金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


鬼の首---「日本語欠落帖」

どんな馬鹿でもあら探しをしたり、難癖をつけたり、苦情を言ったりできる―――そしてたいていの馬鹿がそれをやる
        
   ベンジャミン・フランクリン


四月のうた    茨木のり子『人名詩集』(童話屋)

富山のことを富山(とみやま)県といっていた進は
歯医者になった
底辺のことを底辺(そこべ)といっていたとく子は
貫禄の母親になった
股旅ものを たびまたものと称していた三郎は
戦死した

悲恋を悲恋(ひごい) 悲恋(ひごい)と連発していた悦子
先生となり
失望を失望(しっぽう)と読んで恬(てん)として恥じなかった私は
何になった?

たどたどしかった子ら いっぱしの大人となり
さて 我が子の国語力の乏しさなんかを大いに歎く
記憶力のいい私はおかしくてならないのだ

あとからあとからおしよせてくる新しい波
くりかえしのように見えながら
その実 微妙な変化を見せながら
ほとばしりながら

たった三世代くらいの推移を
つぶさに見ているにすぎないが
できることなら見定めたいのだ
世代そのものの成長ということの
ありや なしや を

 W市長が勤務校の卒業式にきて、来賓の挨拶で「えいある富山商船高等専門学校の…」といい始めた。「栄ある」を「はえある」と読み間違ったのである。実はこの市長は我が校のことを「商船学校」とということも多かった。かつては「商船学校」だったのだが、後に「商船高校」を経て「商船高専」となったのである。だから、街の会合で「商船高校」などと肩書きに書いてあること稀ではない。

 僕が幹事をした宴会で、最後に万歳をする先生が「商船高校、万歳!」とやってしまってメマイしたことがある。その先生は高校から来ていたからつい、慣れた方を言ってしまったのだ。

 もっと可哀想だったのは、留学生問題での会議が終わって、会長の挨拶で「事務局として準備してくださった名古屋大学の方々には深く感謝します」といった。事務局は名古屋工業大学で、名工大はいつも名大の陰に隠れて可哀想な思いをしているだろうに、神経を逆なでするような挨拶だった。

 ちょうど「富山工業高専」と間違えられた看板を宴会場の前に掲げられた商船高専の関係者と似ている(今は統合して同じだが、よくあったし、面接で間違って本郷キャンパスに行く人もいた)。

 『進め!電波少年』(後に『進ぬ!電波少年』となった)では松村邦洋がFAXを読んで「なまぞう、社長は不在で」と言ったのでこれが「生憎」を間違ったと分かるまでに少し時間がかかった。

 他にもテレビで「生娘」を「なまむすめ」と読んだ生娘(?)がいた。注意されて、彼女は言った。「どうもおさがわせしました」。「おさわがせ」でしょ!

 「案山子」を「アナゴ」と読んだアナウンサーもいた。都会では「かかし」を見ることもないのだろう。

 野球の解説者が「これでイチヤを報いましたね」と言って何のことか分からなかったが、「一矢(いっし)を報いる」だったのだ。

 ある日、佐伯彰一(東大名誉教授で英文学者・翻訳家)のカート・ヴォネガット論をテレビで見ていたら、bombのところでしきりに「ボンブ」と発音されているのに気づいた。まさか、と思ったが、何度聞いても「ボンブ」なのである。間違っているのは僕だと思って英和辞典を調べてみた。どれも見ても(自分の調べた限りでは)「ボム」としか書いていない。Bomberとなれば「ボンバー」(ボマーとも)だが、ここは黙字(silent letter)である。碩学が間違うとは凡夫にはどうもよく分からないことだった。

※2006年に出た藤原帰一『映画のなかのアメリカ』(朝日新聞社)で帰国子女でもあった藤原は「ダイザスター映画」という、書き方をしていて、戸惑った。“disaster”(災害)は普通は「ディザスター」だからだ。佐伯もそうだが、「私の知っているアメリカ人はこう言っていた」と言われたらそれでお終いだ。「正しい」英語というのはないのだから。

 米原万里の『不実な美女か貞淑な醜女か』(新潮文庫)に出てくるはなしだが、サンクトペテルスブルグのある広場の前でロシア人の日本語通訳ガイドが「この広場で多くの革命家、労働者がケツを出しました」と説明した。集団けつまくり事件は初耳だわ、と米原は一瞬とまどったというが、「血」を音読みしたガイドは流血の惨事のことを言いたかったらしい…。

 放送大学の講義で記号論の池上嘉彦先生が「見出し語」を「みいだしご」と何度も繰り返していたときにも小躍りした。「見出す」は「みいだす」というだろうが、「見出し語」は「みだしご」だろう。

 先生のは可愛いが、腹が立つのは「正しい日本語」を標榜する金田一秀穂がNHKで「嗅覚」を「しゅうかく」と呼んでいたことだ。「臭覚」と間違えていて、こちらは「きゅうかく」だ。

 大島真理『司書はなにゆえ魔女になる』(郵研社)に出てくるが、図書の総点検・棚卸しで、アルバイトの人が「孔子、老子、孟子」の後に「たけのこ!」と読み上げたという。「荀子」のことだった。

 と言いながら、他人のことを笑えないのは「上意下達」を僕はずっと「じょういげだつ」だと読んでいたからだ。「じょういかたつ」だと聞いた時には仰け反った。だって「上下」は「じょうか」とは言わないだろうが!

 日本語については僕もシロウトハダカだ。

いつも肝に銘じておかねばならない。口に出す言葉に私の本心があらわれている、と!
ゲーテ『詩集』「穏和なクセーニエ」

 実は、こんなちっぽけなことは学問の大勢にとってホントにどうでもいいことなのであって、むしろ弊害さえある。凡夫は揚げ足を取るだけで一歩も進まないからである。

 これはフロイトのいうような深層心理が出てくる「言い間違い」とは違うと思う。例えば、フロイトは『精神分析入門』で「それではみなさん、上司の健康を祝して乾杯(anstossen)しましょう」を「げろを吐きましょう(aufstossen)」と言ってしまった紳士の話を挙げている。ここから、フロイトの場合は抑圧されている、と考えるのだが、そんなに深刻にならなくていい。と、思う。

 また、寅さんが『柴又慕情』で格好つけようと思って吉永小百合の前で「そこの緑取ってくれ」(指さす方向にお醤油があった)といったり、親に結婚を反対されているといわれて「そりゃ、おめぇ、あまりにも“ふーけんてき”っていうもんだよ」という。『奮闘編』(榊原るみが好演)では「緑は異なるもの、味のあるもの」というが「縁は異なもの味なもの」である(『寅次郎春の夢』(香川京子)では「あの芸者さん」というシーンがあるが、これは外国人のフーテン「マイケル」をみんな「マイコ」と呼んでいて、間違ったものであるが、これは格好を付けようとしたとは必ずしもいえない)。

 こういう間違いを言語学ではマラプロピズムというが、それとも異なる。マラプロピズムはシェリダンのThe Rivalsに出てくるマラプロップ夫人(フランス語で「不適切」の意)が得意なのだが、シェイクスピアの『空騒ぎ』では警官のドグベリーが何度も間違う。“When the ale is in, the wit is out.”(酒が入ると知恵が去る)を“When the age is in, the wit is out.”(年が行くと知恵が去る)といってしまったりするが、それなりに意味深いものを感じる。

 『不思議の国のアリス』では道徳好きの公爵夫人が「意味に注意しなさい、音は自然に決まる」(“Take care of the sense and the sounds will take care of themselves.”)というがこれはラウンズ(William Lowndes)の言葉“Take care of the pense and the pounds will take care of themselves.”(小銭のペンスに注意しなさい、大金のポンドは自然に決まる)の誤りであり、より一層意味が深まったものである。

 横山ノックがある喜劇人の法要で「私が黙祷の音頭をとりますので」と言ったというが、これなんか分かりにくい。正しく言う時はどうすりゃいいの。

 立川談春の『赤めだか』(扶桑社)では、師匠の談志とハワイに行ったら、「お前にハワイの夜を教えてやる」といって屋外のバーみたいなところに連れていってウェイトレスに「ブルースカイ」を頼む。「あのなァ、ブルースカイだ、ブルースカイ。わかんねェのか、お前、田舎っぺだな」というのだが、談春が「ブルーハワイじゃないですか」というと通じる。「そうだ、ブルーハワイだ。間違った、君は悪くない」といって、ウェイトレスもホッとした顔をする…。

 そうそう、弟弟子(これでいいのかしら)の志らくが大学を辞めたのが大学の国文学の教授が金原亭馬生を「キンバラテイウマウ」って読んで馬鹿馬鹿しくなったからだという。「きんげんていばしょう」だ。おかげで、立派な落語家が生まれたからよかったものの、下手すれば落伍者を作っていた。

 立川談志の奥さん則子夫人は落語に全く興味がなく、談志の十八番の「野ざらし」をアザラシの出て来る話だと思っていたそうだ。

 言い間違いは疲れた時に出ることが多くて、寅さん映画でも森川信が「まくら、さくらを取ってくれ」というシーンがある。

 こういうのを言語学では「スプーナリズム」という。crushing blow(圧倒的な打撃)をblushing crow(赤面したカラス)、well oiled bicycle(よく注油してある自転車)をwell boiled icicle(よくゆでた氷柱)という間違いである。元はオックスフォード大学のニューカレッジの学長だったW・A・スプーナーに由来しているものである。日本では、一万田尚登(いちまだひさと)蔵相というのがいて、「道路公団」を「ロード公団」などと間違ったので「イチマンダイズム」と呼ばれることがある(「お茶飯(ちゃめし)前」=お茶の子さいさい+朝飯前、「机上の楼閣」=机上の空論+砂上の楼閣というのも作った人で「法王」と呼ばれたが、「日本に乗用車工業は要らない」などという大きな間違いもした)。スプーナーは実は間違ったというのは伝説に過ぎないという話を仁平義明が『学士会会報』(1996年10月号)に「スプーナリズム再考」というのを書いている。ルイス・キャロルのような言葉遊びの伝統がそうした伝説を生んだのにすぎないと考えているのである。

 糸井重里監修『言いまつがい』(新潮文庫)には言い誤りが満載されているが、中でも「スプーナリズム」が面白い。「お!トイレの紙がないぞ!」と上司がプリンターの前で叫んでいた。「もんとにほー!」(ほんとにもー!)、「パツとシャンツ」(シャツとパンツ)、「ざっくらばん」(ざっくばらん)などだ。チキン煮込みカレーをお客に「ちこんにきみカレー」といったバイトさん、雰囲気の悪い時に「この会社は、空気がどよんどる!」と怒る上司もいるという。ちなみに、「雰囲気」を「ふいんき」という若者が増えている。言葉を雰囲気で覚えているからだ!

 僕が世の中で一番嫌いな人に細木数子がいるが、2005年7月23日に放送された25時間テレビでライブドアの堀江貴文と対談した際に次のような間違いを犯して平気だった。予言できるということは全知全能じゃないのかしら。実際には間違った占いもたくさんしている女で、羞恥心がけつにょしている。

*「何卒(なにとぞ)」を「なにそつ」
*「ポータルサイト」を「ポーターサイト」
*「携帯サイト」を「携帯サイド」
*「紆余曲折」を「紆余屈折(うよくっせつ)」
*「一朝一夕」の事を「一長一短」
*「欠如(けつじょ)」を「けつにょ」
*「乱高下」を「乱気流」
*「出る杭は打たれる」を「出る釘は打たれる」(ただし、江戸時代から「釘」もあったというし、英語の表現だとすると“The nail that sticks up will be hammered down. ”で正しい---間違えているとしか思えないけど)

 ただ、どこかで間違って覚えてしまっただけだったり、思わず出てしまったり、言葉の思いこみというか、言葉の思い違いが誰にもあるということなのである。しかし、この思い違いというのが一番恐ろしい。思い違いを積み重ねて、それが文化だ、教養だと間違っている。

 何しろ、人間は自分を動物ではないと思い違いしている動物なのだ。

 同じショウイチでも小沢昭一がラジオ番組『小沢昭一的こころ』である日、宮城県の「鬼首温泉」を紹介したことがある。この時、「おにのくびおんせん」と言ってしまったために、それこそ鬼の首を取ったように投書や批判が相次いだと言う。「おにこうべ」というのが本当だそうだ。内田康雄には『鬼首温泉殺人事件』(カッパノベルス)まである。

 村上春樹の『スプートニクの恋人』というのも思い違いからつけられたタイトルだ。ソ連の人工衛星「スプートニク」があがったとたん、アメリカでは何にでも「…ニク」がついたことに由来する(日本語の「太陽族」みたいなものだ)。

 22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすく突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。そして勢いをひとつまみもゆるめることなく太平洋を吹き渡り、アンコールワットを無慈悲に崩し、インドの森を気の毒な一群の虎ごと熱で焼きつくし、ペルシャの砂漠の砂嵐となってどこかのエキゾチックな城塞都市を丸ごとひとつ砂に埋もれさせてしまった。みごとに記念碑的な恋だった。恋に落ちた相手はすみれより17歳年上で、結婚していた。さらに付け加えるなら、女性だった。それはすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべてのものごとが終わった場所だった。【…】

 ミュウはジャック・ケルアックと言う名前には聞き覚えがあったし、作家であることもおぼろに記憶していた。しかしどんな作家だったかということになると、なかなか思い出せなかった。「ケルアック、ケルアック、…それって、ひょっとしてスプートニクっていうやつでしょう?」
すみれは話の前後がうまく理解できなかった。彼女はナイフとフォークを宙に止めたまましばらく考えた。「スプートニク?スプートニクっていえば、1950年代にはじめて宇宙を飛んだソ連の人工衛星でしょう。ジャック・ケルアックはアメリカの小説家なんだけど。たしかにまあ、時代的には重なっているけど」
 「だからつまり、当時のその手の小説家のことを、そういう名前で呼んだじゃなかったかしら?」とミュウは言った。そして、特殊なかたちをした記憶の壷の底を探るように、指先でテーブルを丸く撫でた。
 「スプートニク…?」
 「そういう、ブンガクの流れの名前。よくなんとか派ってあるでしょう。ほら、ちょっど<白樺派>みたいに」
 すみれはそこでやっと思い当たった。「ビートニク」
 ミュウはナプキンで口もとを小さく拭った。「ビートニク、スプートニク…私はそういう用語をいつも忘れてしまうの。<建武の中興>だの、<ラッパロ条約>だの。いずれにせよ、大昔に起こったことでしょう」
 時の流れを暗示するような、軽い沈黙がしばしあった。
 「ラッパロ条約?」とすみれは言った。

 大江健三郎の『日本のユマニスト 渡辺一夫を読む』(岩波書店)を読んでいたら、渡辺一夫がある時、学生から間違いを指摘されて顔を赤らめた、ということについてコメントしていた。

 ノースロップ・フライの『グレート・コード』という本の中に学校の先生の役割というのが説明してある。生徒が質問する。先生の役割は、それに対してすぐに答えてしまうことではない。その質問が当の学問の中で、全体のどういうところに位置しているかを示してやる、全体の中に統合してやるということが、教師の役割だと、自身の経験から書いている。

 渡辺一夫が顔を赤らめたのも、自分が長年学問をやってきて、徹夜までして調べて教えているのに、よくできそうな学生が手を挙げて質問をする、それがまことにつまらぬ質問で、一瞬怒って赤くなったのだろう、と大江は推測する。

教師は、優れた教師ほど後継者を作るということをします。学者として------大江健三郎

 黒柳徹子は「神様は、どんな人間にも必ず、とび抜けた才能を一つ与えて下さっている」という言葉に刺激されて活躍し始めたのだが、『トットの欠落帖』(新潮社)にこの手の間違いがいっぱい出てくる。就職の広告に「細面」と必ず書かれていたのでみんな「細おもて」の人が好きだと思ったとか(「委細面談」の略)、「徹子の部屋」で野球のポジションというのが分からなくて「何の係だったんですか?」と訊ねたとか、長嶋が読売のフロントに入るというので新聞社の正面に居座ると思ったとか、という失敗がいっぱいある。永六輔の本に書いてあったことだが、般若心経の「色即是空」というのを小沢昭一に「色っぽいことをするとあとが空しいぞ」という意味だと教えられて、信じていたという【「色」というのは「そこにある」という意味で「あるもの即ちこれ空」という意味】。

 家の光協会編『キッチンの大誤解』には「平成の(非)常識」がいっぱい詰まっている。料理の講師が「落としぶたを忘れないでね」の指示を出したら、「「落としぶた?そんな豚肉知りません」とか「ふたを床に落とせばいいんですね」とか「「お鍋におとしたふたはいったいいつ拾うんですか」と聞いたという。

 これは僕にも経験があって、キャンプで学生たちに「初めチョロチョロ、中パッパ、赤子が泣いても蓋取るな」と繰り返し注意したら、みんなずっと蓋を取らずにオコゲだらけのご飯を作ってしまった。

 『キッチンの大誤解』には「ほうれん草のおひたし」をただの「水浸し」にした娘とか、嫁ぎ先で煮豆の鍋に「ワッ、ワッ、ワッ」と叫んだお嫁さん(「びっくり水」のつもり!)とかイカの軟骨をイカが飲み込んだ軟骨だとずっと思っていた女子大生などがぞくぞくと登場する。

 中学生の話だが、家庭科のテストで「青菜をゆでる時に塩を入れるのは何のためか」という問題が分からずに困った彼は「悪霊を取り払うため」と答えた。「お清めの塩」を思い浮かべたようだ。

 「出汁」を「でじる」と読んだアナウンサーがいた。「白身の魚」を「しらみのさかな」といった。料理が一気にまずくなった。

 こんな調子だから、教師は大変だ。国際関係論の研究者である吹浦忠正は『愛唱歌とっておきの話』(海竜社)の中で書いているが、ある大学の講義で学生に尋ねた。「きみ、真珠湾はどこにありますか」。学生は「うーん」と唸り、答えたという。「三重県です」。「今度はこっちが唸った」と吹浦は書いている。確かに真珠の湾だけど…。

 僕が好きなのはこんな誤解だ。「世界の中心で、愛をさけぶ」の撮影中、主演の長澤まさみが讃岐うどんを食べに行き、地元のおじさんに「うどんはノドで食うんだ」と言われて実践して、途端にむせたそうで、それ以来、コシのあるうどんは噛んで食べるという。分からない人がいると困るから書くけど、「喉越し」で食べるという意味だからね。

 人の命に関わる間違いがあり、例えば、血圧降下剤「アルマール」と血糖降下剤「アマリール」というのを間違えた医者がいた。「うっかりミス」ではすまされない問題がここには潜んでいる。つまり、命名する方に「紛らわしくなると危険」という意識がないからだ。「うっかり」は誰でも犯すもので、モノを作る時には「うっかり」していても安全なように作らなければならない。飛行機の管制でも同じで、記号や数字で扱うのは危険だ。とっさに区別できるようにするには言葉で区別しなければならない。

 そういえば、昔、夫婦ゲンカをして妻に「バカモノ!」と言うのを間違って「バケモノ!」と怒鳴ってしまった。命に関わるところだった…。

 女友達でエンゲル係数のことをずっとエンゲルス係数だと思っていた人がいた。つまり、マルクス・エンゲルスの思想から生まれた係数だと思いこんでいたのだ。

 ランゲルハンス島のことを「エンゲルハンス島」だと思っていた友人もいる。もっとすごいのはカリブ海の島だと思っている人だ。

 「てふてふが一匹」で知られる安西冬衛は詩集『軍艦茉莉』で「私はメリイ・ゴオ・ラウンドをメリゴランドだとばかり思つてゐた」と書いている。つまり、ディズニーランドの一種のように考えていたのだ。

 ボランティアで「いみず苑ワークキャンプ」のことを話す学生に練習をさせていたら、その発表直前、何かおかしいなと気づいた。彼女は「いずみ苑」と連呼していたのだった。

 食堂で学生が「今日、シラミの魚だ」と言っていたが、出されたのは白身の魚フライだった。

 文部省主催の会議でCAIの話をしていて全員がいつの間にか「CIA」の話をしていたこともあった。

 住宅展示会に行って「日本建築なのでゆかのあいだに力を入れました」といわれて何が何だか分からなかったのだが、前に書いてあった漢字は「床の間」だった。

 「すみません、うる覚えで」なんていわれるが、本当に「うろ覚え」だ(「うろ覚え」というのは元来は「おろ覚え」でこの「おろ」というのは「愚か」と同じ意味だったのだ)。

 最近では検索エンジンYahooのことをずっと「ヤッホー」だと思いこんでいて恥ずかしい思いをする人が多い。実に多かった。

 ある人はメールで「女王」(じょおう)をずっと「じょうおう」(ジョーオー)だと思っていた、と書いてきた。

 ただし、これは難しい問題がある。日本語の二字漢語の中には、それぞれの漢字どおりの読み方をしない例外があるからだ。


  夫+婦=夫婦(フーフ)
  詩+歌=詩歌(シーカ)
  女+房=女房(ニョーボー)
  披+露=披露(ヒロー)


 上の例は、それぞれの漢字をそのまま読んだとしたら「フフ、シカ、ニョボー、ヒロ」となるはずだが、元の漢字にはない長音(ー)が付け加えられている。「女王」を「ジョーオー」と言うのも、これと同じことなのだが、そうはしない。なぜ「フーフ」はよくて、「ジョーオー」はダメかというと、「ジョーオー」と読む人はごく最近生まれてきたから、というだけなのだ。

 「ロス疑惑」の三浦和義が事件を追求していた『週刊文春』の編集部に電話をかけてきて「週刊文春は、私のまわりでは“ふんめしもの”ですよ」といったという。「噴飯もの」で「ふんぱん」だ。

 もっとも、もっと上がいて、巨人の原辰徳は『週刊文春』の記者が名刺を出すと「週刊ブンハルが何の用だ!?」と言ったそうだ。

 99年6月に武蔵丸が横綱になった時、「心技体に精進いたします」の口上が「ショウジンタイに…」ともつれた。緊張して英語式に動詞が先に出たようだ。

 まあ、日本人だって知らないような言葉を持ってきて決意を述べるから外国人が間違って当然だ。

 日本人が間違うとまだるっこしくなる。まだるっこくなる。まどろっこしくなる。

 などと舌の先が舌の根の乾かぬうちに間違えてしまう。

 どうせおいらは口先舌先三寸の男。

 自分の間違いに眉を顔をしかめたくなる。

 アメリカ人だってスペリングを間違う。これが日本人の学生には信じられないらしい。自分たちが漢字を間違うのを棚にあげて(棚にあげるというのだろうか)。

 ブッシュ大統領の時の副大統領だったクエール(確か、ロバート・レッドフォードに似ていると言われていた)がある小学校を訪ねて、子どもが“POTATOES”と書いたのをわざわざ間違っているよと“POTATOS”に直して大恥を掻いたことがある。鬼の首を取ったつもりが取られてしまったのである。ところがアメリカで最も尊敬されている、あのワシントン大統領も昔、“POTATOS”と間違ったとかで、ワシントン以来の大物とされるようになった。

 人間、どこで大逆転があるかもしれない(が、彼は泡沫候補で終わった)。

Foreigners always spell better than they pronounce.
(外国人は発音がうまくなくてもスペリングは正確なものだ)
マーク・トウェイン

 NHKの「連想クイズ」で「こけし」が答えなのに「バイブレーター」と答えた女優A・Mがいて、生だったためにレギュラーでなくなったという噂があった。実際に見ていた人によれば、「こけし」のヒントに加藤芳郎が「伝統」とヒントを出したのに対して、 すかさず「こけし!」と答えたため、「電動こけし」に聞こえたそうで、気まずい雰囲気になったが、その後も出演を続けていたそうだ。

 華やかな容姿や言動で注目を集めていたフランスのラシダ・ダチ(Rachida Dati)元法相は2010年に、ラジオ局ヨーロッパ1(Europe 1)のインタビュー番組で、外国の投資ファンドを批判する際、「フェラシオンなどほぼ存在しない時に、20%から25%もの高リターンを期待しているファンドがある」と語ったのだが、オーラルセックスを意味する「フェラシオン(fellation)」と、インフレを意味する「インフラシオン」を間違えてしまった…。

 言葉のプロでも間違う。

 海王丸が富山に初めて来たとき、女性アナウンサーが「運輸省の大型ほせん」とやってしまったことがある。NHKの男性アナウンサーもやったことがある。「はんせん」だ。「順風満帆」を「じゅんぷうまんぱん」でなくて、「じゅんぷうまんぽ」という間違いも多い。まあ、ラテン音楽みたいで気楽そうだが…。

 プロの司会者を呼んだ結婚披露宴で、司会者が「古式豊かな結婚式を」と言った。「古式」は「床しい」ものである。←「とこしい」でなくて「ゆかしい」ですよ。

 矢野誠一『昭和の藝人千夜一夜』(文春新書)に出てくるが、浪曲の初代相模太郎は弟子を叱りつけて「おめえたち、もう少し気をつかわなきゃいけねえ。だいたい俺はな、人間がバリケートにできているんだからな」といった。

 俳人の楠本憲吉が書いていた話では、司会者が「ただいまから新婦は衣替えをいたします」と言ったという。まあ、「お色直し」ったって、色を直すんじゃないからね。

 NHKの山川静夫アナウンサーは徹夜麻雀をやった後、天気予報を読んで東南の風を「トンナンの風」といってしまった。

 「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」と読んだフジテレビの女子アナもいたそうだ。女子アナがこの間違いを紹介する時に「きゅうちゅうざんどう」といってしまい、NG集として有名になっている。「1日中山道」は横書きだから出る誤りだが、丸谷才一は『折口学入門』というビラを見つけて書店に行ったら、『哲学入門』だったという。これは縦書きの悲劇だ。

 別のどこかに書いていたが、古本屋で「トゥキュディデス」の本を「東京駅です」と言って買い求めた男がいたという。イギリスで「ウェストケンジントン」駅というのを「上杉謙信」というが如しである。

 「あわあわと語りました…」と原稿を読んだアナウンサーがいて、川上弘美ファンかと思ったら、「淡々と」だった。あわわっ!

 最近のアナウンサーはすごい、と永六輔が『学校ごっこ』(日本放送出版協会)の中で書いている。ある民放のアナウンサーの新人研修で「君たちがニュースを読む時に約三十人くらいのスタッフが支えているから、そのスタッフみんなが君に感謝するような、そういう仕事をしてほしいんです」と語ったら、あるアナウンサーの卵が「“緑の下の力持ち”というんですね」と言ったという。今は「縁」というもの自体を知らない世代だと思って、暗い縁の下で家を支えている礎(いしずえ)だと教えたら、「わかりました。ああ恥ずかしい、目からウンコが落ちた」といったという!?

 2010年にはTBSが「新知識階級クマグス」という番組を作った。ところが、最初の回でみんな「みなみかたくまぐす」と言っていて、何やってるんだと思ったら、最後に「みなかたの間違いでした」とアナウンサーが言った。それにしても番組の由来を忘れる新知識階級って…。

 もっとすごいアナウンサーもいる。鈴木健二の言葉が国語学者の見坊豪紀の『ことばのくずかご』(筑摩書房)に紹介されている。

ニュースでさんざんトチっておいて、終わりに「担当はだれだれでした」と、ほかの人間の名を言ったのがいる。

 86年の紅白では司会の加山雄三が少年隊の曲を「仮面ライダー」と言った。「仮面舞踏会」なのに…。

 帯淳子アナは「SF特集」というのを「来週はSM特集」とやってしまった。期待してビデオまで用意していた人もいっぱいいたとか…。

 他のアナウンサーで「団塊の世代」を「だんこんのせだい」と読んだ人がいて、本人よりも周りが赤面していた。

 「生体肝移植」を「性感帯移植」とやった人もいる。

 最近はトチリを売り物にするアナウンサーがいて、NHKにいたころの久保純子アナはテニスの伊達公子を「ダテコキミコ」、メジャーリーグのホワイトソックスを「ホワイトセックス」!とやって人気を得た。

 そして何といっても最大の言い間違いは1984年の大晦日、紅白歌合戦で生方(うぶかた)恵一アナウンサーが引退を決めて最後の花道を飾ろうとする都はるみの熱唱に対して「もっと、もっと別れの拍手を、ミソラ……」と間違ってしまったことだった。「栄転」だったとはいえ、大阪へ異動させられ、そのままNHKを去ってしまった。後に朝日新聞記者が訪ねていったら庭には「都忘れ」の花が咲いていたという(信じられないが、朝日新聞に書いてあった実話で、記事の中で本人が前から植えてあった花だと語っていた)。2009年11月16日の朝日では次のようである。

 「放送の仕事は消しゴムが効かない怖さがある」

 練馬区西大泉の自宅で生方さんはそう語った。現在の肩書はフリーアナウンサーだ。

 ハプニングは、84年の紅白を締めくくろうというクライマックスで起きた。「引退宣言」をした都はるみさんのラストステージ。アンコールが終わり、どよめきと拍手が鳴りやまぬ中、「もっともっとたくさんの拍手を、ミソラ……っw」とやってしまった。 生方さんによると、台本には「はるみさん」と書き込んであったという。

 「でも、ロウソクの炎が燃え尽きたように崩れ落ちていくはるみちゃんの姿を見たとき、美空ひばりに並んだな、ここはきちんとフルネームでなければいけないな、ととっさに思ったんです。その結果が『ミソラ』でした」

 視聴率は過去10年間で最高の78.1%。が、正月のテレビは「世紀のトチリ」に明け暮れ、笑いのネタにされた。

 花で思い出したが、思い違いというのは自然現象に対してもある。

 竹久夢二作詞の「宵待草」は短い詩だったので、レコード会社に依頼されて西条八十が二番をつけた。「暮れて河原に星ひとつ宵待草の花が散る 更けては風も泣くそうな」としたのだが、この歌詞に疑問が出たという。宵待草(オオマツヨイグサ)は萎(しお)れる花で目につくようには散らないというのだ。西条八十も気になったらしく、晩年の自叙伝では「花が散る」を「花の露」に改めた。詩人の想像力にも眼を光らす人がいるのだ。

 昔、セリフを言い間違えた役者は楽屋でおわびに「とちり蕎麦」(盛り蕎麦)を振る舞った。上方ではモチを振る舞ったが、こちらは「とちり餅」という。今でも「とちりコーヒー」を配る人もいるそうだ(服部幸雄『歌舞伎ことば帖』岩波新書)。

 僕もテレビに出ているが、いちいち「とちりコーヒー」を出していたらギャラが飛ぶ。先日も「金川欣二の何でもカルチャー」から「金川欣二のこだわり見聞録」に名前が変わったために、新しいタイトルが出てこないで、キャスターに「自分の番組名を忘れちゃダメですよ」とつっこまれてしまった。

 2007年に安倍首相は踏切で自殺しようとした人を助けようとして死亡した板橋署常盤台交番の宮本邦彦巡査部長の弔問のため、異例中の異例ながら、訪れた。首相は記者団に宮本さんの名前を「ミヤケさん」と言い間違えながらも、「危険をかえりみずに人命救助にあたったミヤケさんのような方を私は総理として、日本人として誇りに思います」と語った。

 結婚式でも花婿、花嫁の名前を間違う人が時々いて、僕の場合、司会だったDさんが妻の名前を何度も間違えた。「ごめんなさい、昔つきあっていた女の子の大学も武蔵野だったから」と詫びて、また間違えた。

 式場といえば、ある時、「下山家」(げざんか)と書かれていて、あっ、考えてみれば、登山家ばかりじゃなくて、下山家もあっていいな、僕なんか人生下りることばかり考えているから「下山家」だぁ、と思ってしまったことがある。でも、横に鈴木家と書かれていて、「しもやまけ」だということが分かった。

 福田健の『失言する人には理由(わけ)がある』(徳間書房)によれば、失言する人には自信過剰型・瞬間湯沸し器型・八方美人型・饒舌型・うっかり型という5つのタイプがあるという。「正しい事を言う時にこそ、失言は起こりやすい」ともいう。自分が正しいと信じていることが間違いということもあるが、調子に乗るとつい余計なことを言ってしまうからでもある。正しい事を主張する時こそ、慎重に言葉を選ばなければならない。

 江戸の小咄にもうっかり型の話がある。あわて者の女房が道で伊勢屋のお内儀さんに出会い、「旦那さまは、おかわりなく」と言いかけて、伊勢屋の主人が3か月前に死んだことに気づき、「お亡くなりになったまんまでござんすか?」。

 NHKには差別用語や商品名など制約も多くて、失言しないかびくびくしている。間違えば職を失いかねない。「完パケ」(完全パッケージ)といってリアルタイムに録画する手法もあるが、これも一度間違うと最初からやり直しになり、気が抜けない。気が抜けなければ失言しそうになる。緊張感のあるやり取りが見られるかもしれないが、それは見る方の論理であって、見られる方の論理は違う。

 失言を恐れるあまり過度に言葉を吟味し、自分の感情を表に出す事をしない、というのでは人間らしさが感じられない。回復不可能な失言は決して口にしない、という最終ポイントさえしっかり押さえてしまえば、あとは「相手に対する思いやり」と「自らの心の余裕」を持つだけで失言は大幅に減るだろう。

 人間は失言する動物である、とここで密やかに宣言したい。

 人は「間違い」ということを簡単にいうが、実際には語感にも関係して何が正解かは複雑だ。

 小椋桂が作った「シクラメンのかほり」は「かをり」か「かおり」なので言語学界(学会ではないが)にけんけんがくがく侃々諤々(かんかんがくがく)、喧々囂々(けんけんごうごう)の物議をかもした。でも、本人が「かほり」だと言い張ったらあっさりと騒ぎを収集収拾させるしかない。

 さだまさし「交響曲(シンフォニー)」という曲では「あなたはワーグナーのシンフォニーを聞き始めたから」変わったというが、「楽劇」のワーグナーがシンフォニーを作っているとは思えない。しかし、ありもしないものを聴き始めて変わったといいたいのかもしれないと思うと間違いとはいえない。

 政治家は間違って本音をいうことが多い。2000年には森喜朗総理の「神の国」「国体を護る」などの失言がいっぱいあって大問題になった。

 昔は渡辺美智雄だった。丸谷才一も書いているが、「社会党への見せしめのために解散しよう」といって物議を醸しだし、問題になると「見せしめというのは敬語だと思って使った」などと白々しく述べた。PKO法案の審議中に入院する羽目になったときも「かえすがえすも断腸の思いであります」と語ったという。何度も断腸できる訳がない。

 麻生首相は相撲の表彰式で「内閣総理大臣杯朝青龍明徳殿」と読むところを「内閣総理大臣朝青龍明徳殿」とやって墓穴を掘った。ケガをおして優勝した貴乃花に「痛みに耐えて、よく頑張った。感動した!」だけでまとめた小泉首相とは大違いである。

 同時に悪い面ばかりではない。思い違いから子供の詩が生まれることもある。

へえー パパ サラリーマン
ぼく おおきくなったら
ウルトラマンになるんだ

    ------池上嘉彦『ことばの詩学』(岩波書店)所収

 昔、井上好子さんが大学問題の討論会に出ていて「ジュウフク」と何度も言った。コンテクストから考えて「重複(チョウフク)」のことらしかった。当時、井上ひさし夫人で言葉遊びの大家の夫人にして間違うのである(後にあっさりと別れてしまった------間違いには色々ある。現在、西館好子さん)。

 うちの学校の寮監をしていたM先生はもっとすごかった。会議で「フクジュウ」「フクジュウ」というので何かと思ったら「重複」の間違いでしかも「重複」を「チョウフク」と読まずに「ジュウフク」と読んでいた。これこそ、チョウフクした間違いであった。

 ある私鉄の車掌さんは「この先、揺れますので、五十円ください」(ご注意)といってしまったという。動物園の人が「危険ですから、動物のエサを取らないでください」といってしまったという。井上ひさしの『にほん語観察ノート』(中央公論新社)には「言い損ない」としてオーストラリアで英語で“poor”と“pure”を間違えて「私の英語は純粋です」と話してしまったことを書いている。

 ひとは言葉を使いこなして生きているんですが、使い手のこころがなにかで強張っていると、言葉は逆にひとに襲いかかってくるもののようです。

 と書いてから、かんぱつかんはつ入れずに次のようなメールがきた。

私は「ちょうふく」と読むことも知っていましたが、「じゅうふく」の方が私の中ではしっくりくるのでこう読んでいます。広辞苑等にも両方の読み方が載っています。一度ご確認ください。

 一応、『広辞苑』でも確認して次のように返事を書いた。

 「重複」に関しては「じゅうふく」という読みもあるのですが『広辞苑』をはじめとする多くの辞典で「ちょうふく」を見よ、ということなっています。

 つまり、一応、認められているのだが、本当は(何が本当かは言語学では難しいのですが)「ちょうふく」の方が普通だよ、ということです。

 おっしゃる通り、僕も授業で「ちょうふく」といっても分からない学生がいるので「ちょうふく、まぁ、じゅうふくともいうが…」などとごまかしています。

 「早急」になるともうダメで、「さっきゅう」といっても通じません。「そうきゅう」といっています。

 これは英語を話すときにはもっと気を使います。例えば、日本語のアクセントで日本語らしく発音しないと分かってもらえないし、下手に英語らしく発音するときざったらしく見えます。かといって、英語を知っている人に何も知らない馬鹿だと思われるのも癪ですが…。

 マルチメディアなどを、ある英語の先生はいちいち「マルティミーディア」と発音していましたが、僕にはできません。

 早急(ソウキュウ)のように間違いが定着するものがある。「間髪」も「かんぱつ」で、「入水」も「じゅすい」でなく「にゅうすい」(元々、事故に使われていたので自殺には使われなかった)で、「出生届」も「しゅっしょう」でなく「しゅっせい」で、定着している。

 「ロハ」(「無料」の意味で死語)は「只」を分解したのは言葉遊びとしても、「今いち」は誰かが最初に死語になりつつあった「今一つ」を読み間違えたものである。

 「地震、雷、火事、親父」で最後にどうして親父が出て来るのか、昔から不思議がられている。「か」だから「おや」と韻を踏んだだけだろうというのが僕の考えである(「夕焼け小焼け」みたいなもので「小焼け」などというものはない)。丸谷才一はどれも一過性のものだと書いていた。これにも異論があって、実は「大やまじ」が間違えて定着したという説がある。「やまじ」というのは『日本国語大辞典』によれば、「山風」と書いて「土用から二百十日前後に吹く東南の風(岡山県)、「夏から秋にかけて瀬戸内海沿岸に吹く南寄りの台風性の暴風」などと書いてある。つまり、四国や中国地方の昔からの方言なのである。「やまじ」の大きいものだから「台風」というのも納得できる。

 風つながりで話せば、アニメの宮崎駿の「スタジオ・ジブリ」というのは「ギブリ」でなければならない。イタリア語でghibliというのは「ギブレ、北アフリカの砂漠で吹く砂塵を含んだ熱風」で、アニメ界に新風をという意図で付けられたものだ。第2次世界大戦のイタリアの偵察戦闘機の名前でもあったので、飛行機マニアの宮崎駿が命名したという。ただ、giなら「ジブリ」だが、ghiは「ギブリ」と読む(イタリア語でciは「チ」chiは「キ」)。イタリアのマセラティ社のクルマghibliは日本でも1970年代から「ギブリ」と呼ばれていたし、英語でも「ジブリ」とは発音しない。後で知ってギブリ、じゃなくてギクリとしたことだろうが、まあ、「ギブリ」だと「ゴキブリ」に似るのでこうなった、と言い張ることもできるだろう。

 そういえば、チャーチルの戦争中の演説に「私が祖国に対してできることは、血と努力と涙と汗以外に何もない」( I have nothing to offer but blood, toil, tears, and sweat. )と言ったのに、「努力」が抜けてしまって「血と涙と汗」で定着してしまった。何しろ、BLOOD, SWEAT & TEARSというグループもできているくらいだ。板坂元は『何を書くか、どう書くか』(カッパブックス)で「血と汗と涙」は視覚的で具体的で頭の中にイメージしやすいが、「努力」は絵にならないから人々の記憶からすべり落ちたという。

 漢字の間違いは誰でもいっぱいするのであまり触れない。教師でも間違いやすいのは「講義」「専門」(「専門家には口出さない」と教える)「学問」「訪問」などである。メールで国語学の先生なのに「講議」と書いてきた人がいた。速刻即刻、抗議したかった。こんな間違いを避けるために昔の人は歌で覚えた。「巳(み)は上に 已(すでに)已(やむ)已(のみ)なかほどに 己(おのれ)己(つちのと)下につくなり」とか「瓜(うり)に爪(つめ)あり、爪に爪なし」とか「牛に角あり午(うま)に角なし」などというのがあった。

 間違いを指摘されたら、漱石だってロンドン留学中への寺田寅彦宛の手紙に「専問」と書いていることを教えてあげよう。「土用の入」を「土曜の入」なんて書いたりしている。

…学問をやるならコスモポリタンのものに限り候。英文学なんかは縁の下の力持日本へ帰つても英吉利に居つてもあたまの上る瀬はこれ無き候。小生の様な一寸生意気になりたがるものゝ見せしめにはよき修行に候。君なんかは大に専問の物理学でしつかりやり給へ。本日の新聞でProf. RuckerのBritish AssociationでやつたAtomic Theoryに関する演説を読んだ。大に面白い。僕も何か科学がやり度なつた。この手紙がつく時分には君も此演説を読むだらう。つい此間、池田菊苗氏(化学者)が帰国した。同氏とは暫く倫敦で同居して居つた。色々話をしたが、すこぶる立派な学者だ。化学者として同氏の造詣は僕には分らないが、大いなる頭の学者であるといふ事は慥かである。同氏は僕の友人の中で尊敬すべき人の一人と思ふ。君の事をよく話して置たから暇があつたら是非訪問して話しをし給へ。君の専問上其他に大に利益がある事と信ずる。【…】

 「書くたびに鬱の字をひく春時雨」(恩田侑布子)という川柳があるが、「鬱」という字は実に憶えにくい。「薔薇」も憶えにくい。だから、言語学者のグロータース神父は「日本語が話せるのか」と言ってくるような人がいたら「鬱」とか「薔薇」とか書いて見せるのだという。

 東大のK先生の日本語語彙論に出ていた時、先生でも時々、漢字を失念されたり、プリントに間違いをされることがあったりした(先生、ごめんなさい)。特にびっくりしたのは「敬具」を「啓具」と書かれることで、これも慌てて国語辞書を調べたけれど、相当するものがなかった。ちなみに先生には講談社現代新書から出ている日本語の誤用の本がある。とてもいい本である。

 誤植に関しては別のところで書くが、誤植をなくすのは神業だ。

 ワープロ上の変換の間違いともなると自分自身、消え入りたい位にいっぱいある。

 読者から的を得た的を射た文章で、騙り口がうまい、と誉められて喜んでいたが、「語り口」ではなかったことに後で気付いたこともある。

 「笑い」の本質がそうであるように、間違う相手が偉ければ偉いほど凡夫には嬉しい。

 学者で語学の天才といえば、イスラム学の井筒俊彦か人類学の山口昌男先生(集中講義を聞いたことがあるので先生呼ばわり、ごめんなさい)ということになるだろう。

 ある時、元・経済人類学者で参院議員の栗本慎一郎が山口先生と話していて栗本が「マリノウスキーはデッキチェア学派だから…」と言ったらすぐに「デッキチェアはアームチェアより外に出ているからまだいい」とやんわり誤りを指摘した。

 フィールドワークをしないで学問をする人を「アームチェア(安楽椅子)学派」ということを栗本は間違ったのである。

 学問というのは難しいもので、その後、NHKの市民大学講座を見ていたら、その山口先生がフレーザーの『金枝篇』を「ゴールデン・バフ」「ゴールデン・バフ」というのだ。Golden Boughはやっぱり「ゴールデン・バウ」であろう。

 これでよく分かるが、ほとんどの日本人の外国語はそんな瑣末にばかり構っていてちっとも前に進まないのである。

 妻は声楽家をしているが、歌詞を間違えると大変である。特にクラシックの場合、楽譜を持ってきて演奏者が間違わないかチェックするのが趣味という人間もいるらである。音楽が好きなのか、あら探しをするのが好きなのか分からない人が多すぎる。

 マイナーな声楽家である妻でもオペラ・アリアの多くはイタリア語で、グノー『ファウスト』などはフランス語で歌い、歌曲(リート)はドイツ語、宗教曲はラテン語、ミュージカルには英語、ドボルザークはチェコ語というように多くの言語を駆使しなければならない。声楽家は言語学者と結婚するのがいい!?

 昔は楽譜を見て歌ったらしいが、フィッシャー・ディースカウが「冬の旅」などを暗記して歌うようになってから、暗譜が当たり前のことになった。

 本格的なオペラの場合は歌詞を間違ったり、つかえたりすると進行に障害が出るのでプロンプターがいる。それでも、バリトンのレナート・ブルゾンがサントリーホールの「ドン・カルロ」で公演途中に体調を崩し、突然、数小節飛ばして歌い、オーケストラを慌てさせた後、ついには歌えなくなり途中降板したこともあった。

 マリア・カラスのCDの中に、「カーロ・ノーメ」(Caro nome che il mio cor「慕わしい人の名は」でヴェルディの歌劇「リゴレット」第1幕〜Gildaのアリア)を歌うのに、全部プロンプターが先導して歌詞を教えているのが見事に聞こえる、悪意さえ感じる録音がある。

 98年に新国立劇場「魔笛」の移動公演(富山市オーバードホール)を見ていたらザラストロ役の木村俊光さんのところでプロンプターの声が大きく聞こえてしまった。あれだけ「魔笛」を歌っている人でも、歌詞の不安がついて回るものかと驚いた。

 普段はプロンプターなどいないから、間違わないように暗譜しなければならないというプレッシャーは大変なものである。

 日本の声楽の先駆者である藤原義江(最近は『少年H』妹尾河童の発見者といった方がいい?)は歌詞を間違うので有名だった。「からたちの花」を歌おうとして思わず「この道」が出てしまったこともあるという。

 パヴァロッティも歌詞を覚えないタイプだ。「アベマリア」を歌おうとして歌詞を忘れて全部Ave Maria,Ave Maria…歌ったこともあるし、三大テノール共演の時もほとんどが楽譜にかぶりつきである。観客をなめているとしか思えないが、それでも喜ぶ観客がいるから、屁の河童なのだろう。

 最後の舞台となった2006年のトリノ冬季五輪開会式で“熱唱”したアリア「誰も寝てはならぬ」は、厳寒の中での同氏の健康状態に配慮し、事前に録音されたものだったことがわかった。開会式でオーケストラを指揮したレオーネ・マジエラが著書で明らかにした。それによると、パヴァロッティは本番で声が出なくなることを心配して事前に録音。オーケストラの音楽も別の場所で録音された。開会式で、パヴァロッティは録音に合わせて口を動かし、オーケストラも演奏するふりをした。マジエラは「とてもうまく行き、誰も気付かなかった」と振り返ったという。誰も歌っておらぬ…。

 もちろん、イブ・モンタンがレストランのメニューを読んで、そこにいる人を涙と感動に誘ったなどという話もあるので、歌詞内容自体が最重要という訳ではない。それより前に、名優サラ・ベルナールはレストランでメニューを読み上げただけで、同席した人々は涙を流したという。

 98年の成人式のNHK「青年の主張」に米良美一が出て「この道」を歌ったが、字幕も出ているのに間違えてしまった。

 ドミンゴや藤原のクラスになれば伝説ですむが、マイナーな声楽家の場合はエピソードで終わらず、致命的でもある。

 本当は、暗譜などを止めた方がいいと思うのだけれど、妻は今まで見ずに歌ってきたからと言って態度を変えずにいる。

 日本で外国語の歌を歌っている場合は間違えても分からないが、母語で間違うとやっぱり大変だ。「赤とんぼ」を歌って「十五でねえやは嫁に行き…」から一気に飛んでしまって「止まっているよ、竿の先」などと歌って聴衆を赤面させてはいけない。

 全然違う話になるが、『授業』で有名な不条理作家イヨネスコに『禿の女歌手』(La Cantatrice chauve)という作品があって、ここには禿も女歌手も登場しない。最初は別の題だったのだが、稽古中にある役者が「ブロンドの家庭教師(une institutrice blonde)」というセリフを「禿の女歌手」(cantatrice chauve)といい間違えたのを聞いて、タイトルを変えたのだ。

 同じように、東京サンシャインボーイズが『リア王』を上演するために台本を依頼したところ『リア玉』と誤植された台本が納本された。それを見た三谷幸喜は『リア玉』と題する戯曲を書き上演した。

 小田島雄志『ユーモアの流儀』(講談社)でソプラノの鮫島有美子が次のように語っている。

小田島 歌っている最中に歌詞がとんじゃうっていうことはないですか?
鮫島  あります(笑い)。おもしろいことに、学生時代にはしゃべれないのにドイツ語の歌、イタリア語の歌をうたっていますでしょう。そういう時代には一生懸命習っているから舌が覚えてて、まちがえることはほとんどないんです。しゃべれるようになって意味がわかってうたってると、あ、次はなにがくるんだな、と思った瞬間、わからなくなったりすることもあります。

 実は、言語学的に、意味のある現象で、早口言葉でも、意味が絡むから舌がもつれるのであって、意味がない外国語の早口言葉はそんなにもつれることはない。

 岩城宏之『指揮のおけいこ』(文藝春秋1999)の「名指揮者と譜面の関係」にシャルル・ミュンシュの『指揮という仕事』からの一節が引用してある。「聴衆は指揮者の記憶力を見たいのではない。指揮者の音楽を聴きにきているのだ」。

 歌でも記憶力の問題ではないのだが、暗譜しないと誰も相手をしてくれない。オペラは当然であるが、歌曲でも何でも暗譜しなければならない。

 「ルービンシュタインに教わったこと」にはヘルマン・プライの壮絶な暗譜の話が出てくる。60代半ばの時、サントリーホールで6晩連続のシューベルト全歌曲を歌うリサイタルをした。合計13万語を暗譜するのである。しかも、NHKのハイビジョンの中継録画でコンサートが終わってから、言葉を間違えた所を深夜まで取り直した。映像まで再現して、だ。

 4晩目のリサイタルで完全にバテてしまい、その後のアンサンブル金沢とのオーケストラ版『冬の旅』をキャンセルすることにしたという。激怒して会いに行ったら、いっぺんに二十年くらい歳をとった老人になっていたという。

 そして、サントリーホールでの最後の晩、最後の曲を歌い出してすぐに止まったそうだ。初めから歌い直したが、また歌詞が出てこない。満場がシーンとしているなかで、プライはすごすごステージから消え、数分後に出てきて、今度はその曲を絶妙に歌ったという。

 プライの話では「さあ、この曲で最後だ」と張り切った途端に、頭の中が「真っ黒」(彼らは「真っ白」にならないそうだ)になったのだそうだ。

 岩城は書いている。「張り切りすぎると、記憶が消える」と。

 他人の首を取ってばかりではいけないので自分の首を洗ってみよう。

 僕もよく間違いをする。今もどんな大間違いをしているかと思ったら眠れない。

 小さい時の大きな間違いは「油虫」というのが葉っぱにつく青い小さな虫だと思っていた。ゴキブリだと分かったのは上京してからである。当時は北陸にゴキブリはあんまりいなかった。

 「サンバイザー」というのは三杯酢を作る道具だと思っていた。

 大学に入るまで「場末」を幕末と混淆(contamination)して「ばまつ」と読んでいた。

 ついこないだまで「私淑する」というのは「先生と親しく接する」ことだと思っていた。『新明解国語辞典』によれば、「直接教えを受ける機会のなかった学者を自分の先生として尊敬し、その言動にならって修養する」という意味だそうだ。そんなんなら今度、村上春樹に私淑しようっと。

 混淆といえば、「とらえる」と「つかまえる」の混淆で「とらまえる」という先生がいたが、これは個人語(ideolect)を超えて広がっている。

 方言が標準語だと思って失敗する人もいっぱいいるだろう。

 かつて「かつて」というのを勝手に「かって」としていた。「かつて」が趨勢になったために今の若い人は間違わなくなったが、恥ずかしかった。教師になって最初に女子高の優等生に指摘された。これが「大タコに道を教えられてしまった」事件である。

「金田一さん、それって、負うた子に道を教えられるんじゃなかったんですか?」
「いや、違います。それは後世の誤用です。ほんとは大きなタコに道を尋ねるんです。そしたら八本の足でそれぞれ違う方向を指して、『あっちやで』と言うものだから、訊いた方はわけがわからなくて困ってしまうわけです」
「質問する相手は選べという教訓なんですね?」
「そいういうことです。少なくともタコに道を尋ねてはいけない。イカもイカんです」

       -----村上春樹『うさぎおいしーフランス人』(文藝春秋)

 映画『麦秋』の前説をしていて高橋治の『絢爛たる絵』を紹介した。その時、うっかり「じゅんらんたる」と言ってしまった。客席から「あっ」と声がしたのだけど、その時は分からず終わってから思い出して、今も冷や汗が出る。「けんらん」ですね。

 反対に悔しかったのは「病膏肓に入る」を「やまい、こうこうにいる」といったら、ある国語の先生から「こうもう」だと言われた。近くにあった辞書には「こうもう」とあって忸怩たる(大げさ!)思いをしたが、「こうこう」が正しい(ATOKでは両方で変換できる)。お互い、鬼の首を取った気になってはいけない。

 ワープロを使って初めて知ったのは「経由」は「けいゆ」だということだ。それまで「自由」との混淆で「けいゆう」だと思いこんでいた。変換できなくて調べてみた。今の若者は「経油」などと間違うが、ガソリンスタンドに寄っていく気分なのだろう。若毛のいたりというものだろう。

 「十戒」(じっかい)を出そうと十回(じゅっかい)打っても出なかったとか、「遂行」(すいこう)を「ついこう」(「遂」を「つい」間違える)、「完遂」(かんすい)を「かんつい」(ATOKでは両方変換可能)だと思っていて出ないとか、ワープロ(FEP)が馬鹿だと思っている人の中には同じような間違いをしている人も多いはずだ。

 思いこみというのは怖い。言葉のレベルだと本を読んだり、人と話すことによって、恥をかきながら直ることはあるが、考えの思いこみというのは容易に直らない。

 学生にウイロウになった証拠だといわれた。どうやら初老(しょろう)のことのようだった。

 「馬に乗馬」とか「船に乗船」などと畳語的にいってしまうのは僕も焦った時にいいかねず、日常茶飯事である。

 でも、アナウンサーが「元旦の朝」というのを「元旦というのは朝に決まっているからなどおかしい」(“旦”は日の出を表した漢字)などと揚げ足取りになっている自分が嫌になってくることがある。

 間違いは誰でも見つけられる。ホームページで駄文を公開していて後悔するのもそんな時である。作家には「鬼首レター」というのが来て、小説の鬼の首を取ったように読者から手紙が来るという。清水義範の『発言者たち』(文藝春秋)によれば、鬼首レターの主は地方の年寄りで元教師というのが多いという。将来の僕ではないか!?

 僕らの場合は、「鬼首メール」とでもいうべきものが舞い込んで来る。ただ、教えてくれればいいものを、本当に作者を全否定するかのような書き方をしてくる人がいる。でも、もらってしまうと生きていけないような気分になる。こんな人に「なおざりな謝罪」をしようものなら、「おざなりな謝罪」だといって、またまた文句を言ってくる。「おざなり」というのは心のこもっていないいい加減な調子のことだし、「なおざり」というのは正しい対処をせずにおそろかにすることだ。語法はとても難しい。ホームページの管理体制がおざなりになおざりになってはいけない。

 NHKを「エヌ・エッチ・ケー」ではなく、正しく「エン・エイチ・ケイ」と発音しなければならない、と電話をかけた英語の教師を知っている。

 加賀美幸子『ことばを磨く18の対話』(NHK出版)ではタモリが語っている。

 NHKっていうのは信じられないような苦情が来るんですよ。「『テレビファソラシド』【加賀美やタモリが出た番組】というのは間違いです。正しくは『ドレミファソラシド』です」(笑)。

 思い込みを避けるために、出版の場合は編集者がつく。自費出版でも編集者をつけた方がいい。誤植や思い込みだけでなく、独善を避けるためである。編集者には二つのタイプがある。室井佑月がblogに書いていたことによれば、次のようだ。

 最終的な判断は編集者に任せる。そして、彼らからアドバイスを受ければ素直にしたがうのがあたし流。
 これって、物書きの中では珍しいタイプなんだと聞いた。たとえば小説で、
「ここんとこもっと話を膨らましたほうがいいんじゃない、ここんとこもっと削ってほうが……」
 こんな風に指示をされて怒り出す作家は少なくないらしい。
 怒ることはないよな。編集者って、一つの作品をもっとよくしようという、いってみればチームメートみたいなもんなんだから。
 実際、大家といわれるような先生の書いたもので「あれ? おかしいな」と思う文があったら、そういうこと。彼に意見できる根性のある編集者がまわりにいなかったってことね。
 作家の遊びにお供するのが主な仕事となっている編集者が多いけど、あたしはそういった編集者は苦手だ。プライベートな遊びに編集者を呼びつけるほうも呼びつけるほうだよな。時間外に働かされる編集者も迷惑だろうよ。ま、そういったことを超えて作家と深いつき合いをしている編集者もいるけれど。

 作家とどっぷりつき合いをしている編集者というのは柳美里の自伝的な小説?にたくさん出てくる。借金から病気の世話まで編集者も大変だと思う。

 いずれにしろ、他者の眼を入れることで間違った思い込みは防げる(はずだ---というのも編集者というのは作家に好みを合わせていたりして、気づかないことがあるからだ)。

 人名を間違えるのも致命的だ。災害などの時は(プライバシー保護で名前が出なくなったが)「一般的な読み方でお読みします」などと防戦を張っている。僕などは「かながわ」なのに「かなかわ」「かねかわ」「かねがわ」「きんかわ」などと呼ばれ、あげく「かなざわ」などとされる。ジッと耐えている。アナウンサーなども有名人を間違うと大変だ。落語家がラジオ番組で「大伴家持」を「いえもち」と間違えてアナウンサーにたしなめられていたが、持ち家率日本一の富山に住んでいた人だから「家持ち」といっても大した間違いじゃないように思える。

 中曽根改造内閣で官房長官になった後藤田正晴氏は内閣改造の時に首相のメモを順に読み上げた。羽田孜(つとむ)農相の孜が読めなかったという。収に似ている。「ハタ・シュウ」とごまかした。河野洋平科学技術庁長官のくだりは、よどみなく「カワノ・ヨウヘイ」と読んだ。新閣僚の後援者からは夜、後藤田氏の自宅に抗議の電話があったという。

 鹿島茂『フランス歳時記』(中公新書)によれば、日本人もマネとモネを間違うが、フランス人もManetとMonetで間違いやすいという。

 では、当人たちは、この名前の類似をどう思っていたのだろうか? すくなくとも、先輩であるマネのほうは、自分とそっくりな名前の新人の登場を不快に感じたらしい。こいつ、おれとそっくりな名前をつかいやがって、からかっているつもりか、と思ったと伝えられている。とはいえ、その不快さのよってきたるところを説明するには、多少当時の画壇の状況を知っておく必要がある。

 第二帝政下の一八六〇年代、マネは官展に当選すると信じて、何度も何度も応募してはそのたびに落選していた。ナポレオン三世が開催を命じた「落選展」では「草上の食事」がスキャンダルを巻き起こし、嘲笑の渦のまっただ中にいた。そこに、モネがマネ以上の大胆な絵で登場したのである。

 マネは、最初、どこかのイタズラ好きが、自分の絵をデフォルメしたうえで名前までまねをし、パロディをやっているのかと思った。しかし、モネの絵をよく見るうちに、そこには自分にはない新しい才能を発見して、やがては影響さえ受けるようになった。似てはいたが、明らかに異質であることがわかったからである。

 内田樹はブログで次のように書いている。

先日、東京大学の先生とその話をする機会があった。その先生の授業で、「これまで読んだことのあるフランス文学作品の書名を書け」というアンケートをしたら、中にひとこと「カフカ」と書いた学生がいたそうである。

すると横にいた某私立大学の同じフランス文学の先生が「ははは、冗談じゃない。そんな程度で嘆かれては、こちらの立つ瀬がありません」と応じた。その先生のゼミでは、学生たちが自分の研究したいテーマを書いて提出するきまりなのだが、そこに専攻研究テーマとして「カミュトルとサル」と書いてよこした学生がいたそうである。

「カミュトルとサル」。作り話では出せない暴力的なリアリティを感じる。 【…】

私が高校生の頃、国語の教科書に出てきた「中原中也」という名前の読み方が分からなくて、小さな声で「なかはら、なかや」と読んだ同級生がいた。彼はそれから三年間、誰からも相手にされない暗い青春を送らねばならなかった。私たちは少し意地悪すぎたかもしれない。しかし、そのような緊張感ゆえに、その頃の私たちはある種の書物にいやおうなしに立ち向かうことを強いられたのである。

 教師の僕からすると読めないような名前をつける方が悪い!だって最近の出席簿などパズルのように難しい読み方が並んでいるからである。「公一」で「まさかず」、「貴輝」で「あつき」、「辰太」で「ただひろ」だって…。

 ちなみに内田樹は著書の中で勘違いをしてしまい、次のように謝っていた。僕の持っているのを稀覯本にしてしまおうか。

『街場のアメリカ論』の中に事実誤認があるのではないかというご指摘がアメリカの読者のかたからありました。
205頁のチェイニー副大統領についての記述です。
私は「チェイニー副大統領はユダヤ系」であると書いていますけれど、そのようなことはアメリカでは知られていないというご指摘でした。
調べてみたら、これはたしかに私の勘違いで、彼の宗教生活についてはそのような情報はありませんでした。【…】
世の中には「姦淫聖書」みたいに、そういう恥ずかしい事実誤認が書いてある本を「稀覯本」としてコレクトしている人がいるかも知れませんが、『街場のアメリカ論』はもう絶版間近ですから、探してもダメです。

ご叱正くださいましたアメリカの一読者の方に深謝するとともに、チェイニー副大統領には宗教生活について不正確な記述をなしたことを伏してお詫び申し上げます。

 坪内祐三は『シブい本』(文藝春秋)の中で山口昌男がよく人名を間違えることを擁護している。ある時、画家の山本鼎について語っていた時に「土田敏」という名前を出したのだ。すぐに学生の一人が「上田敏」と鬼の首を取ったように訂正を求めたという。 

 山口さんは教壇の上で、少しムッとした。
 普通の人より情報のインプット量が数倍多い山口さんは、一つの固有名詞から、即座に多数の固有名詞への情報回線がつながる。頭の回転が速すぎて、それが時々混乱してしまう。
 土田敏と言った時山口さんの頭の中では、山本鼎という固有名詞から、「方寸」・「パンの会」・北原白秋・北原鉄雄・アルス・興文社・文藝春秋・菊池寛・京都大学・上田敏・高倉輝・土田杏村・上田の信州自由大学・文科学院……といった固有名詞が、時を同じくして、多声的に聞こえていたのである。それを学生は、単なる上田敏との言い間違えであると考えたのだ。
「そういうけれど君は、土田杏村を知ってるの」と少し強い調子で山口さんは答えた。

 僕も講義中に誤りを指摘されると最初は随分とたじろいだものだったが、最近は滅多なことでは驚かない。図太くなった。年寄りが名前を忘れるのはあまりにも多くの事柄を覚えているからであるという。知りすぎた男なのである。

 間違えて、どぎまぎしないためには三つの方法がある。

 一つはクレヨンしんちゃんのように開き直って「そうともいう」と口を言葉を濁す。悪あがきして「言葉には揺れがあって…」と説明を加えることもある。

 二つ目は「学問というのは必ず新しい真理にとって代わられるであって今語られている真理はいつか誤りになる。ニュートンだってアインシュタインからみれば間違いだ。我々が教えていることは新しいパラダイムからすれば間違いだらけだ。つまり、後世から見たら教師はみんなウソつきということになる。それでいいのだ。」と開き直る。

 最後の方法は間違いをあっさり認めて学生に次のように言う。

 「猿にも筆の誤り」と*。




*ただ、これも「教官、弘法にも筆の誤りですよ」と鬼の首を取ったように言われることがあって悲しい。

※ある時、黒板に「卆業式」と簡単な時で書いたら、咎められた。「九十業式って何ですか?」と。

※ワーグナーの交響曲について河野 豊さんから次のようなメールがきました。「ない」という証明はやっぱり実に難しいですね。「ある」ことの証明に比べ、「ない」ことの証明は格段に難しい。不存在証明は「悪魔の証明」と言われるゆえんです。

ワーグナーは交響曲を作っています。私の知る限り、昔次のようなレコードが出ていました。

交響曲ハ長調(1832)

エド・デ・ワールト指揮サンフランシスコ交響楽団
フィリップス(1984年発売)
原盤 フィリップス 6514 380
1982年録音

ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送交響楽団
徳間ジャパン(1985年発売)
原盤 東ドイツVEBドイツシャルプラッテン

この他にブーレーズ指揮のレコードもあるようですが、未確認です。

また、ワーグナーの息子ジークフリート(「ジークフリート牧歌」で有名)も交響曲を作っています。

 ジークフリート・ワーグナー(1869-1930)
 交響曲ハ長調(1925-27)

 ハインリヒ・ホルライザー指揮ベルリン放送交響楽団
 シュヴァン(1989年発売)
 原盤 シュヴァン 311 031 H1

さだまさしがはたして本当に以上のようなレコードを聞いていたのかどうかは
知りませんが、とりあえず「あった」ということで。

#揚げ足取りのようですみません。

 鬼の首を取られました。そんなマイナーなレコードを聴いて気持ちが変わる女の子だったのですね。
 河野 豊さんありがとうございました。

 2000年に森首相が「神の国」や「国体」発言で問題になった。

あれれれれ?首相語連発

沖縄万博・IC革命・ただ今昭和12年

 周囲をハラハラさせ、ときに脱線する森喜朗首相の「首相語」が、総選挙の公示後も止まらない。20日には、投票態度を決めていない有権者が「寝てしまってくれれば」と、またまた問題視される発言をしたが、遊説ではほかにも、「あれ?」と思う言葉が少なくない。
 「沖縄で万博やることも……」「小渕さんはなんとか万博だけは成功させたいという思いだったんだろう」
 19日に大阪市内であった3党首合同演説。首相は「九州・沖縄サミット」を「万博」と繰り返した。首相は1日にも、稲嶺恵一沖縄県知事を励ます会合で、サミットの主要会場となる万国津梁館を「小渕さんはこの万博の会場ができるのを最後まで心配されて……」と発言。稲嶺知事から記者会見で「ちょっと言葉の間違いはあったようだが」と指摘された。
 首相が熱心なIT(情報技術)革命について話す時も、ITを「いわゆるIC(集積回路)」(15日、千葉県市川市)と言ったり、朝鮮半島を「2つの国家」ではなく「2つの民族に分断されていたわけでありますが」(同)と言い間違えたり。首相になってから急に取り組むことになったテーマについては、どうも舌がうまく回らないようだ。
 遊説中は乗り慣れない電車を使うこともあるが、車中ではふだんめったに接することがない若者に積極的に話しかける。だが19日には、「(名前を)言いたくなーい」「これからどこ行くん?」など、女子高生の気安い口調にさすがにムッ。近くにいた3歳の女の子連れの母親に向かって、女子高生を指さしながら「いまぐらいが一番だね。こんなになったらね」(滋賀県内)。
 「教育勅語」「神の国」に始まり、「国体」「銃後」など、戦前・戦中の言葉を好んで使う首相。遊説でも、2年前の金融危機について「これは政局にしてはいけない、まさに挙国一致……」(16日、静岡県浜松市)と言い、直後に「国を挙げて」と言い直した。
 さらに「中学から高校に行くときに選別をして、子供たちはそこで敗残兵のような気持ちになる」(21日、大分県)と言ったり、「平成12年度」と言おうとして「昭和12年度の経済成長が」と言い間違えたり(13日、東京都内)。
 「神の国」発言については、相変わらず「神様の話をするとまた怒られますが……」と軽口をたたき、聴衆を笑わせている。
 演説にはもともと自信があるうえ、地方に行くと、「森さーん」という声もかかる。首相番記者からいやな質問を受けるよりも気分がいいようだ。演説では、「私が来るといい。なぜか。盛り(森?)上がるから」(17日の名古屋市など)とだじゃれを飛ばすことも多い。
(2000年6月23日付朝日新聞朝刊より)


 ブッシュ大統領も森に負けず劣らず、失言癖がある。スピーチで人の名前を間違えたり、「デフレ」のつもりで「デバリュエーション(通貨切り下げ)」と言ったりするのは序の口。日米同盟を、「1世紀半、続いている」(太平洋戦争はなかったことになる)、米国民にボランティア活動を呼びかけて、1人当たり「4000年間の奉仕」(4000時間の誤り)を求めたこともある。

 しかし、ホワイトハウスの公式発言記録を見ると、すべて訂正されている。ワシントン・ポスト紙によると、前任のクリントン大統領の時は、南部なまりで抜けた「G」の音を補うことはあったが、後は速記原稿のつづりの間違いを直すくらい。ブッシュ大統領に批判的な勢力は「旧ソ連のように歴史を書き換えている」と冷やかしている。

 「優等生で表彰された諸君、よくやった。C(可)の学生諸君、君たちも大統領になれる」

 ブッシュ米大統領は21日、コネティカット州にある母校エール大学の卒業式で演説、自らのふるわなかった学業成績を冗談のたねに、拍手と笑いの渦を巻き起こした。

 ブッシュ氏は「大学では日本の俳句の授業を取ったが、指導教官からは『君は英語に集中すべきだ』と言われた」と披露。英語の言い間違いが多いとの批判には「私は俳句の完ぺきな形式とリズムで話しているんだ」。

 ブッシュ氏はこれまで東部のエリート主義を象徴するエール大と距離を取り、同窓会にも欠席、「気取りのない南部人」のイメージを築いてきた。今回、エール大から名誉学位を贈られ卒業式に出席したことで、母校との「和解」を果たしたようだ。

(2001年5月22日付朝日新聞朝刊より)

 イラク人虐待事件の舞台となったアブグレイブ刑務所を、演説で何度も言い間違えたブッシュ米大統領(AP2004年5月) イラク人虐待事件で窮地に陥っているブッシュ米大統領。起死回生を狙って24日にイラク民主実現に向けた政策を発表したが、虐待事件の舞台となったアブグレイブ刑務所を、「アブガロン」「アブガラー」と言い間違えるなどチンプンカンプン。華々しく同刑務所の解体を発表して事件を葬り去るはずが、かえって自らの認識の甘さを露呈してしまった!?

 問題の“赤っ恥演説”は、ペンシルベニア州の陸軍大学で行われた。

 虐待事件の起きたアブグレイブ刑務所の解体を発表した際、何度も「アブグレイブ」の言葉に詰まり、「アブグレイプ」から「アブガロン」と次第にめちゃくちゃに。自信なさげに「アブガラー」とどもり始めた大統領には、演説会場からも失笑が漏れた。

 2007年には原稿に発音記号が書いてあったというのがばれた。日本語だとルビが振ってあるようなものだ。


 なお、日本でも、ある占い師が2005年7月23日に放送された25時間テレビでライブドアの堀江貴文と対談した際に次のような間違いをしたといわれる(僕はそんな人の出る番組を見ない)。

「欠如(けつじょ)」を「けつにょ」
「何卒(なにとぞ)」を「なにそつ」
「出る杭は打たれる」を「出る釘は打たれる」
「紆余曲折」を「紆余屈折(うよくっせつ)」
「一朝一夕」の事を「一長一短」
「乱高下」を「乱気流」

 それ以外にも「勝者」⇒「しょうじゃ」「敗者」⇒「はいじゃ」「万人」⇒「まんにん」「巣窟」⇒「すくつ」など漢字の読み間違えも非常に目立つ。
滝沢馬琴が読めずに「ルビふれ」と逆ギレしたという。


※ということでこのエッセーも快心、改心、回心会心の出来にはならなかった。

 僕のホームページを読んだ人は鬼の首を取ったような気分にならないでください。

 間違いのない文章を書くなんて僕には役不足力不足である(「役不足」は実力に応じた役職がないことを指す)。

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