金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


インターネット狂想曲(電子のたらい舟)

僧:インターネットをどう思われます?  

パソコン:「空」だよ           

------*小泉吉宏のイラストから
(*『ブッタとシッタカブッタ』で有名)


●電子メール

 朝、研究室に着くとパソコンが動き始めている。

 早速、メールを見る。

 ユネスコのボランティアでタイにいるA君から海洋法会議に関する質問だ。○×大の先輩からは研究会の案内、ニフティでビジネスをしている友人Oからは香茶を買わないかといってきた。PRビデオの委員からは撮影日時の打ち合わせが入っている。いちいち、会議をしなくてもメールだけで決裁ができる。

 構内LANが走るようになって、更にインターネット接続になってからライフスタイルが違ってきた。パソコンがスタンドアローン(独立型)からホストコンピューターの端末になった。パソコン通信に入って自分のワープロがいきなりパソコンになった時のような衝撃がある。東大などは10年以上も前から整備されていたが、ようやく自分の研究室にも走った時にはそれなりの感慨もあった。

 工学のある先生に外にメールを出すときはどうすればいいのですかと尋ねられて驚いた。また、英語のある先生は外国にメールを出す方法は知っていたが、僕に送る方法を知らなかった。もっとも、情報工学科の先生でもLANを導入していない人が多い【かった】。

 メーラーとしてフリーウェアのEudoraを使う(「よい贈り物→寛大な」という意味のギリシャ語だがこの場合、作家から取った。ノーマン・メーラーではなくて、「なぜ、私は郵便箱にすんでいるのか」(Why I Live at the P.O.)という小説を書いたEudora Weltyにちなんでつけられたのだが、この短編は『グリーンのカーテン』"A Curtain of Green" (Harcourt Brace jovanovich,1941)という中に入っているそうだ。

 DOS/Vもマックも市販ソフトEudora Proが出ている)のだが、設定はまるで分からなかった。何しろ、難しいのだ。誰かにしてもらわないといけない。自分宛のメールが全然届かなかったので慌てたが、僕のメールはずっとLANが走るまで全部ニフティ経由になっていたからで接続を替えてもらった。また、同報通信の設定がニックネームになっていて分かりにくかった。

 それにしてもLAN用のケーブル、これだけの太さがなければ仕事ができないのだ。これがハイウエイとすれば確かに2本線の電話線は農道だ。

 便利なのは大学もようやく整備されてきて簡単に友人や卒業生にメールを送ったり、更にニフティなどを通して外部の人にもメールを送れることである。

 卒業生の中には上司の目を盗んで、1時間ごとにメールを出し合っているのがいた。なるほど、結構いい暇つぶしになる。

 アメリカではメールを使って不倫を示し合わせるということもあるらしいし、e-mailでの恋愛を扱った小説もある。森田芳光が監督をして深津絵里が出た『(ハル)』という映画は涙ものだった。

 僕の所には(ハル)はやっぱり来ない。

 設定で「関係者全員に送る」としていて不倫がばれて退職したカップルもあると聞く。

 サーバーがダウンしたら大変だ。膨大な数のメールが誤配されることもある。「他人のメールは管理者までに送り返せ」といっても後の祭り。極秘のメールは送るべきではない。

 普通のメールはsnail mail(かたつむりのメール)と呼ばれるが、僕の家には毎日4、5通は届く。これが1通も来ない日は、たとえダイレクト・メールであろうと淋しい。DMが嫌いだという人がいるが、そんなに日には本当にうれしい。

 最近、サーバーやパソコンがダウンして、メールを受け取れない時は心理的にパニックするようになってきた。陸の孤島に生きているような気分になってくるのだ。

 大学の後輩が自殺した時にFAXで情報をやり取りしたのだが、女友達がFAXって便利ねぇと感心していたが、電子メールはもっと便利だ。

 でも、パソコン通信はパソコンにスイッチを入れてモデムを接続しなければならない。

 専用線接続だとメールが届くとすぐに分かるところがいい。でも、これでコクーニングが進むかと思うとぞっとする。というのも若い研究者たちの間で疎通ができてない。田舎に学校があるせいもあって一緒に飲みに行くこともない。彼らは利口だが、バラバラで会議でも方向を察知しない。セレンディピティ(serendipity)という観点からも顔を合わせることが大切だ。

 便利だからといって友人を失うことも多い。憤懣に満ちた文章をそのまま送ったり、うっかり文章の途中で送ったり、立派な返事を書こうと思って忘れてしまったり、する。カール・サンドバーグは「言葉という誇り高いものを使うには注意が必要だ。一旦発したら、呼び戻すのは大変だ。何しろ長い丈夫なブーツを履いているのだから」といったが、メールも一度のクリックで飛んでもない方向へ行ってしまう。

 困るのは奇妙な名前を付けている人で玖保勲なのにikubo(I.Kuboではダメ)としている人やshintaniとsinozawaなどヘボン式と日本式のローマ字の混用、さらには吉岡がyoshi、太田義男がyoなどと混在していることだ。 MS-DOSを引きずっているらしくて8字までしか命名できない。これではまるで競馬だ(競走馬は9字まで)。

 ワープロは日本語を大きく変化させなかったが、電子メールが日本の手紙文化を変えることは間違いない。というのも絶対に拝啓とか時候の挨拶では始まらないからである。

 決定的に生活を変えたことの一つが休み中でも溜まったメールを確認しに職場に来なければならなくなったことだ*。

 設定が難しく、メールが届かないことがある。ラブレターの返事が届かない時のようにパニックしてしまう。ソフトのeudoraの設定を見直したり、INITやcdevが悪いのかと思って抜き差ししていたら、ホストコンピューターの調子が悪いと教えられた。

 半日がムダになり、外を見るとユードラ晴れて秋風吹き…。

*学校もPPP(ダイアルアップ)接続になって家から読めるようになった。家ではメールをサーバーに保存して学校でメールの返事を書くようにしている。家では分ける必要があるのでEUDORAと一緒にPOSITINOを使っているが、これは映画「イル・ポスティーノ」から来ているのであろう。

 その後、悲惨な事件があった。98年6月のワールドカップで、アルゼンチン,クロアチアに善戦しながらも、決勝トーナメント出場の道が絶たれた日本代表。その余波で,司令塔のMF,ヒデこと中田英寿選手のホームページで行われていた中田選手からのメール掲載が当分の間、中断される事になったのだ。

 簡単にいうと中田選手のパスミスで負けた、というラモスのコメントが一人歩きし、どうやら一斉に批判めいたメールを送ったようだ。

 メールだと相手に対する罪悪感、気配りなしに感想が送れる。読む方はストレートに批判され、大量のメールに対処しようがなくなる。

 インターネット時代の電子メールの典型的な、悪い、使われ方である。

 2001年2月に在沖縄米軍のトップ、アール・ヘイルストン四軍調整官が出した「中傷電子メール」が、稲嶺恵一知事らの怒りを買った。米兵による強制わいせつ事件などが続いた先月、県議会は海兵隊の削減を求める決議を全会一致で可決したが、それを批判した内容だ。

 知事、副知事、関係町長らを名指しして〈県議会が扇動的で軍に損害を与えるような決議をしたとき、何もせずにやり過ごした。彼らはみなバカで、腰抜けどもだ〉と書いた。あて先は海兵隊の指揮官クラス十数人。

 もちろん、送った人を信じていたのだろうが、どうしてか、それが漏れた。

 書き上げた手紙を出す前に、私はゆっくり数を数える。1、2、3……と10まで。

 推理作家の夏樹静子が随筆集『往ったり来たり』(文芸春秋)に「携帯は恋愛作家たちをも悩ませている。『すれちがい』が作れなくなったという。さまざまな制約の下でこそ恋の情念はせつなく燃え上がるものだというのに」と書いていた。出会いばかりで、すれ違いがない人生も淋しい。


●ニュースグループ狂騒曲

   つけた火はちゃんと消すまであなたの火(全国統一防火標語)

 LANがインターネットにつながっている利点の一つにネットニュースが読めることがある。どこにどう存在しているのか分からないが、ニフティなどのフォーラムと同じようになっている。全世界向けのcompも有名だが、日本のはfj(from Japan)という。パソ通のフォーラムと同じように「聾唖者が最後に雪崩に遭って死ぬ」映画の題名を教えてくれ(これは「山の焚火」)とか、育児の悩みとか書かれていてレスも多い。ただ、映画の題名を教えてあげてありがとうというメールは来たことがない。

 学校内にもフォーラムがあるが、ここで大問題が持ち上がったことがある。僕がコンピューター・リテラシーに関するエッセーをアップしたところ、他学科の先生から強烈な反論を受けたことだ。どれも言葉尻を捉えた揚げ足取りで取るに足りないのだが、段々、腹が立ってくる。引用が簡単なために特に他人の文章の一部を引用して批判をするというのが腹が立つ。ネットでは議論はできないという論文もあるらしいが、全く同感だ。高校生の参加している「NHKティーンズねっとわーく」でも同じ傾向がある。いわゆるネチケット(ネットのエチケット)が必要になるのだが、ただでさえ誤解があるのに、お互いに離れているので難しい。ネットでやっていけないことは個人攻撃と下ネタだ。なのに下ネタに走る教師もいるし…。

 例えば、こんな風にニュースグループは展開する。

 英語ではこう言うのをフレーム(flame)とかフレーミング(flaming)という。つまり、いつ消えるのか分からないモンゴルの野火のようなメラメラ燃える炎なのである。日本では使われることはないが、フレームを呼ぶようなメールをflame bait(餌)といい、フレームを煽るメールをflame mailという。

 実際、野火のように、この問題はもう終わったと思っているのに再燃することがある。

 先日、試験に「flamingとは何か」と出したら「同じ画面をディスプレイに映し出して焼き付くこと」「外部からのウィルスを焼くもの」。ここまでは許せるが「文句をいうこと、フレームから来ている」は「クレーム」だろう!?

 更に「フレミング、左手の法則を編み出した偉い人」という答があった。う〜ん、こんな奴が火を煽るのだ。

 でも、これはある程度、仕方のないことだと思う。むかつくなら自分で投稿するのを止めればいいのだ。それに津野海太郎のいうように我々はもっと「批判される訓練」、つまり「自分のうちに矛盾や分裂を認める能力をつけるべく懸命につとめる」べきである。

 僕なんか、ある先生に「評論ばかりで後ろ向き、人の悪口ばかり言っている」といわれたが、「物事を理解しないで暴走している人から見ればみんな後ろ向きだし、批判しているのはあなただけだ」と開き直っている。

 電子メールの場合は結論がより過激なものになりがちである、という研究もある。

 こうなる原因はコミュニケーションにおける言語の役割というのが約10%だからである。実際にコミュニケーションをするときは時間、場所、関係、雰囲気、そして語調などによって伝えられることが多い。こういうのを研究するパラ言語学というのがある。ヘンリー・フォンダが主演した「未知への飛行」(Fail Safe)という映画は間違って原爆がソ連に落とされそうになり、米ソ首脳の緊迫したやりとりが始まるのだが、ヘンリー・フォンダは通訳に語調などの細かいニュアンスまで教えてくれ、という。人類の危機はまさに語調にかかっていることになる。ちなみにこの映画は悲惨な決断で終わる。

 掲示板の言葉で他人を傷つけたといってホームページを閉鎖した人もいる。僕自身は「自閉症」という言葉をメタファーとして使って、叱られたことがある。

 とかく文字となってしまったら、訂正が効かないから難しい。

 評論家の外山滋比古が米国に伝わる教訓を紹介している(『ことわざの論理』)が「腹を立てたときに書いた手紙はひと晩寝させてから出せ。あくる朝になれば、書きなおしたくなる」というのが基本だろう。ところが、メールだと一日置けない。そのまま感情で出してしまう。

 さて、本校の場合、僕のためにエッセーというニュースグループを作って、そこでは批判をしないということになった。ただ、せっかく書いたエッセーが1カ月で削除される。これでは学生の一部しか読めない。まあ、その程度の文章といえばいえるが…。

 その後、ある学生が学科の批判を書き、学科主任Y先生が1カ月後にこれを読んで激怒して学生にニュースグループを使わせるな、と「治安維持法」を発動した。この主任はメールも使っていなかった。

 しかし、これは検討を要する問題だ。文句をいう先生の多くが普段からニュースを読んでいないことも問題だが、自由な発言を封じるのはよくない。まして、それだけのために学生に使わせなくするというのは情報社会というのがどういうものか分かってないのである。批判があればネットの中で批判をすればいいのであって、相手の手足をもぎ取ってから議論をするのは誤りだ。それにネットをオープンにしておくのが間違いというが、ちゃんと教えてないから使える学生がわずかである。教えてないことの方がよほど罪深い。

 この問題はこれからの学校を初めとする組織で起きうる問題だ。各高専がインターネットにつながることになっているが、校長会でも「エロ情報、内部事情の外部への暴露」(そのまま)が問題になったという。どこでも不満分子というのはいるし、それがインターネットで世界に流れる。トップにとってこれほど不都合なことはない。民主的な本校では気にすることはないかもしれないが、独裁であればあるほどインターネットは敵になる。

 しかし、メディアに罪はない。誘拐に電話が使われたからといって電話会社を責める訳にはいかない。インターネットも同じである。

 少なくとも教育現場では子供の権利条約にあるように意見表明権を守らなければならない。

 メディアがそうでないのと同じように学生は敵ではない。

 僕は馬鹿馬鹿しくなってニュースグループから離れた。

 それから1年ほど立ち、Y先生(学科主任ではなくなったが)が急死した時に、僕が卒業生に出したメールが回覧されて、その日のお通夜には東京から卒業生が何人も出席していた。

 本校でマルチメディアに一番遠いといわれていたY先生だったが、マルチメディアのおかげで最後を飾ることができたし、みんなにマルチメディアの重要性を認識させることができた。

 きっと本人もマルチメディアがよく理解できたことだろう。

 ええっ、主任に口なし、だって…。

 自分でも掲示板を持つようになった。フォーラムと違うのはテーマがどこかにあるのではなくマスターやそのホームページに寄ってきた人によって作られていることである。したがって掲示板が機能するかどうかはマスターの人望にかかっている。当然、僕のところには訪問客は少ない。

 みんなが掲示板を持つようになると今度は掲示板めぐりをしなければならなくなる。どこへ行っても「お久しぶりです」なのだ。

 上の話から分かるように掲示板がなかなか機能しないことは火を見るよりも明らかである。それでも成功したといえる例は「ネコとアイヌとイラストレーション」の掲示板で現在、「副題について」としてまとめられている。


●気がメーリングリスト

 MLと呼ばれる。あるグループに入ると一人が書いたメールが全員に配布される。その返事も全員に配布される。無限に増えていくだけである。

 何しろ、大量のメールがくるのでそれをこなすだけで大変だ。エドガー・アラン・ポウの「盗まれた手紙」というのは盗まれた手紙が一番分かりにくい場所、つまり、手紙の中に何気なく置かれていたというオチである。重要なメールが紛れ込んだら、それはもう大変だと思う。

 同僚のN先生はいくつかMLに入っているらしく、毎時間のようにメールが入ってきてこれでは「気がメーリングリスト」だ。

 僕は一つも入っていないが、妻は富山の女性のMLに入っている。半年たってまだ順調だが、話がかみ合っているようには思えない。一言で「女性問題」といってもいっぱいあるし、井戸端会議から哲学まで含めると…………頭が痛くなる。

 ビル・ゲイツなどアメリカの大企業の社長は1日に何百通ものメールを捌くというが、1通1分としても数時間近くになる。

 まあ、彼の場合にはいっぱいメールを出して邪魔をしてやろうかという気にもなるが…。


●「やぎさん郵便」のチェーンメール

 Y先生の訃報の時、卒業生にでメールをいっぱい出したが、末端ではきっと何通も受け取ったはずである。延々とメールが続いていく「やぎさん郵便」みたいなものだ。

 と書いたが、この歌を知らない学生がいて愕然とした。お母さんはもっと童謡を歌ってあげなければ…。

 善意のメールだからいいのだ、と思っても、やっぱりチェーンレターの一つだなぁと反省している。

 ネットのチェーンレターと「不幸の手紙」の違いは前者が「幸福の手紙」を装っていることだ。善意の人というのは一番、度しがたい。

 「不幸の手紙」だと相手を絞ったり、住所録を調べたり、葉書を用意したり、投函したりと手間暇がかかるが、ネットだと同報通信であっと言う間にタダで届く。そして末端はネズミ講みたいにしわ寄せがくる。

 昔はGOOD LUCK TOTEMという「幸福の手紙」があった。

GOOD LUCK TOTEM

\\\|||///
=========
| O O |
\v_'/
_| |_
(#) ( )
#\//|* *|\\
#\/( * )/
# =====
# (\ /)
# || ||.
#---'| |----.
#----' -----'

 また、日本ではフランスの核実験反対のメールがあったし、最近では日本海重油事故の後の「日本海側の観光をしましょう」という趣旨のメールが有名だ。いかにもインターネットらしいのがウィルスを知らせるメールで本物もあると思うが、FAXで来る当たり屋情報と同様に多くが偽物である。

 これを否定するメールもくるからサーバーの負担がどんどん大きくなっていって相手の思うつぼだ。

 2001年2月2日、欧州委員会(http://europa.eu.int/comm/)は受け手の意思を無視して送りつけられる営利目的の電子メール(スパムメール)により、世界のネット利用者が年に約100億ユーロ(約1兆1000億円)のコスト負担を強いられている、との調査結果を発表した。

 調査は、データ保護対策の一環で実施され、米国と欧州連合(EU)で「迷惑メール」の実態を調べた。ネット上を飛び交うメールの量や、平均的な利用時間などから、約4億人の利用者が余計に支払っている接続コストを推計した。

 無差別に大量発送される広告メールは、郵送メールより割安なため米国から広まった。ネット回線やメールサーバーに大きな負荷がかかるうえ、個人情報であるメールアドレスの流出自体も問題視されている。

 ちなみに「スパムメール」の語源について、定説では米ホーメル・フーズ社の肉の缶詰「SPAM」に由来する。英国のコメディー番組「モンティ・パイソン」に、この商品名をしつこく連呼して話を邪魔するコントがあったことから連想されたらしい。では、ホーメル社はどうして「SPAM」にしたかというと、元はHormel Spiced Ham(スパイスド・ハム)があったがインパクトに欠けるということで公募され、最初のSPと最後のAMをくっつけたSPAMが採用されたからだとという。どうしてこんな不名誉なことになったかというと、第二次世界大戦中、SPAMが連合国軍(ソビエト連邦を含む)に広く供給され、特に日常的に食べさせられた英国軍の兵士は食べ飽きたSPAMに対して嫌悪感すら抱いたためである(戦争を体験した日本人が芋や南瓜を嫌うのと似ている)。ギロチンの名が残ることを嫌ったギヨタン同様、ホーメル社も自社製品が悪いイメージになることを嫌い、せめて迷惑メールの方は「spam」の小文字表記を、と求めているという。

 ちなみに、ハワイではすしネタの大きさに切ったSPAMを焼いてシャリにのせ、海苔で巻き、寿司にして食べるという「SPAMむすび」が人気だという。

 ドンキホーテに行ったら売っていることがある。

 メーリングリストと重なるともっと悲惨で、最悪だったのが「沖縄タイムス事件」である。これは沖縄タイムスのプログラムがメールをもらうと「ありがとう」の返信をすることに起因していた。これがうっかり、メーリングリストに登録されたのである。そして、誰かがメールを送った途端、沖縄タイムスに送られ、全員に返信が行き、その中には沖縄タイムスも入っていて、返信が送られ、それが全員に届き、そして沖縄タイムスについて…………。

 悪魔の循環メールになったのである。

 紙なら食べればお腹もふくれるだろうが、電子ではお腹はふくれない。

 ウィルスに対抗できる、新しいソフトは手紙である!

■ウィルス・デマ情報


●FTP(File Transfer Protocol)

 ファイルやソフトなどを転送するための取り決めである。何よりもインターネットのホームページを作る時にこれを使ってホストコンピューターに送る。また、anonymous FTPというのもあって「匿名」でということは誰でもソフトをダウンロードできるサイトがある。

 マックの場合はFetchというのを使うが、猟犬に獲物を捕ってこい、という時に「フェッチ」という。言語学的には「行って取って来る」という動作の多い単語として知られる。この話をしていたら寝ていたのに急に起きあがった学生がいて、どうやら「フェチ」fetichismと誤解しているようだった。

 ついでながら、ゴールデン・レトリバーなどレトリバーという名前の犬がいるが、これはすべて猟犬である。つまり、retrieve(検索する→取ってくる)する犬なのである。このretrieveは検索ソフトなどで使われることがある。


●Gopher

 ディズニー版『くまのプーさん』で一番ふざけたキャラクターがgopherである。とんちんかんなことを言ってすぐに引っ込んでいくのだが、フクロウさんに「どうせ原作にはないキャラクターだからな」と言わせる。

 データが階層状のファイルメニューで整理されていて、メニューをたどっていけば目指すデータファイルを捜すことができる。

 ミネソタ大学で開発されたために大学のマスコットである「地リス」gopherとgo far,go for とかけたといわれている。日本では同じ語源?でFargoというトラックがある。


●WWW------インターネットは人生劇場

 デミ・ムーア(「きのうの夜は?」から大好き)が逆セクハラ問題に挑戦した「ディスクロージャー」という映画は冒頭からインターネットが重要な役割を果たす。 A Friend から助言のメールが届く。最後にメールの差し出し主のからくりが分かるのだが、この映画、セクハラ問題とは別にパソコン・ファンには見るべきところが多い。

 96年にはサンドラ・ブロック主演の『ザ・インターネッ』という映画も公開された。The Netというタイトルを「インターネット」と勝手に変えるのもすごいが、「ザ」と始めるところもすごい。この映画では政府機関のコンピューターに自社のソフトを導入しようとする独裁者が出てくる。登場するコンピューターが全てマックということから分かるようにビル・ゲイツのマイクロソフト支配に対する嫌みがたっぷり入っている。

 実際、マイクロソフト支配が怖くて、各国はLINUXを中心としたOSを開発しようとしている。

 まさかとは思ったが、2010年にこんな記事が出た。中国の情報当局者が、パソコンから情報を盗み出す「スパイウエア」が入った電子情報機器を英国企業のビジネスマンに贈って機密情報を得ているなどとして、英国内の諜報機関、国家保安部(MI5)が警戒を促す文書を作成したと、1月31日付の英紙サンデー・タイムズ(電子版)が報じた。英国の防衛やエネルギー、製造業関連の企業が標的となっており、中国の人民解放軍や公安省の当局者が貿易フェアなどで接近し、ウイルス入りのデジタルカメラなどを贈っているとしている。ウィルスに「トロイの木馬」というのがあったが、まさにそのとおり。

 LANが走ったこととインターネットとは別物であるが、 インターネットにつながった訳で大変便利になった。富士通などに勤めている卒業生に簡単にメールを出せるようになったのが嬉しいし、個人輸入もインターネットでするようになった。ただ、クレジットカードの番号がハッカーによって盗まれる危険があるので顧客番号と最後の4桁だけ書いて注文している。FAXで送ったら夜明けにFAXで返事がくることがあったので大変便利になった。

 数学で中心がなくて関連している構造をウェブというが、インターネットというのはネットワークのネットワークで中心がない。

 ちょうど日本人の好きな「インターナショナル」に中心がないのと同じである(国際人になることは不可能で、それは無国籍人を作るようなものだ)。

 商用ネットが巨大ホストコンピューターにつながる縦型メディアなのに対して、インターネットはホストどうしがつながった横型メディアである。逆に中心がないからアナーキーな状態になる。

 メールはバケツリレー方式で商船から県立大、県立大から京大、京大から筑波大、筑波大からアメリカにという具合で送られていく。核戦争でどこかのネットが破壊されても別のネット経由で目的地にたどりつけるようになっている。NTTの電話回線はそんな風になってなかったので阪神大震災の際は一挙に破壊した。

 ただ、不思議なのは相手がいなかったらちゃんと戻ってくることで科学というのは何でもそうだが、「ない」という証明は難しいのにどこかで判断して返ってくる。

 WWWを考えたのはティム・バーナーズ・リー(Tim Berners Lee)という人で90年にスイスのヨーロッパ粒子物理学研究所(CERN)に在籍中だという。『アエラ』97年7月21日号のインタビューによれば次の通りだ。

WWWというシステムの素晴らしいところは人々が調和の中で共に働けること、WWWによって、まず個人が力を得る。あらゆる情報がリンクし合い、どこにでも行けるし、表現できるようになりました。

次に、WWWにつながった個人が共通の情報にアクセスできることで、共通の知的空間で働けるようになる。こうして、コミュニティが出来上がる。

 ある日、校長にWWWを見せてIP(Internet Protocol=プロトコルというのは外交儀礼のことでお互いの条件を統一させること)接続をお願いしようとしたのだが、頭の堅い校長には理解できず、教師の個人的な趣味に金を払うことはできないと拒絶した。

 富山大学教育学部は1.5MBで運用している。クィックカムと呼ばれるゲゲゲの鬼太郎に出てくる目玉親父みたいなカメラで入力してCU-See-Meというソフトを使うとテレビ電話になる。かつての同僚のO先生はこのテレビ電話が自慢だが、教育学部だけの話で直接話に行った方が精神的にもいい、程度のものだ。ただ、海外からは音声が聞き取りにくいといわれる。当然のことながら、 インターネットを使った電話もあり、インターネットフォンなどのソフトを使うとただで海外に電話をかけられる。もちろん、相手も同じソフトを使うことが前提だが…。

 学園祭のデモとしてISDNを臨時に引いて国際テレビ会議をしようということになった。ところが、相手校がなかなか決まらない。国内でもISDNでやっている所は少なくて断念寸前になった。それでもN先生の努力でマレーシアとハワイがつながることになった。この段階で学園祭のPRに行ったのだが、マレーシアが断ってきた。ハワイだけということになったのだが、いざ、始めてみると何もつながらない。騒いでいるときに新聞記者がきてしまった。焦りまくったが、そのうち、音声だけが来て、設定をし直すと映像もきた。下手に直すとダメだから本番をそのまま続けようということになったのだが、今度は動いていた映像が停まったきりになった。もう一度設定すると永久につながらなくなるかもしれないので、そのまま続けた。PRビデオを撮っていたが、動かない映像のままで撮影となり、編集後に教務主事にこれでは何だか分からないと嫌みをいわれた。

 通信というのはお互いの設定(プロトコル=「外交儀礼」の意)が難しくて嫌になる。

 O先生はペントハウスにばかりアクセスしているとの噂だし、医科薬科大へ出入りしている業者はいつも新しい画像を見て行け、といわれて困っている(?)そうだ。文部省と通産省の鳴り物入りで実現した100校プロジェクト(僕も申請した)が始まったD高校では学生がアメリカにしきりにアクセスして困っていた。しかし、パソコンが入ってゲームばかりして困ったというのと同じで、あんなグロテスクなものは100枚も見れば飽きる(はず?)。

 国粋主義者ではない僕も外国のネットにきれいな日本のお姉さんの淫らな写真が載っていると「こんなことで日本人はいいのか!」と怒りがこみ上げてくる。

 ビデオやCD-ROMが普及した理由の一つにアダルトものの普及があった。インターネットを個人で始める人の多くが同じような下心があるはずだ。何しろ、ペントハウスが開設したときは80万人がアクセスした。オックスフォード大学でも学生が勉強をしないでインターネットばかりにアクセスするのが問題になっているという。

 中毒症の学生は、一日5―10時間もパソコンに向かい、キーボードをたたいて、どこかでパソコンに向かっている人と「おしゃべり」する。あるいは、ネット上に流されるさまざまな情報に身を浸す。その世界では生き生きし、明け方までパソコンと過ごす。ところが、日常生活となると時間の感覚を失い、授業に出ず、人間関係を壊してしまう例がいくつもあらわれた。

 パソコンから離れれば、孤独感や絶望感にあえぐのだ。メリーランド大学は「学生の5%は、潜在的な中毒にかかっている」とみており、「ネットのとりこ」と名付けた相談システムをつくる、という。

「情報のとりこ」と言い換えることもできそうだ。アメリカでは、多くの学生が大学を通して無料でインターネットに接続できる。中毒症対策として学生の利用時間を制限したり、マサチューセッツ工科大のように、中毒症の学生の要求で、彼らの接続を止めたりするところも出てきた。 」(朝日『天声人語』96-6-24)

 サイバースペースの光と影を描いたJ・C・ハーツ『インターネット中毒者の告白』(草思社)という本も出版された。この本はハーバード大学の女子学生が不思議の国のアリスさながらにインターネットの世界を飛び回った話だ。たった一日でニュースグループにのめり込んでのめり込んでようやく現実世界に戻ってくるまでの体験をありのままに描いている。

 彼女によれば「インターネットという未知のメディアが突然現れて、常に生放送みたいに新しい情報が蓄積される。新しい媒体を発見した!トースターや電子レンジで世界中の人と話せる、っていうのと同じくらいの興奮があったわ。終わりのない迷路というのかな」と答えている。男になりすましてゲイのグループにも入ったというが、もう一つの人格を持ち、世界観が変わってきたという。

 WWWも魅力だが、ニュースグループやチャットなど参加型のメディアが恐い。仮想現実への依存やそこで繰り広げられる仮想人格が問題となる。

 彼女が中毒を脱することができたのは「睡眠不足に耐えられなくなったから」だという。そのうち、インターネットに夢中になって車の中に子供を置き去りにして死なせてしまう母親が出てくるかも知れない。

 なんて書いていたら、97年6月にはアメリカで一日12時間もインターネットをしていて2、3、5歳の子供を放りっぱなしにしていた主婦が虐待で逮捕される事件があった。子供らをトイレもない部屋にご飯も与えずに閉じこめていて、逮捕された時は臭いがすごかったともいう。

 もっとすごかったのは97年6月21日北日本新聞に載っていた記事だ。地方の事件なので埋もれないように詳しく書く。

覚醒剤で眠気とり 夜中インターネット 高岡で公判の被告

「夜中にインターネットをするため、眠気覚ましに覚醒剤を使用しました」。覚せい剤取締法違反の罪に問われた高岡市○×、建設作業員、○山×秀被告(26)が二十日、地裁高岡支部(前原捷一郎裁判官)で開かれた第一回公判でこう述べた。

 ○山被告は起訴事実を認めた上で、「インターネットで夜更かししていたが、覚せい剤を使えば寝なくて済むから眠け覚ましにやった」と話した。被告の家人は「昨年十月ごろにパソコンを買い、夜更かしするようになった。注意しても『眠け覚ましの薬を飲むから大丈夫』と言っていた。逮捕されて初めて覚せい剤だと知った」と証言した。【…】

 また、ネットでの名誉毀損というのはありうる。97年5月にはニフティの会議室で名誉毀損を受けた女性がニフティやシスオペに対して勝訴した。

 僕が見た中ではニュースグループに「この女性が寂しがっているのでメールを送ってあげてください」というのが掲載されたことがある。そのリプライに「このメールはおかしい」と書いた親切な人がいたから救われるが、大量のメールを送りつけようというイジメである。

 ある情報関係の職場に勤めているHさんは「Hの仕事はなっとらん」というメールを全職員に送られたという。そういわれるだけでもショックなのに、全員にそういうことをされたら居たたまれなくなる。もっとすごいのがあるが、書くと手口を教えるようなもので止めておく。

 こういうのを「電子イジメ」というが、最近では「サイバー・ストーカー」というのも増えてきた。「ストーカー」という言葉もソ連のタルコフスキー監督の「ストーカー」(実に難解な映画だった)の79年当時には流行語にならなかったけれど、随分と時代に違ったなぁと感じる。

 やることは同じで大量のメールや中傷を送りつけることである。

 インターネットで買い物をしたいが、クレジット番号を盗まれるのが怖い。インターネットでメールを送るのは授業中に伝言を届けるようなものだ。

 プレゼントコーナーにいっぱい出したいけどプライバシーが盗まれるのが怖い。

 自分のホームページに書きたいこともあるが、差し障りが多くなる。

 次のようなマルチ商法のメールもくる。

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 更にウィルス情報といってデマ情報が来たり、まさに社会の縮図となっている。

 森村誠一の『偽造の太陽』は、強盗を企てた男が相棒を探し求め、見ず知らずの男を仲間に引き入れる話だ。パチンコ店で隣の席を選んで座り、競馬場で偶然を装って声をかけ、顔見知りになったところで酒場に誘い、あんたを見込んで話がある、と切り出す。「話した後で断られると困るんだ…大金もうけのチャンスがあるんだよ」…。動機が見えなければ見えないほど犯人は見つかりにくいものだが、この小説はそれを利用している。そして、嫌なことにネットでは全く知らない人に簡単に出会えるのである。

 人間が「向都離村」して都会に集まるのはヒトが群れる動物だからということ都会の「匿名性」というのがあげられるが、サイバースペースというのは匿名の人間の楽園である。

 現代の欲望や狂気が端的に現れる楽園なのである。

 子供でも簡単にポルノを引き出されるから問題になり、CDA(Communications Decency Act)というコミュニケーションの規制緩和に関する改正法案が審議されてクリントンが署名した 。つまり、ネットをディーセント(大江のノーベル賞受賞演説にも出てくる語で作家アイザック・ディネーセンがよく使った)なものにしようという訳だ。外国からの追及も厳しくなり、ドイツの捜査を受けてアメリカのコンピュサーブは95年末にポルノ情報を流さないことを決定した。

 96年2月には日本で初めてポルノ画像を流していた会社員と高校生が逮捕された。いわゆる、ベッコアメ事件である。CDAと同じ時期で、日本も黙っていないという非常に見せしめ的な逮捕だった。

 96年6月にはこのCDAが違憲であるとの判決が出て、最終的には最高裁まで持ち込まれ、最終的に違憲ということになった。

 この問題も難しくて、ただリンクしていた場合とか(特に画像そのものに)、公開はしないが、自分のディレクトリーにただ入れておいて勝手に検索させる方法とかは一体罪に問われるのだろうか。

 98年11月には女性が設けている掲示板にポルノ画像を張り付けた男が逮捕された。

 表現の自由といっても出版物なら費用とか出版社の権威などのフィルターがあるが、インターネットでは「ゴミ情報の表現の自由」のようにみえる。自分の文章も含めて…。

 98年9月にクリントン大統領がルインスキーさんとの不倫疑惑で「不適切な関係」を事細かにネット上で公開されてしまった。中学生はインターネットを使えるようにと言っていた本人だから何とも皮肉な結果となった。中学生には「不適切な」内容が含まれているとの警告とともに…。

 また、ドイツの検察当局はナチの虐殺を否定しているツンデル氏のホームページが米コンピュサーブに設けられていることに関して独テレコムのT・オンラインとコンピュサーブを民衆扇動幇助罪の疑いで捜査を開始したという(読売新聞96-1-31)。この場合、独検察当局はツンデル氏のホームページだけを停止できないので、このホームページのあるプロバイダーとの接続を切断してしまった。

 日本でもネットに非差別部落のリストが載ってモラルを問われたことがある。

 神戸の小6土師淳君殺害事件では「酒鬼薔薇聖斗」の本名や親の職業、果ては本人の顔写真などが掲載されて波紋を呼んだ。

 犯人がインターネットを使っていると一時噂になったが、その逆襲なのだろうか。

 ダイアナさんが亡くなった時も事故直後の写真というのが流れて、こちらは世界中で大問題になった。実際には合成した写真ということが判明した。

 米雇用統計がネットでうっかり1日早く発表し大混乱したこともある。98年11月、「秘密厳守」で有名な米雇用統計の内容が発表予定の前日に明らかになり、「この情報は本物か偽物か」などの疑心暗鬼に陥ったニューヨークの金融市場は一時混乱し、株価や債券価格が乱高下した。労働省のインターネットのホームページに雇用統計の一部が掲載されたためだが、世界不況を招きかねない状況では非常に危険なことである。

 「インターネットはその誕生の時から、クリントン大統領のビデオテープやJenniCAMに至るまで、私たちは人間のドラマを伝えるための道具としてインターネットに多くの興味が注がれるのを見てきた」とリアルネットワーク社の副社長マリア・キャントウェルさんが語っている。

 インターネットで僕らの人生観はどのように変わるのだろうか。

 アメリカではテロリストのホームページがゲリラ的にできて、爆弾の作り方などが詳細に書かれることがある。連合赤軍の爆弾指南書『腹腹時計』などは流通段階でチェックができたが、インターネットではほとんど不可能である。

 平和な市民にとって快適な場所はゲリラにとっても快適な場所なのである。オウム真理教がパソコン通信を活用していたことを思い出すだけで容易に分かる。

 良識がある人ばかりの社会というのは実現しにくく、良識に任せておくには被害の程度があまりにも広大で、予測しがたい発明を人類は手にしてしまったのである。

 インターネットで子供の斡旋も行われるようになって子供を売っているという批判も出たが、始めたのはリオデジャネイロの裁判所である。こうなると善悪の区別が付きにくくなる。

 インターネットは現実社会と同じく楽しいが危険である。

 インターネットは既にハッカーからクラッカー(破壊的行為者)の時代に入っているといえるのである。(cf.亀井義明『インターネットバブル』星雲社)

 マニアックないたずらを超えて、システム全体を意図的に破壊しようとする悪質な犯罪者だ。商用に広がったインターネットに侵入して金銭的に多大の被害をもたらす。データを破壊すると企業を脅迫したり、クレジットカードを電子的に盗んで悪用したり、長時間の国際電話料金を他人に払わせたり、クラッカーはコンピューター・システムだけでなく、社会システム全体を揺るがしかねない。

 東大工学部の広瀬通孝はいう。

コンピュータ画面をズームインしていくとただのモザイク模様になってしまう。教育はそのモザイクの先にあるのだ。

 話が違うが、光があれば、闇もあるから文明は進むのだ。闇のない文化は幼稚な文化だ。

 インターネットに個人で入ればいいのだが、金がかかるし、14400でも遅すぎる。28800でも少し無理があるから、学校でのIP接続が待たれるのだ。幸い、95年5月に急転回して光ケーブルが1.5MBで構内LANに走ることになったが実際には64Kで始まった。IP接続の布石だったが、8000万かかった。僕にくれ!

 インターネット経由でソフトを手に入れれば税関を通らずに消費税を払わずにすむ。しかも、猥褻の国境をも簡単に超えてしまう。中国も最近、インターネットを容認した(ポルノに関しては厳罰)ようだが、民主化の波を抑える防波堤を容易に超えてしまう。

 案の定、96年9月には規制するというニュースが流れた 。

 もしかしたら、インターネットはアメリカのペンタゴンが世界に送った最終兵器かもしれない。

 戦争の波を抑える平和の防波堤も容易に超えてしまう。

 インターネットはよくも悪くも世界を変える。

 98年の6月には次のようなニュースが流れた。

 郵政省が26日公表した「通信白書」を同省のホームページ(http://www.mpt.go.jp)で初めて全文掲載したところ、アクセスがさばききれず、27日午後から全文掲載を中断、28日正午現在、読めない状態になっている。

 これがインターネットの混乱した状況を一番物語っているかもしれない。

 いずれにしろ、こうした混乱は新しいメディアができた時には必ず起きるもので、「ネオフォビア」(neophobia)と呼ばれるものである。電話だって、漫画だって、テレビだって、ポケベルだって、どのメディアもできた時はそれらに習熟しない年代の人から批判を受けた。漫画は下火になったが、テレビは今も批判されている。アメリカではVチップが入っていて、暴力場面が排除されるようになっている。でも、明らかにアメリカ人の方が多くの犯罪を生んでいる。日本は親との共視聴ということがある。部屋ごとにテレビを持っている家もあるが、狭い家では台数が少なく、外へ働きに行っていない母親と一緒に見ることも多くて、「こんなシーン、消しましょ」とか「こんな残酷なことはやっちゃダメよ、テレビの話よ」などと語りながら見ることが多く、問題視することはない。

 ただ、パーソナルなメディアであるパソコンとネットがつながった場合は問題が少し複雑になるかもしれない。


☆ドメインネーム

 ドメインネーム(“www.toyama-cmt.ac.jp/”など)とIPアドレスの対応ができないと、ネットが使えない。原簿に相当するデータを監理するコンピューターは世界に13台(2000年)あって、多くの技術者が国境も国益も超えて、参加している。

 ドメインネームには色々な問題があることも確かだ。何よりも先に取得した人が勝ち、というルールがある。

 NTTは民営化されるところだったのでorでもcoでもなく、nttになっている。

 また、朝日新聞がasahi.co.jpを取ろうとしたら「大阪朝日放送」が先に取っていたのでasahi.comになったという話もある。富山でいうとknb.co.jpを「北陸ソフトウェアハウス」(どこがKNBなのだろう)というのが先に取得していて北日本放送はknb.ne.jpとなった。

 2000年9月には日本航空が「jal.com」のドメイン名を使っている米国人男性らに対し、「日本航空の顧客を混乱させている」として訴えるという問題があった。8日までに世界知的所有権機関(WIPO)の仲裁・調停センターは日航側の主張を退ける裁定を下した。

 「jal.com」は、米カリフォルニア州に住むジョン・アンドルー・レテリア氏が「JALシステムズ」の名前で会社を設立した後の1993年に登録。当時は大半の大企業がインターネットにはほとんど関心を示していなかった。

 この問題で日航側は「日本航空の顧客が混乱している」と主張していたが、ジョン・アンドルー・レテリア氏の名前の頭文字3文字が、日航の登録商標である「JAL」と一致していることから、「悪意を持ってアドレスを登録したわけではない」とするレテリア氏の主張が認められた。その意味でネット社会は民主的である。

2001年にはドメイン・ネームの最後の部分(トップレベルと呼ばれる)が“.books”“.movies”というのも現れる。

 トップレベルを最終決定するのはアメリカのNPOのICANN(アイキャン“The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers”)である。ここはIPアドレスの割り当てや接続技術の統一など、ネット上の最も基本的な約束事を決める最高機関である。

 ICANNは19人(2000年)の理事によって運営されているという。日本からはミスター・インターネットともいえる慶応大学の村井純教授が参加している。理事会の様子もネット経由で放送し、意見も電子メールで採り入れている。

 実際、URLの名前を商売にしている人がいるようだ。例えば、 Kevin Spencerケヴィン・スペンサーという人は1994年、将来ビジネスに使うかもしれないと思い、インターネットのドメイン名"computer.com"を登録した。 この"computer.com"は98年現在で時価50万ドルするといわれている。これが、これから大きな問題になっていくことは確かだ。

 最後にjpなどと国名がついているが、ISOの国記号(3文字のjpnタイプもある)が使われているという。問題は2文字だと分かりにくいということでneはネパールでなくニジェールである。

 イギリスはISOのGBの代わりにukを使っている。

 何よりも腹が立つのはアメリカが無標(何もつけない)であることだ。


 2000年12月6日に日本で新しい司法判断が出た。

 ドメイン名に自社の商標が使用され、営業上の利益を侵害される恐れがあるとして信販会社、ジャックス(本社・北海道函館市)が、簡易組立トイレ販売業、日本海パクト(富山市)に、不正競争防止法に基づいてドメイン名の使用差し止めなどを求めた訴訟の判決の言い渡しが富山地裁であった。判長は原告の訴えを全面的に認め、被告の主張を退けた。ドメイン名は商標と同様の意味を持つとし、法で保護されるとした。全国で初の司法判断は国内外で相次ぐ他のドメイン名紛争に影響を与えそうだ。日本海パクトは控訴した。

 判決理由で裁判長は「ドメイン名はホームページに表れる商品や役務の出所を、識別する機能を備える場合がある」と述べ、ドメイン名の商標的価値と商標との関係についてジャックスの主張を認めた。その上で「原告の営業表示と混同されたり、価値が棄損される可能性がある」とした。

 ホームページ上の「JACCS」表示についても、不正競争行為に当たると判断。日本海パクトにホームページによる営業活動で使用しないよう命じた。

 日本海パクトのドメイン名取得目的について「『譲渡やレンタルに応じる』などとした書面を送っており、原告から金銭を得る目的で登録した」と認めた。

 日本海パクトは1998年5月、国内でのドメイン名を管理する日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)に「jaccs・co・jp」で登録し、「ようこそJACCSのホームページへ」というタイトルを使い広告を始めた。

 ジャックスは商標として登録した「JACCS」の持つイメージにただ乗りしているなど、不正競争行為に当たるとして、ドメイン名の使用差し止めなどを求め提訴した。日本海パクトは「ユーザーにとってドメイン名はアドレス表示として認識されるにすぎない。混同が生じることにはならず、ただ乗りは起こらない」などと反論していた。

 こうして、日本ではドメイン名も商標と考えられることになったのである。


●ネットサーフィン「超」入門

 学生のために図書館マックからもアクセスできるようになっているので簡単に使い方を紹介する。必ずネチケットを守って使ってほしい。

 自宅で始める時はプロバイダー(internet service provider=isp)、例えばso-netとかbekkoameなどか、それに類似した機能を持つパソコン通信の会社(online service)、例えばニフティとかビッグローブとか、AOLなどに入らなければならない。

 WWW(ワールドワイドウェブ)に使うソフトはブラウザ(検閲ソフト=見るだけだから)と呼び、NetscapeかInternet Explorerである。

 遅くてイライラするときはオプションの画像の自動読み込みをOFFにした方がいい。

 URL(Unique Resource Locator)を自分で調べてきた場合は「開く」をクリックしてボックスの中に書き込む。

 URLがない、などの表示の時はミスタイプがないか確かめて何度もアクセスする。

 URLは最初はwwwで始まっていたが、www2などというものもあるし、その他、logとかjoinusなど勝手につけているのも多くなった。

 さて、まず、検索エンジンの使い方を知らなければならない。キーワードの入れ方が大切で使い方をマスターしてから使わなければ効率が悪い。商船からはODIN(http://kichijiro.c.u-tokyo.ac.jp/odin/)という検索エンジンが速いのでよく使ったが、今はgooが最高だ。キーワードをスペースを入れ加えていけば絞れる。つまり、「言語学 ギャグ エッセー」とすれば僕のホームページにたどり着く?

 Yahoo(ヤフーというのは『ガリバー旅行記』の人間の形をした獣の名前だが、語感だけで選んだようだ。“Yet Another Hierarchical Officious Oracle”つまり「いつかは別の、非公式だが神聖なお告げとなるもの」だという人もいる)はアメリカのも日本のも混んでいて使えない。「やっほー」と呼んで恥ずかしい思いをした人も多いはずだ。むしろ、検索エンジンのリンクスであるサーチ・コム http://www.search.com/の方がアクセスしやすい。これは好みの問題だ。日本の検索エンジンは日本語で外国のは英語で入力しなければならない。ただ、Titan(http://isserv.tas.ntt.jp/chisho/titan.html)のように翻訳して世界中のホームページを検索してくれるエンジンもあるが、Titanはその翻訳の傑作振りを楽しんだ方がいい。

 イタチを飼っているという学生がいたので調べたらイタチのホームページがちゃんとあった。どんな情報でもキーワードで当たってみることだ。

 「新聞の街角」(http://www.threeweb.ad.jp/~harahara/index.htm)というのを見たとき、インターネットってすごいなと思った。これだけ多くのメディアが大量の情報を流している。

 もちろん、NASAのサイトhttp://www.nasa.gov/も最高だ。

 映画「カサブランカ」(http://users.aol.com/VRV1/index.html)のホームページを見たときもすごいと思った。僕も論文を書いたことがあるが、ここには無限の情報が入っていて消え入りたくなる。映画に関してはマイクロソフトのhttp://us.imdb.com/につきる。映画祭に関してもhttp://www.filmfestivals.com/が詳しい。

 学生たちには占いの館(http://www.ecc.u-tokyo.ac.jp/~a50019/uranai.html)のカバラ占いやアイドルリンクhttp://opd.mmp.sfc.keio.ac.jp/~tanosuke/idol_links.htmlや東京ディズニーランド http://www.tokyodisneyland.co.jp/が人気だ。よくインターネットで個人輸入したいという学生がいるが、ラムネのページhttp://www.lamune.com/やカタログサイトhttp://www.catalogsite.com/を勧める。洋書ならアマゾンhttp://www.amazon.com/が検索できて便利。

 就職に関してはリクルートhttp://www.recruit.co.jp/か富山なら北日本新聞のキネットhttp://www.tsurugi.co.jp/KINET/で石川なら北國新聞の就職情報http://www.hokkoku.co.jp/Job/がいい。目当ての企業があるなら検索エンジンの方が速い。

 地域情報はご近所さんをさがせがいい。富山県のホームページhttp://www.pref.toyama.jp/を見ればいい。

 インターネットついて知りたかったらインターネットに聞けと言われるが、WWWに関してはhttp://www.icsd6.tj.chiba-u.ac.jp/FAQ/WWW/www_faq_jp.htmlが詳しいし、ホームページの作り方はhttp://www.ceser.hyogo-u.ac.jp/students/hig/how.htmlにある。マック関係はマックリンクス http://www.etl.go.jp/People/yamana/MAC/http_links.htmlが最高だ。

 便利なのが研究社のリーダース英和辞典http://www.aix.or.jp/cgi-bin/cgi-readersで語数が多い。研究社英和中辞典・和英中辞典http://www.aix.or.jp/cgi-bin/cgi-dicも便利だが、前に中国からの留学生の楊中平君が僕の部屋で「この辞書は中国語も出ているのですか」と聞いたことがあるが、中国語は出ていない。97年夏から有料化となった。

 誰もアクセスしそうもないが、商船のホームページはhttp://www.toyama-cmt.ac.jp/だ。

 何度もアクセスしそうなところはブックマークをつける必要があるが、他人のマシンに勝手につけないようにしよう。

 こうしてWWWのサイトを教えているが、64Kの商船では10人もアクセスすると遅くなるのであまり使わないでほしい!?

※昔書いたもので、今はgoogleの時代になってしまっている。「ググる」という動詞も生まれた。何しろ、映画『メイド・イン・マンハッタン』では次のような会話が出てくる。

-Why'd they break up?   *break up 解散する
-Who?
-Simon and Garfunkel.
You got me.
You can Google it at school.


●インターネットビジネス

 インターネットでビジネスというのが喧伝されていてこれがインターネットの進展を図ったといわれるが、本当に儲かるのだろうか。

 97年6月にはIBMが開いていたバーチャル・モール(仮想商店街)が閉鎖した。アクセスが少ないためだという。

 今は猫も杓子もインターネットと騒いでいてホームページにはプレゼントコーナーを設けてアクセス数を増やしているが、プレゼントだけを目当てにしている人も多いのではないだろうか。

 インターネットが本当に役に立つのはアンケートを取ったり、詳しい商品説明をしたり、(そのうち)マニュアルを載せたり、広報などを載せたりする場合である。

 ビジネスとしてはセキュリティが解決しないと先に進まないだろうし、新聞やテレビショッピング、ダイレクトメールなど既にいっぱいの状態である。

 新聞に広告を載せるよりはタダみたいな費用でインターネットは使えるし、顧客管理も楽だ。だが、活用するにはまだまだ工夫が足りない。

 TWOTOPのようにホームページを大いに利用している会社は稀で、ホームページを開設したけれど一日1、2件という会社もあるという。

 親戚のスーパーが毎日、お買い得情報を載せている。果たしてインターネットで見て買いにくる人がどれだけいるか分からないが、ホームページを持つことは一方で求人のためになっている。つまり、求人でホームページも持っていない会社は相手にされなくなっているので作っているのだ。求人のために会社の名前を変えるところも多かったが、最近はホームページの美的センスで選ばれるのだろうか。

 ビジネス関係でいえば、ポータル(portal,《宮殿などの大きな建物の》正門, 表玄関)という事業者が注目されている。いくつかのホームページを開くと最初のページに膨大な量のリンクがされている。朝日新聞や検索エンジンgooなどが一つに例だが、これが徐々に大きくなって統合されてくれば、ユーザーは最初にそのページを開き、そこから様々なページへ飛んでいくことになる。

 新聞はうかうかしているとインターネットの進展によってはポータルの中の一つのリンクになってしまうかもしれない。

 プロバイダーだって、儲かった時代は終わった。どこも安い料金で提供せざるを得ないし、つながらなかったら客はすぐに別のプロバイダーに逃げていく。特にOCNになってから逃げていく人が多いとも聞く。OCNではホームページは持てないが、ホームページを持つ人はわずかなのである。

 自己表現は難しいのである。

 また、ネットサーフィンともてはやすが、多くの人はすぐに飽きてしまう。電子のサーファーどころか、電子のたらい舟と化しているのだ。

 友人Oは僕がパソコン通信は面白いといってパソコン通信を始め、そのうち、パソコン通信のビジネスフォーラムのシスオペをした。95年にはインターネットでビジネスをすると提唱してホームページまでもった。

 ある時、ロシア船のためにエンジンが必要となったので中古のエンジンのある会社をインターネットを使って調べた揚げ句、ロスアンジェルスにあることが分かった。100万もするものが3000ドルで買えることになった。

 飛行機でロスに飛び、会社に行ってエンジンを買い付け、日通に頼んで日本に送ってもらった。これで充分な儲けが出た。

 友人Oはロシア人女性とのお見合を企画していたが、日本に着いてから逃げられる可能性があるので止めて、今は中国人とのお見合話をインターネットで進めようとしている。

 残念なことにその前に、資金がつきて自己破産してしまった。自己破産したらクレジットも使えなくてインターネットも使えなくなったのだ。


●プライバシー

 ネット上のプライバシーの問題は永遠だ。

 CPUに「指紋」を付ける話もプライバシーの問題でとん挫している。99年に大騒ぎした「メリッサ」というウィルスの犯人を1週間で捕まえることができたのは「ワード」にあった指紋の機能だった。プライバシーの問題でマイクロソフトは「指紋」をなくすソフトを配布していたのだが、犯人は知らずにウィルスを流していて、あっさり御用になってしまった。

 著作権が切れた文学を載せている「青空文庫」に次のような書き込みがあった。

 こんなことを想像するのですが・・・

 大正時代に仮に「嫉妬」と題する私小説が出版された。作者をめぐる妻Aと愛人Bのどろどろとした三角関係を書いた小説だったが、売れないまま初版で消えた。

 実生活は小説よりも危なかった。後ろ指をさされた家族たちは作家の無神経さに動揺し、殺傷沙汰にまで発展する。小説を読めば、登場人物のモデルは明らかにわかる。作家も冷静でなかったことを詫び、在庫を買い取り、その後の公開を控えた。以後、三者の間でこの本のことはタブーになった。

 長い、献身的な努力によって三者の家族はようやく和解している。

 ある日、青空文庫に「嫉妬」が登録され公開された。3年前に著作権が切れていたのだ。匿名のだれかが、この作品を古本屋で発見して気に入って電子化したのだ。

 家族たちに過去のことを冷やかす声が届く。古傷が暴かれる。少しずつ、関係が悪化する。彼らは青空文庫の存在は知らないし、封印されたはずの作品が、無断で公開されたことも知らない。

 ・・・著作権切れで生ずる権利を言うのもいいですが、作品をとりまく人たちへの気遣いも必要なのではないですか。公開されることを望んでいない作品もあるのでは。

 近代読者論では読者の権利が主張される(誤解する権利も含めて)のだが、こういうのはどう考えればよいのだろう。

 一旦、発表された作品は作者からも家族からも離れてしまう。もちろん、高橋治も裁判で戦ったようなモデル問題があるが、50年という歳月は、恐らく、家族の問題を超えているのではないだろうか?

 プライバシーを考える一つの契機になった。


マイ・ホームページ

 インターネットが本格運用されるので、わが家のホームページを作ろうと思う。僕のエッセーと家族写真、妻のオペラや童謡を入れて楽しいものにしようと思う。

 その前に、学園祭のついでのホームページを作ることにした。ホームページというのはインターネットの華でマルチメディアのカタログといったものである。文字や音声や映像が入ったもので他のホームページとのリンクもできる。だから、学校のホームページから新湊のホームページへ飛ぶこともできる。

 学生と相談して新湊の町のホームページを作ることにした。著作権をクリアしなければならないので市の観光課へ行ってパンフレットの写真の許諾を得て、ビデオハウスには「新湊の曳山」というビデオの許諾を得た。でも、たまたま知っていたので許諾を得たのであって何もないところからは何もできない。Nothing comes from nothing.

 『千葉麗子と作るインターネットホームページ』(BNN)という本も買ったが、これに付いているCD-ROMは不完全でNetscape(ホームページを見るためのソフト)のデモ版も音を出すためのSound Machineも付いてなかった。

 NetscapeはフリーウェアのMosaicに代わって出てきた製品版だ。使う時は1.0ではOptionsのPreferenceを開いてFontをOsakaに変えなければ文字化けしてしまうし、2.0以降は更にオプションで日本語を設定しなければならない。

 ある大学がホームページを作ったのだが、アメリカからメールがきて「WWWはまさにワールドワイドなのだから日本語だと文字化けして分からない。どうして英語版にしないのか」といってきた。これこそ現代的な問題で今のインターネットだと英語帝国を築き上げてしまう。日本語でもアラビア語でも読める環境がなければホントに「国際的」になったとはいえないのである。国際的コミュニケーションとは英語を駆使することではなく、互いの文化を尊重するところから始まる。そのうち必要があれば英語版、しかも民族語としての英語を使ったのではなく、国際語としての英語を使ったホームページができればいいのであって、英語版がないからといって問題にするのはおかしい。

 日経新聞(96/04/11)によれば、大手・有力企業1459社にアンケートした結果によると、4割以上がインターネット上に自社のホームページを開設、又は近く開く予定だが、1日のアクセス件数は100件未満が35.3%、100件〜1000件が29.7%で、ほとんどの企業ホームページが「低視聴率」。一方で5万件以上のアクセスがあるホームページを持つ企業も、6社あったという。

 日本人はプレゼンが下手だからということもあるが、ホームページにはプラスアルファがなければ誰も見てくれないということだ。つまり、冠婚葬祭の企業ならその地域の冠婚葬祭を他の文化の人にも理解できるよう提示するなどのサービスが必要だ。

 ホームページで一番多いのは家族自慢と日記である。家族のホームページは長々とアルバムやホームビデオを見せられるようなものである。

 日記も同じで、書いてどうなるものではない。

 「日記のカラオケ化」(亀井肇『外辞苑』平凡社)という言葉もあるくらいだ。読まれないことが分かっているのに書くのは非常に奇妙な行動だ。

 放っておいたら50MG以上になったので少し焦ったが、Yという学生が一生懸命作ってくれたので立派なものができた。もちろん、僕が文章を担当した。そこで学園祭の紹介を兼ねてマスコミに売り込みに行ったのだが、意義を全く分かってくれなくて困ってしまった。あげくの果てパソコンを眺めているだけでは報道写真にならないといわれた。そりゃそうだ。新聞ではできないからマルチメディアなのであって3次元のものを2次元で表現しろ、というものである。

 帰り際にギブ&テイクだから読者を増やしてくれ、と新聞の購読申込書を渡された。

 お互い、メディアを理解するのはとっても難しい。


●ブログ(blog)

 日本人にとって日記というのは一つの大きな文学形式になっている。土佐日記をはじめ、多くの日記が文学にまで昇華しているところが、イギリスのピープスあたりの日記とは異なるところだ。

 WWWが使われるようになってから日記を書いている人が多かった。個人的な記録であるものを人に見せるというのはどういう心境だろうかと思うが、そういう僕だって家族日記を書いていた。

 一つは子育ての後輩に対する参考になるだろうと思った。もう一つは少しはこんなことをやっているという宣伝になると思ったからだ(仕事にはつながらなかった)。最後はやっぱり自己表現だと思う。実はホームページを作り始めると、すぐに行き詰まってしまう。コンテンツ不足に陥ってしまうのだ。『寄生虫』のように事件を起こす訳にもいかない。自然に日記という形式になる。毎日更新できるようになるのである。

 うちの日記はかなり読まれていたと思う。子どもが大きくなったので止めたのだが、ときどき、読んでいますといわれた。

 一番腹が立ったのは僕が書いているのに、妻が知人から(最低の女だ!)、あんなのは書かない方がいい、とか言ってくるのだった。今思い起こしても不愉快になる。結局は消すことになるのだが、何様だと思っているのだろうと今でも腹が立つ。 

 これに加えて21世紀になってからブログというのもが出るようになった。weblogを省略しているのだ。

 これだと、毎日書いてその反響が掲示板になっているので、インタラクティブに楽しめるのだ。

 僕もはじめようと思ったが、日常に埋もれていることを思い出した。書くことなど何もないのだ。


文明とは伝達である。表現し、伝達すべきことが失くなった時、文明は終わる。パチン……OFF

------村上春樹『風の歌を聴け』


■ディジタル・ホームレスにならないために

■インターネット事件を追う(毎日新聞)


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