金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


口下手と文法


 小さい頃から口下手だった。もちろん、ジョークをいうのは楽しかったし、それなりにみんなを楽しませていたと思う。でも、下手だった。ピークは高校生の頃だったと思う。話せないというもどかしさがあった。当たり前だが、女の子と話すのはもっと苦手だった。

 映画を観るようになってから更に下手になった。あんな上手な会話なんてできっこないと思った。だから、言語学の途に入ったのかもしれないのだが、言語学科に入ってからも口下手だった。言語学科で上手な話し方という授業はもちろん、なかった。文学を研究している先生方にもおしゃべりの天才はいなかった。国語学の先生などは「国語学」という学問が存在しなかったらどうやって生きていったのだろうと思うような、口下手で引きこもり気味な先生がいた。「学問って役に立たなくていいんですよ」がその先生の口癖だった。そして、その通り、役に立たなかった。

 小説を読み始めるようになった時にもっと口下手になってしまった。話していることが難しい議論が多かったし、表現も確かだった。こんな風に話せないと思った。

 無理に話そうとすると、変わった表現になってしまい、「変わった言い方をするな」と変に感心されることがあった。

 教師になってからも口下手が続いた。今でも本質は変わらないと思う。ただ、文章ならそれなりに書けるようになった。文章は後から直すことができるし、ワープロになってからは前後を無視して書き始めることもできるからだ。

 テレビに出ていた時期がある。最初は慣れなかったが、そのうち慣れた。というのも話す相手が見えなくてカメラだからだ。「カメラの向うにおじいちゃん、おばあちゃんがいるように思って話せば分かりやすい話になる」という人もいたが、そんなことを考えると余計に話せなくなった。苦手なのは自分が映っているビデオにナレーションを入れる場合である。いつも「かみかみ」だと笑われた。立松和平の気持ちがよく分かった。時には開き直って、別にアナウンサーじゃないし、バスガイドのように話すのもおかしいと思って話した。

 大学で講演を頼まれて話したのだけれど、依頼した先生は「先生にお話をしに行った時、どもり気味だった自分と重ね合わせてお呼びしました」などと言われた。吃音ではなかったが、やっぱり苦手だったのだ。

 富山市民大学で年配の人たちに方言学を教えていた時、方言についてどんな意識をもっているのか訊ねたら、ほとんどの人が都会でコンプレックスを感じたというマイナスなイメージなので、びっくりしたことがあった。井上ひさしは『ふかいことをおもしろく』(PHP)で次のように書いているが、みなさん、こんな感じだったのだろう。

 上智大学への進学を機に上京したのですが、訛りのことでずいぶん悩みました。東京へ来たってことだけで緊張して吃音にもなってしまい、さらにうまく言えなくなるのです。

 今では信じられないでしょうけれど、「四ッ谷」が「ヨチヤ」としか言えませんでした。特にタ行が苦手で、駅できっぷを買うのに「立川」が通じないと思うと恥ずかしくて、その先の駅まで買ったこともありました。

 そのせいで東京ではしゃべるのが本当に嫌になり、大学一年生の一学期を終えると、ついに母がいる釜石に帰ってしましました。

 方言については、同級生が話すと他の人が分からないので「通訳」をしてあげたくらいだから、それなりにあったのだろうが、あまり気にならない程度だった。

 世の中に友だちができない、と悩む人が多い。若者の相談の半数はそうだろうと思う。「友情」なんて言葉に振り回されなければいいのに、と思う。言葉に縛られて、目の前の現実が見えてないのではないかと思う。生涯の友なんて、そう簡単には見つかるはずもないのだから、今目の前にいる人々と楽しく過ごせればそれで十分だと思う。

 話がうまくできない、という悩みを持っている人も多い。口下手だから、友だちができない、と続くことが多いのだが、若くて表現豊かな人間なんてそういないし、「お笑い」の人はプロなのだから、しかもお互いにうまく話を融通しあって話しているからうまく見えるだけだ。

 友だちができないことと話がうまくできないことはどちらもコミュニケーションの問題なのだが、問題だと考える方が問題なのである。

 悩むよりは自分の言葉で語り始めればいいと思う。というと、「自分の言葉」って?と聞かれるのがオチなのだが、無理に飾ろうとしないで、いいたいことだけ、自分が知っていることだけ、話せば十分だ。生半可な言葉を使って笑われるよりは訥々と話せばいい。最近、「喫緊の」なんていう言葉を使う人が増えているが、辞書を引かないと分からないような言葉は使うべきではない。「忸怩たるものがある」なんていうのも恥ずかしい。身の丈に合ってない言葉を使っても、誰も評価してくれない。

 そのうち、大人になった時に、上手になってくる。必ずそうなるから、安心していろんな勉強をしてほしい。辞書をこまめに引くことももちろん!

 そんなつもりで、『おいしい日本語』(出版芸術社)というのを出したのだが、文章のプロにはかなわないと思った。僕が一冊250ページで書いたことがわずか1ページで表現されている。

 そうなのだ。プロには勝てないから、勝とうなどと思わずに、自分なりの言葉を見つけさえすればいいのだ。熟練の辰巳芸者にはなれないと悟ることだ。

「成分」   茨木のり子(『寸志』花神社)

     張りがほしい
     艶がほしい
     みずみずしさがほしい
     透明さも
     言葉がそれらを備えて
     漲るとき
     詩が成るだろう
     てんでばらばらの要素を一点に
     集合させる磁場は何なのか?

     あわよくば
     機智も
     哀しみも
     涼しい色気も
     粋(いき)なるものも包まれてありたいし
     ひとつひとつ数えあげていったら
     あれ
     江戸期のお侠(きゃん)な辰巳(たつみ)芸者が
     めざしたものなどに
     似てきた

 プロの文章を全部抜きだせないので、そのうち出版されるであろう本で確かめてください。

 国語の授業で文法を習って、「間違った言い方をしてはいけない」と言われることがあったかもしれない。しかし、「間違った言い方」などない。言いたいことがあるのならそのまま言っていい。気にすべきなのは「聞き手に思い遣りを持てているか?」「誰かを傷つけていないか?」くらいのことで、それをクリアしていれば、文法的に正しいかどうかを気に病む必要などない。

 言葉は、流動しているものである。原始の頃に生まれたそれは、絶えず変化しながら後世に引き継がれてきた。

 その発展の道筋を辿り、系統だてて分析し、規則のようなものを無理やり見つければ「文法」になるわけだが、実際の言葉は、人々が日常の中で少しずつ手を加えながら自由に作ってきたものであり、ルールにのっとって意識的に変化を加えるようなことはされていない。規則は後付けである。その証拠に、文法を学んでいると例外の多さに驚くだろう。法則に合わない使われ方をされている言葉は本当に多いのだ。ネイティブスピーカーの言語感覚に馴染めば定着する、というだけのことで、言葉は発展してきたのだ。勉強をし易いように文法があるだけで、厳守するために文法があるのではない。

 言葉が人の感覚に働きかけるものは、リズムもあれば、字面もある。楽しみ方は多様だ。【…】

 文法は法律と違い、破ったところで誰からも罰せられない。絵を描くように自由に喋ってみてはどうでしょうか?
     -----「文法は法律ではない」山崎ナオコーラ『指先からソーダ』(朝日新聞社)

 この文章は朝日の日曜版に書いていたエッセイなのだが、本当に見事だと思った。実はまだ、『人のセックスを笑うな』を読む前で、小説の妙ちくりんなタイトル、「ナオコーラ」というへんてこな名前に偏見を持って読んでいたのだった。でも、毎週のお言葉に驚いてしまった。

 「正しい日本語」なんていう言葉に僕らは縛られてしまって、言葉の本質=人間的なコミュニケーションの道具ということを忘れてしまう。偏見を持たずにさまざまなことがらを受け入れていきたいものである。といいながら、そんなに簡単なことではないだろうが。

どんな通信手段を使っても、たとえ直接会っても、人と人の間には伝わらない部分が必ずできる。

伝達ツールに善悪はない、と私は思う。ただ、伝わらなさを実感することはとても大事だ。そして、その実感は、往々にして人生に情緒を添える。【…】

ごんは、自分のいたずらを反省して、償いをしようと、兵十の家に魚や栗をこっそり運ぶのだけれど、その気持ちが伝わらなくて誤解され、兵十から火縄銃で撃たれてしまう。

 最近はストーカーという言葉が拡大解釈されるなど、思いが一方通行のままで行動することを「良くないことだ」とする向きがある。けれども、相手は迷惑をかけない類の会話中でなら、思いが通じないことは、決して悪いことではない。ううん、悪くないどころか、通じないがゆえに趣のある物語がうまれるときがあるんだ。伝わらないことを、肯定したい。

 あなたが、伝えたい相手に、何かを伝えることが、どうしてもできなくても、あなたの人生の上に、そのストーリーは書かれていく。 
     -----「伝わらなくてもいいんだ」山崎ナオコーラ『指先からソーダ』(朝日新聞社)

【2009年9月1日】


□関連のある自作エッセイ 『おいしい日本語』はどういう本か?---自著PR


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