金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


マルチメディアと教育〜蝦蟇の油としてのマルチメディア

 

 パソコンは便利だ。仕事や業務は、ますますコンピューターに肩代わりさせればいい。それは過去のデータを膨大に呑みこみ、未来の予測を正確に数量化する。だからこそ用心しなくてはならない。過去のデータは現在を殺すだろうし、数量化されて未来は、なさけ容赦なく人をけとばす。
     -----池内 紀『遊園地の木馬』


 ストール『インターネットはからっぽの洞窟』(草思社)を読んだ。原題がSilicon Snake Oilで「パソコン版蝦蟇の油」というべきもので、内容的にもインターネットにこだわった話ではない。マルチメディア全般を批判しているので、ここではストールにあやかって「蝦蟇の油としてのマルチメディア」とする。

 実は僕自身、蝦蟇の油は馴染みがなく、むしろ、蛇の油の方が馴染み深い。小さい頃、春になると蛇を持ったおじさんがやってきて、いろいろやってみせた揚げ句、その蛇に腕を噛ませ、血を流し、それを軟膏で治して売りつけるというものだった。

 サイバースペースは趣味や目的を持っている人には楽園であるが、そうでない人には地獄かもしれない。

 細かいところは下記の通りだが、昔から「新教育法」とか「ニューなんとか」というのがマスコミの常だった。でも、いい先生には出会っても、ホントにいい教育にはお目にかかったことがない。

 マルチメディアやインターネットもご多分にもれず、新しいだけという感じがある。ストールと同じで、僕は高校以降の教育ではインターネットは大切だと思うが、小中では反対である。LL教室のようにお金はかけたけど「開かずの間」になってしまうのではないかと危惧する。図書館の本にお金をかけないでマルチメディアにお金をかけるのは本棚ばかり立派な図書館みたいな気がする。

 ポケベルや携帯電話、インターネットなどがいっぱいできてきて、どうしてみんなこんなに情報を欲しがるのだろう。それは、

 ヒトはコミュニケートする(伝え合いの)動物だからである。

 これからの社会は経済的な豊かさではなく、コミュニケートすることが目的になってくる。お金や土地ではなく、どれだけのネットワークをもっているかによってヒトの豊かさが決まってくるのようである。

 以下の文章はNHK「ティーンズねっとわーく」などに載せたものなどをまとめてある。


●マルチメディアと教育

 僕らが普段、当たり前のように使っている教育の道具というのはそれぞれに歴史と文化があり、決して一朝一夕にできた物ではない。例えば、紙が発明されたために中国を中心とした国では科挙を初めとするペーパーテストが主流になった。そのため、「書く、読む」が中心となった。

 一方、高い羊皮紙を使っていた西洋ではオーディションが主流になった。オーディションというのはAuditionでオーディオAudio(聞く)というラテン語から来ている。つまり、ペーパーテストでなくて口頭試問が中心となった。シェイクスピアでもhearというのがよく使われていて「話す、聞く」が中心の文化となった。

 教科書というのも当たり前のように思っているかも知れないが、絵本で教育しようというのはチェコのコメニウス(コメンスキー)が『世界図絵』を発明するまでは当たり前ではなかった。マルチメディアというのも『世界図絵』の構想の外にはない。

 コピーの全盛時代でガリ版というものを今の人はあまり知らないだろうが、ちょっと前まで教師の役割というのはガリ版を作ることだった。教師の家では夜遅くまでガリ版のカリカリという音が響いていたものだ。これは日本の発明だが、ガリ版が日本の労働運動に与えた影響というのは無視できない。学生運動の時代もガリ版の時代で多くのガリ版のビラが配られたものだった。

 黒板がすでに黒くなくなってから久しい。金属でもないのに「お金」というような緑板なのに黒板というのはおかしいが、僕らの小さい頃は平たくて黒かったものだ。で

 教育道具というのは文化を担ったものなのである。

 さて、マルチメディアというのは教育を変えるとよくいわれる。

 本当だろうか。

 インターネットが使えると教室に2台のカメラを置いて学生と教師の双方の姿を自宅で検閲できるようになる、などと過激なことをいう人も出てくる。そして、それと類似の現象が、いつの間にか行われるようになっていくのではないだろうか。

 道具に人間を合わせているようなことはないだろうか。


 「コンピューター教育」と一般にいわれる時には「コンピューターそのものを学ぶ教育」、つまり、コンピューター・リテラシーを学ぶ教育と「コンピューターで学ぶ教育」、つまりCAI(Computer Aided Instruction)に大別される。

 ここで考えるのは後者だが、CAIが叫ばれてからでも10年近くたつ。でも、事態はあまり変化していない。コンピューターの可能性というのはまだまだよく分かっていないのだ。僕の知っている範囲ではコンピューターを使って物理や生物のシミュレーションをするとか、ネットを使って交流するとか、お絵かきをするとかの程度にとどまっている。コンピューターはすごいという狼少年のような叫び声ばかりが聞こえてきてホントのところは何も分かっていないような気がする。つまり、「あの人も始めた」と脅しながら、高倉健がコンピューターで何をしているか見えてこないのである。ID野球ではなくて直観野球に頼っている長嶋さんも使い始めたようだが、スイッチしか入れられないのじゃないだろうか。

 長嶋さんだけじゃなくてWindows95を買った多くのおじさんたちも困っているのじゃないだろうか。「(パソコンを何に使うか)それだけは聞かんでぇ」状態が家庭だけでなく、学校でも起きている。

 確かにパソコンのスピードが速くなり、教室の台数も増えたし、Windows95になって易しくなったし、教師も賢くなってきたし、パソコンに対する境界はなくなってきた。

 航空機の発達で外国が近くなったし、インターネットが整備されて地理的な境界も小さくなってきた。

 自動翻訳が改良されてきたり、教室の英語も発信型の、国際語としての英語(⇔部族語としての英語=アングロサクソンの文化に依存したシェイクスピア文学などの英語)も強調されるようになってきたし、言葉の境界もなくなりつつある。残っているのは文化の境界だけである。

 文化の境界というのは一番超えがたいものだ。それは虹を何色と感じるか、りんごは何色かと思うかというところから始まって人は何のために生きるかまで多くの違いを見せる。

 しかし、こうした文化の境界も交流が進むにつれてなくなっていくだろう。文化が同一になるので、お互いに文化の違いを知った上でコミュニケーションをできるということだ。

 だが、そうした段階をめざすには渡るべき多くの河が横たわっているのである。


 マルチメディアで「知」というもののあり方が変わったといわれる。言語の発明、文字の発明以来の発明である。知識の空間を超えた外在化、時間を超えた外在化、そして時空を超えた外在化が可能になったのである。

 では、マルチメディアで教育はできるか。

 極論すれば、トフラーのいう『第三の波』で在宅勤務同様、在宅教育も可能なはずである。下手な教師を100人集めるよりも優秀な先生が一人いれば十分だし、これは教育テレビや衛星放送を使った予備校の授業なので実現していることだ。NASAやスミソニアン博物館にも瞬時にアクセスできる。しかも、そこには体罰もなければ変な校則もない。もちろん、いじめだってない。うちの学校にいたニュージーランド人は子供を日本の学校に通わせずに本国からの通信教育に任せていた。だから、マルチメディアで教育が可能なはずである。


 しかし、ネットワークを使って英語を学ぶ、などといっても、その程度の英語だと相手が迷惑だし、第一、教師の献身的な努力にかかっているのではないだろうか。外人と話したいといって相手を英会話のティーチング・マシンにしている人が多いが、これと同じで目的と手段を間違えている。インターネットフォンによってタダ同然で外国に電話がかけられるようになるが、時差もあるし、相手がおいそれと見つかるとは思えない。全く外国語が話せないのにいきなり外国へ行くことを潔しとするようなものだが、基礎がなければ収穫も少ないのである。

 「情報ハイウェイ」というとかっこいいが、実際にはお金がかかってしようがない。うちの学校のインターネットの年間の通信費だけで140万かかる。研究費とかでまかなうことになったが、使わない人もいて反対も多い。もちろん、通信料金体系の見直しがその前に必要だが、予算の少ない公立の小中高でまかなえるかというと疑問がある。

 LL装置が金食い虫のお手本である。LLは日本人の語学コンプレックスと新製品好きという文化が見事に結実したものであるが、LLで英語が上手になったという人に会ったことがない。インターネットも日本人のコンプレックスをくすぐってはいないだろうか。

 インターネットで調べてレポートを書くことができるといってもホームページに書かれていることが真実とは限らない。自分に都合のいい事実だけを述べてある可能性が多い。うちの学校にフランスの国歌を調べたいといって図書館の司書と大騒ぎして本を探していた先生がいたが、そんなの百科事典に出てると教えてあげたことがある。その先生は今、インターネットに力を入れている。大体、百科事典を利用することも少ない人がインターネットをいきなり百科事典のように使うのは危険である。体系的でもない。書いてあることを信じるのではインターネットの意味がない。また、何カ月も更新されないホームページも多い。

 放送大学だって全国的に整備されていないのにインターネットと騒ぐのはおかしい。

 インターネットは双方向だからいいというが、発信するべきものをもっていない人も多い。こんな人にはテレビで十分だ。十分すぎる。実際、情報の洪水に溺れている人が多い。

 サイバースペースは使う人の体力がまともに出る自転車のようなものである。知力の差が大きく出てしまうからマルチメディアやインターネットを始めたけれど何に使っていいか分からないという人が多くなる。

 と、文句を書いてばかりいては進歩がないので結論に入りたい。


 95年12月28日のニューヨークタイムス社説によれば次のようである。

ニューヨーク市では、試験の成績が下から25%から50%までだった『落ちこぼれ』予備軍の五年生の生徒百二十五人に、個人用コンピューターとパソコン情報サービスへの接続権を与えてみたが、その結果は劇的だった。

 授業に出なかった生徒が、ネットワークには精通してしまった。彼らの関心は、テレビやそのほかの娯楽から、コンピューターを使った学習に移っていった。こうした生徒の三〇%が、大学進学準備コースを取った。このコースを受講する生徒は市全体の平均で一五%であり、理解度の低い生徒ではさらに低い受講率となっていることと比較すると、驚くべき数字である。

 インターネットそのものが、低下する米国の小中学生の学力を上向きに転ずるということではない。しかし、その手助けにはなる。また、不便な環境にある教室と世界でも一流の教材とをネットでつなぐことで教育の機会についての民主化をもたらすだろう。

 恐らくこれらの状況を踏まえた上で、アメリカのクリントン大統領は97年の2月3日の一般教書演説で次のように述べた。

教育水準の向上が大きな課題だ。八歳で本を読み、十二歳でインターネットを使い、十八歳で大学進学の機会を得、すべての国民が生涯学習できるようにしよう。八歳児の四割が読めない現状を改善し、ボランティアの協力で三年生までに読解力をつけさせる。誕生時から学習は始まっている。家庭教育を充実させるため大統領・副大統領夫妻が会議を主催する。

 しかし、アメリカが躍起だからといって日本が簡単に乗ってはいけない。アメリカは偉大な実験国家で今までも小学校で集合論とか、タイピングを必修としたのに大失敗したことがある。

 クリントンは1年半後に不倫問題で自分のプライバシーを全てネットで公開されるという皮肉な事態に陥ってしまった。「独立検察官」制度も自分が強化した制度だった。飼い犬に立派な名前をつけようとして「光秀」とつけた途端、噛まれてしまった友人を思いだした。

 インターネットを使うだけなら、何もクリントンのように大げさに言わなくてもいい。初等教育に関しては日本は自信をもつべきだ。ただ、個性教育を謳うならもっと金と手間をかけなければならない。


 インターネットに関しては誰しもが少しバラ色すぎる。

 宝塚やスミソニアン博物館にもアクセスできるが、そこでの体験はバーチャル(仮想)にすぎない。イージー・アクセスで見失うものも多い。

 97年にはアメリカの学校でターム・ペーパーがホームページからそのままコピーされて使うので教育上問題だとされた。

 まさにデータの共有化である。うちの学生だって似たようなことをやっているが、これがワールドワイドになってしまうのである。カット&ペーストで済むような問題を出しているのが悪いといえばいえるが、「考えさせる宿題でないとダメ」と建て前でいえるが、かなり問題が多い。

 実際、僕はホームページに論文をほとんど載せていないが、載せるとそのままレポートに使われる可能性もある(お前の論文には価値がないって?!)。

 『メガトレンド』を書いたネイスビッツは「ハイテクはハイタッチ(人にやさしい)」といったが、ケーブルカーで富士山に登るようなもので教育で大切なプロセスというのが見えてこない。

 100校プロジェクトに入った学校の実際の運用はどうなのだろうか。うちにはCD-ROMで100枚以上あって、いわゆるマルチメディアソフトも多いが、実際に子供らの勉強のためになるものは少ない。賢くなれ、と思って買ってきたものの多くはお蔵入りになる。

 むしろ、Man-Holeやリビングブックなどのナンセンスなものが大好きだ。僕自身、少しは英語を知ろうと思って英語のCD-ROMも買ってはみたものの宣伝文句ほど役に立ったものはない。使いにくいか面白くない。


 とはいえ、マルチメディアによって教師の役割が変わってくる。知識そのものはマルチメディアやインターネットを通してたくさん入ってくる。知識を与えるだけの教師は当然不要になってくる。発信型の授業展開をしなければならないから今までどおりの講義形式の授業では対応できない。技術革新に対応していかなければならない。英語だってインターネットに読み書きできる能力が大切になってくる。

 変わらざるをえないが、授業展開はともかく、技術革新をフォローできる教師はどれだけいるだろうか。教師がみんなコンピューター技術者になることは無理だし、教育の本質を間違えることになる。LLの場合も最初はオープンリール、カセット、オートスキャンの次はアナライザーと技術革新が続いてきた。それでいて教師の負荷は重いままだった。1時間の授業のために5時間くらいかかるといわれていた。LLが役に立ったのはソニーとナショナルの2社だけといっても過言ではない。二の舞を踏まなければ幸いだ。

 日本人の殺し文句は「バスに乗り遅れるな」という言葉で悲惨な太平洋戦争もこの言葉で起きたともいえる。今は「情報ハイウェーバスに乗り遅れるな」ということらしいが、国家百年の計といわれる教育の分野で焦りは禁物だ。

 話を戻すが、技術革新で楽になるというのは幻想だ。新幹線や飛行機のおかげで日帰り出張がざらになったし、クルマがあるからといって酒も飲まず、他人の家に泊まることも少なくなった。マルチメディアは新たな仕事を生み出すのである。

 さらに、技術革新である。今のパソコンでできることを10年前予想した人は少なかった。インターネットにいたっては2年前でも知っている人は少なかった。


 教師はどうすればいいだろう。

 まず、学生と一緒に新しい技術を習得しながら学んでいく姿勢が大切だ。今までの手取り足取りの授業ではなく、同じ未来の方向を向いて授業をしていかなければならない。

 与える教育から方向性を一緒に模索しなければならない。

 答えを知っているティーチャーではなく、問題を見つけるモチベーターやヒントを与えるプロンプター、共に答えを見いだすためのナビゲーターやとしての役割に代わっていくかもしれない。

 教育の方法そのものが大きく変わってはならないと思う。学校というのは知識だけを学ぶのではなく、集団性や規律をも学ぶところだから現在の教育制度は容易には変わらないだろう。最終的に学校というのは人間と人間の触れあいの場所で、触れあいから教育が生まれてくるのである。それをコンピューターに肩代わりさせる訳にはいかない。僕のような古い人間には学生が全員、パソコンに向かっているという姿はファッショのような怖さを感じる。95年末紅白のYMCAという曲で同じ方向に向かって若者が踊っていたが、これなどファッショの極みである。歌っている歌手も西城秀樹だとかで東条英機の裏返しだ。

 しかし、教育の内容は変えなければならない。

 日本は一億総中流で頑張っても報われるということがなくなった。富山県人が持っている几帳面さ、生真面目さは世界に冠たるものである。生真面目さは産業社会には向いていたが、情報化社会には向いていない。

 これまでの産業社会は同じ物をどれだけたくさん作るかが重要だった。人間も同じような人間が必要だった。

 一方、情報化社会というのは他人と違っていること「差異」に意味がある。

 しかし、日本人は横並びでないと安心できない。猫も杓子もインターネットだというが如くである。「新しい」教育だというとよってたかって飛びつく。

 外国の教育は他人と違った特長をいかに持つかが優先されるが、日本の教育は全体に合わせることが優先される。だから、素直で親や先生のいうことを聞く子供が「いい子」とされるが、アメリカでは評価されない。

 飛び抜けた部分を持てないから自信がない。他人と同調できないと悩んだり、対人恐怖症になる子が多い。

 自己実現できて、これだけは専門だという自己概念が育てば、自信のある子、話ができる子、周りに流されない子が生まれてくるはずだ。

 結論的にいえば、個性と感性を大切にする教育が必要となってくる


 マルチメディアは人間の五感の延長、インターネットは神経系にたとえることができようが、それを統合するのが人間の頭脳に相当するといえる。中心は人間の頭脳であってパソコンのCPUではいけない。

 教育において最終的にはコンピューターが透明になることである。紙や鉛筆やチョークのような存在になることである。当たり前のことだが、コンピューターを道具として使いこなすこと、そしてコンピューターが道具以上のものでないことを忘れてはいけない。だから、マルチメディアで変わる部分は一面的である。黒船が来たと騒いではならない。

 「コンピューター教育」などといわれなくなった時、つまり、コンピューターが道具であることを再認識された時、ホントの意味のコンピューター教育、マルチメディア教育が誕生するのである。

 大事なことは人間の側を見つめ続けなければならないことである。


●学生たち

 商船の寮では上級生の指示で3年の半ばで制服から私服に替わるのだが、下級生がこの時期を早めてもらおうと上級生に食堂でおごるという事件が明るみになった。98ユーザーは「信長の野望」から始まり、「三國志」などを経て最近は「天下御免」に熱中しているようだ。おかげで賄賂の使い方の上手な学生ばかり生まれているらしい。

 たまにはマックの新しい情報ですとか、新しいフリーウェアですとか学生が僕に教えてくれてもいいのだが、今のところ、そういうことはない。いつの日か、逆転することを望んでいる。こういうアップルポリッシャーは大歓迎だ 。ディズニーの『ピノキオ』でもピノキオが学校へ初めていく時にゼペットじいさんがリンゴをもっていかせる。

 映画『プリティ・イン・ピンク』はアメリカのリッチな私立高校が舞台となっているが、モーリー・リングウォルドのボーイフレンドが学校のコンピューターに入って成績を改竄するシーンが出てくる。心配なことだが、それだけのハッカーがいる学校が羨ましくもある。

 学校のプログラム演習室を開放していたら、学生がゲームばかりするので閉鎖されてしまった。情報工学科を開設しているなら、これくらいのリスクは計算しないといけないと思うのだが、ハードウェア指向の先生方は頭からハードになっている。福島高専ではファミコン時代に禁止しても無理だと割り切っている。

 僕も構わないという立場をとっている(研究室のマックが占領されて困ることもあるが、言えばおとなしく止めてくれる、こともある)。子供だって遊びから社会のルールを覚えるのである。ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」(「遊ぶ人間」という意味)を読ませたいところだが、無理というものである。そういう事情もあって学生たちが昼休みや放課後に僕の研究室で遊んでいく。でも、さすがにアーケードゲーム(ゲームセンターにあるゲームはインストールしてない)。

 女子学生が僕の部屋にくる最大の理由はクラリスワークス(他のソフトにもついている)のオマケのバイオリズムを調べるためだ。どうやら占いの一種と信じているようだ。名前入りでプリントしてあげると大喜びだ。僕のように学生に人気のない先生はバイオリズムで学生を釣ることをお薦めする。

 学生がもっとも好むゲームはマックのジュエルボックス、98だと「ぷよぷよ」である。テトリスもファミコンなどで馴れているので大騒ぎだ。

 次いでマインスイーパーという地雷探しでこれ欲しさにパソコンを買った子がいる。ところが、98用のマインスイパーが見つからず、ウィンドウズのおまけについているからといって買おうとしたのだが、自分の機種ではウィンドウズが走らないことを知り、愕然としている。

 パイプドリームという水道管をつないでいくゲームも人気である。ただし、お金がないのでデモ版しか僕は持っていない。

 自分の名前が残るゲームが好きだとも言える。なるべく日付も一緒に書かせている。

 ピラミッドというトランプゲームに凝った学生もいる。これは13になるようカードを揃えていくソリテアなのだが、一度は成功しないと気がすまないものらしい。

 皆で遊ぶのはハングマンで英単語を当てなければ絞首刑にされてしまう。ジャンルを間違うと大変でミソサザイとかフタオビチドリなんていう鳥の名前を当てなければならない。

 ガンシャイ(上海という名の方が有名)を気にいった生徒もいた。これはM先生からもらったのだが、学生には絶対に見せないで下さい、といわれた。ヌードが出てくるからなのだが、女子学生は平気でパイを開けていた。モア・ガンシャイというのを手に入れてハードディスクにコピーしたら、せっかくのヌードが犬の絵に変わってしまった。

 昔、学校でポルノビデオを見ていて処分された教師がどこかにいたが、付録のアダルトものを開いていたら、僕らも処分されるのだろうか。

 オセロもたまに遊ぶが、弱い子はすぐに諦める。昔、数学の先生がどうしても勝てなかったオセロに簡単に勝ってソンケーされたことがあるが、最近はなかなか勝てないオセロも増えてきた。処理速度が遅いと、佐々木小次郎になってしまう。

 シミュレーション・ゲームもあるが、興味を持つのは男の子である。ただ、シムシティは男女問わず、ファミコンなどで嵌まった経験があるようだ。

 ファイティングゲームも男子学生向きで、この辺の事情はファミコンと一緒である。

 なかにはマックを買う学生もいるのだが、たいていは学校の勉強にも使えるからといって裏切って98にする。勉強は会社に入ってからでいいといっているのにきかない。マックだと動かなくなってもサポートしてあげるというのに98にする。

 うっかりするととんでもない金額のパソコンを買う。卒業までに使える安い機種で十分だというのに、親の方が力を入れてしまう。中には学生からパソコンを教わりたいと思っている親もいる。ワープロソフトも買ってないのにプリンターと言う親もいる。注文にいって「ついでにプリンターも買ってきた」という親もいる。また、パソコンに慣れてもいないのに授業で教わっているからといってC言語のコンパイラーを買う学生もいる。1年生からC言語を教えるのは早すぎると思うが、よく分からない。

 情報工学科1年生の終わりの状況で3分の1以上、2年秋で半数の学生が家にパソコンを持っている。買ったらどう、といえるくらいに安くなった。それでも安いパソコンを他のクラスの優等生に勧めたら、「お母さんがじゃあ、貯金を始めなければね」といったと寂しそうに言ってきた例もある。むやみに勧めるものではない。

 20万は今までのパソコンのレベルからすればタダみたいなものだが、安くはない買い物だ。勉強だと思うから親も必死なのだ。

 96年の正月に買い物をしていたらパソコンの前で店員に必死になって「何年生からパソコンが教科に入ってくるんですか」と聞いている親がいた。

 僕なら20万あれば子供を海外旅行させる。

 せっかく買ったパソコンを使わないから売りたいという学生も出てくるが、1年で半額以下になっているので愕然とする。「あるものを骨までしゃぶらないとダメ」と教える。

 なかにはパソコン少年ともいうべき学生もいる。自分でパソコンをもたずにパソコン少年というのもいる。ふだんはそんなようすも見せないので分からないが、話をしていてやたら詳しくて驚くことがある。現在のパソコン文化はビル・ゲイツをはじめとするパソコン少年によって作りあげられたものである。

 演劇の「ブレイキング・ザ・コード」に出てくる、というかコンピューターの理論的開発者のアラン・チューリング が毒で死なずに長生きをしていたらまったく違った文化が生まれていたかもしれない。なにしろ、演劇の副題が「暗号と道徳を破った天才」なのだから…。チューリングはイギリス軍のためにドイツ軍の「エニグマ・コード」の解読装置を作った。Uボートの所在が分かるようになったのはチューリングのおかげなのだが、戦後の1952年にマンチェスター出身の若者と同性愛にふけったということで有罪になった。この「異常性愛」を抑えるためにホルモンの「エストロゲン」が注射された。そして、2年後にはシアン化物中毒で亡くなった(母親は薬物だと思っていたが、検死官の診断は自殺だった)。

 一芸があるのは立派だが、自分の子供はパソコン少年にはしたくないとワケもなく思う。

 そういうお前はパソコン中年だと笑われそうだ。


●パソコン恐怖症と女性問題

 うちの情報工学科の先生たちの口癖は「女の子にパソコンは合わない」である。パソコンを楽しんでいない自分たちの方がよほど合っていないと思うのだが、とにかく、女性差別がひどい。ちゃんとパソコンの楽しさを教育もしないで発言するからセクハラもいいところだ。大体、女性を「女の子」といってはいけない。

 こんな話をアメリカの女性とコンピューターを考える団体GCAが聞いたらに訴えられるだろう。GCAのレポートではコンピューターが合わないのではなく、今までのソフトが男性中心で女性向きにできていないからだという。ファミコンを考えれば十分だが、男の子用のゲームばかりで女の子用のゲームは皆無に等しい。携帯用のハードもゲームボーイしかなく、任天堂はイギリスでゲームガールがないのは男女差別だと批判された。

 また、パソコンでも何でものめり込むためには時間が必要だが、現代の女性にはそんな暇がない。男性のようになりふり構わずという訳にはいかないのだ。蟲愛づる姫君のように変わりものとされるに決まってる。お稽古ごとに始まり、結婚も出産もしなければならない。育児もしなければならない。男性のようなパソコンだけの人生はありえない。

 田辺聖子は「女性蔑視ということは、民族蔑視ということである。何となれば一般大衆のことを女こどもというから」という。

 ごく最近分かったことはうちの情報工学科の元主任自身もインストールをインスツールといっていた位でパソコンが苦手だということである。「パソコン少年」を入学させなければと騒いでいるのだから呆れる。クラス全員にパソコンを買わせるくらいにしてください、とも主任がいったが、情報工学科の先生で家庭に持っていない人がいる!

 パソコンなんて日常的に、まさにパーソナルに使わなければ意味がない 。

 学校の恥をさらせば、この学科主任(工学博士!)もパソコンがダメで一太郎の使い方さえ知らない。「ダブルクリック」といってマウスを左右同時に押しているという。

 僕のクラスは30人が女の子だがパソコンに合わないことはない。買って1か月でマックに「はまってしまった」女の子もいる。パソコンに関心のない比率は男女とも多いのだが、情報工学科には女の子が多いから目立つだけである。だいたい、うちの未蘭は喜んでマックを使って(?)いる。自分の子供が女の子だからパソコンに触らせないという先生もいる。でも、女の子だからパソコンに小さいころから慣れさせればいいのではと思う。パソコンも使える美人というのは鬼に金棒以上の最高の組み合わせだと勝手に想像しているが、蟲愛ずる姫君のように迫害されるだろうか。

 社会的にも同じで、女の子がパソコンを嫌うよりも30、40代の男性のパソコン恐怖症の方がひどい。しかも仕事と直結すると恐怖らしい。

 「では、パソコンを立ち上げてください。まだ、立ち上がってない方はいますか?」と講師が言ったら、ある受講者がその場で立ち上がってしまった。なんて話がいっぱいある。

 つまづく原因はマニュアルの意味が分からない(FEPとか「R漢」)こととキーボードが苦手でブラインドタッチ(おっと、これは差別用語、フィンガーシップ)ができないことにつきるが、部下に教えてもらうのが苦手という変なプライドも関係している。僕は素直に聞く人が好きである。ただ、時間が取られるのが悔しい。

 野口悠紀雄の『パソコン「超」仕事法』(講談社)によれば使わないのは客船で旅行するようなものでパソコン嫌いの理由は正当かとして次のような誤解を挙げている。

 そして対処法は次のようである。

第一原則 パソコンの「側」に立つ 10本指入力に習熟する ひとつのソフトをマスターする

第二原則 パソコンを使いきろうと思うな パソコンを使うこと自体が目的ではない

第三原則 パラシュート学習法 パソコンに詳しい人に聞く

 この年代では女性の方が強い。すべてに関してだが、ものおじしない。長岡技術科学大学の英語科の古谷教授は40代からマックを始めたというが、立派に使いこなしている。マックだから使えるともいえるが、問題はパソコンに機能が多すぎるからで女性には元々、多機能拒否症というものがあり、ややこしいものは苦手なのだ。法律でも文化でも瑣末を作ったのは男性である。機能を多くして喜ぶのは男の子である。コレクションなどという幼稚なことをするのも男性に決まっている。機能が異なるといってワープロソフトなどをたくさん持って自慢したがるのも男性だ。

 逆に、機能を絞れば、パソコンは女性に向くのである。フリーウェアのユーティリティをあげる時もファイル名を「コピー用」とか「初期化用」とか変えるように指導している。分かりやすくしてあげれば彼女らも喜んで使うのだ。ニュートン・パッドなどはきっと女性向きだと思う。また、アイコン集などパソコンをかわゆく変えるフリーウェアをあげると喜ぶ。そのうち、「Hanakoのマック」とか「セゾン・ド・マック」なんていうのが売りだされるだろう 。

 いずれにしろ、統計もとらず、原因も考えずにパソコンは女性に合わないといってはならない。パソコンの前に人はみな平等である。

 パソコンの原型は19世紀イギリスの天才チャールズ・バベッジが生産工学の著書を出した時に数表の不完全さに業を煮やして作った計算機械「階差エンジン」difference engine,「解析エンジン」analytical engineだとされる(98年の大英国展に展示されていた)。プリンターまでついていた優れ物だったが、彼の独創的な要求に当時の冶金技術が未熟で未完成のままで終わった。ダヴィンチ・タイプの天才だったのだ。

 バベッジが助手として使っていたのはオーガスタ・エイダ・バイロンで、天才詩人バイロン(「眼が覚めると私は有名だった」)の娘だった。

 歴史上最初のプログラマーは女性だったのである。

 と、強気の発言をしたものの、実際は困ることも少しある。こないだもゲームがフリーズしたので「リスタート」というと「教官、何ですか、それ?」というので話を聞いてみると彼女はフリーズしたらいつも後ろで電源を切っていたという。このエッセーの最後についている、これだけは覚えてという紙を渡してあるのに!トップの子なのに!半年間も!

 彼女らは先ず、機種を自分で選ぼうとしない。説明してもスペックの違いが分からない。パソコンが動かなくなったらその時点で思考停止になる。壊れてもすぐに対処しようとせず、(他にすることが多いので)パソコンから離れてしまう。マックが動かないとアップル、更には僕に責任を転嫁する。マニュアルを読もうとしない(パソコン雑誌を読め、というのは『論語』を読め、というのに等しいらしい)。環境を新しくしようという気持ちが少ないので進歩がない。メモリーを増やすこともなく、買った時の状態のままである(最初から全部揃ったパソコンを買わせる必要がある)。放っておいたらソフトさえも買おうとしない(パフォーマなどはこの意味でありがたい)。インストールなどはよほど注意して説明しないとできない。1回失敗するとやり直そうとしないからである。コントロールパネルを開いてカスタマイズ(設定)することもない。一つのゲームばかりに熱中する(同じゲームを一生でもしそうな勢いである)が、これもキーなどの設定は与えられたままである。当然、ユーティリティなどに興味がない。パソコンの可能性を知ろうとしない。最も許せないのはマック教になかなか染まらないことである。どのパソコンもこんなものだと思っている。

 これらは女の子というのは小さい頃から与えられることに馴れさせられているからである。何でも押しつけられて自分で判断しないように育てられるからである。「壊れた!」と言ってきたときは「ほらね、パソコンを使うと色んなことが学べるでしょ」というのだが、なかなか分かってもらえない。こんなだからマックユーザーの女の子がクラスにたくさんいると大変だ。これでアップルによるパフォーマのサポートがうまくいくはずがない。

 故障して指示をすればするほどマックの調子がおかしくなり、しかも学校に持ってこれないというので家庭訪問したこともある。今ではマックの高塚光(ちょっと古かった?)と呼ばれている。

 富山の電陽社の人に聞いた話だが、故障だというので福井まで行ってみたらコンセントが外れていたという。つらい時には電陽社の人やスプートニク2号に乗せられて遠い宇宙へ飛んで行ったライカ犬のことを思い浮かべて人生を送っている。

 男の子はどうかというとアルバイトをしたり、親を騙してパソコンを買ったりしない。ぐずぐずしているだけだ。未だにファミコンにうつつを抜かしているのも多い。

 僕が担任のクラスの女子学生たちに願うのはパソコンを家庭に根づかせることだ。彼女らが卒業して結婚してからパソコンで子育てができれば最高だと思う。卒業後もパソコン通信でネットワークができればうれしい。子供が生まれたというメールがパソコン通信で画像とともに送られてくる日がきっとくるだろう(と信じて今日も頑張るのであった)。

 その後、腹が立ったのは女にパソコンは合わないといっていた張本人がわが校が主管で行われる第5回高専プログラミングコンテストにハイテク女優(マックを使っているからハイテクとはいえない?)の千葉麗子が審査員に決まったと大騒ぎしたことだった。千葉麗子が『ASAhIパソコン』に連載していたことも知らないくせに…。

※その後、母の知人で、あるセンターに勤めていた女性がパソコンがセンターに導入されてからテクノストレスになり、自殺してしまった。こんな悲劇は起こしたくないが、パソコンのせいにするのは間違っている。他に手だてがあったはずだ。

※エイダに関して少し書いておく。

 1815年、27歳の誕生日を前にジョージ・バイロンはラルフ卿のの娘、アン・イザベラ(アナベラ)・ミルバンク(バイロンから「平行四辺形の女王」「数学の魔女」と呼ばれたくらい数学が得意だった)と結婚したが、異母姉オーガスタとの近親相姦スキャンダル隠しの意味もあったという。12月に最初の子ども、エイダが生まれたが、一ヶ月後に妻はエイダをバイロンの許を去り、バイロンもイタリアに引っ越してしまった。

 十代の前半になってから母親譲りの才能を発揮して、数学と天文学に没頭した。1833年、17歳の時に階差エンジン披露を兼ねたパーティで母親と一緒にバベッジに会う。そして、階差エンジンに恋してしまった。

 エイダは3年後にトリニティ・カレッジに在籍中のウィリアム・キング卿と結婚し、レディ・キングとなった。キング卿は卒業後まもなくラヴレース伯を継いだために、エイダはラヴレース伯爵夫人エイダとして知られることになる。

 エイダはバベッジの計算機計画こそが自分の求めていたものだと気づき、手伝うことになる。最初にメナブレアが監修した講演録の英訳をして訳注を付けた(完成した時には本文よりも長くなった)。

 エイダはプログラミングに不可欠な「サブルーチン」「ループ」「ジャンプ」などの必要性を認識していて、「最初のプログラマー」と呼ばれるになった。異論もあるようだが、少なくとも解析エンジンの最大の理解者で、伝道者としての業績は疑いの余地がなく、ペンタゴンが開発したプログラミング言語もエイダと名付けられた。

 これでめでたし、となればよかったが、エイダは札付きの色事師と関係を持つようになってしまう。更に、競馬にのめり込んでしまった。そして、飲酒やコカインなどにも手を出してしまった。

 1850年、34歳のエイダは体調を崩し、翌年子宮癌が判明。

 死を前にしてエイダは父の墓の隣に埋葬してほしいというが、反対した母親とは縁を切ってしまう。1852年11月末に、36歳の若さでこの世を去る。天才の血というのは怖いものだと思う。

 バベッジは、当時のトラブルから解析エンジンの情熱まで失いかけたという。

 なお、次のような本が出ている。

新戸雅章『バベッジのコンピューター』(筑摩書房)

Betty A. Toole(ed.):Ada, the Enchantress of Numbers : A Selection from the Letters of Lord Byron's Daughter and Her Description of the First Computer

William Gibson:The Difference Engine

  どうでもいい話だが、1816年6月、スイスのレマン湖畔のディオダティ荘に5人のイギリス人が集まった。この別荘の主人のバイロン卿 、彼の主治医のジョン・ポリドリ、詩人のパーシー・ビッシュ・シェリー (Percy Bysshe Shelley、1792-1822) とその恋人のメアリ・ゴドウィン (後のメアリ・ シェリー、Mary Wollstonecraft Shelley、1797-1851)、メアリの義妹でバイロンの愛人のクレア・クレモントである。

 バイロンはスキャンダルの結果、妻から離婚をせまられ、スイスに逃亡中だった。クレアはバイロンの子を妊娠しているが、すでにバイロンは彼女を見捨てていた。バイロンには腹ちがいの姉オーガスタとの間の娘メドラと、妻であるアナベラとの間の娘エイダがいた。バイロンのスキャンダルとはこの近親相姦と、も う一つは同性愛である。

 シェリーにはハリエットという妻と、2年前にうまれた息子がいる。だが18歳 のメアリにもシェリーとの間の子どもがおり、ディオダティ荘でもその子の世話 をしている。一人目の子は生後11日で亡くなり、この子は二人目である。この年 の12月、シェリーの妻ハリエットは自殺し、年末にメアリはシェリー夫人となる。

 ディオダティ荘の5人は、それぞれに苛酷な状況をかかえこんでいた。夏にもかかわらずふりつづく雨の日々、彼らは家の中にこもっていなければならず、バ イロンとシェリーははてることのない哲学論議を展開していた。

 ある日、バイロンが皆で一つずつ怪談を書いてみようと提案する。バイロンはみじかい断片を書き、それは後に詩集に収録される。シェリーは散文の単 調さにたえられず、計画を放棄する。バイロンの断片は後にポリドリが小説としてふくらませ発表するが、最初は著者の名前がしるされていなかったため、 しばらくの間バイロンの作品として誤解されることになる。

 フェミニズムの先駆者であったメアリ・ウォルストンクラフトを母に、啓蒙主義者で急進的なアナーキストであったウィリアム・ゴドウィンを父にもつメアリは両親の血が騒いだのか、それとも苛酷な現実から逃れるためか、創作に没頭しはじめ、1818年に『フランケンシュタイン、あるい は現代のプロメテウス』が作者匿名で発表される。1831年にメアリ・シェリーの 名前で発表された改定版が 『フランケンシュタイン』だった。


●図書館マック

 情報工学科がありながら、学生がパソコンに触れる機会が少ない。それで図書館にマックを置き、CD-ROMを見せるべきという主張がようやく通ってLC575を購入することにした。95年春から図書館が一般公開されることになったからちょうどよかった。

 CD-ROMリーダーとして活用する予定だが、教師や学生が作ったソフトも簡単に見れるようにした。こういう時にはAt Easeが便利なのだが、漢字トーク7.5ではv1.0は動かない。

 違法にならない分のデモ版をたくさんインストールしておいた。学生がパソコンの現在を知るには一番手っ取り早いと思ったからである。毎日新聞の93年分のCD-ROMが出たのと戦後の140万冊を網羅したのがメインで「富山商船」でも3冊検索できたし、知人の私家版も国会図書館に納本された分として登録されていた。

 誰が入力したのか分からないが、「實」か「実」か迷って「蓮*」というワイルドカードで検索したら、一部だが蓮實重彦が蓮見重彦になっていた。CD-ROMだから訂正はできない。

 ただ、学生は「高校教師」のCD-ROMを見ている。図書館にマックを入れた教師に興味を持つ女子学生はいないものか。

 そのうち、インターネットを使えるようになって性格が異なってきた。


●ノートパソコン

 先日、5年生のK君に「教官、Windows95は使ってますか」というので「何いってるんだ、僕がマックユーザーだって知ってるだろう」というと「ええっ、マックでも使えるんでしょ」といわれてしまった。

 それが済んだと思ったら、やはり5年生のWさんが間違ってマックのフロッピーを買ったので僕に買ってほしいときた。フォーマットしてないのと替えてあげたけど、マック用フォーマットだとDOS/Vのフォーマットができないと思っている。

 まあ、彼らは本校の平均的レベルといえよう。

 本校の情報工学科では96年度入学生からノートパソコンを買わせる予定だという。導入教育の欠点を指摘していた人間としては大賛成である。僕としてはデスクトップを組み立てさせることさえお願いしているので嬉しい限りだ。学科の決断に敬意を表したい。

 しかし、これで情報工学科の落ちこぼれが救えるだろうか?

 私が聞いたところによれば、98ノートを買わせる予定だという。これには反対である。DOS/V機(AT互換機)の方は20万円以下で随分いいものが買えるようになっているが、98では割高である。まだ、1.5倍する。アカデミックディスカウントを利用しても20万を超えてしまうことは想像できる。また、98の将来性に関しても疑義がある。マックで育っている学生もいるかもしれない。

 もちろん、Windows95を搭載していないノートを買わせることもできるがそれでは失望感を与えるだけである。もし、今年度、情報工学科が新設の国際流通学科の影響を受けずに現状を維持するとしたら、それはWindows95の波及効果である。つまり、入ってくる学生の多くがWindows95に触りたい、使いたいという気持ちで入ってくると考えてよい。実際、Windows95熱は大変なもので講習は予約が詰まっているようだし、ホテルで泊まり込みの講習さえ始まっている。やはり、Windows95搭載のノートが必要となる。今の学生に買わせるなら絶対にWindows95搭載のマシンでないとダメだと思う。

 20万以上でも構わないか。これに関しては疑問がある。今ままで情報の学生に多く買わせてきたが、学校で使っていないので、家で何に使えばいいのか分からないという。現在、5年生のトップの学生でさえそうだ。これにソフトとモデムなどの費用がかかる。

 もし、ノートを買わせてパソコンを遊ばせていたら、父兄から不満が出てくるだろう。福島の国際コミュニケーション学科では全員に買わせて文句が出なかったというが、これはしっかりと使っているからである。家計にゆとりのある家ばかりではない。

 逆にパソコンを持っている家庭はどうすればいいのだろう。デスクトップだったらとか、マックだったらとか色々考えられる。もちろん、考えてあるだろうが、そこはガイドラインを決めてほしい。

 ノートを買わせることは賛成だが、Windows95が搭載されてなくても今の施設を利用するところから始めた方がいいと思う。ドラスティックな変化を期待して下さいということだが、失敗したら「あの学校は金を使わせて何もしない」という評判が立ちかねない。子供のためといえば、今の親は恐らくついてくるだろうが、他の学科にも影響することだから慎重に考えなければならない。

 導入教育をまず、学校の施設を活用して行い、それで足りないということになって初めてノートを買わせてからでもいいのではないか。慌てて買う必要は全くない。半年も立てば半額くらいになる。

 ノートパソコンを買わせて遊ばせるというが、これは大賛成だ。福島でもゲーム機で育っている学生たちにゲーム禁止を唱えてもムダだといっている。ただ、何に使えるのかしっかり教えていかないと、学生が遊ばずに、パソコンが遊ぶことになる。

 中公新書のパソコン入門書ではノートパソコンを推薦しているが、あくまでサブマシンだ。まず、メインの方をしっかり教えて欲しいものである。

 しかる後、サブノート・パソコンを活用させてもらいたい。

 パソコンの管理体制も含めて、拙速にならないよう、よろしくお願いしたい。

※学校のネットニュースに流したものでその後、DOS/V、ペンチアム120MHz、TFTカラー液晶というのを買わせることになった。


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