金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


「偽りの友」に騙されるな!


第1章 「偽りの友」

●はじめに

 あまり他人を第一印象だけで考えないことにしている。味方と思っていた人が敵で、敵だと思っていた人が味方だったりする。でも、その役割は場面場面によって違ってくるので、他人を一面的に考えるのはやめようと思う。

 僕だって今いる学生には敵で、卒業したら味方になるかもしれない。

 大切なのは味方ではなくて見方だ。

 外国の友人に自分の住所を「○×マンション」と恥ずかしくて書けない人がいる。アメリカ人に「ダウンタウンに住んでいる」といって通じなかったという人がいる。アメリカに旅行中に「モーテルに泊まった」といって日本人から誤解された人もいる(この用法はタイ語も同じである)。イギリスで自分の論文を「ナイーブ」と誉められて喜んだが、違うことが分かった人もいる。

 「マンション」というと「豪邸」だし、「ダウンタウン」というのは「商業地」であって「下町」ではない。「モーテル」は「ラブホテル」ではないし、「ナイーブ」というと「素朴な、単純な」という意味である。

 サイダーは“soda pop”と言わなければ「リンゴ酒」だし、タレントも“entertainer”と言わなければ「才能」の意味しかない。ヒアリングというのも“hearing test”というと「聴力検査」になってしまうので、“listening comprehension”と言わなければならない。細かく言えば、「サイン」は「看板」などの意味でまるで分からず、“signature”は契約書や証明書などの正式な署名で、“autograph”というのが本当だ。

 「どうぞ」という意味で日本人が多用する“Please”というのも“Here you are.”“Here you go.”“Go ahead.”(エレベーターなどで)“After you.”というのが正しい。

 先日も「モーニングサービス」と英語で言ったとたん、奇妙な顔をされたので理由を教えてくれ、というメールがあった。これだけで「朝の礼拝」となるが、下手すれば“mourning service”になってしまって、これでは「お葬式」なのである。

 中国人が日本でタクシーに乗ってすぐに降りたという笑い話もある。「毎度有難うございます」と書いてあったのだが、「毎度有難」だと「毎回事故を起こしています」というようにしか見えないのだ。もちろん、感謝は「謝謝」というから、通じないのである。

 フランス語でいえば、英語の“lecture”は“reading”に相当して意味が違う。「講義」という時には“cours”や“conference”といわなければならない。“histoire”は「歴史」だけでなく、「お話」“story”(この語はフランス語から入っている)という意味もあって面食らうことがある。

 1対1で単語の意味を考えてはいけない。“orphan”≠「孤児」(日本語)≠「孤児」(中国語)なのである。鈴木孝夫によれば、“orphan”というのはどちらかの親が欠けても“orphan”だ。中国語の「孤児」は「父親を失った子ども」だという。つまり、家督の男系が絶えたら大変だから、父親を強調する。『広辞苑』第一版ではこれを受けた形で「1.父を失った幼児 2.両親のいない幼児。みなしご。孤子」と書いてあった。

●「偽りの友」

 言語学に「翻訳者の偽りの友」 (faux-amis du traducteur/false friend of translator)、またはただ単に「偽りの友」(faux-amis“フォーザミ”/false friend)または「欺瞞的同義語」(deceptive cognate)と呼ばれる現象がある。

 『英語学大辞典』(研究社)や浩瀚で最大の辞典『言語学大辞典 第6巻 術語篇』(三省堂)など主要な言語学辞典に項目がないので日本ではまだ認知されているとはいえない。

 現象として日本でよく知られていたのは中国語と日本語の意味の違いであった。例えば、中国語で「手紙」というのは日本語の「ちり紙」「トイレットペーパー」(日本語の「手紙」のことは「信」)に、「愛人」というのは「妻」に相当することなどがよく知られていた。「湯」=「スープ」、「勉強」=「無理強いすること」、「麻雀」=「スズメ」、「人参」=「朝鮮人参」、「老婆」=「女房、妻」、「丈夫」=「夫」、「先生」=「〜さん」、「娘」=「母」などがある。

※ちなみに、トイレに行くことを「解手」という。二説があって、阿辻哲次の『タブーの漢字学』(講談社現代新書)には遠い昔、万里の長城を守備する役目は、おもに南方から強制移住させられた人々が務めたのだが、奴隷主は奴隷の逃亡を恐れて、手かせ足かせをかけていたが、便所へ行くときだけ、それを解いてやったことから「解手」というようになったという。他説では「解手」が発音の似ている「解溲」(溲は小便の意)から変化してきたものであるという。史料的に見ると、後者の方がより理にかなっているように思える。

 これらは借用が起きる時には常にある現象であった。なぜならば、新しい語の借用が言語の価値を変えるからである。

 同じ言語内でもあり(言語の単位をどう考えるか議論の余地があるが)、subway、cornはイギリス英語で「地下道」「小麦」、アメリカ英語で「地下鉄」「とうもろこし」と異なったり、 ポルトガル語の constipacaoが本土ポルトガルで「便秘」、ブラジル・ポルトガル語で「風邪」を表わす例がある(同系のスペイン語では「風邪」)。

 多賀敏行『シャープなリンゴとルーズなトマト』(小学館)はイギリス英語とアメリカ英語の違いをよく示している。「シャープなリンゴ」というのは「酸っぱいリンゴ」(甘いリンゴはスウィートでいいのだが)、「ルーズなトマト」というのは「ばら売りのトマト」ということだ。jumperというとsweaterで、trainersというとsneakersのことだ。コートを預けるcloakroomはトイレの婉曲表現。theatreというと手術室の意味!黄色い信号はamber(琥珀色)を使う。一番変なのはtuna salad(dolphin friendly)と書いてあると一本釣りで釣られたマグロのサラダだという。網漁でないからイルカに優しい、ということなのだろうが、やっぱりイギリス人は変だ。

 「偽りの友」を森安(1982)は「通常二つの言語の間で、形態と意味が酷似しながら、実際には微妙な差異を有する単語」と定義しているが、これが間違っていることは後述で明らかとなってくる。

 端的にいえば、英語のfeministと日本語の「フェミニスト」のように「微妙な」差異をもつのではなく、むしろ正反対になる場合がある。「ナイーブ」というのも日本語では「素朴な、内面的な」という英語のsensitiveに近い意味をもつが、naiveはThe plan exposed their naive idealism.というように「うぶな」という意味が強い。“I love you.”も普通には“I like you.”といわないととんでもないことになる。“I'm sorry.”も特別な謝意でない限り使うべきではなくて普通には“Pardon me.”“Excuse me.”というべきだ。

 新婚旅行でパリのムーラン・ルージュに行った時、演目は“Formidable”だった。ラテン語formidabilisからフランス語を経由して英語に入ったformidableは英語ではそのまま「恐ろしい、怖い」の意味が残っているのにフランスでは「素晴らしい」という正反対の意味に変わっていて「偽りの友」となっている。

 イギリスとアメリカではA rolling stone gathers no moss.という諺が「(職場等の)環境を変えてはいけない」「変えるべきだ」という、やはり正反対になって「微妙な」差異ではない。

 また、A rolling stone〜は単語ではない(mossの内包的意味が違うという反論もありうるが、諺全体の使い方が違うといえる)。同様に、例えば「フリーダイアル」(英語ではtoll-free number)のように「和製英語」と呼ばれる現象は単語としては同じ意味をもちながら熟語となると違うのである。

 韓国語でも「私」は日本語と「偽りの友」ではないが、「公私」「私立」「私的」と熟語の一部としては使われるが単独では使われない。

 したがって「偽りの友」とは「諸言語間で形態が酷似しているにもかかわらず、意味的な差異を有する言語現象である」と定義できる。ただし、後述するように「言語」の単位・定義は確立されているものではない。

 多くが同語源に遡る。また、借用関係が必ずしも設定される訳ではない。後述するように中国語と日本語、英語で見られるように漢字という生産的な文字による並行的な、表面的な「偽りの友」もある。また、日本語のように複雑な文字体系をもった言語では「破廉恥」「ハレンチ」に見られるような微妙な意味変化がありうるのである。同様のことはギリシャ語、ラテン語などの派生語を持つ印欧語にも見られる。

 英語はフランス語から大量の語彙を借用しているが、例えば、次のような語彙の意味が異なる。

appointment「サラリー」⇔appointment「会う約束」

arret「バス停」⇔arrest「逮捕」

enfant「子ども」⇔infant「幼児」

envie「欲求」⇔envy「ねたみ」

habit「衣服」⇔habit「習慣」

licence「学士号」⇔licence「免許証」

poste「郵便局」⇔post「郵便物」

 英語にあってフランス語にない「フランス語」がある。例えば、brassiereも英語では「ブラジャー」だが、フランス語では「ベビー服」「救命胴衣」の意味になってしまう。“soutien-gorge”(乳押さえ)といわなければならない。

 鹿島茂『上等舶来・ふらんすモノ語り』(文藝春秋)にも出てくる。

 フランス語風の名前がついているので、てっきりフランス起源のものかと 思うと、フランスにはそんなものはないという不思議な事物がある。

  たとえばクレヨンなどがそうだ。

 クレヨン(crayon)という言葉は、たしかにフランス語に存在する。 しかし、それは鉛筆という意味だ。

 では、フランス語でクレヨンのことをなんというかというと、これがないのだ。 なぜなら、日本でいうクレヨンに相当する事物がフランスにはないからである。

 もっとも、フランスにも、クレヨンーパステルと呼ばれるものは存在している。 しかし、これは、むしろ日本で「クレパス」という商品名で呼ばれているものに 近い。

 フランス語のcrayonには「棒状のもの」というニュアンスもあるので、 クレヨンーパステルとは、「棒状のパステル」という意味なのだろう。 日本の「クレヨン」というのはこのクレヨンーパステルの略語にちがいない。

 結論すれば、フランスには、「クレパス」はあるが、クレヨンはない。 あったとしても、それは日本からの輸入品だ。 

 では、日本の幼稚園児や小学校低学年の生徒が使うあのクレヨンというのは、 いったいどこから来ているのだろうか? 

 ものの本によると、クレヨンの使用が広まったのは、大正時代に、自然の中で 児童に直接写生をさせようという自由画教育が山本鼎によって提唱されたとき からだとある。 このとき、子供にも容易に使いこなせる乾性絵具として、 クレヨンが採用されたのだという。

 なるほど、そんなところかもしれない。

 だが、そのクレヨンはいったいどこから来たものだろうか? 実は、アメリカなのである。少なくとも当時のアメリカには、 日本でいうクレヨンというものが存在していたのだ。 しかも、クレヨンという名前で。

 ちなみに、「ウェブスター」でcrayonを引くと、「黒板で使う白墨、 チョーク」という第一義に続いて、第二義として「絵画に使う色つき ロウの棒」とある。 そして、語源はフランス語だと説明がついている。

 そうか、これでわかった。 おそらく、アメリカの誰かが、パステルの材料にロウを加えて固くしたものを 発明したとき、すこし気取って製品名をフランス語から取ったのだ。 そして、大正年間にそれがその名前のまま日本に輸入されたのである。

 とすると、クレヨンはフランスにはないが、アメリカにはあることになる。 本当かしら?

 どなたか、アメリカでクレヨンを見かけた方は御一報下さい。

※反響があって1903年に一箱八本入り五セントで売り出されたクレヨラ・クレヨンが最初で、いまでも販売されていることが分かった。クレヨラはうちの子どもたちも使っていた。

 「偽りの友」が生まれる理由には様々な理由があるが、よく指摘されるように借用時に意味の一部だけが採用されることである。

 例えば、フランス語で「ズボン」を意味するpantalon「パンタロン」が1970年代に日本に入って来たときに、これは「女性用のズボン」という意味を持つようになり、日本語で定着していた「ズボン」の意味を狭めた。

 意味を広げる場合もあり、フランス語のrealiserは元々「実現させる、作る」の意味しかなかったが、英語のrealizeが入って「実感する、分かる」という意味をもつようになった。しかし、フランス人が「実現させる、作る」の意味でrealizeを使うと「偽りの友」になる。

 こうした意味変化を例えば、箱に入った風船にたとえる人もいる。箱の中に「四角い箱に目いっぱいまんじゅうが詰まっている」場合と、「同じ容積の箱に圧縮空気を詰めた風船が詰まっている」場合、両方の箱からまんじゅう、または風船を1個ずつ取り出したらどうなるか?

 まんじゅうは1個ぶんのスペースは空いたままだが、風船だと残りの風船が空いたスペースを埋めるように膨らむ。丸山圭三郎はことばの関係性はこの風船みたいなもんだと説いている。

 また、借用の経路の違いもある。

 例えば、cardと同源の語はポルトガル語cartaから「歌留多」、ドイツ語Karteから「カルテ」、フランス語carteから「(ア・ラ・)カルト」、英語cardから「カード」として入ってきている。

 現代の語でいえば、フランス語から来た「ヌーベルバーグ」が映画用語なのに英語の「ニューウェーブ」は一般的に使われる。

 フランス語と英語の例だと次の二つの文の構造が同じなのに意味が違う。

1)I want him to hide the truth. (私は、彼が真相を伏せておいてくれることを望んでいる)

2)Je veux lui cacher la verite. (私は、彼に真相を伏せておきたい)

 日本の宗教用語の多くは中国経由で日本に入ってきており、aumが「阿吽」になったり、「オウム」になったり、「【口+俺】オン」になったりして意味が微妙に異なる。

 同様に漢音、呉音、宋音など、日本に入った時代によって同じ漢語の読み方が違ってくる。

 英語のironも入った時期で「アイロン」になったり、「アイアン」になったり、truckも「トロッコ」「トラック」、strikeも「ストライキ」「ストライク」などと二重語(doublet)になっている。

 地名でもVeniceが「ベニス」「ヴェニス」「ヴェネティア」と三重に入ってきていて、特に「ベニス」と発音しても外国人には通用しない。アメリカの「ロス」や「シスコ」も通用しない。

 英語でもフランス語から歴史を隔てて入ったhospital,hostel,hotelなど三重語(triplet)もある。

 更に、社会的な要因、例えば、外国語排斥・国語浄化運動などで廃用となることもある。

 フランス語のhot dogやcomputerなどアカデミーによって排斥されているし、ドイツ語のder Guideや日本語のベースボールなどがある。

 日本語の「露助」元はrusskii「ロシアの」がなまったものと考えられ、元は「偽りの友」であったが、今は廃語となっている。

 英語ではchairmanがchair-personに、salesmanがsales-personとなったように「政治的に正しい」PC(politically correct)表現が好まれるようになっている(cf.Beard and Cerf 1994)。

 「オールド」「フール」「アルコホリック」alcoholicは日本でも知られた英語だが、PCではそれぞれchronologically gifted, cerebrally challenged,a person of differing sobrietyなどと言わなければならない。

 語源意識が全くない場合は「偽りの友」とは厳密にいえない。粳米と糯米を等分に混合して油であげたもの、または関西でいうがんもどきである「飛龍頭(ひりゅうず、ひりょうず)」はポルトガル語のfilhosから来ている(cf.新村1976)が、元は「ワッフル、パウンドケーキ」の類であったから、殆ど別物といってよい。

  同じ言葉が違った意味をもつことはサピア=ウォーフの仮説の反論となるし、文化受容(acculturation)の課題となる。

 また、インドの一部で「ハイ」の時に首を横に振って誤解を招くようなNVC(Non-Verbal Communication)の「偽りの友」についても考える(cf.第6章)。

●言語内の「偽りの友」

 アメリカ英語とイギリス英語やオーストラリア英語、カナダ英語、スコットランド英語やその他の地域の英語の違いというのも実は「偽りの友」なのである。

 単語のレベルでいうとlift,fall,biscuit,panhandle,flat,carなど。

 例えば、「秋」の意味のアメリカ英語fallの方がイギリス英語autumnより古いようにどちらが古い語源を保っているかという問題は認定が難しい。

 文のレベルだとA rolling stone...がある。

●ダブレット

 ダブレット(doublet)と呼ばれるものがあって、例えば“truck”は日本語で「トロッコ」「トラック」、“strike”は日本語で「ストライキ」「ストライク」、“iron”は日本語で「アイロン」「アイアン」と別物を指すことがある。

 漢字の中でもダブレットがある。加納善光が「ヤヌス(双面神)漢字読み」(講談社994年)として説明しているものだ。

「気色(けしき)ばんだ顔色は気色(きしょく)が悪い」
「人間(じんかん)いたるところ青山あり」
「工夫(くふう)する工夫(こうふ)」
(ついでですので全部あげておきます)
一途に勉強する・混迷の一途をたどる
百聞は一見にしかず・一見の客
アメリカ追従型の外交・お追従笑い
手練(しゅれん)の技・手練手管
富士山の強力(ごうりき)・強力粉
地下足袋・地下人(じげにん)=宮中に登れない階級の人
一端をになっている・一端(いっぱし)の専門家
甲高い声・甲高幅広(足の甲が高いこと)
開眼供養・開眼手術
物心がついた時・物心ともに厳しい旅
希有な人・希有元素
有為(ゆうい)の人・有為転変
捏造された文言(もんごん=文章の中の文句)・文言文(文語体)
見栄を張る・美しい見栄え
風穴を開ける・富士風穴(ふうけつ)
入魂の一作・入魂(にっこん)の間柄
彼の真面目(しんめんもく)・生真面目
一角(ひとかど)の仕事・一角獣
徳の高い大人(たいじん)風・大人と子ども
仏教のお声明(しょうみょう)・声明
大音声(だいおんじょう)・
外面(そとずら)・・・

 以上が加納善光の例だが、「分別ゴミ」と「分別をもつ」など他にもいっぱいありそうだ。


第2章 日本語の「偽りの友」

●英語と日本語の「偽りの友」

 英語と日本語の間でも「フェミニスト」や 「ナイーブ」の意味は全く違っている。

 日本語で内職はアルバイトというが、 ドイツ語でArbeitは「本職」である。ドイツ語で内職は英語からJobというが、英語でjobは本職である。英語で内職のことをshigotoといえば円環的になる。

 単語のレベルだけでなく、熟語のレベルでもある。「BG」の代わりに応募された「OL」は「オフィス」も「レディ」も「偽りの友」ではないが、「オフィスレディ」となり、更に「OL」となった時に「偽りの友」となる。「デッドボール」というのもアメリカ人に決して理解できない(hit by pitchといわなければならず、The ball is dead.というのは試合停止球のことをいう。)が、日本語の「デッド」も「ボール」も「偽りの友」ではない。同じように「デッドロック」はdeadlockではなく、dead rockと誤解されて「暗礁」として使われることが多い。これらは熟語になったときに「偽りの友」になったのである。

 また、「ナイター」(英語でnight game)というのも日本語の「ナイト」と日本人が理解している英語の-erという生産的な接尾辞が一緒になって「偽りの友」になったものである。

 また、日本語の「薩摩」satsumaが「蜜柑」の意味になったり、「日本」japanが「漆器」、「中国」chinaが「陶器」、「トルコ」turkeyが「七面鳥」となるのも「偽りの友」である。日本語の「人力車」が英語などでrickshaw,rickshaとなり、a small covered passenger vehicle with two wheels which is usually pulled by one person(CIDE)となっているが、必ずしも人力を使っていない、全く別の乗り物になっている。

 逆に日本に「オレンジ」が入る以前は「オレンジ」=「蜜柑」という「偽りの友」の状態であったが、大量に出回るようになってから違いが認識されるようになった。

●日本語の偽りの友

 CIDE(Cambridge International Dictionary of English(Cambridge U.P.1995 )には日本語の「偽りの友」もあげられている。この多くが韓国語と共通しているが、日本語経由で入ったものが多いためと考えられる。CIDEが韓国語の部分で記載しているものにkをつける。また、明らかに英語から来ているものではない「偽りの友」に*をつける。

 アクセント、アニメ、kアパート、アットホーム、アタック、アクセル、*ビール、バイク、kボンド、ボス、バスト、*カッパ、kチェックポイント、コーラス、kサイダー、kサークル、クレーム、クラシック、コック、コモンセンス、コンパクト、コンパニオン、kコンセント、コーナー、カントリー、*クランケ、カンニング、デッキ、デノミ、デパート、ダイヤ、ドラマ、エコー、*エゴ、エナメル、エピソード、エスケープ、イブニング、ファスナー、フェミニスト、フロート、ホーム、フロント、フルーツポンチ、ギャング、グラマー、ガウン、ギャラ、*ゴム、ハーフ、ハンドル、kハプニング、ヒアリング、ハート、ハートフル、ヒップ、ハイヤー、ホット、ハッスル、*ヒュッテ、ヒステリー、インテリジェント、ジャー、ジーンズ、ジャスト(副詞)、ジャスト(形容詞)、レモンスカッシュ、レモネード、リップ、ミシン、マジック、マンツーマン、マニア、マンション、モルモット、マロン、マスク、マスター、メリット、ムーディ、モーニング、モーニングサービス、ムートン、ナイーブ、ノート、ワンピース、オーバー、*パン、パート、ペンション、ペスト、ピアス、ピル、*ピンセット、ピンク、ピッチ、ポット、*ポタージュ、プリント、プリン、パンク、レンジ、リフォーム、レポート、ロマン、ランニング、*サボる、サンプル、サッシ、スクープ、シール、センス、サービス、シャーベット、シャツ、ショートカット、ショートケーキ、kサイン、シルバー、スキン、スリップ、スマート、スナック、スパッツ、スポイト、*シュプール、スチーム、ストック、ストーブ、スタイル、kスーパー、kタレント、テキスト、テーマ、*タバコ、タラップ、トロッコ、トランプ、ベテラン、ビニール、ウエスト、ウェット、エール

 外国人が日本に来て驚くものの一つである「マスク」をhygienic cotton face mask、「シルバー」をrelating to old ageと細かく観察して記載してある。

 韓国語にもある「ボンド」が接着剤の意味を持つのは商品名からである。

 CIDEの記述は詳しいが、この中でいくつか首肯しがたいものがある。

 例えば、「サンプル」についてCIDEはdisplay models for dishes served in a restaurantと書いているが日本語の「サンプル」は(外国人用の東京・観光コースにサンプル製作の場所を訪ねるのがあって有名なのだが)別に食堂の料理サンプルだけではない。同様に「サービス」もgratisとあるように無料のものだけを指すのではない。

 「アクセル」はaxleとなっているが、これは「アクセラレーター・ペダル」(『日本国語大辞典』はaccel pedalの省略と記載)の省略形である。

 「グラマー」もglamorousからとなっているが、glamourからである(cf.『日本国語大辞典』)。

「インテリジェント」はsomething which is computerizedとなっているが、「〜ビル」以外未だ一般に使われている語ではない。

 「レモネード」はlemon juice and sugarとなっているが、これはむしろlemonadeから来ている(cf.『日本国語大辞典』)「ラムネ」の方である。

 「ピンク」もpornographic,as “blue”in Englishとなっているが、これほど限定はされていない。

 「スポイト」もsproutからとなっているが、オランダ語のspuitから来ている(cf.『日本国語大辞典』)ものでやはり誤りである。

 「タレント」が韓国語でTV actorとなっているのに日本語ではyoung media celebrityとなっているが、youngではなく、むしろ韓国語と同じ「偽りの友」となっている。

 また、「ヒュッテ」は殆ど廃語に近いものがあるし、英語のhutを記載しているが、これは多くの登山用語がそうであるようにドイツ語のHuteから日本に入ったものでCIDEに記載すべきものではない。「クランケ」crankも同様にドイツ語のKlankeから入ったものである。共に専門用語として入ったために「偽りの友」となったものである。

 このように記述に間違いがあるのは他の言語と違って日本人スタッフが入っていないためでもある。

●中国語との「偽りの友」

  他にも「手紙」がトイレット・ペーパー、 「愛人」が配偶者、「偏差」がトラブル、「東西」が商品、 「汽車」が自動車(「火車」が汽車だから、「台所が火の車」を中国で「台所が自動車」といえば円環する)など、日中で意味の異なる語彙は枚挙に暇がない。

 中国と日本語では省略形もあってより複雑になる。例えば、地下鉄のことを中国語で「地鉄」というが、富山などでは「地方鉄道」のことを「地鉄」と省略するから難しくなる。

 もちろん、英語からのものでもapartmentを「アパート」、department storeを「デパート」と省略した時点から「偽りの友」になっているが、中国語と日本語の間の「偽りの友」とは違っている。

 また、「下品」のように日本語にあって中国語にない語も存在する。多くが明治期に「哲学」「演説」などのように西周や福沢諭吉などによって作られた漢字語である。ただ、こうした学術的な語彙は「偽りの友」となる余地が少ない。「哲学」はどこでも「哲学」だし、日本での造語がそのまま中国や韓国など漢字文化圏で使われている。

 大槻文彦『大言海』によればright,dutyを「権利」「義務」と訳したのは、福沢諭吉らしい。「権利」と「義務」という訳語は、そのまま清国に渡り、今でも法律用語として使われている。だが、もともと中国で「義務」といえば、道義にもとづく活動を指す。「義務労働」といえば、ボランティアでやる勤労奉仕のことだし、「義務」とつく音楽会はチャリティーコンサートのことだ。中国で奉仕の意味の「義務」に、義務の意味が加わった一因は、福沢諭吉の訳語にある。日本では、義務は強制的、奉仕は自発的で、別々の概念だ。奉仕を義務化するなどというのはこんな事情で矛盾する言葉となった。

 「偽りの友」となるのはむしろ日常語である。分かっている単語ほど辞書でチェックしなければならない。

 魯迅の『藤野先生』に魯迅が先生に日本語を添削してもらう場面がある。初めてノートを返してもらった時に、魯迅は「不安 和 感激」を感じたと書いている。同僚によれば、中国文学者の竹内好は「(持ち帰って開いてみたとき、わたしはびっくりした。そして同時に)「ある種の不安と感激とに襲われた」と訳しているという。

 つまり、竹内好であっても、「不安」を日本語に引っ張られて「不安」と訳してしまっている。「申し訳ない、心苦しい」という意味なのに、「偽りの友」にだまされたのである。

 『文化庁』(1978)によれば次のような語彙がある。 ( )は相当する中国語。

 挨拶(到敬)、案内(介紹)、意地(固執)、医者(大夫)、一族(一家)、一生懸命(盡量)、一心(盡心)、意味(意思)、運転(開車)、映画(電影)、駅(站)、演習(實習)、遠足(郊外旅行)、応援(助威)、欧米(欧愛)、会社(公司)、火事(火災)、共通(共同)、〜曜日(星期〜)、孝行(孝順)、後輩(晩輩)、今度(這次)、今日(今天)、司会(司儀)、自分(自己)、写本(抄本)、熟語(複詞)、出世(發跡)、冗談(玩笑)、商売(買賣)、食事(飯)、女優(女演員)、全然(絲毫)、鉄道(鐵路)、発見(發現)、婦人(婦女)、文語(文言)、平和(和平)、報道(報導)、野球(棒球)、予想(預想)、来週(下星期)、礼儀(禮節)など

●韓国語との「偽りの友」

 アメリカ人がはpineapple juiceを日本人に「パイン・ジュース」と言って出されて驚くが、韓国人の渡辺(1983)は日本の食堂に入った時に「松定食」「竹定食」「梅定食」とあって植物の松や竹や梅が出てくるのかと思ってびっくりしたという。

 逆に「オールドミス」「ネームバリュー」などは同じで日本から入ったと考えられる。

 韓国語の「安寧」は日本語と違って挨拶に使われるし、「議論」は日本語の「相談」、「男便」は「亭主」、「食母」は「女中」など韓国語と日本語の間に(正確には中国語も含めた3者間に)も「偽りの友」が多い。

 また、「私」は「公私」「私立」「私的」と熟語の一部としては使われるが単独では使われない。「道、火、土、波、指、心、傷、実」なども同様である。

 韓国で使われない語としては次のようなものがある。( )は相当する韓国語。

 親(父母)、金持(富者)、友達(親旧、贈物(膳物)、果物(果実)、切手(郵票)、上着(上衣)など

 


第3章 まとめ

 「偽りの友」はどの言語にもひっそりと忍び込んでいる。上述してきたように意味が近ければ近いほど「偽り」の度合いも大きくなる。

 こうした違いは会話の時はもちろん、翻訳の時も注意を喚起しなければならない。

 また、PC表現にも注意しなければならないし、日本でいえるから、知っているからといって相手国でいえないタブー語やそれに準ずる語も多くて婉曲表現(euphenism)を使わなければならないことが多い(cf.Neaman & Silver1983)。

 例えば、アメリカ英語ではcockといわずにroosterを用いるのはタブー語だからである。国電の非常コックの掲示にはPull the cock handle toward you, and all the doors are ready to opening by your hand.と書かれていてアメリカ人は大いに笑ったものだった。1996年には日本でBITCHというブランドが流行して問題になったが、「偽りの友」というべきであろう。

 「ボーイ」boy(⇔the Man)というのも年齢にかかわらず黒人を軽蔑的に指す語なので不用意に使うことはできない。

 無論、ロシアや中国のような共産圏では政権が変わる度に、ある種の語彙が「偽りの友」になる。最も有名なのは「修養」で劉少奇の書いた党員の必読論文「共産党員の修養を論じる」は劉少奇の失脚とともにタブー語となり、『新華【化+十】字典』(1971)から削除されたが、劉少奇の名誉回復とともに「修養」も名誉回復をした。

 日本の辞書は「和製英語」などに対する配慮はなされるようになったものの拙論(1992,1995)で述べたように「偽りの友」に対する配慮が足りない。これは英語辞書のみならず、日本語辞書でも同じで日本語を学ぶ外国人のためにも「偽りの友」の記述が重要である。

 翻訳ソフトも対話というフィードバックがないだけに「偽りの友」が入り込む余地が大きく、細かな記述が必要である。


 ※ちょっと古い論文を手直ししたもので途中の章や参考文献を省略した。

 Cambridge International Dictionary of English(1995 Cambridge U.P.)【CIDEと省略】は欺瞞的同義語が間違いを生むとして明記された辞書である。


余録 毎日新聞 2007年6月24日 

イカとタコ
 北朝鮮から青森県へ小舟で渡って来たという4人の脱北者は「共和国には人権がない」と言って、韓国行きを望んだ。「人権」は、脱北者が日本に入国する時に使う「開けゴマ」のような呪文だ。北朝鮮人権法のある日本では、北で人権を抑圧された人は保護されるからだ▲4人を保護した青森県警は、そのひとりの仕事をタコ漁と発表したが、後でイカ漁に変えた。当人は「ナクチ漁をしていた」と言っていたのだが、日本語の訳語が、タコからイカに変わったのである▲ナクチの和名はテナガダコ。頭の形はカレーライスのスプーンのように丸いが、足はスルメイカのように長い。頭はタコだが、足はイカ。ただし8本だからやはりタコというややこしい生き物だ。海底の泥の中に生息している▲日本ではあまり食べないが、韓国人は大好きだ。生のままぶつ切りにしてしょうゆで食べたり、からしミソ仕立てのナベの具にする。ところが北朝鮮では、ナクチと言うとイカを指す。韓国でイカはオジンオというが、北ではそれがタコだ▲韓国政府が脱北者の聞き取り調査をして、北の言葉と南の言葉を比べた。約2割ほど違っていたという。イカとタコの逆転はその代表的な例だ。日本の朝鮮語辞書は、韓国の用法しかないが、警察もナクチの意味が南北で違うことに気付いて訂正したらしい▲韓国に送られた4人は、「自由、民主、人権」と叫んだ。韓国に入国するには、これが呪文になる。もっとも、北朝鮮から中国に逃げた脱北者がうっかりこの呪文を使ったら大変だ。日本や韓国に入国する時には「開けゴマ」になるが、中国では同じ言葉が「閉じろゴマ」だから、たちまち追い返されるだろう。「自由、民主、人権」は、国により使われ方が違う。


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