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子供というものは親にとって宝だが、他人にとってはただのガキだ。
------映画「フェリーニのアマルコルド」
前作『育児をめぐる冒険』の評判がよかった、という妄想のもとに続編を書くことにした。祐貴(元・5・10生)の6カ月以降の話である。元々、『0歳の記録』(朝日文庫)という本があまりにも下らなかったので書き始めたのだから、1歳までは書く予定であった。
前作は村上春樹『羊をめぐる冒険』からタイトルをとっている。今回の『子どもたちの時間』は大好きな戯曲家のリリアン・ヘルマンの作品名である。日本では巨匠ウイリアム・ワイラー監督、A・ヘップバーン、S・マックレーン主演の『噂の二人』(『この三人』を含めて2度映画化)として有名である。内容とは全く関係がないが、「夕暮れ時」を意味するThe Children's Hourというのは語感がとてもいいように思えるからである。同時にF・トリュフォー監督の映画の邦題でもある。
★生を理解する【to comprehend the life】『星の王子さま』の冒頭の献辞に「おとなはだれも、はじめは、こどもだった」というデカルトの言葉がさりげなく引用されている。子どもを育てることはかつては子どもだった自分自身をそうして振り返ることである。星の王子さまのキーワードは「ものそのもの、ことそのことをたいせつにする」で、ものとは目にみえる物のすべて、こととは目にみえない事のすべてであるが、原語は“Comprenons la vie.”(生を理解する)となっている(内藤濯は日本の子どもに“生、人生”と訳すと分からないと思ったようだ)。子どもを理解することが大切にすることであり、それは同時に生きとし生けるものすべてを愛することである。子どもの生だけでなく、自分の生も感じるのである。かんじんなことは見えないのだから心で見るしかない。大人になっても子どもの頃の感受性を失っていない大人にならなければならない。
★成長【growing up】高田敏子に子どもの靴をうたった「小さな靴」(『むらさきの花』)がある。
「小さな靴が玄関においてある/満二歳になる英子の靴だ」。遊びに来た孫娘のものらしい。「忘れて行ったまま二カ月ほどが過ぎていて/英子の足にはもう合わない/子供はそうして次々に/新しい靴にはきかえてゆく」。瞬く間に小さくなる靴を眺めては子どもの成長を肌身で感じる。「おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に/小さな靴は おいてある/花を飾るより ずっと明るい」。
美術史家の若桑みどりさんが子どもたちを離婚した夫に会わせに行く時、「久しぶりだから楽しみでしょう」というと、子どもは「向こうは楽しいだろうね。会うたびに僕たちが成長するからね。でもこっちには新しい発見はないね」といい、もう一人が「親というものは、子どもにとって実に楽しみの少ないものだね。成長というものがないからね」という。
してやれることまた一つ減りゆきて子が殻をむく固ゆで玉子--俵万智『ちいさな言葉』(岩波)
★独り寝の文化【a baby sleeping alone】
映画『ドクトル・ジバゴ』の最初に母親の土葬の夜、幼稚園児くらいのジバゴが嵐なのに闇の中で一人で寝かされ、恐怖におののくシーンがある。
1歳半児が両親と同じ部屋で就寝するのは日本が96.7%、アメリカが18.4%という調査がある。同じ部屋でもついたてとかソファで仕切ることが多い。アメリカ人は「哀れっぽい声を出せばすむというような依存的な人間を作らないため」「夫の性生活のため」という答が返ってくる。E・H・エリクソンは「私は夫をとります」という母子関係について全てのアメリカの子どもは母親に「拒否」された経験を持ち、心理的に大きい影響を受けるという。カトリックの国々では3ヶ月をすぎた子どもを夫婦と同じ寝室に寝かすのは法律で禁じられているという。そこは性的な場所で子どもが入るべきではないと考えているからである。
更に、「マミーズ・タイム」(子どもから解放され、自分が楽しむことができる)があって、こもれ「拒否」される体験につながる。
スヌーピーの漫画に出てくるライナスはタオルがなくなる(おじゃる丸は烏帽子)と震えがくるが、これを安心毛布(security blanket)という。安心毛布の普及の原因はこうした事情にある。心理学でもハーローの実験があってサルはミルクはくれるが針金でできた人形よりも何もくれないが毛布でできた人形に抱きついてばかりという結果が出ている。毛布が母親の「移行対象」になっているのである。
日本は「川の字」文化で一緒に寝るが、これが相互依存=終身雇用の甘えの文化の根元の一つになっているような気がする。アメリカは子どもの頃から個人主義を叩きこまれる、といってもいいだろう。
子どもを甘やかしてはいけない、小さい頃に厳しく躾けなければならないという主張があるが、「甘え」は大切な信頼感を育てるために必要である。少なくとも10歳までは大切だ。
ルイス・フロイスをはじめとする西欧人が日本で驚いたことの一つが親が子どもたちを甘やかしていることだった(もう一つは若い女性の性的放縦)。明治の初めに来日した米国の動物学者モースも『日本その日その日』(平凡社)で「私は、日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど子供が親切に取扱(とりあつか)われ、そして子供の為(ため)に深い注意が払われる国はない」と書いている。子ども自身、大事にされることに慣れていて、道をゆく馬や人力車を怖がりもせず、よけることもない。英国の外交官オールコックも『大君の都』(岩波文庫)のなかで、当時の日本を「子供の楽園」と評した。
最近は日本でも子育て事情が変化してきている。
リカちゃんがこの二〇年、ひたすら頼りとしている相手がガールフレンドでもなく、ボーイフレンドでもなく、パパでもなく、ましてや学校の先生でもなく、まさにママであるということ、言いかえれば、リカちゃんとママという「母子枢軸」のみがロングランを続けている事実は、日本における「母子中心」の家庭構造そのものとリンクしているといってよい。------増淵宗一『リカちやんの少女フシギ学』1987新潮社)
97年末に恒吉僚子・ブーコック『育児の国際比較』(NHKブックス)が出版されて各国の事情がよく分かるようになった。
ママのオハコが『ボエーム』の「私はミミ」だからではないのだが、祐貴は小さい頃、ママの耳を触らないと眠れなかった。
□ コンビニに象徴されるような24時間社会になった。大人に付き合って、子どもの夜更かしが進んでいる。P&Gパンパース赤ちゃん研究所の2004年12月の調査では、午後10時以降に就寝する4歳以下の子どもが47パーセントを占めていた。東京北社会保険病院の神山潤副院長の『眠りを奪われた子どもたち』(岩波ブックレット)によると、子どもの夜更かしは、脳の発達に悪影響を与えるという。生命維持に不可欠なホルモン分泌が減り、高血圧や糖尿病になる危険もあるそうだ。神山は「早起きサイト」で警鐘を鳴らしている。夜更かしのつけは、ボディーブローのように効いてくるという。大人が生活を改めなければならない。
ペパーミント・パティ 「安心って何だと思う?」
チャーリー・ブラウン 「安心ってのは車の後部座席で眠ることさ」
ペパーミント・パティ 「後部座席で?」
チャーリー・ブラウン 「君は小さな子供で、お母さんやお父さんと遠出したとする。当たりはもう夜だ。君たちは来るまでうちへ帰るところさ。そのとき君は車のうしろの席で眠れる。君は何も心配しなくていい。お母さんとお父さんは前の座席にいる。そして心配事は全部引き受けてくれる。何もかも面倒見てくれる」
ペパーミント・パティ 「ほんとにすてきね!」
チャーリー・ブラウン 「でもこれはいつまでも続かないよ!突然君は大人になる。そしてもう二度と後部座席に乗って眠ることはできなくなるんだ。もう決して眠れないのさ」
★子ほめ【admiring a baby】「家族の悪口なんて確かにあまり良いもんじゃないわ。気が滅入るわ」
「気にすることはないさ。誰だって何かを抱えてるんだよ」
「あなたもそう?」
「うん、いつもシェービングクリームの缶を握りしめて泣くんだ」
-----村上春樹『風の歌を聴け』子どもを持つまで分からなかったことに古典落語ではないけれど「子ほめ」がある。子どもを賞められるのはやっぱり自分や妻を賞められるより遥かにうれしい。けなされると殴りたくなる。人生半ばを過ぎてからこのことが分かったのは遅すぎた。もっと賞めておけばよかったという場面に何度も出くわしている。子どものこと位で馬鹿じゃないか、と思っていたのも恥ずかしい。日本ではどの親も子どもの支えで生きている。子どもが生まれたと聞いても名前を聞いたり、何もいわなかったりする人がいるが、信じられない気分になる。
ただ、親としてわが子はホントに可愛いと思っていたのだが、1年後に写真を見るとフツーだったんだな、と冷静になることもある。
賞め言葉で一番嬉しかったのは「この子、表情が豊かね」という言葉である。
★遺伝【heredity】人はなにを有して生まれてくるか、環境はわれわれになにを為すかという問題は------勝負のつかない議論であり、しかも退屈だ。なぜなら、人間の誕生と成長にまつわる神秘を単純なものにしてしまうからである。------ジョン・アーヴィング
祐貴は僕の小さい頃そっくりの顔なので、睦ちゃんのことを知らない人でも祐貴の顔を見て「あんたァ、カナガワの嫁はんけェ?」といわれるそうだ。さまざまな表情や動作までが自分にそっくりでタイムマシンに乗って過去に戻ったような複雑怪奇な気持ちになる。
ただ、祐貴は僕と違ってヒョウキンである。じっとしていることがない。どうしてあんなにヒョウキンなのか不思議で仕方がない。睦ちゃんの遺伝に違いない。僕は今でもナフタリンというあだ名がついているように目立たず、隅の方でひっそりとしているのに…。
食べ物の傾向は祐貴がママと未蘭が僕と同じだ。祐貴は僕に似たところが少ないと思っていたが、大きくなって言葉遊びが巧みになった。ライラ・グライトマンの有名な研究によれば言語学者の子どもはメタ言語能力の発達が早いといわれている。未蘭も「どうしてテレビの人って“〜と述べた”というの?」とか聞いてきたものだ。
それにしても、いいところは似ないで悪いところばかり似る。離婚した知人は「父親のことを知らないはずなんだけど、最近しぐさが似てきて嫌になる」と話していた。
映画『泳ぐひと』でバート・ランカスターが訪ねたある家のプールには水がなくて、泳げないという男の子がいるだけだ。
「ぼくは運動神経がニブいからチームには入れないの」
「その方が自由でいいよ。主将になる心配をしなくてすむからね」
「どうせ主将にはなれないよ」
「なれるさ。自分の主将になればいいんだ」
★親心【parenthood】「這えば立て、立てば歩めの親心」とはよくいったもので他人から見たらつまらないことに家中が興奮する。時期がくれば自然に育つのに、うちの子は遅れていないかといつも不安だ。結局、祐貴が歩き出したのは1歳3カ月位だった。(ヨソより早く)立った!といって小躍りしたのにいつの間にかヨソより遅くなってしまった。
早い、遅いといって一喜一憂するのはやめようと思うのにどうにも止まらないのが山本リンダと親心である。実際には這わないでいきなり歩く子も多いし、畳や絨毯がなくて這うことのできない環境の子どもも世界にはいっぱいいていきなり立って歩く。
あるおばあちゃんが2人の孫を連れて散歩していた。知り合いの人が立ち止まって「お孫さんはおいくつですか」と聞いた。
「お医者さんの方は7歳で、弁護士の方は5歳です」。黒澤明の「生きる」には子どもの野球の試合で一喜一憂する父親の姿(そして裏切り)が描かれている。そんなことに一喜一憂してみても子どもは子どもでいつか親から離れていくものだ。「生きる」の野球のシーンが引用されている映画にロン・ハワード監督(「アポロ13」で有名)の「バックマン家の人々」(原題はparenthood)という傑作がある。この映画でおばあちゃんが「子育てはメリーゴーランドではなくて、ジェットコースターみたいなもので上がったり、下がったりだ」という。育児書で有名なスポック博士も親というのは「緊張と喜びの奇妙にいりまじった経験」だといっている。
育児というジェットコースターに親子一緒に乗せられていると思えば気が楽になる(?)
★はいはい【crawling】はいはいをしないで、いきなり立って歩く子どももいる。日本は畳文化だから這う場所も多いが、欧米ではそんな空間は少なく、いきなり立って歩くことも多い。ボリビアではチュンピという布でグルグル巻きにして育てると脚が丈夫になると信じているが、取ったらいきなり歩き始める。
★役者【actor】祐貴も未蘭もアンパンマンの風邪薬を飲みたい時に「風邪ひいたァ」といってゴホンゴホン咳をする。ある時、祐貴が布団に引っ掛かって転んでから2、3歩進んでは倒れるので病院へ連れていった。「何ともないですね」といわれ、お金も請求されなかったのだが、直後に病院の廊下で倒れ、もう一度心配になってみてもらった。やっぱり同じ返事。帰宅して遊んでいるうちに足のことは忘れてしまい、アンヨは?と聞くと、別の脚を出した。
劇団ひまわりに入れようと思う今日この頃である。
★歯医者【dentist】歯磨きを嫌がり、放っておいたら歯が痛いといい始めた(2歳半)。医者へ連れていったら、痛みはないようですが、溶けかかっているのでフッ素を塗っておきましょう、といわれた。よく分からないままに同意したのだが、塗ると歯がお歯黒のようになってしまった。これで苛められたらどうしようとマジで悩んだ(小1の時に白くしてもらえた)。健康も大切だが、見栄えも重要だ。もし、医者に同じことを言われたら、よく考えてほしい。」「ハイシャ復活せんという位だ。
電動歯ブラシを薦められて買ったが、医者のいうようには喜んで磨かなかった。
結局、祐貴には「お口の中にバイキンマンがいる、バルタン星人がいる」と騙しながら磨いている。未蘭は大暴れして磨かせなかった。
「ぬけた歯」 まどみちお(まど・みちお全詩集)
ぬけた歯をてのひらにのせると
星のようだ
生きもののぼくの口の中へはもう
帰れないほど とおくに光る…ぼくの体の どこかであったのが
嘘のようだ
ここから見えるのもふしぎな
ふるさとの どこかに
帰りついているかのようだ
そこにあることこそが本当の…生きものの一ばん初めの祖先が
そこで生まれたころの
風も虹もやまびこも
まだ赤んぼうだったころの
宇宙のふるさとの どこかに…
★おもちゃ【toy】子どもを不幸にするいちばん確実な方法はなにか、それをあなたがたは知っているだろうか? それは、いつでもなんでも手に入れられるようにしてやることだ。すぐに望みがかなえられるので、子どもの欲望はたえずおおきくなって、おそかれはやかれ、やがてはあなたがたの無力のために、どうしても拒絶しなければならなくなる、ところが、そういう拒絶になれていない子どもは、ほしいものが手にはいらないということより、拒絶されたことをいっそうつらく考えることになる。
-----ルソー『エミール』ルソーが皮肉っているから、たくさんおもちゃを与えたくはなかったのだが、いつの間にかガラクタが増えた。細かなおもちゃを結構もらうものだ。結局、長く役に立っているのは「お絵かきボード」とブロックくらい。そのうち、スーパーに行って必ず玩具入りのお菓子(お菓子がおまけだ)を買うようになって極限状態に陥った。友人からの年賀状写真に写っているおもちゃの量を見て安心することにした。
ガラクタの山で何とか処分しろ、と叱られてばかりいる。精神科医に聞けば不登校で相談にくる学生の家はやたら整頓されているのだというので安心することにした。
何よりも困ったのは未蘭がセーラームーンでなく、ゴジラのお菓子を買うことだった。
★好物【favorite food】小さい頃、祐貴はヨーグルトが大好きで目の色を変えて食べた。1歳半頃からあまり食べなくなった。今は刺身(特に甘海老)と人参が大好きだ。昔の人参と違い、甘いので嫌いな子は少ないという(栄養も少ないという)。O先生のK君は酢の物が大好きという。
祐貴はママそっくりで好き嫌いが多いが、未蘭は僕と同じで納豆もお新香も食べる。
★天神様【St.Tenjin】男の子が生まれると金沢や富山県西部では実家が天神様の掛け軸を贈る風習がある。これは加賀百万石の前田家が先祖を菅原道真だと偽り、将軍の監視の目をそらすために文芸復興しようとした名残りである。最近は木彫像も多い。小さい頃、この前で書き初めをさせられたが、悪い風習ではないと思う。五月人形も盛んではなかったのに商売上手に躍らされて流行している。女の子だとお雛様ということになり、実家は踏んだり蹴ったりで申し訳ない。お雛様は家の代々のを使うと断った。
「一枚の写真」 吉野 弘
姉は両掌の指をぴったりつけて膝の上
妹は姉を見習ったつもりだが
右掌の指は少し離れて膝の上
この写真のシャッターを押したのは
多分、お父さまだが
お父さまの指に指を重ねて
同時にシャッターを押したものがいる
その名は「幸福」七夕が男の子の行事とは知らなかった。男の子の生まれた家だけが竹に短冊を飾る。
★クリスマス【Christmas】ずいぶん昔、まだ子どものころ、クリスマス・イブの夜中に、ぼくは静かにベッドに横になっていた。シーツのすれるこそりとする音さえたてなかった。ゆっくりと静かに息をし、耳を澄ませ、ある音が聞こえてくるのをじっと待っていた。サンタのそりの鈴の音が、ちりんちりんと鳴り響くのを。
-----オールズバーグ(村上春樹訳)『急行「北極号」』(あすなろ書房)日本人の節操のなさの代表にされるが、子どもがいるとクリスマスというのはいいものだ。こんなにいいものとは思わなかった。ツリーを飾ざったり、ケーキを作ったり、パーティもプレゼントも楽しい。祐貴6歳の時のクリスマス会の話を聞くと「今年のサンタは外人みたいだった」という。だませたと思っていたら正月になってから「となかい飛んでこなかったし、サンタが歩いて帰ったのもおかしい」といい始めて焦った。
1897年、ニューヨーク・サン紙に「サンタクロースって本当にいるんでしょうか」と8歳の少女バージニアが投稿したという話がある。社説に返事は載った。「この世の中に、愛や、人へのおもいやりや、まごころがあるのとおなじように、サンタクロースもたしかにいるのです」。そして「この世界でいちばんたしかなこと、それは子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから」(『サンタクロースっているんでしょうか?』偕成社)。夢と愛情をもらった少女は後に先生となり、長期入院の子どものための学校で副校長も務めた。「見えないもの」を大切にする先生になったことだろう。
河合隼雄さんは中学くらいまでサンタを信じていたという。兄の雅雄さんたちが怪しむと一緒にサンタを起きて待とうといったり、こっそり仕掛けた糸をちゃんと切ってあったり、努力したという。うちでも雪の時には足跡を付けた。
でも、サンタを信じていると馬鹿にされ、イジメの原因になるという。
「学校の怪談」ばかりで、本当の「お話」が育たない、悲しい時代だ。
★言語獲得【language acquisition】わが子の言語発達を記述しようというのは言語学者の夢だ。成功した人はいない。というのも親子の間は密接で言葉を使わないことが多いし、子どもたちの接触まで追いかけることは難しいし、「明けましておめでとう」など年に1度しかいわない言葉もある。
祐貴は3歳の頃、「ぶっ飛ばすぞ」と言って周りを心配させた。「くまのプーさん」のビデオに出てくる言葉を覚えたと分かってほっとした。
僕も祐貴の発達の様子をビデオに撮ろうと思ったが、言語学者の子どもは観察されるばかりで強迫観念に陥ることが多いというのでやめた。教えてもいない(と思っている)言葉を駆使するのをみていると原理は分かるが不思議だ。
プサンメティコスは人類最古の民族を知るため次のような実験を行った。二人の赤子を小屋に閉じ込め、山羊の群れと一緒に育てる。そのとき子供の前では一言も喋らないこと。そして子供たちが成長してはじめに口にした言葉が何か?を調べるというもの。そして実験の結果、一人の子供が「べコス」と言った。この「べコス」という言葉を調べてみると、プリュギア人がパンのことを「べコス」と言うことが分かったので、エジプト人もしぶしぶプリュギア人の方が古い民族であると認めた。---ヘロドトス『歴史』 言語は言語データなしに獲得できないからおかしな話だ。
言語発達に関してはヤコブソンの見事な図式があるのだが、問題は個々には当てはまらないということだ。それはどの育児書も隔靴掻痒の感があるのと同じである。どの子も特別なのであり、ごく普通なのである。ただ、大まかに2歳から3歳にかけて数語の状態から1000語程度まで語彙数が増え、この時期が母語を形成するのに大切だといえるだろう。
理論は理論だ。親戚の子は4歳まで全然話せなくて周りを心配させた。「知恵遅れ」では?ともいわれたが、今では喋りすぎるくらいだ。
未蘭は4歳前後に話し始めがつまって「吃音」かと心配させた。田中美郷の「吃音の発症時期」によれば2〜3歳に初発のピークがあり、2歳では男女差がなく、3歳以降では男児に多いとされる。伝えたい意思と言語の間にギャップがあるために生じるもの(ディスニーランドからの帰途で顕著だった)で「非流暢現象」と呼ばれている。この時に親が心配して干渉しすぎると「吃音」が発生させかねない。未蘭はすぐに治った。cf.LD児とは何か?
★文字教育【literacy】祐貴には「あいうえおボード」なども使って懸命に教えたが、文字を覚えたのは年長の時で独りで『ウルトラマン図鑑』から覚えた。だからカタカナが最初だった。もっと早く読めてこれみよがしに(?)絵本を読むR君もいたので正直焦った。
未蘭はお兄ちゃんの本(無駄にはならなかった)から独りで覚えた。4歳にはカタカナまで書けるようになっていた。
祐貴は未蘭より読書が好きで集中力も出てきた。早熟のR君はあまり好きではないらしい。無理強いしないでいいのだと二人の例を見て思った。
JALの雑誌に養老孟司は次のように書いていたが、うちの子どもには当てはまらなかった。
戸外で体を動かして生き生きするのは、実は体だけではない。ある統計がある。3歳くらいの子ども100人以上の生活時間と識字率の関係を調べたら、外遊びの時間が長い子どもほど文字を知っているという結果が出た。意外なようだが、脳の成長の仕組みを考えれば、これはあたりまえ。体を動かすことが脳を育ててるからである。脳には、目、耳、手足など皮膚感覚を通して、外部からいろいろな情報が入ってくるが、逆に脳から出すことができるのは体の運動だけだ。しゃべるだけでも声帯や口を動かさなくてはならない。動かしてみて、その感覚をまた脳にバックしていく。そうやって入出力をぐるぐる回していきながら、脳は育つ。一見、無意味なような遊びの中から、いろいろなことに出会って、自分なりのルールを作っていくことは、生き物としての人間には大事。特殊な才能を育てるのはその先でいいとぼくは思う。おとなが思っているよりずっと、子どもは自然に近い生き物なのだ。
★やぶ医者・南【the Quack Doctor Minami】初産の担当医で妻に11針も縫ってひどい目に合わせた南はその後、保健所に左遷された。県立中央病院の看護婦さんたちも僕の前作を読んでいて不信感を募らせたので左遷には僕も間接的に係わっていることになる。本当は殴ってやりたかったのだが、つまらない奴のために家族に迷惑がかかるのが嫌だったから、左遷はちょうどよかった。
今回お世話になった舌野先生は元中央病院の先生だから、南のことはよく知っていた。「あいつ、患者、誰もおらんだろ。そっで切迫流産いわれたがいろ。あいつの手ぇながいぜ。切迫流産いうて他人の患者を自分のものにすんがいぜ」といわれた。確かに初産では違った医者にかかっていて、お腹の調子が悪いで診てもらいにいったら、南しかおらず、いきなり「血ぃー出とらんけど、中で出とって切迫や」といって入院させられ、いつの間にか担当医になったのだった。総合病院の恐さを知った。他にもすぐに子宮筋腫といって切り取ってしまう先生がいるから怖い。
「縫合も下手でぇ、館野【院長】やおらっちゃ見とられんが……」といわれた。
今となっては真実は分からないが、下手な縫合によって睦ちゃんが1年間、痛くて調子を崩していたことは確かだ。前回と今回では予後が全く違う。
★天才!【What a genius!】《この項は飛ばして読んでください》どの親にも我が子が天才と思える至福の瞬間がある。わが子にも天才と思えたことが何度かある。
親馬鹿を披露すれば、能登島のイベントで睦ちゃんがオペラ『魔笛』から「夜の女王のアリア」を歌ったのだが、それから3カ月ほどしてテレビで『魔笛』を放送していた。「夜の女王のアリア」のところへくるとおもちゃで遊んでいた2歳の祐貴が突然「これ、ママ歌ったネ」といったのでびっくりした。その後、家で歌ったことはなかったのに!
ヤクルトおばさんに玄関に飾ってある銅版画を指さし、「これ、モーツァルト」と教えた覚えもないのにいったことがあった。恐竜の絵本を見て「これ、トリケラトプス」と何度も教えたこともないのに覚えていたということがある。レミニッセンスというが、いずれも大人の会話を聞いていてその記憶がねずみ花火がはぜるように輝いたということなのであろう。
未蘭がパソコンで遊んでいるのを見るとパソコンをよく知らない人は天才と思うかも知れない。でも、ただおもちゃと遊んでいるだけなのだ。残念なのは天才と思える瞬間は永遠ではないということだ。「もし子どもたちがそのまま成長したら、天才しかいなくなってしまうだろう」とゲーテは『詩と真実』で言ったし、黒澤明が娘にいつもそんな風に語っていたというが、子育てをしていたら、そうは思えなくなる。
玖保キリコ『いまどきの子供』にも赤ちゃんがおもちゃではなく、本物の電話やピアノに触りたがるので親が「もしかしたら、この子、天才!」と思い始めた時、(あまり賢くない)キリタ君がやってきて「僕も昔、そうだったよ」というのでガックリくるというのがあった。
子は親よりも賢くなりえない、という学説もある。とすれば、あまり期待しない方がお互いに精神衛生上いいというものだ。といいながらうちの子だけはと期待する(!?)
何かに執着できる能力を天才と呼ばずして、いったい何を天才と呼ぶだろう?普通の子供なら誰だってその能力を持っているのだ。
-----ミルハウザー『エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死』(白水社)
★病気【disease】「歌う総合病院」といわれるママと違い、祐貴は大きな病気には罹らなかったが、よく風邪をひく。ひいては親父から育て方が悪いと怒鳴られる。親の方が遥かにショックを感じているのに…厚着をすれば布団から飛び出し、風邪をひく。薄着をしても風邪をひく。
あげく、苦労して医者に連れていったのにその薬を飲まないこともある。
病気で寝ている時の食卓は火が消えたように淋しい。いたずらをしてくれていた方がどんなに嬉しいか初めて分かる。いつものうるささが懐かしい。病気の時、けなげに親のいうことを聞いているのをみると涙が出てくる。早く治ってくれ、と祈るだけである。
★便秘【constipation】ふだん忘れていることに子どもの便秘がある。祐貴は小さい頃、よく便秘をして苦しそうだったのでミルミルを飲ませ、体質を変えた。でも、きっと歯が弱くなった。
高熱になり、おろおろしている時、母が浣腸したらと言われて半信半疑で浣腸したら治ったということが何度かあった。ウソみたいにケロッとするのだ。癖になっては困るが、ある時も自分から「お腹が痛いの」といったことがあった。浣腸は常備薬になっている。
★トイレット・トレーニング【toilet training】中国へ行った時、子どものズボンの後ろが裂けているのに驚いた。ウンチをさせるために開けてあるのだが、あんなに寒い所で痔にならないか他人事ながら心配になった。
つくづく、子育てというのは文化だと思う。スイスの生物学者ポルトマンは『人間はどこまで動物か』(岩波)の中で人間を生理的早産と定義して21カ月で生まれるのが妥当といった。また、「人間は世界に開かれた系である」ともいった。つまり、動物は生まれた瞬間に全ての行動が閉鎖的に決定されているが、人間は知識や技能を、文化を自ら獲得していかなければならない。
ところで祐貴の場合は見事に失敗だった。2歳でおまるでするようになっていたが、「おしっこの感じがしっかり分かる」というトレパンマンを使ってからダメになった。まるで詐欺だ。よく喋る子は遅いというが、3歳を過ぎて「このおむつ、もう汚れているからヤー」などといいながらおむつをしている。保育所で上の子を見て直ると思ったら「ひよこ組」のどの子も年下で取れてなかった。祐貴は3歳1カ月でやっとウンチもいえるようになった。
★「となりのトトロ」【My neighbor,Totoro】誰でも2〜4歳の頃に「頭足人」(とうそくじん)と呼ばれる頭と脚だけで胴のない人間を描くようになる。ちゃんと発達している証拠だ。子どもはよく働く手、身を運ぶ足、顔のある頭は意識するが、これらをつなぐ「胴体」というものの存在は意識から外れてしまため、「頭足人」が生まれるらしい。
宮崎駿の「となりのトトロ」(原題「所沢のお化け」が縮まった)を初めて見せた時、大トトロが出てきたところで恐がってしまった。5回ほどですっかり馴れ、一時は、見せろ!と毎日うるさかった。当時はトトロを歌って眠っていってくれた。古い日本の情景が続くが宮崎の高い作品性のおかげで国境がなく、世界中にファンがいる。手塚治虫が亡くなった時、ただ一人、「神様」を批判したが、作品の深さから納得できる。作曲の久石譲も天才だ。ただ、「パンダ、子パンダ」の親パンダはトトロにそっくりだ。
しかし、電子メディアが発展すればするほど生活のにおいは希薄になる。子どもは大人とテレビのちょうど真ん中にいる生物だというジョークがある。
「子供には3歳までテレビを見せないで下さい…幼児は、現実と虚構の区別がつきません。犬と遊ぶほうが大切です」(宮崎駿の講演から)
★ディズニー文化【Disney Cult】子どもの雑誌(どれもテレビマガジン化している)をいろいろ買ってみたが、一番多かったのが『ディズニーランド』である。LDもディズニーばかりだし、パソコン画面にもディズニーが映る。未蘭が最初に覚えた歌は「南部の唄」だった。子どもがこんなにディズニーに染まっていくとは思わなかった。これで東京ディズニーランドへ行くようになるともっとエスカレートするのだろう。もっとも「日本昔話ランド」というのがあっても誰も入らない。
南米ではドナルドが有害指定図書となっているし、フランス人の多くはユーロディズニーランドを文化侵略だと批判しているが、気持ちは分からなくない。
昔話をすれば「ディズニーランド」というTV番組が金曜8時からあり、プロレスと隔週で放送されていた。NHKの裏番組が好きな姉といつもチャンネル争いをした。
ウォルト・ディズニーの思想は明確で(本人が番組の冒頭に話した)、野生の国の時はいつも弱肉強肉を強調した。弱肉強肉の思想は姉に喧嘩で負けた僕には身に染みた。今では鼠や家鴨がどうなろうと気にならない。大体、空飛ぶ象のウンチを考えただけで頭が痛くなる。
親馬鹿で「ディズニー子供教室」というのを定期購読した。正しい方を押せば音が出るという機械がメインなのだが、殆ど役に立たなかった。機械に頼ったらダメだ。
楽しいのはCD-ROMのAladdin Activity Center,The Lion King Animated Bookなどである。
教材はセシールのも福武のも買ってみたが結局、お蔵入りだった。
結局、祐貴7歳、未蘭4歳の時に東京ディズニーランドに行ってしまった。未蘭はギリギリだったかな、と思う。3歳だったら大変だったし、記憶にも残らなかっただろう。
今の学生たちはディズニーランドに郷愁を覚えるという。あんなヴァーチャルな空間に郷愁を覚えるとは!憤りを超えて可哀想である。
連休に来る遊園地 子を持てば典型を生きることの増えゆく---俵万智
★童謡【nursery rhymes】すぐれた「童謡」というものは、長い人生に二度あらわれる。
一度目は子供時代の歌として、二度目は大人になってからの歌としてである。 ------寺山修司『日本童謡詩集』童謡をたくさん覚えた子は賢い、というのが睦ちゃんも出演する「童謡フェスティバル」の主催者の弁である。これが本当なら睦ちゃんはもっと賢いはずだし、祐貴ももっと賢いはずだ。賢くなるという不純な動機で童謡を教える(!)べきではない。情緒を豊かにする、というのもやはり不純な動機だ。目的と手段の混同だ。歌はひたすら楽しむべきなのだ。
祐貴たちは他人から「いつもママに歌ってもらえるからいいね」とよくいわれるが、実際にはCDを聞いていることが多いかもしれない。CDの方が曲に変化があるからで当然だ。ただ、祐貴は替え歌が好きで(歌詞をいい加減に覚えているだけ!)勝手に作って歌っている。
イギリスなどでは伝承的なわらべ歌が多いが、日本の童謡のいいところは瀧廉太郎や山田耕筰など立派な作曲家が歌曲と同じように作りあげていることである。
★童話【fairy tales】「きみにはわかるかい、なぜツバメは家の軒下に巣をつくるのか? それはね、お話を聴くためなんだぜ」…。ジェームズ・バリ『ピーター・パンとウェンデー』(角川文庫)とピーター・パンはウェンデーに語る。ピーター自身、父親や母親がわが子に語り聞かせる物語が聴きたくてネバーランドから人間世界に飛来していたのだ。
外国ではよく「ベッドタイム・ストーリー」を聞かせるシーンがあって羨ましいといわれるが、子どもを一人で寝かす習慣だから、1回で終わるような話をしてあげるだけだ。その意味では日本の方がコミュニケーション密度が高いかもしれない。
童謡同様、童話も情緒を育てるのに大切だといわれる。でも、童話の怖さを知ったら幻想は吹っ飛ぶだろう。何しろ、「ヘンゼルとグレーテル」では実母が子どもを捨てるのが元の話。残酷すぎるので継母に変えられた(継母こそいい迷惑である)。「白雪姫」も実母が馬車で森へ連れて行き、置き去りにするのが最も古い稿。初版では実母が猟師に命じて姫を殺させ、証拠として肺と肝を持ってこさせ、これを食べようとする話。あんまりと思ったのか、後に継母に改変される(採取した童話に実母と継母の双方の話があったため)。それでも、結婚式に招かれた母親は石炭で真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊らされることになる。「シンデレラ」ではガラスの靴に娘の足を合わせるために切ることになっているし、二人の姉は意地悪をした罪として鳩に両目を突き出されてしまう。「赤ずきん」だってペローの原作は食べられてお終い(坂口安吾は“アモラル”だからいいと述べている)。「三匹の子豚」だって狼は兄の二匹を食べてしまうし、末弟は狼を食べてしまう。「アリとキリギリス」だって、キリギリスが餓死するのが本当だ(アリが踏まれて死んだというのがあっても良さそうだ)。
河合隼雄は『ココロの止まり木』(朝日)の中で「おはなし」が復活してきた理由を次のように書いている。
その秘密は、「おはなし」の持つ「つなぐ力」が再評価されてきているからだ、と私は思う。「おはなし」は話し手と聞き手の心をつなぐ。「読み聞かせ」の好きな人は、その間に子供達がいかに目を輝かせているか、読み手と聞き手の間にいかに一体感が生じているか、このことをよく体験していると思う。
それに「おはなし」は、子どもたちの心のなかで、バラバラだったものがつながったり、心と体がつながったりする体験をさせるのだ。心と体のつながりは大切だ。これが切れていると、ほんとうの「悲しさ」や「優しさ」などがなくなってしまう。
かつての日本で子どもは神に近い存在だと思われていたが、荒ぶる神としての側面も指している。童話も子どもと同様に残酷なものとして扱わなければならない。
祐貴は毎日、ウルトラマンの話をしてくれ、というので怪獣の名前を工夫し、「泣いた赤鬼」や「かぐや姫」「ロミオとジュリエット」などの話を翻案して話していた。
未蘭は「セーラームーンのサーカス」「桃太郎のサーカス」が大好きだったが、今では「ミッキーの桃太郎」「ミニーのかぐや姫」に夢中である。
小学2年生になっても未蘭は「桃太郎!」と叫ぶのであった。
茨木のり子「おんなのことば」(詩華集『おんなのことば』)
【…】
子供たちには
ありったけの物語を話してきかせよう
やがてどんな運命でも
ドッジボールのように受けとめられるように【…】
★保育所【nursery school】祐貴は4月時点でまだ2歳だったが、社会性をつけるために保育所にやることにした。おしめが取れていないので苛められたりして保育所に行かなくなり、それが生涯、トラウマ(心の傷)となって残ったらどうしようかと心配したし、実際、義父母からもおしめが取れてからにしたらといわれた。しかし、心配することはまったくなかった。逞しくなった。何しろ、保育所の先生たちはプロなのである。保母に任せてホボ間違いない。R・フルガム『人生に必要な知識はすべて幼稚園の砂場で学んだ』(河出)という本もある。
保育所に入ってから一番役に立ったものに靴の乾燥機がある。
#自己紹介の時、頼まれもしないのに「ウルトラセブン」の歌を全曲歌ったりしたものだが、3年間の保育所生活を省みると角が取れてみんなと同じような子になったともいえる。きらめきが感じられなくなったというのは親馬鹿かもしれないが…。
★保育料【nursery charge】保育料がいくらになるのか分からず困った。月末にようやく通知をもらった。軽く3万を超えて(しかも6月に3千円値上げ!)いっそ保育所にやらずに自宅で育てた方がいいのではと思えるが、まあ、教育費だと思って我慢することにした。女友達Nさん(後、三人娘を抱えて離婚)がいるが、清瀬に家を建てたのは保育料が安かったからだという。過疎に悩むよりは保育料の引下げで若い人を移住させればいいのに…。《未蘭の時は4万を超えた》
★役員【member of association】早速、保育所の役員が回ってきた。忙しい役目についたらどうしよう、と心配して役員会に出席したら、世間はうまくいっているもので、もう会長にになるのがうれしくて仕方がないという人がいて助かった。懇親会にも出席してしっかり自分の子どもだけはよろしくと言ってきた。今まで地域との関わりをもたなかったのだが、否応なく関わりをもたざるをえなくなった。苦痛でもあるが、人つきあいが広がるかもしれない(晩婚だったもので父兄はみんな年下で知らない人ばかりだ)。廃品回収とか運動会、バザーとかペンキ塗りで忙しい。廃品回収は古紙の暴落で市の補助金目当てでやっているが、元をただせば僕らの税金だ。
一番嫌だったのは賛助金集めだ。子どものいない家庭からどうやってもらうのだ。かといって無視する訳にもいかない。悩んだ。
#よせばいいのに97年には妻が母親クラブの会長を引き受けてしまった。詳しくは弁論大会原稿。98年には僕が幼稚園のPTAの会長になってしまった。
★運動会【athletic meet】保育所のイベントのハイライトは運動会である。リレーをしたのだが、転ぶ子、泣く子、反対に走り出す子など多彩だった。腹が立ったのは幼稚園で「子どもさんの成長した姿をしっかりと見てやってください」といいながら、雨天の場合は月曜日に順延するとしたことだ。子どもらの成長を願って、といわれても…。
運動神経は遺伝ではないという。宝塚の大浦みずきは運動神経に恵まれ、駆けっこなら小中学校を通じて1位の記憶しかないという。不思議なことに、家族はそろって運動音痴だったという。特に父で詩人の阪田寛夫のは瞬発の才に乏しく、運動らしい運動をする姿を見たことがない。いとこで幼時から親しかった作曲家の大中恩(めぐみ)も「彼の運動神経には同情した。走るのも投げるのも滑るのも苦手でした」という。
びりのきもちが わかるかな/みんなのせなかや 足のうら/じぶんの鼻が みえだすと/びりのつらさが ビリビリビリ -----阪田寛夫『ばんがれまーち』(理論社)
★花壇【flower garden】2,3年の保育所の後1年だけ幼稚園に通うシステムなのだが、幼稚園の花壇は毎年、金賞を取っていた。内藤知美「幼稚園の『花壇』」(本田和子『ものと子どもの文化史』勁草書房)によれば、幼稚園の花壇が作られたのは明治9年、東京女子師範(お茶大)付属幼稚園であり、「幼児教育の父」フレーベルの影響によるものだという。フレーベルは命令的、干渉的な教育は人間に破壊的に作用すると考えた。永遠なるものの法則は外においては自然に現れ、内においては人間精神に現れる。教育は精神と自然の統一を目指すから、自然の観察はきわめて重要であるとした。花壇はその自然を象徴する小宇宙だったのだ。環境教育のハシリだった。
★薬【medicine】妊娠していると思っていたのに、受胎日から1カ月後に中央病院で検査してもらったら、マイナスで、その後すぐにあったディナーショーの直前、クララを1箱位と風邪薬も飲んだ。ところが妊娠が確定した後、服用説明書を熟読してみると、妊婦は医者の指示に従い〜と書いてあり、医者に相談したら啖をきる薬は細胞を分裂させるので初期には絶対よくないのだといわれて真っ青になった。「すんだことは仕方がない、忘れなさい」と慰められたが、忘れられる筈もない。もし、正常に生まれなかったらどうしようと二人とも不安になった。心配で心配で、生まれてすぐ、睦ちゃんは先生に大丈夫ですか、と聞いた。すると、「今、羊水でドロドロだから分からない。すぐに見てあげるから」といわれたのだが、返事があるまでの時間の長いこと、長いこと!ようやく「表面上は大丈夫」といわれてホッとしたという。当たり前のありがたさをこれほど感じた瞬間はない。
妊婦がダメな薬は外箱にもっと分りやすくはっきりと表示してもらいたい。
★個人病院【private hospital】前回は体力に不安があるので総合病院にしたのだが、懲りたので今回は舌野医院に入院することにした。一人部屋は2千円高かったが、他人に干渉されずにすむから安いものだ。 先生は口が汚いが、上手だし、丁寧だ。入院中は3時に奥さん手作りのケーキが出た。
姪が入院した病院では部屋のテレビで乳児室の子どもが見れるようになっていた。
未蘭は脚の曲がり方が悪く、股関節脱臼の疑いがあるといわれ、別の病院を紹介してもらったが、そこで疑いが晴れるまで気が気ではなかった。この辺が不便な点であろう。
どの病院がいいかはチームワークの特に必要なお産の場合、先生との相性である。別の医者だが、相性がよくて先生の教えを守って40で初産をしたという人もいる。
舌野は出産の立ち会いもできるといわれたが、群ようこの『姉の結婚』に出てくる「僕」のように「エイリアン」を見て分娩室でぶっ倒れたくなかったので丁重に断った。
★風邪【cold】5月初め、下腹部が痛くて盲腸じゃないかと騒いだ後、睦ちゃんがひいた風邪はすごかった。続いて祐貴、僕、母、父とひき、ある晩終に睦ちゃんは痛みで眠れなくなってしまい、そのまま入院。父も肺炎で入院。退院後分かったことは肋軟骨にヒビが入っていて(薬の匂いで母乳を嫌がるといけないので)自然治癒に任せるしかないということだった。
急にママが入院して毎晩添い寝してもらっていた甘えん坊の祐貴はどうなるか心配したが、杞憂だった。見舞に行っても10分位すると「帰ろう」というのでママの方がショックを隠せなかった。僕と二人の生活も全く問題なく、「パパ、お手々、つないで」といって寝ていった。こうして家庭にヒビは入らず、「クレーマー、クレーマー」にならずに済んだ。
出産後、睦ちゃんは39.3℃の熱を出し、せっかくたくさん出ていたおっぱいが出なくなってしまった。混合になったのだが、未蘭がよくグズッて体重増加量も少ないのでおかしいな、と思っていたら、医者におっぱいが少ないせいだといわれ、ミルクをたっぷりやった。よく泣く子だと思っていたら、よく寝る子だった。
鈴木光司は子どもが風邪を引くと姉妹でうつし合って1週間潰れたという。
★鼻血【nosebleed】祐貴はよく鼻血を出して朝、布団が血だらけになっていることもあった。重大な病気かと思ったが、この鼻血は糖分の取りすぎで次のように忠告された。ジュース(僕はCCレモンを疑っている)やココアなどはダメでお茶を飲むこと、ご飯の代わりに果物を食べるのはもっての他。ご飯後にデザートとしてはいいが、まずご飯。
鼻血が出た時は座ったまま鼻をつまんで押さえる。5分間続ければ、まず血は止まる。頭は後ろに反らせない。
★再び、5月生まれ【also born in May】
「心臓」 谷川俊太郎(『女に』)
それは小さなポンプにすぎないのだが
未来へと絶え間なく時を刻み始めた
それはワルツでもボレロでもなかったが
一拍ごとに私の喜びへと近づいてくる祐貴3歳の誕生日から1週間後の5月17日、お昼に病院から今、待機室です、という電話があり、慌てて病院へ行ったら、お義母さんが「後1、2分で生まれる」という。誕生のオルゴールと「○児誕生」のランプを撮影しておいてくれ、といわれていたので急いでセットしていたら、途中にオルゴールが鳴り始めてしまった。1時17分、女児 3114グラム、52センチ。2人目は早いとは聞いていたもののやっぱり早かった。そして軽かった。先生にも恵まれたという。分娩室に休んでいる睦ちゃんに「なら、また産めるネ」といって顰蹙をかった。
5月生まれがいいな、と神様にお願いしていたら祐貴と一緒でちゃんと5月に生まれた。 同じ月でよかったのは成長の比較の容易さと妊婦服がそのまま間に合ったことだ。
『リング』の鈴木光司は奥さんが教師で2カ月ずつの産前・産後休暇を有効に使うためには10月30日生まれがいいと決めて2月の排卵日を狙ったという。
「猫に名前をつけるのは難儀なことだ。日曜日の暇つぶしなんてもんじゃない」というのは『キャッツ』の原作となったT・S・エリオットの詩の冒頭である。まして、我が子の名前など考えるのは容易ではない。尊敬する人につけてもらった、という人がいたが、とてもそんな気になれない。親が子どもに与えられるものでお金や名誉より重要なものではないだろうか。親は子どもとその名前に対して責任を持たなければならない。
「どうでしょう、私が勝手に名前をつけちゃっていいでしょうか?」
「全然構わないよ。でもどんな名前?」
「いわしなんてどうでしょう? つまりこれまでいわし同様に扱われていたわけですから」
「悪くないな」と僕は言った。
「そうでしょ?」と運転手は得意そうに言った。
「どう思う?」と僕はガール・フレンドに訊ねてみた。
「悪くないわ」と彼女も言った。「なんだか天地創造みたいね」
「ここにいわしあれ」と僕は言った。
「いわし、おいで」と運転手は言って猫を抱いた。猫は怯えて運転手の親指をかみ、それからおならをした。
---村上春樹『羊をめぐる冒険』「猫を探しているんだ」と汗ばんだ手のひらをズボンでこすりながら言い訳するみたいに言った。「一週間ばかり前から家に戻ってこないんだけど、このへんでみかけて人がいるんだよ」
「どんな猫?」
「大柄な雄猫だよ。茶色の縞で、尻尾の先が少し曲がって折れてる」
「名前は?」
「ノボル」と僕は答えた。「ワタヤ・ノボル」
「猫にしちゃずいぶん立派な名前ね」
「女房の兄貴の名前なんだ。感じが似てるんで冗談でつけたんだよ」
---村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(その後「サワラ」と改名される)「オカダ・トオル」と僕は言った。
彼女は僕の名前を口の中で何度か繰り返していた。「あまりぱっとしない名前じゃない、それ?」
「そうかもしれない」と僕は言った。「でもオカダ・トオルっていう名前にはなんとなく戦前の外務大臣【岡田啓介】みたいな響きがあると思うんだけど」
「そんなこと言われても私にはわかんないな。歴史のことは苦手なのよ」
-----村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』素敵な名前だね、と最初に会って話をしたときに僕は彼女に言った。斧を放り込んだら妖精が出てきそうだな。
---村上春樹『国境の南、太陽の西』(高校生のハジメがガールフレンドのイズミに)俵万智も「とりかえしのつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ」と歌っている(『プーさんの鼻』文藝春秋)。
とりかえしがつかないといえば、与謝野晶子である。茨木のり子の『君死にたもうことなかれ』(童話屋)には次のように書いてあるが、二人とも改名したそだ。
四男はアウギュストという外国名です。これはパリをおとずれたとき、彫刻家のアウギュスト・ロダンに会えたことを記念してつけられました。五女のエレンヌも外国名です。ものにこだわらない晶子の性格がよくわかりますが、こういう名前をつけられた子どもこそ、いい迷惑でした。
名前は大切なものだ。日本では『万葉集』の冒頭が雄略天皇の歌で始まっている。
籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串もち この岳(おか)に 菜摘ます児 家聞かな 告らさね そらみつ 大和の國は おしなべて われこそ 居れ しきなべて われこそ座せ われにこそは 告(の)らめ家も名も
『源氏物語』の「夕顔」でも、源氏と夕顔が一夜を過ごした翌朝の会話は名前を聞くことからなる。操よりも名前!
「つきせず、へだて給へるつらさに、あらはさじと思ひつるものを。いまだに名のりし給へ。いとむくつけし」との給へど、
「海人(あま)の子なれば」とて、さすがに、うちとけぬさま、いとあいだれたり。
「よし、これもわれからなり」実際、「寿限無〜」と名づけることはできない。長すぎて虐待ということになる。ちなみに画家のピカソは本名が長くて、どれが本当か分からないので有名だ(Pablo Diego Jose Francisco de Paula Juan Nepomuceno Maria de los Remedios Cipriano Santisima Trinidad Ruiz y Picasso)。ヨーロッパでは例えばロシアやチェコなど生まれた日によって名前が決まっていて「名の日」namedayというものがある。フランスでも少し前までファーストネーム許可リストがあってそれ以外の名前をつけることはできなかった。例えば未蘭はアネタという名前に決まってしまう(ベルベット革命以後は様変わりしたというが)。その代わり、誕生日でない名前の日でもお祝いされることがある。そうそう、チェーホフの『三人姉妹』の第一幕はイリーナの「名の日」の祝いから始まっている。
93年に大騒ぎになった「悪魔」ちゃんのように、親による子どもの人権侵害として法務局が事情聴取に乗り出す。でも、昔みたいに(要らない)女の子に「すえ、すて、あぐり」とか付けたらやっぱりいわれるのだろうか。時流に乗って「角栄」と子どもに付けたのに、評判が悪くなって苛められるというので改名をした人もいた。外人タレントのD・スペクターSpecterの姓も「幽霊」(007の敵でもある)という意味だし、「悪魔」を僕自身は悪いと思わないが、子どもの視点が欠けている。結局、「亜駆」になったのだが、父親にはアクマで頑張ってほしかった【96年に父親が覚醒剤で逮捕された。どうやら悪魔は親の方だったらしい】。
英米では悪魔を追い払うためにcrippled(足の悪い)、ugly(醜い)という名前をわざとつけることがある。これを言語学では「厄除け名」(apotropaic)という。日本でも例えば、紀貫之は幼名を「阿古屎(阿古久曾)」といい、「私の子どものうんこ」という意味だった。夏目漱石は明治維新の前夜1867年(慶応3年)1月5日に生まれたが、この日は庚申(かのえさる)の日にあたり、この日の「申(さる)の刻」(午後4時頃)に生まれた子どもは出世すれば大いに出世するが、一つ間違うと大泥棒になるという俗信があった。しかし、名前に金の字か金偏の字を付ければ大泥棒になることは免れるといわれて「金之助」となったのである。トイレに落ちた子は「千」とか「仙」と改名されたが、これが「千と千尋の神隠し」の一つのモチーフになっている。
少し違うが、江戸時代にも似た話があって将軍綱吉は生類憐みの令だけでダメ将軍だった訳ではない。長男を亡くして以来、鶴姫を溺愛し、「鶴」という名前をお店や人の名前につけてはならぬという「鶴字法度」を出した。井原西鶴が「西鵬」と改名したり、「つる」という子どもは「かめ」に名前を変えた。1970年代に北朝鮮で金正日総書記が後継者に内定した時、「ジョンイル」という名前の住民に対し、改名が強要されたとされる。
言語学者・壽岳章子の書いた「カメコさんの話」(『女は生きる』三省堂新書)という論文は鶴亀が目出度いという年寄りの意見で亀子とつけられた女性が小さい頃から名前をからかわれ、次第次第に世間に対して消極的になっていき、悲惨な人生を送ったという内容である。
マルクス経済学の向坂逸郎は読書中毒なのだが、昭和12年、治安維持法違反で検挙され2年間の獄中生活を強いられた。『私の書斎』(竹井出版)の回顧談によれば、入獄1週間はまったく本が与えられず、苦しくて仕方がない。弁護士名簿があったので、それを繰り返し読んだそうだ。「いろんな名前、ふざけてつけたようなもの、健やかな生長を願った親心がはっきりわかるものなど、変化に富んでいましてね、あれも案外面白かった」。無味乾燥なはずの弁護士名簿から、これだけの楽しみを引き出した。
シーボルトの娘“オランダおいね”は外科を学んでいたのだが、産科を学ぶために岡山の医師に弟子入りする。ところが、男性経験がなければ産科は理解できないと、実技指導で妊娠させられてしまう。レイプで身ごもったおいねは生みたくて生んだ子ではないと娘の名前を「ただ」にしてしまった(後にたかに改名)。そういえば、野口英世の母はシカで、姉はイヌだった。織田信長も妹を「犬姫」と呼び、側室に「鍋姫」がいたり、娘にも「五徳姫」というのがいたり…。
一番好きな話は山本寛斎が30歳のとき、人生で一番辛かった時期に神様に「もう一回まじめにやりますからわたし自身の人生に未来をください、とお願いしたら娘が生まれて“未来”と名づけたという話だ。
村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』には赤坂ナツメグと、息子の赤坂シナモンが出てくるが、立山町のお菓子屋さんは子どもに「いちご(女)、レモン(男)、ライム(男)」と名づけたそうだ。この勇気には感服する。ピーチにすればもっといいイメージがあったのに…。上市町の浄徳寺には「阿都姫(あずき)、桃南華(もなか)、輝南瑚(きなこ)」という三姉妹がいてお経から一文字入っている(それぞれ「善哉(ぜんざい)」「最中(さいちゅう)」「大豆(おまめ)」という法名も持っている)。
睦ちゃんの後輩は「りんご、金太郎」と名づけ、3人目は「みかん、銀次郎」にするといっていた。近所にも「あづき」という子がいるが、アクセントを間違えて言って睨まれた。フランスで旦那と知り合ったバイオリニストの竹内浩子先生は息子を「塁」と名づけたが、医者からは野球好きの夫婦なんだね、といわれたという。大工さんの娘だから「かんな」という人もいた。ソ連のミグ15戦闘機ファンで娘に「未来(みぐ)」と付けた人もいる。思いはさまざまだ。内田樹はブログで次のように書いていた。
そういえば、私の娘のるんちゃんのともだちにナイスちゃんという子がいて、二人がはじめてあったときに、「この子、ナイスちゃん。こっちはるんちゃんね」と紹介されて、二人で「やっほう」と挨拶を交わしたのだが、二人ともそれをあだ名だと思っていて、仲良くなってずいぶん経ってから「ところで本名なんていうの?」とお互いに訊ねたことがあるそうである。
最近は江崎玲於奈(レオナルド・ダヴィンチから)をはじめ、西洋かぶれした名前が多い。名前には流行があるから難しい。イトコの孫が「真子(まこ)」と名づけられ、変わった名前だと思われていたが、ある日突然、やんごとない名前として脚光を浴びることになった。
明石家さんま・大竹しのぶ元夫婦の子どもの「いまる」というのもすごい。我ら凡人の子どもならすぐに苛められるところだ。松阪慶子の「百音」(もね)というのもマネができない。中山美穂は息子の名前に意味をもたせてしまうとこの子を縛ることになるから、と意味がなくて日本語でもフランス語でも自然な名前にしたといって、「辻十斗(じゅうと)」にしたそうだ。どの漢字にも「十」が入っているけどキリストの再来?
僕より若いのに「梅田カヨ」という人がいる。おばあちゃんがメモをなくして「香代」という漢字を忘れてしまい、片仮名で入籍してきたのだという。「文」なのに入籍する際、祖母が「ふんチャンいうがや」と言ったのでそのまま「ふん」になったという老人もいた(99年9月死去)。昌子と書いてアキコという人がいるが漢字を知らない親だったようだ。
カレン・ヘスの『ビリー・ジョーの大地』の主人公は女の子なのだが、お父さんが息子がほしくてたまらなかったから、ビリーと名づけられた。いい迷惑だ。もっとも、作曲家の青島広志は女の子好きなお母さんが小さい頃からスカートをはかせて育てたからあんな風になってしまった。
さて、長女が誕生してどういう名前にしようか迷った。長男・祐貴の時と違ったことは「栞、碩、澪」など新しい人名用漢字が認められたことだ。「祐貴」の方は命名して後、ユウキという音が8年だか連続トップという平凡な名前と分かった(06年にハンカチ王子・ 斎藤佑樹が有名になったが、祐貴の一つ上だ)。当然、デパートなんかいくとあっちこっちにユウキ君がいて、祐貴は自分が呼ばれたと戸惑ってしまう。だから、女の子はあまりなくて音楽に関係のある名前にしようと思った。
前作にも書いたが、平野レミさんの『ド・レミの歌』が大好きで名前もレミにしようと思っていたが、あてる漢字にいいのが見つからない。「麗美」としてもいいが、ブスだった時のギャップが子どもを苦しめる。ドレミを組み合わせて残ったのがミとラだった。このままでは漢字にならないので、スカラ座のあるイタリアの音楽の都ミラノのフランス語名 Milanを取って「未蘭」とした。実際、ミラノは漢字で「未蘭、米蘭」などと表記されていた(巴里、倫敦、紐育、伯林、羅馬などATOKで変換できる)。
由来があるなんて羨ましいといった女子学生もいたが、由来が分かる人は稀で、「ミラノからでしょう」と最初に便りをくれたのは国広哲弥先生【言語学会会長】だった。男性名詞で少し心配だったのだが同じ名前のアメリカの女の子を知っているといわれて安心した。そのうち、サッカーブームでACミランみたいと言われるようになった。もっと可哀想なのは「もえ」ちゃんでオタクから「萌え!」と言われるのが必至だ。
未蘭という名前は少し派手目で必ず聞き返され、揚げ句、若い人からは宝塚みたいとか、同世代の人からはウランちゃんみたいだとか、年寄りには中国人みたいとかいわれるが、気にしないことにした。こちらはあまりない名前だと自負している。ミとラの階名が隠してあるので睦ちゃんも気にいってくれたし、美人の外人講師ジョアンさんにもビューティフルといわれた。
父は「未だ」というのが気にかかり、「美蘭」(画家の福田美蘭さんがいて畏れ多い------こちらはMiran)にしろ、とかいっていたが、これも大きくなってからギャップが大きい場合に困るし、ビランと間違えられるのも嫌なのでやっぱり「未蘭」に決定した。
「未蘭」ならすぐに名前を覚えてもらえると思っていたが、祐貴は「未蘭」という名前がなかなか覚えられなくて(病院でずっと見れず、実態がなかったためだと思う)、「赤ちゃんの名前は?」と聞くと話をそらした。「未蘭ちゃんの名前は何ていうの?」と聞くとニコッとして大きな声で「未蘭ちゃん!」と答えた。
「なんて名?」
「梨花って申します。」
「りか? 珍しい名だこと。異人さんのお宗旨名?」
「は?」
「いえ、耶蘇のご信心だとそんな名つけられるって話聞いてたから。どんな字かくの。」
「梨の花とかきます。」
「へえ、梨の花!」若いのが噴きだした。たぶん四十すぎの女中に花がおかしいんだろう。どこへ行ってもこの名がひっかかって笑われるが、笑われる名がついていることはなんて好都合なんだろう、劣等視の笑いを受けるのは親近感が生じることなのだ。
-----幸田文『流れる』※金原克範『子のつく名前の女の子は頭がいい』(洋泉社新書)というトンデモ本も出た。山田花子と菊川怜のどちらが賢いか分かりそうなものなのに…。
※「耀」と書いて「ダイヤ」と読ませる子どもがいたのにびっくり---ここまできてしまったか。
★占い【fortune-telling】同じ牡羊座でも3月生まれと4月生まれでは知力、体力ともに大差がある。日本では入学してからの人生に大きな違いが生まれてくる。兄弟でも長子と末子とでは性格がまるで違う。それを一緒くたに論じるのはおかしいと思う。そういうと占いを信じないのが射手座だといわれる。血液型で性格判断するのは変だ、といってもB型は血液型を信じない変人だと迫害される。姓名判断もいい加減だ。画数が本によって異なる。結論もバラバラだ。一応、参考にしたが、こだわり過ぎるのはおかしい。
渡辺三男『日本の人名』(毎日新聞社)には各書の矛盾点が指摘してあり、更に不幸にして一緒に交通事故死した9人の子どもの姓名判断を引用してある。どの子も大吉で健康長寿となっている。当たりもしない占いで誰にも読めない名前にするのはどうだろう。それより語感が大切だし、何よりも交通事故や病気から子どもを守ることが第一だと思う。
★男と女【boys vs. girls】就職が決まらずクサっている時、人類学者の西江雅之先生【早大教授】は「金川さん、いっそ良心的な占い師をして暮らしたらどうですか」といってきた。つまり、生まれてくるのが男か女か占うのだという。どこが良心的かというと、占いが当たらなかったらお金を返すのである。それでも半分はお金が残りますよ、という親切な(?)アドバイスだった。
生まれる前は顔がきついからきっと男だとか、何とかだから女だとか頼みもしないのに占ってくれる人が多い。「どっちか聞いたがけ?」といってくる人もいて大きなお世話だ。
僕の友人には禁煙して男の子を祈ったのがいた。結局、また、女の子でがっかり。「タバコを止めただけにニコチンがなかった」。
文化が子どもを育てるというのが現代の思想なのであるが、「人は女として生まれるのではなく、女になるのだ」というボーボワール『第二の性』の命題は必ずしも同意できない。
無意識のうちに祐貴を男の子として育てているといわれればそれまでだが、放っているつもりでもウルトラマンやゴジラ好きになっていく。チャンバラごっこも教えたわけではないのに自分で工夫し孫悟空になっている。未蘭は化粧箱が大好きだ。
「共依存」という観点から男は分離モデル、女は関係モデルで生きているといわれる。女は食事や買い物やトイレまで一人で行こうとしないし、お土産も帰ってからの人間関係を考える。男はひたすら親や家から分離するように教育され、人間関係が乏しくてお土産も会社に買ってきても友人には買わない。
男女という点で文化は強化する役目を果たすが、大脳生理学的には大きな違いがあるように思えるのだが…と、書いた後に未蘭がゴジラとかウルトラマンに染まっていくのを見て少し考え直しているところだ。
ええっ?幼稚園で男の子たちにポケモンの絵を描いたり、教えたりしているって!?
★悋気【jealousy】赤ちゃんが帰ってきたら上の子、絶対リンキするよ、とみんなからいわれた。姪っ子たちの時、しっかり嫉妬して大変だったのを覚えているのである程度覚悟していたのだが、全くなかった。3歳1週間という年の違いと既に保育所に通っていて自分の世界をもっているからだと思う。未蘭が帰ってきた日も睦ちゃんは「ママ!」と飛んでくると期待していたのに「未蘭!」といったので大ショックだった。その直後ようやく「ママ、おめでとう」といったので涙を流してしまった。毎日「未蘭、未蘭、未蘭」といって大はしゃぎで、ガラガラであやそうとしたり、水疱瘡の顔でキスしようとしたりするので困った。1カ月も立つと「未蘭を怪獣から守る!」と叫んでおもちゃの刀を振り回している。
今日も祐貴は「未蘭ちゃんのお目々にお星様が光ってる!」と喜んでいた。
★兄弟愛?【fratal love?】「そう言っておいおい泣くのよ。かわいい目に涙をためて。あれ見たら神様だってほろりとしちゃうわよね」
-----村上春樹『ノルウェイの森』日テレ系『追跡』の「初めてのお使い」に近所の姉弟が出演した。地元のフェリーに乗り、チンチン電車に乗ってデパートまで焼きそばやお薬を買いに行くという設定だ。
帰りの電車を待っている間にどちらが焼きそばを持つかで喧嘩になり、ついに「翔ちゃん嫌い!」「彩ちゃん嫌い!」といって二人とも泣き出してしまった。ところがやっぱり悪いと思ったのか姉の方が「翔ちゃん、ゴメン」というと弟の方も「彩ちゃん、ゴメン」と二人で泣きながら慰め合い、今度は焼きそばの譲り合いになり、仲直りして帰った。
うちの近所が出るよ、(撮影現場にいたので)母親も映るかもしれない、と喧伝していたので、多くの人たちから涙ながらにこの番組を観たと聞かされた。心理学者E・エリクソンは一人っ子はそれだけで社会的な病気だと決めつけている。男と女一人ずつだと一人っ子が二人いるとの同じだとか、同性でも5歳離れれば同様だと人も多い。かといって教育費が家計の負担となってくるし…。平田オリザは『対話のレッスン』(小学館)で「一人っ子を持つ親は、心を鬼にして、子供に明瞭な言語を喋らせるように心がけた方がいい」と忠告している。塩野米松『木の教え』(草思社)は舟大工の言葉「丘の上の一本木は買わない」を紹介している。丘の上にただ一本そびえ立つ木は日光を独り占めしている。心のままにのびのび育ったから良材になるはずだが、たった一本で風に立ち向かう幹は風に負けまいと総身に力を入れ、やがて「木の癖」が生まれ、これが材木になった時、ねじれや割れの原因になるという。
祐貴も高熱を出してママにいて欲しいくせに「未蘭ちゃんにおっぱいあげて」といった。未蘭が痙攣を起こして救急に行くときも「神様、仏様、未蘭ちゃんを助けて!」と涙ながらに拝んでいた。
逆に未蘭は祐貴がゲームで負けた時に大声で泣いてしまったことがある。
僕は兄弟と歳が離れていたから羨ましい。
その後、兄弟喧嘩ばかりでうるさくて仕方ないが、一つの道程だと思う。
自転車は10日間で未蘭の方が先に乗れるようになった。慌てた祐貴は(?)4日間で乗れるようになった。お兄ちゃんの威信がかかっていた。なお、コツは補助輪を使わずにサドルを低くしてハンドルに慣らせておいて、ある日、ペダルを踏ませること。
□ アドラー心理学に「ストレスの法則」というのがある。僕らもストレスが溜まると妻にあたって、妻は第一子に、第一子は第二子に…という連鎖がある(から注意)。
ストレスは強い者から弱い者へ発散されていく。発散する相手がいないと動物や物にあたる子もいる。身体症状として発散する子もいてリストカットなどして自分の身を傷つけたり、命を絶つことで楽になろうとする子もいる。
★水疱瘡など【chicken pox etc.】一番ひどかったのは水イボで1年直らなかった。汚いし、痛そうだ。担任に医者に行け、と言われたので医薬大の先生に診せたら「ウチの娘も罹ったが、そういう偏見こそが悪いので放っておけば自然に治るから心配ない」といわれた。実際、いとこが水イボになり、取ったのだが痛くて「悪いことは何もしてないのに!」と叫んだそうだ。
保育所に通い始めてからまもなく祐貴も未蘭も水疱瘡にかかり、7月に祐貴は「とびひ」にかかった。保育所に通うということは病気の巣に通うことでもある。水疱瘡は幸い、十日くらい休んだだけですんだのだが、Mさんの子どもは水疱瘡にかかってすぐに風疹にかかり、1カ月近く休んでしまったという。1カ月分の保育料を返してほしい、と嘆いていた。
★救急車【ambulance】4歳までの子は日本で年間400人以上も家庭内事故(domestic accident)で亡くなっている。転倒、誤飲、転落などが多い。
周りに危険物は避ける(目を離さない)、5センチくらいまでの飲み込みそうなものは置かない、残り湯は絶対にしない(絶対に!)、電気ポットは使わない(その都度沸かせ!)、薬は飲ませた後は遠ざける。救急箱は届かないところに。机などの角は丸くしておく。
未蘭のよちよちが始まり、注意はしていたのにアイロンを放っておいたら触って火傷した。「跡が残るかもしれません」といわれた時は頭の中が真っ白になったが、どうにか消えた。現代社会は火傷の原因に囲まれている。危険なポットは使わないことにしていたが、この始末だ。大きくなって恋の火傷をするよりはまあ、いいか。
未蘭は細気管支炎で入院したこともあった。高熱が続き、食欲もなくなり、衰弱して困ったが、思いついて買ってきたアイスクリームを食べてから元気が出てきた。アイスクリームはおいしいし、栄養豊富で病気の時に絶対お奨めだ。
一匙のアイスクリイムや蘇(よみがえ)る---正岡子規 未蘭はその後も懲りずに、ガラスの金魚を食べたり、針金を食べたり、アンパンマンの風邪シロップを6倍飲んだり(胃洗浄した)、インフルエンザの高熱で痙攣(焦点が合わなくなり、震えがきて、泡を吹き、唇が紫になった)を起こして救急病院へ走ることになった。救急車を呼んだこともあったが、途中で元気になってサイレンに合わせてピーポーと踊っていたという。と、この話を笑っていた知人も子どもが温度計の赤い玉を食べてしまって慌てた(灯油は問題ないようだ)。
解熱剤があるので急な発熱に慌てずにすむようになった(濫用は絶対にいけないし、非ステロイド系のポンタールはインフルエンザ脳症との関係が疑われている)。何よりも、夜中でも対処できる、かかりつけの病院を確保しておくことが大切だ。タバコも2センチ以上だと非常に危険!
ある日、未蘭は新しくなった富山の日赤病院を神通川の橋から眺めて「大きな救急箱!」と叫んだ。
★賠償【compensation】オペラの練習中に祐貴と未蘭がふざけていてホールの陶器の灰皿を割った。係は4万円を弁償して下さいの一点張り。しかし、そんな高価な灰皿を子どもがいる環境に出している方がおかしいし、逆に言えば、うちの子がケガをしていたら相手の管理責任が問題になってくる。県知事を訴えることも考えた(訴訟となるとそうなる)が、話し合いで解決した。
Yさんはこの事件を遠くで笑っていたのだが、その1ヶ月後に子どもが友人宅の李朝の壺を割ってしまったという。
そんなこともあると思って現在は賠償保険に入っている(が、事件を起こさないでね)。
★「遊びをせんとや生まれけむ」【Homo Ludens】遊びをせんとや生まれけむ 戯(たわむ)れせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば 我が身さへこそ動(ゆる)がるれ------『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』(平安末期の歌謡集)
子どもたちが純真に遊び戯れている。自分にもあんな時代があったんだなあ、と見守る大人の心はふるえている。解釈はいろいろだが、そんな意味にもとれる。
渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房)には日本の子どもを見た外国人の気持ちが紹介してある。「私は日本人など嫌いなヨーロッパ人を沢山知っている。しかし日本の子供たちに魅了されない西洋人はいない」(ムツィンガー)、「少し大きくなると外へ出され、遊び友達にまじって朝から晩まで通りで転げまわっている」(スエンソン)、「子供たちの主たる運動場は街上(まちなか)である」(ネットー)、「街角で最も興味ある光景は、子供の遊戯」(クラーク)、「街はほぼ完全に子どもたちのものだ」(アーノルド)など、楽しい子どもの様子を見るのが珍しかったのだ。
ホイジンガは「遊びは文化より早く生まれた」という。遊ばせなければ、と思っているが、なかなか時間が見つけられなかったり、外へ行くのが面倒だったり、で実際は難しかった。ドライブは安易なので避けるようにしていたが、遊び場が少なく、ショッピングが多くなってしまった。反省!
「群れ遊び」も重要だ。「群れ遊び」を通してお互いの体力の違いも手加減の必要性も身に付けることができた。集団遊びには1)人間関係能力、社会性を育む 2)生きた知識を身に付けさせ、創造性を養う 3)体力、運動能力、器用さが身に付く 4)心の緊張を解き、心の健康を維持する------などの意味がある。
★悪態【abusive language】母親にあらがふ詭弁のスルドキを わが聴いてゐる参考までに
------島田修三『晴朗悲歌集』ある日、祐貴がウル!というので何だろうと思っていたら、ウルサイの省略だと分かった。第1反抗期に入り、ちっともいうことを聞かなくなった。他人に危害を加えないように教えるのが精一杯である。こんな時、可愛い、といっていたのが嘘みたいに思える。
お互い様だから保育所のせいにするつもりはないが、通うようになってから悪態をつくことが多くなった。その内容はとてもここには書けない。姉の家では兄弟喧嘩して互いに「お前のかあさんデベソ!」と言い合っていた。
「自由」 黒田三郎(未刊詩集「羊の歩み」)
夕飯の食卓で
僕は小学校三年生の息子と向き合い
妻は大学生の娘と向き合って坐る
「早く死んでくれないかなぁ よっぱらいお父様」
そう言って息子はじろりと僕の顔を見る
さすが一瞬妻も娘も鼻白む
だから僕は笑って言ってやるのだ
こんな言論の自由なところって どこにあるかい※南方熊楠の「臍くらべ」という文に臍は東西を問わず、女性器の異称だったと書いてある。
★「いやー!」【No!】依存と自立が対立概念ではないことは明白だ。会社でも「責任は俺が取るから自分の判断で好きなことをしろ」という上司に頼らなければ自ら進んで仕事をしようという人は少ないだろう。
自立するとは自分で考える、自分で行動する、自分で責任を取るということだが、依存がなければ自立はあり得ない。愛情なくて自立させようとするのは放任にすぎない。フロイトは「ヒトの心の最大の特質は、他の動物に比べて親に依存する器官がいちばん長いことに由来する」と語っている。日本文化は「川の字文化」で「甘え」の文化だという批判もあったが、土居健郎自身、依存も大切だという立場に変わってきた。イギリスの精神分析学者ウィニコットは「絶対的依存」と「相対的依存」に分けた。前者は当たり前のように感じている依存であり、感謝しないもので、後者は本人も相手に頼っていることに気づいている関係である。相対的な依存の相手がいなくなると「分離不安」を引き起こすという。
ラッセルは『幸福論』の第12章「愛情」の中で「親であることの、昔の単純な喜びは、独身女性が獲得した新しい自由のおかげで母になるのをためらう瞬間に失われた」と言い、次のように書いている。
…両親にかわいがられている子供は、両親の愛情を自然のおきてとして受け入れる。両親の愛情は、子供の幸福にとって非常に重要であるけれども、子供はそのことをあまり考えない。子供が考えるのは、世界のこと、出くわす冒険のこと、おとなになった時に遭遇する一段とすばらしい冒険のことである。しかし、こういうすべての外的な興味の背後には、災難に出あえば両親の愛情によって守ってもらえるという感情がある。何かの理由で両親の愛情を与えられていない子供は、臆病で、冒険心がなくなる恐れがある。恐怖と自己に対するあわれみにみたされ、もはや、陽気な、探検の気分で世界に立ち向かうことができなくなる。そういう子供は、驚くほど幼いころから、人生だの、死だの、人間の運命だのについて黙想しはじめることがある。
依存から自立しようとする時に出てくる言葉が「いやー!」なのである。反抗の始まりなのだが、反抗というのは自立の第一歩だから親の強権で押さえ込んではいけないという。必要なのは命令や強制でなく「あなたならきっとやってくれるね」という問いかけなのである。ルナールの名作『にんじん』だって、母親に向かって“Non!”と言えるまでの話で、拒否した後は自立できるのである。
子どもの言葉を翻訳して考える癖をつけよう。
バカにするな⇒尊敬(尊重)してくれ。 放っといてくれ⇒信用してくれ。 うるさい⇒まかせてくれ。 死んでやる⇒愛してほしい。 ところで、未蘭は「いやー!」とはいわずに「べろべろべー」といって意思表示した。
★方言【dialect】祐貴が保育所でもらってきたのは伝染病だけではない。保育所に迎えに行った時に気づいたのだが、「この木、倒れとる」という。その後、よく観察してみると「〜てる」というところを「〜とる」としっかり方言になっている。「〜ね」の代わりに「〜ぜ」ともいう。 せっかく標準語で育てたのに!と思わないでもないが、小さい頃の言葉は何とでもなる。英留学についていき、英語しか話せず迷子になったり、特殊学級に入れられていたA先生の子どもたちは今ではしっかり日本語を話す。
それよりは友達とコミュニケーションできることが重要である。僕は小さい頃、標準語に近いものを話しており、自分のことを「僕」といっていたのだが、恐い上級生に「オラと言え!」と叱られ、困ってしまったのを覚えている。仕方ないので「オレ」といっていた。
朝鮮の書誌学者の藤本幸夫先生【関西出身】のお嬢さんに「いくつ?」と聞いたら答えなかった。先生が「なんぼや?」と言った途端、「3歳!」と答えた。
★バイリンガル【bilingual】近所の2歳の女の子がNHKの「英語で遊ぼ」を見ているうちにアルファベットをみんな覚えてしまったという話を聞くと焦ってくる。どの親も自分の子がバイリンガルになればいい、と思っているらしいが、どの言語も中途半端なセミリンガルになる可能性が大きい(小野博『バイリンガルの科学』講談社ブルーバックス)。
海外勤務がごくエリートに限られていた頃、自分の子が英語を話せるのを得意になっていた。英語コンプレックスを子どもが一蹴してくれたのである。ところが放っておくと英語しか話せなくなり、外国人のように振る舞うようになってきて焦りだした。日本に帰国した時、日本の教育(善悪は抜きにして)についていけなくなり、困ってしまった。
自分の子どもを外人にしたいのなら別だが、日本人として生きることは日本語の基本があって初めて成立するのである。大学院の研究発表で帰国子女のM君が東大教授たちをボロクソに批判してしかも、平気で鼻をチーンとかんだことがある。国際化をまざまざ見せつけられた訳だが、(なれっこないが)我が子はこんな風に育てたくない。
それに高校で英語の成績が悪い子の中には小学校で英語塾に通い、中学の初歩の段階で高をくくってウサギとカメしていたのが原因だ。
そりゃ、僕も英会話は大得意じゃないが、小さい頃から学んでいたら得意になったという種類のものではない。何よりも母語の日本語が先である。
英語早教育の弊害もあることを覚悟すべきである。基本的には次のよう。
「バイリンガルになりたかったら親を選ぶことだ」------グロータース神父(言語学者)
★知能指数【Intelligence Quotient】一つ腹の兄弟でも、いい牧草地に恵まれた羊はふとり、恵まれない羊はやせるのだ。-----『アテネのタイモン』第4幕第3場
雅子様も読んだベストセラーの『脳内革命』はどうやらとんでもない本だということが分かってきた(「笑う門には福来たる」程度の内容)。それほど脳のことは分かっていない。なのに、今度は「海馬を鍛えろ」だって!?
川崎洋「新緑」
前頭葉は脳の中で最も広い面積を占め
生きようという意欲
人間としての一番基本的なエネルギーを受け持っている
この部位は生涯発達を続けしかも
未完成のまま終わるという
この季節
樹や花や草ばかりでなく
あなたの脳に新芽が芽吹きつつあるチンパンジーとヒトの遺伝子は98%共通しているが、前頭葉の前頭連合野は6分の1、約70グラムしかない。前頭連合野にはものを創造するほか、困難を克服したり、逆境を切り抜ける働きもある。
一方、前頭葉の後ろの頭頂葉には頭頂連合野があって、理解、認識、思考といった教科書の公式問題を解くような知的能力をつかさどる。だが、これが優秀なだけでは通用しない。社会は教科書通りではなく、応用問題ばかりだからだ。
高木貞敬『脳を育てる』(岩波新書)によれば、前頭連合野を鍛えれば、頭頂連合野の働きが活発になり相乗効果が出る。「責任を転嫁せず、解決の努力をする」「不平を言わず、他人を批判しない」「多くの人と話し合う」「歴史に学ぶ」のがよいという。
川柳に「おっかさん又(また)越すのかと孟子言ひ」とあるように、遺伝か環境かということに日本人(孟母も)はあまりにも環境の神話を信じすぎていた。だから苦しくなる。知的好奇心さえあれば目標に向かって進むはずだが、脳科学者の澤口俊之によれば好奇心・新しもの好きという性格も50〜80%が遺伝要因で決まるという。クレイジー・キャッツの石橋エータローのお父さんが「笛吹童子」の作曲家・福田蘭童で、そのお父さんが画家の青木繁だが、つくづく遺伝子というのは好奇心の塊だと思う。
□ 古来いかに大勢の親はこういう言葉を繰り返したであろう。「私は結局失敗した。しかし、この子だけは成功させなければならぬ」…芥川龍之介
自分の子どもを天才にしたいと思わない方が凡人にはいいと思う。大体、天才はフツウの家庭には生まれないものだ。自分ちを異常な家庭にしたかったら別だが、お互い諦めたい。「幸福な人は創造しない」という加賀乙彦の言葉もある。『ケインズ100の名言』(東洋経済新報社)によれば天才ケインズもヴィトゲンシュタインには驚いていたそうで、後の妻リディアへの手紙に次のように書いている。
私はウィーンにいるフランク・ラムゼーから狂った哲学の天才ヴィットゲンシュタインについての手紙をもらっています。兄弟の三人が自殺しているようです。おそらくそれほど賢くないほうが、そして哲学的でないほうがいいのでしょう。
賢い子どもといっても秀才(優秀児)と独創的な子どもと天才(神童)を区別しなければならない。クラスで1番程度の子は天才とはいわない。東大でも10人に1人は天才的なのがいるが、後の8人は早稲田でも慶応でもいそうな、少しだけ受験勉強がうまかった連中で、もう1人は馬鹿だ。その程度の期待だったら天才なんて考えるのはやめよう。戦時中は軍が天才を集めて英語教育もしていた学校があって伊丹十三や筒井康隆などはそこの出身である。それぞれ天才映画監督、天才動物学者を父にもっているのだから全く参考にはならない。
僕の恩師に秀才は多いが、天才と思えるのは西江雅之先生だけだ。先生は15歳でスワヒリ語の文法書を出版したというのが自慢だ。言語学でなく、美学研究でフルブライト留学生になった。体を濡らすことが嫌いで年に2、3度しかお風呂に入らないという奇人(本人曰く「貴人」)で、女学生などは天才でなくていいから、お風呂に入って欲しい、といっていた。
学歴社会というが国立が地盤沈下して「日東駒専」などというような大学が評価され、恥ずかしそうだった人(関係者ゴメン)も今では胸を張っている。ブランドは永遠ではない。蓮實重彦東大総長は卒業証書は3年で期限切れだと話した。
僻みかもしれないが、エリートを作っても虚しい。全共闘世代の人々には賢さがあったが、優しさが欠けていた。平凡な人生で一体、何が悪いのか。それに人生なんてどうなるか分からない。パンパカパーンの横山ノックでも大阪府知事になれた(が、パンパカパーンとはならなかった)。
IQの高い子どもの追跡調査ではそのまま伸びていった子は少ないという。独創的な子どもの70%はIQ得点では「優良」ではなかった。IQよりも大切なのも創造を妨げない環境かもしれない。ピカソは「子どもはみんな天才だ。問題はどうやって大人になっても天才を続けられるかである」と言ったが、大人になる過程でいっぱい失っていくのであり、失うからこそ大人になれるのである。
よく小さい頃からピアノや歌を教えられないのですか?と質問されるが、子どもの特性を無視して勝手に音楽家にさせるつもりはない。英才教育で伸びていく人も多いが、それによって失う部分も多い。天才の多くが別の見方をすれば不幸な人生を送っている。それに、英才教育は1970年代から始まっている(大正期にもあった)が、英才教育のおかげです、という人を見たことがないという事実が全てを物語っている。
パスカルも英才教育を受けた人だった。父親は高等法院の裁判長で、一人息子ブレーズの教育は全て自分の手で行った。学校で息子の知性が歪められることを恐れたのである。ただ、モーツァルトもそうだが、父親に創られた天才は父の死を乗り越えるのが難しかった。1654年に「決定的回心」を経て信仰生活に入っていったのもそのせいだとされる。
□ と書きながら、祐貴の友達が遊びにきて平仮名を読んだり、漢字を書いたりするのを見て焦らなかったと言えば嘘である。ただ、教えようとしてもその気にならないので諦めて?いたら4歳半頃、自分で平仮名を覚えていった。
脳科学の吉成真由美の『カラフル・ライフ』(文化出版局)によればIQの概念は狭すぎる。学校生活や学究生活での成功を予言してくれるかもしれないが、言語と数学の能力を中心にすえてしかも速度が要求されるIQは実生活では意味がない。むしろ、EQ(Emotional Quotient)の方が大切だという。情緒力というべきかもしれないが、この挫折回復能力というものが重要なのだ。天才のIQは後に勝手に推測したものだし、現在のIQテストはクリエイティブな人間のための指標ではない。ゆっくりと別の解決法を見つける子どもには向いていない。
という話をみんなにしていたら96年8月にはゴールマン『EQ〜こころの知能指数』(講談社)も発売されてベストセラーになった。人間関係の基礎は数学や言語の能力が問われるIQでなくEQにある。日頃から良好な人間関係を保つように心がけていたため、ピンチに遭遇した時に即座に手助けを得られてスムーズに仕事ができる人とそうでない人では成果が大きく異なる。
どうしたらEQを高めることができるか。情動を上手にコントロールすることだという。「考える知性」(記憶する知性?)に対する「感じる知性」の復権が叫ばれているのだ。「考える知性」(というのは自分の感情を整理することから始まる。いらついたりする感情を認識することが大切だ。
「感じる知性」は大脳新皮質が受け持つ領域で、もっとも原始的な脳幹部をとりまく大脳辺縁系に支配された感情の領域にあたる。なお、残念ながらEQは計量化できない。
自殺の低年齢化が叫ばれているが、自殺の理由があまりにも小さい。それでいてきちんとした遺書を書く。IQエリートが犯した犯罪も多いし、挫折したらオウムに走ってしまう。早咲きよりも遅咲きの方がいいのではないだろうか?
教育者J・デューイは「子供が太陽であり、そのまわりの環境を整えていく営み」が教育の本質であり、成長過程を考えずに焦ってはいけないと戒めている。間違ってはならないのは日本では間違った環境説がはびこっていてピアノを揃えたり、学習機器を揃えたりという環境に力点が置かれている。そうではなくて、愛情をもって育む、子どもの居場所があるということが最大の環境なのだ。
幸か不幸か、うちの子ども達は二人とも保母さんの研究対象になって発表された。祐貴は6歳の時、未蘭は3歳の時である。祐貴は幼稚園で色々な遊びを「発明」するのだが、おかげで友達と仲良くなったり、喧嘩をしたりする。くじけそうになった時は、また他の工夫をしてしなやかに乗り越えて成長していくという。その過程がとても面白いといわれた。よく他人からも子どもらしい子どもといわれるが、ホントにこのまま成長していってほしい。
未蘭の方は「子どもはどういう時に取り合いをするか」という研究事例である。写真を見せられたが、いろんな子と取り合いの喧嘩をしている。「未蘭らしいね」というのがお兄ちゃんの、そして両親の感慨である。IQよりも「愛嬌」だ。
あわてなさんな 谷川俊太郎
花をあげようと父親は云う
種子が欲しいんだと息子は呟く翼をあげるわと母親は云う
空が要るんだと息子は目を伏せる道を覚えろと父親が云う
地図は要らないと息子がいなす夢を見ないでと母親が云う
目をさませよと息子がかみつく不幸にしないでと母親は泣く
どうする気だと父親が叫ぶあわてなさんなと息子は笑う
父親の若い頃そっくりの笑顔で
★時代【As Time Goes By】祐貴に「パパは小さい頃、何レンジャーが好きだった?」と聞かれるが、僕らの小さい頃にはラジオしかなかった。睦ちゃんの頃にはカラーTVがあった。祐貴の頃にはビデオもLDもあり、パソコンのCD-ROMで遊ぶ。実写版白黒「鉄腕アトム」を見て育つのと「ちびまる子ちゃん」(作家の辻邦生はこれがベストセラーになって読まれていることは日本人の感性が衰えていない証拠だと書いた)などのアニメを見て育つのでは大違いだ(僕はエッセー漫画のハシリ・上田とし子「フイチンさん」で育った)。
「こどもは歴史の最も新しい制作者」(柳田國男『小さき者の声』)である。社会の変化を先頭に立って時代の汚濁を告げてくれるカナリアである。しかも絶対に殺してはいけないカナリアなのだ。どんな時代を迎えるか大切に見守ってやりたい。
★個性【personality】祐貴と未蘭とで男女の違い以上に個性が違う。(若貴兄弟を見るまでもなく)男女より長子と中間子、末子、一人っ子の違いの方が大きい。1カ月でもう違う。風邪で保育所を休んだ時も「だって、Aちゃん、未蘭のこと好きでちょ」といって家まで押しかけて行った。上が男だからで、お姉さんを持つ男の子は大人しいという。どの育児書も個性を無視して書いてあるから自分の子どもが当てはまらず、悩む親が増えてくる。
6―3歳になってからは極端に違った。長男だからか祐貴は慎重派で泣き虫だが、未蘭はお兄ちゃんを見て育っているだけあって大胆で調子がいい。逆だったらどんなにいいだろう、というのは同じ家族構成のどの親も思っていることらしい。食べ物の嗜好に至っては祐貴はママ、未蘭はパパにそっくりである。
□ アドラー派の心理学に「兄弟の法則」がある。
子供は大人の行動・言動・表情を見たり、聞いたりして、自分なりの受取方で学習していくため、兄弟であっても、別な撮り方をする。ある子はいい子を演じていき、ある子は反抗的な子を演じる。
何でもイエスという子と、ノーという子は交互に生まれるともいう。第一子と第三子は似てくると言うことだ。ということは子どもたちを平等に育てたといっても同じ言葉をかけていてはとても実現できない。個性を重んじた言葉かけが必要なのだろう。
□ 個性を伸ばそうと簡単にいうが、そんなお手軽なものではない。ただの無骨、愚鈍、無教養に感じられることも多い。
古い葉が落ちて新しい芽が出てくるのではなく、新しい芽がでるから古い葉が落ちる。
一つ腹の兄弟でも、いい牧草地に恵まれた羊はふとり、恵まれない羊はやせるのだ。-----『アテネのタイモン』第四幕第三場
★共食【eating together】「たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時」
「たのしみはまれに魚煮て児等(こら)みながうましうましといひて食ふ時」橘曙覧(たちばなあけみ)「ともぐい」ではなく「きょうしょく」。人間だけが一緒に食事をし、他の動物はバラバラに食べるという説がある。母親の長い育児期間を保障するための知恵と考えられているが、最近これが崩れている。仕事や塾等の生活時間の違いが共食を不可能にしている。できる間、大切に過ごさなければと思う。
「答」 茨木のり子『詩集 食卓に珈琲の匂い流れ』
ばばさま
ばばさま
今までで
ばばさまが
一番幸せだったのは
いつだった?十四歳の私は突然祖母に問いかけた
ひどくさびしそうに見えた日に
来し方を振りかえり
ゆっくり思いめぐらすと思いきや
祖母の答は間髪を入れずだった
「火鉢のまわりに子どもたちを坐らせて
かきもちを焼いてやったとき」【…】池内紀は『世の中にひとこと』(NTT出版)の「食卓風景」で書いている。
一つのテーブルを囲み、たがいに顔を見合わせながら食事をするなかで、家族の絆(きずな)ができていく。乏しいおかずや、働き手の食欲から、家庭の置かれている状態を感じとる。そのなかで我慢することや、勇気を出すことや、自分が直面している困難をのりこえることを学んでいく。
そのような大切な場が、わが国ほど失われている国は、ほかにないのではあるまいか。たいていの夕食に父親はいない。仕事という名の不在の理由が、大手を振ってまかりとおる。母と子には部活や塾通いがじゃま立てをする。たまに家族がそろっても、テレビやケイタイが情け容赦なく介入する。
子供たちは父親の食欲に関心がない。母親のため息も聞こえない。親たちは食べぐあいから、わが子を診断するすべがない。
ダイニングキッチン、調度品、調味料、食材、すべて豊かにそなわっている。料理番組すらもふんだんにある。ただひとつ、家庭の食卓風景がない。
★父親【Fatherhood】子供が出来るより先に子供を持てる様な立派な資格の親父っていうのが一体いますかね?父親が子供をつくるんじゃなく、子供が親父をつくるって事が大切だ。
------井上ひさし「さらば夏の光よ」随分前に書いた論文に「アメリカ映画における母親の不在」というのがある。そこで論じたことはアメリカ映画では父親の役割の大きさが強調されるが、日本では母親ばかり強調されるということである(「母子カプセル」と呼ばれることもある)。例えば、J・ディーンの映画は「エデンの東」も「理由なき反抗」も父親の愛を求めるというものであるし、前者のパクリといえる石坂洋次郎の「陽の当たる坂道」では愛の対象が対照的に母親に変更している。
スポック博士の『親ってなんだろう』(新潮文庫)【現代アメリカの抱える困難の大きさが見えてくる】でも「今日の父親」という1章はあるが、母親については特に触れてない。
日本には精神医学者土居健郎が指摘したように甘えがある。「乳児の精神がある程度発達して、母親と自分とは別の存在であると知覚した後に、その母親を求めていることを指していう言葉」である。区別ができなくなって母親に暴力を振るう子も出てくる。
父親が教えるべきことは自分の命を守ること、他人に迷惑をかけないこと、この二つである。自戒も含めていうが、うるさい母親が二人もいてはいけない。
ブロズナハンによれば「十歳ごろまでの日本の男の子は世界一の王様で、行動を抑制されたり、しつけを受けたりすることはまったくといっていいほどない」ともいう。
アラブ諸国でも男の子を強く望み、授乳期間中は性交しないという習慣があるので、女児を生んだ母親が授乳を早々と切り上げ、次は男児を妊娠しようと努力する。待望の息子が生まれると、妬みを防ぐために女児の格好をさせる(「邪眼」Evil Eyesという)。
当然、日本もアラブもフセインのように甘えの中にどっぷり浸かった男が生まれる(フセインを甘やかしたのはアメリカ政府だったというのが定説だ)。
96年に林道義『父性の復権』(中公新書)という本が出た。父性とは権威主義的な父権とか男らしさではない。母性を十分に尊重し、それとのバランスを保ちつつ、必要な時に全体的・客観的な視点を保持して適切なリーダーシップを発揮して、家族と社会とのつながりや新旧世代間の文化の継承の役割を担うあり方だという。
著者はこれを「健全な権威」と呼ぶ。ここで大切なのは細かな徳目よりも社会におけるルールの必要性や受け継ぐべき価値体系があるという抽象的な感覚そのものを養うことだと著者は強調する。それを有効に機能させるために一緒に遊んでやること、思春期の反抗にあったら、自己の実力に見合った等身大の権威に満足することなどの心構えが書いてある。
しかし、誤解してしつけというのが命令と暴力による強制だと思い込む父親や威厳が大切だという封建的な価値観にすがりつく父親が出てくるかもしれない。実は幸か不幸か日本には伝統的に父親の権威はなかった。お笑いなのはこの本の読書会があるそうだが、そんな暇があったら帰宅して家事を手伝うべきだ。
今必要なのは父性の創造なのだ。包み込む母性と切断する父性の両方をうまく組み合わせていかなければならない。
大好きな映画にジョージ・ロイ・ヒル監督の『ガープの世界』がある。この映画を観た時、僕はガープになろうと思った。ガープは子どものために全力を尽くす。そして、子どもたちが寝静まったのを眺めているのが大好きだ。
そんな父親になりたい。
いまぼくは<希望>を語ることが必要な男になったのだ
------三木卓「客人来たりぬ」(『東京午前三時』)
★運命共同体【fatal community】日本の親子、特に母子関係は一身同体である。一緒に入浴する、寝る、身体的に接触することでコミュニケーションを保つ、おんぶする、抱いて排泄するなどを通して強い相互依存関係・一体感が形成されるというのがが大きな特徴であるという。
ただ、日本の親子は運命共同体と考えているから悲劇も起きる。一家心中などは全く日本的な犯罪であるし、家庭内暴力をふるう子を親が殺すなどという悲惨な話も多い。
サモアでは同じ世帯にオバが沢山いる。母性的機能をもった女性が多いので愛情は母子関係に集中せず、大家族の中で分散している。母が死んでもその衝撃は日本より遥かに少なく、逆に母親が子どもに過大な期待をかけることもない。
原ひろ子(『子どもの文化人類学』晶文社)によれば、ヘヤー・インディアンも親子を運命共同体として認識していないという。日本はもっと親子関係がドライになるべきであろう。
アリエスの『<子ども>の発見』(みすず書房)は近代以前の古いヨーロッパでは<子ども>という時期なく、子どもは匿名状態の、とりかえのきくものであったという。捨て子も多かったのである。現代の尺度で子育てを全て考えることは危険である。沢山美果子が『江戸の捨て子たち』(吉川弘文館)を書いている。
とはいえ、旅行から家の近くに帰ってきたときの安心感、家族とささやかな食事をとる時の安堵感、木漏れ日の中で何となく味わう温かな気持ち、家族で感じる安らぎというのは今も昔もこんなことだと思う。意識の中で感じる、こうした数量化できない微妙な質感を「クオリア」と呼ぶ(「長嶋茂雄っぽい感じ」もクオリアだという)が、『男はつらいよ』第8作で志村喬が語る(チェーホフがネタ)家庭の雰囲気が大切だ。
★子ども嫌いの文化【pedophobia】マーガレット・ミード(『女として人類学者として』平凡社)の調査によれば、ニューギニアのムンドグモル族では子どもは邪魔者として育てられているという。女は息子を欲しがり、男は娘を欲しがり、女の子が二人続けて生まれると母親は赤ん坊を木の皮の容れ物に入れて川に捨てる。それを拾った人は男か女か調べたうえで欲しければ家に連れて帰るが、欲しくなければ再び川に戻す。捨てずに育てた子どもが死ぬと村中が大騒ぎとなるので、母親は十分注意しなければならず、その時の気持ちは「好きな男と遊び歩くこともできず、やりたいことをさせなくしている憎い子どもの奴め」というものだそうだ。子どもはだからいつも欲求不満の状態で成長しているという。
日本で家庭内暴力というと子どもによる主に母親に対するそれであるが、アメリカでは主に父親による幼児虐待である。アメリカも子ども嫌いの文化で『ホーム・アローン』『チャイルド・プレイ』が典型的だ。18世紀から19世紀のイギリスにも虐待はあり、ディケンズの『オリバー・ツイスト』のオリバーは救貧院で過酷な生活を送る。そこでもなにかといえば大人は“しつけ”だった。もかしたら、今も子ども嫌いなのかもしれない。いや、西欧文化自体が子ども嫌いだ。
更にひどい例がターンブルの『ブリンジ・ヌガグ』(筑摩)に書かれているウガンダのイク族だが、子どもは3歳になると自分で食べ物を探さなければならない。後はとても書けない。
★「次世代を育てる心を失う危機」【generativity crisis】日本の出生率が減っていて、しかも富山はワースト2だという話だ。政治家たちは国のために生めや増やせやの大合唱だが、減少は当然の帰結ともいえる。日本の豊かさ、乳児死亡率の低さ、家庭環境の悪さ、教育費の増大等、原因はたくさん挙げられるが、女性が生まない限り増えるはずがない。スウェーデンの女性大臣が2人目の私生児を生み、誰も問題視しなかったという話が伝わってきているが、日本と彼岸の差がある。日本では母親であることの価値についての理想化や敬意、信念(conviction)というものを与えられずに来てしまった。エドワード・ショーター『近代家族の形成』(昭和堂)によれば、出生率の現象と子どもの生存率の向上は母親の子どもに対するまなざし(配慮や関心)の増大の結果だが、子どもの数が減っても一人の子どもにかかわる負担は歴史上かつてないほど重くなったという。
富山で出生率が下がっている原因はいくつもある。結婚適令期人口割合が低いこと、女性の就労率が高い(53%で全国第4位、共働きが65%で全国第3位)こと、晩婚化(青春をエンジョイ)、結婚のメリットが乏しいこと、養育が大変なこと(経済的理由や世話してくれる人がいない)、子育てに自信がないことなどである。
子どもの世話を幸せと感じる母親は日本70%、アメリカ100%という統計をどこかで見た。逆に子どものために好きなことができないと感じている母親は日本80%、アメリカ10%である。内田樹は次のように書いている。
「子育ては苦役だ」という言い方も「子育ては至福だ」という言い方も、どちらも正しいと私は思う。
苦役でありかつ至福であるような経験。
もっとも人間的な経験はたいていそういう質のものである。
親の仕事の目的は、子どもが「親を必要としなくなる」ことである。
自分の存在理由を消去するために全力を尽くす。
そのような仕事だけが真に人間的な仕事である。
医者の理想は「病人がいないので、医者がもう必要でない世界」の実現である。
警察官の理想は「犯罪者がいないので、警察官がもう必要でない世界」の実現である。
それと同じように親の理想は「子どもが自立してくれたので、親の存在理由がなくなった状態」の達成である。
そういうものである。
いつまでも子どもが親の支援を必要とするような関係を作ろうとする親は、病原菌をばらまく医者や凶悪事件の発生に歓声をあげる警官と同じように、不条理な存在なのである。
子どもが成長することは親の喜びであり、子どもが成長して親を必要としなくなることは親の悲しみである。
喜びと悲しみが相互的に亢進するというのが人間的営為の本質的特性である。子育ては昔から女の仕事と決まっていたわけではない。江戸時代には武士が子連れで出勤したという記録もある。「勤め人文化」が生まれ、職住分離が進んだのは大正の頃からだと考えられている。また、家族や親族も多く、地域でも子育てをしてくれた。核家族になってからの女性の負担が一番大きいかもしれない。
繰り返しになるが、日本では母子が一体となって悲壮なほど育児に奔走する。その代償として親離れできない子ども、子離れできない母親が溢れるという悪循環に陥っている。『主婦の復権』という口当たりのいい言葉では解決できない。
子どもたちが中心に行う地蔵盆もキリコ(稚児)がいないので獅子舞もできなくなった(6年ぶりに復活)。少子化は地域文化、子ども文化をも破壊する。
E・ベック=ゲルンスヘイム『出生率はなぜ下ったか』(勁草書房)は西ドイツの現状を分析して、男がもっと家庭に参加することが長い目で見た場合、出生率の低下や離婚の抑制に対する最良の方策だとしているが…。
★婦唱夫随【petticoat government】海王丸パークで「第九」を歌った。睦ちゃんがソリストで僕はテノールの合唱団員だ。「婦唱夫随」だ。家庭生活と同じである。父親が権威をなくしては困るが、ただいばっているだけという家庭も困るだろう。と、慰めている今日この頃である。
★夢の子どもたち【Dream Children】英作家チャールズ・ラムは20歳の頃、発狂して間もなく退院したが、翌年、姉のメアリが発狂して母親を殺すという事件があり、以後は結婚せず、二人で涙ながらに手を携えて通院した(二人の『シェイクスピア物語』は姉の治療のためで姉には喜劇を、自分は悲劇を担当)。ラムの『エリア随筆』の中に「夢の子どもたち」という1編があり、昔の恋人との結婚生活を幻に空想し、二人の間にできた子ども、夢の子どもを描いている。どんなにか悔しかったことだろう。
『ピーター・パン』を書いたェイムズ・M・バリにも子どもがいなかった。大変な子ども好きだった彼は、ある夏可愛がっていた近所の4兄弟を湖のほとりにある自分の別荘に招待する。男の子たちは難破船や海賊一味など、自分たちで作った物語の中で思いっきり遊ぶ6週間を過ごす。そのときバリが撮った写真に付けた冒険ごっこのキャプションが『ピーター・パン』の原案になったと言われている。
米原万里は『他諺の空似(ことわざ人類学)』(光文社)で次のようなジョークを最後に持ってきている。
子供の出来ない夫婦が医者に相談した。
「どんな方法でもいいから、奥さんが一番予想していない瞬間を狙ってセックスを仕掛けてごらんなさい。その方が受胎が起こる可能性が高いはず」4ヶ月後。「感謝感激です。先生のアドバイス通りにいたしましたら、ちゃんと妊娠できました!」
診療室に夫ダケ残して医師は尋ねた:
医師「で、どうやって奥さんを犯したの?」「それほど奇想天外な方法ではありませんよ。女房が冷蔵庫の扉を開けて何かを一生懸命探してたんです。それで、僕は気付かれぬように背後から忍び寄ってスカートをめくったんです…」
「うーむ。なるほど。そりゃあ奥さんもいきなりでビックリされたことでしょうなあ」
「いやあ、後で聞いたら、女房は、それほどでもなかったみたいです。それよりも文字通り泡くってたのは、スーパーマーケットの店員やお客さんたちで、あやうく警察に通報されそうになりましたし…」人間の欲望というのは果てしないもので、独身の時は結婚を望み、結婚すれば子どもができないと悩み、生まれても男の子が欲しい、女の子が欲しいと望み、病気をすれば丈夫な子にと願い、有名大学目指して進学に悩む。一流企業に就職を願い、立派な結婚を願う。子どもがいるという、それだけで最高の幸せを得ているということをすぐに忘れてしまう。
子どもたちが元気に遊び、健やかな寝顔で眠っているのを見ると神様に感謝したくなる。子どもというのはうるさいものだが、一緒にいるだけで心洗われることもある。
内田樹×三砂ちづる『身体知』(バジリコ)で男手一人で娘を育てた内田は次のように発言している。
内田 僕は親としては子供から何か頼まれたら、「うん、いいよ」以外の言葉は言わないということを原則にしていました。何を言われても「うん、いいよ」。子どもには「お父さん、ひとの話をぜんぜん聞いてないでしょう」とよく怒られたけど、いいんですよ。親のできる最大の仕事は子どもに対して、「うん、そうだね、いいよ」と言うことに尽きると思うんですよ。どうせあれこれ考えてもろくな知恵が浮かばないなら、なんでも「いいよ」に決めておくと、楽でいいです。
三砂 それがあるがままにを受けとめるということですね。
あるがままに子どもを受け入れて生きていこう。
★なすがままに【Let it be】
子どもが生まれてから、ものぐさがひどくなった。本はほとんど読まないし、映画はおろか、ビデオも観なくなってしまった。もっとひどいことに、ものぐさを子どものせいにする癖がついてしまった。
子育てをしながら、良質な論文をいっぱい出している若桑みどりさんのような女性の研究者は本当に偉い。『レット・イット・ビー』(主婦の友社)を読んでその見事さに驚いてしまった。
「ビートルズはこの絶望的な時代を生きるすべての人に、最悪の状況でも破滅せぬための“wisdom"をくれた。どうしようもない状況を暴力的に変えようというのではない。さりとて、それに従えとか、満足せよというのでもない。そういう状況の中でも、やけを起こさず、希望を捨てないというのである。」
子どもにビートルズを聞かせながら、なすがママにきゅうりがパパに、生きている毎日である。
《『海鳴』6号(1990年)「某月某日」の拙文》
【初版1992年11月10日 祐貴3歳6カ月 未蘭6カ月】
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