無意味の意味 「無意味の意味」といっても高邁な思想を語ったものではないので、誤解している人はお帰りください。
よく、日本人のTシャツが間違った英語が書いてあると非難されることがある。でも、アメリカ人が着ている漢字のTシャツなんかもひどい日本語が書かれていて、どっちもどっちだと思う。ネットで調べてみると、 「毎日が地獄です」(寄席文字で)「あかんやつダイナマイツ」「食事処」「太もやし」「あそこ」「大馬鹿野郎」なんてTシャツがあったようだし、タトゥが「永谷園」「狂犬」という外国人もいたらしい。黒田龍之助『その他の外国語』(現代書館)には旧ソ連で女の子が「尿素」と書かれた手作りバッグを持っていたという。教えてあげようかと思ったが、その女の子が気の毒に思ったから止めたという(どうせ誰にも分からない)。
もし、日本人のTシャツが漢字で書いてあったら、日本人にとっては意味が直接、脳に入って来てうるさくて仕方がない。英語やフランス語などでワンクッション置いているから楽しめるのだ。
電気製品も日本人が使うのに英語ばかりだとよく文句を言われた。だけど、訳の分からない英語で書いてあるから、かっこよく見えるのであって、スイッチに「再生」とか「取り出し」と書いてあったら、若者は誰も買わなかっただろう。ただ、最近はみんな日本語を使うようになってきていて、少しは楽になった。
とはいえ、うちの学校の放送設備の電源を切るボタンには「復帰」と書かれていて、使い方を聞かなければ絶対に分からなかった。問題は、消費者を無視するような態度なんだと思う。
お経が分からないから、仏教はなっていない、ともいわれる。でも、キリスト教だって、ラテン語が分かる人は少なくなっているからお経と同じような状態になっている。どちらも、分からないから有り難いのである。分かったら何ということもなくて、お坊さんたちは失業してしまうかもしれない。
例えば、般若心境の最後のところに「羯諦(ぎゃーてい)」という呪文がある。この「羯諦」は「前に前に行って一歩も下がらない」との意味で、「行こう、行こう」と言っているだけなのだが、「ぎゃーてい」などといわれると何だか有り難く思えてくるから不思議だ。
分かりやすい講師が講演をするのはいいのだが、あまりにも分かりやすいことをいうと、知っていたことをわざわざ聞きに行ったような気になって、損した気分になる。僕だけかもしれないが。でも、少しは難しい話がないと締まらない感じがする。
映画も吹き替えになってしまうと、ありがたくなくなる。もちろん、本人と違うのがイヤなのだが、意味が日本語で伝わりすぎるということもある。
ちょうど、身もふたもないヌードがいきなり出てくると引いてしまうようなもので、見えるか見えないかが面白いのである。隠すから面白いので、あからさま、というのは何だって面白くない。今の社会はヌードが溢れているが、死からは遠ざけられている。だから、「死のポルノ化」という現象が起きる。ネクロフィリア(necrophilia)なんていうのがいたりするから怖い。
昔の辞書は訳が分からなかった。いやらしい言葉を調べようとしても堂々回りで、何がなんだかという感じだった。「生理」というのもどういう意味が全く分からなかった。だから、よけいに探究心が生まれたのかもしれない。
□ 荻原浩の『ちょいな人々』(文藝春秋)に「犬猫語完全翻訳機」というSFがある。すでにタカラトミーから「バウリンガル」という犬の気持ちが分かるおもちゃが出ているのだが、これを完璧にしたような機械だ。
ある会社が社運をかけて完全翻訳機を開発する。これをモニターしてもらう話なのだ。美咲が飼っている犬のミルキーは生理中の美咲に「血だ、血の臭いだ」なんて迫ってくる。フレアスカートの裾をくわえて、かくかくと腰を動かしはじめ、「メスだ、メスだ。メス、メス、メス」といって飛びついてくる。…こうして美咲はワン×2ボイスの電源をオフにしてしまう。
潤一が飼っているアレックスはディスクドッグ、いわゆる犬のフリスビーをして遊ぶのが好きだ。最初は完全翻訳機で気持ちが分かってよかったのだが、そのうち、「うまくなったな、おまえ」という言葉が聞こえてくる。「でも、こんどは、もう少し、まっすぐ投げろ」という。「それと、投げるのが遅い。もっと早く、タイミングよく」なんていう。そして、「お前はのろまでいけない。俺や家(うち)のご主人様たちに、これ以上叱られなくなかったら、もっとしっかりやれ」…潤一の手から、ぽとりとディスクが落ちる。
直樹の夫婦はダイゴロウにニャン×2ボイスをつける。第一声が「お、きんたま」なのだ。「きんたま舐めるの、忘れてた」などという。どっちが好きか調べようとしても猫は関心をもたない。自分のことしか興味が眼中にないのだ。「お、肛門だ。肛門舐めるの忘れてた」なんて会話ばかりしているので、スイッチを切ってしまう。
幸造が飼っているリンは16歳で、人間ならば80歳の老婆だ。何をしても「頭はやめれー、尿がもれるぅぅ。目が、目が、かすむぅー」という調子で、何十年ぶりかの同窓会で、初恋の人の変わり果てた姿を見てしまったような気がして、スイッチを切った。最後の言葉は「雨の日は、関節が痛いわな」だった。
犬猫語完全翻訳機の販売を見合わせた会社はこれを改良してフィンガーレスフォンというのを作る。人間が思ったことを言葉に変換できてメールできるという代物なのである。ところが、人間というのは本心をそのまま出したら大変なことになってしまう、というSF「正直メール」とになっている。
□ 日本には訳が分からないことに感動する伝統がある。西行は伊勢神宮を前にして「なにごとのおわしますかはしらねどもかたじけなさに涙こぼるる」と言った。
分からないから、いいのだ。
「あなたのことをもっと知りたい」というのは愛の言葉で、「あんたなんか分かってしまった」というのは別れの言葉なのである。お互いに知らないから生きていける。
コミュニケーション論というと、どうすれば分かりあえるか、ということばかり考えるものだが、分かりあえなくてもちっとも困らないのである。
という、無意味なエッセイでした。