金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


 文字と日本人

「文字の上意味の上をば冬の蠅」-----中村草田男

まだ物象の形をとどめ
きっかりと石に刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)から
少し略された祭司文字(ヒエラテイク)へ
もっと書きやすい民衆文字(デモテイク)へ
五千年もたてば坐り疲れて
文字だってもじもじと身をよじり
膝を崩したりもするのだ

-----多田智満子「刻」『十五歳の桃源郷』(人文書院)

山という字を書いてみせ
川という字を書いてみせ
山という字は
山そのものから
川という字は
川そのものから生まれたのですよ
と説明すると
横文字の国の人は感動する
この間 岡山で
ひぐらしをひぐれおしみ
と呼ぶ人々がいると知って
胸がなった
人を打つ言葉が日本の言葉のなかにある
そのことに
日本語の国に住む私は感動する

-----川崎洋「ことば」『海を思わないとき』(思潮社)

 ココロ
 こころ
 心
 kokoro ほら
 文字の形の違いだけでも
 あなたのこころは
 微妙にゆれる【…】

-----谷川俊太郎「こころ1」

「漢字は難解で、新しい時代の言語生活に適合しないという考え方が一部に根強い。しかしわが国の文化は漢字に支えられているところが多い。ことに知的な営みの世界から漢字を除くことは、ほとんど不可能といってよい」

-----白川静『字通』序文


 友達のお父さんが脳溢血で倒れた。見舞いに行って、運動性の失語症だから治っても漢字は読めるけど仮名はダメだろう、と話しておいた。しばらくしてその友達から本当にそうなったといってきた。元気になってから雪囲いを作るときに材木に書いてある「西」「東」とかいうのをいとも簡単に理解して組み立てたというのだ。失語症の人には表音文字であるカナより、表意文字である漢字の方が遥かに読みやすいのである。

 アメリカやイギリスの子に失読症(dyslexia)が多い。トム・クルーズ自身がそうだったというし、小説ではウルフの『レモネードを作ろう』には文字さえろくに書けない17歳で未婚の母のジョリーが出てくるし、映画では『フェーム』や『イン・ハー・シューズ』で描かれている。

 もちろん、教育の問題もあって、『カラーパープル』では黒人女性ウーピー・ゴールドバーグが文盲のまま奴隷の状態で育っていく。どうにか文字を教えられて自立していく話なのだが、アフリカに行ってしまう妹と別れる時に“Write.”と一言いうのが泣かせる。「手紙を書いてね」という、ごく普通の挨拶が心に響く。いや、別に黒人でなくても、日本の寺子屋のようなものがなかった欧米では文盲が多かったのである。もちろん、日本にも読めない人はいた。中勘助の『銀の匙』(岩波文庫)に出てくる、伯母さんは物知りなのだけれど、「四角い字」つまり漢字が読めない。肥立ちが悪かったお母さんの代わりを務めてくれるのだが、想像力を駆使しておもしろおかしく話を聞かせてくれるので、主人公が完成豊かに育っていくことになる。

 欧米に文盲は多い。「正しい」英語を目指して初の『英語辞典』を完成させたジョンソン博士はスコットランドを訪れた時に識字率の低さに驚いて、文字を知らない人々は現在形でのみ生きる運命にあると述べた。なぜなら「いったん目の前から消えれば、永久に失われてしまうからだ」という。

 サインをする時には十字形署名といって×とだけ書いた。映画でいえば、ゾラの『居酒屋』などに見られる。「感性の歴史家」と呼ばれるフランスの歴史家アラン・コルバンは、『記録を残さなかった男の歴史 ある木靴職人の世界 一七九八…一八七六』(藤原書店)という本のなかで、名前と〈十字形署名〉というわずかな「痕跡」しか残さなかった〈ルイ=フランソワ・ピナゴ〉という男の人生を歴史学の方法で再構成しようと試みた。

 ディケンズの『大いなる遺産』ではピップがどうにか文字を覚えて手紙を書く。hの音が抜けているものだからhopeがopeになってしまう。

MI DEER JO i OPE U R KR WITE WELL i OPE i SHAL SON B HABELL 4 2 TEEDGE U JO AN THEN WE SHORL B SO GLODD AN WEN i M PRENGTD 2 U JO WOT LARX AN BLEVE ME INF XN PIP.

My dear Joe,

I hope you are quite well. I hope I shall soon be able to teach you, Joe and then we shall be so glad. And when I am apprenticed to you, Joe: what larks! Believe me, in affection,

親愛なるジョー お元気ですか。もうすぐ字を教えてあげられると思います。そういしたら二人とも嬉しいです。僕がジョーの弟子になったら、楽しくやろうね。親愛を込めて ピップより。

 東ドイツのジョークでこんなのがある。

質問:人民警察官の制服に線が三本あるのはどういう意味?
回答:一本線は「読める」しるし。二本線は「書ける」しるし。三本線は「読み書きできる人を知っている」しるし。

 もう一つは文字の特性がある。表意文字でなく(象形文字的なのはlocomotiveだけといわれる)、表音文字を使っているのに、スペリングが複雑なことがある。日本の子供は「あいうえお」を覚えればどんな絵本だって読めるが、英米の子供にはできない。pneumoniaとかpsychologyとかwreathとかubiquitousとかという言葉を初めて聞いたときに意味を調べようと思っても辞書で調べることもできない。Wednesdayなんてどうして読めるのだろう。つまり、表音文字とは名ばかりなのだ。

 日本の子どもは「はいえん」とか「しんりがく」「リース」「ユビキタス」でその意味を調べることができるし、暗記する時も「“指切った・す”ぐに治療してくれる病院は“どこにでもある”」などと簡単に覚えることができる。

 英語圏では5−10%くらいの子に失読症が存在するという。日本人小児では2−3%以内が失読症であろうと考えられている。アルファベット圏より少ないのは間違いない。落語でも文盲の人はあまり出てこない。わずかに「手紙無筆(むひつ)」というのがあって、地の読めない男が手紙をもらい、その手紙を地の読めない兄貴に読んでもらおうとする噺である。川柳には「串といふ字を蒲焼(かばやき)と無筆よみ」というのがあるが、逆にこれは読める人が多かったからこそ成立しているといえる。日本では寺子屋が見事に機能していたのである。

 英語で“Mind your p's and q's.”というと「言動に注意する、言行を慎む」を意味するが、p と q は非常によく似た文字でで、書き方を教える先生は“Mind your p's and q's.”(p と q に気を付けて)と言って生徒に注意した。ここから意味が広がって「言動に注意しなさい」の意味にも使われるようになったとされる(面白語源は他にもあって酒場の勘定書きで、飲んだビールのグラスの大きさ【パイントのpと、倍量のクォートのq】をごまかされるな、という言葉ともされる)。日本語で子どもが「犬」と「大」を間違うようなものであるが、表音文字で似ていることが失読症の原因の一つと考えられる。ドナルド・キーンでも「ゑ」を憶えるのは苦労したというが、「惠」を意識すれば子どもでも覚えられる。それほど日本の文字は覚えやすい。

 マッケンジー・ソープMackenzie Thorpeは小さい頃、失読症でお前は大人になっても何もできない、と教師に言われて自殺まで考えたという。そのうち、美術学校を勧めてくれた人がいて、そこで才能が開花した。今では世界的に有名な画家になっている。


Mackenzie Thorpe

 アメリカでは字幕入りの映画というのは受け入れられない。早い話、英語圏以外の映画がヒットすることは稀である。外国でヒットした映画はそのため、リメイクされることが多い。例えば、『赤ちゃんに乾杯』というフランス映画がヒットすると、そのまま『スリーメン&ベビー』としてリメイクされる。黒澤明の『用心棒』はイタリアで作られた『荒野の用心棒』の方は盗作として有名だが、『ラストマン・スタンディング』が最近ではリメイクとして有名だ。

 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』が作られた時も、ネイティブ・アメリカンの言葉が出てきて字幕を付けざるを得なかったのでヒットしないといわれた。今のところ、字幕入りでヒットした唯一の映画といってよい。

 つまり、字幕があると英語だと読み切れないのである。日本語は漢字があるから大体のことはすぐにつかめる。表音文字は反応するまでに0.3秒かかり、表意文字は反応するまでに0.1秒かかるという説もある。つまり、表意の方が0.2秒も早いことになる。

 もちろん、読めない漢字だっていっぱいあって、困るのだが…。

 ただし、英語でも速読術がある。ベトナム戦争を激化させたマクナマラは国防長官時代、自分への説明は文書で提出せよと命じた。わけを聞く側近に、こう答えたそうだ。「彼らが話すより自分で読む方が早い」(『ベスト&ブライテスト』)。つまり、英語が象形文字的な、というか表意文字的でないとは決していえない。人間は文字をゲシュタルト的に読んでいるからである。以下の文章はケンブリッジ大学の実験だというが、人は語頭と語尾の文字だけを見て、読んでいることが分かるはずだ。人の脳は文字を一つ一つ読み取っているのではなく、単語を丸ごと読み取っているのである。

Had any Friday lunchtime drinkies?

I cdnuolt blveiee taht I cluod aulaclty uesdnatnrd waht I was rdgnieg

THE PAOMNNEHAL PWEOR OF THE HMUAN MNID

Aoccdrnig to a rscheearch at Cmabrigde Uinervtisy, it deosn't mttaer in what oredr the ltteers in a wrod are, the olny iprmoatnt tihng is taht the frist and lsat ltteer be in the rghit pclae. The rset can be a taotl mses and you can sitll raed it wouthit porbelm. Tihs is bcuseae the huamn mnid deosn't raed ervey lteter by istlef, but the wrod as a wlohe.

Amzanighuh ?

 戦後、敗戦の理由を軍国主義ではなくて日本語やその文字に求めた人が多かった。

 日本語を英語やフランス語にしてしまえ、という乱暴な議論もあったし、文字を平仮名だけとか、ローマ字にしてしまえ、という議論もあった。

 萩野貞樹『旧かなづかひで書く日本語』(幻冬舎新書)という、かなり反動的な?本があるが、次のように書いてある。

 【…】国語改革に大きく「貢献」した人物は、ごく最近までぞろぞろとゐました。その一人に石黒修といふ人があります。この人は「現代かなづかい」「当用漢字」を制定したときの国語審議会委員で、改革(破壊)を強力に主張した人です。その仲間には金田一京助、松坂忠則、岩淵悦太郎といつた人々があります。 
 その石黒氏は東京教育大学の教授もつとめた人ですが、その著『日本人の国語生活』で次のやうに述べてゐます。
 アルファベットは二十六字しかないのにすべての用を弁ずる。当用漢字千八百五十はその八十倍もある。無駄があり習得も困難である。
 これが東京教育大学、いまの筑波大学の言語系教授の「知性」ですから事はおだやかではない。やはりそのバカさ加減だけは一応教へておいた方がよいでせう。

 冷静になれば、ローマ字を使っていたイタリアもドイツも軍国主義に走ったのだからおかしいと分かるはずなのだが、混乱期にはそうはいかなかった。国家としてのアイデンティティが問われると言葉のアイデンティティも問われるようになる。

  Shikashi, chotto kangaete mireba wakaruga ro-majidakeno bunshoutoiunoha jituni yominikuinodearu.

 にほんごがひらがなだけになっていてもひじょうによみにくくてしそうというものをになうことはできない。谷崎潤一郎は『盲目物語』をひらがなでかいているが、馴れるまで苦労する。啄木の『ローマ字日記』だってローマ字のままだったら、どんなにいい本でも売れなかっただろう。

 米原万里も日本語の表記が煩わしいと思っていた一人だった。ところが、同時通訳の中でサイトラ、つまり“sight translation”(黙読通訳)をするようになって、この考えがコペルニクス的転回をとげたという。サイトラというのは、スピーカーの原稿の事前に入手して、目は文章を追い、耳はスピーカーの発言を確認しながら訳出していくものである。日本語からロシア語とロシア語から日本語と、後者の方が日本人には楽なはずなのだが、前者の方が楽なのに、気づいてきたという。アウトプットの問題ではなく、インプットのプロセスに謎があるのだという。つまり、複雑な表記の日本語の方がはるかに内容をつかみやすいということである。漢字のみの中国語よりも、意味の中心を表すのが漢字で、意味と意味の関係を表すのが仮名の日本語の方が一瞬にして、文章全体を目で捉えることが可能だという。いろいろためにしてみて時間を計りながら読み比べてみたという。

 そして、活字にして断言できるほどの自信満々な確信を持つにいたった。黙読する限り、日本語の方が圧倒的に速く読める。わたしの場合平均六、七倍強の速さで、わたしの母語が日本語であることを差し引いても、これは大変な差だ。

 子どもの頃から文字習得に費やした時間とエネルギーが、こんな形で報われているとは。世の中の帳尻って、不思議と合うようになっているんですね。
     -----米原万里『ガセネッタ&シモネッタ』(文藝春秋)

 日本人が訓読みを発明して、ひらがなやカタカナを発達したのは凄い。ただ、これも朝鮮で吏読(りとう、イドゥ)という読み方ができていて、朝鮮では残らなかったのをうまく利用したのである。朝鮮では中国語をそのまま外国語として受け入れ、今でも韓国人は名前を漢字で書けるけど外国語の意識だという。ベトナム人も同じで、例えば、「ホーチミン」は「舗胡志明」なのだが、そんな意識を持っている人はいないという。韓国ではハングルにして久しいのだが、今は漢字の元を知らないから、国語能力が低くなっているという。

 井上ひさしが『東京セブンローズ』を書いたのも豊かな表記法のある日本語への愛着であった。作品はすべて旧字、旧仮名で書かれていて、読み進むうちに違和感が消え、表記法も魅力の一つになっていく。

 GHQ民間情報教育局の日本語簡略化担当官が「きみたち日本人のためを思って」と日本語のローマ字化を押し付けるのだが、主人公の団扇屋・山中信介はこれに反対する。「一生懸命に生きているうちに自然と思想犯になってしまった」というが、占領目的阻害の疑いで三度思想犯として逮捕されることになる。

 この時、「東京セブンローズ」と呼ばれる七人の高級娼婦、うち二人は信介の娘なのだが米軍高官を手玉にとって、日本語の危機を救うことになる。

 信介には日本人の変節ぶりが信じられない。「こんなに簡單に人間の考へが變へられるといふなら、なぜ絹子【愛娘】が燒夷彈の直撃を喰らふ前に變へてくれなかつたのだ」と憤慨する。文字政策、言語政策というものを路傍の石のようにころころと動かしてほしくない。

 実際、『東京セブンローズ』は僕より年下の年代の人には旧字、旧仮名なのでかなり読みづらいと思う。文化の断絶をも考えさせる作品である。

 蓮實重彦の『反・日本語論』(文藝春秋)の中にこんな話がある。フランス人の奥さんがフランス語の授業で「伝言ゲーム」(メッセージを順に伝えていき、最初と最後の違いを楽しむゲーム)をやったらなかなか成績がよかったという。ただ、その途中、日本人の学生達が何故かみんなしきりに指を動かしていたが、あれはいったい何の魔法かしら?と旦那に尋ねたというのだ。

 これは日本人にとってはなんら不思議のないことで、要するに学生達は宙に文字を書いてメッセージを覚えていたのである。

 同じことを菊澤律子が「目で見る言語・耳で聞く言語」(『月刊言語』1998年2月号)で書いている。フィジー人一家と暮らした時に筆記用具というものがなかったという。日本語を教えるとノートなど取らずに耳で覚えようとする。日本人が文字を書かない限り覚えられないのと対照的だ。

【…】結果として「目で見る言語」の文化にどっぷり使っている教師は、インド系フィジー人はよくできるkれど、フィジー系フィジー人はだめだとこぼすことになる。

…といったようなことをフィジーの首都スパで日本語教育に携わる友人に話してみたのではあるが、最初に述べたように、伝言ゲームをすれば二人目でたちまち内容が変わってしまう民族にとっては、これはやはり想像を超えた世界なのである。「だって書いたらずっと残るけど、記憶はかならず薄れていくものじゃない」というのが唯一、彼女から得た反応であった。もっともである。私だってそう思う。でも、書いたものを読まない人にとっては、風が吹けばどこかへ消え去ってしまう紙切れのような文字よりも、人間の記憶の方がずっと確かで永遠なのである。

 文字を通して言語を理解するというのはどうやら日本人(や漢字文明圏の人々)特有の現象であろう。外山滋比古は『日本語の論理』の中で「ヨーロッパの言語が音声中心の一元的言語であるとすると、日本語は表意文字をともに用いる二元的言語だ」といっている。

 ちなみにエジプトのヒエログリフの文字は表音と表意の両方がある。シャンポリオン以前の研究者たちは、表意か表音か、このいずれかしかないと決めていたため、行き詰まっていたのだが、シャンポリオンは言語学の基礎があったので、先入観に惑わされなかった。

 山内昌之は『多神教と一神教 古代地中海世界の宗教ドラマ』(岩波新書)の中で、アルファベット、つまり表音文字の誕生と普及が一神教を生んだと考えている。複雑になるばかりの文明はある時点から単純化に転じる傾向があったのだが、アルファベットのようにあらゆる音声を記せる文字として、表音文字が開発されるなら、やがて全能の神の姿が人びとの脳裏に浮かんできても不思議はないという。それと社会の危機や抑圧という問題が結びつくと、問題解決の担い手となる虐げられた民族や階層は排他的な一神教に向うようになった。う〜ん。

 欧米人にはディクテーションというのがあり、音を聞き取り文字化する。逆に日本人は漢字を書き、さあ、これは何て読むのでしょう、と尋ねる。もし、知らない言葉が出てきたら、日本人は「どう書くの?」と聞き、西洋人なら、“What do you mean by〜?”と聞き、“How do you spell it?”とはあまり聞かないだろう。

 銀行の現金自動支払い機、ATM(Automatic Teller Machine)になぜ“teller”という単語が用いられているか不思議に思ったことはないだろうか?“teller”というのは元来、銀行側と顧客が互いに納得できるように、出し入れする金銭を声を出しながら数えて確認する人だったのである。

 イギリスの大学には“reader”と呼ばれる職位があって上級講師と教授の間だ。たいてい学部にひとり、講義をすることが主たる任務で、学事を担当したり個人指導をしなくともよい(実際にはしているが)という特権が与えられた地位である。この言葉は「たくさんの本を読む人」ではなく、 「教室で声に出して原稿を読む人」、つまり講義者を意味していた。また、ケンブリッジ大学などでは日本の講師に相当する、ずっと低い教員に“lector”というのがあるが、原義はカトリック教会で講義をする人、つまり声を出して講義をする人だった。

 アメリカの大学に留学する聴講生で講義には出席するが単位を取らない学生を“auditor”という。これも14世紀用いられている語義では、組織や会社の経理報告が正しいかどうか検査する監事や監査役、会計検査官に当たる言葉だった。14世紀以来会計検査官が、数字を読み上げる経理担当者の報告を耳で聞いて、その是非を問うのを習慣としていたことを示している。

 養老孟司によれば日本語が世界の言語と違うのは、脳の2カ所を使わないと読めないという。一般に世界の人が文字を読むのに使っている脳の部分は「角回」と呼ばれる場所1カ所だけだが、日本人は「角回」では仮名を読み、漢字は別の場所で読むらしい。これは漢字の読みがたいてい1種類ではないという日本語の特徴による。つまり、日本人は文章を読むだけで外国人より2倍頭を使っていることになる。

 そんな脳の特殊性が影響してマンガ文化を育てたというのが養老の持論だ。日本のマンガではいわば、絵が漢字で、吹き出しの文字がルビにあたる。それを日本人は脳内ですばやく情報処理して読んでいく。日本語の教育をすれば、かなと漢字の2カ所の脳が働き、マンガの読解力も高まるというわけだ(『マンガをもっと読みなさい』晃洋書房)。

 日本語は複雑な文字体系をもっているが、実際には脳にあまり負担がかからない。ただ、外国語会話のような場合には負担がかかってしまって、外国語嫌いが増えるのだと考えられる。

 レヴィ=ストロースは『悲しき熱帯』で次のように書いているが、日本には当てはまらなかった。文字を中心とした教育が進んでいたからだ。

 結局のところ、数千年のあいだ、そして今日でさえ世界のかなりの部分で、文字というものは社会における制度として、その社会の圧倒的多数の成員がその取り扱いを知らない制度として存在して来ている。

 井上ひさしは『私家版 日本語文法』の中で次のように書いている。

 ところでかつて魯迅は中国に「挙毒(科挙の試験)、煙毒(阿片の吸煙)、字毒(漢字の使用)の毒がある。とくに字毒をなんとかしないかぎりこの国は救われない」と嘆じ、毛沢東は「漢字は封建制の異物である。世界の文字の大勢に従って表音化をはかれ」と行った。【…】これはむこうに仮名がなく、こっちには仮名があるという彼我のちがいをわきまえない愚挙で、こういう人たちにはつぎのようなことばを気付け水のかわりに進呈しよう。

「漢字はもはや中国からの借りものではな。訓読できるようになった瞬間からわれわれのものになったのである」

 これを言ったのは白川静であるが、ついでにわたしからもひとこと。

「政治家よ、字をいじるな、票でもいじっている」

 中国のトウ小平書記長は昔、「中国人は、日本人に対していくつも悪いことをした。そのうちもっとも悪いことの一つは、漢字を輸出して、こういうつまらんもので日本人民を苦しめたことである」と語ったが、「国字」も含めて、とっくの昔に「自家薬籠中」のものにしていたのである。

 文字は邪魔だという考えがあることも確かだ。河合隼雄は『ケルト巡り』(NHK出版)の中で次のように書いている。意図的に文字を作らないということは言語学的にはありえないのだが…。

…辻井喬・鶴岡真弓両氏が、その対談のなかで興味深い指摘をしている(『ケルトの風に吹かれて』北沢図書出版)。「アイルランド人は意図的に文字を作らなかったのではないか」というのである。

 たとえば、文字で「山」と書くと、私たちは山が何なのかがわかったような気がしないだろうか。しかし、考えてみれば、山の本質など絶対にわかるはずがない。本来、山という存在は人が思いを巡らせ、考えを巡らせても、その全貌はわかるはずがないものなのに、「山に登りました」と記すと、わかったような気になってしまう。

 つまり、ケルトの人たちは、あるもののイメージやそこに内在するものが固定されるのを避けるために、あえて文字を作らなかったのではないか。ケルトのカルチャーは、ある意味では非常に高いレベルに達したが、それゆえに文字を作ることを拒否したという主旨のことを、ふたりはおっしゃっていた。私はそれを読んで深く感じ入り、大きくうなずいた。

 大昔の日本人も、文字を持っていなかった。外国との交流のなかで、他国の文字を自国のものとしていったわけだが、興味深いのは、そのときに「山」や「川」という漢字を持ち帰っただけでなく、それらを「あいうえお」に換え、ひらがなを作り出したことである。かつての中国人は具象的なものをポンと字にしただけだったが、日本人は、そこから「あいうえお」を作り出し、これを混じえて文章を作った。そして、このひらがな文字で書かれた文章による作品が、日本の物語の多くを構成していくことになる。紫式部をはじめとするこの頃の物語作家は、ひらがなで作品をどんどん書いていったのである。

 『アルプスの少女ハイジ』で感動的なことの一つはハイジがフランクフルトでクララのおばあさまから受けた教育だ。一つは宗教教育だが、もう一つは文字教育だった。文字なんか読めっこないと思っていたハイジの抵抗感を消したのはおばあさまの本の、緑の牧場にいる羊飼いの絵だった。その絵のお話を知りたい一心で、ハイジはすぐに読めるようになって、本をごほうびにもらう。しかも、山の戻った時に、ペーターのおばあさんが目を悪くして大好きな本が読めなくなっていたのだが、ハイジがその本を読んであげれることに気づき、朗読を聞いたおばあさんが喜びで涙を流すことになる。山にすぐ帰りたいという祈りが叶えられていたら、おばあさんをそんなに喜ばすことはできなかったとクララのおばあさまに感謝する。このことをアルムじいさんに話し、羊飼いの本のルカ伝「放蕩息子の帰還」というキリスト教の寓話を話してあげる。じいさんも放蕩息子だった自分も神のもとへ帰ろうと決心するのである。

 日本でも似たような話がある。1905年7月7日に北代色(きただい・いろ)という女性が高知県足摺岬の近くの土佐清水市に生まれた。彼女が3歳のときに両親が離婚して、お母さんにひきとられた。7歳のときにお母さんは再婚した。5歳のころから子守と部落産業である草履づくりをさせられていたので学校に行けなかった。そのため色さんは字をまったく知らないまま大人になった。差別ゆえに学習権を奪われ、字を知らずに育った。50歳で「識字学級」で字を覚える学習がはじまったときに参加して、やがて字が書けるようになった。

 字が書けるようになってはじめて書いた文章が次の通りだ。文字を覚えて始めて感動できることもあるのだ(cf.元木健・内山一雄『人権ブックレット37 改訂版 識字運動とは』部落解放研究所)。

わたくしはうちかびんぽうであったのでがっこうへいっておりません。
だからじをぜんぜんしりませんでした。いましきじがっきゅうでべんきょうしてかなはだいたいおぼえました。
いままでおいしゃへいってもうけつけでなまえをかいてもらっていましたがためしにじぶんでかいてためしてみました。
かんごふさんが北代さんとよんでくれたのでたいへんうれしかった。 夕やけを見てもあまりうつくしいと思はなかったけれどじをおぼえてほんとうにうつくしいと思うようになりました。みちをあるいておってもかんばんにきをつけていてならったじを見つけると大へんうれしく思います。
すうじおぼえたのでスーパーやもくよういちへゆくのもたのしみになりました。 またりょかんへ行ってもへやのばんごうをおぼえたのではじもかかなくなりました。これからはがんばってもっともっとべんきょうをしたいです。
10年ながいきをしたいと思います。

48年2月28日北代 色

 西洋では書き言葉(エクリチュール)は話し言葉(パロール)に従属すると考えられている。表音文字であるアルファベットはパロールを、音を分解してしまう。そんな道具に意味をもたせることはない。

 日本は全く逆で文字から入る。「剛」という人がゴウであろうと、タケシであろうと、ツヨシであろうと関係がない。本人すら違って呼ばれても異議を唱えることは少ない。そして、漢字が書けない人はどんなに弁舌巧みであっても教養を疑われる。「目に一丁字(いっていじ)も識らず」(『唐書』張弘靖伝)というのは一つも字を知らない人から無教養の人をいう〔「丁」は「个(か)」を誤ったものという〕。

 これらの文字が呪術性を持ったことは確かで、様々なお守りの護符や「耳なし芳一」の経文や、歌舞伎十八番「助六」侠客・花川戸の助六の「おれが手を手のひらへ三遍書いてなめろ、一生女郎に振られるということがねえ」という啖呵にいたるまで、まじないとしての機能を文字は持っている。書類がないと何も始まらない日本の官僚社会もこうした呪術性から生まれている。そして、その官僚たちを生むのもペーパーテストだった。

 中島敦の短編「文字禍」は文字を見ているうちに文字が解体してしまうという事件(「ゲシュタルト崩壊」!)に見舞われた古代アッシリアの老博士の話である。博士は王の命令をうけて文字の魂とはいかなるものか、調査にかかる。「文字を覚えてから目が弱くなった」とか「髪が薄くなった」という人もいた。狩人は文字を覚えたとたんに弓が下手になったという。文字を知るまでは本物の獅子を見て獅子を認識できたが、獅子という字を獅子だと思ってしまう人もいる。出来事も文字にかかれたものだけが事実となり、書かれなければないに等しい。文字の霊は人間を滅ぼそうとしているのではないか。博士は単なる線の集まりが音と意味を持つのはなぜかを考え、他でもないそれは「文字の霊」の働きによるものだということを思いつく。博士はそれから文字の霊がもたらす害悪をあげつらい、その崇拝をやめるよう王へ報告するが、文字の霊の思わぬ復讐を受けることになる。粘土板が…。

 仏教も梵字を使って呪術性を持たせているが、文字に呪術性を持たせた宗教は他にもモルモン教がある。モルモン教の創始者ジョセフ・スミス(1805-1844)は、ある日、天使の導きで自宅近くから読解不能な文字が刻まれた黄金の板を発見し、これがイスラエルの残された民がアメリカ大陸に渡ってきて書き残したものであることを教えられる!?書かれた文字は古代エジプトのヒエログリフを変形させたものとされるが、ジョセフはこれを特殊なメガネを使って解読し、この板にかかれた文面こそ本当のキリストの教えであるとして、解読した文書を「モルモン経典(モルモン書)」として1830年に出版した…。

 ちなみに、シャンポリオンによるヒエログリフ解読が1822年だから、スミスはもう少しで最初の解読成功の栄誉を受けるところだった!?

文字たち    『谷川俊太郎《詩》を読む』(澪標)から

 文字たちは種子
 砂漠を越えてやってきた
 海を渡り 空を飛んでやってきた

 文字たちは種子
 意味の重荷を担っている
 星の声 泥の無言を隠している

 文字たちは種子
 故郷を離れて芽吹き
 色とりどりの花 珍しい果実をもたらす

 文字たちは種子
 魂によって移植され育まれ 五〇年
 すでに新たなフローラを形成している

 文字は力を持っている。『シャーロットのおくりもの』で子豚のウィルバーを助けるためにクモのシャーロットがいう。

「『すばらしい』ってことばなら、ザッカーマンさんも感心するでしょう」
「だけど、シャーロット、ぼく、すばらしいブタなんかじゃないよ」と、ウィルバーが口をはさみました。
「実際はどうかなんて、どうでもいいの。人間は、書いてある文字なら、たいていなんでも信じてしまうものなのよ」

 文字は権力である。文盲の人が多かった頃はどんなにか権力を振るえたことだろう。

 ジョージ・オーウェルの『動物農場』でもリテラシーを身につけた豚たちが権力を握っていく。「七戒」では「全ての動物は平等」だったものが、

ALL ANIMALS ARE EQUAL.
BUT SOME ANIMALS ARE MORE EQUAL THAN OTHERS.

 「二本足以外は悪」だったはずが、

Four legs good, two legs bad.
Four legs good, two legs better.

といつの間にか言い換えてしまう。書かれたものは権力になって、誰も抵抗できなくなってしまう。

 もっとも、鈴木孝夫は『アメリカを知るための英語、アメリカから離れるための英語』(文藝春秋)で次のように書いている。

 イギリスを見てごらんなさい。イギリスというのは、なぜ機械を産業革命であれほど必死で発明したかというと、その前の奴隷制、つまり、ヨーロッパというのは古くから働くのは下層民か奴隷なのです。奴隷がいないときには農民なのです。帝政ロシアの農奴を考えればわかりますね。農民がダメなら機械、機械がダメなら植民地の人間なのです。つまり、上の人は自分から働くものではないのです、紳士は。韓国もそうです。朝鮮の両班(ヤンパン)という上の階層は、働くどころか地面を靴で歩くことさえも下人のすることだといって、自分の館に当時の一輪車を横づけさせて、縁側から乗ったのです。地面を歩くのは下人なのです。土と接してはダメなのです。

 ところが日本人は、天皇陛下まで長靴をはかれて稲を植えられたりするわけですよ。全く違うのです。中国の皇帝は長く愚はいて、「あ、そう」なんて言って稲植えていてはダメなんです。反対に酒池肉林で美女をはべらせ(北朝鮮の金主席を見てください)、自分はそっくりかえって、ものども、文句あるならかかってこいという、むき出しの誇示を常にしていなければ馬鹿にされてしまう。その山賊の親玉みたいなのがみんな王様や皇帝になるわけです。だから、昔のイギリス王というのは、大体字が書けなかった。学問や文学なんかに縁がないのが、ほとんどの王様でした。

 日本が文字の文化であることは日本語の音節が五十音あまりなのに漢字や仮名などの文字が2000以上、英語は音節が1000以上もあるのにアルファベットという文字は26しかないことから理解できるだろう。

 ちなみに、アルファベットといってもローマ字の最初の頃は小文字や筆記体がなく、カエサルの頃にもまだYとZがなく、21文字だった(アウグストゥス帝の時にギリシャ語の借用語を表すために加えられて23文字となった)。ギリシャにはユプシロンΥがあったが、Yをフランス語で「i grecイ・グレック」、イタリア語で「i grecaイ・グレカ」というのは「ギリシャ語のI」という意味だ。「W」は「ダブルU」か「ダブルV」で作った。

 中世まで「J」と「I」、「U」と「V」の区別がなかったのだが、ブランドの「BVLGARI(ブルガリ)」はわざと当時の表記法に従っている。

 日本語が文字に依存している、もう一つの例がソバ屋の看板である。あの奇妙な看板は「蕎麦屋」ではなく「楚者屋」という字の崩し字が書いてあるのだ。上は「きそば」と書いてあるが、「楚」は「そ」、「者」は「は」の変体仮名に濁点である。何という字が書いてあるか誰も気にしないで食べに行っている。

 映画館などのチケット売り場で「大人」「小人」と書いてあっても、何て読むか気にしないし、扉の「押」「引」とか、エレベーターの「開」「閉」というのも読まないで、記号になっている。マークを使って、文字になっていないエレベーターは僕にはとっても使いにくい。

 人名やさまざまなタイトルなども読めなくても字面で判別している。小津安二郎に『宗方姉妹』という、高峰秀子、田中絹代が出た映画があるが、これがちゃんと読めたら、立派な小津ファンだ(答え)

 また、日本人は文字そのものに大きな興味を持っている。書道という芸術の「道」がある。外国のカリグラフィーはカードや封書などにきれいに書くだけの技術だが、書道は芸術だ。

 文字がきれいな人は人間性まできれいだと思われがちで、字が汚い僕らは人格まで疑われる。実際、字のきれいな人の手紙を見るのは実に気持ちのいいものだ。間違った字の多い手紙はその場で破り捨てたくなる。ただ、吉田兼好法師は名筆だったことが知られているが、「手のわろき人の、はばからず文書き散らすはよし」と『徒然草』に述べている。下手でも遠慮せず、大いに手紙を書けば結構、と心やさしい。

 でも、作家は石原慎太郎のように字が汚い方が出世する。

 書道は漢字文化圏だけのものだと思っていたが、違っていた。鹿島茂『フランス歳時記』(中公新書)によれば、アレクサンドル・デュマ・ペールは能書で有名だったという。デュマは何をやらせてもダメだが、字がうまい。神父が褒めるとお母さんは天を仰いだという。フランスでも字のうまい男は出世しないという言い伝えがあるからだという。

 ところが、運命とは不思議なもので、この字のうまさがデュマを何度か助けることになる。

 最初は、デュマがパリに出て父の知り合いのフォワ将軍に職を紹介してもらいに行ったときのこと。勉強嫌いだったデュマは□はもちろん、得意な科目もない。そこで困った将軍はとりあえず住所だけでも書いて置くようにと命じた。デュマが住所を渡すと、将軍は叫んだ。「救われたぞ。君は字で食べていける」。デュマはのちにフランス国王となるルイ=フィリップの書記として採用されたのである。

 協力者のマケから『三銃士』は自分が書いたと訴えられたときにも能書が役に立った。裁判長は原稿を調べて、デュマの加筆がなければ作品は成立しなかったと判定を下した。能書ゆえに、デュマの筆跡が容易に鑑定できて、加筆の程度がわかったのである。

 メディア研究家というのか山根一眞の『変体少女文字の研究』はその意味で大変面白かった。当時の「かっわいい」としか言えなかった少女たちの時代を活写していた。

 ところが、97年に起きた神戸の「酒鬼薔薇聖斗」事件では赤と黒を使って直線的な(定規を使っているともいわれた)字体で書いていた。全体が角張っていて、濁点も下の方に意識的に持っていく。フェイスマーク状の文字や意味深なイラストも使われる。もちろん、筆跡を隠すために意識的に強調した部分があるのだろうが、丸文字になれていた世代には衝撃だった。丸文字に挑戦しているかのような字体であった。

 考えてみると学生の中にも三角を多用したような文字を見ることがある。「イラ文字」と呼ばれているそうだ。つまり、文面がイライラしているから、らしい(「イラスト系ヘコミ文字」でイラストみたい、という説もあるが信じがたい)。

 何でも「かっわいい」としか言えなかった時代に対して、どんな時代を迎えているのだろうか、不安に思った。

 蔡倫が紙を発明したおかげで漢字文明圏がより強固なものとなった。中国の『後漢書』に「古自(よ)り書契(しよけい)は多く編むに竹簡を以てし…」(岩波書店・吉川忠夫訓注)とある。書契は、文字の記録のことで竹簡や絹布を使っていたが、簡は重く、絹は高い。それで、蔡倫という人が工夫し、樹皮や麻くず、ぼろ布、漁網を用いて紙をつくったという。帝に奏上した年は、西暦の105年にあたる(『紙の文化事典』朝倉書店は、最近の学説で前3世紀ごろが紙の誕生の時期とされるとし、蔡倫がそれまでの製紙技術を集大成したとしている)。新古今和歌集(1021)に藤原伊尹の「水の上に浮きたる鳥の跡もなくおぼつかなさを思ふ比(ころ)かな」という一首が出てくる。水の上に浮かぶ鳥の足跡が見えないように、便りをくれないから不安な心になるこのごろですと嘆いた歌だが、この場合、「鳥の跡」とは文字や筆跡を意味する。これは鳥の足跡を見て文字を創作したという中国の故事に由来する。転じて下手な筆跡を指す場合もある。

 13世紀に元を旅行し、『東方見聞録』を書いたマルコ・ポーロはそこで紙幣が流通しているのを見て皇帝フビライ・ハーンを「錬金術師」と評した。ヨーロッパにまだ紙幣はなく、人工的に金をつくろうとする錬金術が盛んだったからだ。中国4大発明のうちの紙と活版印刷の2つを使って作られた紙幣は、ポーロの目には魔法に見えたようだが、その裏に皇帝の強力な権威があるのも見抜いた。ニセ札作りは斬殺刑に処すと印刷してあったからだ。

 こうして中国を中心とする漢字文化圏では科挙をはじめ、ペーパーテストが横行した。一方、紙がなかった西洋では口頭試問が一般的に長く続いた。ブリュノ・ブラセルの『紙の歴史』(創元社)によれば、紙の大量生産が私信の習慣を広めた。例えばドイツ人が1年に出す手紙は、19世紀半ばの1通強から世紀末には58通になったという。文化が変わったのはほんの少し前だったのである。

 プラトンも『パイドロス』(岩波文庫275A、B)で文字を批判した。「記憶と知恵の秘訣」を発見し、文字を広めましょうという進言する文字の発明者テウトに対して王様の神タモスは次のように言う。

 たぐいなき技術の主テウトよ、技術上の事柄を生み出す力を持った人と、生み出された技術がそれを使う人にどのような害をあたえ、どのような益をもたらすかを判断する力をもった人とは別の者なのだ。いまもあなたは、文字の生みの親として、愛情にほだされて、文字が実際にもっている効能と正反対のことを言われた。なぜなら、人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人達の魂の中には、忘れっぽい性質が植え付けられることだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなく、想起の秘訣なのだ。また他方、あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは、知恵の外見であって、真実の知恵ではない。すなわち、彼らは、親しく教えを受けなくとも物知りになるため、多くの場合、本当は何も知らないでいながら、見かけだけは非常な博識家であると思われるようになるだろうし、また知者となる代わりに知者であるという自惚れだけが発達するため、付き合いにくい人間になるだろう。

 そして、プラトンは「書かれた言葉とは、ものを知っている人が語る、生命をもち、魂をもった言葉の影に過ぎない」と語る。プラトンはまた「ソクラテスがこう言っていた」といって「事実、長大な叙事詩を憶えた吟唱者に文字の知識を与えたとたん、すべての記憶が失せてしまったという例が世界の各地から報告されている」という言葉を引用している。

 レヴィ=ストロースの弟子で西アフリカ・ブルキナファソのモシ族を9年間もフィールドした川田順造は無文字社会の豊かな“音”の文化を研究してきた。モシ族は太鼓の音の高低で複雑な言葉を語る(talking drumという)。川田は、彼らは決して遅れた文化ではなく、文化の別の形なのだという。そしてむしろ、印刷技術やインターネットで文字に支配された我々の方こそ、彼らに学ぶべきだと説く。我々は文字を得て失った声の復権が必要だと訴えている。

 藤縄謙三『ホメロスの世界』(新潮選書)には次のように書いてあった。文字によって人間は身体性を失ってしまったのである。

 言葉の音声には強弱や遅速や色調があり、きわめて多彩な表現性を持っている。文字というものは、これらの微妙な要素を捨て去って、無味乾燥な骨だけにしたものである。文学とは文字で書かれたものだと考えるようになって以後、人間は言霊への感覚をむしろ大きく害されてしまったのである。

 口頭試問を重んじる西洋と筆記を重んじる漢字文化圏では大きな違いが生まれてきた。ハーバード大学のロースクールを描いた映画に『ペーパーチェイス』というのがあるが、法科学生は教授にいつも厳しい質問を受けて学んでいく。その仕上げにペーパーテストが行われるのだ。英語の「オーディション」auditionというのも「聴く」が語源となっているし、演劇も観るものではなく聴くものであった(「客」audienceも「く」から)。日本人のものの考え方は視覚的だということである。

 米原万里は「通訳ソーウツ日記」の最終回で次のように書いている【名文で省略しきれなかった】。

脳が羅列モードの理由

 前回、この頁で「○×モードの言語中枢」と題した文章を書いた。日本人が欧米人に較べて、情報を非論理的に羅列する傾向が強いこと。同時通訳をしていると、スピーカーの脳のモード差がモロに体感できること。それは、学校教育において、欧米では口頭試問と論文という能動的な知識の試し方を多用するのに対して、日本では○×式と選択式という受け身の知識の試し方が圧倒的に多いせいではないか、という愚見を披露した。単なる教育法の違いに原因を見ていたのだが、その背景にまで思い及ばずにいた。ところが、比較文学者の平川祐弘が、「せれね」という新聞に掲載されたエッセイに面白いことを書いている。
 日本人を含めてなべて東洋人が口下手なのは、「昔から科挙などで筆記試験に慣れてきたせいだろう。それに反し、西欧人は口頭試問で鍛えられてきた」と、ここまではわたしと同じ論旨なのだが、平川は、「それは紙が少なかったから」という。西洋では紙が非常な貴重品で、「第二次大戦中の米国兵は一日一回四片の割り当て」「18世紀に来日した西洋人は日本人が和紙で鼻をかんで捨てるという贅沢に一驚している」。「ケンブリッジ大学で筆記試験が始まったのは、数学は1747年、古典は1821年、法律と歴史は日本歴の明治5年にあたる1872年とたいへん遅い」と。
 日本人や中国人など漢字圏人間の脳の情報入力が視力経由に依存している割合が高く、西欧人の脳は聴力経由の依存度が高いという事は以前から指摘されている。西欧のアルファベットそのものが、音声を文字化したもので、文字そのものが聴力モードなのだ。文字は、音として発せられた瞬間に記憶に留めない限り消え失せてしまう言葉を固定化させる具として生まれた。要するに、記憶の負担を軽減するために発明されたとして過言でないだろう。実際に長大な叙事詩を記憶していた世界各地の吟遊詩人たちが、文字が発明された途端に大量の知識を失ってしまったと、ソクラテスやプラトンは嘆いている。わが国でも「平家物語」の全テキストを暗唱していた琵琶法師たちは文字の恩恵を受けることが不可能な盲人だった。
 先ほど同時通訳をしていると、スピーカーの脳のモード差がモロに体感できると述べたが、それは切実極まる問題だからだ。通訳者は、スピーカーの発言を訳し終えるまではそれを記憶していなければならない。ところが、論理的な文章はかなり嵩張ったとしてもスルスルと容易に覚えられるのに、羅列的な文章には記憶力が拒絶反応を起こすのだ。要するに、論理性は、記憶の負担を軽減する役割を果たしているわけで、文字依存度が高い日本人に較べて、それが低い西欧人の言語中枢の方が論理的にならざるを得ないのではないのだろうか。
 何かを得ることは、何かを失うことなのである。わたしたちは、文字に記憶の負担を転嫁することで、記憶のための貴重な具をいくつか失ったことになる。
 コンピュータ化が進むとともに記憶力のみならず計算力とか情報整理力とか、いくつもの脳の雑用と思われている作業を電脳に負わせるようになった。肉体労働だけでなく精神労働の負担からも人間を解放し、持てる力をなるべく創造的な仕事に振り向けようというのだろう。しかし、創造力とは何だろう。記憶力や情報整理力など脳の基礎体力の上に成り立つもののような気がしてならないのだ。わたしたちは、キャベツの葉を剥くように、今後も脳の持てる力をどんどん削ぎ落としていくのだろうか。

 イギリス議会の伝統に学んだのだろうが、日本の国会では文章の棒読みは1890年の国会開設以来禁止されている。「会議においては、朗読することはできない」と衆参両院規則にあるのだ。草稿なしに演説するためには、論点をしっかり頭に叩きこんでおかなければならないから、言葉の重みが違ってくる(若宮啓文『忘れられない国会論戦』中公新書)。福沢諭吉はスピーチを「演説」に換え、ディベートを「討論」と訳した。『学問のすゝめ』では「演説」を「大勢の人を会して説を述べ、席上にて我思うところを人に伝うるの法なり」といい、「第一に説を述ぶるの法あらざれば、議院もその用をなさざるべし」と解説している。でも実際は?

 日本語は難しくはないが、文字言語までいれると途端、難しくなる。人の名前をいうときも、「あの人の名前は読めないけれどこう書く(「こう言う」とはならない)」といって音を離れた漢字で人を識別する。難しい漢字を書けるだけで尊敬されたりもする。歌人の塚本邦雄は「薔薇(ばら)」と漢字で書いて罰せられるならば、罰金を払ってでも書く、と語った。グロータース神父も講演する時には「薔薇」とか「憂鬱」とか書いてみせるという。

 河野六郎先生は「漢字の場合、言葉は文字の背後に隠されてしまうことも稀ではない」(「文字の本質」)と指摘されている。経験や実験より文字で書かれたものをありがたがるのも同じ理由からであろう(幸か不幸か本校の学生には本を読みすぎる人はいないが、本ばかり読んで実践しない人は結構多いものだ)し、こうした視覚性が日本人の外国語学習の弱点になっているのだろう(とはいえ証明は難しい、というのは同じ漢字文化圏の中国人や韓国人の英語のうまさは説明できない)。

 たとえばアルファベットの文字から入っていく(筆順まで気にする人がいる)し、スペリングにやたらこだわる。「読み書き」中心であって「話し聞き」ではない。それに日本人の完ぺき主義が加わるから余計にっちもさっちもいかなくなっているのだろう。

 音声言語に対して文字言語は二次的なものなのだが、日本では文字言語が優先される。前者を優先するのを「音声中心主義」(phonocentricism)、後者を優先するのを「ロゴス中心主義」(logocentricism)というが、もともと一次的だった音声が文字におされている。つまり、一次性と二次性が逆転している。これをジャック・デリダはプラトン以来の西洋形而上学は「ロゴス中心主義」に陥っているといった。

 プラトンの『パイドロス』の中で、ソクラテスは「ロゴス(=パロール)こそが真の言葉であり、「正しきもの、美しきもの、善きものについての教えの言葉、学びのために語られる言葉、魂の中にほんとうの意味で掻きこまれる言葉」であるのにたいして、「書かれた言葉(=エクリチュール)の中には、その主題が何であるにせよ、たぶんに慰みの要素が含まれて」おり、「言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く。そして、ぜひ話しかけなければならない人々にだけ話しかけ、そうでない人びとには黙っているということができない」と語る。語られる言葉(パロール)こそが「正嫡の息子」であり、「自分で自分の力によって内から思い出す」記憶の秘訣[毒=薬]であるのに対し、書かれる言葉(エクリチュール)は、いわば父親のいない私生児であって、「自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出す」ための「想起の秘訣」にすぎないとされる。

 旧約聖書でも『出エジプト記』24章には次のようにある。「神はことばを使って、人間と契約する」のである。

そこでモーセは来て、主のことばと、定めをことごとく民に告げた。すると、民はみな声を一つにして答えて言った。「主の仰せられたことは、みな行ないます」。
それで、モーセは主のことばを、ことごとく書きしるした。そうしてモーセは、翌朝早く、山のふもとに祭壇を築き、またイスラエルの十二部族にしたがって十二の石の柱を立てた。
それから、彼はイスラエル人の若者たちを遣わしたので、彼らは全焼のいけにえをささげ、また、和解のいけにえとして雄牛を主にささげた。
モーセはその血の半分を取って、鉢に入れ、残りの半分を祭壇に注ぎかけた。
そして、契約の書を取り、民に読んで聞かせた。すると、彼らは言った。「主の仰せられたことはみな行ない、聞き従います」。
そこで、モーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った。「見よ。これは、これらすべてのことばに関して、主があなたがたと結ばれる契約の血である」。
それからモーセとアロン、ナダブとアビフ、それにイスラエルの長老七十人は上って行った。
そうして、彼らはイスラエルの神を仰ぎ見た。御足の下にはサファイヤを敷いたようなものがあり、透き通っていて青空のようであった。
神はイスラエル人の指導者たちに手を下されなかったので、彼らは神を見、しかも飲み食いをした。
主はモーセに仰せられた。「山へ行き、わたしのところに上り、そこにおれ。彼らを教えるために、わたしが書き記した教えと命令の石の板をあなたに授けよう」。

 さて、デリダがこんなことをいわなくても日本では「ロゴス中心主義」がごく自然のことだったのである。



 【初出『富山商船高専図書館だより』1988年】

「むねかたきょうだい」というのが正しい。知らなかったでしょ。僕も知らなかったから…。

 俳優トム・クルーズは小学生の時から読書障害に苦しんできたが、サイエントロジー教会の創設者L.ロン・ハバードが開発した学習技術で読書障害を克服できたことを米誌に語った。クルーズは今、ハバードの学習技術を使う非営利の個人指導教師プログラムの創設委員を務めており、同じ学習障害を背負う子供たちを救おうとしている。

「私は7歳の時、読書障害児と呼ばれました。読書に集中しながらページの最後まで読み終わっても、何を読んだのかほとんど記憶がない。(一時的に)記憶を失い、不安を感じ、落ちつかず、退屈して、いらいらし、愚かに感じる。怒り出したりもする。勉強している時、両脚が実際に痛くなる。頭も痛くなる。学生時代から俳優になるまでずっと私は秘密を持っているように感じました」

 「新しい学校に行く時、他の子供に私の読書障害のことを知られたくありませんでした。でも、読書力補強のクラスに行かされました」 (クルーズ)

「学習障害で一番多いのは読書障害で、5人の子供のうち1人が 読書障害を持っている」と専門家がいう。

 学習障害は知的発達の遅れがないのに、学齢期にいたっても読み、書き、計算、運動などのうちどれかの能力に障害があるものをいう。

 「Overcoming Dyslexia」(直訳で「読書障害の克服」)の著者でエール大学医学部小児科のサリー・シェイウィッツ教授によると、学習障害の中で一番多いのは読書障害(dyslexia)で、5人の子供のうち一人がこの読書障害を持っているという。

 読書障害は言葉が理解できないという意味ではなく、書かれている言葉を話し言葉の音声にして読めないことに問題がある。

 母親は「絶対にあきらめないで」と言い続け、勉強を助けてくれた

 「母は私に『あなたにはとても大きな可能性がある。絶対にあきらめないで』と言い続けました。彼女は仕事を3つ持って、私と妹の面倒を見てくれましたが、私の勉強のためにも時間を割いてくれました。私が学校の宿題を書かなくてはいけない時は、まず最初に、母にそれを口述して書き取らせ、私はそれを非常に慎重に書き写しました」

 「私は1980年に高校を卒業しましたが、卒業式にも出席しませんでした。私は学ぶことが大好きでした。学びたかったけど、今の教育制度の中で失敗したことを知っていました」

 クルーズは1986年、「トップガン」の公開後、L.ロン・ハバードの学習障害克服の学習技術を発見し、サイエントロジー教会のメンバーになった

 クルーズは1986年、「トップガン」が公開されてからサイエントロジー教会のメンバーになった。彼はハバードが1960年代に開発した3つの学習障害を克服する「Study Technology」(学習技術)を発見した。クルーズはこの技術を使って読書障害を克服することができたという。

 「私は読書障害のすべての症状があると言われてきたが、誰も解決法を与えてくれなかった。私は自分が学びたいものは何でも学べることを悟りました」(クルーズ)

 そしてクルーズはハバードの学習技術を使って子供たちに個人指導する非営利プログラムHollywood Education and Literacy Projectの創設委員を務めている。

 「私はみんなに自分が体験したことと同じ体験をして欲しくない。私は、子供たちが読み書きの能力を持ち、人々が何を言っているのかを理解し、人生の問題を解決できるようにして欲しい」(クルーズ) …

(07/16/03、ロサンゼルス=ZAKZAK特電)


 韓国ドラマ『星を射る』では俳優を目指すのだが、難読症のインソン君扮する青年が、ドヨン姉さんの手助けで文字の学習をしながら並外れた記憶力を武器に映画界で頭角を表し やがてはカミングアウトし周囲の理解を得るという設定になっている。ハングルも同じように表音文字なのである。

 2004年9月に脳卒中などで文字が読めなくなる「失読症」は、アルファベットを使う西洋人と漢字を使う中国人や日本人では、脳の損傷部位が違うことが、香港大の研究で分かった。

 文化に合わせた治療法の必要性を示した結果で、2日付の英科学誌ネイチャーに発表される。

 欧米を中心としたこれまでの研究では、失読症の人は、文字のつづりを音の固まりに分ける過程に障害があり、左脳の「頭頂葉」や「側頭葉」などでの神経活動の低さが原因と考えられてきた。しかし、香港大のリ・ハイ・タン助教授らが、先天的に失読症である中国人の子ども8人の脳を、磁気共鳴画像装置を使って調べたところ、左脳の「中前頭回」という西洋人とは別の部位の活動性が低いなど、これまでの実験結果とは大きく異なることが分かった。文字自体は意味を持たない表音文字のアルファベットを使う言語と、表意文字の漢字では、脳での読み方の仕組みが異なるらしい。研究チームは「理という漢字のなかに読み方を表す里が入っているなど、漢字の読み書きの仕組みは英語などとは大きく違う。文化に即した治療法の開発などにつながるのではないか」としている。


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