育児をめぐる冒険

子どもたちの時間

金川欣二;マックde記号論

大人は判ってくれない


まずは赤ん坊
乳母の腕(かいな)に抱かれて、みゅうみゅうぴゅうぴゅう
やがて泣き虫、学校子ども、鞄をかけて
朝は眩しい顔をして
のろのろ歩く蝸牛
不承不承に学校がよい    ------シェイクスピア


 前回の『育児をめぐる冒険』『子どもたちの時間』が評判よかったという幻想のもとに祐貴が小学校に入ってからの文章を続ける。ほとんどアンソロジーになっているが…。

 「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)」――『星の王子さま』(内藤濯訳)の最初に掲げられたことばを、たくさんの人が覚えていることだろう。王子さまに向かってキツネが言う。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。かんじんなことは、目に見えないんだよ」。

 タイトルは愛のシネアストと呼ばれたフランソワ・トリュフォー監督の作品から取っている。この映画はトリュフォーの映画史上稀有な「アントワーヌ・ドワネルもの」とよばれる自伝的映画シリーズの第1作なのだが、トリュフォーは映画に出てくるように母親のわがままで少年院に送られてしまう。幸い、パリのシネマテックに通って映画少年となり、批評家から映画監督になっていく。彼の映画の愛のモティーフは女と子どもと書物で一貫していて狼少年に言葉を教える『野性の少年』を作り、異星人とのコミュニケーションを図る『未知との遭遇』に呼ばれたのも理解できる。

 大人は学校へ行け、行けというけれど学校嫌いの人は多い。シェイクスピアがそうだし、ダヴィンチもダーウィンもエディソンもアインシュタインもマックスウェルもルイス・キャロルもチャーチルも同じだ。天才の多くが学習障害(Learning Disabilities)や失読症(dyslexia)だった(cf.ウェスト『天才たちは学校がきらいだった』講談社)。イエーツは学校とソリが合わなかったことを「集中できるようなおもしろいものは、空想にふける以外に何一つなかった。だから私は教えにくい生徒だった」と述懐している。

 正高信男『天才はなぜ生まれるか』(ちくま新書)には「うわの空のエジソン」「癇癪持ちのアインシュタイン」「外国語のできないレオナルド(・ダ・ヴィンチ)」「古典嫌いのアンデルセン」「付き合いべたな(グラハム・)ベル」「落ちつきのないディズニー」という章が並ぶ。ここで語られていることは障害があっても天才になったのではなく、障害があるから天才になったということである。キレる子どもたちが増えているといわれるが、アインシュタインなどはキレるタイプだったから、日本にはアインシュタイン型の天才が増えているといってもいい。

 皮肉ではなく、そう思う。ただ、そうした子どもたちの受け皿がないということが問題である。あの「酒鬼薔薇聖斗」君だって、解剖好きだったレオナルドと同じように育ったかもしれないし、お話をうまく作れたからアンデルセンのようになったかもしれない。

 祐貴が小学校に入り、未蘭も保育所2年目でママは楽になってきた。友達ができないと寂しがっていたが、子どもを通じての友達ができてきた。これからが家庭の正念場になってくる。うちの子どもらは学校をどう受けとめるだろう。


★生活【life】

 森鴎外の『青年』の中の言葉だが、「日本人には人生がない」「学校に行けば人生があるだろう」「学校を出れば人生があるだろう」と急いでいるうちに、人生を味わうゆとりもなく命が終わってしまう。それは百年たっても変わっていない。

一体、日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門をくぐってからというものは、一生懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。その先きには生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にありつくと、その職業をなしとげてしまおうとする。その先きには生活があると思うのである。そしてその先きには生活はないのである。現在は過去と未来との間に画した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。

 百年後の映画『僕らはみんな生きている』の中で主人公の真田広之がいう。

自分の父親が大企業に勤めていて、毎年年賀状は三百通も来ていたのに、退職した年は七通しか来なかった。父親はポストの前で三十分も立っていた。二九三通分の人生を仕事に費やしたんだ。


★子ども【children】

泣いている子供は、やりきれないほどいやなものだ。だが、愉快に笑っている子供、これは正に天国からの光だ。------ドストエフスキー『未成年』

 ドストエフスキーによれば、子供は大人の犠牲になってはならない存在、それ自体がきわめて大切なものなのである。子どもの健康や安全がおびやかされる社会は病んでいる。子どもが幸福であれば、世界には希望があるはずだ。なくてはならない。


★ランドセル【“ransel”】

 オランダ語(オルゴールorgelも御転婆ontembaarも)で「背嚢」を意味し、軍制と共に日本に入り、学習院初等科が使い始め、伊藤博文が大正天皇入学のために現在のものを考案した。日本型の会社にみえないソニーでも贈呈式でトップから一人一人渡される(井深大は「立派ないい人間になるように」と願っていた)。あんなに重いものを持たすのは嫌だが、変わったことをして子どもを泣かすことはできない。イギリスにも背負い式はあるが、もっと薄くて軽い。背負い式は他に韓国、ノルウェーだけ。仏独伊は手提げと兼用。

 昔ながらの牛革、雨に強くて軽い合成皮革のクラリーノ、最高級のコードバン(スペインのコルドバ産の山羊革を指すが、現在は牛・豚、特に馬のお尻の高級ななめし皮をいう)の3種がある。昭和初期の流行だったから『あ・うん』の成金・門倉修造は英国屋で誂えた服を着こなしてコードバンの靴をはいていた。高いものがいいに決まっているが、コストパフォーマンスを意識しなければならない。価格は1:2:3の割だ。“先輩”に聞いたら実家からもらったので品質は気にしなかったという。

 結局、尻馬に乗ってコードバンにした。4〜5万もするが、品質のいいのが安く買えた(未蘭は女の子なので軽いクラリーノにした)。

 3日目に教科書を全部もっていったが、後ろから見ていると登山家の姿だった。

 やれやれ。

※6年後に、コードバンは無傷だった。でも、クラリーノも無傷だった。欲しい人がいたらあげたい。 


★学習机【study desk】

 何で僕よりも立派な机を買わなければならないのか分からない。小さい頃は母親とちゃぶ台で勉強するのが一番いいと思う。第一、僕の本棚ばかりで勉強部屋のスペースがない。と言っているうちに3月になり、家具屋にいったら商戦は終わったという。富山は祖父母が買うので1月で終わるという。仕方なく、カタログ注文になった。

 最近の傾向はキャラクターものが減ってシンプルなものになり、110の幅広でキャスター付きの袖机が流行だ。高さが変えられる机も構造的に弱いのでなくなった。インバーターでちらつきがなくなったのでスポットライトもなくなった。

 買ってから祐貴は引き出しに色々な玩具を入れて遊んでいる。小学生になった自覚と言えばいえるのかもしれない。机よりも、安定した椅子の方が大切である。

 未蘭も「早く一年生になりたいな」「ベンチョーしたい」というようになってワークブックを買ってやった。ちゃぶ台で勉強していたが、余っていたライティングビューローを与えた(後に学習机を購入)。


★学校【school】

 田舎では学校は選べないが、都会は大変だと思う。ジョージ・オーウェルは『葉蘭をそよがせよ』の中で「人が子どもに加えうる一番残酷な仕打ちは、自分より金持ちの師弟の学校に入れることだ」と主人公のゴードンに語らせている。同じことは映画『プリティ・イン・ピンク』でも、貧しい少女が金持ちの学校に入ってしまって、苦労する話が出てくる。


★入学式【entrance ceremony】

 国際化に合わせて9月入学という話も出ているが、入学式は桜咲く4月がいい。子どもの式典なのに母親の方に力が入った。

 最近は父親の出席も多くなったという。このまま大学まで…と思うが、フジテレビは入社式まで父兄同伴(招待)だという。日本的!


★担任【adviser】

 当たりか外れか、いい先生でないと棒に振ったようなものだ。幸い、明るい先生でよかった。越後三美子という先生だったが、机の中からいきなり絵を出して「私は苺・蜜柑(名前のもじり)ではありません」と笑わせていた。時々、間違えたことを連絡したりする人間味あふれる先生だったが、妊娠してつわりがひどくなり、1カ月休み、別の先生に代わった。おかげで色々な先生に習うことになった。


★昼食【lunch】

 未蘭にとっては給食は地獄だったようだ。ミルクが魔法使いの毒薬に見えるようだ。食べるのも遅かった。

 給食ではなく、弁当をもってきてくださいといわれることがある。朝から起きて大変だが、時には必要なのだろう。太宰治の『斜陽』のお母さまは「おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ」という。随筆家の岡部伊都子は「おむすびの味」という文でこの言葉を引用して「握りしめるこの指に、このてのひらに、何というふしぎな生命が通っているのでしょう」。でも、子どもたちはコンビニの弁当でいい(おいしい?)、とも言うことがあった。

 四方田犬彦は『ラブレーの子供たち』(新潮社)の中で次のように書いている。

 日本では幼稚園や小学校に通う子供をもつ母親にとって、弁当を拵えるという作業はきわめて緊張を要することだと見なされている。わが子がいかに教室という「世間」で恥をかくことなく、しかも同時に自尊心を満足させるように、昼食を準備するか。子供たちのお弁当を分析すると、日本社会が暗黙のうちに要求しているソフトな管理体制が浮かびあがってくることだろう。そのなかで澁澤龍彦の「反対日の丸」は、痛快きわまりない食べ物であった。

 澁澤龍彦のお弁当というのは次のようなものだったのだ。

「反対日の丸というのは、私の発明した概念で、要するに『白地に赤く』の反対、『赤地に白く』である。アンティ日の丸である。すなわち、ジャムの地の上にミルクの丸を塗ったものだ。私は新機軸を出したつもりで、得意満面になる。」(『玩物草紙』)


★名前シール【name seal】

 噂には聞いていたので名前はシールを購入した。ところが、変な形のシールがついていておはじき用と書いてある。算数セットをもらって初めて分かった。おはじきやプラスチックのお金にまで全部名前を書かなければならないのだ。

 ものを大切にという気持ちが分かるが、日本中の親がこんなムダをするなんて少しおかしい。学校で予備のセットを買ってもらうか、いっそ2セット買ってしまった方が早い。

 きっと子どもが小学生に入ったことを親に自覚させるための道具なのだろう。


★家庭訪問【house call】

 欧米にはきっとないと思うが日本には家庭訪問がある。片づけようとしたが、片づかず、勉強部屋だけに通した。先生が入るなり、祐貴は「ここにある本はパパの本だったけど全部くれたんだよ」と自慢した。先生は悪口を言わないようにしているらしく、2年の時は「剛胆で理詰め」といわれて泣き虫以外の何者でもないと思っていた親の理解を超えた。3年の先生には「駄洒落を飛ばす楽しいお子さん」と言われてしまった。5年の先生は「発想が豊か」と言われたが…。

 塾の先生も家庭訪問するのに驚いた。高校でも先生が家庭訪問してくる。一体…。


★勉強部屋【study room】

 家庭訪問で高校の先生がチェックしていたのは勉強机とベッドとの分離だった。近いとすぐに横になって勉強したつもりになるからなのだ。僕が底辺校でも絶望せずに自分で勉強ができたのは親が作ってくれた勉強部屋のおかげで、プライバシーは最低限必要だ。

 欧米では子どもの部屋というのは子どもの寝室と位置づけられている。米国では部屋の清掃や片付けは子どもの責任とされ、親はあまり部屋に入らない。子どもは帰宅後も居間で家族と過ごすことが多い。

 日本では勉強部屋として与えられている。「ホテル家族」となっていて、親は子どもがいない時に入室して清掃や片付けをする。 しかも勉強時間を減らしてはいけないと手伝いもさせない。そのため、子ども部屋が親子を隔てる障壁になっている。子どもがいる時に入り、遊びや勉強のことなど、何でも話すようにしてはどうだろう。遠慮せずに手伝いを頼み、台所でも一緒に過ごす時間を増やしたい。実際、勉強部屋を持たない子どもの方が賢くなるという統計もある。

 河合隼雄は『ココロの止まり木』(朝日)ではポーリン・ケントの話が紹介されている。欧米の部屋は「寝室」であって「個室」ではない。「子どもがドアを閉めて寝室にこもっていれば、親は異常事態だと受け止め、当然すぐにノックして子どもと話し合うために入ろうとする。ところが、日本の親は部屋にこもった子供を放っておくのがプライバシーの尊重だと考えているふうだ」。

 手伝いをどうさせるかは歴史や文化によって異なる。17世紀までヨーロッパでは「小さな大人」の扱いだったから仕事をするのが当たり前だった。狩猟民でもヘヤー・インディアンは子どもたちが生活技術を見よう見まねで学びとっていくが、ブッシュマン(サン族)などでは9、10歳になっても一切の手伝いをしないで、ただ遊んでいるという。

 池内紀は『世の中にひとこと』(NTT出版)の「子供の領分」で書いている。

 かわいい子には用事をさせる。暮らしの中に子供の領分を確保して、責任を与える。その間に覚えたことは一生忘れない。生ビールを飲みながら枝豆をつまむとき、エンドウ豆のサヤ取りをしたことを思い出す。たしかに豆のサヤ取りは子供の指先にぴったりだ。


★テスト【examination】

 「2ひきのねこと4ひきのいぬでなんびきになるでしょう」という問題で祐貴が答えを「6ひき」にして5点引かれた。「6ぴき」でないとダメだというのだ。

 日本だってニホンとニッポンの揺れがあるし、○にしてから「ぴき」の方がいいんじゃないかと担任代行のW先生に書いたら「小さいときから正しいことをきちんと教えて置かなければならない」との返事だった。先生の教育方針には揺れがないのだろうか。

 教師のやり方を批判したら成績で跳ね返ってくるとどこかに書いてあったのでこれ以上は詮索しなかった。


★競争社会【competitive society】

 F小学校は1年生でやたら級を取らせ、冬休みの宿題も百人一首を30首覚えてきなさいというものだという。競争社会に既に入っている。

 祐貴の小学校でも漢字テストが終わったと思ったら算数テストとひっきりなしで合格とかチャンピオンとか決められるので親にも力が入ってしまう。

 一方で、運動会では順位が出ないように工夫している学校もあるという。あんまり平等社会の理想を追っても、後に壁にぶつかるのではないだろうか。「努力さえすれば報われる」という言い方が通るのは、「すべての子どもには『努力する能力』が等しく備わっている」と人々が信じているからであるが、努力できない子どもも多いのである。少なくとも僕は体育会系の努力をすることができなかった。

 一番余暇の少ないのは一般的には30代後半から50代前半の働き盛りのサラリーマンと考えられるだろうが、最も余暇がない年代は小学5・6年生や中学2・3年生といった進学を控えた生徒たちでサラリーマンが2時間半から3時間なのに小中学生は2時間から1時間半しかない。百人一首なども自然に楽しめるようになっていれば最高なのに競争社会に組み込まれてしまう。

 幸か不幸か、高校生になると勉強を諦め、余暇時間が増える生徒も出てくるようだ。

 例外的な「万」や「母」の書き順などの暗記や情報量だけで実力を問うのはおかしい(が何も覚えていないのに“ゆとり”を標榜するのはもっとおかしい)。

いったんその偏差値つきの眼鏡でものを見始めたら、もう外せなくなる。わが子のテストをみるだけでは納まらない。子供が友達のことを話題にすれば、「で、その子の偏差値は?」ということになる。……その子の優しさ、大らかさ、勇気、大胆、率直、ユーモア、わがまま、生真面目さ、小心、冷淡、短気などなど、人柄や個性を表す言葉は、偏差値という評価の前では、不思議に、なんの意味も力も持たなくなってしまうのである。偏差値には、そういう恐ろしさが潜んでいた。
    ------村崎芙蓉子『カイワレ族の偏差値日記』(文藝春秋)

 偏差値教育だけが悪いわけではない。文部省が「新学力観」の一貫として打ち出した“内面評価”が生徒に大きな影を落としている。93年に中学から偏差値が追放され、「意欲・関心・態度」を点数化して調査書(内申書)に記入する評価方式が導入された。中学生は日常的に教師の評価の目にさらされている。「心の牢獄化」といわれても仕方がない。

 競争社会、すなわち実力社会に憧れる人も多いが、アメリカではストレスからセラトニン(プロザック「ハッピー・ドラッグ」という)に頼ったり、「注意力欠乏障害」などでリタリンが飲まれたりしている。これらの「ライフスタイルドラッグ」が日本で頭のよくなる薬として売られるようになったら恐い。プロザックなどは飲んでいる自分がホントの自分か、そうでない自分がホントの自分か分からなくなってくるのだ。

高度経済成長以降、日本の社会は、行政、教育までが効率優先の二分法だ。それはグーとパーだけでジャンケンをするようなもので、……みんなでパーになろうと努力した結果、地方の独自性は消滅した。いまこそ人間の真の『正気』を問う知恵としての『チョキ』が必要だ---大林宣彦

 競争が激しい分野ほど、勝つのは一握りで、多数は頻繁に失敗し負ける。「失敗を恐れるな」という激励は、なかなか勝てない人にとってちょっと偽善で、「人生とは失敗の山を築くことである」と言いきった方が正確だ。たまに成功するから格別にうれしいのだ。もちろん、競争が苦手なら競争が少ない分野を選ぶようにしてほしい。

 私はもともと「競争」は必要と考えている。自分の個性を伸ばし、やりたいkとをやろうとすると、何らかの競争が生じてくるし、それにおって自分が鍛えられる。ところが、中井さん【久夫=精神科医】が指摘しているのは、日本人は自分のやりたいことをやる、というのではなく、「集団から落ちこぼれない」ように頑張る。極端に言えば、一番になっておけば、まさか落ちこぼれることはあるまい、という「競争」をしている。つまり、競争の基盤が自分自身にあるのではなく、全体のなかにある。「自分はこれで行く」というのではなく、全体のなかで何番か、を問題にする。

 後者のような「競争」は個性を磨くよりも、潰すことに役立つのではなかろうか。こんな「競争」には、私も反対である。日本の多くの子どもは「落ちこぼれないための競争をさせられ」て、そのためにキレそうになっているのではなかろうか。

     河合隼雄『「出会い」の不思議』(紀伊国屋) 


★作文【composition】

 祐貴は毎週、「はつらつ」という日記が宿題なのだけれど、日曜の10時位に書けないといって泣き出してしまう。泣けば間違うし、間違えば泣くしで修羅場を演じている。

 1、2年生に作文はやっぱり負担である。僕自身、作文が嫌いだった。2年生の時に「僕は魚よりも肉が好き」という作文を誉められたっきりで未だに誉められたことがない。自信を持てないのは「何でも自由に書きなさい」という作文教育だったように思う。作文が嫌いな大人が多いが、こうして作られていくようだ。

 中には数十ページにもわたる作文を書く子もいるようだ。でも、少し早い気がする。原稿用紙というのも升目が大きくていいが、禁則も多いし、訂正が大変だ。その前に、型どおりでもいいから様々な文章が書けるように持っていくべきだろう。

#2年の半ばを過ぎてからあまり負担に感じないようになってきたようで4年生には「作家になる」というのだが…。

文章を書くことによって、子どもたちは思索力を手に入れる。個性を、自主性を、独創性を、分析力を身につける。一律ではない、多様な価値観、多様な考え方が身につく。そして、自己表現が豊かになり、自分のアイデンティティを取り戻すだろう。
    ------樋口裕一『ホンモノの文章力』(集英社新書)


★本好き【bookworm】

 僕は小さい頃から本ばかり読んでいて運動をしなかった。いいことばかりではないと思うが、どうすれば本好きにできるか考えてみる。祐貴はひらがなを覚えるのが遅かった方だが現在、本は好きである。作家になると言っているほどには読んでいないが…。

 


★いじめ【bullying】

 2年になって早速イジメが表面化した。まだ幼くて「バカ」という手紙を置いておいたり、物を隠したり、という程度なのだが、やっぱり。あんまり騒いではいけないといっているが、学級懇談会でも一番聞いてほしい、その子の親が最初に帰ってしまったという。他人のことはいえないが、両親との接触が少なすぎる家庭だ。

 中学生へのアンケートで「イジメはダメ」と言ったことがない父親が7割、母親が6割という結果も出ている。

 祐貴にイジメたり、イジメられたりしていないか聞くと「女の子にイジメられている!」といった。うーん。

 いじめの被害経験は日本13.9%でイギリス39.4%で非常に少ないが、長期間・ひんぱんないじめは日本が17.7%でイギリス12.4%と執拗なことが指摘されている。また、見知らぬ振りをする割合も高い。

 岩城宏之の『いじめの風景』(朝日新聞社)には昔の子どもたちのイジメの様子が出てくる。岩城はあとがきで次のように書いている。

 ただ一つだけ言えることは、日本に限らず世界じゅういじめは大昔からあったということだし、現在もあるということだ。だが大昔や中昔、普通の昔にもあったこのいじめで、現在の日本ほどの数の子どもの自殺者が出たような記録はあるのだろうか。多分ないと思う。

 いじめそのものをなくすことは人類には不可能だろう。問題はその程度であり、犠牲者の痛ましい数なのではないか。このことを世間の親たち、学校の先生たち、およびマスコミはもっと深く考えてほしいと思う。

 ほとんどの加害者はかつて被害者だったということがあるから、よほど注意しなければならない。どうして乱暴なのか、(学校では)校則を破るのか、叱る前に考えてあげなければならない。

 イジメにあった時の一般的な対処法を書いておく。本人が話し出すまで聞き役に徹することが大切である。精神科医との連携も場合によって必要。

 (1)事実を教師全員が共有し、確認する。(2)できるだけ早く、生徒、親たちに事実を公開することが大切。

 取引などせず、徹底した公開主義をとるべきである。学校が公開しない時、親は事実の公開を求めていくべき。全治十日以上のケガや大きなダメージを受けた時は迷わず警察に被害届を出す。

国立教育会館・いじめ問題対策情報センター子ども専用 0120-797-014
かわいクリニックhttp://www.amo-net.co.jp


★「パパ」と「お父さん」【“Daddy”and“Father”】

 祐貴は4歳をすぎると頼みもしないのに「パパ」というのを止めて「お父さん」というようになった。人によって違うと思うが、僕は年寄りくさくなったみたいであんまり嬉しくなかった。保育所の仲間に感化されたのだと思うが、淋しい。離婚した郷ひろみはアメリカかぶれで「ダディ」と呼ばせたいたようだ。

 群ようこは『半径500メートルの日常』(文藝春秋1993)で離婚前の郷一家について次のように書いている。

 その【渡辺徹と榊原郁恵夫婦】反対に、絶対に呼ばれることはないが、そうなったときに躊躇する芸能人夫婦はいったい誰かと考えて、まず頭に浮かんだのが郷ひろみ夫婦である。家に遊びにいくには、シャネルのお洋服やアクセサリーを身につけ、ケーキではない気のきいたおみやげのひとつも持っていかなければ軽蔑されそうだ。ただし白人のお友だちがいたら、連れていくととっても喜んでもらえる可能性はある。おまけに子どもには、日本の名前の他に「ケイティ」とかいう愛称まであるそうだ。いったいこれは何なのだ? もしも私の両親が「ビビアン」などという愛称を私につけて、毎日、平たい鼻ぺちゃの顔に向かって呼びかけていたら、相当に気持ち悪いことである。そういうことが平気でできる人の感覚はよくわからない。もしも次の男の子ができたらば、ぜひ「ゴンザレス」という愛称をつけていただきたい。

 「パパ」「ママ」を西洋かぶれという人もいるが、大言語学者のR・ヤコブソンには「なぜ、パパとママか」という論文もある。どの言語でも赤ちゃんが親を呼ぶ名前はパパとママであることが多いが、発音しやすく、最も対立する音を使用しているからだという。

 未蘭と同い年のHちゃんの家では小さい頃から「お父さん」「お母さん」と育てていた。うちによく遊びにきてつきあっているうちに僕のことを「パパ」と呼ぶようになって困ってしまった。人前で「パパ」と呼ばれてはかなわない。

 そうこうしているうちに未蘭がHちゃんのパパを「お父さん」と呼ぶようになった!

※最近は親のことを名前やニックネームで呼ぶ家庭も増えている。保母さんも同様に呼ぶ保育園もあるらしいが、(人生の)先輩を名前で呼ぶのは日本語の体系からは間違っている。「友達家族」でいいのだろうか?と悩みながら、自分は「とうちゃん」と呼ばれるようになってしまった。


★子ども言葉【Baby Talk】

 ある時、未蘭が「ママ、チュキ」というのでママが「私も大好きよ」と答えたが、指の向こうには月が煌々(こうこう)と輝いていた。

 あるお母さんに未蘭ちゃんは文字は上手なのにいつまでたっても(4歳)幼児語で話している。原因は両親とも甘やかせすぎているからで、大きくなってから苦労するよ、と指摘された。確かに未蘭の言葉遣いは子どもっぽい。何でも話せるのだが、シがチになるようなことが多い。

 母親言葉(motherese)に関する研究が最近は盛んでその特徴は次の通り。

 

 幼児語をどう扱うかに関して、最初から大人の言葉で話しなさい(ブーブーとかワンワンとか使うな)というのと、小さい頃は無理させないで幼児語にしておき、大きくなってから直せばいいという二つの立場があって難しい。ちなみに、英語に幼児語は少なく、これは人格が幼児期に完成するという聖書以来の考えに基づいたものと考えられる(養子の事実など欧米では早く教えるが、日本では大人にならないと教えない)。

 最近「サイレント・ベビー」が増えているといわれる。黙っていて反応しないか一方的に喋るだけの子どもである。子どもにストレスが多くなっている。これは(1)目を見て抱いてあげる(2)喃語にも喃語で、つまり母親言葉で答えてあげることが大切だといわれている。

 僕は子どもが大人びた言い回しをするのは嫌いだし、子どもはこどもらしくさせておきたいので幼児語については放ってあった。それとも、一緒に遊ぶから(ウチの子までに)幼児語が移るから止めてくれ、ということなのだろうか。

 あーあ、むじゅかちい。 cf.友定賢治編『全国幼児語辞典』東京堂出版


★電話【telephone】

 3歳半になったとき、未蘭がいきなり電話に出るようになった。会社の人から重要な用件でかかっているのにマイペースで話している。教えなければいつまでたってもきちんと対応のできない子どもになるし、むずかしい。そのうち、未蘭に触発されたのか祐貴まで電話に出るようになった。相手に嫌がられないようにマナーを教えなければならない。4歳半になったら研究室に電話をかけてくるようになった!


★自宅学習【home study 】

 進研ゼミを注文して入学準備号が届いた時、未蘭は付録を見せようと玄関に走った。祐貴は課題をこなして「今日は僕の新しい一日の始まりだね」などといった。迷ったけれど喜んで勉強しているから嬉しい。ただ、こういう教材の難しいところは自分の子どもの発達段階が分からないことで、5月生まれだと前の学年の分にするには早いし、今の学年では簡単すぎる。悩むところだ。

 教科書を見せながら「何も書いてなくて親が教えようがない。この教科書準拠の教材を使えば大丈夫」というセールスマンの触れ込みで30万近くの教材を買った人が近所にもたくさんいる。うちも来たが「父親が教師ですから」といったら帰ったという。それだけの教材でしかない。

 下着通販のS社の幼児教育教材を使ったことがある。教育法則化運動の主導者が監修しているという触れ込みだった。ところが、小さい頃から問題も漢字も難しすぎたし、祐貴は教材に興味を持たなかった。睦ちゃんは自分の教え方が足りないのだと悩んだものだが、結局、止めた。96年にS社は幼児教育から撤退することになったという。難しすぎて母親が絵本で子どもを叩くなどということもあったという。このことはたまたま、作詞家の名村宏さんの他の話題を書いた文章に出てきて分かったことだったが、睦ちゃんは幼児教育の挫折感からようやく解放された。もし、この文章に出会わなかったら……。

 幼児教育は下着を売るのとは違う。子どもの個性を法則化できるのだろうか。

 河合隼雄は「日本の教育の底にあるもの」(『臨床教育学入門』岩波書店)の中で次のように書いている。

 個性を育むには、それにふさわしい場が必要である。それは言うならば神聖な場所であり、秘密の場所なのだ。白日のもとにいつも曝されていては、真に貴重なものは生じてこない。ものごとが生まれるときは、それを生み出す闇が必要である。…いまの子どもたちは、かわいそうにビニールハウスに育てられ、都合のいいときに刈り取られてしまう植物のような存在になっていないだろうか。


★学習塾【“juku”/private tutoring school】

 祐貴より学年が一つ上なのだが半年早く生まれているSちゃんは4つも塾に通っているという。習字と水泳と算盤とピアノだそうでご同慶にたえない。書道3級、算盤7級で止めた僕にとっては、ちゃんとこなしているSちゃんはすごいと思う。

 ただ心配なのは大きくなってから疲れてしまわないかということだ。また、専門家によれば習い事は二つまででそれ以上だと飽きがきて、結局、飽きっぽい性格に育ってしまうという。もちろん、友達と遊ぶ時間がなくなってしまう。Sちゃんを心配していたが、その前に親が離婚してしまった。

 早期教育は嫌だし、実際祐貴が嫌がったので通わせなかったのだが、ある日、祐貴は飛びっきりの可愛い子ちゃんであるLちゃんが公文に通っていることを知ると6月から通うといい始めた。初日は「Lちゃんと3時に会うことに約束した」といって大騒ぎ。30分前から出かけようと諸星あたる状態になったが、親の予想通り、1カ月で振られてしまった。でも、続けていて計算は当たり前だが速くなった。

 だから公文は悪いとは単純に思わないが、子どもの性格によっては合わない子どもも多いと思う。祐貴が同じ所で全然進まないのにイライラしてしまったが、僕があんなに同じ問題を繰り返させられたらきっと音を上げていただろう。満点でなくてもいいという考え方もあるのに…。

 夏には4歳の未蘭まで「チョウガッコーのオベンチョーしたい」と通い始めた。「まだいいよ」というのに言うことを聞かなかった。

 塾から鼻歌を歌いながらルンルン気分でおうちに帰ってくる。3カ月で祐貴が始めた段階に追いついてしまった。

 公文の国語や英語には疑問がある。僕だったらイライラしてダメになるだろうな、という気もする。『宇宙の戦士』Starship Troopersの訳者後記にハインラインの「子どもを知識に導くことができるが、考えさせることはできないのだ」という言葉が紹介されている。できなくはないが、困難であることは確かだ。

 塾や家庭教師やマルチメディアなど教育の万全準備はできているのに賢い子どもはどこへ行ったのだろう。

※公文は長男が4年生、長女が1年生の時に止めた。長く続けると今までお金をかけたのに、という気持ちになるので、止めるなら早く決断した方が子どもにも親にも得策だ。初期投資(「初期投棄」とも)だけで済む。バイオリンの才能があったら、と考えただけで…。

※公文を「挫折」した形で気持ち悪かったのだが、ちゃんと数学が得意な子どもになっている。

□「公文への愚問」


★芸術教育【artistic education】

 チェロのヨーヨー・マの姉ユーチョンは2歳半の時に父親からバイオリンを教わった。何度もコンクールで優勝したことがあるが、4歳半でチェロを始めた弟が追い越してしまった。ユーチョンは15歳でノイローゼになってしまった。後に小児科医になったが、「子どもの仕事は遊ぶこと」と断言し、子どもにプレッシャーを与える親に対しては厳しく「私は左手の技術と引き換えに、子ども時代を失ってしまった」と言う。

 芸術教育は早教育が必要であるが、無理強いはダメだ。逆に無理に才能を奪い取ろうとしても無駄である。レナード・バーンスタインの両親は息子がプロの音楽家になることを嫌い、家のピアノを処分した…。

 早期教育も子どもの可能性を伸ばすと信じられているが、例えば音楽で伸ばそうと躍起になるのは逆に他の可能性を摘むことになる。

 祐貴は絶対に音楽家にはしないように音楽は教えなかった。芸術の道は長く曲がりくねっているからだ。未蘭は5歳からヤマハ幼児教室に通っている。友達に誘われたからなのだが、声楽家の妻が教えればいいのではという人もいる。迷ったのだが、親子だと甘えるし、歌とピアノは違うと考えて他人に委ねている。公文よりは体系的なので満足している。

 おばあちゃんは書道の師範だが、祐貴も同様、別のところで習字を教わっている。

ピアノは人を楽しませるために存在しているのであって、人はピアノを学ぶために存在しているのではない------アラン・ケイ(マルチメディアの思想家)


★通信簿【school report】

 プラウゼの『天才の通信簿』によるとアインシュタイン、ワーグナーは「ほとんど落第」、チャーチル、ヘッセは「絶望的な学校憎悪」、ガンジー、ドストエフスキーは「可もなく不可もない」という。もちろん、カントやキュリー夫人は「優秀」なのだけど、問題は天才にとって学校生活は一様でない。ダーウィンが高校を出たときはあまりの平凡さのためにお父さんを含めて期待した人はいなかったという。

 僕らの頃の通信簿とは違っているのは知っていたが、ホントに分からない。とりあえず、Aが3つあったが、妻は少ないと悩んでいる。子どもらは見せ合っているらしく、SちゃんはいっぱいAがあったとか、Cの子もいたとかいっている。学習雑誌は通信簿のホントの読み方というのを特集していたが、県によって違うのか役に立たなかった。

 親としてはうちの子も頑張っているという魂の救済がほしいだけなのだ!

※結局、小学校の成績は当てにならないと考えることにした。

すると、おとなの人たちは、外がわをかこうと、内がわをかこうと、ウワバミの絵なんかはやめにして、地理と歴史と算数と文法に精を出しなさい、といいました。------『星の王子さま』


★夏休みの課題【homework during summer vacation】

 祐貴1年の夏休みは遊びほうけたために宿題が残った。工夫した工作を提出と言われても1年生では何もできない。結局、親の工作大会になる。ところがこれが難しい。あまり手を入れるとバレそうだし、手を抜くと貧弱すぎる。同じ課題で創造性を発揮できるようにならないか、恨めしく思いながら工作を続ける親心である。

 夏休みの宿題は近代オリンピックと歩調を合わせるようにスタートし、普及してきた。開会式や競技の体裁が整ったのは1908(明治41)年の第4回ロンドン大会で、クーベルタン男爵の「参加することに意義がある」の名言も生まれた。同じ年、日本で「夏期休暇小学生日記」と題する宿題帳が発売された。日記の扉に記された「編纂(さん)の趣旨」が麗々しい。「休暇中の児童の脳髄を過用せしむることの不可なるは識者を俟(ま)たずして明(あきらか)なるも、さりとてまつたく之(これ)を放任するは所謂(いわゆる)、愛着、人の子を賊(そこな)ふものたる事を免れず。……(本書は)確かに児童が避暑消閑の好伴侶たるべきを信ず」。

 ある先生に聞いたら「出すのも出さないのも自由だから子どもには出させなかった」という。そういう解釈もあるが…。


★死【death】

 おじいちゃんが亡くなった。半年も前から入院していて1カ月前に死の宣告があったし、90近くも年が離れていて一緒に遊んだことがなかったので子どもたちに衝撃は少なかったように思う。死んでから家に戻ってきた時も、納棺の時ももっと怖がるかと思っていたが、大丈夫だった。骨拾いでも長い箸を上手に使って拾っていた。

 祐貴は1年生の「はつらつ」という日記に「ほねをひろいながらおじいちゃんのことをおもいうかべていました。」と書いた。本七日に位牌の「至徳院釈晃専」という戒名の紙の後ろにメモが入っていたので見ると未蘭のたどたどしい字で「おじいちゃん ほんとうにありがとう」と書いてあった。

 京都に納骨に行って骨を収めたとたん、未蘭は泣き始めていた。


★伝統【tradition】

今日、伝統文化が無意識のうちに行っていた環境教育を、かつての子供の遊びを通して見直すことも無意味なことではない。------飯島吉春『子供の民俗学』(新曜社)

 祐貴は獅子舞のキリコ(獅子の前で踊る稚児)を踊った。学芸会で民謡の「のじた」も歌った。とてもいいことだと思う。

 現代は「豊かな社会」のために子どもたちが失業状態にある。あてにされない被保護者で、無権利の状態から救わなければならない。地域などで出番をもつことが大切である。早期学習などによって“子ども”ということさえ発揮できない状態にある。伝統や自然の環境からの意欲や感動をもつことが難しくなっている。ハレの日を復活させなければならない。

 社会学者の加藤秀俊は幼いころ、明治生まれの祖母が「子供は“市(いち)の風”にあてねば」と語るのをしばしば耳にしたという。「市の風」とは世間のことを指す。行商人が来れば、買い物の場に子供を同席させた。「血縁集団以外の、まったく見知らぬ世界への目をひらく機会なのであった」と書いている(『暮らしの世相史』中公新書)。昔は地域が躾をしたのだった。

 地域に「モノンクル」(私のおじさん→何でも相談できる人)をもつことも大切だ。長谷川如是閑は『私の常識哲学』で昔は「内容を詳しくいうと一冊の本になるくらいのこと」を「間抜け」「とんま」「バカヤロウ」などのひとことで片づけてしまっていた。子どもがしくじると母親が「だからいわないこっちゃない」と口をはさんだという。つまり、「庶民階級の間では、言語による教育は、たいていコゴトという形でしか行われなかったのです」と書いている。「サイコ・ポンポス(psychopompos)といって「魂の導者」ということもある。教育者ではなく、導く人が必要なのだ。

 レイチェル・カーソンは『センス・オブ・ワンダー』(佑学社)のなかで「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)をいつも新鮮にたもちつづけるためには私たちが住んでいる世界の喜び、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、側にいる必要があります」と述べている。


★スクール・ボランティア【school volunteer】

 朝日新聞の社説(98年1月7日)「学び合いの共同体を」で新潟県小千谷小学校の歴史と新しい教育の試みが紹介してあった。小千谷はモダニズムの詩人西脇順三郎がこの故郷を「山あり河あり、暁と夕陽とが綴れ織る この美しき野」と歌った町だ。この日本一古い公立小学校の創設者・山本比呂伎は「子どもたちを決して急いで追い立てることなく、いたわり引き寄せて、悠々のびのびと学ばせ、天性の真を一人ひとりに育てあげる」と説いた。「学問は身を立てる財本(もとで)」という国の学制の宣言を拒んで創設者は学校を去った。現在は父母たちが仕事や生活の知恵を生かして先生の助手として授業に参加しているという。「授業参観」から「授業参加」で、親が算数の授業で子どものグループに入り、計算が正解かどうか調べたり、環境問題の学習で、ゴミの分別収集について話したりしてきた。図書館の係も親がしている。

 妻も卒業式とか学芸会など特別な時だけだが、「ボランティア」で小学校の合唱の指導をしている。初めて新聞に取り上げられて注目された卒業式で、子どもたちも(それ以上に)先生たちもアガってしまって、伴奏の先生が泣き出すという事件もあった。

 学校ボランティアというのが欧米のように広がって新聞ダネにならなくなる日が早く来ないかと思う。

#その後ボランティアが定着して83歳にもなるおばあちゃんは小学校へ俳句を教えに行ったり、裁縫を教えに行ったりしている。


★ユリイカ!【Eureka!】

 指揮者・岩城宏之のマリンバコンサートに出かけたら、なぜ、マリンバに惹かれたかという話になった。小中時代は体が弱くて寝てばかりいたのだが、ある日、ラジオでマリンバの演奏を聞いて惹かれてしまったのだそうだ。最初、父親に玩具の木琴を買ってきてもらったのだが、自己流に弾いているとどうも出ない音がある、それは5つあるということを発見したそうだ。もっと立派な木琴を買ってもらうと半音が付いていたという。お兄さんがギターを始めた時にはそのコードを自分で発見したという。学校へちゃんといっている子に自慢すると、そんな和音は教科書の第1ページに出ていることだと笑われたのだが、今でも自分で発見したことを誇りにしているという。

 岩城宏之は何も教育論を話そうとしたのではないが、立派な教育論になっていた。

 今の教育は与えすぎだ。早期教育が必要というので、その傾向がもっと強くなっている。レディネス(発達段階)というものを忘れた教育になっている。

 いきなり「あいうえお」の本を与えて覚えさせようとしたり、いきなり音符の説明から始めるのは、問題がある。発達を待っていたらちゃんと自分で分かるようになる。

 漢字をいきなり覚えさせたら効果があった話も聞くが、うちの子にはダメだった。

 祐貴には文字を特に教えなかった。小学校に入る直前にやればいいと思っていた。教えないでもウルトラマンが大好きで図鑑を読んでいるうちに自然に覚えていった。僕は中学の漢字テストで全校一を誇った(自慢!)ものだが、これも漢字の勉強をしたからではなく、漫画(当時は月刊漫画雑誌の全盛時代)のルビで覚えたのだ。

 必要なのはエウレカ(英語流に「ユリイカ」ということもある)なのである。

 エウレカというのはアルキメデスが裸になって叫んだ言葉だ。

 新田次郎の息子・藤原正彦は『国語が祖国』(講談社)で「ダイハッケン」というエッセーを書いている。子どもたちが生活の中で何か発見するとお父さんに報告する。その斬新さによって、「大発見」「中発見」「小発見」と査定して表彰したという。

 ノーベル物理学者の自伝『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(岩波)のによればファインマンの父親は週末ごとに森へ散歩へ連れていってくれたという。父親に鳥の名前を聞いても適当な名前をいわれるだけだったというが、次のようにいわれたという。

「世界中のことばであの鳥の名前は覚えられる。だけど、ぜんぶ覚えても、あの鳥がどんなものかは少しもわかってないんだよ。ただ、所が変われば名前の呼び方も変わるってことしかわかっていないんだ。だから、あの鳥をじっと見て、何をしているかを理解するんだ。それが、大事なんだよ」(私は、ごく幼いうちに、ものの名前を知ることとそのものを知ることの違いをならった)

 ファインマンの父親は科学者でも哲学者でもなかったが、知の本質を見抜いていた。それはソフィストから学んだ知で満足しようとする若者たちに対話を仕掛けるソクラテスの精神に通じるものだ。ファインマンは知の蓄積でなく、知の探求の仕方を教わったのだ。


パソコン狂想曲【PC Rhapsody】

 Windows95が出た後、ウィンドーショッピングをしていたら店員に「パソコンて何年生から授業に入るのですか?」と不安そうに聞いている人がいた。学校で使うから買わなければならないように思っているらしい。パソコンは恐れずに足りないし、期待しすぎてもダメだ。1年生の学習机にパソコンが載せられるようになっているのもおかしい。今の動きは産業界を中心に情報化に遅れると負けるという発想がある。情報をあらゆる人々によって共有して情報社会を作っていく、そういう動機や理想を持った新しい社会を作っていかなければならないのに競争ばかりが目立つ。「電子個人主義」というのを形成してしまったら、将来に悔恨を残す。

 日本人はパソコンを予習のために買うようだ。考えてみれば、音楽も聞いて楽しむこと自体が目的なのに「情操教育のためにいい」という。予習が好きな民族なのだ。

 幼稚園はいい小学校に入るための、小学校はいい中学に入るための……大学もいい会社に入るための予備校になっている。予備校ばかりで一体、いつ人生を楽しむのか。70年代以降「教育中心家族」が多くなっている。

 ここではパソコンに関しての基本的な考え方を書いておく。

 インターネットに大きな期待がかかっているが、ストール『インターネットはからっぽの巣』(草思社)を待つまでもなく、善意の、コンピューターという道具をよく知らない人々が期待を膨らませているいるだけで、情報が速く伝わることが生活や仕事をよりよくするものではない。蔵書を整備すべきなのに電算化の方が優先されて本末転倒の状態になってきている。大学生までパソコンもインターネットもに触らせなくてもいい。1日で覚えてしまう程度のものを騒ぐ必要はない。

 子ども用ソフトの中心は何といってもCD-ROMである。一番人気のあるのはブローダーバンド社のリビングブックシリーズである。どのCD-ROMも最初の作品「おばあちゃんと僕と」の影響が感じられる。アメリカ製は子どもも大人も遊べるものが多くて、意外性があって面白い。教育的効果を感じさせないところがミソだ。日本製はテスト形式が多くて遊び心が少ない。

 子どもたちをパソコンで遊ばすのも教育用のソフトを使って何かを覚えさせようというのではない。色々な世界でさまざまな発見をしていってくれればいいと思うからである。インターネットやマルチメディアの指使いは前頭葉を刺激して記憶や判断力をよくするという調査結果もあるようだが、そんな宣伝に乗せられてはいけない。ジェーン・ハーリー『コンピューターが子どもの心を変える』(大修館)にはコンピューター先進国アメリカからの緊急報告がなされている。実体験を欠いて思考能力が低下し、心が閉ざされた子どもたちが増えているいう。

 ただ、便利だから僕もつい、子ども達にCD-ROMをあてがって済ましている部分がある。スノーマンのCD-ROMも出たが、作家のレイモンド・ブリッグズはこれを危惧して次のようにいっている。

CD-ROMに接することで、現代の子供たちは様々な情報をすばやく吸収し、選択する能力を身につけるのでしょう。ただ、親が子供に本を読んでやったり、紙の上に文字を書いたり、ハサミを使って切り張りする作業に代わって、マウスに置かれた右手人さし指の動きですべてを操作すると考えたら……ちょっと恐ろしいですね。


★ヴァーチャル・リアリティ【virtual reality】

モノをいじる手があり、遊び心が働いてこそ、おもちゃの命が宿る----森下みさ子『おもちゃ革命』(岩波)

 テレビゲームの影響で自分たちのしていることにリアリティがもてない子どもが増えているような気がする。テレビゲームを真似して自分たちの暴行シーンをビデオに収めるという事件も起きた。似たような議論は映画やテレビが出てきた時にもなされたが、家族自体がゲーム化していてリアリティが失われているように思える。宮崎駿は第52回ベルリン国際映画祭で『千と千尋の神隠し』が日本映画として39年ぶり、アニメとして初の金熊賞(グランプリ)を獲得した時のインタビューで「自分たちもビデオを売っているが、ビデオを見たりゲームをして何時間もテレビの前にいることで、まともな子供が育つわけがない。喜ばれれば喜ばれるほどジレンマを感じる。この国の一番大きな問題」と語った。

 FAXや携帯電話やPHS、そしてインターネットなど情報機器があふれていて大量の情報が流れてくるが、ナマの情報からは遠ざけられる。未蘭の幼稚園で急須を湯飲みをみせたが名前も使用法も分かる子はいなかった。『アルプスの少女ハイジ』の中でクララは家から一歩も出ず絵本だけの間接体験だけで「知ってるつもり」になっていて、これを「クララ現象」と呼ぶ。そんな子どもばかりにならないように注意しなければならない。

 イワン・イリイチは『エネルギーと公正』で「金は金で測ることのできないものの価値を奪っていく」と喝破したが、産業社会が進むつれて、商品への依存度が高まるに連れて、人間の能力が失われていく。リアリティがないから飽きても構わない。現実のペットなら死んだら大変だが、「たまごっち」ではリセットすればすぐに卵が生まれ変わる。

 おままごともヴァーチャルだが、相手は機械でなく人間だった。

 と書いているうちに「酒鬼薔薇聖斗」の事件や「バタフライナイフ」事件が起きた。99年には新潟小千谷で、2000年には愛知豊川市で「人を殺したかった」という動機で殺人を犯す高校生が出た。

 ただ、明橋大二『輝ける子』(1万年堂出版)によれば、テレビゲームが不登校や引きこもりの原因になることは少なくて、むしろ、子どもの心のよりどころになっていることも多いという。そして、子どもの心が何よりも傷つくのは、生身の人から投げつけられた言葉や暴力であって、ゲームの登場人物ではない、と断言している。

 引きこもりが全て悪かというとそんなことはない。思春期から青年期に「孤独力」を養っておいた方が後半の人生に強いかもしれない。作家の自伝などを読むと引きこもりになった人も多い。三田誠広などは典型的かもしれない。親が慌てないことだと呑気に思ったりする。

 引きこもりの青年を主人公にした『共生虫』を書いた村上龍『文学的エッセイ集』(シングルカット社)の「引きこもりと新しい規範について」の中で村上は個人的な考えで正解かどうかわからないと断りながら、次のように書いている。

1:十八歳で引きこもりを始めた青年よりは、小学生で引きこもりが始まった子どものほうが回復の可能性が大きい、と考えて、まず親がリラックスすべきだ。親の不安や焦りは子どもへのプレッシャーになる。
2:次に子どもを何とかしてリラックスさせる。あるフリースクールの教師は、まず子どもと一緒に釣りに行って話をすることから始めるらしい。
3:人生の「戦略」として「好きなこと」を探すことを子どもに勧める。大前提的に勉強しなければいけないから勉強するのではなく、好きな学問の分野があったほうが充実した人生を送る上でアドバンテージを得られるから、自分が好きなことを探したほうがいい、と教える。


★オウムと日本人【Aum Shinrikyo and the Japanese】

 オウム事件は理科系のエリートたちが単純な神秘主義に囚われてしまったことから起きた。「神国日本」とか「神風」を笑うところから出発した戦後の科学教育の敗北といえる。桎梏を解かれたマルクス主義が盛んになったが、スターリン批判で陣営が割れ、追い打ちをかけるように公害、核の恐怖、人口爆発など従来のイデオロギーでは解決できないことが多くなってきた。ソ連の崩壊や左翼の分裂などで敵も味方も見えなくなってきた。そこへ終末史観が忍び寄ってきたとしか思えない。「近代知」を疑って中世を理想化するのも結構だが、もう一度、人間というものを見直す必要がある。

 オウムに入った動機は林郁夫のように交通事故、青山弁護士のようにケガ、上祐のように超能力の3つに分けられる。(他人から見ると)小さな挫折や子どもだましで入信しているが、まさにEQが低いのであり、挫折回復能力に欠けていたといえる。

 また、有田芳生によれば反抗期をもっていなかった人が多いという。

 実際よく見ると、今の子どもたちは反抗期がなくて、自立期もなくて素直である。会社に入っても適応力が高くて期待を察知する能力もあり、周囲との軋轢も回避できる。反抗期を迎えない子どもは実は親に嫌われたくなくて自分を殺し、〈いい子病〉にかかっているともいえる。時にはダメな自分を見せるが大切だ。

 親孝行せよ、教師を敬えと道徳の教科書で教わって素直に聞く子どもは逆の意味で恐ろしい。反抗した揚げ句の協調でなければ、別のものにも従順に、盲目的について行くことになる。

 そういう人々で作られるサティアンのような社会はトータルに見ると面白くない。喜怒哀楽の感情があって、人生を自分なりに選びとって生きていることに立ち返る、自分のモチーフ(理想)やエピソードを持った人々が生きられる社会にしなければならない。

  免疫学者の多田富雄は『落葉隻語』(青土社)の「賞味期限に頼らぬ知恵」で、近ごろの日本人の「過剰な無菌志向」を案じて「子供がたまに発熱したり下痢したりするのは、黴菌との戦い方を習得しているからである。学習の場は主に腸管である。成長の時期にここで戦い方を学習しないと、雑菌に対する抵抗力が弱くなり、逆にアレルギーを起こしやすい体質になる。免疫学者の私が言うのだ。信じていい」という。

「いいこ」 谷川俊太郎  『わらべうた』(集英社文庫)
 
となりのよっちゃん とってもいいこ 
おやのいうこと なんでもきいてしけんはいつも 
ひゃくてんとって さけものまなきゃ 
たばこもすわずいちんちろっかい はをみがく

となりのよっちゃん とってもいいこ 
もらったこづかい みんなかえして 
じゅくからじゅくへ わきめもふらず 
てれびもみなけりゃ まんがもよまず 
ゆめのなかでは といれのそうじ


★拝金主義【mommonism】

 明治期、日本に滞在した英国の言語学者チェンバレンは『日本事物誌』で「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。実に、貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」と書いた。そして「ほんものの平等精神が(われわれはみな同じ人間だと心底から信じる心が)、社会の隅々まで浸透している」。

 96年末の『ニューズウィーク』(アジア版)が日本社会の性風俗文化を特集して「援助交際」、テレクラに電話する女子高生、週刊誌に氾濫するポルノや「ヘアヌード」を分析して次のように記者は書いている。

「国全体がモラルを失い始めているのだろうか。いや、それとも違う。『てっとり早く儲けたい』という風潮がいっこうに衰えていないということなのである」

 うちの学生たちにバイトをやめろといっても聞かない。お金が足りないのではなくて買う物が多すぎる。バブル以降、日本中が拝金主義に陥っている。昔に比べて自由をもっているといっても金銭的なものであって、塾からコンビニに寄ってマンガを立ち読みしてドリンク剤を飲む姿は既に都市労働者になっている。

不合理なものを排除し、自分にとって不利益となるものは切り捨てていくという経済主義を優先させれば、子供など無用の長物にすぎないという結論は目にみえている。------山下悦子『「女性の時代」という神話』(青弓社)

 クイズ『悪魔のささやき』を見ていて冗談で「ママも出たら?」といったら祐貴は「うちは貧乏なの?」と心配した。

 ホント、お金さえあれば貧乏なんか気にならないのに…。

 お金自体は悪くない。汚くない。漱石の『こころ』で「先生」が言う。「多くの善人がいざという場合に突然悪人になるのだから、油断しては不可(いけ)ない」と。いざという場合とはお金を前にした時だという。

 ミヒャエル・エンデの『鏡のなかの鏡』で説教師が熱っぽく語る。「お金は万能であり…お金は神である!」…。2006年、同じように叫んだホリエモン(堀江貴文)や村上世彰が逮捕された。これで拝金主義も収まるのか。


★知育優先主義教育の欠陥【the defect of knowledge-oriented education】

 日本人はインテリジェントかも知れないが、インテレクチャルではない。つまり、知識はあるが、知恵がない。それは教育に起因する。なぜ、知育優先が悪いか朝日の論説委員だった松山幸雄の話を引用する。

 

 そうだ、そうだと思いながら、同僚の先生の息子が東大法学部から郵政省に入ったという自慢話を聞くと、こんな風に書いているのが犬の遠吠えのように思われるそうで嫌になる。教師というのは子どもの進学で評価される面もあるのだ。

 郵政省に入ったのは利権がおいしいからだというが、そんな風には育てたくない。実際、最近の高級官僚の無軌道振りを見ると日本の教育が知識偏重でなく、暗記偏重だと思わざるをえない。官庁にしろ、山一証券にしろ、東大比率の高いところが行き詰まっている。受験エリートに国は救えない。

 「知」とは、関心のあることを自ら探求することで本来、学ぶことは楽しいはずだ。人は学んでさらに出てきた疑問を解こうとする欲求がある。これを「知の欲動」 (半田智久『知能環境論』) という。これを喚起するような教育でないと日本は行き詰まってしまう。

 他にも一番芸術に関心がない知人の息子が芸大に入ったりと家庭環境と学歴はあんまり関係がないのかしら?

 別の友人は息子が東大の西洋史に入り、大学院まで出たのだけれど、医者になりたいといって浪人していると悩んでいた。僕なんか大学に入って2週間で受験勉強のことは全て忘れてしまい、浪人など考えもしなったのに、偉いというか、何というか。


★表現力とコミュニケーション能力(communicative competence to express oneself)

 小さい頃から英語を強制するのはアメリカに魂を売ることだ。日本人として日本語をしっかり学ばせなければならない。表現には音楽や絵画やバレエなどがあるが、中心は言葉である。日本語だ。

 21世紀の子どもたちに必要なのは発想力とチーム力と失敗を克服する力であろう。どれも表現力がなければ実現できないことだ。

 豊かな言葉は“生きる”ことの基本的な力だし、思考や生き方にも大きな影響を与える。自分を伝えることで相手の気持ちをくみ取ることができる。図鑑や絵本だけの言葉では足りない。プリンを食べなければおいしさが分からないように「草いきれ」を教えるのに暑い夏の日に這いずり回ることが大切で、豊かな経験が豊かな言葉を生み出す。

 そして、子どもの話や悩みを聴いてあげなければならない。その日のうちか、翌日にしないとモヤモヤがたまっていくだけだ。

 「美しい笑いは家の中の太陽である」とイギリスの小説家サッカレーも書いているが、言葉を育てるポイントは文字を教えることでなく、豊かな親子関係が基盤である。要点は次の通り。

 


★「悠々と独歩せよ」【"Be Independent"】

 自立するとは誰にも頼らないことではない。頼る相手と自分の関係をきちんと知った上で頼ることである。一人では生きていけないのだから。

 支えてくれるものに頼って立つのが「非-自立者」で、支えを求めてくれるものを利用して立つのが「自立者」なのだ。【…】
(前者は)「どこかに堅牢な基盤があるにちがいない」と信じて、それを必死に探しながら他者と関係している。
 一方は、「どこにも堅牢な基盤などない」ことを知っていて、他者との「やりとり」の中江バランスを保つことに集中している。
 その意識の照準のあわせ方がちがうのだ。
「自立者」というのは堅牢な基盤の上に立っているもののことではない。そうではなく、「自分が」つかまっているもの、「自分に」つかまっているもの、そういったすべての関係するファクターの織りなすネットワークのうちに、自分の「いるべき場所」を見つけ出すことのできる人間のことなのだ。---内田樹『期間限定の思想2』(晶文社)

 林望先生の『テーブルの雲』(新潮文庫)を読んでいたら子育て論が出ていたので紹介する。

 まず、最大の目標は、この子たちを、「ひとかど」の人物に育成することである。「ひとかど」とは文字どおりなにかどこかひとつ「かど」があることだ。「かど」は、突出して目に立つところ【…】それが、社会の役に立つレベルのことでなければならぬ、それが私たちの考える「ひとかど」である。【…】日本の社会の中では、こういう考え方は異端である。みんながなにをやっていようと、自分がやりたくなければやらなくてよい。そのかわり、それによって生ずる孤独には耐えなければならない、それが「ひとかど」の原理である。そうなるためには、まず「おのれ」が大切だ。おのれを持して譲らない勇気が必要だ。しかし、命や身体が損なわれては元も子もない。したがって、危険なことには決して近づくな。かくのごとく私たちは教えてきた。

 できるだけ、彼らが望むことは叶えてやろう。望まぬことはやらなくても済むように力をかしてやろう。なにか悪戯をしても、その理由を聞いてことの善し悪しを説諭しよう。絶対に殴ったり怒鳴ったりはすまい。彼らがなにかにチャレンジして、失敗しても家に帰ってくればすべてが許される、とそういう場所(家庭)を用意しておいてやろう。そうして、家の中では、しょっちゅう冗談ばかり言って、猥褻なことも下らぬことも、すべてそのまま見せて育てよう。水清きに魚棲まず、俺たちもしょせんは矛盾に満ちた人間なのだ。聖人君子ぶることはすまい。男女の差別は一切排除しよう。いつもじっと彼らを見守っていよう。そのようにして、一生懸命、全力を尽くして仕事も子育てもやろう。これが私たちの個人主義的子育ての原理である。


★しつけ【discipline】---「子ども叱るな、昨日の自分。年寄り笑うな、明日の自分」

やっちゃいけないことと、やっちゃいけないと言われてるだけのこととは、 全然違うってこと-----矢吹省司『グリムはこころの診察室 』(平凡社)

 「躾」という漢字は国字、つまり日本で作られた漢字である。「身を美しく」という日本人の美意識が出ている言葉で、「仕付く」と仏教語の「習気(じつけ)」(身についたならわし、習慣)が合わさってできたとされる。

 岸田今日子は風変わりな子どもが好きだったと書いていた。ほかの子とテンポが合わないような子がいるとうれしくなってしまう。ところが自分の子が生まれると、勝手が違ってきて「早くご飯を食べなさい」「宿題はしたの?」ばかり。わが子が仲間はずれになりはしないかと気にかかる。今や、ただの大人になってしまったのだろうか?

 シェイクスピアの『ベニスの商人』の裁判は血を流していいとは書いてないからといって肉を1ポンド切り取ることを許さないがおかしい。日本国憲法のどこにも空気を吸っていいとは書いてない、だからといって吸うなという訳にはいかないのだ。つまり、肉を着れば血が出ることは予想できることだから禁止できない。つまり、「煙草を吸ってはいいが、噴いてはいけない」というようなものだ。

 デュルケームは「無規制状態の人間の感性はそれ自体では底なしの深淵である」といった。子どもが欲しがれば買い与え、その場では双方に「幸福」である。でも、要求が過大になると求めることとできることのギャップが大きくなり、その不満に耐えかねた子どもが反社会的な行動に走ることがある。

 『菊と刀』を書いたルース・ベネディクトによると、日本人の人生では0歳の時は、非常に自由度が高い。しかし七つ過ぎる頃からあれしちゃいけない、これしちゃいけませんと、躾が段々ときびしくなってくるし、さらに受験競争があって、会社の就職試験があって、社会的重圧もうんとかかってくる。つまり、おとな時代は、自由度がいちじるしく減退してゆく時期で日本人の人生をグラフに書くとU字型だという。

 1878年(明治11年)にイギリスの旅行家イザベラ・バードは日本の東北地方を周遊します(『日本奥地紀行』東洋文庫) 。学校教育が進む以前の日本の家庭や親子関係を活写しており、「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない……抱いたり、背負ったり……手をとり……子どもがいないといつもつまらなそうである」と書いている。今日でも考えさせられる所があると、民俗学者の宮本常一は『イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』(平凡社)の中で述べている。

 2000年2月に発表された子どものしつけや生活についての国際比較の結果で例えば、父母から「うそをつかないように」とどの程度言われるか「父親によく言われる」のは日本11%、韓国41%、米国47%、イギリス44%、ドイツ28%。「母親に……」も、似たような数字だった。

 どうすれば、脱却できるのだろう。過保護や過干渉もいけないし、まして放任やスパルタもいけない。「心は掛けても手は掛けない」とよくいわれるが、「心を掛けずに手を掛ける」人が多いのではないだろうか。心理学にハリネズミコンプレックスというのがあってハリネズミは体を温めようとすると針がささるし、遠ければ温まらない。その距離が微妙でむずかしい。

 子育ての妙は「なる(自然)」と「つくる(人為)」の調和だ。

 また、怒ると叱るは違う。自己の感情に委せるのと相手の向上を願うのと違う。女子高生コンクリート詰め殺人の主犯格の少年は「親に怒られたことはあるけれど叱られたことはなかった」と述懐している。しつけの名で、子どもに八つ当たりしている親も多いのだ。不登校や引きこもりの原因が、過剰な指示や叱責による「しつけ」であることも多い。

 叱る時には「行為は認めず、気持ちを受容する」ことが大切だ。行為をとがめても、人格を否定しないということだ。

 友達みたいな父親がいるが、子どもとは距離を置いて自分のことをある程度、棚に上げないと叱れないだろう。親子には両面性がある。

 大江健三郎は「『家族のきずな』の両義性」(『あいまいな日本の私』岩波新書)という講演で次のように話している。

 自分たちも家庭をつくるとなると、子供たちを育てていく役割と、それを弾圧する役割というものをどうも持つのらしい。それから子供たちは父親に、あるいは母親に強い影響を受けると同時に、それに反逆しなければ成長していけない側面も持っている。そういう両義性があって、それは必ずしもすべて否定されるべきではない。

 明橋大二『輝ける子』(1万年堂出版)によれば、叱るといっても難しく、次のような注意が必要。

 比較的叱っても構わない子

  • わりと自分に自信があって、何事に対しても前向きで積極的な、情緒的に安定した子
  • のんびりした子
  •  叱るのに注意が必要な子

  • 非常に気が小さい子(非常にびくびくした臆病な子)
  • 意地っぱりで頑固で、「どーせ」とか言う、いわゆるカワイくない子(こういう子は、本当はとてもナイーブで、けっこう傷ついているが、うまく表現できなくて、意地を張るとか突っ張るとか、そういう形でしか出せない)
  • ●勇気づけのポイント(アドラー心理学による)

    勇気づけるメッセージ

    勇気をくじくメッセージ
    貢献や協力に注目する。
    「あなたのおかげでとても助かった」
    「あなたが嬉しそうなので私まで嬉しい」
    勝敗や能力に注目する。
    「あなたは本当に有能だ」
    「偉い、よくやった」
    「私」メッセージを使う。
    「(私は)そのやり方は好きだ」
    「(私は)そのやり方をやめてほしい」
    「あなた」メッセージを使う。
    「(あなたの)そのやり方はいい」
    「(あなたの)そのやり方をやめてなさい」
    既に達成できている成果を指摘する。
    「この部分はとてもいいと思う」
    「ずいぶん進歩したように思う」
    なお達成できていない部分を指摘する。
    「全体としてはいいが、ここが駄目だな」
    「ここをもう少し工夫するといい」
    失敗をも受け入れる。
    「残念そうだね。努力したのに」
    「この次はどうすればいいのだろうか」
    成功だけを評価する。
    「失敗しては何もならない」
    「いったいなぜ失敗したんだ」
    個人の成長を重視する。
    「この前よりもずいぶん上手になったね」
    「一度くらいは後戻りしてもいいじゃないか」
    他者との比較を重視する。
    「あの人よりもあなたの方が上手だ」
    「あの人に負けてどうするんだ」
    否定的な表現を使う。
    「気が小さいんじゃなくて慎重なんだろう」
    「謙虚に反省しているんだね」
    否定的な表現を使う。
    「気が小さいね、もっと気を大きく持て」
    「メソメソするんじゃない」

     神戸の小学生殺人事件の「酒鬼薔薇聖斗」も積極的にしようと母親がいつもガミガミ怒っていたという。「生まれてこなければ良かった。自分の人生は無価値だと思った」と語ったというが、ある調査(97年)によれば小学3年生の時点で、すでに3人に1人のが生まれてこなければ良かった、という気持ちにしばしばとらえられるという。別の調査では中学生男子の3人に1人以上が、この家に生まれて良かったという経験を全くか、あまりもっていないと答えている(西山明編『少年漂流記』共同通信社)。

     そして、多くの非行少年に共通しているのは「愛された記憶はない」「楽しかった思い出はない」の二つの言葉だという。“親身”な愛を受けていないのだ。「勉強」ばかり言われたという少年も多くて判決が決まった時に裁判長が「これからどうする?」と尋ねると、殺人などの罪の重さも考えず「これからは勉強を頑張ります」と答える少年がいるという。絶句!

     子どもたちには雨のような愛情を降り注ごうと思う。内田樹はどうして他人に嫌われるような批判を書いても平気なのですか、という問いに答えて次のように書いている。

    「ぼくはとても愛情豊かな家庭で育てられ、両親と兄から『掌中の珠』のようにかわいがられてきました。そして、幼いときに自分のことをまるごと受け容れてくれる親友に出会い、初恋の人に告白したら、向こうからも『好きよ』といってもらったという、たいへんに『めでたい』こども時代を送ってきたのです。つまり『君はこの世にいてよいんだよ。君はみんなに受け容れられているんだよ』ということを生まれたときからずっときかされて育ってきたので、いまさら『他者からの承認』を受けないと存在感が揺らぐ、というようなことはないのです。それは村上龍や橋本治もいっしょで、周囲からたっぷり愛されて育った子どもはオープンハーテッドで『いくら他人に嫌われても平気』なおとなになるのだと思います。だからマジョリティにくっついていかないと『はじき出される』んじゃないか、というような不安をいだいたことがありません。もしぼく一人がみんなと違う意見でも、『ふーん、違うんだ』と思うだけで、それで困ったり不安になったりすることはぜんぜんないのです。」

     ある所に書いてあった言葉。

    笑われて笑われて 偉くなるのだよ
    叱られて叱られて 賢くなるのだよ
    叩かれて叩かれて 強くなるのだよ


    ★“心”の教育【education of 'soul'】

     「くり返す」 谷川俊太郎

    後悔をくり返すことができる
    だがくり返すことはできない
    人の命をくり返すことはできない
    けれどくり返さねばならない
    人の命は大事だとくり返さねばならない
    命はくり返せないとくり返さねばならない

     「酒鬼薔薇聖斗」事件以来、“心”の教育が叫ばれるようになった。確かに今の子どもの心は昔の子どもとは違ってきている。僕らの小さい頃にはビデオもなかった(僕の小さい頃、テレビもなかった)し、ファミコンも塾もなかった。その代わり、自然があったし、広場があったし、未来があった。

     自分たちの時代と一緒に論じられるはずがない。しかも、“心”の教育と心を取り出して考えているところに既に問題がある。つまり、心を何かモノのように扱っているとしか見えないのである。「子供の苦悩懊悩(おうのう)は大人と同様に、むしろそれよりひたむきに、深刻なのである」とは坂口安吾の言葉だ。

     今は死語なのだろうが、大学に入った時に全人教育ということがいわれた。「全人」とは荘子(徳充符「霊公悦之、而視全人」)にも出てくる言葉で「知識・感情・意志の調和した円満な人」という意味である。

     簡単に“心”の教育といっても精神医学的な分野や道徳教育の分野があるし、何よりも「日本人の心」の教育があるのではないかと思う。精神医学でもドイツ流の理屈と科学で心の病を治す手法もあれば、アメリカ流の家族関係を重視する方法もある。国家主義に戻れ、というのではなく、外国人に誇れる文学や美術、芸能などの日本の文化を誇りとして持たせることが大切だ。

     村上龍は『希望の国のエクソダス』(文藝春秋)の中で、中学生にこう言わせた。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」。

     河合隼雄は「理性的教育の結果、心と体が分離され、“性”は体のこととして、倫理的判断が入り込む余地がなくなってしまった」(『子どもと悪』岩波書店)という。つまり、体だけが欲望のままに動くというわけだ。性教育がコンドーム教育に成り下がっている。しかし、と河合は戒める。「心と体を分けることによって、人間存在の最も大事なことが抜け落ちてしまう〉と。 それは心と体をつなぐ魂のことだ。“心”だけを悪性ガンを取り出すように治療することはできない。大人が魂を取り戻さないかぎり、子どもたちの未来に不安が付きまとう。「他人の迷惑になるな」というと何してもいいということになるが、「自分にも迷惑をかけるな」というべきだろう。聖書にもいうように「汝を愛するごとく、隣人を愛せ」なのだ。

     人間は何かを得るために生きているだけではなくて、コミュニケートというか何かを周りに伝えるために生かされている。僕らの存在は無ではなく、必ず周りの人に影響を与えている。知らず知らずのうちに「気」を出していて、相手の心に残る。そういうものを敏感に感じ取れるような心のきめ細かさ、心のゆとりをもたなければならない。

     魂のふれ合いというのはそんなことだと思う。

     高田敏子は詩「水のこころ」で人の心を水に例えて「水は つかめません/水は すくうのです/指をぴったりつけて/そおっと 大切に−」と書いた。つかむのではなく、すくうのだ。


    ★アダルト・チルドレン【adult children (of alcoholics)】

     映画『スタンド・バイ・ミー』は4人の子どもが死体を捜しに行くという内容だが、うち3人の家庭で父性を喪失している。ゴーディの両親は死んでしまった秀才の兄のことぱかり思い、彼に憎しみさえ抱く。クリスの父はアル中。テディの父親は大戦の英雄だが今では精神病にかかっていて英雄視しているのは息子だけで未だに強い幻想を追っている。野宿をする時に主題歌の「スタンドバイ・ミー」が流れるのだが、そばにいて欲しいと少年達が望むのは本来、歌われている恋人ではなく、たくましい父親なのである。彼らはAC(アダルト・チルドレン)である。ACはウォイティッツの『アダルト・チルドレン』から生まれた概念で、米精神学会では必ずしも受け容れられていないが、説明するのに楽なので使う。

     狭義にはアルコール依存症の親のもとで育った大人のことをいう。親の暴力や夫婦のいさかいの中で育った子は人間関係をうまく結べず、親と同じ不安定な家族機能不全を起こしている家族(親の暴力、虐待、厳しすぎる教育など不安や緊張の強い家族)を作りがちである。80年代以降、ワーカホリックなど家族関係のうまくいかない家庭に育った人まで含めた一般的な概念として使われている。不登校や拒食症などを解くキーワードであって、病名ではない。家庭で起こっている名状しがたい問題に名前を与えること、そこからの脱却のために現状の地図を示すこと、それらのために生まれた概念である。

     98年秋に明るみになったが、井上ひさしは元の妻の西館好子さんを殴打していたという。 「遅筆堂」になった締切ギリギリの時がひどいというが、どうやらACらしい。山口百恵も『蒼い時』を読む限りACだ。

     クリントン米大統領も85年にアルコール依存症の継父が暴力を振るう家庭に育ったことを告白している。父親の役割を演じ続けた結果、孤独感の強い人間になったと語った。強いアメリカを象徴する大統領が人間的な弱さを認めた発言である。

     レーガン大統領もACだったことが娘のパティ・デイビス『わが娘を愛せなかった大統領へ』(KKベストセラーズ)から知れる。同じACだったナンシー夫人は薬物依存で娘を虐待した。訴えても「どうしてお母さんをいじめる」と取り合わない。「父が子供時代に身をつけたのは、厳しく辛い現実からは目をそらし、楽しい現実が存在するかのように自分を信じこませてしまうという驚くべき能力だった」と述懐する。

     ACが世界を揺るがすこともある。ヒトラーはアル中で暴力的な父親で育った。オウムの麻原彰晃もまた親に見捨てられたACである。

     日本の学校は努力、忍耐、根性を美徳としていた。一方、家族は倹約、誠実、実直を美徳とし、「抑圧家族」こそが日本の家族の原景である。豊かになった今もワーカホリックになっている。日本社会全体がオウム的というか「機能不全社会」になっている。でも、日本の子どもたちはもっと楽しく明るい子ども時代を過ごす必要がある。自分の「インナーチャイルド」の時代を生きることが重要である。

     ACは病名でもなく、定義もない。医者が認めなくても自分の生きにくさが家庭に起因すると思えばACである。親を糾弾するのではなく、関係をもう一度見直し、楽に生きるため、次世代に繰り返さないように知っているべき言葉である。「親のせいにして悪い人間だ」「でも苦しい」というジレンマを断ち切るためにも大切だ。

     「あなたには責任がない」と自分を肯定できるようにしてあげなければならない。

     京都医療少年院に勤務する精神科医の岡田尊司は、送致されてきた少年のほとんどが親との問題を引きずっていると指摘する(『悲しみの子どもたち』集英社新書)。共通するのは気持ちの上で親の愛情を失ったと感じる「捨て子心理」だという。

     自分をACと思う人のために斎藤学『アダルト・チルドレンと家族』(学陽書房)などがあるし、JACA(ジェイカ)がある(03-3329-2555)。

    #書いた当時はACについて知られていなかったが、97年には『日本一醜い親に対する手紙』(主婦の友社)などという本も出版された。そこまでやることはないと思うが、根は深い。ACブームの解毒剤としてU・ヌーバーという人の『〈傷つきやすい子ども〉という神話』(岩波書店)が出版された。全てを親に責任転嫁するのは安易だというのだ。セラピストとクライアントの共犯で偽の(誤った)記憶の「物語再構築作業」をしてしまう危険性がある。証言に基づいて父親が殺人罪で逮捕されたジョージ・フランクリン事件(1989年)も起きていて、これに対して「偽の記憶」の専門家ロフタスが疑問を呈して大論争になった。

     親の言葉で傷ついたことのない子どもはいないだろう。親に全てを転嫁することによって、自分を見つめることから人を遠ざけてしまってはいけない。どうせ長くつきあうのだから自分を好きになった方がいい。

     岩月謙司は『家族の中の孤独』(ミネルヴァ書房)によれば、大人になってから満たされない心があって、あの時、お父さんにもっと抱っこしてもらいたかった、などという思い残しがあって、これが原因で拒食症や援助交際などの行動に走るという。だから、未蘭が「おんぶ」というと思い切りおんぶしてあげることにしている【岩月は後に逮捕されて「いわくつき」に】。

     『飛ぶ教室』を書いたケストナーは「どうして大人は子どものころを忘れることができるのでしょう。子どもの涙は、決して大人の涙より小さいものではありません」と言った。児童虐待の原因は様々だが、次のような原因が考えられると思う。

      

     虐待する親の共通点を池田由子は「概説・被虐待児症候群」(『現代のエスプリ・被虐待児症候群』至文堂1984)で次のように述べている。

     

     “Simba hamli mwanawe”「ライオンも自分の子供は食わない」…スワヒリ語のことわざ


     ★現代の学生たち【Japanese students today】

     小学生の自分の子どものことは分からないが、高校生から大学生のことは少し分かる。自己主張ばかりで反省がなく、彼らに対して絶望的になるのは僕だけではないだろう。叱られるのになれてないから口のきき方まで含めた際限のない言い争い(心理学では「キャッチボール増幅」という)になることもある。

     今の子どもたちは「サンマがない」といわれることがある。つまり、仲間、時間、空間が足りないといわれる。これで社会性が生まれるはずがない。そうした中で「心の居場所」(ボールビーは「心の安全な基地」secure baseという)を失っている。

     思春期の子どもの特徴は次のようだといわれる。

    1. 知識と行動がかけ離れている。
    2. 被害者意識をもつ。
    3. 社会への不安、不信。
    4. 自分の領域を守りたい。

     ベネッセ教育研究所は現代の学生に「新・三ない像」を見たという。

     

     尊敬する人物も父、母、両親の順で「家を大事にしたい」などという。社会というか世間が小さすぎるのである。射程が短すぎる。

     家庭というのは社会のミニチュアで、ここで子どもは他者との付き合い方を学んでいく。その家庭が社会に対して閉塞していたら閉鎖的な子どもしか育たない。

     教育の積極的な本質は、基本的に人間を社会的存在にすることである。まず、その社会のルールを身につけることと同時にルールの存在理由を深く了解することが条件である。後者を欠けば教育は規律を守るための訓練にすぎなくなる。短絡的にルールをなくせばいいのではなく、与え方についての深い知恵が必要になってくる。

    #蛇足だが、カウンセラーたちは「さんまがない」「育“自”」などキーワード作りが大好きである。


    ★誤つは親、許すは神【To err is parent, to forgive divine】

     『夏の夜の夢』のハーミアとシーシュスはお互いに自分の目で見ろ、といって引かない。価値観の違いは決して埋まらない。シェイクスピア研究者の小田島雄志によれば、親が陥りやすい過ちは3つある。

      


    ★「やる気」を育てるための方法【how to make children full of drive】

     子供の好奇心を、正しくいい方向に伸ばそうではありませんか。それは無限の可能性を秘めているみずみずしい知識の若木なのですから。
     そうして、そのためには――子供に問いつめられたパパとママよ、まずあなた自身が科学的な物の考え方を身につけるほかないと私は思う。知識に対する、憧れと畏れを身につけるほかないと私は思うのであります。
         -----伊丹十三『問いつめられたパパとママの本』(文春文庫)

     誉められたいというポジティブな気持ちと怒られないようにしたいというネガティブな気持ちとやる気にも2種類ある。双方とも結果は同じになるかもしれないが、人格形成は全く違ってくる。前者は自分の強さや弱さを認識して行動するが、後者はやりたいことが分からず、方向性をなくして悲劇を生む。

     歌舞伎の六代目尾上菊五郎は「その役者に悪評を下せば、その劇評家が笑われるような役者になることだ」と語ったという(永六輔『役者その世界』岩波現代文庫)が、普通の子どもならなおさらである。

     日本の子育てはネガティブ教育(ダメ教育)で子どものマイナス面ばかり気にする傾向がある。短所を指摘するのは容易で効率的なので多くの教師が「〜してはいけない」と強制する。

     教育の本質はポジティブ教育(ホメ教育)で子どものプラス面を発見・評価して育てる。西洋ではしょっちゅう「ベリーグッド」だし、たとえ失敗しても「ナイストライ」と励まされて自信がつく。算数で85点を取ってきてもアメリカでは「天才!」だし、日本では「もうちょっとなのに、どうして満点取れなかったの?」である。

     ノーベル物理学賞の朝永振一郎は小学二年のころ、習字の先生に下手な字だと言われ、朝になると、おなかが痛くなって登校を嫌がった。やがて登校するようになったが、後年、家の中から当時の習字が出てきて、はっとしたという。ある時から、丸がたくさんついている。親が先生に不登校の原因を伝え、それで先生は点をあげてくれたから登校が苦痛でなくなったのではないか、と書いている(『回想の朝永振一郎』みすず書房)。

     子どもがよいセルフイメージを持つために自己効力感を高めることが必要だ。今日、一つできたら明日は二つと「やればできる」気持ちを高めることだ。また、自分がどんなに大切な存在であるかという「自尊感情」を高めることも必要で、いいところを見つけると同時に無条件で子どもを受容することも大切だ。古荘純一『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』(光文社新書)は「自尊感情」を育てるために次のことを提案している。

    1 子どもの話に耳を傾ける
    2 子どもの自尊感情・発達という視点を持つ
    3 まずはお母さんが、そしてお父さんも自己を肯定する
    4 親の期待を押しつけず、子どもを肯定的に受け止める
    5 子ども自身が目標、希望を持てるようにする
    6 自尊感情は低すぎず、高すぎず 
    7 規則正しい生活習慣の確立を 
    8 大人がみんなで子どもを育む社会を目指す

     何よりも大切なのは多様な見方、答、生き方があるということで、これがなければ相手を理解して思いやることはできない。ダメ教育はダメだ。子どもに必要なのは批評ではなく、よい手本なのだ。

     詩人のイェーツは「教育はバケツに水をいれるようなものではない」といった。子どもの心に火を点すことが大切である。親の考えを押しつけない、長所を伸ばす、我慢を覚えさせる、この3点ができるようになれば成功だと思う。

     何でもダメとばかり言うのは止めよう。子どもを威して注意すると、逆に禁じられた行為をしたがるようになる。アメリカの心理学者に「禁じられたおもちゃの魅力」という実験がある。それで遊ぶのを厳しく禁じたおもちゃほど子供の目に魅力的に映るようになる結果が出たという。夕鶴や浦島太郎の「見るなの禁」だ。

     九州大学の徳永教授によれば「やる気」を出させる方法は次のようであるが、実際の運用は実に難しいし、「やる気」だけを取り上げて、それを強化するのは何か間違った感じがする。目的を持たない人も問題だが、目的に向かって走りすぎる人も問題だ。 

     

     明橋大二『輝ける子』(1万年堂出版)によれば、自己評価(self-esteem)には二つの段階があり、第一段階は存在に対する安心(親が、自分の存在を喜んでくれる、ということから育まれる感覚)、第二段階は能力に対する自信(周囲の人から、誉められることによって育まれる感覚)だという。「ほめて育てる」が有効なのはあくまで第一段階の自己評価が十分育まれている人であって、それが欠けている子には逆効果になるという。


    ★お小遣い【pocket money】

     F・トリュフォー監督の映画『子供たちの時間』は原題をL'argent de poche「お小遣い」という。子どもたちがいきいきと描かれている傑作だ。

     家庭もかつてはピラミッド型で子どもがいっぱいいて頂点に祖父母がいたが、今では子どもが一人か二人で年寄りが多い逆ピラミッド型になっている。四つのポケットをもっているともいわれる。つまり、両親の祖父母から潤沢にお小遣いをもらえるのである。ものに対する執着がないから落とし物をしても平気だ。

     6歳の正月に祐貴はおばあちゃんにお年玉といって自分の貯金箱から千円出した。

     1年生の秋に初めてミニ四駆の部品を自分の貯金で買った。「ちびまるこちゃん」はお年玉で福笑い人形と似合わない眼鏡を買って後悔していたが、これからは自分のお金だから何でも買っていいと思わないように仕向けなければならない。

    「おもちゃ買ってよ」「おカネがないからダメ」「それならおもちゃを買うおカネを買って」。


    ★アドラー博士の子育て理論【Dr.Adler's advice】

     僕はユング派の本を読むことが多いのだが、兄弟弟子のアドラー博士のアドバイスにも耳を傾けるべき部分がある。

      1. 「わが子が生きているだけで幸せ」と考えることが、子どもへの何よりの勇気づけ
      2. どんなに問題のある子どもでも、“尊敬”と“信頼”で接するのが勇気づけの基本
      3. 頼りない子どもほど、一人前の大人として扱うことで勇気が生まれる
      4. 親の助言は“セールスマン”的押売りでなく“ご用聞き”ぐらいでちょうどいい
      5. 百点をとってきた子どもに、「エライ」とほめるのは、勇気づけにならない
      6. 子どものプラス面を見つけ出す親の“ポジティブ思考”が子どもを勇気づける
      7. 「すべて」「完全」といった言葉を親の頭から消すだけで、子どもは勇気づけられる
      8. うれしいときは“感情的”に、怒ったときは、つとめて“理性的”に接する
      9. 子どもは、他人との比較でなく、自分しかない資質に注目されると勇気づけられる
      10. どんなに短時間でも、一日一回は子どもの話をじっくり聞いてやる
      11. 「ダメ」「ガンバレ」「早くしなさい」は子どものやる気をくじく三大禁句
      12. 子どもを非難する“おまえ言葉”より、親自身を語る“私言葉”が勇気づけには有効
      13. 黙って親の言うことを聞く“いい子”は、じつはもっと勇気づけが必要な子
      14. 親が具体的エピソードを聞いてやると、子どもは勇気づけられる
      15. “家族ルール”をつくり、守らせることで、子どもは“勇気ある人間”になれる
      16. 落胆している親からは“勇気ある子ども”はぜったいに育たない
      17. “理想の子ども像”といまの子どもを比較し引き算すると、子どもは自分が嫌いになる。
      18. “ファミコン”“不良グループ”も、子どもの成長には必要不可欠なもの
      19. なにをしても、悠然と見てくれる大人が一人でもいれば、子どもは“悪”には染まらない

     なお、アドラーは人間の全ての欲求の中で最大のものは性衝動ではなく、権勢欲、支配欲であるという。これらは幼児期における劣等感や不全感に対する反動あるいは代償として現れる。成長するにつれて幼児期の劣等感、不全感は反転して攻撃性が強くなる。この代償が、過剰に起こり社会に不適応となった場合が神経症であると説明している。したがってアドラーにあっては人格障害も神経症に含まれる。

    cf.星一郎著『アドラー博士の子どもが素直に伸びる20のしつけ法』ごま書房


    ★個人輸入【import】

     うちでは毎日のように外国からカタログが送られてきて、子どもたちは僕の帰りを待ってましたといわんばかりにカタログを見せて「これ、買いたい」という。

     100円を割っていた頃の面白味はなくなったが、日本では手に入らないものが多いのが魅力である。一番うれしいのはハロッズとディズニーのカタログである。妻はステージ用に白雪姫のドレスを買ったが、試着している時にお客さんがきてそのまま出た。

     もちろん、お金はないから熟慮の上に注文するのだが、長考すると忘れるし、慌てると無駄なものを買いすぎる。

     一度、輸入を始めるとカタログを送ってくる会社がどんどん増えてくる。Who's Who(人名録)や***Academyからも名前を載せないかと言ってきたのには笑った。

     輸入のコツはクレジットを使うこと、余裕があれば1度は買ってみること、慌てなければSurface(船便)でNo Back Order(品切れの場合に再発送しない)にすることだ。最近、日本語が書いてあるカタログが多くなったが、航空便しかないものが多いので注意。

     インターネットではカタログサイトが無料請求できるのでお奨めだ。

     ラムネさんの個人輸入のサイトもある。

     Shop the World by Mail に請求すればカタログのカタログが送られてくる。

     Post Box 5549 102 H Commonwealth Court Cary, North Carolina 27512 U.S.A.


    ★図鑑【illustrated book】

     僕自身は中学からは百科事典ばかり読んでいた(情報量が極端に少ない田舎の生活を改善しようと努力していたのだ)が、もっと小さい頃は図鑑だけで育った。だからブッキッシュといわれる(この「大人は判ってくれない」は引用だらけだ)のだが、子どもにはやっぱり、いい図鑑や絵本を買ってあげたい。最近のはきれいな図鑑が多くて夢があるし、小さい子にも大きな子にも対応できる。高くてもいい図鑑をと思っているうちに図鑑だらけになってきた。

     本ばかり読んでいると実体験が乏しくなる。どんなに貧しくとも自分の体験の方が貴重であることを教えてやらなければならない、とも思う。古本屋へ行くと手のついてないシリーズの図鑑が並んでいたりするんだよね。あれは体験の方を優先させた家族なのかもしれない。

     イギリス王室のホームページができたというので見ていたら、祐貴が図鑑を出してきて「ほら、同じ王冠が載っている」といってきた。ちゃんと見ているものだ。図鑑は現実と知識の接点にある。


    ★本好き【bookworm】

     子どもを読書好きに育てたいと思っていて、祐貴は村上春樹やドストエフスキーが好きな人間に育ったが、未蘭は必ずしも小説が好きではない。結局、2人とも理系に進んだ。

     詩人のねじめ正一は『ぼくらの言葉塾』(岩波新書)で子どもの本の敵として三つを挙げている。「いい子」に育てようとする大人は「常識」「理屈」「成熟」の三つが大好き。読ませたい本には、この三つのどれかが入っているという。

     常識の行き着くところは硬直です。理屈の行き着くところは妥協です。成熟の行き着くところは凡庸です。私は、たましいのやわらかい子どもに、この三つだけは与えたくないと、心底思っています。


    ★家族旅行【family travel】

     小学校前はきっと忘れてしまうと思う。日本の旅行でさえ大変だが、国外はもっと大変。じっくりとどこかに一カ所に絞って旅行した方がいいと思う。

     ハウス・テンボスに行くくらいならオランダへ行ってしまった方が安くあがる。

     どうにか3年続けて海外旅行ができたが、中2以降は受験でまるで不可能になった。高校に入ったら海外旅行は止めてくれ、といわれてしまった!

     東大の佐藤学によれば、東大生も学部に入ってから海外旅行もしたことない、コンサートも行ったことがない、美術展も行ったことがない、家に学者や芸術家が出入りしたこともない、という学生とそうでない学生の間に大きな差が出てくるという。


    ★注意欠陥多動性障害【ADHD】

     落ち着きがなく衝動的な行動が目立つ子どもがいる。アメリカでは3〜5%だという。2001年に厚生労働省がチェックリストをまとめた。早く発見して適切な配慮をすれば良い面が伸ばせる。

     正高信男『天才はなぜ生まれるのか』(筑摩)はディズニーが多動性だったという。ごまかすために園内のゴミ拾いをしていたことが清潔なディズニーランドにつながったという。

    □行動が幼い
    □注意が続かない 
    □落ち着きがない 
    □混乱する
    □考えにふける 
    □衝動的 
    □神経質 
    □体がひきつる 
    □成績が悪い
    □不器用
    □一点を見つめる

     

    大変またはよく当てはまる…2点

    ややまたは時々当てはまる…1点

    当てはまらない…0点


    合 計
    12点以上…臨床域
    11〜9点…臨界域
    8点以下…正常


    ★離婚【divorce】

     離婚はしない方がいいに決まっているが、不幸な結婚もあれば、幸福な離婚もあるはずだ。

     影山任佐が『「空虚な自己」の時代』(日本放送出版協会)で紹介しているが、マッコードの研究がある。マサチューセッツ州東部において201人の男子少年を1945年から25年以上追跡調査した結果がある。これによれば母子家庭でも母親の情愛の深さによって少年の犯罪や非行の出現は両極端に分かれ、母子家庭でも母親がしっかりしていれば、両親がそろっていても平和な家庭よりも犯罪発生率は半分である。つまり、子どもの将来を考えれば、不和な家庭を維持するよりも、両親は別れた方がいいということになる(この調査の影響でアメリカの離婚率が上昇したと言われる)。

     重大犯罪者に関しても母親の愛情が深く、子どもの監視が十分なされていれば、母子家庭でも両親がそろった家庭においても子どもが将来犯罪や非行に走る可能性が低いことを示している。どちらの家庭でも父親が犯罪者であったり、アル中であることは非行や犯罪率を高める。つまり、父親の影響は父親不在となる以前に決定的影響を与えると解釈できる。


    啄の機【good timing to incubate】

     啄(そったく)の機という禅宗の言葉(『碧厳録』第十六則)がある。もとは、雛が中から殻を破ろうとする()のと親鶏が孵化しようとしている卵を外からつつく(啄)タイミングがぴったり息の合うことをいった。もし、親鶏のつつくのが遅ければ雛は窒息してしまうし、逆に早過ぎれば、準備のできていない雛はやっぱり死ぬしかない。

     早すぎず遅すぎず。これを啄の機というのである。

     ハウツウものに急かされて焦るのはやめよう。人間にとって価値のあることはどれも時間のかかることだからである。

     子どもたち自身が経験や失敗から学ぶ前に指示したり、命令することはやめよう。

     「育児」は「育“自”」とよくいわれるが、親が自分の人生をきちんと生きること、親が自分の子ども時代を生き直すこと、そして、子どものエネルギー・復元力を信じることである。ウルフ・スタルクの『夜行バスに乗って』(偕成社)は息子離れできない父親に新しい恋人を見つけようという話だが、子ども依存症から脱却することがいつか求められるだろう。


    ★キャリア教育【career education】

     兵庫と富山は14歳の挑戦といって子どもを1週間就労させている(他県も真似始めた)。NIETにさせないためにもキャリア教育が必要だ。僕は親から何も学ばなかったので、文学部に入ってしまった。妻も歌がうまいというだけで音大に入ってしまった。子どもたちには同じ轍を踏ませたくない。

     中学2年生がさまざまな場所で就労体験するのだが、祐貴が選んだのはラーメン屋だった。未蘭は本屋だった。


    ★受験【Entrance Examination】

     祐貴も中3となって受験の体勢に入った。エンジンがなかなかかからないので心配だった。夏休みに追いつき、模試でいわゆる「エリート校」に入れるというご託宣をもらい、そのまま志望校へ合格した。これから新たな挑戦が始まるのだが、よく頑張ってくれたと思う。中学1年生の時にパリで数学を学んだのがよかった(というのはウソで、家族旅行で宿題を持っていっただけ)。

     親が教師だと教えられていいね、と言われるが、理系なら役に立つだろうが、文系の親はあまり役立たない。高校生の時代、数学や物理のできる男がもてたのを思い出す。それに、どんな教え方をされているのか分からないと、「答え」は分からない。何よりも、急に親子の縁を切って教えることは家庭生活でできにくい、ということだ。(歌舞伎などの技芸は別にして)他人に教えてもらわないといけないものだと思う。幸田露伴だって、文に論語を教えるのは近所のおじいちゃんを雇ったという。「モノンクル」ではないが、他人の眼が必要なのだ。文が世間知に長けるようになったのはこのおじいちゃんのお陰でもある。

     受験の日にもFMラジオの出演があると出かけた妻は「本当に、親があっても子は育つ、だね」と述懐していた。

     そして、受験が終わってホッとしたら、すぐに大学受験用の勉強が始まり、高校受験の頃より勉強せざるをえなくなった。一家でメマイしている。

     3年後には未蘭も同じ高校に入り、同じようなプレッシャーを受け、同じように悩みながら勉強をしている。


    ★適性【aptitude】

     高校に入ったら適性を見つけなければならない。音楽家の子どもだからといってみんな音楽家にするものだと思っているようだが、うちは全くそんなことを考えなかった。特に女の子は好きなことをさせればという人がいるが、逆だと思う。女の子だから、自立できる職業を目指すべきだと思う。男の子はフリーターさえ避ければ、どんな職業でも金を稼ぐだろう。こんな風に書くと男女差別だというかもしれないが、現実問題なのだ。


    ★成熟【Maturity】

     10年前の卒業生が訪ねてきて相変わらずの馬鹿話をしていたら感慨深げに言われた。「教官、芸風が変わらないねぇ」。

     ヘルマン・ヘッセは『人は成熟するにつれて若くなる』(草思社)の中で次のように述べている。

    成熟するにつれて人はますます若くなる。すべての人に当てはまるとはいえないけれど、私の場合はとにかくその通りなのだ。私は自分の少年時代の生活感情を心の底にずっともち続けたし、私が聖人になり、老人になることをいつも一種の喜劇と感じているからである。

     僕らの世代は未成熟だとよく言われるが、江藤淳が問題にしていたように日本では“Maturity”という概念がなかったこともある。外では立派な意見を言う人も家庭では子どもだったりする。子どもの成長とともに自分が成熟するとは何か、考えなければならない。

     長田弘の「深呼吸の必要」という詩がある。

    きみはいつおとなになったんだろう。
    きみはいまはおとなで、子どもじゃない。
    子どもじゃないけれども、きみだって、もとは一人の子どもだったのだ。

    子どものころのことを、きみはよくおぼえている。
    水溜まり。
    川の光り。
    カゲロウの道。
    なわとび。
    老いたサクランボの木。
    学校の白いチョーク。
    はじめて乗った自転車。
    はじめての海。
    きみはみんなおぼえている。
    しかし、そのとき汗つぶをとばして走っていた子どものきみが、
    いったいいつおとなになったのか、
    きみはどうしてもうまくおもいだせない。

    きみはある日、突然おとなになったんじゃなかった。
    気がついてみたら、きみはもうおとなになっていた。
    なった、じゃなくて、なっていたんだ。
    ふしぎだ。
    そこには境い目がきっとあったはずなのに、子どもからおとなになるその境い目を、
    きみがいつ跳び越しちゃってたのか、
    きみはさっぱりおぼえていない。

    確かにきみは、気がついてみたらもうおとなになっていた。
    ということは、気がついてみたらきみはもう子どもではなくなっていた、ということだ。
    それじゃ、いったいいつ、きみは子どもじゃなくなっていたんだろう。
    いつのまにか子どもじゃなくなって、いつのまにかおとなになっていた。
    そうだろうか。
    自分のことなんだ。
    どうしてもっとはっきりその「いつ」がおもいだせないんだろう。
    きみがほんとうは、いつおとなになったのか。
    いつ子どもじゃなくなってしまっていたか。
    その「いつ」がいつだったのか。



    (ときには、木々の光りを浴びて、言葉を深呼吸することが必要だ。
     日々になにげないもの、さりげないもの、言葉でしか書けないものをとおして、おもいがけない光景を、透きとおった言葉にとらえた<絵のない絵本>)


    終わりに


     清少納言は「ゆくすえはるかなるもの」の一つに「産まれたるちごの大人になるほど」を挙げた。人が大人になるのは誰にとっても長い道のりである。その先にはどこへ続くとも知れぬ分かれ道や深い森、危ない底なし沼も待っている。反対に思ってもみなかった業績を残すこともあるかもしれない。恐れてばかりいてはいけない。

     教育は試行錯誤である。設計図どおりプラモデルを組み立てるのとは違う。「子どもをどう育てればいいか」という問いの裏には「こう育てればこう育つ」というような傲慢さが潜んでいる。

     子どもたちは僕とも妻とも違う人格だ。同じように勉強してもダメだし、時代も違う。

     広田照幸は『教育には何ができないか』(春秋社)で教育には限界があるという。教育資源上の限界(人、金、時間)と確率論的な限界(教育する側の意図とおりの成功は宗教上の「洗脳」でないかぎり、子どもの一部にしか効果がない)があるのだ。

     うちの子どももどうなるか分からないのに文章を連ねていていいのかと反省もする。中退していった中には教育学部教授の息子もいる。理論は無力だ。

     もとはといえば、幸福も喜びも、大人が発明した、つまらない文字にすぎない。子どもたちはそんなちっぽけな記号に無縁であり、彼らには毎日の生活があるだけだ。

    「そして理想というものを持ち合わせていないんでしょうね?」
    「もちろんない。人生にはそんなものは必要ないんだ。必要なのは理想ではなく行動規範だ」
         -----村上春樹『ノルウェイの森』

     理想の父親像や母親像を追うのは止めよう。理想の家族なんてものもありえない。「理想」は人によって、時代によって異なる。そして、ソーティールのいうように『スーパーカップル症候群』(大修館)にとりつかれると、ストレスを抱えるだけである。matrophobia(母親になる恐怖症)、patrophobia(父親になる恐怖症)になるだけだ。几帳面すぎたり、何ごとにも百パーセント望んだり、人と妥協ができなかったり、融通がきかなかったりという粘着性の性格は鬱に一番なりやすい。

     たとえば混んだ電車に乗っているときなどに、ときどき思う。みんなあたり前の顔で大人みたいに振舞っているけれど、例外なく全員子供だったのだ。嘘つきだったり乱暴だったり泣き虫だったりお風呂が嫌いだったり、おねしょをしたり歯を磨かなかったりしたのだ、きっと。そう思うと可笑しくておそろしい。言葉の通じる大人みたいな顔をしているが、言葉の通じない子供が大きくなった者たちなのだ。信用ならない。
     子供にとって、世の中は理不尽だらけだ。そのころの記憶が、私には思いきりしみついている。
         -----江國香織『とるにたらないものもの』(集英社)

     立派な親でなかったことを感謝しよう。立派すぎて息が詰まる子どもも多いのだ。12人(六男の寸は生後二日で死去)の子どもを生んだ与謝野晶子は1935年に歌誌「冬柏」に次のような歌を発表している(『白桜集』)。

    業成るといはば云ふべき子は三人(みたり)他はいかさまにならんとすらん

     そして、目の前の子どもを見ずにマニュアルや他人の子どもを見るのでは困る。子どもは誰かの存在を確かめるためではなく、自分自身になるために生まれてきたことを忘れてはいけない。

     内田樹と名越康文の対談『14歳の子を持つ親たちへ』(新潮新書)で「子どもが何を考えているのかわからなくて当たり前」「どう対処していいかわからなくて当たり前」という仕方で「肝(はら)を括(くく)る」ことが大切だという。その上で、「子どもはこうあるべきだ」とか「子どもはこうあるはずだ」という信憑が子どもに接するときのオプションを限定し、いま子どもたちに起こりつつある前代未聞の変化を理解するフレキシビリティを損なっている」と言っている。

     何度もいうが、子育てはマニュアルでも法則でもない。森繁久弥が子どもの非行で悩んだ時に、息子に「お前も裸になれ」「親父と息子の決闘だ」とぶつかり合って取っ組み合いをしたら、そこから息子が変わっていったという。この話を聞いて感激した人が同じように息子に言ったら、息子がガーンとぶつかってきて脳震盪でひっくり返って、そこから息子がだんだんと悪くなったという。裸になって話し合うことが法則だと思ってしまったらもうダメで、行為は同じでも意味するところがまるで違っているのである。

     インターネットの子どもの相談などを見ると皆いろんなことに悩んでいて、解決していることが分かる。悩んだら色々相談するのが一番いい。でも、最後の責任は自分で取らなければならない。

     このエッセー集は友人たちにコピーして配っていたのにインターネットで流すことになってしまった。

     ということで子育て三部作を終了する。読んで下さった方には感謝します。よかったら他のエッセーも読んで下さい。そして、子どもたちから「大人なのに偉いね」といわれるような親になりましょう。

    金川 欣二

     【初版:1996年11月3日(祐貴7歳6カ月/未蘭4歳6カ月)】

     

    空をかついで 石垣 りん

    肩は
    首の付け根から
    なだらかにのびて。
    肩は地平線のように
    つながって。
    人はみんなで
    空をかついで
    きのうからきょうへと。
    子供よ
    おまえのその肩に
    おとなたちは
    きょうからあしたを移しかえる。
    この重たさを
    この輝きと暗やみを
    あまりにちいさいその肩に。
    少しずつ
    少しずつ。

     


    Back Home        please send mail.