ある日、2歳になった未蘭がある歌を歌いながらベッドから転げ落ちた。おかしくってならないという風情で、見ていると何度も何度も繰り返す。もしかして、と思って「それ、何?」と聞いたら「アーサーティーチャトラブー」と呂律(ろれつ)の回らない口調で答えた。
そうなのだ。彼女はCD-ROMリビングブックのArthur's Teacher Troubleが大好きでいつも見ている。必死に宿題をしているアーサーを横目にして妹のD.W.がマザーグースのRing-a-ring o'rosesを替え歌にして「私には宿題がない」と歌っているうち、ベッドから転げ落ちる。元歌がWe all fall down.で終わっているから転げ落ちるというオチだ。これを真似ていたのだ。
未蘭は朝一番にパソコンのスイッチを入れ、ソフトのオープニングの曲に合わせて一人で踊っている。なぜかGrolier EncyclopediaのHuman Bodyという項目のクイックタイムムービーが大好きだ。ゴミ箱からオスカーが出てくるのを楽しむこともある。
3歳上の祐貴と喧嘩になることもある。ロドニー・ガイの「ワンダー・ウインドウ」をめぐってマウスの取り合いをしていたので祐貴に「赤ちゃんだから譲って」といったのだが、いうことを聞かない。今度は未蘭が必死になって「赤ちゃんだもん!」と叫んで抵抗した。
祐貴が3歳の時、保育園父兄参観で先生から「祐貴君はほめるところが特にありません。でも、絵の力はあります」といわれた。妻は小躍りしたが、先生は無情にも付け加えた。「クレヨンて、結構、力がいるんですよ」
しょげかえっている妻と相談してお絵かきソフトを購入することになったのだが、最初、画面を与えて「さあ、何でも描きなさい」といったものの、ぐじゃぐじゃに描いては爆弾で消して遊んでいた。それではいけない、と思って塗り絵を自作することにした。例えば、トトロなどの絵を黒い線で描き、そこに色々な色を流し込ませるという趣向だ。更に録音機能を使って「周りに花や草を描こうね」などというママの説明を入れた。
更に、こうしてできた絵を印刷したり、スクリーンセーバーに張り付けたり(ディスプレーの中をトトロが飛ぶ!)、ジグソーやハイパーカードにしたりして遊んでいる。
パソコンで子育てといってもパソコンを買い与えておけばすむ、というのではなく、親がしっかり関わりあうことが大切だと思う。パソコンと人間だけでなく、親と子のインタラクティブも大切なのだ。親子のインターフェースの中心(の一つ)にパソコンがある。
パソコンがどこに置いてあるかでその家の様子が見えてくる。うちは座敷に置いてある。だから、子供用でもあれば、声楽家の妻のためでもある。喜寿を迎えた母は僕たちの家にくると時間を惜しんでテトリスみたいなゲーム、ジュエルボックスに熱中している。未蘭はこのジュエルボックスが大嫌いで、用事でポウズの状態にしておくと慌ててクイットしてしまう。新しいソフトが送られてくるともう大変で、ディズニーのスクリーンセーバーがインストールされた時は家中、興奮の渦だった。うちのパソコンはユーザーが3世代のマルチなメディアになっている。
未蘭はミラクルピアノも大好きで接続すると必ず、Old MacDonald(ごんべさんの赤ちゃん)を自動演奏させる。まだまだ鍵盤を弾く状態にはならず、叩いて遊んでいる。これを見た人に「お母さんのように音楽家になるの?」と聞かれることが多いが、その気はない。ただ、想像力に富んだ世界で遊ばせているだけだ。早期英才教育は華々しい成果が喧伝されていて、正直、うらやましいこともあるが、漢字を覚えても絵が描けないといったような弊害もささやかれ、功罪は分からないが、少なくとも暗記中心の英才教育はレディネスを無視していて危険だと思う。それにピアノであれ、何であれ、人から学ぶのが基本だ。機械をマスター(教師、主人)にしてはいけない。
先日、妻が祐貴を幼稚園に迎えに行った時、友達が「ねえ、今日、祐貴んちに遊びに行っていい?」と聞いた。すると、隣の子が「でも、祐貴んちにはパソコンあるがいぜ、お前、動かせるがか、どうするが?」。
4歳の子でもパソコンがあることを自慢にしていることと4歳の子でもパソコンが難しいという偏見をもっていることに思わず、笑ってしまった。
その後、うちのパソコンで遊んだY君はすっかり調子に乗って「僕は天才科学者になる」と周囲を驚かせている。マックを使い始めた頃、思ったことは「何だ、みんなパソコンが使えるとか自慢しているけど、大したことないじゃないか」ということである。
ユーザーはパソコンの奴隷ではなく、主人なのだ。どんな教育用ソフトであれ、子供たちが主人公となって想像や創造の世界で遊べるものでないといけない。
パソコンで子供たちは変わったでしょう、とよくいわれる。
子供たちが僕をマッキントーちゃんと呼ぶようになった。というのはウソで、実はあまり変わってない。
それでいいと思っている。
※このエッセーは『ASAhIパソコン』創刊6周年記念のエッセー部門「私を変えるパソコン」の優秀賞を取ったもので審査員は作家の清水義範ら5人で、テクニカルライターの山田翔平は「とてもキザだが、うまい。家族のあり方、人間とパソコンの関係は、いいなという気がする」と評した。最優秀は口にくわえた棒でキーボードを叩いているという身障者で、パソコンがあって初めて社会参加できるという内容だった。
※96年になってからうちの子供たちは「パソコンキッズ」と呼ばれることが少なくなり、KinJi Kidsと呼ばれるようになってきた。
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【トトロは僕がキッドピクスで描いた塗り絵用のイラストです。】