び下り自殺して、映画は終わる。

 最も不条理で悲劇的な自殺はフェリーニの『甘い生活』(「パパラッチ」という言葉はこの映画に由来)にある。この映画で主人公のマルチェロ(マストロヤンニ)がただ一人頼れると思っていた作家スタイナーという作家が知的で静かな生活をしていてマルチェロに作家への志を思い起こすのだが、ある日、可愛い子供らを殺して自殺する。

 マルチェロはショックを受けてやけくそになって乱痴気パーティを開くのだが、翌朝、海岸で怪魚の死体を見つける(キリスト教で魚はキリストのシンボルなので、バチカンで大きな物議をかもした)。

 向こう岸に天使のような女の子がいて、マルチェロがたどり着けずに映画は終わる。

 『ローマの休日』で王女を案内する新聞記者(グレゴリー・ペック)がいう。

“Well, life isn't always what one likes, is it?”(人生って、思いどおりにいかない。そうだろう?)


 学生の自殺は悲しい。書くかどうか迷ったが書くことにする。この部分は飛ばしてほしい。

 20年近く前になるが、実は僕のクラスの学生が一人亡くなっている。2年生の時の夏休みだ。クラブの合宿で岐阜の家から帰る前日だった。遺書もなく、いろいろと調査したけれど学校で悩んでいるという様子はなかった。

 葬儀は淡々と行われていた。妹さんが一人残された。

 遺書がないというのは残酷である。親は何で自殺したのか分からず嘆くばかりである。四十九日に再び訪れた時に、立派なお墓ができていた。何でも生前にした会話の中で「やっぱり黒いお墓がいい」と漏らしていたからだという。高校生がそんな会話を普通するわけもないから何か気づくべきだったのかもしれない。「石に布団は着せられず」というのは父母の死後に、生前の不孝、親を邪険に扱ったことなどを悔いても遅いということわざだが、親の気持ちを考えると、こうやって書いている今も泣きたくなってくる。教師として何か手だてがなかったのか、調査が足りなかったのではないかという気持ちになってくる。

 何かサインがあったはずだ、といわれても心当たりはない。一度、みんなの前で眼鏡を逆さまにして笑いを取っていたことがあったが、これがサインだったのだろうか。イジメに遭うタイプではなかったし、(僕らの前では)明るかったから、分からなかった。

 親でも分からなかったのだ。

 と慰めることにしている。

 冒頭のF君の自殺にしても奥さんだって本当の病状は解らなかったのではないかと思う。

 もちろん、自分を慰めているだけでいいのか、という非難もあるだろう。

 生きる力をつける教育というのが叫ばれているが、授業でいくら命の大切さを話してもダメだと思う。

 家庭や学校や社会が全体に取り組まなければできないことだ。

 教師はどこかで学生を傷つけているかもしれないし、救っているかもしれない。

 それは人間である限り、起こりうることだ。

 もっといえば、学生の自殺は教師のせいだと考えること自体、教育というものを間違えて考えているのである。

 もう一人、他のクラスの学生が自殺している。これはちょうどE先生が新婚旅行中で僕が当直に入っていた日だった。朝の点検に出てこないので別の当直のN先生が部屋に入ったら自殺していた。同室の学生も気づかなかった。

 遺書はあったが、公開されてないのではっきりとは分からない。「ありがとう」とも書いてあったらしい。厳しい父親の許で育ったらしいが、父親と確執があったらしく父親も心配していた矢先だった。


 ただ、この時に宗教上の理由からお参りを一切しなかった先生(すでに転任)がいたのにも驚いた。

 キリスト教が自殺を禁じているのは有名である。例えば『ハムレット』の第一独白は次のように始まっている。

ああ、このあまりにも硬い肉体が、
崩れ溶けて消えてはくれぬものか!
せめて自殺を罪として禁じたもう
神の掟がなければ。
ああ。どうすればいい!

 ただ、キリスト教にあっても、辱しめにあった場合の女性の自殺はかなり問題になったことがある。

 ユダヤ教のタルムードやイスラム教のコーランでも罪悪として厳しく禁止している。

 僕が世界を初めて意識したのはベトナム戦争中に僧侶が抗議の焼身自殺をした時であるが、仏教は認めているようだ。

 ヒンドゥー教では自己を解放する手段として讃えられており、夫への後追い自殺は称賛の対象だったという。

 村上春樹は「神の子どもたちはみな踊る」の中で次のように書いている。

 フョードル・ドストエフスキーは神に見捨てられた人々をこのうえなく優しく描き出しました。神を作り出した人間が、その神に見捨てられるという凄絶なパラドックスの中に、彼は人間存在の尊さを見いだしたのです。

 社会学者エミール・デュルケムは言語学者ソシュールに大きな影響を与えた人だが、社会学の古典になっている『自殺論』を書いている。これは自殺というのは個人的で私的な行為なのだが、統計を取ってみると規則性をもった現象であることを発見した。

 例えば、北の国に自殺者が多く、南の国は少ない。深刻な顔をしたイタリア人なんて変だ(とデュルケムは言ってない)。

 大家族の家には自殺者が少ない。ひとり暮らしが一番自殺しやすい。大家族で一緒に暮らすには一緒にいることの理由付けが必要だから「家族の物語」という形で語られることになる。ちょうど国造りの伝説のように何度も語られ、同じ家族であることをことあるごとに確認する。こういう共同体に含まれている人間は孤立感を感じることが少なくて、自殺が少ない。

 カトリックやユダヤ教の信者が多い地域に比べて、プロテスタント諸派の信者が多い地域で自殺率が高い。教義の問題ではなく、個人と教会の関係にあると考えた。プロテスタントでは前2者に比べて、教会の権威が相対的に軽く、個人の判断が優先される。その結果、プロテスタントは集団から切り離され、個人の自由や自律と引き替えに所属や結びつきを失う。つまり、個人を超えた土台を失うことになり、死の誘惑が襲った時に一人で立ち向かわなくてはならなくなる。しかし、集団の支えなしに個人というものはいきる力を持ち続けることはできず、個人主義化の極端な進行が自殺への防波堤を破壊するとデュルケムは考え、「自己本位型自殺」と呼んだ。

 また、予想と違って豊かになると自殺が増えることにもデュルケムは着目した。人間の欲望は実現可能な範囲に抑え込まれていて、これが目標に対する努力の原動力となる。ところが、急激に豊かになった場合、欲望を抑え込んでいた社会的な規範や伝統的な道徳意識などの重石がとれてしまう。欲望が肥大化すると、豊かであるにもかかわらず、絶えず欲求不満に苦しめられ、一度、死の誘惑が生じると抵抗できなくなる。これをデュルケムは「アノミー(無規範)的自殺」と呼んだ。「アノミー」(anomie)というのは目標や目的の喪失感のことで、近代化が進んだ社会に起きるものである。

 ただ、今の日本の社会で増えているのは後者なのだが、中高年に多いのは別の理由があると思う。勝手に名付けるが「保険金型自殺」とでもいうべきもので、保険の多くが一定の期間を過ぎていると、支払われるので、これを狙って自殺する中高年が多いのである。

 フィンランドは人口10万人当たりの自殺者数を表す自殺率が1990年には30を超えていたが、総合的な予防対策を十年以上続けることで、30%減に成功した。WHO(世界保健機関)は「自殺は、その多くが防ぐことのできる社会的な問題」と定義づけているが、それを証明している。

 自殺というのは文化である。特にこれを感じるのは日本文化の象徴である「心中」である。一緒に添い遂げるという気持ちは他の文化ではあまり(ないとはいえない)聞かない。ロミオとジュリエットにしても「心中」したのではない。話がもつれて別々に死んでしまったのである。

 「心中」について池内紀が『生きかた名人』(集英社)の中で次のように書いている。

 心中は外国語にならない。どうもそのようだ。英語にくわしい人にたずねると、少し考えてから「ダブル・スウィサイド」と言った。ダブルベッドと同じで、二人用の自殺。ドイツ語でも同様で、「二重の自殺」といった意味の味けない言葉をあてる。

 あるとき、ウィーンの映画博物館で日本映画の特集があった。誰の作だったか忘れたが、有名な心中事件をとりあげていた。セリフは全部、ドイツ語の吹き替えになっている。お子おtが女を死に誘い、女が同意した。
「二人して幸せに死のうよ」
 とたんにホールのどこかで一人がプッと吹き出した。そのあとはもうメチャメチャ。死を決めた二人が改めて愛を誓い合い、思い入れたっぷりなセリフを口にするたびに笑いが起きた。

 青い目には悲劇が喜劇に見えたのだ。愛している、だから死のう---その非論理性がノンセンスそのものに思えたらしい。それに自殺という、きわめて個人的な行為を、まるでハイキングの日取りを決めるように誘い合って決めるところが、、なんともおかしい。そのあともホールは笑いにつつまれていた。ひとたび喜劇に見えると、もう悲劇にもどれない。スクリーンの二人が深刻な顔で語れば語るほど、ますますおかしさがこみあげてくる。涙をしぼらせるはずの映画が腹の皮をよじらせて終了した。


 英語でEasy Way Outという言葉がある。OutとかGreat Outとは「死」のこと。take the easy way out「楽な出口を見つける」とは「命を絶つ」ことである。

 楽な出口かどうかは生き残っている僕には分からない。

 残された家族や友人や知人のことを考えれば楽ではないことは確かなのに、全ての人から取り残されているように感じてしまうのかもしれない。

 また、英語にeasy accessという言葉があるが、簡単に得られるものは簡単に手からこぼれ落ちてしまう。苦しい労働の後に、豊かな実りがあり、感謝の祭りあって、祈りがある。

 今の子供たちには苦しみをもって得るものがどれだけ残っているだろうか?どれだけ大人として見せることができるだろうか?

 故郷でくすぶっている僕の方が生き残っている。

 業績なんかなくても、身近な生活が充実していなくても、おめおめと生きていた方がいい。

 ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の中で、オデュッセウスが生きながら黄泉の国に降りて行く話がある。ここで今は亡き盟友アキレウスに出会う。使者たちは黄泉の国で影のような生活をしているのだが、オデュッセウスはアキレウスを慰めて、黄泉の国でも王者然としていると言うのだが、アキレウスはこれに答えて「死んで死者の王者であるよりも、生きて農奴である方がましだ」と反論する。

 名誉に死ぬより、不名誉に生きる方がいい。

 潔く死ぬよりもぐずぐずと生きていることが大切だ。惰性で生きて何が悪い。

 惰性の中にわずかの光明さえ見えれば生き続けることができる。

 その光明から目をそらしてはいけない。どこかに見えるはずである。

 サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の中でホールデンのアントリーニ先生がウィルヘルム・シュテーケル(フロイトの一番弟子)という精神分析学者の言葉を引用している。

未熟な人間の特徴は、ことにあたって高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、ことにあたって卑屈な生を選ぼうとする点にある。

 生きるだけで、それだけで立派なことなのである。

 ベストワンよりもオンリーワンの人生を送ろう。オンリーワンといってもSMAPみたいに目立つことはないからね。

 もう解決法がみえないと思っているかもしれない。しかし、どこかにあるはずだ。生きていれば必ず見つけることができる。

 森鴎外は子どもにどんなに面倒なことでも、一つひとつ片づけていけば必ず解決すると教えたそうだ。糸が絡んでなかなか解けない時も、一挙にほどこうとしてはしてはいけない。端の方から少しずつほぐしていけばいい、と。

 僕らはこんぐらがった糸のかたまりを見ると、パニックして、やたらにひっぱったりして、よけいに解けなくなる。仕事がどっさりある。何から手をつけてよいか分からなくなる。でも、もう一度、最初から考えてみたり、問題点を整理すると分かりやすくなる。

 “Festina Lente”(ゆっくり急げ)なのである。

 ネットで何かを読むより、ちゃんと読書しよう。買わなくてもいい。図書館で自分の感性に合った本を見つけてくればいいのだ。

 『ザ・ベストセラー』(文春文庫)のオリヴィア・ゴールドスミスは「読書は自分自身の経験の限界を超え、他者の経験に深くかかわる唯一の方法なのだ」と書いた。読書の中で、もし自分とよく似た人と出会うことがあるとすれば幸いだ。その瞬間、読者は自分が決して孤独ではないこと、この心の闇を抱えているのは自分ひとりだけでない、ということを理屈抜きで悟ることができる。それは同時に、自分自身の再認識であり、またそれまでの生き方を確認する作業にもなる。本の中の主人公であれ、作者であれ、共感できる人が見つかるはずだ。

 自分が孤独ではない、多くの人に愛されている、というのは生きているうちにはなかなか実感できない。それどころか、逆に思ってしまう。みんな敵で、自分を嫌っていると思っているかもしれない。皮肉なことに自分が愛されていたことが本当に分かるのはお葬式の時だけだ。そして、その時には愛されていることを知る由もないのである。

 もっといろいろな人に愛されているはずだ。心を広げれば、きっと受け止めてくれる人がいっぱいいる。

 嫌な人間に出会うこともあるだろう。思わぬ人からひどい言葉を投げつけられることもあるだろう。画家のロートレックは「人間は醜い。されど人生は美しい」と言って死んでいった。今は辛いかもしれないが、いつか人生で輝くことがあるし、美しくなくたって人生というのは価値があるものだ。他人の人生の美醜など、はた目には分からないのだ。自分自身の人生を生きることが大切なのだ。

 人妻との恋に破れた青年の苦悩を描くゲーテの『若きウェルテルの悩み』はゲーテの実体験がもとになっていた。違うのは、ウェルテルが短銃自殺をとげる点だ。ゲーテ自身はこの作品を書き終え、ざんげをして生まれ変わったような気持ちだったという。いわばウェルテルは身代わりだったのだ。そんな風に悩みを昇華することも大切だ。音楽に走ってもいい、別の趣味に走ってもいいだろう。

 ただ不幸なことに、この作品が世に出るや、ウェルテルの服装までまねた青年の自殺が欧州各地で相次いだ。おかげで著名人が自殺した際に続発する後追い自殺を「ウェルテル効果」と呼ぶようになった。でも、人をまねて死ななくてもいいじゃないかと思う。

 ゲーテは『ファウスト』第2部で「人間、三十歳を過ぎたら、もはや死んだも同然だ」という。どうせ死んでいるんだからわざわざ自殺することもない。エッカーマン『ゲーテとの対話』で語っているように、それまでの75年の人生のうち、本当に幸福な時は4週間しかなかったという。でも、その4週間のためにも生きる価値ってものがあるんじゃないだろうか。

 孤独を猛烈に感じる瞬間がある。独身だと年末年始が厳しい。「紅白歌合戦」などつまらないと思いながら、一人で見ていると寂寥感が募ってくる。街へ出ても誰も知った人はいない。

 むかしは数えで年齢を数えたので、若くない人間には正月は辛い。今の人だけではない。紫式部も次のような歌を残している。

年暮れてわがよふけゆく風の音にこころのうちのすさまじきかな
  (年が暮れ、夜も私もふけていき、折からの風の音を聴くと、心の中の何て寒々とわびしいことよ)

 夫を失ってから年の暮れに若い女房たちがはしゃいでいると気が滅入るというのだ。『源氏物語』を書き、才能を認められている紫式部でさえも、孤独感にさいなまれるのである。ライバルだった和泉式部にも大晦日の歌がある。

     しはすのつごもり(大晦日)の夜
なき人のくる夜(よ)と聞けどきみもなしわがすむ宿やたまなきの里
   (亡くしたばかりの相愛の人、敦道親王の魂の訪れを待っていたのに、おいでにならない。ここは魂のない里か)

 誰もが最初から目標が、天職(天職というのは既に死語で、むしろ、マルチ人間を目指すべきかもしれない)が見つかることはない。

 ある人は大学に入って中学などで数学を教えていたが、そのうち全く別の分野に進んだ。そして、大学当時を述懐している。

 無気力学生という言葉があるが、確かに大学生のなかには、まったく何もする気がしない、何をしても無駄だ、というわけで下宿に閉じこもって全然大学に出て来ない学生がいる。あるいは、アルバイトなどはよくやっているのだが、ともかく大学に出てきて勉強して卒業する気はさらさらないというタイプの学生もいる。別に悪いことや困ったことをするわけではないが、ともかく意欲がないのだから始末におえない。

 私は自分の学生時代をふりかえると、まさに無気力学生だったのではないか、と思う。ほんとうのところ、自分が何をやりたいのか、何になりたいのかわからないし、ともかく何もする気がしない。当時はまだ結核という病気が多かったので、結核になっていたら公然と大学を休めるのに、と思って医者に行ってみるが、残念ながら身体的にはどこも悪くない。そのくせ、いつも、体はだるいし微熱でもあるのかな、などと思えてくる。
 ------河合隼雄『おはなしおはなし』

 自分は悟った、と思っているかもしれないが、違う。

 正岡子規は結核の病床で次のように書いている。

悟りといふ事は、如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りといふ事は如何なる場合でも平気で生きている事であった。

 それでもどうして私は生きているのか、と問う人もいるだろう。貧しかった頃はどうして食べるかばかりだったが、人間の存在理由を問いたくなるかもしれない。特攻隊に志願して死を前に「死」とは何か?と思って国語辞典を見たら「生の反対」と書いてあり、「生」を見たら「死の反対」と書いてあって激怒した、というのが井上ひさし『国語事件殺人辞典』である。死を前に哲学書を読んでみたが、何も書かれていなかった、という人も多い。

 死を考えた哲学者としてはレヴィナスがいる。小泉義之は『レヴィナス 何のために生きるのか』(NHK出版)で、レヴィナスの結論をまとめているので紹介した。

 何のために生きるのか。何ものかのために生きる。しかし、何ものかを通して、自分のために生きる。しかし、自分のために生きることを通して他者のために生きる。しかし、他者のために生きることを通して人類のために生きる。ところで、人間は肉体の愛を通して子どもを生むことがある。そのことを通して、再び、他者のために生きる。そして、再び、人類のために生きる。ところで、人間は死ぬ。さらに再び、死ぬことを通して、他派のためと人類のために生きて死ぬ。総じて、奇矯な言い方に聞こえるだろうが、何のために生きるのかといえば、死ぬために生きるのである。

 『男はつらいよ 寅次郎物語』第39作には甥の満男と寅さんとの次のような会話がある。

満 男「人間は何のために生きてるのかな」
寅次郎「何て言うかな、ほら、あ−生まれて来てよかったなって思うことが何べんかあるだろう、そのために人間生きてんじゃねえのか」

 思想家のマイスター・エックハルトに「なぜなしに生きる」という言葉がある。生きるのに「なぜ」なんてない。生きていること自体がものすごいのであって、何かをするために生きている、というのは偽物めいている。

 逆に「生きるために生きる」と考えてもいい。生物学者の今西錦司は生物とは「生きるために生きるものである」と書いていたが、何のためになどと考えることはない。あるがままに生きていくのである。生物のありかたをみれば、そんなことがよく分かってくる。

 生きているだけで、それだけで充分価値のあることだ。チェーホフが死ぬ少し前に、かつての恋人に送った手紙の一節に次のようなのがある。「ごきげんよう。なによりも、快活でいらっしゃるように。人生をあまりむずかしく考えてはいけません。おそらくほんとうはもっとずっと簡単なものなのでしょうから。------」

 満たされない思いが強いかもしれないが、後で考えてみると幸せの絶頂だった時だって、(その時点では)満たされていないように感じているかもしれない。

 どんな偉人でも不遇の時代は多いし、若い頃、才能に恵まれていても最後まで幸せに暮らしたという人はいない。仮にそう見えても、他人に見せないだけなのであって、苦悩は凡人を遥かに上回るはずだ。

 『アウトサイダー』などで有名な評論家コリン・ウィルソンも自殺を考えたことがある。彼は1947年、16歳で高校を出て、大学の奨学生になりたかったが、靴職人の父から、家計の足しに就職するようにいわれる。毛糸加工工場の苛酷な労働に打ちのめされる。学校の実験室助手に転職するが、退屈とやりきれなさは変わらない。人生に絶望し、実験室の棚から青酸の瓶を取り出し、栓を開ける。心の中では、劇薬を一口飲んでいた。すると…。打ちひしがれた十代の私とは別のもう一人の私があらわれる。「自殺したら、どんなに多くのものを失うことになるか」と言い聞かされる。現実というものが、広大な豊饒さではるかかなたまでひろがっていることを悟る。そして、瓶の栓が閉められた…。

 光が強ければ闇もまた濃いのである。

 自分を弱い、と感じる人がいるかもしれない。

 人間の強さ、弱さに関して思い出すのは、あるライターから直接聞いた話だ【2000年に本が出たので名前をいうと『若者たち』などの山内久で『私も戦争に行った』岩波ジュニア新書となっている】。

 彼は中国戦線で戦っていたのだが、ある日、班長が「今日は総仕上げだ」とみんなにやらせたのが「生体刺突」だった。柱に手足を縛られた中国人の農民を銃剣で次々に刺し殺すと言うものだ。「はだけられた農民の胸板にクサビ型の黒い穴が五、六ヵ所あったのを思い出す。その下の腹の部分はすでにズタズタで、手打うどんの大笊からうどんをぶち撒けたように、真っ白な腸が全部とび出していた」

 それぞれが銃剣を持って突撃したのだけれど、一人だけ泣いて、泣いて、泣いて参加しなかった人がいたという。「嫌だ、嫌だ、嫌だ」の連続だったそうだ。もちろん、上等兵からは意気地なし、弱い人間だ、泣き虫だといって何度も何度も殴られ、同僚からも馬鹿にされたのだが、戦争が終わって冷静に考えてみると、その人が一番強かったのではないか、と思ったという。

「俺は俺の弱さがすきなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。君と飲むビールや…」鼠はそこで言葉を呑みこんだ。「わからないよ」
 僕は言葉を探した。しかし言葉はみつからなかった。僕は毛布にくるまったまま暗闇の奥をみつめた。
「我々はどうやら同じ材料から全く別のものを作りあげてしまったようだね」と鼠は言った。
    ------村上春樹『羊をめぐる冒険』

 人間の弱さとか強さというのは最後に棺に蓋がされるまで分からないものだ。ナサニエル・ホーソーンにも『僕の親戚、モリノー少佐』という、素晴らしい小説がある。

 今、自分が弱いと思っていても、いつか強かった証明になるかもしれない。逃げていいのだ。

 朝日新聞の『ティーンズメール』という悩み相談室でミュージシャンのTETSUYAが答えている。

Q.「人が怖い、死へ逃げたい」 《18歳・高校生》 2003.5.15

私は今、生きているのがつらい。そして多分これからもずっとそうだと思う。なぜなら人が怖いから。
最近クラスの男子から集団でにらまれたり、こちらに聞こえるように悪口を言われたりする。なぜだか全くわからなくて、他人の会話がすごく気になる。そして自分がどう思われているのかも気になる。誰かの悪口が聞こえると、それが自分のことかどうかに関係なく背筋が凍るような気がする。だんだんと友達ですら信用できなくなってきた。
生きていくことに疲れて、死ぬことに逃げてしまいそうな自分を変えたい。

A.「“自分の扉”開くチャンス」

死ぬことはないよ。逃げなさい。戦うこともないよ。逃げなさい。アルマジロみたいに徹底的に逃げなさい。みっともなく転がって、みんなに悪口言われて、後ろ指さされて、笑われて、それでも転がり続けて逃げなさい。どこまでって?もちろん扉があるところです。君が自分で作った扉。
その扉の向こうはとりあえず一人なので、世界は自由な発想の下にあります。たとえば、もう2,3年友だちなんかいらんわ、アタシ寂しん坊でええわい、と決意してのぞむギター大特訓。文庫本500冊読破。イタリア語習得。小説書きまくって文学賞狙い。油絵爆発でアート・フェスに参加。とまあ、思い付くままいい加減な事を書いておりますが、これらの共通項は「内側から深まることが要求されるため、集団の作業ではなく、個人の孤独な修練が必要になる」ということです。とてもじゃありませんが、いつも友だちとツルんでいるような人たちにできる行為ではありません。どちらかと言えば、死んじゃった方がましかなと思った人でなければ、歩いていけない道程でしょう。つまり、死んじゃいたいなあと思った時は、ある意味で人生に数度しかやってこないチャンスなのです。
さあ、画用紙に扉の絵を描いてみましょう。その向こうに何を見る?

 それは挫折を知った強さである。挫折を知らずに生涯を終えることができる人は稀である。それどころか人間として生きてこなかったことになるのではないかと思いたくなる。フランスには「打ち倒す者は強いが、起き上がる者はもっと強い」という言葉もある。

 寺田寅彦は「健康な人には病気になる心配があるが、病人には回復するという楽しみがある」(「KからQまで」)と書いている。成績が悪い人もこれから上がる楽しみがある。

 人生長いのだから、たまには落ち込む時期があってもいい。絶望的になる時期があってもいい。沈黙の期間があってもいい。

 昨日の挫折があるから、今日の君があり、明日の希望がある。

 日本の史学に新しい視点をもたらした網野善彦は「負けた人間にしかわからないことの方が人間にとって大切なことがあるのではないか」と書いている。

 泣いても、笑っても、怒ってもいい。

泣くことを おぼえなさい
あなたは泣きながら 生まれたのだから
笑うことを おぼえなさい
あなたは 笑いに迎えられて 生まれたのだから
怒ることをおぼえなさい
あなたは怒りなしでは生きられないのだから
     -----谷川俊太郎

 強制収容所に送られたユダヤ人たちの中には絶望の末、自殺する人もいた。白井利明は『<希望>の心理学』(講談社現代新書)の中で絶体絶命の危機を生き延びた心理学者の体験などを紹介し、「時間的展望」の広がりをもつことがいかに大切かを説いている。

 明るい未来を信じるとか、ただ現状を肯定するのではない。<思考の中で過去と未来を自由に往復>することで、過去を引き受け、未来に立ち向かい、現在を受け止める。<絶望を直視>して目標や計画をきちんと立てる。批判のない現実の受け止めは<迎合>であり、現実の受け止めのない批判は<甘え>だという。

 自分で自分の命を絶つのは勝手だという人がいるかもしれない。それは違う。ご両親がいてそしてあなたが生まれた。どんな親でも悲しまない人はいない。 それに死ぬのは自由というのは<甘え>の一つかもしれない。親をなくした子供を孤児という。伴侶をなくした夫を寡夫、妻を寡婦という。子供をなくした親を呼ぶ言葉はない。「その痛みを言葉で表すことはできないからだ」。2004年9月、ニューヨーク市の「9・11」同時テロ追悼式典で、マイケル・ブルームバーグ市長が述べた哀悼の辞の一節である。

 米原万里の『オリガ・モリソヴナの反語法』(集英社)ではソ連のラーゲリ(強制収容所)に入れられた女性が、死ぬ自由まで奪われていた状況が描かれている。自殺する自由さえないのだ。その女性は刃物を手に入れようと必死になり、皮肉なことにこれが生きがいになる。そして、靴紐をひっかける掛け金(がね)を外して、曲がっているのを真っ直ぐ伸ばして、毎日床石に当てて少しずつ研いでいった。

 こうして自分で刃物を手にした瞬間、途轍もない解放感を味わったんだ。自由を獲得したと思った。あたしの生死はあたし自身で決めるって。

 もうそのときは、自殺する気なんて完全に雲散霧消していた。絶対に自殺するものか、生き抜いてやる、と心に固く決めていた。そういう勇気と力をこの手製のカミソリは与えてくれた。

 カミソリを「魂の自由の象徴」と思ってどんなに辛い時でも生き抜いてきた女性の話で、是非、是非、読んでほしい。

 そして、希望を持とう。

 「向こうから来た人」 石垣りん

このごろ 生き甲斐を求める人が
増えてきた。

働く者の生き甲斐
主婦の生き甲斐
老年の生き甲斐

いまに オギャアと生まれた
赤ん坊までおちちより先に
生き甲斐を欲しがるかも知れない。

どこかに 私の生き甲斐は
ないでしょうか。

すると向こうから 
生き甲斐がやって来た。
どうか譲ってください。 
え? 何をですか?
私は生き甲斐自身なんですよ。


 悲観的な考えからすると人間は死ぬために生まれたという人もいる。

 サケの産卵を見ていると、生物はみな死ぬために生きていると思えてくる。

「詩人の卵」   茨木のり子(『茨木のり子詩集』)

魚が あんなにびっしり
喘ぎ喘ぎ卵を抱えているのは
孵る子が乏しいため
孵っても生き抜く確率がすくないため
下手な鉄砲も数打ちゃ当る
詩人の卵が昔より
びっしり増えてきたのもさ
現実に食われる詩人が多いため
はりきれ 卵!
誰も知っちゃいないのだ
どれがほんとに孵るのか
水の流れも知らないのだ

イキテルヤツハミナタマゴ

 自殺が人間的行為だと思ってはいけない。マルタン・モネスティエというジャーナリストが書いた『自殺全書』には各種動物の自殺について1章が割かれている。忠犬物語みたいにご主人様が死んだあと を追うように餓死した犬から、集団自殺するレミングスや鯨の群まで、多様だ。失恋してバルコニーから身投げしたネコや海に覚悟の自殺をした漁師のネコもいる。

 これらの猫たちが本当に明確に「そうだ自殺してしまおう」と決心して、意識的に死を選びとったのかどうか、そのあたりのことをここに書かれている短い文章から結論づけるのはむずかしい。でもその猫たちがその時点で、ある程度「生きる意欲を喪失していた」ことは間違いないように思える。やはり猫の人生にだっていろいろとつらいことはあるだろうし、「あーあ、生きていくのって面倒だよなあ。もうこんな風にあくせくしたくないよ」とくらいは、漠然とではあったとしても、考えるんじゃないかと推察する。その結果自暴自棄になって、頭が真っ白けになり(切れちゃう、というやつですね)、後先も考えず手すりをぱっと乗り越えることだってたぶんあるだろう。

 漱石の猫だって、ほとんど自殺のような死に方だ。

 だから、人間らしく死ぬ、などと思って自殺してはいけない。自殺ってネコ並みなのだ。

 僕らは毎日、暴飲暴食、不規則な生活などで毎日、寿命を縮めている。

 批評家のラ・ロシュフーコーも「やかましい養生でやっと健康を保つのは、やりきれない病気なのと同じだ」と書いているが、つまり、生きていることが健康に悪い!

 日本人の半分は平均寿命よりも早く死ぬのだ、と割り切って、禁酒・禁煙はしない主義を標榜したい。


 「死ね」と級友にいっぱい書かれて死ぬつもりになった女性がこの言葉を繰り返して書いているうちにローマ字で書き始めた。すると、shine,shineとなってこれは「輝け」といっているのではないかと思い始めて、死ぬのを止めたという。そういう投書を読んだことがある。

 死ぬきっかけも小さければ思い直すきっかけも小さい。

 「ねえ、とても悲しいとき、人は夕日が見たくなるんだよ」と『星の王子さま』が言うように、夕日を見たり、ペットと遊んだり、たっぷりのお風呂に入るのがいいという。尾崎翠の『アップルパイの午後』には次のような言葉もある。

 何か悲しいことがあるのか。悲しい時には、あんまり小さい動物などを眺めると心の毒になるからおよし。悲しい時に蟻やおたまじゃくしを見ていると、人間の心が蟻の心になったり、おたまっじゃくしの心境になったりして、ちっとも区別が判らなくなるからね。

 自然への畏敬を感じるのがいいのだ。「風立ちぬ、いざ生きめやも」ということもあろう。

 そういえば、最近の自殺する子の遺書を読むと花鳥風月が出てこない。自然がなくて何だか恨みつらみばかりという感じがする。

 それだけ自然から遠ざけられているのだろう。「酒鬼薔薇聖斗」の事件でも思ったが、人工的な都市が増えて、全体がイライラしている感じがする。

 人工空間の最たるものが新構想大学として建設された筑波研究学園都市やその後のに作られた上越教育大学のような大学は猥雑なものを排除してできているようだ。立て看が並び、ロックやアジなどの騒音に満ちた、いわば、おもちゃ箱をひっくり返したようなキャンパスになれているものには違和感がある。

 今は知らないが、筑波研究学園都市には自殺が多かったといわれる。

  「あさつゆ」   まど・みちお(まど・みちお全詩集

みんな  まだ
ふかい ねむりの
なかですが

あさが
しーんと
てを あわせています
ようやっと
いま おでましの
おひさまへ…

ああ
ての じゅずの
ひかり!

 美学の若桑みどりさんは次のように書いている。

私が中二で死のうと思ったとき、死にに行った小田急の線路のわきにホウセンカの苗があって、それを知らずに踏みつけてしまった。それに土をかけて直してやっているうちに、生きていこうという考えに変わった。それに線路はひどく冷たかった。つまり、こわかったわけで、あの女の子たち【イブの夜に飛び降りた中学三年生の三人】は、一人だったらきっとこわくて死ねなかっただろうと思った。高層ビルにはホウセンカもないだろうし。------『レット・イット・ビー』

 どうしてそんなに落ち込むのか?

 これについても別の本、『イメージを読む』(筑摩1993)の「デューラーの『メランコリア1』について」の中で次のように書いている。

 感じやすい成長期には、自分自身の性格がいやでたまらない時期があるものです。いまから思うと、私自身、自分の性格でずいぶん悩みました。それは、のちに美術史をやっていて、このメランコリーという性質が、中世以来もっとも不吉で暗い性格だとされていたのに、十五世紀末になって、もっとも天才的で英雄的になりうる性格だと解釈されるようになったということを学んだときに、もっと早くそれを知っていたらよかったのにと思ったほどです。

 実際、私は子どものころから子どもらしくなく、暗く、怠惰で、憂鬱な人間で、人びとにきらわれていました。友だちも少なく、孤独でいつもひとりで空想にふけっていたので、家族からも「屋上の狂人」とよばれていました。いつも屋根の上にのぼって空を見ていたからです。もっともそれだからといって、私に天才とか英雄とかの萌芽があったというわけではありません。ただ、私は西欧人が、人それぞれの個性をとにかく認めるという哲学をもっていた、という事実を重大なことに考えます。

 「あるがままに」生きるということは『レット・イット・ビー』で語られていることだが、日本では赤塚不二夫が「これでいいのだ」という哲学を語っている。これについて述べた四方田犬彦は『指が月をさすとき、愚者は指を見る』(ポプラ社)で次のように書いている。

 西欧でいうならば、ニーチェがいます。来世に憧れたり、意味もない理想に心を奪われたりすることはない。今の現実をしっかり肯定することだ。この考えをもう少し砕いてみると、やはりこれでいいのだの哲学に行きあたります。

 人間の心を蝕むものはいくらでもありますが、そのうち、もっとも厄介で、一度取りつかれてしまったらなかなか治療することの難しい病気のなかに、後悔と罪悪感というものがあります。

 後悔とは、もはや取り返しのつかない事態を前に、その原因を作ったのが自分にほかならないと責めることです。罪悪感というのは、とにかく自分が悪いことをしてしまったと見なして、人生を否定的に捉えることです。キリスト教の基本にあるのが、この後悔と罪悪感であることは、今さらいわなくてもいいでしょう。そもそもアダムとイヴが楽園の禁断の果実をこっそりと食べ、神の怒りをかってしまったことから始まった宗教なのですから。ですからキリスト教は、けっして「これでいいのだ」とはいいません。これではいけない。神を信じて祈らなければいけないと、説いています。

 バカボンのパパの言葉は強靱な哲学です。それは人間を、不必要な後悔や罪悪感から解放して、より自由に世界を眺める手立てを教えてくれます。辛いときにこの言葉を呪文のように唱えてみることをお勧めします。…


 自殺者が出たので商船高専でもカウンセリングを考えることになった。僕はカウンセラーを呼ぶ制度を作らないとダメといっていたが、校長は先生がカウンセリングのできるようになればいいと考えていた(後にカウンセラーが来校するようになった)。

 医薬大から精神科の先生方を呼んでカウンセリング講座を開いた。5、6人ほどの講師がきたが、トップバッターのE先生の話が一番面白かった。文学者の話から自殺の話まで見事な構成だった。自殺させないように悲惨な写真を見せることもあるという話だった。

 講義を聴いてから数年後、「医薬大教授、飛び降り自殺」という大きな記事を見つけた。

 それは研究に悩んで研究室から飛び降り自殺をしたという、E教授の記事であった。

人間性について、ひとはすべてを知りつくせるものではない。世の中はいつになっても、これはと驚くようなことが決してなくなりはしないだろう。  ------サマセット・モーム

 亡くなった人々のご冥福を祈りたい。

 しつこく言うが、今のあなたの状況は人生において一つにエピソードにすぎない。あんな時代もあったねといつか笑える日が必ずやってくる。絶対に…。必ず…。フロイトは「断念の術さえ心得れば人生はけっこう楽しいものです」と語っている。韓国映画『イル・マーレ』でチョン・ジヒョンもいう。「愛を失った人は何も失っていない人よりも美しい」と。

 「運命の女神は、幸福を授けようとするとき、まずその人間を恐ろしげな目でにらんでみせるのです」とはシェイクスピア『ジョン王』第三幕第4場の枢機卿パンダルフの言葉だ。今の逆境を抜ければ幸福が待っているかもしれない。

 だから、とりあえず今日は生きてみよう。

人生は人生論ではない      
一見あたり前のことではあるが。 
    ------谷川俊太郎『ONCE』
  

 五木寛之は『他力』の中で書いている。

 いまの中学生、高校生に「人生は喜びと希望に満ちている」と言っても、たぶん届かないでしょう。むしろ、「人生は自分で放り出すほどにはひどくない」という言い方のほうがましかもしれません。まず生きていること、存在することが大事です。苦しみの多いこの世の中に、生きているだけでもすごいことなのですから。

 きんさん・ぎんさんを知ってるだろう。ごくごく普通の双子でしかなかった。それが百歳になってから大ブレイクした。人生なんて分からないものだ。

 フランスの詩人バレリー「人は後ろ向きに未来へ入っていく」と語った。目に見えるものは過去と現在のみ、未来はいつも視界の外にある、というのだ。もっと未来を見よう。エッセイストのF・アルベローニも悲観主義者に欠けているのは「ちょっとしたファンタジー」だという。ファンタジーを信じよう。

 宗教改革を行ったマルチン・ルターは「たとえ世界が明日終わりであっても、私はきょうリンゴの木を植える」といった。絶望的な状況にあってもわずかの光明を見いだそう。

 アインシュタインは「死とはモーツァルトを聴けなくなることだ」と言った。同じように、モーツァルト劇場の監督で仏文学者の高橋英郎は若い頃、「明日も生きてモーツァルトを聴きたい」と願いながら闘病生活を送ったそうだ。そして歌劇『魔笛』を「人間への愛を信じていなければ書けない作品」と自著で語っている(『モーツァルト』講談社現代新書)。

 スヌーピーの漫画でライナスがチャーリー・ブラウンに言う。「ぼく 正面から 問題にとりくむの 嫌なんだ」「一番いい解決の方法は 問題を避けることだと思う」「これは ぼくのはっきりした哲学なんだ…」「どんな問題も逃げ切れないほど 大きかったり むずかしかったり はしない!」(谷川俊太郎訳)。

 最後に絶望の淵に何度も立たされたチャップリンの言葉を紹介しておこう。距離をおいて人生を見ることで視野が広がり、展望が開けてくるのだ。チャップリンは『自伝』で「笑いとは、すなわち反抗精神のことである。わたしたちは、自然の威力というものの前に立って自分の無力ぶりを笑うよりほかにない---笑わなければ、気がちがってしまうだろう」と笑うことの大切さを説いている。

 そして、死にたくなったらこの言葉を何度も清書してみよう。

喜劇は距離をおいて人生を見ることであり、悲劇はクローズ・アップされた人生である。
"Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot"

 主義は持たない方がいいが、どうせ持つなら「短期悲観・長期楽観主義」であろう。

 最後に一言。

 未来によって過去は変えられる。

世界じゅうにトキは5羽、
野比のび太はぼく一人。
もしぼくがいなくなったら…。
ぼくは絶滅するんだ!!

 藤子不二雄『ドラえもん』


※97年12月、伊丹十三が飛び降り自殺をした。

 エッセイと映画を通して人物像というか、思想を知っているものにとってはとりわけショックも大きい。


友達を自殺で失わないために

 人間って分からないとばかり言ってられない。

 年間の自殺者の数が3万人を超えるようになった。K・ジャミソン『生きるための自殺学』(新潮文庫)には「アメリカ人の自殺者は一年におよそ三万人、世界的に考えれば、その数は恐ろしいほどに多いというが、アメリカの半分以下の人口の日本にどれだけ多いかよく分かる。

 1999年には男子の平均寿命を下げるまでになった。秋田県が一番多いという。 

 これ以上、自殺者を増やさないように対策をまとめておく。

●誤解と予告サイン

「自殺を図る前から様子が変だった」

「でも息子は賢明で優等生だったので――自分で解決すると思っていた。」

…映画『普通の人々 』

「自殺したい」という人で自殺した人はいない、というのは誤解である。

 覚悟の上での自殺というのも大きな誤解である。

 自殺志願者は生と死の間で揺らいでいる。

 ほんの少しのアドバイスで救うことができるものである。

 自殺をほのめかしたり、長く会わなかった友人とコンタクトを取ったり、アルコールの乱用をしたり、持病の治療をおろそかにする、奇妙な事故やケガを繰り返す、過度のセックスへ傾斜がみられる、などの「予告サイン」を見逃さないようにする。鬱の治り始めが危ないともいう。

 一度、ようやくうつ病の底からはい上がりつつあったころ、山の奥へ奥へと入って行って、そのまま果てたらどんなに楽になるんだろうと、この路に踏み入ったとき、つまは、
「やめて!」
と、叫んでズボンのベルトを両手でつかみ、引き倒さんばかりに全力を出した。
 目の前のくるみの大木の枝から妻の悲鳴に驚いたカラスの群れが四方に飛びたつのを見て、急に背筋が寒くなり、その場にへたり込んだものだった。
     -----南木佳士『神かくし』(文春文庫)

 一番危険なのは自殺未遂を起こした人で繰り返す可能性が強い。

 中高年では鬱病とアル中が重なると自殺率が高まる。

 鬱病は治る病気なので本人や周囲の人が気づいたら病院で診てもらう必要がある。

 鬱病の治りかけに多い。鬱のひどい時は自殺する気力さえないからである。

 WHOの報告では8割が治るとされているが少なくとも自殺は減らせる。

 ●「自殺したい」と打ち明けられたら

 孤独は「死に至る病」である。孤独に陥ってこの人はと思ってSOSを発してくることがある。

 SOSを見逃さないようにしなければならないが、「自殺したい」と打ち明けられたら、決して話をはぐらかさず、真剣に聞いてあげる必要がある。

 鬱病の人を批判したり、激励したり(「頑張れ」は相手を苦しめるだけで禁句)するのは逆効果。「頑張ってるね」という方がいい

 無理に元気になった後の反動が怖い。「元気がなくてもいいよ。ブルーな日も時々あって人間の物語があるんだよ」という方がいい。

 分裂の人に「私のいう通りにすれば大丈夫」と言ってもいけない。進路を模索しに来ているのに、裏切ることになる。

 リストカットは「心配して欲しい」という周囲の人に対するメッセージだ。

 聞き役に徹することは面倒だし、大変なことだが、反論せずにじっくり聞いてあげることで自殺率を減らすことができる。

 お医者さんとも相談するように説得に努めよう。

※「自死遺児」のためにあしなが育英会03(3221)0888がある。

※全国いのちの電話

北海道いのちの電話 (011)231-4343 新 潟 いのちの電話 (025)229-4343 東 京いのちの電話 (03)3264-4343
関 西いのちの電話 (06)309-1121  福 岡いのちの電話 (092)741-4343

●気づいてあげられなくても…

 友達のリストカットを知った少女たちが「気づいてあげられなかった」と自分を責め、自らも自傷行為を始める人がいるという。そんなに人の苦しみを完ぺきに感じ取れる人などいない。悩みを打ち明けると、相手の重荷になると抱え込み、自殺する子もいるという。遠慮をするのは止めよう。

 万が一、友達が自殺しても、友達の分も強く生きてあげよう。強くは生きられないかもしれないが、自分なりに生きていこう。


マスコミに

 自殺が出てもなるべく報道しないでほしい。イジメによる自殺だとしても、1回だけに、しかもトップ以外の記事にしてほしい。必ず模倣する人がいる。子どもの場合は特に影響が大きい。マスコミが騒いだために、アイドルを追ってどれだけの人が後追い自殺をしたことか。

 別に今の、日本のマスコミだけを問題にしているのではない。ゲーテの『ウェルテル』が出た時も後追いがたくさん出たし、ゲーテでさえも、自殺願望に駆られたと書いている。10年後に1度読んだっきりで二度と読まなかったという。木村武一の『ゲーテの幸福論』(新潮選書)によれば、「あれはすべてを焼き尽くす業火そのものだ。近づくのが気味悪い。あれを生み出した病的な状態を追体験するのがおそろしいのだ」と語ったという。


自殺志願者に

「生か死か」なんてハムレットのようなことを考えるべきではない。二者択一的な発想を改めるべきである。

 小田島雄志の翻訳がそうであるように「このままでいいのか、いけないのか」という問題だ。では、「このままでいいのか」というかもしれないが、いつか必ず時間が解決してくれる。

 大体、ハムレットは駄ジャレの連発から始まる。

 国王 どうしたというのだ、その額にかかる雲は?
 ハムレット どういたしまして、なんの苦もなく大事にされて食傷気味。

 こんなゆとりを持つようにすればいい。

「人生は最後にはなんとかなるものである」「人間も金属疲労が出てからがホンモノである」「人生、エエとこ取りでよい」というのは田辺聖子の言葉だが、それでいいのだ。

 自分は病気だからと悩むかもしれない。「心の風邪」だと思うから、ぜひ、思春期内科、神経科などを訪ねてほしい。病気は病気として治そう。

 精神的に健康でないということが必ずしも常に社会的に無価値であることを意味しない。古くは既に蘇東坡はこれを真珠に譬えた。真珠は価値の高いものだ。しかし生物学的立場から見れば、病的産物として出来たものに過ぎないのではないか。
     -----内村祐之『精神医学者の滴想』

 後で振り返ってみると、問題は今現在、あなたが思っているほど大きくないし深刻でないかもしれない。仮に大きくて深刻であっても、生きていれば必ず解決される問題だ。

 独りで考えずに誰かに少しでもいいから話してみよう。 

 孤立しない人間関係と作ると同時に、一人でも耐えうる時間を作ること、頑張りすぎをやめ、「健康な諦観」を持つことも大切だ。

 ネット心中などを考える人もいるが、死ぬときはいつだって孤独なのである。誰も一緒に死ねやしない。

 最後に一冊だけ本を薦めると、瀬尾まいこ『天国はまだ遠く』(新潮文庫)である。死のうと思って旅立った女性が出会うものを瑞々しく描いてある。瀬尾の他の本もお薦めだ。是非、考え治してほしい。

 リストカットをする人は繰り返すとされているから、自分に傾向があるかチェックしてみよう。

「リストカット危険度自己診断チェックリスト」

(1) 私は周囲の人から見放されていると思う
(2) 私は自分を傷つけたことがある
(3) 私は自分が嫌いだ
(4) 私は人生に立ち向かう力がないと思う
(5) たいてい私は孤独だと思う
(6) 私は人生をやりなおしたい
(7) 自分がいない方が家族はうまくやっていけると思う
(8) なんとなく気分がすぐれず憂鬱である
(9) イライラして落ち着きがない
(10)何かにつけて自分を責めたくなる
(11)人生はつまらず、生きている価値がない
(12)周りの人や事物について生き生きとした実感が薄れた
(13)一度やったことを繰り返し確かめないと気がすまない
(14)すっかり違った自分になれたらと思う
(15)何かにつけて自分を責め、頭の中で自分を責める声が聞こえる
(16)母親が嫌いである
(17)私は人から見捨てられている
(18)自分自身を尊敬できない
(19)気分がひどく変わりやすい
(20)眠りが浅い
(21)仕事や勉強に集中できない
(22)何かにつけて自分を責め、頭の中で自分を責める声が聞こえる
(23)自分のやってしまったことを覚えていないことがある
(24)変な考えが頭に浮かび取り付いて離れない

チェック5項目以下は「正常」(ただし、2,3、4にチェックをした人は「要注意」)
チェック6―10は「リストカットの危険あり」
11−15は「カウンセリング・薬物治療の必要あり」
16以上は「重症。ただちに精神科で治療を受けること」


「伝導の書に抗して(いっさいは空ならず)」Le contre-ecclesiaste(Rien n'est vanite)

 ジュリエット・グレコが歌うシャンソンに「伝導の書に抗して」というのがある。

 旧約聖書の「伝導の書」の中に、「いっさいは空なり」という有名な一節がある。これは信者に対して「だからこそ若いうちに神の道に目覚めなさい」と諭すための伏線なのですが、この「いっさいは空なり」だけが一人歩きしてる感もある。作詞者のカリエールはこれに対して「いっさいは空ならず」とアンチ・テーゼを出した。

「よい天気も悪い天気も」「大海原の香りも/麦畑に吹く風も」「恋人の熱い肌」「こどもの不安」…人生の中のよいものも悪いものも全てをひっくるめて「空ならず」という。

 いっさいは空ならず!

谷川俊太郎 「五行」(連作の一部)

その人の悲しみをどこまで知ることが出来るのだろう
目をそらしても耳をふさいでもその人の悲しみから逃れられないが
それが自分の悲しみではないという事実からもまた逃れることは出来ない
心身の洞穴にひそむ決して馴らすことの出来ない野生の生きもの
悲しみは涙以外の言葉を拒んでうずくまり こっちを窺っている



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