金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


駅前ビルの憂鬱---マリエとやまの言語学

「英会話ローン牛丼ハンバーガーここはどこかのすべての駅前」---吉竹純(歌集『過去未来』河出書房新社)


 学校の忘年会で越後湯沢温泉に行ったことがある。当時のリゾートマンション・ブームにも驚いたのだが、「ガーラ」という新幹線用の駅ビルができていたのにもびっくりした。H先生にどういう意味かと聞かれた。確かに濁音を使っているし、語感もよくない。下手すれば「ガーラガラ」と陰口を叩かれかねない。

 スペイン語、イタリア語などロマンス語系の言葉で「祝祭」の意味でクラシックなどでは多くの歌手が自分のレパートリーを披露していく「ガラ・コンサート」などにも使われていると答えておいた。これだけではつまらない話で英語の辞書にもGALAは載っていて引けばすぐに分かる。

 問題はなぜそんな誰にも分からないような名前を駅ビルに使うのか、ということである。

 湯沢でなくとも、富山にも「マリエとやま」とか「エスタ」という訳の分からない名前がついている。一度、富山テレビのクイズ「フォーカス・イン」を見ていたら、「マリエというのはどんな意味でしょう」という問題が出た。三択で答えはフランス語の「出会い」ということになった。

 ところが、フランス語のmarierは他動詞で「結婚させる、会わせる」という意味はあっても、名詞の「出会い」という意味はない。明らかにマリエという日本人にとって語感のいい音が先にあって、後で理屈=意味をくっつけたものである。だから、正解はあってないようなものだ。

 エスタというのもすごい。estacion「駅」というスペイン語を勝手に縮めたもので、スペイン人にも分からないかもしれない。

 その後、CiCという駅前ビルもできた。説明によればCity in Cityという意味だそうで、chicとかけていることは間違いないのだが、むしろsickな感じがする。

 駅北にあるボルファート(Wohlfahrt)はドイツ語で「福祉、福祉事業、福祉事務所」である。ドイツ語を名前にしているのは珍しい。堅いイメージを出そうとしたものと考えられる。

 日本の外来語はどれも言語からかけ離れていて、外国人の悩みの種だ。「アベック」(フランス語の前置詞avecから)「ベア」(ベース・アップのこと)なんて永遠に分からないだろうし、personal computer をパソコンとして、しかもpasoconと綴ってあるのをみて何のことか分かる方がおかしい。

 明治維新の頃、床屋さんが英語でHEAD CUTTERという看板を出していた。これでは「首狩り屋」という意味だ。Headとアタマの指す部分が違うから生じる誤解である。昔の人は英語を知らなかったと笑ってばかりおられない。今もムチャクチャな外国語がはびこっている。

 サンポーロはまだいい。散歩と道路がくっついたみたいだし、マルコポーロみたいで面白い。

 しかし、アピア、アピタ、アプリオともなると誰にも何だか分からない。アピアはしかもAPAというスペリングになっていて英米人にはエイパとしか読めないだろう。ア行にしたがるのは、電話帳の最初に載せたいからということのようだ。

 かつて駅ビルはステーション・デパートとか○×モールのように英語名をつけるのが常道だった。ところが、英語では手垢がつきすぎてかっこ悪くなってきた。言語学ではこれを「自動化」と呼ぶ。これを打破するために「異化」という手段がとられる。ちょうど猫も杓子もミニスカートをはいてダサくなってくるとパンタロンが流行るような現象である。英語が当たり前になると、それ以外のスペイン語などに言葉を求めるようになる。映画でも『優駿』の副題はORACION「祈り」というスペイン語になっている。

 クルマの名前では既に飽和状態になっていて、しかも名前を先に登録して儲けようという業者がいて、フツーの名前はつかなくなっている。要するに出尽くしてしまったのでトヨタのカムリみたいな名前になってしまう。カムリというのはクラウンという名前に追随して付けられた。何と「冠」を変形して付けられているのである。

 ショッピングセンターがアピアなどの意味不明の名前になっている原因はどの言語でも意味の分からないように、絶対に手垢のつかないようにしようという究極の命名なのである。

 この傾向は新宿にサブナードができてからひどくなった。そのうち、ルミネ(イルミネーションから?)という駅ビルができ、地方にも流行してきた。最悪は宝石細工で有名な甲府のエクランという駅ビルで、仏語のecrin 「宝石箱」から取ったのだが、エクリンと呼ばれないようにECLAN という意味不明のローマ字が当てられている。スズキの軽自動車「ラパン」はちゃんと“Lapin”というフランス語の綴りを守っているというのに。

 東急→十九→109という語呂合わせをしている東急系のビルもすごい。

 放っておいたらその後、マリエンボーンという結婚式場ができ、ラポール、ミラージュ、オーバードなどのホールができた。音楽ホールの乱立にも驚くが、コラーレという富山方言みたいな命名にも驚く。

 変わった名前どころか迎賓館という普通名詞のような結婚式場ができたが、問題にならないのか心配である。だって、富山迎賓館というと国か県がVIPのために作った館みたいではないか。

 大好きだったのは「ベガーズ・バンケット」(Beggar's Banquet)という複合施設で「乞食の晩餐」、つまり乞食たちが物乞いで得てきたご馳走を並べて大いに楽しんでいる様子を表現したものだった。BBと韻を踏んでいたのはいいが、やっぱり分かりにくいし、〜'sというのは日本人好みではない。切れ者の経営者と思っていたが、倒産して閉鎖されている。考えてみるとローリング・ストーンズのアルバム『ベガーズ・バンケット』から採っているので経営者はヤンキーなお兄ちゃんだったのかもしれない。今頃、ホントのベガーズ・バンケットを楽しんで(?)いるかもしれない。

 後にすごいと思ったのは高岡市姫野にあった「どん底」という名前の食堂だった。小泉八雲もアメリカで“Hard Times”(どん底)という名前のレストランを経営していて、潰れたが、こちらもあっさりと潰れた。背水の陣だったというが、「どん底と言えるうちはまだどん底ではない」(@「リア王」)なのである。

「店の名」 茨木のり子『詩集 倚りかからず』(筑摩書房)

 <はるばる屋>という店がある
 インドやネパール チベットやタイの
 雑貨や衣類を売っている
 むかしは南蛮渡来と呼ばれた品々が
 犇(ひしめ)きながら ひそひそと語り合っている
 −−はるばると来つるものかな

 <なつかし屋>という店がある
 友人のそのまた友人のやっている古書店
 ほかにもなんだかなつかしいものを
 いろいろ並べてあるらしい
 絶版になった文庫本などありがたいと言う
 詩集は困ると言われるのは一寸困る

 <去年屋>という店がある
 去年はやっていて今年はややすたれの衣類を
 安く売っているらしい
 まったく去年も今年もあるものか
 関西らしい商いである

 何語かさっぱりわからぬ看板なのか
 母国語を探し探しして命名した
 屋号のよろしさ
 それかあらぬか店はそれぞれに健在である

 ある町の
 <おいてけぼり>という喫茶店も
 気に入っていたのだが
 店じしんおいてけぼりをくわなかったか
 どうか

 全然関係のない話だが、かつて「トルコ風呂」といっていたのを「ソープランド」と呼ぶようになったきっかけの一つが「大使館」という名前のトルコ風呂ができたからだったという。トルコ大使館に「エリカちゃん、いる?」とか「どんなサービス?」という電話が殺到したそうだ。トルコ大使館がどんなに激怒したか想像を絶する。

 言語学的には「マリエとやま」という語順も興味深い。昔なら限定するものを前にして「富山マリエ」だ。英語でも同じで「形容詞+名詞」が普通である。ところが、格好よくするために「名詞+形容詞」というのがある。例えば、Persona Non-Grata(招かれざる客)というラテン語をそのまま使ったり、Mission Impossible(テレビの『スパイ大作戦』だが後に『ミッション・インポッシブル』として映画化)というフランス語的な言い方をすることがある。

 ところが戦後、 日本でも「ラジオ東京」のように逆転するものが出てきて、オリンピックに合わせて開業した「ホテル・ニューオータニ」がこの語順を決定的なものにした。ダスキンのような会社までが「ダスキン富山」などと格好を付け始め、あげく東京の多摩地区に進出できないという悲劇も生んだ。

 この流行が20年後に田舎町まで広がったということだ。そのうち、本校も「ラメール・富山」とか「テクノス新湊」なんて名前になるかもしれない。図書館もその時は「リブロ練合」だ。

 核戦争か何かで地球が滅び、その後、やってくる宇宙人は「マリエとやま」、「ルミナス」なんて名前を見て、何語で、何の名前だと思うだろう。

 何百人の言語学者がかかって、考えてみても答は出ないだろう。


以下の文章はNHK富山放送局の番組(2002年4月10日)で使われた原稿の一部で村山ディレクターが担当したもの。

○「何でもカルチャー」のコーナーです。このコーナーではゲストの金川欣二さんと、身近なものを題材に「富山的なるもの」を発見するコーナー。
△よろしくお願いします。独断と偏見で新しい富山が見えてくればいいなあというコーナーにしたいです。僕の専門は言語学。中でも言語文化論という分野です。言葉と文化のかかわりを考えるのが好きですね。
●言語学ってどんなことを研究するんですか?
△色々な言葉の仕組みや由来を考えたり、言葉の背後にあるものを考えたりしています。今日は、富山の建物の命名について言語学的に考えてみたいと思います。
△最初にいくつか建物を見てもらいましょう。思いつくことないですか?ご覧下さい。
△クロスランド小矢部。小矢部市には三つの高速道路が交差するところがあることからつけられたそうです。
△これは県総合福祉会館。愛称はサンシップとやま。「新しい福祉の船出」を意味しています。太陽の光を一杯に浴びて出港する船、ということで、サンシップ。
△こちらは富山市民球場。高校野球の決勝戦が行われる場所ですね。愛称は「アルペンスタジアム」。北アルプスが球場からきれいに見えることからつけられたそうです。アルペンスタジアムのほうが知られている。
○そういえば、野球の中継があるときに、現場どこだっけ?と一瞬混同したことがあります。新人の時ですけど。最初はアルペンスタジアムと市民球場は、別のものだと思っていましたよ。
△まあ、これは高校野球で応援席をアルペンと呼ぶこともあるので、それほど意味がわからないというのではないですが。
●カタカナが入った名前が多いですね。
△横文字の建物名が多いでしょう?まずは横文字の建物がどうして多いのかからお話します。横文字の建物は、戦後、英語を使うことから始まったんです。とても新しい感じがしたんでしょうね。
○戦争中は英語禁止でしたよね。英語の中でもどんな英語が人気だったんですか?
△「NEW:=ニュー」ですね。ニュー何とかって、たくさんできたんです。今じゃ古い感じがするかもしれないけれど。富山の大谷米次郎さんが東京オリンピックの時に建てたホテル、ホテルニューオータニは、言語学的に見ると、当時としては斬新なんですよ。
●そうですか?どこが?ニューはもうたくさん使っていたころじゃないですか?
△ええ、日本語の語順で考えると、形容詞+名詞で、ニューオータニホテルが学問的には正しい。でも、外国語風に語順を変えるとちょっとかっこいいでしょ。今ではよくありますね。
○今は何語だかわからない、横文字建物も多いですね。
△そうですね。どこも英語を使い出したりすると、違う言葉を使いたいな、と思いますよね。これ、言語学的には「異化」というんですが駅前だと、マリエ、エスタ、という駅ビルがありますね。マリエはフランス語で「出会い」という意味があるといいますが、本当は「結婚させる」という意味でもあります。エスタはスペイン語のエスタシオン(estacion)を略したもの。最近はイタリア語系が多いですね。イタリア語は伸びる音が多いから、伸びやかな印象になるからかもしれません。
○建物の命名法なんですが、富山の特徴はあるんですか?今までは全国的にもある話ですよね。富山に限った話でもないような・・・
△あるんですよこれが。お隣石川県と比べてみました。
△ご覧下さい。主な目的別に公共の建物を中心に調べました。
△コンサート会場になる場所は、富山県では「富山市芸術文化ホール」。わかりますか?オーバードホールのことですね。オーバードの意味はフランス語で「夜明けの歌」。石川では金沢文化ホール。他にもコンサートがよく開かれる石川県厚生年金会館も産業展示館も愛称はありません。産業展示館は「さんかん」と地元の人は略していますが。
●「産業展示館、4号館」ですよ!コンサートに行ったことあります!そうそう、愛称なかった。
△そして社会福祉については、富山県では県総合福祉社会会館、「サンシップとやま」。石川県はこれまた石川県社会福祉会館だけ。
△女性の社会進出を推進しようとするものについては、富山県は富山県民生センター「サンフォルテ」。太陽のように強く男女ともに輝いて欲しいという意味です。石川県は石川県女性センターとなっています。愛称はなし。因みにサンフォルテは英語とイタリア語が混ざっています。
△というわけで、富山は愛称をつけるのが好きという傾向がある。
●ほんとだ、愛称がついているのが多いですね。横文字で。
○僕は愛称をつけるのにこだわっているのが面白い。愛称をつけるというのは、どんな意味があるんでしょう。
△多くの人に親しんで欲しい、というのが気持ちとしてありますよね。堅苦しい長い名前よりも愛称があるほうが親しみやすいですし。また愛称をつけることで、おしゃれな感じになる、ということもあります。
●おしゃれな感じ。結構富山県はミーハーなのかな?石川県の人はわが道を行く、古くてもいいって頑固みたい。
△いや、ミーハーというよりは、東京志向が富山の人は石川の人に比べて強いのかもしれません。石川の場合、加賀百万石の城下町という自負もあるかもしれないから、そんな、おしゃれにしなくても、という見栄もあるかも。
○なんとなく富山県には保守的な土地柄というイメージがあるから、愛称を嫌がるかと思っていました。
△いやいや、意外と新しいもの好きというところがある。保守売薬さんがいるように県外に出て行って、仕事をするわけですから、出先で新しいものや珍しいものを見聞して、取り入れるということは。
●今は全体として新しい命名の仕方があるんですか?
△そうですね、日本語回帰というか、日本語や方言を生かした命名法が出てきました。例えば、富山の例では、高岡大仏への参道には「やわやわ参道」、黒部市の黒部市国際文化センターは コラーレと富山弁をつかったりしています。
●両方方言ですよね、すいません、どんな意味ですか?
△「やわやわ」はのんびり行こうという意味で、コラーレは「いらっしゃい」を富山弁にしたもの。
○コラーレなんかは新鮮な感じがしますね、方言を知らないと外国語みたい。洋服と同じで、色々流行はあっても、また繰り返すことになるんですね。
●建物じゃないんですけど、この新番組のタイトルはどうですか?言語学的には・・?
△まず、すべて日本語を使っている点と、先ほども話しましたが、語順が「夢航海とやま」じゃない、最後に地名を持ってこない点で、言語学的に命名法としては、日本語回帰型の新しいタイトル名かな。航海、が反省する意味の後悔にならないように、これからも楽しい富山文化の話をしたいですね。
○ありがとうございました。来週の何でもカルチャーでは「昆布と富山県民」について、金川さんにお話いただきます。

 「宇宙戦艦ヤマト」も同じ語順だけれど、元が「戦艦大和」だった。どうでもいいけれど、後に「首都大学東京」という変な名前の大学ができた。「首大」(くびだい)と呼ばれているけれど。石原慎太郎はよほど倒錯が好きなのか、「新銀行東京」というのもつくって「石原銀行」とも揶揄されている。こちらは首が回らなくなった。

 2007年になってもっと怖ろしいことがあった。「金沢観光会館」が「金沢歌劇座」になることに決まったのだ。「ひまあり座」や「雅覧堂(がらんどう)」にならないように頑張ってほしい。

※芭蕉も「不易流行」ということを言っている。松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の間に体得した概念で「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」、即ち「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、しかも「その本は一つなり」即ち「両者の根本は一つ」であるという。「不易」は変わらないこと、即ちどんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないもので「不変の真理」を意味する。逆に、「流行」は変わるもの、社会や状況の変化に従ってどんどん変わっていくもの、あるいは変えていかなければならないものだ。俳諧だけじゃなくて、学問や文化や人間形成にも当てはまることかもしれない。


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