金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


    人生は自己表現の芸術

「芸術は自己の表現に始まって自己の表現に終わる」------夏目漱石「文展と芸術」(「東京朝日新聞」大正1年10月15日〜28日)

自己は人生の目標である。自己はわれわれが個性と呼んでいる運命統一体のもっとも完全な表現(である)------ユング

話された言葉は飛び去り、書かれた言葉は残る------ラテン語のことわざ

「文明とは伝達である。もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同じだ。いいかい、ゼロだ」------村上春樹『風の歌を聴け』


 大学に入って最初にもらった奨学金でタイプライターを買った。

 高校生の時に出版された梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)に感動して、買わなければならない、という強迫観念に駆られて買ったのだ。

 ブラザー製の欧文タイプライター(セディーユとかアクサンとかウムラウトが打てるもの)で2万ほどした。外国人になったように思えてうれしかったものだ。映画やテレビで見るアメリカ人というのはタイプライターでそれこそ、機械のように文章を打っていた。文章の最後までいくとチーン!という音がしてガチャッと手でバーを戻すのがあこがれだった。

 それで、きちんとブラインドタッチを覚えた。

 最初に打った英文は誰もが同じように次のようだった。

 Pack our boxes with five dozen liquor jugs.

 でも、日本語をローマ字で打っていては知的生産ができそうもなかった。漢字のよさが身にしみた。

 東京外国語大学のアジアアフリカ研究所の土田滋先生の研究室を訪ねたことがある。先生は買ったばかりのIBMのタイプライターが自慢だった。20万もして貧乏学生にはとても買えそうもなかった。でも、コレクト機能が付いていて、エレメントを取り替えると文字を変更できて、まるで魔法のように思ったものだった。

 カードもカード作りが目的みたいになって、結局、立派な論文を書けなかった。長谷川欣祐先生などはルーズリーフ派だったが、そちらの方がはるかに使いやすそうだった。でも、乗りかかったカードは簡単に切り替えることができなかった。

 日本語タイプライターも買った。シルバーリード社の電動式だった。20万くらいだったと思うが、これで知的生産なんかとても無理だった。まさに清書だけのものだった。文字の配列が独特で、特殊技能になっていた理由もよく分かる。学生には「特殊技能」だと思っていても、技術によって無価値になることがあるので、基礎を学ぶことがいかに大切か話す時に使う素材になっている。

 本当の知的生産はワープロができてからである。

 活字を打ちたいので日本語タイプライターを買ったこともあるが、何しろ、不便な機械だった。位置を覚えるのは早かったが、他に応用のできない技術でしかも同じ書体ばかり打たなければならなかった。

 ワープロの方は、話には聞いていたが、82年秋に東京で開かれた国際言語学会で初めて実物に触った。これも魔法の機械のようだった。テレビを初めて見た時のような不思議な気持ちだった。

 最初に買ったワープロはシャープのWD2400という機種だった。82年の末だったが、160万して新車を買うより高かった。最近、160万で1500ccの新車を買ったばかりだが、正確には高級な新車が一台買えたことになる。会計課に必要性や教育効果を書いた書類を提出しなければならなかった。誰もワープロなんて知らなかった。

 バルザックは「お役所仕事には欠点はいろいろあるだろう。仕事が遅く、態度が横柄だ、等々。だが一つだけ実際に役に立っていることがある。すなわち文房具商をうるおしていることである」と書いているが、今ならワープロからパソコンで文房具商をうるおしている。僕もその一人だった。

 しかも、その半年後には120万でもっといい機種が出た。

 初期のワープロでは罫線、図形は夢だったという人もいるが、そんなことはない。ちゃんと罫線も図形も描けた。ただ、最初のバージョンでは間にあっておらず、図形ができるようになったとき、東京からインストラクターが飛行機でやってきて教えてくれた。○△千賀さんという、話しかけられもしないほどのすごい美人だった。図形は実際にはほとんど使ったことがなかった。描いた方が早かったし、何よりもインストラクターの顔ばかり見ていて頭に入らなかったのだ。

 当時の『天声人語』(83年1月5日)は次のように書いていた。

中年男たちが、こんなふうに興奮して語るものを持ったのは車かゴルフいらいではないかという気がする。

 それほど160万は価値があったのだが、2400はJIS第一水準しか扱えず、第二水準はいちいち登録しなければならなかった。

 フォントも16×16に比べればきれいだが、24×24ドットでしかもリボンを使っていてきれいとはいえなかった。

 語彙数が少なく、「語彙」も「範疇」も出すのが大変だった。「冤罪」もせめて「えん罪」と交ぜ書きできればよかったが、出なかった。

 FEP【日本語変換ソフト】が馬鹿で感心せんことに「新幹線」を出すのに(というのも新も幹も線も組み合わせに使われるので)30回くらい候補を呼び出さなければならなかった。

 「図書」はあったが、「図書館」が出てこなかった。タチの悪いワープロで「館」で出そうと思ってもカンでたくさん出すぎてだめでタチやヤカタでは出なかった。「館長」と出して「長」を消していた。

 「東大」が入ってなかったし、略語というのは全部ダメだった。「高専」は当然にしても「ソ連」が出なかった。いくらなんでも「ソビエト連邦」は入っていたが、「ワープロ」は入ってなかった。

 カタカナを出すのも難しく「バラ色の」という言葉を出すのは至難だった。

 「ヴィ」「ファ」は出たが、「ディ」とか「トゥ」が全然ダメだった。

 姓は機能+変換で出すようになっていて、かなり覚えていたが、名前になるとお手上げだった。【ATOKでも未だにジ、ゾウ「二」「三」と出せない】

 「総て」「凡て」があって「全て」がなかった。

 もっとすごいのは「する」がすぐに「刷る」になったり、「いってました」が「一手真下」になったり、「ことが」が「孤とが」に必ずなった。これでは清水義範の「ワープロじいさん」(『永遠のジャック&ベティ』所収)だ。

 また、世の中がピンクにみえたことがあった。ディスプレイに緑色で文字が出たので、その反対色が見えたのだ。

 ピンクにみえた機種なのに「性交」がなかったので僕は作家で成功できなかった。

結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段でなく、自己療養へのささやかな試みに過ぎない------村上春樹

 作家の文体に筆記用具が見えてくることがある。村上春樹自身はマックユーザーである。俵万智もマックで短歌を作っているはずだ。マーク・トウェインは初めてタイプライターを使って小説を書いたといわれる。ヘミングウェイは記者の経験を活かして、立ったまま原稿を書いたという。

 T・S・エリオットの『荒地』の原稿を見たことがあるが、エリオットは最初タイプでApril is the cruellest month…などと書き、ペンで推敲していた。最初の文章をタイプで客観的に見ている、というのが何となく不思議だった。

 ワープロはそれでも以前使っていた日本語タイプライターに比べて数倍速かったし、OAを駆使している(感じのする)自分がかっこよかった。

 職場で最初のワープロだったので、他の人にも使いにきたし、随分と教えてあげた。専門は言語学なのでみんなから「ワードプロフェッサー」と呼ばれていた。

 不思議なことに初期だったのにペンタッチ入力もできるキーボードだった。当時、キーボードになれている人はわずかだったからだ。

 専門語は全く入っておらず、「統語論」「音韻」や「印欧語」「スワヒリ語」など文法用語もまったくなく、おかげで僕は大言語学者になれなかった。

 ワープロを使うことに関してまだ抵抗が強かった。これで文学が書けるかという議論があった。河野多恵子は「創造ということ」(『樹林』375号)という講演で次のように書いている。

ワープロで書いたのでは、文字による言葉の微妙なところに不感症になってゆきます。手で書くことでつくづく、その言葉の独特な発想、その秘密をキャッチできるんです。…自分の手で撫でるように書いて初めていろいろ見えてくる部分がある。(ワープロで)ポンと打つだけではだめ。文学は愛撫し撫でるように育てなければ。

日本語には字姿というものがあります。日本語は象形文字ですから字姿がとても大事です。それをしみじみ眺めるには、自分で書かなければならない。

 だが、あのポール・ヴァレリーだって思索には羽根ペンを使い、出版社に渡す原稿はタイプしたという。

 筆記用具で思想も変わる。リズムが違ってくる。作家とは違う文を書くし、才能もまるでないが、手書きをすると文字を書くスピードが頭についてきてくれなくなった。ワープロがないと文章が書けない体になってしまった。

 もちろん、簡単に書けてしまうという不便さもあって、ロラン・バルトがそうしていたようにフェルトペンを使って書いていたこともあった。でも、その文章が他で使えないから、ムダになってしまうのだ。

 5年後に自宅でもワープロを買ったが、2400の20分の1の値段のワープロの方がはるかに使いやすくて賢いのに驚いたものだ。まして、ワープロのメンテナンス料が年間6万もしたなどという話は誰も信じてくれない時代になった(メンテナンスというものがあるだけで驚くような使い捨ての時代になっている)。

 そのうち、みんなパソコンに走っていた。しかし、まだまだワープロの方が設定も簡単だったし、メンテナンスも簡単だった。

 当初のレベルでは清書が中心だったが、脳の拡張装置として使えるようになってきた。

 その後、1台買ってワープロ通信もしたが、今はパソコンにほとんど移行している。

 最初はいちいち印刷していたが、画面だけで推敲するようになっていった。名論文はうまれなかったが、多くの論文を2400で執筆した。一つのブロックに8000字しか入らないので替えざると得なかった。

 日記もワープロで打っていたが、パソコンの方が検索も速くて便利であることが分かってきた。

 ときどき、他の先生が分からなくなったといってワープロのインストラクターに出かけるが、さすがに最近は書院で打つのがもどかしくなってしまった。

 それでも、昔覚えたコマンドを手がしっかり覚えていて、勝手に動いてくれるのをみると懐かしさがこみ上げてくることがある。

 妻が妊娠してから何か記録をと思って書店に立ち寄ったら『十年日記』というのが並んでいて、これは便利だと思った。しかし、日記帳を買わないでもワープロの方が遥かに便利だと思って付け始めたのが『ワープロ日記』である。これには同じ日付で毎年の日常が書かれている。過去のデータも追加したので働き始めてから20年分の記録が残った。

 学校というところは特に循環性の強い職場で、同じ頃、同じ仕事や事件が起きる。2年も続けているうちに仕事のコツが分かってきた。

 加えていくだけの日記だと過去を振り返ることは少ないが、循環式の日記だと絶えず過去との対話がある。1年後に読むと考えが違うこともワープロなら簡単に直せる。

 簡単にメモや出費や子供らの成長も一緒に書いているので、友人の誕生日が分かるし、慶弔費が分かるし、成長過程も見えてくる。

 最近では子供らも「今日、初めて○×君が来たことを書いておいて」というようになった。知人の結婚記念日を覚えていて(?)驚かれたことも少なくない。何しろ、本人が忘れていることもあるのだ。

 不思議なことにめでたい日は重なるもので、不幸な日もまた重なる。

 井上ひさしは『風景はなみだにゆすれ』の中で次のように書いている。

名付けることができないからこそ不安というものが存在し、言い当てることができないからこそ、それは情けない状況なのだ。言い当てられたらとたんその状況は乗りこえることが可能になる。

 不安があったら、何が不安なのか書き出してみることだ。きっと、それは多くないし、同じことのくり返しで原因は一つだったりする。

 40歳になった時、かわいがってくれた人が亡くなったこともあって自分史を書き始めた。ニーチェは8歳だか9歳で最初の自伝を書いたというからずいぶん遅いかも知れない。ほぼ1年に渡って続け、おおよそ1MBに当たる分量を書き上げた。編年式で各年度ごとに覚えていることを、忘れたことは調べて書いていった。

 O・ヘンリーの「最後の一葉」ではないが、書き上げた瞬間に亡くなるのではないかと思いながら書いたものだった。

 まだ子供が小さいので誰にも読んでもらっていない、自分だけの歴史である。

 澤地久枝は自分史に関して次のように書いている。

私は機会があるごとにいうんですけど、このことを書き残さずには死にたくないというほど切実なテーマを選んでくれ。それから、たとえば自分の子ども、あるいは孫に何も残してやれないけれども、これがおまえの血につながる人たちの話だ、人生だというものをお書きなさい。それは活字になる必要はない。だけど親から子へ残す財産として、こんなに素敵なものはないでしょうって(朝日ジャーナル1987年1月30日号)

 もちろん、僕の自分史には切実なテーマはないが、自分たちのルーツを探ることはできる。

 『ある昭和史―自分史の試み』(中央公論社)などで「自分史」を提唱した色川大吉によれば二つの方法がある。追体験的な方法と反省的な方法である。

 追体験的な方法というのは、過去のその時の自分の体験した時代、場所の様子(例えば30年前の横浜というように)や情況に身を置き移して、自分がその時に見た回りの風景(原風景)を思い出して、その時の自分の思いや行動を書く方法。これは、現在の自分から昔をみた時に生じる 美化や、記憶の取り繕いをさせないためである。

 反省的方法というのは、追体験的方法が陥りやすい主観的すぎる見方、回りが見えないということを修正するためである。つまり、現在の自分から過去を見ると、その時には見えなかった周囲の状況が見えてくるわけで、その時は無我夢中でもがいているから見えなかったのだが、今ふりかえってみると「あの時に苦労したのはこういうことだったのか」という情況が見えてくる。

 過去を再構成できる。つまり、未来が過去を変えるのである。漫画と映画の『砂時計』では過去の上に現在があり、その上に未来があるといい、主人公の杏はひっくり返して「過去が未来になった」という。これだ。

 自分史を書くコツは次の通り。

 

 井上ひさし『にほん語観察ノート』(中央公論新社)によれば、アメリカの大学で次のような問題が出たという。僕が文章教室を始めたら、こんなところから始めたいと思った。

晩年になってあなた(受験者)は300ページの自伝を書いた。そこで、その自伝の288ページを全文、ここに書き写しなさい。

 詩人の長田弘の『記憶のつくり方』(晶文社)とは、つまり、最初に物、ごくありきたりで、私たちのすぐそばにある身近な物、ディテールがあり、そこから記憶という想像力をゆっくりと育ててゆくというものだ。

記憶は過去のものではない。それは、すでに過ぎ去ったもののことではなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ

記憶という土の中に種子を播いて、季節のな かで手をかけてそだてることができなければ、ことばはなかなか実らない。じぶんの 記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなの だと思う

 ワープロは自分史のためにあるのではないかと思えるくらい素晴らしい器械だ。本にする必要はないし、修正が容易だ。

 ハマってしまわないように週末に書き始めることを薦める。

 同様に、僕たち二人が結婚してからの家族日誌も作ってある。彼らが20歳になった時には渡してあげようと思う。小さな頃の様子を活写したつもりだが、どんな反応を示すだろうか。

 どんな文章を書けばいいのか。それには「自己本位」ということが大切である。「俺がよければよい」ではなく、自分が基本だということである。

 自分史を書くということはゴーギャンの晩年の大作のタイトルではないが、「自分はどこから来て、何であり、どこへ行くのか」考えることである。あくまで自分を中心に、自分のいいところも悪いところも、過去も現在も未来も全部ひっくるめて自分を徹底的に研究することが大切である。

 漱石はイギリスの本場の学者よりも立派な英文学者になろうと留学するが、「自己本位」(>「「個人主義」>「則天去私」)というものを発見して、そのためには自分は作家になってものを書くと決断して帰国した。

 どんなに愛情があっても家族が何を考えているのか分からない。でも、自分だけは分かる。自分が中心にいて生きている世界の中に自分を位置づけする。これが文章を書くことなのである。

 つまり、自己表現とは自己発見のことだ。

 Initium sapientiae cognitio sui ipsius.(自分を知ることが知恵の始まり)

 自己表現というのは他人と違う自分を見せるということだ。他人と違っていい、ということを互いに認め合うことだ。ところが、日本の社会はまだまだそこまで到達していなくて、「出る杭は打たれる」という言葉もそのまま使われている。「違い」を強要する社会に早く導かなければならない。

 三田誠広は『こころに効く小説の書き方』(光文社)で次のように書いています。

 認識する主体として、自分を認識し、自分が生きているこの世界を認識する。
 それが、生きていることの意味だと、わたしはかんがえています。その認識を、ささやかな作品に封じ込めて、ビンにつめ、ひっそりと海に流す。
 そういう思いで、わたしは小説を書いています。

 自分史とは別に今まで書いた雑文や論文が色々あって、これはどう処理しようかと迷っていた。抜き刷りやコピーを取っておいてあるのだが、一度書いた文章は誰も読んでくれないし、古い文章を渡すのも恥ずかしい。シリョウの生け贄になっていた。

 活字になった文章はまだいい。パソコン通信の電子メールやBBSに投稿した文章などは時間とともに捨てられていく。ニュースグループに入れたおいた永久保存版(と考えているのはたいてい本人だけだが)の文章だって1カ月で削られてしまい、どうでもいいような話題でいっぱいになっている。

 そういう時に現れたのがWWWである。これなら自分の文章を校内やご近所はおろか、世界に広められる!

 書物の形で残すことも考えられるが、同じ内容を活字にするとなると手間暇が全然違うし、パソコンが10台買えるような出費になってしまう。しかも、自己満足で終わる。マックのエキスパンドブックも考えたが、配布に問題がある。

 ホームページなら自分の文章を張り付けておける。誰にも迷惑をかけることもない。見たい人だけが見れる。これはホントにグーテンベルグ以来の発明だぞ、と思った。

 僕は大学時代からカード派でカードのおかげで論文も書いたが、多くの失敗もした。HTMLというのはハイパー・テキスト・マークアップ・ランゲージのことだが、ハイパーテキストという考えはまさにカード指向なのでその善し悪しも心得ているつもりだ。

 このハイパーテキストという特性から僕という人間の多様な面を、別々の角度から見ることができる。ランダムだがリンクされているテクスト、これは多くの小説家が夢見てきたことだ。

 なぜか?

 それは複雑な現代を生きる人間はものごとを一直線に考えることができなくなっているからだ。あることを真剣に考えながらも、今日のご飯や子供のことが気になって仕方がない。あるキーワードから別のことがらを考えてしまうのだ。

 そうしたランダムに考える現代人を表現する方法としてT・S・エリオット、ジョイスなどが考えた手法を表現できるのがハイパーテキストだといえるのである。

 究極の日記はすべての自分の文章をリンクすることによって完成するだろう。

 まず、これまでの文章(ワープロからマックに変換してあった)はほとんどクラリスワークス書類になっていたので、クラリスの改行のマークを<P>に置換して、テキストファイルにして壁を白くして、拡張子を入れてリンクを確かめ、FTPで送れば完成だ。ものすごく単純な作業なので一日で終わってしまった。メインは出版しようとも考えていた「マックde子育て」という文章である。これに家族日記(抄録)を加え、色々なところに発表した文章もOCRで復元したりして加えた。NHKの「ハイスクール電脳倶楽部」という番組にも些か関わっているので、これにアップした文章も張り付けた。

 ホームページ作りのソフトを買ってからと思っていたが、あまりにも単純な作業なので呆れた。

 だが、無間地獄は次の日から始まった。

 自ら編纂者も務めたバートランド・ラッセルは「百科事典はいつも修理中である」と言ったが、「ホームページはいつも修理中である」。

 つまり、電子メディアというのは終わりがない。ここも直そう、あそこも直そうと考えていたらアッという間に時間が過ぎていく。一旦、ホームページが完成すると今まで文章化していない別の文章までアップロードしたくなってくる。画像も取り入れて見栄えもよくしたい。ダウンロードが遅いと聞くとディレクトリーや画像の大きさを直さなければならない。こちらがよければあちらが立たない。

 「無限」地獄だったのだ!

 書き直しを開始するには、自分の書いたものに直面する勇気が必要である。そこにはまず、鏡にうつる赤裸の自分と対面する感じがある。それだけに、自分の草稿を、誰か他人に書きなおされるとなると、自分の裸の身体の一部をいじくり廻されるようなきがするはず。【…】

 書き直しは、自分で自分にこの種の「暴力」を加えることである。それをやられる自分、つまり書きおえばばかりで、まだ草稿と血のつながっている------というよりももっと即物的に血管がつながっている------自分にも、やる自分にも勇気がいる。また、書きなおすためには、書いた言葉、書いた文章を客観的に見なおすことができる、批評的な態度が必要だ。
     ------大江健三郎『私という小説家の作り方』(新潮社)

人間という生きものはどうしてこうまで言葉で何かを表現せずにいられないのか、心で思っていることを何故こうまで他人に伝えたいのか。その押しつけがましい執念は一体どこから湧き出てくるのか。

---『谷川俊太郎の問う言葉答える言葉』

 社会的動物である人間はコミュニケーション願望があって自分というものを他者に表現する。いや、表現せざるを得ないのである。人間の欲望の基本はコミュニケーションへの欲望なのだ。

 人は弱い葦である。だが、コミュニケートする葦である。

 樺山紘一は人間を「ホモ・コミニカビリス」Homo Communicabilisと名付けたが、言葉だけでなく、服装を始めとして、どんな些細なことでも、意識しようとしまいと自分を表現し続けるのである。

 ハイパーグラフィア(hypergraphia書かずにいられない病)とライターズ・ブロック(writer's block書きたくても書けない病)について、自ら両方の症状を経験した医師フラハティという医師が書いた『書きたがる脳』(ランダムハウス講談社)で人間は書きたがるものだという。彼のハイパーグラフィアの基準は以下のとおりである。僕も確かにハイパーグラフィアになっている(旅行中まで書きたいとは思わないが)。

1. 同時代の人々に比べて圧倒的に大量の文章を書く
2. 外部の影響よりも強い意識的、内的衝動に駆られて書く
3. 書いたものが当人にとって哲学的、宗教的、自伝的意味を持っている
4. 当人にとっての重要性はともかく、文章が優れている必要はない

 書く能力は大脳皮質という進化的に新しい領域に存在し、書きたいという欲求はより古い辺縁系と呼ばれる領域に存在するといい。二つの病気は表裏一体だという。

 大江健三郎は『小説の経験』(朝日新聞社)で「想像し物語ること」について次のように語っている。

 人間とは、誰でもどこかで自己表現をしたいと願っている生きものだとつくづく思います。障害をもっている私の息子も、この十五年ほどの間に、ピアノを教えられるうち、自分で作曲するようになりました。ある人に表現する手段を与え、それをやるように励まし、そして表現されたものを受け止めてやる。そうすれば、自力では自己表現する道が絶たれているような人も、改めて表現を始めるようになる。デイケア・センターに通ってお習字をしている老年の義母を見てもそう思います。

 文学のいちばんの基本には、こうしたかたちの、人間とは自己表現したいと願っている生きものだということがまずあると思います。しかもしれを言葉、文字を通じてやる。言葉を書きつけると、それまで意識にはっきりとはとどめていなかったもの、出来事が、手ごたえのある対象、情景として浮かび上がってくるということがあります。またどういうかたちでか文章にその書き手の「声」が響きだして、独特の文体をつくりだすことにもなります。このようにして文学が生まれてくるといって、基本的には誤りではないだろうと思います。

 河合隼雄は「個人に内在する可能性を実現し、その自我を高次の全体性へと志向せしめる努力の過程を、ユングは個性化(individualization)の過程、あるいは自己実現(self realization)の過程と呼び、人生の究極の目的と考えた。そして、われわれが心理療法において目的とするところも、結局はこのことにほかならない」と書いている。

 心理学者のアブラハム・マズロー(Maslow,A.H.)には「欲求の発展5段階説」(“Maslow's HIerarchy of Needs”欲求階層説とも)というのがある。人間の欲求には次のような段階があってピラミッドのように階層をなし、人間はより高度なものを目指すといった。

生理的欲求(Biological/Physiological Needs)…食欲・性欲・睡眠などの生物としての欲求。

安全欲求(Security/Safety Needs)…安心して暮らせる住居がほしいという欲求。

社会的欲求(Social (Love, Affection and Belongingness) Needs)…集団に参加し、共同生活をするという所属と愛の欲求。(愛する、愛される、認められるなど)

評価的欲求(Ego/Esteem Needs)…出世して人や社会から自分の存在価値を正しく評価してほしいという承認の欲求。

自己実現的欲求(Self-actualization/Fulfillment)…利己的な欲求から変化して「世の中、人のために働きたい、役立ちたい」「社会に貢献したい」という欲求で、人間としての究極の欲求である。

 つまり、自己実現というのは成熟した人間の本源的な欲求なのである。

 ただ、究極の欲求だからといって職場などで周りを見ずに自己実現するのは危険である。独りよがりになりかねないし、親切のお仕着せにならないとも限らない。

 自己実現人間の典型は伊能忠敬であろう。五十歳を過ぎてから思い立ち、日本地図を完成したが、全くのボランティアで始まっていた。突き動かしたのは情熱でしかない。できあがった地図を見ると、一歩一歩の人生が自己表現を成就することがよく分かる。

 真・善・美・聖などの価値の実現を求める自己実現的欲求は至高の欲求である。人類は食事・睡眠(身体の維持)や性行為(遺伝子の複製)などで喜びを感じるだけではなく、自分の心を表現し伝えることも大きな喜びとしている。人々の会話にはじまり、手紙や論文、そして小説や芸術作品に至るまで、人々の脳から伝達・創造されたものはそれを表現し、伝えることに大きな価値を持っている。

 これをミームの伝達ということもできる。『ミーム(meme)』とは「模倣する」という意味のギリシア語(mimeme)をベースに「記憶する(memory)」などを引っかけた造語で、遺伝による情報伝達の単位『遺伝子(ジーン: gene)』に対し、文化的伝達の単位を呼ぶ。文化の情報をもち、模倣を通じて人の脳から脳へ伝達・増殖する仮想の遺伝子で実体のない遺伝子である。 これはオックスフォード大学の動物行動学者リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)が『利己的な遺伝子(THE SELFISH GENE)』(1976年・紀伊国屋書店1991年)の中で提唱した言葉だ。ただしここでいう文化とは「遺伝によらず伝達される行動や行動様式、技術など」のことであり、例えば、言語や宗教・芸 術にはじまり、習慣やしきたり、家風・校風のようなもの、建築や輸送の技術、それに服装や歌などに見られる一時的な流行に至るまでありとあらゆる無形の所産を指す。

 逆に自分のミームを全く伝えあうことができない環境が人々に「孤独」という病をもたらすのも、ミームの複製が人類の本質であるからである。

 人類は、その歴史の中で、言葉・文字の発明、さらに印刷・通信・放送技術の革新によりミームの複製技術を進歩させてきたが、近年急速に普及しつつあるインターネットは、まさにミーム複製のための画期的な道具であり、従来と比較し、ミーム複製のための時間的・空間的限界を超えたものになっている。

 鹿島茂は「日本ドーダ文学史」(『モモレンジャー@秋葉原』文藝春秋)で表現者の本質について、東海林さだおを援用しながら書いている。

 (東海林さだお氏の)ドーダ理論によれば、人間の会話や仕草のほとんどは、相手に対して「ドーダ、このようにオレはエライんだぞ、ドーダ」と自慢したいがためのものだというのだ。【…】ドーダ理論を厳密に応用すると、口を開いて一言発する言葉、原稿用紙(ないしはワープロ、パソコン)に書き付ける一語がみなドーダであって、しかも、それを自らドーダと認識する能力においてもドーダであり……と、無限のドーダ連鎖地獄に陥るのである。【…】およそ表現者を名乗る人間はすべて、ドーダ人間なのだ。

 こんな風に引用している僕が一番ドーダ人間なのだが、こんなドーダ人間は嫌われる。老人ホームなどで一番嫌がられるタイプというのは自分の過去の職業を自慢する人である。元の職業でしか自己表現ができないのである。高度成長期に自己形成して、右肩上がりの考え方しかできず、みんなが平等だといっても分からないのである。

 考えてみると、僕らも仕事を離れてどれだけのことがいえるだろうかと思う。

 会社名以外の名刺をどれだけ作れるか、いや、名刺がなくてどれだけのことができるかが問われている時代だ。

 一流にならなくていい。それは遺伝子と環境に恵まれた人々に任せればよい。僕らが目指すのは二流で、しかもその中で、わずかの光芒をもった「超二流」になればいいのだ。

 人間は何かを得るために生きているだけではなくて、何かを周りに伝えるために生かされている。僕らの存在は無ではなく、必ず周りの人に影響を与えている。知らず知らずのうちに「気」を出していて、相手の心に残るのである。そういうものを敏感に感じ取れるような心のきめ細かさ、心のゆとりをもたなければならない。

 魂のふれ合いというのはそんなことだと思う。

 多くの人間は芸術家ではない。しかし、各人がかけがえのない唯一の人生を、いかに生きるかという、その生涯そのものが「芸術作品」なのだ、と私は思っている。すべての人が世界にひとつしかない作品を創造している。この意味において、すべての人は芸術家である。【…】

     河合隼雄『「出会い」の不思議』(紀伊国屋) 

 自分を大切にした文章を書いていく。その中で自分を発見し、自己実現をいつも考えていると夢が現実になることがある。マーフィーの法則にも「人生にはある偉大なルールがあります。それは”あなたの人生はあなたの思い描いたとおりになる”というルールです」と言っているように自己イメージを大切にして前向きに生きれば、願っている自己を実現できる。

 だって、死んでから何も残らなかったら寂しい。ゴーゴリの『外套』はドストエフスキーが「われわれは皆ゴーゴリの『外套』の中から生まれた」(どうやら伝説で青山太郎『ニコライ・ゴーゴリ』に詳述)と言ったように、人間存在のむなしさを描いた作品だ。彼の外套どうように何も残らないのである。

 アカーキイ・アカーキエウィッチの遺骸は運び出されて、埋葬された。かくして、そんな人間は初めから生存しなかったもののように、アカーキイ・アカーキエウィッチの存在はペテルブルグから消失したのである。誰からも庇護を受けず、誰からも尊重されず、誰にも興味を持たれずして、あのありふれた一匹の蠅をさえ見逃さずにピンでとめて顕微鏡下で点検する自然科学者の注意をすら惹かなかった人間――事務役人的な嘲笑にも甘んじて堪え忍び、何ひとつこれという事績も残さずして墓穴へ去りはしたけれど、たとえ生くる日の最期の際(きわ)であったにもせよ、それでもともかく、外套という形で現われて、その哀れな生活を束(つか)の間ながら活気づけてくれた輝かしい客に廻りあったと思うとたちまちにして、現世にあるあらゆる強者の頭上にも同じように襲いかかる、あの堪え難い不幸に圧しひしがれた人間は、ついに消え失せてしまったのである!

 心理療法の一つに「箱庭療法」というのがあって、箱庭を作ることによって治癒力を増していくというのがある。考えなおしてみれば、ホームページを作るというのは自分の箱庭を作るようなものだ。

 新しい文章を植えたり、古い文章を剪定したり、株分けしたりと手入れが大変だ。しかし、そうして「ブリコラージュ」することによって、自身を癒している、治癒している、と考えれば納得がいく。

 マルグリット・デュラスもブノワ・ジャコーのインタビュー映画『エクリール 書くことの彼方へ』(河出書房新社)の中で「書くこと それは声をたてずに 叫ぶこと……」と話している。語らない、沈黙して、叫ぶ!

 自己実現的人間には次のような特徴があるという(cf.片岡徳雄『子どもの感性を育む』NHKブックス)。

 

 もし自己実現的な人間が増えれば人間の心は、この社会は豊かになる。

 タイプライターを打って文章を書くことばかりが自己表現の始まりではない。何でもいいから気になる言葉や絵図を集めてみること、一つひとつを丹念に眺め、並べかえてみること。思いがけない断片から、自己表現、思想を生み出すことは「ブリコラージュ」(フランス語の「手仕事」から)というが、そうした並べ方や切り取り方の中に自分を発見できるかもしれない。

 そして、その自己実現・自己表現の手段としての一つとしてパソコンがあってWWWがある。

 つまり、次のように言い換えることができる。

 インターネットは自己成長のトレーニングマシンである。

 アメリカでは学校から大量のドロップアウトが出ている。彼らの中には街に出てギャング集団を作って犯罪を犯すものがいて多くの若者が社会から疎外されていく。

 こうした原因を『本が死ぬところ暴力が生まれる(電子メディア時代における人間性の形成)』(新曜社)【A Is for Ox : The Collapse of Literacy and the Rise of Violence in an Electronic Age by Barry Sanders(Vintage Books) 】のバリー・サンダースは識字能力(読み書きする能力)が失われていることだという。ミュージカル『フェーム』で文盲の黒人ダンサーが文字を読めと先生に言われて暴れるシーンがあって、この本を予言していたように思える。

 識字は文明に不可欠なものだった。識字の長い歴史が人間形成に大いに役立ったし、僕らに自己のあり方を見つめ直すことを要求する。そして識字能力がないことから人は自己を失い、むき出しの暴力が噴き出す。

 アルファベットという表音文字の性格や英語の綴字法の問題もあってアメリカでは識字能力に欠けている子供が多い。

 日本では漢字という表意文字の性格や仮名の併用などもあって、サンダースのような懸念はないように思えるが、サンダースが問題にしているのは別の次元である。つまり、文字というのは話し言葉の世界に支えられて初めて実感のあるものとなる。ところが、話し言葉自体が危機的だというのである。

 「ことばもて、人は獣に優(まさ)る」と昔、ペルシャの詩人は言った。「……されど、正しく話さざれば、獣汝(なんじ)に優るべし〉」。

 ただし、G・スピヴァークは言語を独占する者によって、言葉で自己主張できない者が勝手に意味づけされることを嫌った。彼女はこのような不公平な存在を「サバルタン」と名づけた。死んだ夫と一緒に生きたまま焼かれるインドの女性について、ヨーロッパの男性知識人がインドの「野蛮な風習」と告発したことがあったが、彼らが何を話せるのか、だいたいインドの女性のために語る資格などあるのか、と批判した。知識人は無言のまま死んだ女性の生きる権利を代弁できるのか、お前らは本当に彼女らの言葉を直接聞いたのか?と批判した。

 つまり、バリー・サンダースも同様の「代弁」をしていることになる。同様に、『言葉を失った若者たち』(講談社現代新書)の桜井哲夫のように語ることはできるのか、ということになる。

 母親が子供に語りかけるmothereseと呼ばれる、一見無意味な、しかし愛情のこもった言葉や子供たちが遊びの中で身につけていく言葉の世界がなくなりつつある。

 話し言葉の危機が識字能力の危機を招いている。そして自己が奪われていく大きな原因だという。 

 大切なのは響き会う声を仲立ちとする生身の人間どうしの関わりであり、これを復興することが今こそ望まれる。

 豊かな言語生活が家庭の基本なのである。家庭だけでなく、豊かな言語生活がなければ、文化の自殺を招くだけである。

 小説を書くことと文章を書くことでは違いもあるが、自分をみつめる作業という意味では全く同じである。三田誠広は小説を書くことについて次のように書いている。

【…】小説を書くためには、何よりも自分を見つめなければならない。知識を丸暗記してテストに備えるというトレーニングばかりしていた学生たちにとって、小説を書くという作業は、生まれて初めて、裸の自分と向かい合う体験といっていい。私小説はもとより、ファンタジーのようなものでも、書き手の資質と個性がもろに出てしまう。

 小説を書くというのは、言ってみれば、精神のストリップだ。恥ずかしがっていたのでは何も書けない。その恥ずかしさを乗り越えると、人は一皮むける。自分を客観的に見ることができるようになり、冷静になる。小説を書くというのは、自分を見つめることであると同時に、自分が生きている世界を把握することでもある。自分とは何かを考え、世界とは何かを考え、表現する。

 多くの人々は、せわしなく生き、いつのまにか年老い、晩年になって、この人生は、いったい何だったのかと考える。あるいは考えるひまもなく、あの世に旅立つ人も多い。小説を書く人間は、人生の一瞬、一瞬に立ち止まり、自分を見つめ、考える。苦しみも多いが、密度の高い人生だ。------三田誠広『ぼくのリビングルーム』

 日本人は自己表現・自己実現が苦手といわれるが、みんながホームページを作り始めれば変わってくるはずだ。ユニークであるためには、少なくともちょっとだけ異常でなければならない。個性とは他人と違う自分を見せることである。

 今は印象操作の時代だともいわれている。ものを作るのではなく、各場面に応じた人物をプロデュースすることが大切になっている。タレントは才能があるからではなく、タレントらしく自分を見せるからでもある。自分をプロデュースするためにも自己実現・自己表現は重要だ。

 ポール・ヴァレリーは「人は他者と意思の伝達がはかれる限りにおいてしか、自分自身とも通じ合うことができない」というが、他人と語ることはまさに自己と語ることなのである。

 僕のホームページは幸い、徐々にアクセスする人が増えたが、もしかしたら家族だけに終わるホームページも多いかもしれない。でも、自分がこうして生きた証として残せる最高のメディアだと思う。

 子孫が自分たちのルーツを探し始めた時、最初に見てもらいたいものである。

 ホームページ改訂の作業は亡くなるまで続くだろう。

 自己表現は芸術と同じように終わらない本のようなものだからだ。人生にも芸術にも、そして自己表現にも完成はない。

 人生は自己表現の芸術なのである。


「インターネットのわっ!」に続く


●自己表現についての考えが変わりました●


「樹」 吉野弘

人もまた、一本の樹ではなかろうか。
樹の自己主張が枝を張り出すように
人のそれも、見えない枝を四方に張り出す。

身近な者同士、許し合えぬことが多いのは
枝と枝とが深く交差するからだ。
それとは知らず、いらだって身をよじり
互いに傷つき折れたりもする。

仕方のないことだ
枝を張らない自我なんて、ない。
しかも人は、生きるために歩き回る樹
互いに刃をまじえぬ筈がない。

枝の繁茂しすぎた山野の樹は
風の力を借りて梢を激しく打ち合わせ
密生した枝を払い落とすムムと
庭師の語るのを聞いたことがある。

人は、どうなのだろう?
剪定鋏を私自身の内部に入れ、小暗い自我を
刈りこんだ記憶は、まだ、ないけれど。

 以上のように書いてから考えがずいぶん違ってきた。大人しい人に自己表現しろ、といってもできない。無理強いすることになるのではないかと危惧する。と同時に、あまりにも多くの人がブログで自分の日常をさらすことにも驚いている。調べてないが、これだけブログが華やかなのは日本ではないだろうか?

 谷川俊太郎・山田馨『ぼくはこうやって詩を書いてきた』(ナナロク社)で谷川はこの詩を「詩は作者の自己表現であるっていうふうに思い込んでいる人に対しての、非常にいい解毒剤だとおもったんですよ。詩というのは、なかでいくら人を殺しても全然かまわないんだということを言うんですけどね。だから、詩は、基本的にはフィクションなんだよっていうふうにもっていくわけ」と語る。

ゆうぐれ   谷川俊太郎『よしなしうた』
 
ゆうがた うちへかえると
とぐちで おやじがしんでいた
めずらしいこともあるものだ とおもって
おやじをまたいで なかへはいると
だいどころで おふくろがしんでいた
ガスレンジのひが つけっぱなしだったから
ひをけして シチューのあじみをした
 
このちょうしでは
あにきもしんでいるに ちがいない
あんのじょう ふろばであにきはしんでいた
となりのこどもが うそなきをしている
そばやのバイクの ブレーキがきしむ
いつもとかわらぬ ゆうぐれである
あしたが なんのやくにもたたぬような

 人生の目的について、村上春樹は『これだけは村上さんに言っておこう』の中で次のように述べている。

 人生の目的といえるようなものは僕にもとくにありません。人間というのは生まれて、どたばたと生きて、死んで失われていくだけだというのが、僕の基本的な人生観です。目的も意味も、とくになにもありません。

 ただ、その「どたばた」の中に、ある種の一貫性を見いだすことによって、無意味さの苦しみをある程度緩和させることは可能だろうと考えています。僕の場合は、それは小説を(書けるところまで)書き続けることです。

 一方、『回転木馬のデッド・ヒート』の冒頭で次のように書いている。

 自己表現が精神の解放に寄与するという考えは迷信であり、好意的に言うとしても神話である。少くとも文章による自己表現は誰の精神をも解放しない。もしそのような目的のために自己表現を志している方がおられるとしたら、それは止めた方がいい。自己表現は精神を細分化するだけであり、それはどこにも到達しない。もし何かに到達したような気分になったとすれば、それは錯覚である。人は書かずにいられないから書くのだ。書くこと自体には効用もないし、それに付随する救いもない。

 引用ばかりだが、内田樹は次のようにホームページで書いている。

「ビジネスのクロート」である平川くんの『反戦略論』(もうすぐ洋泉社から発売)の中で読んだばかりだからである。
平川くんはこう書いている。

「あるときわたしが社長をしていた会社の女子社員のひとりが、会社を辞めたいというので、ではそのわけを聞かせてくれないかということになりました。【…】
 自己実現とは、自己の能力や可能性の全てを開花させるというような意味なのでしょうが、それがどのようにすれば『実現』できるのかについては、誰も答えをもっていないような欲求であるといわねばなりません。
 なぜなら、能力も可能性も、それが実現してみて初めて了解できるものであり、事前にそれぞれの人に登録されているリソースではないからです。
 『この会社では自己実現できない』と言った社員は、『別の会社でも自己実現できない』はずです。自己実現は、その定義からして環境によって実現しうるものではなく、自己実現といったものを実感したときには、すでに環境も変化しているというように、すべては事後的にしか実感できないものであるからです。
 いや、事後的にも実感できないといった方がいいのかもしれません。自己実現とは将来実現する能力や可能性なのではなく、ただ、現在の欠落感としてしか実感できないものであるといえるのではないでしょうか。」

「自己実現」とか「自分探し」ということばが、現代において支配的なイデオロギーの産物であり、これはあまりよい結果をもたらしていないということは、私もこれまであちこちで書いてきたけれど、期せずして私の敬愛するふたりの書き手も同じことを述べている。【…】
「技術」というのは、千日万日の「錬磨」を通じてしか身に付かない。
ハウツー本を読んでたちまち身に付くような「技術」は三日で剥がれるし、バリ島やニューヨークに行ったり、転職するだけで出会えるような「ほんとうの私」からはたぶん何も生えてこない。

 四方田犬彦の『指が月をさすとき、愚者は指を見る』(ポプラ社)は次のように書いている。

 というわけで、誰もが無理にでも他人と違った存在になろうとして、悪あがきする。その様子は、生まれて最初に連れて行ってもらったイタリアン・レストランで、わたしブロッコリーは嫌いなのと、得意げに口をきいてみたりする中学生の女の子に似ていないわけでもありません。そう、誰もが、自分が凡庸な人間だと人からおもわれてしまったらどうしようと、そのことばかり考えているのです。

 でも、おかしいではありませんか。誰もがそう考えていて、それに倣っているかぎり、その人は限りなく凡庸な存在なのですから。

 ですから、ここに逆説が生まれます。人から凡庸な人間だと思われないためには、本当は凡庸であることを恐れてはいけないのです。いや、むしろ積極的に凡庸さのなかに飛び込み、凡庸であることをエンジョイしなければいけない。かくするうちに、いつしかそんなことなどどうでもいいわという心境に達しているというのが理想なのです。ニーチェもいっているではありませんか。聡明であるためには凡庸さの仮面を着けなければならないと。

 同じ四方田の『驢馬とスープ』(ポプラ社)では次のように書いている。

 ちなみに最近、「本当の自分を発見したい」という表現をよく耳にすることがある。わたしはこういう甘ったれたいい方はしないほうがいいと思う。本当の自分など、心にいつも被せている蓋を取り外して、その気になって考えてみればすぐわかる。惨めで、嘘吐きで、裏切り者で、臆病で、人を妬んだり憎んだりする習癖をもった下等な人間。それが「本当の自分」である。そんな醜いものを発見したところで、そのあとをどうするつもりなのか。本当の自分などいらない。本当に必要なのは、自分のダイモーンの声を聞くことなのだ。

 そして、小谷野敦は『軟弱者の言い分』(晶文社)で「世の中、探したって実現するほどの自分がない人間が大半だ」と嘆いている。

“I'm a bad person.”
“You aren't a bad person.You are a complicated person.”
“You don't know the real me.”
“There isn't a real you. ”
“Oh, year. I forgot.”

Man on the Moon

「俺は悪い人間だよ」
「あなたは悪い人間じゃないわ。屈折してるだけよ」
「本当の僕も知らないくせに」
「本当のあなたなんていないわよ」
「そうだな。つい忘れていたよ」

『マン・オン・ザ・ムーン』

 河合隼雄は『「出会い」の不思議』(創元社)の中で最近の「自己実現」ブーム(「本当の<自分>さがし」ブームでもある)に苦言を呈している。

 最近、自己実現という言葉が妙に流行している。そして、残念なことにそれは非常に浅薄な意味に使われる。「自己」ということの認識が浅すぎるのだ。自分を周囲から切り離し、単純に自分がしたいと思うことを実行しようとする。それは利己実現とでも言うべきで、自己実現ではない。自己は思いのほかにいろいろな人やものとつながっている。

 自分の行為によって家族がどう感じるか、家族の一人ひとりの欲求を満足させてやりたいが、そう簡単にはいかない。家族相互に対立が生じる。そうなると、ときには犠牲を払うこともある。しかし、自分が犠牲となり、そこで体験することを自分のものにするのも、自己実現の一つである。家族との関係を大切にして考えはじめると、自己実現は単純でなくなってくる。そして、なにごとも自分の意思や欲求のみで成就されるのではなく、そこに自分を超えた力がはたらくのを実感できる。このようになってこそ本当の自己実現である。つまり、自己実現と言うときの「自己」は、自分の通常の認識を超えたものを含んでいる。家族との関係において、いろいろと「思いがけないこと」が起こってくる。

 もっと辛辣なのは甘粕りり子である(『女はこうしてつくられる』筑摩書房)。

 女性誌などで頻繁に使われる「自分探し」といういい回しが苦手だ。使い方としては、「自分探しの旅に出る」なんていうのが定番だが、家出人の捜索じゃないんだからねえ。鏡でも見ればそこにあなたはいますよ、と嫌味のひとつもいいたくなる。

 『女子学生、渡辺京二に会いに行く』(亜紀書房)では津田塾生が話を聞きに行くのだが、渡辺によれば、人は生来、すでに存在として自己実現をしているのであって、今風の自己実現とは出世主義を言い換えたものだという。そんなむなしい言葉にとらわれず、無名のままに自然体で生きなさいと諭す。なすべきは自身を「磨く」ことだというのである。

 「人格」はpersonalityといい、persona(仮面)から来ている。哲学者はペルソナのことを「役割理論」といって説明する。基本的には一つの人格なのだが、場面に応じて役割を使い分けているというものだ。つまり、舞台で役を演じているように、現実社会でも常に役割を演じていると考えるのである。日本人は場面に応じて「私」「僕」「オレ」「パパ」「おじさん」などと使い分けているから理解しやすいだろう。

 これは現代物理学の「間主観性」(「共同主観性」intersubjective)の問題とも密接に関わる問題である。神の視点でもなく、個々の人間の主観的な視点でもなく、主観同士の間の関係性が本質だとする考え方だ。幸い、日本語では「人間」といい、「世間」というから、日本人には理解しやすい考えかもしれない。

 逆に、自我が確立していた西洋では理解しにくかった。だから、アインシュタインの相対性理論が出るまでには時間がかかったともいえる。

 最後に、俳優のダニエル・デイ=ルイスの言葉。

 I suppose I have a highly developed capacity for self-delusion, so it's no problem for me to believe that I'm somebody else.
(僕は自己欺瞞の能力を相当身につけたから、自分を赤の他人と思い込むなんて簡単だ)


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