原作 :足立原 貫・野口 伸
「山へ入って草を刈ろう」(朝日新聞社刊)監督、脚本:吉田 一夫
撮影監督 :岸本 正広
主演 :加藤 剛
中央児童福祉審議会特別推薦 文部選定 富山県教育委員会推薦他
上映時間 :1時間40分
「草刈り十字軍」は、富山県大山町で始まった運動で、これまでに延べ25000人余にのぼる多くの若者達が 参加してきました。イギリス、アメリカ、フランス、中国、韓国等々、外国からの参加者もいます。
草刈り十字軍とは、造林地での農薬空中散布に反対して誕生した人力で草刈りを行うボランティア運動である。その運動の苦難を乗り越え、発足するまでを描いた映画が『草刈り十字軍』です。全国の若者のばらばらな思いが重労働の中で一つになっていくのを描いた感動のドキュメンタリーです。 何かに反対するだけの運動は簡単であるが、対論を示して実践することの難しさをこの映画は示しています。
この映画は、炊き出しや宿泊所の確保などを大山町を含む、富山県のいろいろな町の人々のボランティアに支えられて完成しました。
たまたま、上映会のスタッフの川尻さんが知人の娘さんだったので、新湊の上映のお手伝いを頼まれてしまった。
川尻香代子さんはとても子持ちとは思えない若さで、チャーミングな人だ。十字軍にも出てくるアデア牛乳の世話もされている。この牛乳を飲むと、今までの牛乳が薄くて、水牛の乳だったと思えるくらいである。
草刈り十字軍で知り合った旦那さんと大山町の粟巣野スキー場でロッジわがや(0764-82-1240)を経営しているオーナーでもある。
とにかく、商船の草刈正雄としては放っておけないでしょうとも言われた(←言われてないって)。
まず、着手したのが、このホームページ作りである。
『草刈り十字軍』上映会 日 時 ■1997年11月27日(木)午後6時40分開演
場 所 ■新湊市中央文化会館
主 催 ■映画『草刈り十字軍』を見よう会
連絡先 ■富山市安養寺110 電話0764-29-9503
チケット■前売り・大人1000円(当日1200円)
中高生700円 小学生500円販 売 ■中央文化会館、JA新湊、その他プレイガイド
※なお、運動の実践者であり、原作者でもある前・富山県立大短期大学部長:足立原貫氏の講演が上映に先立って行われます。ぜひ、足立原氏の貴重なお話を聞いてみましょう。
ボランティア同好会の活動の一貫として『草刈り十字軍』上映会の支援をしたいと思います。
賛同者は是非、手伝ってください。
商船高専でも草刈り十字軍のOBがいます。情報10期生の石崎宗登君です。
草刈り十字軍の参加の模様を書いて産能大学・第5回高校生かがやきコンクールで入選しました。
次に地元の新聞社に声をかけ、ケーブルテレビに上映情報を流してもらうようにお願いした。また、NHKの知り合いにもメールを出しておいた。
商船高専の人々にも呼びかけたが、反応は鈍い。
ボランティアを考えるために支援活動に乗り出したのに、映画会が始まる前に人の冷たさを感じてしまった。
川尻さんから司会を新湊高校の演劇部の生徒にしてもらいたいので知り合いはいないかと聞かれたが、全くなく、本人が直接交渉したが、地元の学生はいなくてダメになった。商船の学生でといわれたが、当てもなく、結局、妻を出させることにした。
新聞社の方は県内各地で上映しているので話題性がなく、困ってしまった。何とか美談を作ろう(いけない考えだが)としたのだがタイムリミットになったので、妻の司会などだけを紹介した記事にしてもらった。
商船でも売れなくて困っていたが、中央文化会館のプレイガイドで50枚も売れたというので驚いた。「プレイガイドにあります」と書いてあっても実際にそういう形で買う人が少ないことは周知の事実なので、幸先がいいな、と思った。
いよいよ、当日。
中央文化会館には映画のパネルや実際に使っている鎌が展示されていた。
足立原先生とお会いして、妻は司会の原稿をもらった。「自分の自伝が映画化される気分はどんなですか」と聞いたところ、「私は遺書のつもりで書いたので別に感慨はない。ただ、描き方など問題なく、映画で多くの人が関心をもってくれればそれでいい」などと話してもらった。名前が「あだちばら」でなく「あだちはら」でないと先生が怒るということでみんな気を使っているのに驚いた。
妻はかつて岡田隆史さんのラジオ番組に出たことがあり、岡田さんが草刈りの1期生で、実は足立原先生の甥っこさんだという話(そのまま福光に残ってラモベールという有名なフランス料理店のシェフになった。映画の中では玉川大学の岡田君を尋ねるシーンがある)や台所でエコロジーを実践することさえ難しいのに、先生は凄いというような話を織りまぜながら、司会を何とかこなした。
1974年8月活動1年目。若者らと勝ちどきをあげる足立原先生(左から3人目) 大山町小原の山林で/農業開発技術者協会提供 先生の話が始まった。
私が話をするというとスタッフが終わらないのではないかと心配するのだが、どうしても話しておきたいことだけを話したい。
新湊というと新湊旋風とかお祭りが思い浮かぶが、今回の取り組みはどうだろうと心配していたが、立派にできてうれしい。
私は東京下町の職人と子として育ったが、土が大好きで、土に憧れていて、こうした職業についていた。
結婚後数カ月でこんな大事件がもちあがって、新婚生活などなくて、家庭には迷惑をかけた。
実践を続けているうちに友人で作曲家(『水戸黄門』の主題歌など)の木下忠治さんが私の書いた詩に曲をつけてくれて、発表会もあった。調子よく話をしてくれていたのに、終わってから「ところで『草刈り十字軍』って一体何だ?」といわれた。
それで、書いたものを送ると、もっと知りたいというので遺書のつもりで『山へ入って草を刈ろう』を書いた(後に朝日新聞社から発行)。
すると木下さんのお兄さんである、巨匠・木下恵介監督が映画化したいといってきた。「最初は立場で対立していても、草を刈るという目標に向かってみんなが一つになる。いい話だ」。昭和63年に初めて会った。小さな体を直立させ、丁寧におじぎをする人がいた。木下さんだった。「二十四の瞳」「喜びも悲しみも幾歳月」そのままに心優しい人だと思った。ところが既に高齢で、若手の吉田一夫監督に下駄を預けることになった。
この映画の見方は色々あるけれど、特に全盲の人との出会いについて話したい。
吉田監督は全盲の人との話は映像化しにくいし、逆に差別にもつながりかねないので描かない予定だった。ところが主役に加藤剛さんが決まり、加藤さんは出演の唯一の条件として全盲のボランティアの話を入れてくれ、といわれたという。
映画との違いがあって、加藤さんはただ「エエッ」と言われているだけだが、私はずっと話をしていて、最後に全盲と分かり、何とか断ろうとした。何よりも危ないと思ったからだったが、「転げたら大変ですよ」というと「私たち盲人は何度も転がって道を覚えるのです」ときっぱり言われて、引き受けることにした。
草刈り十字軍が編成されたことは奇跡だったが、奇跡は2度起きるもので、こうして映画が作られた。多くのボランティアのおかげで2億5千万かかるはずの予定が3分の1ですんだ。
そして奇跡が再現されて、今は英語、フランス語や中国語に翻訳されて外国でも上映されようとしている。
これらはボランティアの気持ちのおかげだ。
足立原先生がただの情熱家ではなく、レトリックも計算も上手な、見事なアジテーターだということが実によく分かる講演だった。
あの小柄な体の中のどこに情熱が潜んでいるのか分からない。
寒くて曇り空で心配したが、およそ700人の人が入って大成功だった。
また、上映後も外国語版のためのカンパの呼びかけをして多くの人が財布を開いた。普通、20%というのに40%もの人が新湊ではカンパしたという。
上映会の後、先生を囲んで慰労会を開くので参加してといわれたが、子供らが心配だと妻がいうので早々に挨拶して帰宅した。
しばらくたってから次のような葉書が川尻さんから届いた。
●『草刈り十字軍』上映のお問合せ先:
富山市安養寺110 電話076-429-9503
メール:kusakari@wine.plala.or.jp
●『草刈り十字軍』映画のお問合せ先:
くれいん館・人間行動研究所 電話03(3446)0005