金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)

ものの見方について---遊びごころのすすめ

「ふたつの異なる記述はつねに単一の記述にまさる」 
グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』(思索社)


 NHK富山放送局の「とやま夢航海」という番組が2年目に入った。水曜日の「富山文化探検」を担当している僕としてはうれしさ半分、怖さ半分である。ネタが続くかどうか分からないからである。

 以下は2年目の放送の第一回(4月2日)の番組のイントロとして準備した放送「雪が解けると…」という企画の下原稿として用意したもので、実際には「ものの見方にはいっぱいあるよ」「別解を考えることが大切だよ」というような話に終始している。自分自身、忘れないように、書いておく。

 ものの見方については確か笠信太郎の『ものの見方について』というのがあって、若い頃読んだ覚えがある。「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す」という、有名な書き出しで始る本なのだが、すっかり忘れていて、今さら本棚を探すのも面倒なので、全く忘れて自分の見方について書いておく。


 僕はとてもバランス感覚を大切にする人間で、周囲からも円満な常識家として知られている。それでも、見る角度が変わっているといわれることがある。そんなことはないと思うのだが、確かに考えてみると努力している部分もある。

 まず、次のクイズをみてほしい。

このバスはどちらに向かって走っているでしょうか?

 これはかつて慶應幼稚舎の入試に出されたという噂の問題である。真偽は知らないが、ウソだと思っている。

 答えはちょっと考えてみると分かるように、右方向である。なぜならば、乗降口がないからである。

 問題は、この答えを知ると満足してしまう人が多いことである。一つの答えで満足する、というのは怠慢である。

 別解を求めることが大切だ。別解というのは数学などで「常識」とはまるで違った手法で答えを見つけることである。

 外国へ行った人はすぐに分かるが、この問題は日本やイギリスやスウェーデン以外の国では左方向が答えとなる。もちろん、クルマの右通行のためである。実際に、ツアーバスに乗るとき、日本人はつい戸惑ってしまう。日本での思考癖がついてしまっているからだ。だから、外国帰りの子もいるかもしれない慶應幼稚舎で出された問題とは思えないのである。

 逆になる答えもある、というので満足してしまった人はいないだろうか?

 確かに、どちらかの答えでいいのだが、田中耕一さんならこれを前の方に動くバスを作ってみようというかもしれない。

 もっとひねくれた人は「これはバスの絵だから走ることはない」というだろう。

 こういう人が天の邪鬼でない証拠に下の絵がある。有名なルネ・マグリット(Rene Magritte)の絵である。

パイプ

 フランス語で「これはパイプではありません」と書いてある。どんなに上手に描かれても、これは絵であってパイプではない。

 こんなことをして何が面白いのだろう、という人は以下の文章を読んでも面白くない。

 マグリットが問題にしたのは絵というものの本質を問うたもので、絵はどんなに本物らしくしても本物にはなりえない。写真のように描いても絵は絵だ。写真だって「真」を「写す」といいながら、真実そのものではない。ということだ。

 だったら、絵は絵として描いていくしかない。絵は写真になれないし、モノそのものにもなれない。では絵というものの表現の独自性はどこにあるのか?

 これを考えたのがピカソをはじめ、現代作家の多くである。絵そのものを考えたら、絵しかできないこと、キュビスムであれ、シュールレアリズムであれ、絵でしかできない表現を求めた。

 そして、ピカソのキュビスムについてはこんな詩もあるのだ。

「ピカソのぎょろ目」   茨木のり子『倚りかからず』

ピカソのぎょろ目は
一度見たら忘れられないが
あのひとはバセドウ病にあったに違いないと
つい最近気がついた
私も同じ病気にかかり
ものみなだぶったり歪んだりして見える
複視となって焦点がまるで合わない
ピカソのキューヒズムの元は
これだったかと へんに納得してしまったのだ
立体を平面に描くための斬新な方法ばかりと思っていたのに
ある時期 彼は
ものみなずれて ちんちんばらばらに見えたに違いない
女の顔も
それを一つの手法にまで高めたのだ

敵らしいものが入ってくると
からだは反応して免疫をつくるのだが
敵が入ってこないのに
何をとち狂ったか
自分の身体をやっつける誤作動の指令
自己免疫疾患
甲状腺ホルモンがどばどばと出て
眼筋までが肥大して眼球を突出させてしまうらしい

ピカソへの不意の親近感
小さな発見におもわれて
美術史専門の数人に尋ねてみた
「どこかにそういう記載はありませんか?」
みんな
「さあ……」といぶしげ

若い時に発病するものなのに
今ごろになってこんなものが出てくるとは
「私はまだ若いということなのでしょうか?」
冗談まじりに尋ねると
「そう思いたければ そう思ってよいでしょう」
と 若い医師はまじめに答えた

 野口雨情の「シャボン玉」は感性で読み解くと、シャボン玉のはかなさを歌った歌ということになる。これを「情的理解」ということができる。

 雨情には亡くなった娘がいたことが分かるとずいぶん違った印象になる。雨情が作曲家の中山晋平や歌手の佐藤千夜子とともに四国徳島で自作童謡普及の演奏旅行中、疫痢のために2歳の娘が亡くなってしまったという。これを「知的理解」ということができるだろう(異説もある)。

「天声人語」2009年3月16日(月)

 夏ではなく春の季語だと知って、しゃぼん玉を見直した。詩歌では水遊びの域を超え、風との戯れになるのだろう。膨らみかけたのを春風にさらわれ、合点がいかずに玉を追う子が浮かぶ。〈しゃぼん玉息を余して離れけり〉堀越せい子▼肉眼で見える、最も薄いものの一つが石鹸(せっけん)膜だと物の本にあった。晴天下に漂う玉は日
光で水分が蒸発し、膜がどんどん薄くなる。色の変化を楽しめる代わり、曇りの日より短命という。空中のチリに破られず、風に恵まれた玉だけが長く、高く舞う▼詩人の野口雨情(うじょう)は、そのはかなさを童謡「しゃぼん玉」にした。〈しゃぼん玉消えた/飛ばずに消えた/うまれてすぐに/こわれて消えた〉の部分は、生後8日で亡くした長女への鎮魂ともいわれる▼幼子の不幸から作品の発表まで14年あるが、そこは詩人だ。我が子と同じ運命をたどった幾多の命を、音もなく消える玉に重ねたのかもしれない。雨情が一家を構えた明治から大正期には、乳児の7人に1人が1歳の誕生日を祝えなかった▼戦後、赤ちゃんの死亡率は劇的に下がり、父母の心労は思春期からが本番である。チリとホコリが充満する世、大切に膨らませ、ストローの先で危なげに揺れる玉を案じぬ親はいない。様々な事情から、息を十分吹き込めずに手元を離れる玉もあろう▼壊れそうな膜の中に思いの限りを満たし、どこまでもキラキラ飛んでいけと願う。風よ優しく頼むと。この時期、教師たちも同じ心境に違いない。巣立ちの情景で、しゃぼん玉は春ならではの言葉になる。

 文学研究というのはこうした知的理解を求めるために行われる。だから、文学部での文学の講義が心に響くかというと、響かない。それは感性のための講義ではなく、知性のための講義、つまり、心の足しになるよりは頭の足しになる講義を中心に行われるからである。

 僕が一番好きな解釈は小沢昭一がこの歌を台風の歌だと思っていたという話だ。「…屋根まで飛んで、壊れて消えた」…。

 こうした解釈を「面白主義」の解釈ということができる。主義というのが嫌だったら、「遊びごころ」があるといえばいい。

 実は、こうした不条理な、ナンセンスな、無意味な、とんでもない解釈というのは現代芸術の多くが目指したところだった。「情的理解」や「知的理解」を超えたところに、現代芸術家の目指すところがあったのだ。

 レトリックというのも物の見方である。睡魔に引き込まれやすい暮春の候を「蛙の目借り時」という。うららかな日を浴びて、うとうとする。昔の人は、蛙が人の目を借りてしまい、貸した人が眠くなると考えたらしい。ナンセンスであるが、面白い。「勤めすと寝もせで夜を明かす身にめかる蛙の心なきこそ」(藤原光俊)という歌がある。夜を徹して仏道のお勤めをする古人の目まで借りていったところを見れば、この季節、厄介な蛙の活動に昼夜の別はないということだ。

 熊は怖いだろうか?いや、春の熊はきっと怖くない。関係ないけど、富山で熊が街に出没した年があって、その中で一番驚いたのは農作業中のおじいさんが後ろを触って奥さんだと思って振り向いたら熊だったという事件があった。どれだけ毛深いおばあちゃんなんだろう。

「ねえ、ねえ、ねえ、何か言ってよ」と緑が僕の胸に顔を埋めたまま言った。
「どんなこと?」
「なんだっていいわよ。私が気持良くなるようなこと」
「すごく可愛いよ」
「ミドリ」と彼女は言った。「名前つけて言って」
「すごく可愛いよ、ミドリ」と僕は言いなおした。
「すごくってどれくらい?」
「山が崩れて海が干上がるくらい可愛い」
緑は顔を上げて僕を見た。「あなたって表現がユニークねえ」
「君にそう言われると心が和むね」と僕は笑って言った。
「もっと素敵なこと言って」
「君が大好きだよ、ミドリ」
「どれくらい好き?」
「春の熊くらい好きだよ」
「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。「それ何よ、春の熊って?」
「春の野原を君が一人で歩いているとね、向こうからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」
「すごく素敵」
「それくらい君のことが好きだ」

 現代芸術は理解できない、という人が多い。それは当たり前で、「情的理解」や「知的理解」を超えているからである。彼らは面白ければそれでいい、というように考えてきたのだ。ギャグだと思えば、現代美術も楽しくなるはずだ。

 『熊を放つ』(村上春樹訳)を書いたジョン・アービングの代表作『ガープの世界』で19歳のガープが最初の長編『ペンション・グリルパルツァー』を書き終えられずにいる時に「ぼくに必要なのはものの観方だ…それが彼に分かった。全体的な計画、自分だけのものの観方。いずれそれがそなわる、と彼は自分にいい聞かせた」という。若いガープは「自分だけのものの観方」が絶対的な明晰さに匹敵する叡智を得るために必要だと考えていた。そしてそれを得る過程を得意のレスリングの準備運動に喩えて、なにげない積み重ねがいつかそれを可能にすると信じた。「自分独自の世界を想像裡に創りあげるには時間さえかければよいことがガープには分かっていた」…。

「情的理解」や「知的理解」についてもう少し述べる。

 美術展に行くと二派に分かれることが分かる。「鑑賞派」ともいうべき人々と「教養派」とでもいうべき人々だ。前者は絵のタイトルさえ見ないようにして、絵を「鑑賞」することを望む。一方、後者はタイトルや描かれた年代、どこに所蔵してあるか、更にはカタログの解説を読み、音声ガイドまで借りて絵を見る。実は見ているのではなくて、「教養」として読みとっているのだ。これが高じると、絵を見ないでタイトルとカタログだけで通りすぎることになる。

 「面白主義」の理解とは何か?実はそんな型にはまった見方がある訳ではない。僕は「自分だったらどう描いただろう?」などと考えながら、絵もタイトルも読んで行く。

 例えば、モナリザの絵を見て、その美しさに涙を流すというのは「情的理解」なのだが、実際には見る前に様々な情報を得ていて、「情的理解」は思ったほど簡単ではない。それでも、外国の街角でいきなり立派な建物を見つけ、どきどきすることがある。そして、後で調べて見ると有名な建築だった、ということはあるだろう。これが「情的理解」である。絵でも同じことはありえるのだが、実際には絵を見る前に相当の情報を持って、鑑賞していることになる。

 「知的理解」というのはモナリザに関する様々な知識を得て見ることである。これがジョコンダとも呼ばれていたことや、モデルは誰かというような事柄、更に、レオナルド(ダ・ヴィンチというよりこちらの方が正しい)に関して、小さい頃、母親と死別したことや同性愛だったことなどを含めて、いろいろな知識を得てから見るということがある。

 実際、ある小学校の女性校長に「私がルーブルでモナリザを見た時に涙が出てしまいました。どうしてでしょう?」などと尋ねられたことがある。涙が自然に出てくるのは「情的理解」かもしれない(とはいうものの白紙の状態でこの絵を眺めることは子どもにだって不可能だ)。僕は「別にモデルの問題ではなく、モナリザは小さい頃に失った母親というものの、普遍的なイメージを凝縮して描いたもので、きっとその部分が先生の琴線に触れたのでしょうね」と話したら、納得していた。まあ、一つの「知的理解」で人の多くは納得するものである。

 この解釈だけで足りない人がいる。

 下の絵を描いた(?)マルセル・デュシャンである。

モナリザ

L.H.O.O.Q.

 デュシャンに関しては他のところでも触れているのでこれ以上、書かないが、デュシャンはあの有名なモナリザに髭を描いたらどうなるかと面白半分で描いたのである。それまでも多くの子どもが同じことをしたに違いないのだが、デュシャンは確信犯的にこれを行った。そして、更に元のモナリザに「髭を剃ったモナリザ」と名付けた。すると、本物のモナリザが確かに髭を剃ったように思えるから不思議だ。ルーブルへ行くとモナリザはガラスのケースに入っていて、しっかりと見ることができない。むしろ、画集などのコピーの方がよく見ることができるのである。ここで本物とコピーの逆転が起きている。モナリザ→L.H.O.O.Q、本物→コピーというように、本質的なものが非本質的なものを規定しているのではなく、L.H.O.O.Q→モナリザ、コピー→本物というように逆転している。本末転倒しているが、これこそが「脱構築」(ディコンストラクション)である。オスカー・ワイルドが「自然は芸術を模倣する」と喝破したとおりなのである。

 残念ながら、こうした面白主義というのは「やったもん勝ち」という側面があるから、後で僕らがどんなに精巧に同じことをしても無意味になってしまう。最初に面白さを発見することが大切なのだ。

 トイレというものを誰でも毎日、見ている。鑑賞しようとも思わない。これを横にして確信犯的に「泉」と名付けてアンデパンダン展(独立展)に出展したのもデュシャンである。その後の人がどんなに立派なトイレを出しても意味がない。「やったもん勝ち」だからである。

 つまり、誰も気付かなかった、あるいは忘れていた価値を見いだすこと、または既成の価値を疑うことが面白主義の第一歩なのである。逆にいえば、先入観はよろずの毒ということだ。どこかに正しい答えや「本物」があって、それ以外を認めない、という態度は人生を狭くするだけだ。

 「真の友は困った時の友」というのは当たり前の話だが、これを逆転させて「真の友は自分が喜びのさなかにある時に、心から祝福してくれる友」というと、新しい意味が生まれる。

 ヨーロッパ人はオリエントを差別化することによってはじめて、自分たちのヨーロッパを理解した。オリエントが野蛮で未開で劣った人間が住んでいるところだと考え、自分たちはそうではないと自覚することで自分を確認していたのだ。こうした見方をサイードは「オリエンタリズム」として批判している。アジアやアフリカから見ると、ヨーロッパというのはかなり変わった地域文化だということが分かる。視点を変えることが大切だ。

 マハトマ・ガンディーが1930年イギリスに到着した時の即答がある。インドを植民地にしているイギリスなどを「文明」などと呼べるのかという皮肉がある。

Reporter; Mr. Gandhi, what do you think of Western civilisation?
Gandhi; I think it would be a very good idea.
記者:ガンディーさん、西洋文明をどう思われますか?
ガンディー:西洋文明ですか。いいアイディアですね。

 新しい視点というのはサーチライトのように暗闇を照らす。デュシャンのトイレだって、サイードの「オリエンタリズム」だって、「脱構築」だって、いつの間にか暗闇になっていて芸術や社会や思想を照らし出しているのである。

 “概念”をサーチライトに例えたのは社会学者のタルコット・パーソンズである。そこで述べられていることによると、“概念”は自分自身の思考だけでなく、経験的世界の、人間の働きかけによっても修正されるという。そういった働きかけがあってこそ、サーチライトの光が変わって新しい“事実”が認識される。新しい“概念”の創出こそ、知的創造にとって重要だという。

 ちなみに、鹿島茂は『モモレンジャー@秋葉原』で「ルーブル《秘宝館》」説を披露している。ルーブルは実はポルノ館だったという説である。

 「お宝探偵団」という番組でオモチャの箱がしっかりしていれば倍の値段になったとされる。脱構築的である。

 同じように、古書も帯で値段が異なってくる。出久根達郎『作家の値段』(講談社)にはその辺の事情が詳しい。三島由紀夫は古書価が高くて、帯が付いているかどうかで値段が大きく違うという。短編集『魔群の通過』(河出書房)は戦後文学で一番入手しがたい本で、もし帯付き美本が出れば数百万円はするという。太宰治の『晩年』(砂子屋書房)の初版は美本であれば三百万円なのだが、この初版の帯に佐藤春夫と井伏鱒二の推薦文が付いたが「佐・蔵春夫」と誤植されたという事情もありそうだ。

 作家の本当の価値はもしかしたら、福田和也が『作家の値うち』(飛鳥新社)で書いているようなものかもしれないが、出久根のいう『作家の値段』というのは作家の文学者としての価値よりも、古書としての価値を指すことから分かるように、これ自体が脱構築的になっている。内容だけならネットで読めれば充分なはずだから、こんなフェティシズムに陥るのは、人間が人間だからだ。初版にこだわるのも処女にこだわるみたいで、変だ(変かな、変かもしれない)。

私たちの目の高さは、蟻にとっては大空なんです---オノ・ヨーコ

 人は自分の関心のあることしか関心を持たない。これを記号論で「関与性」(ペルティナンス)ということがある。同じゾウを見ても、子どもは鼻の長いことや耳の大きさに興味を示すが、動物学者なら食性や行動に興味を示すだろう。画家ならアングルにどうやって収めるかということばかり頭に浮かぶだろう。人は自分の関心でしかものを見ないのである。

 エサとの間にガラスを置かれると鶏は前にしか進まず、エサにたどり着けない。一歩下がって見れば分かるのに。仏教に「横超」(おうちょう)という言葉がある。突破できない厚い壁にぶつかった時に、いったん曲がって道を横に逸れてみることだ。一歩下がるというマイナスの勇気が必要なのだ。

 例えば、眺める高さによって事態は違って見える。鳥瞰図というのは古来から描かれてきたものだが、ベトナム戦争の頃、虫観図の必要が言われた。上空から爆撃する鳥の目ではなく、爆撃される虫の目で見よう、と(ある時、学生に同じことを話したら「鳥瞰図」を「とりあえず」と読んだ…)。

 ときに宇宙からの目、いわば宙観図で眺めてみるのもいい、と天文学者のカール・セーガンは語った。「人間の独善の愚かさを教えてくれるだろう」と。

 そうそう、視点を変える前に視点というものを持たなければならない。メジャーリーグは野茂が行く前から中継していたが、つまらなかった。視点がなかったからだ。更にイチローが行くと、視点が大きく変わった。視点というと大げさかも知れないが、要するに、自分の関心のありかのことである。旅行した後、その町への愛着が行く前と帰ってからと違うようなものである。

 月は空に高く上っている時は小さく見えるが、地平線近くにあると大きく見える。比較するものがあるかないかで見かけの大きさが違うのだ。

 望遠鏡をどちらからのぞくかで、物は大きくも小さくもなる。

 メディアは常に視点を変えなければならない。反対側の視点からのコメントがなければ中正に欠けると非難される。多数の意見だけでなく少数意見も伝えなければならない。

 廣淵升彦『スヌーピーたちのアメリカ』(新潮社)にあるが、ライナスがたった今見たばかりのフットボールの試合について、チャーリー・ブラウンに熱っぽく語る。

「ホームチームは6対0で負けていた。残り時間はわずか3秒。ボールは味方の1ヤードラインの上だった。クォーターバックがボールをつかんで味方のゴールポストのうしろをうまくフェードバックして完璧なパスをレフトエンドに送った。これを受けた彼はまわりこんで4人の相手をかわし、そのまま独走してタッチダウンした!ファンはもう気が狂ったようになった!きみにもぜひ見せたかったなあ!」

「観客はとんだりはねたりしていた。味方がさらに追加点を入れたら、何千人という観客が笑い叫びながらフィールドになだれこんできた!ファンも選手もうれしくってグラウンドの上をころげまわり、抱きあい、踊り、もう大変だった!・・・すごかったよ!」

と、奇跡の逆転劇を興奮冷めやらぬ様子で語るライナスに、チャーリー・ブラウンが言う。「相手チームはどう感じたかな?」と。

 ゲームでも勝者を讃えるだけでなく、敗者の視点も大切だ。

 「蚊とり線香」のことを昔は「蚊やり火」といった。「ししおどし」「鳥追い」というように近付けないことを日本人は大切にした。かかしだってそうだ。駆除するのではない。捕殺するのではない。蚊というのは痒みさえ与えなければ、どれだけでも血をあげていいのにと思っていたら、まど・みちおが詩にしていた。まど・みちおの詩はどれも視点を変えたものだ。

    「カ」  まど・みちお(まど・みちお全詩集

ゆうがたに なると
きまったように
カが ごはんを たべにくる

ほうら わたしが
ごはんを たべにきましたよ
わたしに たべられない さきに
わたしを たたかなくても
いいのですか
と いいながら

カは
そう いいながらでしか
ごはんを たべに こられないのか
一にち 一かいの ごはんを

カよ!

 「NHKスペシャル ふしぎがり〜まど・みちお 百歳の詩〜」という番組で谷川俊太郎はまど・みちおを 「望遠鏡と顕微鏡の両方を持っている人」と表現していて、イギリスの詩人 ウィリアム・ブレイクの詩そのものだという。

Heaven in a Wild Flower

To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.

「花の天国」

一粒の砂に 一つの世界を見る
一輪の野の花に 一つの天国を見る
てのひらに無限を乗せ
ひとときに永遠を感じる

 まど・みちおは 100歳の誕生日をみんなで祝った後で語っている。

自分のまつげのところには、いつも虹があるんですよ
涙が出さえすれば、虹になってるんです
ただ、私自身が気付かないけど
しかし、私は見えないけれど
「自分のここに涙 虹が出てるな」
って思うことはできますんで
思うと、本当にできてるようで
涙っちゅうのはどんな人でもそうでしょうけど
とっても涙を出した本人に身近なもので
本人が大事にしているもので
最後の一滴みたいなもんですからね
涙が持ってる虹っていうのは、素晴らしいですよ。

 山藤章二が『まあ、そこにお坐り』(岩波)で書いている。

 例えば、「桂離宮のような伝統的な日本建築は、なぜ木や紙のように燃えやすい物で造られているのか」と訊かれた時、「全焼しちゃった方が火災保険がおりやすいからじゃねーのか」などと答えないでくれ。せめて、「日本人は欧米人と違って、住まいも呼吸させて、自然と一体感を持つことを好んでいたからだ」くらいのことは答えてもらいたい。

 例えば、「日本のお茶はどうしてあんなに狭い部屋で、面倒な作法で飲むのか」と訊かれた時、【…】せめて、「日本お茶室はただ茶を飲む所ではない。あの無駄をそいだ、小さな部屋は、宇宙を凝縮した哲学的空間なのである」くらいのことを言って、先方をケムに巻いてもらいたい。

 例えば、「日本の住もうはアッという間に勝負がついちゃうけど、客は物足りなくないのか」と訊かれた時、【…】せめて、「相撲はプロレスと違って、敗者にダメージを与えない。敗者も決して報復をしない。それが武士道の美学である。プロレスなんかに美学なんかないだろう」くらいのことは言って貰いたい。

 つまり合理主義の人には精神主義で答える。さすれば彼らは納得はしないがなんとなく尊敬するだろう。グローバル時代の日本は、のらりくらりの「禅問答」に限るのである。

 視点を変えるという言葉は簡単だが、楽ではない。シェイクスピアはユダヤ人のシャイロックだって、あまり偏見なしに描くことができた天才だが、ジャンヌ・ダルクに対する評価はイギリス人らしい。『ヘンリー六世・第一部』でジャンヌを登場させているのだが、最初はフランス軍のために大活躍するのだが、負けはじめると悪霊を呼び出して(第5幕第3場)、助けを求める魔女として描いている。悪霊達についには見放され、火刑を逃れるために「私は身ごもっている」と嘘までつかせている。対等な見方というのは難しいものだ(ショーの『聖女ジャンヌ』だけは例外とされるが、ショーはアイルランド人でイギリス人が嫌いなのだ)。

 まず最初は、自分の視点を疑ってみること、次に「常識」的な視点を疑ってみることだ。この点で小泉八雲の「常識」(『骨董』所収)は面白い。

 小さな田舎寺の和尚のもとに夜な夜な普賢菩薩が姿を現すという。猟師がそれを聞いて和尚のもとを訪ねるが、毎晩和尚と一緒に菩薩を迎えているという小僧の言葉に疑問を抱く。その夜、和尚たちとともに光り輝く普賢菩薩の姿を見た猟師は突然立ち上がり菩薩に矢を射掛けた。その瞬間、悲鳴とともに光も菩薩の姿も消えた。和尚は半狂乱になって猟師を罵るが、猟師は「徳の高い和尚が仏を見ることが出来るのはわかるが、小僧や殺生を生業とする猟師の自分にまで姿が見えるとはおかしい。仏を騙り、和尚の命を狙った化け物の仕業ではないか」と言って理路整然と和尚を諫め、翌日果たして、寺から血のあとを辿ってみたところ大きな古狸が猟師の矢を受けて倒れていた。

 八雲はいう。「博学にして信心深い人であつたが僧は狸に容易にだまされてゐた。しかし猟師は無学無信心ではあつたが、強い常識を生まれながらもつてゐた。この生まれながらもつてゐた常識だけで直ちに危険な迷を看破し、かつそれを退治することができた」。

 「遠近法」を英語で“perspective”というが、同時に「見通し」「展望」という意味がある。

 見通しがあれば、後は簡単に進むことができる。ある発明がなされると、それと同じものを作るのは簡単だ。別の原理を使ったり、特許に触れないで同じようなものを作ることができる。だから、ある発明ができたという情報は90%ほどの価値を持つという。原爆ができた、というだけで、他の国は原爆作りに邁進できるようになる。できるかどうか分からない状態では先に進まない。暗闇の中を進むようなものである。

 こんな話がある。ある軍事演習でアルプス山脈に向かった偵察隊が吹雪に見舞われる。2日間たっても戻ってこない。3日目になり、もうダメかと誰もが考えたとき、偵察隊は戻ってきた。話を聞くと「もう終わりだと思ったけれど、隊員の一人がポケットに地図を見つけたのです。私たちはその地図のおかげで冷静になり、ここまでたどり着くことができました」という。その地図を見せてもらうと「アルプス山脈」のものではなく、「ピレネー山脈」のものだった…。

 つまり、間違っていても、「助かる」という見通しがあったから偵察隊は戻れたのだ(社会心理学者カール・E・ワイクの「ハンガリア軍の地図」という話が原典)。

 教育でもそうだ。「公立の奇跡」と呼ばれる京都堀川高校の取組は別に受験用のテクニックを教えているのではない。研究の方法、楽しさというものを教えるだけで、生徒は京都大学を目指すようになるのだ。

 ピカソたちの絵のことをまるで子どもみたいだ、という人が多い。しかしよく注意すれば、子どもにはピカソのようには描けない。ピカソは素晴らしいデッサン力があって、何でも描けるのだが、上手になればなるほど写真や他のメディアとの関係が分からなくなってきて、これらをそぎ取って、子どものような絵に見せているだけで、決して子どもの絵ではない。

 それは馬鹿なことをいっぱいいえる芸人ほど、実は教養にあふれているというような逆説に似ている。

 教育者の実感として、よく笑う学生はおおむね賢い。よくジョークを飛ばせる学生はほぼ賢い。島田紳助を見ていると、実に当てはまると思う。

 村上春樹は『これだけは村上さんに言っておこう』(朝日新聞社)の中で「小説に含まれる毒素」について次のように書いている。

 僕は英語のdistortionという言葉がすごく好きです。これは像や音などがゆがむことです。

 僕は小説の中に含まれたある種の毒素によって、読者がもっている日常のイメージが微妙に(知らないうちに)distortしていったらいいなあ、と思いながらものを書いているふしがあります(やなやつですね)。でも小説って結局そういうものじゃないか、と僕は考えています。みんなで楽しく電気羊の夢を見ようではないですか。

 理解の仕方には情的なもの、知的なもの、面白半分のものと3つある。

 十円玉は丸いというのは情的な見方である。

 これに対して十円玉は四角だというのが知的な見方である。面白半分でも、天の邪鬼でもない。その証拠に自動販売機にお金を投入する時には丸いと理解していたら永久に入れることができない。

 面白半分で見れば、十円玉には裏も表もあって(どちらが表かフツーの人には分からないくらいだ)、片方だけ描くのは可哀想だから両方を描いてしまえ、というのがキュビスムの描き方になると思う。

 茨木のり子の有名な詩に「もっと強く」というのがある。次のように書かれると、本当にひさしが萎縮して見えてくる。

なぜだろう
萎縮することが生活なのだと
おもいこんでしまった村と町
家々のひさしは上目づかいのまぶた

 吉野弘に「ヒューマン・スペース論」(『10ワットの太陽』1964年)という詩がある。

バスの運転手が
運転台に着くと
バスの運転手は
四角なバスである。

 バスの運転手が四角いというのは混乱させられる。

彼は
彼の内部に
客をのせて走る。

彼は
運ぶべき空間をもつ故に
その大きさまで
彼自身が拡大するのだ。【後略】

 運転手がバスになる理由はこれだ。大型車両をバックさせて車庫に入れる時など、彼の身体感覚の鋭敏さが求められるからだ。

 アメリカでこんなクイズがある。

 ある父と息子が事故に遭い、父は即死、息子は救急病院に運ばれた。病院で手術をしようとした外科医が、その子供をみて驚いた表情で「息子よ」と叫んだ。さて、この外科医と子供との間にはどんな関係があるでしょう?

 人間は調べもしないで(調べることは難しいのだが)、A=A’と考えてしまう。「特定の対象に関し、当該社会集団で広く受容されている単純化・固定化された観念」を「ステレオタイプ」(ステロタイプ)というが、ハンコで押したような反応しかもたないことが多い。

 イギリスでは夏至を一年中で最も日が長い日といい、フランスでは一年中で夜が一番短い日という。楽天家は「ワインが半分も残っている」といい、悲観家は「ワインが半分しか残っていない」という。

 複眼思考を持つことが大切なのだ。

1)複眼思考とはありきたりの常識や紋切り型の考え方にとらわれずに、物事を考えていく方法

2)常識にとらわれないために、ステレオタイプから抜け出し、それを相対化する視点を持つ

3)知識も大切だが、正解がどこにあるという発想からは複眼思考は生まれない

 他者の視点を入れると違って見えるかもしれない。

 『柴田元幸と9人の作家たち』(アルク)には村上春樹のインタビューが載っている。他者といわずに、「うなぎ」とするところが、すごい。

村上:僕はいつも、小説というのは三者協議じゃなくちゃいけないと言うんですよ。
柴田:三者協議?
村上:三者協議。僕は「うなぎ説」というのを持っているんです。僕という書き手がいて、読者がいますね。でもその二人だけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。そこにうなぎが必要なんですよ。うなぎなるもの。
柴田:はあ。
村上:いや、べつにうなぎじゃなくてもいいんだけどね(笑)。たまたま僕の場合、うなぎなんです。何でもいいんだけど、うなぎが好きだから。だから僕は、自分と読者との関係にうまくうなぎを呼び込んできて、僕とうなぎと読者で、三人で膝をつき合わせて、いろいろと話し合うわけですよ。そうすると、小説というものがうまく立ち上がってくるんです。
柴田:それはあれですか、自分のことを書くのは大変だから、コロッケについて思うことを書きなさいというのと同じですか。
村上:同じです。コロッケでも、うなぎでも、牡蠣フライでも、何でもいいんですけど(笑)。コロッケも牡蠣フライも好きだし。
柴田:三者協議っていうのに意表をつかれました(笑)。
村上:必要なんですよ、そういうのが。でもそういう発想が、これまで既成の小説って、あまりなかったような気がする。みんな作家と読者のあいだだけで、ある場合には批評家も入るかもしれないけど、やりとりがおこなわれていて、それで煮詰まっちゃうんですよね。そうすると「お文学」になっちゃう。
 でも、三人いると、二人でわからなければ、「じゃあ、ちょっとうなぎに訊いてみようか」ということになります。するとうなぎが答えてくれるんだけれど、おかげで謎がよけいに深まったりする。(・・・)
柴田:で、でもその場合うなぎって何なんですかね(笑)。
村上:わかんないけど、たとえば、第三者として設定するんですよ、適当に。それは共有されたオルターエゴのようなものかもしれない。簡単に言っちゃえば。僕としては、あまり簡単に言っちゃいたくなくて、ほんとうはうなぎのままにしておきたいんだけど。

 米原万里の『心臓に毛が生えている理由』(角川学芸出版)を読んでいたら、「ドラゴン・アレクサンドラの尋問」というエッセイがあり、ドラゴンとあだなされた図書館司書が読んだ本の内容をできるだけ簡潔に面白く伝えることを要求してきて、段々と読解力がついてきたと書いていた。「今も、本を読むときに、頭のかたすみでドラゴン・アレクサンドラにどんな風に語り聞かせようかと考えている自分がいる」と述懐している。

 これも有名になった話で、本当だったかどうか確かめようもないのだが、ある子どもが「雪が解けると何になる?」という答えに「春になる」と書いたら×になったというものだ。僕だったら、とりあえず○にしておいて、「でも、理科の答えだったら『水になる』だよね」と教えるだろう。

 知的な解釈が必ずしも面白いものではないことが分かるだろう。では、面白半分の解釈はどうなるか?

 僕なら、雪が解けると黒くなる、と答えるだろう。ただし、何度もいうが、答えは一つではない。それぞれが見つければいいことだ。ただ、「黒くなる」というのは雪国などで過ごしたことのある人でなければ実感がないだろう。雪というのは道路上で解けると凍り付いて泥の色がついて真っ黒になる、真っ黒でなくとも本当に汚くなるものである。

 記号論という学問はA=A’という公式、先入観、偏見、固定観念を潰すものである。「ウマ」という言葉は「馬」だけでなく、「午、ウマ、宇摩、旨、巧、甘」という可能性があるし、他のことも考えられる。駄ジャレもA=A’という公式を潰す一つの手段である。

 パフィーの曲に「サーキットの娘」というのがあるが、僕らは漫画の『サーキットの狼』から「狼」だと読んでしまう。枡野浩一のエッセイに『淋しいのはお前だけじゃな』というのがあるが、「淋しいのはお前だけじゃない」って思ってしまう。ここには先入観からの逸脱の美(?)がある。

 「雪は白い」というのは「常識」になっている。でも、知的な理解をするために顕微鏡を見ると「雪は透明」というのが正解に近いかも知れない。

 そして、宮本輝『天の夜曲 流転の海 第四部』(新潮社)には次のような言葉が出てくる。主人公たちが失意のうちに大阪を離れ、「新天地」かもしれない富山に向かう途中、豪雪に阻まれて汽車が前に進めない。

 その時に主人公の松坂熊吾の妻・房江が叫ぶ。

 「雪て、白いもんやとばっかり思てたけど、灰色やねんねェ……」

 この感覚は鉛色をした雪雲からとめどなく降る雪を知っているものでないとなかなか出てこない。

 そして、芸術というのはA=A’という公式を超え、面白主義に徹していかなければ、生まれないものだと思う。

 スヌーピーの漫画を描いたチャールズ・シュルツは「世界が今日終わりを迎えるなどと心配するな。オーストラリアではもう明日になっている」(Don't worry about the world coming to an end today. It's already tomorrow in Australia.)と喝破した。見方さえ変えれば楽天的になれるのだ。

「言語が異なれば、人生の見方も異なる」 
フェデリコ・フェリーニ

 僕が考えている記号論というのは雪なら白、空なら青、太陽なら赤、地面なら茶と塗ってしまうような感性から逃れる道具である。空なら青というのは対象をよく観察せず、どう表現するかも考えずに、空や太陽を「概念」で把握しているだけだ。「概念」で把握しているというのは「レッテル」(=記号)を張って済ませているだけだ。何か知らないものがあったら、誰か(多くは教師かマスコミが)が付けた「レッテル」で満足してしまう人が多い。

 例えば、煙を噴いて走るSLを見た子どもが「幽霊だ、走る幽霊だ」と言ったとすると、「子どもは無垢で、発想が自由で、想像力が豊かだ」と感激する人がいる。「幽霊」というのは想像力の賜物ではない。想像力の欠如である。SLを「幽霊」という「レッテル」を貼ったら、それで終わり、というのは何も観察していないのである。怠惰な精神である。思考停止である。「幽霊」と思わず、眼を逸らさずに、対象をよく観察する。すると、SLがどういう構造になっていて、どういう機構で走るのか分かってくるはずである。子どもは「無垢」でも、「自由」でも、まして「純粋」でもない。子どもの表現や意見がいくら新鮮に感じられても、未熟は未熟だ。大人が子どもと同じような絵を描き続けていたとしたら、子どもと同じものに感動しているとしたら、そちらの方が心配になる。

 美術館へ行っても絵よりも絵の横についているタイトル(レッテル!)を見て感心している人がいる。また、セザンヌやゴーギャン、ゴッホなどを「後期印象派」とレッテルを貼ってしまうと何も見えてこない。絵を直接見るべきだし、彼らは「ポスト印象派」だったという考えをしている人がいることを知れば、見方も違ってくるものだ。

 「レッテル」というのは大変便利なもので、茶色い地面、白い雪と描いてしまえば誰も文句をいわない。顔の色は「肌色」のクレヨンを塗っておけば、無難である。「肌色」なんていう概念は日本だけにしかないもので、肌色の違う人を無視していることも忘れて、顔も手も足も肌色に塗ってしまうのである。肌色に塗りなさいと教えてしまうのである。

 そうした無難さばかりを、特に日本人は求めている。絵画ばかりではなく、日常生活にあっても同じように「レッテル」を張って、事足れり、としているのである。思考が停止してしまっている。 元々あったものをマスコミが取り上げると、世間は大騒ぎする。「校内暴力」「落ちこぼれ」「いじめ」「不登校」など、それまでもあったものなのに、ある瞬間、劇的に生まれたものだと考えてしまう。

 山崎ナオコーラの『ここに消えない会話がある』(集英社)の中の短編「ああ、懐かしの肌色クレヨン」はおそらくアルビノで肌の白い女の子が藤田嗣治展で乳白色の肌色の女性たちの絵を見て、こんなことを書いている。幸い、イジメには遭わなかったようだが。

 理想の肌色というものを、誰もが頭の中に持っている。
 昔、鈴木が子どもの頃の色鉛筆がクレヨンには「肌色」という名の一本が入っていた。鈴木は特に気にしないようにしていて、図工の時間には、理想の肌色として、その「肌色」を使って女の子の絵を描いていた。そのとき、違和感がなかったとは、全然傷付いていなかったとは、さすがに言えない。「でも、世の中ってこんなものだ」と思っていた。
 鈴木が「肌色」と呼んでいたクレヨンは、今の子どもたちの持っているクレヨンケースの中で「ペールオレンジ」だの「うすだいだい」だのと名前を変えているらしい。「肌の色は個人差があるから、『肌色』という言葉で統一するのは差別的」というわけで、その色名は消滅してしまったのだ。
 確かにその方が、鈴木は傷付かない。でも、「肌色」という言葉があった世界のことも、鈴木は嫌いではなかったのだ。

 雪は白くない。太陽も赤くない。だから、欧米の子どもは黄色く塗るのだが、よく太陽を見れば、黄色が正解とはいえない。 僕自身の経験からいえば、僕はテレビに出る前から僕であって、ちっとも変わらないのだが、テレビに出た途端、「インテリ」だと言われるようになった。僕は「僕」で変わらないのに、「インテリ」というものがどういうものか、どうあるべきか考えずに、テレビという虚像で「インテリ」だと思ってしまう人がいる。「インテリ」という「レッテル」を貼った瞬間に、思考停止してしまう。実際、日本の古典に何度か触れただけで、僕が国語教師だと思ってしまう人もいた。

 S・I・ハヤカワは『思考と行動における言語』(岩波書店)で、範疇が一人歩きする危険を指摘している。たとえば、あるユダヤ人が慈善事業を行なったとする。すると、周りの、ユダヤ人でない者たちは、「ユダヤ人はああやって人気を取ろうとしているのだ」と噂する。彼がある寄付行為をためらったとする。すると、「ユダヤ人だからケチなのだ」と悪口を言う。彼が他のアメリカ人と何ら変わったところのない生活習慣に生きていると「やつは自分がユダヤ人であることを隠そうとしているのだ」と陰口を言う。彼が偏屈な人間だったとする。すると、「やっぱりユダヤ人は我々と同化したがらないのだ」と決めつけてしまう。これは一つの決まり文句のなかに、矛盾する事例までも封じ込めて、その言葉からはみ出す見方や言葉を許さないという意味でとても危険である。

 生まれたから刷り込まれた「レッテル」(=記号)を一つひとつ剥がしていくのが、記号論の営みなのである。A=A’ではなくて、A=B,C,D,E…と他の可能性も考えてみる行為なのである。更に、Aが本当にAなのか疑ってみる行為なのである。惰性の思考から逃れる術なのである。

 「童は見たり…」というゲーテの詩による歌は誰だって知っているだろう。ところが、良く知られたシューベルト、ウェルナーを始め、ベートーヴェン、シューマンなどによって154曲(モーザー『ゲーテと音楽』1949年に書いてある数)が作られているそうだ。坂西八郎という人がこつこつ集めて『楽譜「野ばら」91曲集』(岩崎美術社)という本を出しているくらいだ。同じ事柄に関して答えはたくさんある。

 総ては相対的だ。イギリスの小説家で評論家のチェスタートンは次のように書いたことがある。

 「よい」という言葉は、多くの意味を持っている。例えば、ある男が500ヤードの距離から母親を銃で撃ったとしたら、私は彼が射撃の「よい」腕を持っていると言わなければならない。だが、必ずしも「よい」男とは言えない。

 今現在の倫理なんてちょっと前まで問題にならなかったどころか、逆だったことだってたくさんある。光源氏が今に生きていたら未成年保護条例から強姦までありとあらゆる犯罪をおかしていることになるだろう。若紫だってのぞきで軽犯罪法に触れるはずだ。

少年がナイフを持つのがそんなに悪いでしょうか。ナイフを持って登校することが悪いでしょうか。考えてみて下さい。明治初年の廃刀令までは、少年たちは刃渡り七十センチもある特大ナイフを二本も持って藩校に通っていたんです【…】所持品検査が仮にあったとすれば、むしろ特大ナイフを腰に差し忘れていないかを検査したはずです。    -----呉智英『ホントの話』(小学館)

 昔は普通、親子で金の貸し借りはしなかった。兄弟姉妹でもしなかった。そのまた昔はさらに徹底していて、氏族、部族のなかで、利子つきで金の貸し借りをしてはいけないとされていて、ユダヤ教やイスラム教では明文化されている。ただ、異教徒に対しては別で『ベニスの商人』のシャイロックのように、ユダヤ教徒はキリスト教徒に金を貸しても良かったのだ。キリスト教徒は人類みな兄弟などと言ってしまったために、長く高利貸しの是非に苦しんできた。高利貸しでも貸さないよりはマシだと言ったのがカルヴァンで、それで多くの人に受け入れられ、宗教改革が成功した。

 人肉を切れば血が出ることは当たり前のことだから、これを問題にすることはおかしい。ちなみに詩人ハイネが『ベニスの商人』はシャイロックの悲劇だと指摘してからシャイロックに同情する向きも多い。少なくともシャイロックは契約の文言をはっきり相手に説明しているし、無利子だった。

 離婚だってちょっと前までは大変なことだったのに、「バツイチ」と呼ばれるようになってから後ろめたさがなくなった。 愛をめぐるフーゾクが戦後めまぐるしく変化している。倫理や愛なんて不確かなものはない。最近では「マルイチ」と呼ぼうかという話すら聞こえてくる。結婚している方が「バツイチ」になったりして…。

賞罰に「バツイチ」と書く律義者---サラリーマン川柳

 今日のような錯綜とした文化状況に、神のご託宣を大衆に与えるだけというような「司祭型」の学者ではうまく適合できない。一元的パースペクティブでは通用しない。そのためには学問や芸術領域を横断し、多様な地域の文化伝統を射程に入れる必要がある。

 これから必要とされるのは「呪術師型」の攪乱する知識人である。秩序や効率や目的に結びつけて行動するのでは答えなき時代を生きることができない。大切なのは遊び精神にあふれた文化英雄である。

 「バスはどちらに向かっているでしょう」という問いがあるが、その問い自体がおかしいと異議を唱えることが必要だ。

 問い→答えではなく、答え→問いというように、問いというものを問うてみることが「脱構築」なのである。

 例えば、「フェルマーの定理」を解いた人もすごいが、その問題を考えたフェルマーの方がはるかにすごいのである。

 ものの見方には3つあるといったが、3つの解釈がそこらに転がっている訳ではない。

 一つの事柄があったら、必ず3つの見方ができるように訓練することが新しい発想への近道からもしれない。現在の受験制度の中では、正解は一つの場合が多い。二つ以上あると「問題が間違っている」と非難される。しかし、これでいいのだろうか。社会で実際に起こる問題は正解が一つとは限らず、二つ以上あることも当然だ。教育の世界だけのその例外であってはならない。 

 北陸の雪が灰色だ、ということで暗くなった人のために書いておく。同じ『天の夜曲』には次のような記述もあるのだ。

「太陽が姿をあらわすと、鉛色の雪も、その内側に金色の何かを隠していたかのように、これほどまで眩しく光るものか…」

 これらをカルチャーショックというが、カルチャーショックというのは外国へ行かなければ味わえないものではない。結婚だって、小さな旅だって、いや、それどころか、お散歩で出会った近所のおじいさんとの話だって異文化体験なのだ。これらをショックと思わないで、「センス・オブ・ワンダー」(「驚異の感覚」でレイチェル・カーソンの著書タイトルである)で抱きしめよう。「遊びごころ」というのは、まさにこの「センス・オブ・ワンダー」なのだ。これを引き寄せられるかどうかは、自分がどれだけ開けた視点を持っているかにかかっている。

 多様性こそが善なのだ。

 学問の場合は視点のことを「パラダイム」ということがあるが、大学の学部や学科などはパラダイムを体現したものだ。2001年にノーベル賞をもらった白川英樹は、理学部系の化学教室にいたから日本で無名だった。理学系の組織に配属されて、ひとつの視点に閉じ込められてしまって、そのパラダイムでしか見てもらえなかった。世界の人から見ると、物性物理学的な学問で、工学にも近かったから、世界的には知られていたことになる。田中耕一さんだって、大学の専門とは違う分野でノーベル賞を取った。

 専門というのか、一つの見方にとらわれない生き方をしていきたい。そして、鉛の中に黄金を見いだしてみたい。

ゴンザーロー ……つまりその、見方によればですが。
アントーニオ 見方とはうまい、百万の味方を手に入れたようなことばだ。
GONZALO :---I mean, in a sort.
ANTONIO :That sort was well fished for.
     『テンペスト』第2幕第1場


※答えは外科医が子どものお母さんだったということ。つまり、フェミニズムというサーチライトがないと、この問題は解けない。外科医=男性という固定観念があるからだ。


 

Back Home     please send mail.