マックde記号論

子どもたちの時間

大人は判ってくれない

育児をめぐる冒険

           たそがれというには早い公園に
             妊婦の歩み ただ美しい---俵 万智

  1989年(平成元年)、長男が生まれ、今までとは全く違った生活が始まった。僕には“Bookish”という悪癖があり、子育ての本を嫌になるほど読んだのだが、どの本も一長一短で、中には時代が違っていて参考にならないものもあった。しかし…

 『育児の本』とか『家庭の医学』は持っていると安心だが、読むと不安になる。

 ここでは自分なりに考えたこと、苦労したことを書いていきたい。夫のための『育児の傾向と対策』というつもりである。何しろ、僕は結婚前に「子育ての人類学」という講演をしたことがある。ただ、医者でも教育学者でもないので責任をもつことはできない。まして、うちの子どもたちは子育て中で、下手すればあまり成功といえない子どもになるかもしれない。だから、これはあくまで個人的な意見であり、途中で意見を変えるかもしれない中間報告である。

 子どもはマニュアル主義では育たない。育児がマニュアルどおりに行くことはありえない。何よりも大切なことは他人の育児書を読むのではなく、それぞれの親が自分自身の育児書を作りあげることである。これはその実践である(と同時に引用集になってしまった)。

★赤ちゃん【baby】

 ヒッチコック『引き裂かれたカーテン』の中で監督自身が出てきて「君は赤ん坊を抱いたことがありますか。あれはフニャフニャしていて実に持ちにくいもんなんだよ」という。実際、初めて我が子を抱いたとき、何だか壊れそうでヒヤヒヤしたものである。それが、今では家の中心になって、ふんぞり返ったり、大声で喚いたり。そうかと思うと、にこにこと愛嬌をふりまいたりしているのだから、ほんとに不思議だ。

薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
   -----北原白秋


★いまどきのこども【The Children Nowadays】

 最近の赤ちゃんは栄養が行き届いているせいか、シワくちゃの猿みたいには生まれてこないという。手もあまり握らず、開いていることが多い。祐貴がそうだった。更に蒙古斑(お尻の青あざ)をもった子も少ないという。祐貴はモンゴロイドらしい立派な青あざをもっている。赤あざも頭にあるが、2、3歳で消えるから全く心配ないという。

#アメリカの教師や保母は報告義務があるので、日本人の蒙古斑を幼児虐待だと思って通報することが多い。ちなみに、ベビーシッターを英米では雇うが、これも12歳までは一人にしてはいけないという法律があるからである。


★哲学【philosophy】

 「わたしの父と母とを出会わせた偶然について深く考へてみることは、死について瞑想にふけることよりももっと有益である」
             -----シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』

 立派な結婚でないといけないということはない。司馬遷の『史記』「孔子世家」に出てくるが、孔子は「野合」(ATOKで変換できない!)から生まれたとされる(複雑な事情があるのだが)。

 「むすんでひらいて」の作曲家でもあるルソーは自分の子ども5人を捨子にした「悪い」父親だった(当時は普通のことだった)が、彼の教育書『エミール』には「子どもは生まれながらにして人間としての自然のペースをもっている」と書いている。ママはすぐに育児書と首っ引きで平均より大きいとか、早いとか、小さいとかいって一喜一憂しているが、あまりこだわらない方がいいだろう。多少の早い、遅いがあってもゴールは一緒である。

 ソクラテスは「よく生きることをこそ、何よりも大切にしなければならない」といった。子どもも自分もよく生きることを模索するのが人生なのだろう。


★想像妊娠【imaginary pregnancy/phantom pregnancy/pseudocyesis】

 7月に東大院生のM君がモンゴルに行く前に、と遊びに来たときが凄かった。スーパーに行ったら、魚を見てはゲー、漬物を見てはゲー。ドライブしてもゲー。結局、歓待できなかった。数週間後、今度は流産したといって大騒ぎ。その割には憔悴していないので間違いでは?といった。結果はやはり、想像妊娠だった。想像つわりといってもいい。

 犬でも想像妊娠することがあると慰めたつもりだったが、逆に怒られてしまった。


★妊娠【pregnancy】

 妊娠したかどうか今では6週間で分かる。判断薬も簡単に買える。妊娠したと告げられたときの、何だか複雑な気持ちは言葉ではとても言い表せない。妻の方も何かあっけなく先生に告げられたそうでそのときの感激はそれほどでもなかった。基礎体温表(難しい!)で分かっていたから、再確認という感じがあったからかも知れない。お義母さんたちに報告した後、早速、『妊娠・出産・育児百科』(主婦の友社)を買う。男として参考になったのは『お産革命』(朝日文庫)という本で、お産をめぐる情勢が昔とは大きく違ってきていることに驚いた。他に、好きな本は『赤ちゃんへの贈り物』(婦人画報社)。

 川崎洋は「あなたに」で<ぼくたちの子供を産むために/指で押すと/しんなりとくぼむほどに/そんなにやわらかいおなか>と歌う。<ね 僕たちの子供は きっと>髪はいい匂いで、植物の刺を唾で鼻柱にくっつけ、「小さい犀」となって僕たちを威嚇するだろうという。<ね その唾も鼻柱も眼も足も みんな/そのしんなりやわらかいおなかからだね>。


★流産【miscarrige】

 妊娠が分かってから1カ月した時、睦ちゃんはどうもおなかの具合がおかしいといって産婦人科に行った。そしたら、いきなり「切迫流産」。びっくりして職場に涙で電話をかけてきた。この「切迫流産」という言葉は素人にはまるで流産してしまったように聞こえる。要するに、胎児が小っちゃくて超音波の映像に映らなかったのだ。出血もあった。10日ほど病院で安静にしていたら、しっかり芽みたいなのが映るようになって退院。後で本当に多くの人から切迫流産になって入院した経験があるという話を聞いた。流産の経験者も実に多い。生まれた子を不幸にして早く亡くし、翌年に新しい命を授かるのを柳田國男は「かういふことをクルマゴといふ」と書いている(『定本柳田國男集別巻3』)。車児の「車」には、あの世からこの世にクルリと居場所を変える「生まれ変わり」の信仰が宿っているという。車児を信じて乗り越えて行こう。

 多くの悲しみや苦労に耐えて初めて母親が「生まれる」のだ。


★病院【hospital】

 心配が大きかったら総合病院、家庭的なムードを楽しみたかったら個人病院、とはよくいわれる。心配性なので県立中央病院にしたが、大薮の南先生になってしまった。ゴキブリも子どもを産みに来ているらしく、あちこちで遭遇した。しかも卵が鞄についたらしく、家に帰ってから鞄を開けるとゴキブリの親子がぞろぞろ。後で行った舌野産婦人科との設備の落差は大きかった。東京の女友達に聞くと、無痛分娩の病院だったとか、超音波でゆっくり胎児と「対面」できるとか、心音のテープをくれるとか、色々サービスがあるらしい。

 与謝野晶子が12人の子を産んだことは知っていても、無痛分娩を実践して、広く報告したなんて知らなかったし、こんな歌があるなんて知らなかった。

「業成るといはば云ふべき子は三人(みたり)他はいかさまとならんとすらん」
★ラマーズ法【Lamaze method/psychoprophy laxis】

 ヘミングウェイの『インディアン部落』の中に妻の出産に立ち会い、耐えられなくてなって自殺してしまう夫が出てくる。ラマーズ法の病院もあるらしいが、富山県内では知らない。ただ、ラマーズ法の呼吸法を取り入れている病院がある。声楽家は腹式呼吸が得意なので楽だという事だ。肺活量も大きいほうがいい。睦ちゃんはもう一歩で息切れしてしまった。家族の紐帯が強まり、大変いいものらしいが、逆にラマーズ離婚もあるそうだ。余りにも生々しいところを見てしまって、男性機能が衰え、離婚に至るのだという。秋川リサの(家庭分娩で公開していた)離婚も真田広之(出産をビデオに撮っていた)と手塚理美の離婚もこれが原因であると密かに思っている。お産を見てはいけないことは古事記や日本書紀にも注意してあることだ。豊玉姫命が懇願したにもかかわらず衝動に負けた山幸彦が見たものは八尋の鰐が苦痛に苦しむ姿であった…。

 マリー・アントワネットは当時の習慣で民衆の面前でお産をした。ベッド近くへくる者、椅子の上に立って見る者などで窒息死しそうだったという。ラマーズ法の先駆者(!?)である。


★つわり【morning sickness】

 井上靖の『しろばんば』でおばさんが梅干しを食べ始めて、後に妊娠だと言うことがわかる場面がある。日本ではすっぱいものだが、フランスではチョコレートになるという。パリで暮らす日本人はどっちなのだろう?

 三木成夫『胎児の世界』(中公新書)によれば、人間の胎児は受胎後36日前後で「上陸する」という。この辺りに魚類みたいな水棲動物から爬虫類のような両棲動物に変化するのだ。この上陸時に母親はつわりを感じたり、精神的に苦しくなったりするのである。

 つわりは英語で「朝の吐き気」というが、女友達はnight and day sicknessだといっていた。個人差がある。文化の差がある。例えば、メキシコにはつわりを表す言葉がなくて、つわりを経験する女性は少ないという(金山『比較生活文化事典』大修館)。男はつわりの苦しみが分からないが、船酔いがつわりに近いという。おりたくてもおりられない苦しみである。

 これをウミの苦しみという。


★逆子【breech baby】

 おなかが横に張っているというので病院で調べてみると「横子」になっていた。しばらくすると今度はシッカリ、逆子になった。今は逆子で騒がない。「逆子体操」をやったら簡単に治った。治った晩は急におなかが痛くなって入院騒ぎ。でも、すぐに痛みが消えた。


★料理【cooking】

 つわりで妻の嗜好が変わってしまうから、夫は色々な料理を用意しなければならない。料理もできない無能な男性はいないと思うが、つわりの時こそ、夫の出番である。「コロンブスの卵丼」ほか、手抜き料理に関しては池田満寿夫の『男の手料理』(中公文庫)が実に便利。


★胎教【“prenatal care”】

 郷ひろみのせいか、最近とみに流行っているのが胎教の本やテープである。宗教じみているのもある。要は母親にストレスを与えてはいけないということである。これにも限界があり、勤めている母親は騒音からも雑踏からも逃れることができない。夫婦喧嘩もいけない、となると一体何でストレスを発散させることができようか。おなかにいるときだけ、環境をよくしても、生まれてから劣悪な環境だったら、何もならない。胎教だけでその子の将来が決まるのではない。半年余りの胎教でその子の人生をよくしようなんてケチな了見である。七田チャイルド・アカデミーの七田眞などは信用できそうもない(七田が「名誉教授」だという米国ニューポート大学というのはDiploma/Degree Mill、つまり卒業証書製造所と呼ばれているところで実体のない大学だ!)。


★赤ちゃんビデオ【video tape starring a baby】

 妊娠中によもや『ローズマリーの赤ちゃん』をみる人はいないだろうが、お薦めできるのは次の通り。『3人の名付け親』(3人なのはキリスト生誕の三博士から?)、翻案ともいえる『赤ちゃんに乾杯』(同じ内容の『スリーメン&ベビー』は必要なし)、『赤ちゃんはトップレディがお好き』(ダイアン・キートン!)、『チャップリンのキッド』、『ペーパームーン』(赤ちゃんじゃないけど)。『赤ちゃん泥棒』は赤ん坊が誘拐されるのでゼッタイ胎教に悪い。


★ビデオカメラ【video-camera】

 ビデオはいい。今撮って、すぐ見れる。ビデオカメラを買う人の殆どが子どもが生まれるから買うという。8ミリビデオにするか、(S)VHSCにするか、大いに迷ったが、ハイファイ化されていて2時間撮れる8ミリビデオにした。これからVHSにダビングして(アフレコもして)使ったほうがVHSCのアダプターを使うより楽である。特に睦ちゃんは8月にオペラ『月の世界』に出たので、8ミリで正解だった。その後、ソニーからパスポートサイズのハンディカム55が出たので、8ミリの優位さは定まったといえる。同じ製品がOEMで他の会社から出ていて、そちらのほうが1〜2万円安いのでブランドにこだわらない方が賢い。なお、僕が買ったカメラは3カ月で3万以上も暴落した。

#かくして運動会は応援がなくなってパパラッチ、ママラッチの競演となった。しかし、この業界は技術革新が激しく、親の持っているビデオで長子の年齢が推定できる。最近はディジタルビデオカメラを使っている。


★転ぶ【tumbling】

 転がらないように階段に滑り止めをしたり、十分注意はしていたが予定日を過ぎてから睦ちゃんは僕の目の前で二度も転げそうになった。一度は電気のコード、二度目は柔らかい布団に足を引っかけて。うまく僕が受け止めたが、涙を出して抱き合ったものだ。要注意。


★予定日【term】

 次姉は二人とも予定日に産んでいる。3人にして「私の秘密」(古い!)に出ろといっていたものだ。

 初産の場合、2週間くらい遅れて当たり前。と聞いてはいたものの睦ちゃんは1週間後には不機嫌になり、10日後にはパニックしていた(なのに、5月8日に九州の友達が金沢旅行のついでに遊びに来た。脳天気な友達がいるものだ。)4月29日は媒酌人の節夫先生の誕生日であり、先生は男なら節夫、女ならみどり(天皇誕生日がこの日からみどりの日になったのと、睦ちゃんの親友で、娘のみどりさんの名前から)に決まっていると、周囲に言い触らしていた。今から考えると、祐貴はどうしても節夫になりたくなかったのだ。


★陣痛【labor】

 ヒトは直立することによって脳が発達し、頭が大きくなったので未熟児の状態で生まなければならなくなった。それでも産道が狭いので陣痛がひどくなった。

 そして、保護が必要な母子を守るために家族が形成された。

 禁断の木の実を食べたアダムとイブに神はlaborをお与えになった。男には「労働」、女には「陣痛」というlaborである。代わってあげたかったが、男なら痛さで死ぬという。

 ソ連のフェミニズム運動の創始者コロンタイ女史は女にばかり陣痛があるのはおかしいといって、男にも陣痛を与えてくれるように神に祈り、願いが叶った。そしたら、陣痛で苦しむのは夫ではなく違う男で大混乱に陥った。結局、元に戻してもらった。


★男のお産【couvade】

 男のお産は「擬娩」とよばれ、かなりの民族にある。妻の陣痛時に夫の方ですっかり出産気分になるものである。日本でもクセヤミ、アイクセといった。南米のアラワク族では出産後、妻は数時間後に働き始めるが、夫は数日間、横たわり、祝福や手厚い看護を受ける。ダイアナ姫も翌日に退院したが、出産も育児も相対的な文化の領域ということだ。

 湯川秀樹がノーベル賞を取ることになる中間子理論を着想した時、2人目の子どもが今にも生まれる時だった。1934年の9月の室戸台風の嵐が窓を揺るがす夜の床で、中間子と名づけられる粒子の存在を直感したという。徳川夢声との対談(『徳川夢声の問答有用1』朝日文庫)で夢声が「嵐があって、奥さんからは中間子が生まれる……。(笑)これが暗示になっていたんですね」と語っている。夢声の話に乗せられた詭弁かもしれないが…。


★難産、そして誕生【dystocia and birth】

 3日ほど前から陣痛の前兆がきていたが、「おしるし」があったのは9日の午前1時半、朝一番で病院に向かったが、まだだといわれ、バック。結局、9日深夜に入院(10日入院の扱いにしてもらう)。子宮をあける風船を入れたり、ずっと苦しい陣痛が続いたが、午後4時、やっと分娩室。4時51分男児出産。3,392グラムの丈夫な子。結局、吸引分娩だった。

 ソシュール学の丸山圭三郎先生は「人は歯を磨くようになったので虫歯になった」と書いているが、先生流にいえば「産科学が発達したので人は難産になった」ことになる。

 最近は「カンガルー・ケア」といってすぐに母親に抱かせることも流行っている。


★お産【delivery】

わたしの赤ちゃんが生まれるんだもの 生まれるんだもの――
あしたは天気の悪いわけがない
鐘という鐘がいっせいに鳴らぬわけがない

   ---新川和江『某月某日』

「喜びや安堵(あんど)や、そんな単純な言葉では言い表せない不思議な感情に、胸は満たされている」---小川洋『妖精が舞い下りる夜』

「ただただ赤ん坊のあまりの小ささ、頼りなさに衝撃を受け、語りかけることさえできなかった」---柳美里『命』

 休日の夜間に産むと、帝王切開よりも高くつく。ゴールデンウイーク中にならないか、心配だった。結局、祐貴は親の懐を心配してくれたようだ。しかし、注意しなければならないのは、最近、医者の都合に合わせ、陣痛誘発剤が安易に使用されていることだ。実際、睦ちゃんにも使用され、後でその実態を知って驚いた。厳重に注意しなければならない(医者に念を押すべきだろう)。医者に母子の生命が全て委ねられているのは怖い。

 南は大薮医者で睦ちゃんは会陰を11針も縫った。おかげで大変なことになった。

 なお、会陰の切り方は右か左かで東大系と慶応大系に分かれるという。

「生まれたよ ぼく」 谷川俊太郎(『子どもたちの遺言』) 

   生まれたよ ぼく
 やっとここにやってきた
   まだ眼は開いてないけど 
   まだ耳も聞こえないけど 
   ぼくは知ってる
   ここがどんなに素晴らしいところか
  
   だから邪魔しないでください
   ぼくが笑うのを 
   ぼくが泣くのを
   ぼくが誰かを好きになるのを
   ぼくが幸せになるのを
 
   いつかぼくが
   ここから出ていくときのために
   いまから ぼくは 遺言をする
   
   山はいつまでも高くそびえていてほしい
   海はいつまでも深くたたえていてほしい 
   空はいつまでも青く澄んでいてほしい
 
   そして人はここにやってきた日のことを
   忘れずにいてほしい


★赤ちゃんの名前【name-giving】

吾大、克二、健一、秀明---それぞれに命名をせし高ぶりを読む
              ------俵万智

 出生後2週間あるからと思ってのんびりしていたら、大安の日に出生届けを出したいからといって、1週間で決めなければならなくなった。顔を見るまで名前を考えるべきではないという人がいたので全く考えてなかったので焦ってしまった(早産で焦ったという人もいる)。女の子なら、声楽家になるようにキリテと名付けようといっていた(「キリテ・カナガワ」なあんちって)。89年に、勤務校に「○×栄左エ門」君という学生が入ってきて、厳粛な入学式でどっと笑いが出た。会津潘士の末裔らしいが、親は「栄一」と普通の名前だった。いずれにしても時代に合った名前にしたい。それで次の原則を考えた。

  • いい意味で由来のあること
  • 読みやすく発音しやすいこと
  • 省略や愛称を含めて笑われない名前(「みっちゃんみちみち」、安藤夏【餡ドーナツ】、水田真理、○×信孝【○×の豚か】、結【ケツ!】、亀子、平吉etc.はダメ)
  • 読みやすい名前(紀子【きこ】、公一【まさかず】、子来【たねき】etc.はダメ)
  • ワープロで打ちやすい名前(Shunichiはシュニチ、Junyaはジュニャになり、打ちにくい)
  • 説明しやすい漢字(電話で漢字を説明する時に苦労しない名前で「欣」は苦労した=「深作欣二」を知っている人は稀)
  • 姓と名の調和を考える(これは趣味の問題)
  • 曖昧な読みになるのは避ける(正一【まさいち、まさかず、しょういち】etc.はダメ)
  • 性別がはっきりした名前(馨、薫、忍、裕希、友希、友紀etc.はダメ)
  • みじかな人や嫌いな人の名前はダメ(お陰で学生名簿にない名前を考えるのに苦労した)
  • 名前負けしそうな名前はダメ(勝利、勇気、元気、隆盛、竜馬etc.)
  • 語感のいい名前(僕は高校の時までキンチャンと呼ばれていたが、悪い気分ではなかった)
  • 一応、字画を考慮する(字画にこだわるのは馬鹿馬鹿しい!アメリカ人には運勢がないのだろうあなたが」と笑われてしまった。しかし、一旦、命名の本で字画を調べて悪人の名が並んでいた時、こだわることにしてしまった---本田美奈子は字画を31にするために「本田美奈子.」とドットを入れた!)

 という具合に考えてみたが、結局、語感からユウキがいいと、そのまま「祐貴」となった。最近多い名前らしい(と、よくいわれた---2006年に1歳上の斎藤「佑樹」が活躍して、これにちなんで子どもの名前を「ハンカチ王子」にする親も多かったという…)。これに関しては明治生命のランキングがある。

 ほんとは「祐貴」となる筈だが、「祐」の旧字が使えるので、古い字体「貴」で登録した(「平川弘」さんの名前もよぎった。)。ワープロでは作らなければならないが、「祐貴」を使ってもいいことにした。知人には兄弟で語呂合わせで「栄」「光」とか(3人目は「塾」?)、「桃子」「桜子」「ぼたん子」(とせず「薫子」)とした人がいるが、どうだろう。このエッセイのタイトルに使っているくらいだから「春樹」はどうだ、という人もいたが、「角川春樹」のコピーキャットみたいで、よくない。

 森鴎外は外人風の名前にし、「不律」「類」「於菟」「茉利」「杏奴」にした(Fritz,Louis,Otto,Marie,Anneのつもり)。漱石は小説(『吾輩は猫である』の猫に名前がないし、この中でバルザックが人名に苦労した話を紹介しているが)も我が子も名前にこだわらず、三女「エイ」、四女「アイ」、6番目の子は申年生まれだから「申六」にしようとした。さすがに周りが可哀想だというのでニンベンをつけて「伸六」にした。

 姓と名前を一緒に考えると東京の電話番号簿で田中姓には「実」、長谷川姓には「清」が圧倒的に多い。日本人の自然観を反映している。したがってジャイアンツの中畑清というのは許せない。「中畑実」であるべきだ。

 松野みどりというフランス語の先生がいたが、女の子の場合、あまりぴったりしていると結婚して名前を変えるのが嫌になるかもしれない。

 大江健三郎は生まれる前、子の名を「戸祭」にするといっていたが、光という名前にした(「大江戸祭」になっていたはず…)。

 韓国では 胎児名(胎名;テミョン)という胎児につける名前があるそうだ。最近できたそうだから、おそらく胎教と関係があるらしい。なぜかダサイ名前の方がいいともいうが、流産したら、名前だけが残って余計に負担になりそうだ。

「吹抜保」 茨木のり子『人名詩集』(山梨シルクセンター)

心は ぽかん
秋のそら
ぶらりぶらりの散歩みち
一軒(けん)の表札が目にとまった

吹抜保

ふきぬけたもつ か
ふきぬきたもつ か
吹抜家に男の子がうまれたとき
この家の両親は思ったんだ
吹抜という苗字(みょうじ)はなんぽなんでも あんまりな
親代々の苗字ゆえしかたもないが
天まで即座(そくざ)に ふっとびそうではないか
この子の名には きっかりと
おもしをつけてやらずばなるまい

吹抜保(ふきぬけたもつ) いい名前だ 緊張(きんちょう)感がある
庭には花も咲(さ)いていて
一家のあるじとなった保氏は
なんとか保っているようだ
年はわからないが
たもっちゃん
ながく ながく 保っておれ

 最近の学生の名前は判じ物になっている。最近の親は少子化のおかげで「個性的な名前症候群」から更に「完璧な名前症候群」にかかっているという。これは「完璧な子育て症候群」に連なっていくから要注意だ。

 清水義範は『名前がいっぱい』(新潮社)の「“さき”と“ゆうき”」という小説の中で当時一番多かった二つの名前を二卵性双生児に付けようと奮闘する親の話を描いている。結局、字画とかあやかりとか色々あって全く違った名前になってしまうが、似たようなものだ。

 祐貴の場合は最高の字画?だから、後は本人の努力次第だ。勇気があり、天祐に恵まれた貴公子という気持ちである。示偏の「ゆう」の字はワープロでは作らなければないが、人名用の漢字として定められているので、古い文字にこだわった。普段は「祐貴」と書けばいいことにする。

 ちなみにどうして「命名」と「命」を使うかというと白川静『字統』(平凡社)によれば、「命」は「令」と「口」からなっていて、「令」は礼冠を着けてひざまづいて神意を聞く神職の姿を示す象形文字、「口」は祝詞を収める器を洗わすという。「神に祈ってその啓示を待ち、その与えられたもの」が「命」のもとの意味。神や天から授かるものに「運命」や「生命」と並んで「名前」があるという考えで、「亡命」の「命」も「名籍(戸籍)」を指し、「自分の戸籍から脱して逃げる」という意味を持っていた。

 ※永野賢「子どもの名づけの心理」(『言語生活』筑摩1959年5月号=『日本の名随筆 名前』作品社1993に再録)


★出生届【registration of a birth】

 出生届には何と届け出人の欄がある。戸籍に「父届出入籍助役」という風に書かれるのである。僕は忙しくて母親に行ってもらったのだが、市役所では僕(父)が届けたようにしなさいといわれたという。親が行けない場合にどう書くか市役所に確かめてから書いた方がいいように思える(恐らく、行けなくても親の名にしろ、という筈)。


★新聞【newspaper】

 届け出るとき新聞に載せるための用紙が置いてあって、書けば翌(々)日に掲載される。産んだのは母親なのだから世帯主と子どもの名前だけが載っているのは不自然だと思うが、どうだろうか。

 僕らが普段は読まない記事にも目を通している人がいて、「出ていましたね」といってくる(後で郵便局の人がその記事を切り抜いて持ってきてくれた。保険の勧誘のため)。業者もしっかりと目を通していることを忘れてはいけない。できることなら載せたくはないのだが、子どもの名前を活字にしたいし……。


★お産休暇【maternity leave】

 国家公務員なので何と、「妻の出産入(退)院に伴う特別休暇」というのがもらえた。お陰で出産の日は1日中つきあうことができたが、かといって何もすることがない。ウロウロと分娩室の前で待っていたら産声が聞こえてきて「生まれた!」と叫ぶドラマチックなシーンを期待していたのだが、殆ど同時に3人のお産があり、しかも分娩室の隣は新生児室なのでどれが我が子の泣き声なのか分からず、看護婦さんに「生まれましたよ。男の子です」といわれた時も誰に向かっていわれたのか分からず、「うちですか?」と聞いてしまった。

 #2000年にブレア英首相に子どもが生まれて2週間の育児休暇を取った。日本で「父性の復権」などとお題目ばかり言っているとこうした整備が遅れていく。


★5月生まれ【born in May】

 5月生まれは賢い、と聞いたことがあるが、なるほど育てやすい季節だから、そういうのだろう。僕の兄弟は皆12月生まれだったもので、母親は祐貴を見て「赤ちゃんがこんなに動くとは思わなかった」といった。実際、新緑の中で風邪を知らずに育つし、暑い夏、寒い冬には結構大きくなっている。3月生まれの子どもより学校では1年位お兄ちゃんだ。小学校上級生までは差があって当然である。「ピグマリオン効果」(『マイ・フェア・レディ』の原作の元となった神話)で人間、賢い、賢いと育てられれば賢くなる?ものだ。

 逆に、親や教師の期待度が低いために子どもの成績が下がるのは「ゴーレム効果」と呼ばれる。ゴーレムというのはユダヤの伝説にある意思のない泥人形で、呪文で動き出すのだが、額の護符の文字を1字取り去ると土に戻るという話だ。


★3日の餅【rice-cake on the third day, or“of course”】

 3日目には餅を食べさせなければならないと、どちらの親も張り切っていた。餅にはおっぱいを出す効果があるのだが、下手に餅をあげると乳腺炎をおこすのでよくないのだ。古いしきたりを批判すると、ああだこうだとうるさい。困ったものだ。よく聞くと、本人はあまりおっぱいが出なかったという。注文ばかり出る人もいる。


★母乳【mother's milk】

医学生が国家試験の第一問を見た。
「問一:母乳のほうが牛乳より乳幼児に適している理由を五つあげよ」
彼は答えた。

第一に、新鮮である。
第二に、清潔である。
第三に、猫に飲まれない。
第四に、映画館やピクニックに持っていきやすい。
第五に、とっても素敵な容器から出てくる。

彼は合格した。

 育児は文化である。アメリカ政府刊行のInfant Careという育児書は1914年の創刊号に次のように書いているという。「赤ん坊は、生まれた時から、時計どおりに規則的に授乳すべきであり、授乳と授乳との間には、飲み水以外には何も与えられるべきではない」。

 ロンダ・シービンガーの『女性を弄ぶ博物学 リンネはなぜ乳房にこだわったのか』(工作舎)によれば、近代分類学の父リンネが生きた18世紀ヨーロッパでは母親自らが授乳をしないで乳母に預ける家庭が増えていた。美乳を維持したかったのかもしれないが、その結果、乳児死亡率が高くなってしまった。「女は家庭に!」がスローガンとなって「リンネの用語ママリア【“乳房類”哺乳類】は、人間も動物も、女性が子供を母乳で育てることがどれほど自然かを強調することによって、ヨーロッパ社会の再構築を正当化した」という。

 痩せているから無理だろう、という周りの期待(?)に反して、睦ちゃんはおっぱいがたくさん出た。「ビオママ」(注文しないと手に入らなかった)を飲んでたのが良かったのかな、と話しているが、体質だったのかもしれないし、安月給の家計を圧迫しないようにと神様に祈ったのがよかったのかも知れない。最近、母乳が見直されてきたのはいいことだと思う。しかし、ミルクと違って大変なことが多い。先ず、ママが疲れていても父親が代わってあげることはできない(足りなくてミルクを作った時しか僕の出番がない)。不定期におっぱいを欲しがる。おっぱいが張ってくるのでママに仕事がある時は赤ちゃんも連れて行かなければならない。オペラの練習の時は僕もずっとついて行き(夏休み中だからできた)、泣いたらママを呼んで授乳した。とにかく、母乳はしんどい。

乳のますしぐさの何ぞけものめきかなしかりけり子といふものは-----斎藤史(ふみ)

 「マクベス」から“milk of human kindness”というと思いやり、温かい人情をいう。

あなたの乳房のなかに大理石の母乳がねむっている-----多田智満子「蓮喰いびと」


★口唇期【oral stage】

 フロイトの精神分析では赤ちゃんは口唇性欲期をへて、肛門性欲期に至る、とする。食欲と性欲が未分化の幼児は絶えず母親の乳房にむしゃ振りついている。やがて離乳期がきて乳房と離れ、成長して食欲と性欲を別個に充足させる。嘘くさいと思っていたが、赤ちゃんのおっぱいを吸う力の大きさに納得してしまった。

 笑ったのはモリスは『ウーマン・ウォッチング』(小学館)に書いてあったことだ。

フロイトは口蓋癌にかかり、33回にわたる手術でその大部分を切除せねばならなかったので、彼と違って成人として口唇の喜びを享受できるというだけの理由で、そういう大人たちのことを、口唇に拘束され、乳房に固執し、幼児的であると考えた態度も許されるだろう。


★ベビーベッド【crib/cot】

 なくてもいいと思う。最後には檻のように使っていた。20年後に同僚にあげたのだが、新品同様だった。綺麗にしながら、妹が生まれて帰ってくる日、祐貴がベッドにお人形を置いてくれていたことを思い出した。


★お祝い【a baby shower】

 高いものを少し、というのが理想である。いっぱい服やら靴やら入ったセットを貰ったが、余り嬉しくない。高いものは、しかし、外出用とか決めてしまうと、いつの間にか着れなくなってしまう。少しだけの高いものを頻繁に使うのがコツである。


★楽天家と悲観家【optimist vs.pessimist】

 パパとママのどちらも楽天家、どちらも悲観家であるより、どちらかが楽天家(なるべくパパ)、どちらかが悲観家の方が子育てにはいいだろう。二人とも悲観家で少し様子が変だとすぐに医者に走るようでは皆んな気疲れして大変だし、二人とも楽天家で手遅れになっても困る。次の言葉が基本である。それ以外の時は、あんまり心配しないでいい。

 赤ちゃんが本当に病気になったら、熱が出て、食欲がなくなり、眠らず、全身で訴える。緊急を要するのは太った子どもに多い腸重積症ぐらいで、以上の症状の他に、少量の便にたくさんの血が出るときはすぐに医者へ行かなければならない。


★「小児科医」たち【“pediatrician"】

 日本人の人生相談で多かったのは嫁姑問題だったそうだが、今は子育ての悩みになっているという。核家族になったのはいいが、一人で奮闘している親の姿が見えてくる。人間が人間らしくなったのは寿命が延びたからだとされる。つまり、寿命が延びて祖父母の知恵が孫に伝わるようになったのである。三世代の交流が可能になって初めて文化が生まれてきたのである。

 とはいえ、子どもで大変なのは、うるさい外野にどう対処するかである。子どもを育てたことのある人は皆んな小児科の先生みたいだ。例えば、ある人はもっと厚着をというし、ある人は薄着をという。しまいに赤ん坊に合わせるのではなく、会う人に合わせた服装をすることになってしまう(正しくは赤ちゃんは暑がりで大人よりも1枚少なく着させる、だ)。両親が特にうるさいのだが、僕らを育てた時と赤ちゃんをめぐる状況が全く違ってきているのが分かってもらえない。男女で違うし、兄弟でも同じではない。時代が違うし、生まれた季節によっても、まるで育て方が違うことを忘れてもらっては困る。僕の兄弟は皆んな12月生まれで、寒い時期に育ったものだから、厚着のうえに厚着をして育った。祐貴は5月生まれで、生まれたときから手足をバタバタ動かすものだから、母親は赤ちゃんがこんなに手足を動かすものとは知らなかった、といってびっくりしていた。

#一つだけ慌てるものに1歳までに起こる突発性発疹がある。夜中に急に泣き出して高熱が出ても慌てず、これだと思えばいい。多くの子どもがかかる病気で心配はない(もちろん、他の可能性も疑ってほしいが…)。


★育児書【book of baby and child care】

 一番いい育児書は何かと聞かれるが、マニュアルではないが、河合隼雄さんの本なら何でもいいと答えることにしている。究極の育児書?はジュディス・リッチ・ハリスの『子育ての大誤解』(早川書房2000)である。これは育児の仕方が子どもの性格と将来を決定するという「子育て神話」を打破しようというものだ。重要なのは親ではなく、遺伝子と子どもの仲間集団だという。共鳴できる部分も多いが、子育てしなくていい、と言っているのではないことに注意。藤永保『幼児教育を考える』(岩波新書)もいい。

 母親にとって育児が大変な理由は4つほどある。

 育児は文化である。相対的なものだから、鵜呑みにしてはいけない。真理は一つではない。

 かつてアメリカ人の育児のバイブルとされた『スポック博士の育児書』(暮しの手帖社)の授乳のところをみると、赤ちゃんに3時間ごとにミルクを与えて、おしめを取り替えた後、赤ちゃんが泣いても後は放っておくように書いてある。なぜなら、「赤ちゃんといえども我慢ということを覚えるべきであるから」である。一方、日本のバイブルともいえる松田道雄『育児百科』(岩波書店)では「もし夜中に赤ちゃんが泣いたら、母親は起きてお乳を与えるべきである。そして赤ちゃんが欲しがるだけお乳をふくませるべきで、このことが赤ちゃんの精神発達の上で好ましい影響を与える」と述べている。

 アメリカでは母乳(不安定)と人工乳(安定)では人工乳で育った子どもは情緒不安定になることが多いが、日本ではあまり変わりがないという。これは日本の母親が同じような授乳態度で臨むからだとされている。「おんぶに抱っこ」の子育ても悪くはないのだ。


★赤ちゃん雑誌【magazine of baby and child care】

 いっぱい赤ちゃんの雑誌が出ている。書店にあれだけ出入りしていて、今まで全く気がつかなかった。どれも似たりよったりだ。核家族化が進み、おばあちゃんから育児のノウハウが伝えられなくなったからだ。育児がファッションになっているからかも。


★英才教育【hothousing/special education for gifted children】 

 「18歳のある一日に、どのような成績をとるかによって残りの人生が決まる」(71年のOECD報告)のが日本の現状だ。

 僕が現代日本で最も天才だと思っている評論家の蓮實重彦(東大学長)もノーベル賞の大江健三郎も東大を浪人している。利根川進は京大を、数学・フィールズ賞の広中平祐は広島大を現役では落ちている。彼らのような思考型の秀才は本質にばかりとらわれるせいか、暗記型の秀才に得点力で負けてしまう。「遅咲き」といってよい。

 人間の知能には二つある。一つは10代から急速に発達して25歳ころピークを迎える「流動的知能」と、30代後半からゆっくり培われる「結晶性知能」である。「流動的知能」はひらめきや想像力を生む柔らかい知能であるが、知識の詰め込み教育では育たない。

 早期英才教育の見本は『自由論』のJ・S・ミルである(日本では大江匡房?)。彼は『自伝』によって思想形成が明確にできる稀有な思想家なのだが、父親ジェイムズ・ミルの異常な早期教育によって3歳からギリシャ語を、8歳からラテン語を学び、弟にも教え、12歳まで多くの古典を学んだ。その間に初等幾何、代数、微分を学び、13歳までに経済学を学んでいた。純粋培養の学者で羨ましいのだが、問題は二十歳くらいから極度の鬱病にかかり、人妻との叶えられぬ恋愛も体験して生涯結婚しなかった。自分が人並みに感動することができなかったと告白しているが、これらは早期教育の影響だとされている。学力は人間としての根っこができてからつけなければならない。

 英才教育といっても内容はバラバラだ。当然、目標も違うし、結果論が多いので書物によって矛盾することが書いてあったりする。『○歳からでは遅すぎる』などという本の威しにいちいちひっかかっていては城山三郎の『素直な戦士たち』(新潮文庫)に出てくるお母さんみたいになってしまう。彼女は「立派な子どもを育てた母親としての栄光に浸りたい」という欲望の奴隷になってしまった。

 ある知人は七田眞の英才教育の本を読んで、まだまだ立派な母親になれないから、といって産むのを遅らせていたが、そんな考えは絶対間違っていると思う。七田は子どもを抱くときはきっかり8秒でないとダメだというが、そんなマニュアル教育と威しに乗せられてはいけない。七田式のトライアルを受けた翌日「貴方のお子さんが授業に集中してなかったけどがっかりしないでください。お母さんとの普段のコミュニケーションが足りないせいで、このままでは引きこもりや自閉症の子どもになる」などという電話があったという女性がいた。公文だって「幼児の能力差は母親の能力差」といって脅していた。

 子どもたちはフラッシュカードをよく覚えるかもしれないが、親に誉めてもらいたくて頑張っているのかもしれない。愛情をエサにした親子関係は混乱する。ある教育をしたから上がったという統計はあるが、そのせいで下がったという統計はありえない(難しい)から鵜呑みにできない。漢字が読めることと理解することとは別物である。

 妻の友人に聞くとピアノを教えるのは子どものことを考えるのではなく、母親が「上手になった」と満足するように教えるのがコツだという。つまり、子どもも講師も親を喜ばせているだけなのかもしれない。

 英才教育が「教育産業」ではなくて「脅迫産業」といわれる、企業の論理で進められていることを忘れてはいけない。

 自分の子どもに期待し過ぎである。おのれを忘れて子どもだけ立派にしようなどと夢を見てはいけない。トンビがタカを生んだのを見たことがない。日本人は遺伝子よりも環境に力点を置きすぎる。子どもがどうなるかは親の育て方次第だという考えは教育熱心な親を生みだしたが、同時に、子どもの問題行動のすべては親のしつけに責任があるという、親を追いつめる見方を生んでしまった。

 江藤淳は1967年の『成熟と喪失 “母”の崩壊』の中で近代の日本を特徴づける「恥ずかしい父」と「いらだつ母」に挟まれた子どもの葛藤を指摘した。「恥ずかしい父」とは、上の階級に到達できなかった失敗者としてのヒラ社員であり、そのような夫を持つ妻は「いらだつ母」として子どもの教育にすべてを賭けることで自己を救済しようとする。高い学歴を手に入れればひとつ上の階級に移動することができる。これが近代日本の教育熱を駆動する最大の動機であったのだ。しかし、大衆消費社会では大学が階級上昇の装置としての機能を終えている。それが分からず、子どもに対する期待をいやが上にも膨らませているのが早期教育の隆盛なのである。

 一流はダメでも「超二流」になることを考えればいい。マスメディアでごく一部のタカを見て、無理をするからお互いに苦しくなるのではないだろうか?

 子どもは親や教師の無自覚的な行動パターンを無自覚的に学び、身につけるのである。したがって、子どもをある理想的人間に育てたいと思ったら、親や教師自身が、そっくりそのままその理想的な人間になる以外に、どう逆立ちしようが何をしようが、いかなる方法もないのである。誰だって、理想的な人間なんかになれっこないのだから、そんなことは思わないほうがいいのである。

 わたしは、親や教師に子どもを教育してやろうという意図を放棄するよう強くすすめたい。子どもは親や教師が実際にやっていることしか学ばないのだから、親や教師は自分が何をしているかだけに気をつけていればいいのであって、子どもをどうかしようなどと思わないほうがいい。------岸田 秀『ふき寄せ雑文』

 ノーベル賞を取った人々の環境を調べると母親の深い愛情、恵まれた自然環境、美術全集などが揃った感性豊かな環境の三つが共通していると言われる。その前に遺伝子が関わっていることは忘れ去られているが、いずれにしろ、英才教育によってノーベル賞をもらえたのではない。苅谷剛彦は『階層化日本と教育危機-不平等再生産から意欲格差社会へ-』(有信堂)で「子どもの学力は母親の学歴と相関する」という命題を統計的に証明してみせている。父親はあまり関係ないのかもしれない。

 湯川秀樹が漢文学者の父親を朝永振一郎が哲学者の父親をもつことも母親のおかげかもしれないし、文科系と理科系の間に大きな垣根がないことと、一芸ではホントの学者にはなれないことを示している。

 教育というのは子どもたちが自らの内にある可能性を開花させることを手助けする営なみであって(英語のeducationも「引き出す」というラテン語から)入試の手段になりさがってはいけない。子どもは野菜のように促成栽培できない。早期教育で最も怖いのは学習意欲の喪失である。

 五嶋みどりや五嶋龍(ハーバードの物理学科だって)のようなバイオリニストにするときは英才教育も必要だろうが、自分の子どもに起こり得ないと知るべきだ。まして暗記中心の英才教育では五嶋みどりは育たなかった。

 OECD報告はまた「経済の機関車から教育の車両を切り離せ」ともいう。

 池内紀は『世の中にひとこと』(NTT出版)の「運動会」で書いている。

 運動会が、すっかりサマ変わりしたらしい。学校側はケガを恐れて棒倒しやピラミッドや騎馬戦をやりたがらない。親たちは、ひたすらわが子可愛さから勝手な注文をつけてくる。当日はカメラやビデオに夢中で、ところかまわず押し入ってくる。風の便りにそんなことを聞いた。

 ちなみに申し添えておくと、世の親たちは幼いわが子を、きっと一度は「才能」に富んだ子供と考える。とりわけ高学歴の親たちが、この種の錯覚に陥りやすい。


★訪問販売【door-to-door selling】

 新聞に誕生記事が載ってしばらくすると電話がかかってくるようになる。いきなり「奥さんはいらっしゃいますか」といった調子でうっかり友人だと思って取り次いでしまうが、多くが訪問販売の電話だ。敵は女の方が扱いやすいと思っているようだ。更にはいきなり家を訪ねてきて、「あのー、奥様の大事な産後の体の事で参りました」というセールスウーマンがいる。一体どんな用件で?としつこく聞いても同じ言葉を繰り返すだけである。あるときは、「そんな人いません。独身です」といったら丁寧に隣家で確かめて帰った人もいた。妻に用があるというのだから、避妊具にしてはおかしいな、と思っていたが、これは痩身具のセールスだった。「保健所から来たといわれたのでお茶まで出した」という人がいた。

「初めての児に」 吉野弘詩集『消息』

お前がうまれて間もない日。

禿鷹のように
その人たちはやつてきて
黒い皮鞄のふたを
あけたりしめたりした。

生命保険の勧誘員だつた。

(ずいぶん お耳が早い)
私が驚いてみせると
その人たちは笑つて答えた。
〈匂いが届きますから〉

顔の貌(かたち)さえさだまらぬ
やわらかなお前の身体(からだ)の
どこに
私は小さな死を
わけあたえたのだろう。

もうかんばしい匂いを
ただよはせていた というではないか。

 ほとんど詐欺に近くて中には、ん十万ものセットを買わされて泣く人も多いという。出産後しばらくは電話や来訪者の応対は男がすべきである。「ご近所の○×さんにも買っていただきました」という殺し文句で英才教育用の教材も売りつけに来るが、ある日、しつこいので「夫は教師ですから」というと帰ったという。その程度の教材なのだ(と思っていたら「先生をなさっているからこそ大切さがお分かりになるはずです」という上手がいた)。

 中には「有名大学生の家庭教師」が最初に来て、契約した途端、とんでもない学生が来る会社もあるという。教材にしろ家庭教師にしろ「お母様を出してください」というような電話や周りから同じような勧誘の声が聞こえる電話はおかしいと思った方がいい。


★親孝行【filial piety】

 「雪中の笋(たけのこ)八百屋にあり、鯉魚は魚屋の生船(いけぶね)にあり」というのが井原西鶴の『本朝二十不孝』の序にある。中国には母のために雪中にタケノコを求めた話があるが、今なら八百屋で買える。継母のために氷の川でコイを取った人もいるが、これも魚屋のいけすで買える。親孝行はむちゃな努力をせずとも、家業に精を出し、その稼ぎで行えばいいというのが西鶴の合理的な考えだ。

 徳川夢声は1944年3月27日の日記に「不愉快なのは自己的な親の方が、愛情の深い親よりも孝行者に恵まれることだ」と書いているそうだが、自分を見失わないようにしたい。

 OEDにはantipelargy(子どもから親へのお返しの愛)という単語が載っているが、まったく不用だ。

 「親孝行なんて、誰もとっくに一生の分がすんでいるのに、誰も知りはしない。誰でも生まれた時から5つの年齢までの、あの可愛らしさで、たっぷり一生分の親孝行はすんでいるのさ。5つまでの可愛らしさでな」というのは安部譲二『塀の中の懲りない面々』に出てくるヤクザのせりふである。本当だ。みんな親馬鹿だ。でも、うちの子、世界一かわいい。

 こないだ、目の中に入れてみたら、やっぱり痛かった。

How sharper than a serpent's tooth it is
To have a thankless child! Away, away!
-----King Lear
恩知らずの子を持つことが、蛇の牙に噛まれるよりももっともっと
痛烈な苦しみであることを悟るはずだ!
(シェイクスピア『リア王』第2幕)


★笑顔【smile】

“You see, Wendy, when the first baby laughed for the first time, its laugh broke into a thousand pieces, and they all went skipping about, and that was the beginning of fairies.”
(あのね、ウェンディ、最初の赤ちゃんが初めて笑ったとき、その笑いが千個にも弾けて、みんなとびはねるんだ。それが妖精の始まり)---『ピーター・パン』

 中退していったS君が学園祭に遊びにきた。「教官、子どもできた?」。「先おととい生まれたばかりだよ」。「そう、うちはもう1歳だよ。3カ月したら笑うよ、かわいいよ」といわれてしまった。子育ては師弟関係をも逆転させる。

 新川和江の「子どもが笑うと……」は<ちいさな子どもが/クスッと笑うと/草の実が ぱちん! とはじけます>と歌う。<クスクスッと笑うと/木の葉がゆれて/ひかりが こぼれます>。思わず想像したくなるほほえましい情景でこう続く。<クスクスクスッと笑うと/もう誰だって/いっしょに笑わずにはいられない/朝の空気も 牛乳びんも/石段も 風も 遠くの海も>。そんな家庭にしたいものだ。

 赤ちゃんが眠りながら笑うのは、夢の中で神様にあやしてもらっているとき
   ---曽野綾子


★乳母車【buggy】

 乳母車にはA型(乳児を寝かせるタイプ)、B型(キャリー)の2種類がある。大ばあちゃんが張り切ってしまってA型の10万円位の立派なものでなければ、うちの母親が外を歩くとき、恥ずかしいといって、もめたあげく、5、6万のに落ち着いた。お陰で近所でも評判の立派な乳母車になったが、大き過ぎて車のトランクにやっと入る。デパートにはとても気軽にもって行けそうもない。首がすわった今、小さい乳母車が羨ましい。


★心音【heart beat】

 正しいダッコは心臓の所に赤ちゃんの耳が行くように、という。心音を聞けば安心して眠るからという。同じ理屈で「ねんころりん」という心音を聞かせる羊のお人形がある。1万円近くもするので買うときはびびった。しかし、疲れ切っているのにむずがられ、余計いらいらして悪循環になった時、「ねんころりん」でぴたっと寝てくれたら、安いものだと思えた。高い買い物なので自分で買うより、「好きなものいいなさい」という人に買ってもらった方がいい。でなければ友人に借りるのがいい。効果があるのは3カ月間だけだから。


★げっぷ【belch】

 げっぷをさせておかないと窒息死することがある。乳児の事故の70%以上が窒息である。窒息、やけど、墜落が3大死因である。やけどは大量の冷水で冷すこと《といいながら妻は未蘭の火傷に長時間気づかなかった》墜落はさせないこと。大きくなってからげっぷは僕の仕事となった。重いので結構大変だ。4カ月過ぎると自分でげっぷするようになった。


★夜泣き【crying at night】

 子どもを育てて、一番はじめにびっくりしたことは、「赤ちゃんは自動的に眠るものではない」ということだ。---俵万智「プーさんの鼻のララバイ」

 祐貴は夜泣きはしなかったものの、夜の1時半頃までニコッと笑顔を見せてくれたことが多かった。さすがに疲れる。一旦、眠れば7〜8時間は寝ていてくれるので楽なのだが、それまでママはつきっきりで疲れ果ててしまった。朝、祐貴に合わせてママがゆっくり起きるので、そのまま時間がずれていき、悪循環となってしまった。


★揺りかご【cradle】

 3カ月位までは揺りかごに入れ、(揺らさずに)左右に振っているだけで寝てくれたが、そのうち効果がなくなった。子どもは眠い時にぐずるものらしく、ミルクなんかでおなかをいっぱいにしてやり、おっぱいをふくませると眠りについてくれた(こともあった)。しかし、苦労した。ドライブしている時は寝ているが、停まるととたんに起きたりした。

うつぶせ寝は止めよう【Back to Sleep】

 祐貴の生まれた頃、アメリカでうつぶせ寝(Prone Sleeping Position)が大流行していた。スポック博士も薦めていたように体にいいらしいし、絶壁頭にならないといわれていて実行したかったが、窒息死が怖い。それに特別な器具が必要だった。これがSIDSと無関係ではないので現在は止めなさいと忠告することにしている(よく吐く子など、うつぶせ寝の方がいい場合もあるから医師に相談して下さい)。因果関係は立証されていないがうつぶせ寝を止めた国でSIDSが激減している。アメリカではクリントン大統領夫人ヒラリーもこのBTS Campaignに関わっている。

 その代わり、うつぶせ体操はよくした。お風呂上がりには必ずさせた。首をうまく持ち上げて本当にかわいらしかった。それなのにお義母さんたちは残酷だからすぐにやめろ、といってうるさかった。

 2005年に全米小児科学会は乳幼児突然死症候群を防ぐため、横向き寝をやめてあおむけ寝を推奨し、おしゃぶりの使用も効果があるとするガイドライン(安全の手引)を発表した。欧米や日本の議論では、うつぶせ寝は危険とされているが、ほかの姿勢については、意見が分かれている。学会は、ガイドラインで寝る姿勢をあおむけ寝だけに限定。気道を確保し、呼吸が止まる深い眠りに陥るのを防ぐおしゃぶりの効用は認めたものの、寝る姿勢の矯正や呼吸の補助によって「同症候群を防ぐ」という触れ込みで販売されている器具・装置類は「効能も安全性も確認されていない」として使用しないよう呼びかけている。

 2010年に出た松沢哲郎編『人間とは何か』(岩波)で松沢はヒト以外の動物はあおむきにすると不安定でできない、あおむけでヒトは手を上手に使えるようになったという。直立二足歩行ではなく「あおむけの姿勢」が人間の進化を生んだという。つまり、人間らしいのはやっぱり「あおむけ」だったのだ。


★SIDS【Sudden Infant Death Syndrome】

 千代の富士の三女・愛ちゃんが急死するという事件があった。彼の神話の一部となるだろう。いきなり、心配になってきて調べてみた。一般に男児にやや多い。母乳栄養児に比して人工栄養児に多く、出生時の体重で低体重児に多い傾向があり、季節的に冬と夏に多い(5月と12月に多い)が、地域差*もある。煙草の影響とかうつ伏せ寝とか室温なども影響するといわれているが明確ではない。乳児千人に対して0.5〜1人の割合である。 *判断する医者の地域差というのが正確。

 阿部寿美子『ゆりかごの死』(新潮社)が詳しいが、SIDSは両刃の剣で親が無罪の罪から救われる一方、基準が確立していないので窒息死などの過失や犯罪の免罪符に乱用される恐れもある【2001年に社長が逮捕された無認可保育所「ちびっこ園」では21人も亡くなっていて多くがSIDSとされた】。何よりも問題は子どもの死が軽視されているという事実だ。

 SIDSを避けるために次のことが推奨されている。

 98年6月にようやく厚生省が重い腰を上げて危険性の試算を報告した。

 

 なお、室温に関しては分からなかったようだ。やたら不安にならず、うちの子は大丈夫だと思って育てて下さい。

 いずれにしろ「新理論」とか「科学的」という言葉にだまされてはいけない。「三歳児神話」も厚生省が最近は否定しているが、80年代はそうではなかった。

※蛇足だが、チャック・パラニューク『ララバイ』(早川書房)はSIDSのミステリーである。新聞記者のストリーターは死亡した赤ん坊の親たちが全員『世界の詩と歌』という本を読んでいたという事実をつかむ。やがて、この中の一編のアフリカ起源の子守歌に聴いたものを抹殺する魔力があることが判明…。


★揺さぶり症候群【Shaken Baby Syndrome】

 SIDS同様に怖いのがSBSで、アメリカでは年間1000人死んでいるといわれる。赤ちゃんを泣き止ませようとして揺すってしまうのが原因。SBSの多くは1歳までに起こり、約4分の1が死亡、約半数に障害が残る。原因の7割が父親や継父。日本でも2001年に一人の死亡が確認された。3カ月までは「高い、高い」も危険。

 絶対に揺すってはいけない。泣いたら、放って外に出た方がまし。


★体温計【thermometer】

 大人の体温計を使っていたが、高いけれど「ちびおん」をバーゲンの時、買ってしまった。2000円もした。テルモの予測型のは体温が高めに出るらしい(最近は直った?)ので要注意。


★産後の肥立ち【mother's convalescence after childbirth】

 睦ちゃんは予定日から35日後に演奏会の予定を入れていた。大丈夫だと思っていたが、とんでもない誤りだった。60日後の「童謡フェスティバル」も当然だめで、3カ月後のオペラでやっと復帰できた。予想以上のしんどさだったのと、医者が下手だったのと、祐貴を自分でお風呂に入れるといって無理をしたのが祟った。産前より産後の養生が大切だという。


★黄疸【jaundice】

 祐貴は黄疸がひどくて病院で紫外線療法を受けていた。退院のとき、もう大丈夫ですよ、といわれたのだが、1カ月たっても黄色く、育児書を読むと心配ないと書いてあるものの、下手すると脳まで病気が及ぶ、とも書いてある。特に母乳の場合は黄疸が長引くものとは分かっていても、周りが心配させるので、びびった。更に半月、自然に消失していった。


★せき【cough】

 3カ月位のとき、咳きがひどくて心配した。おばあちゃんも心配で宇津救命丸を飲まさなければならないとうるさかった。育児書には「この頃の咳きは体内の悪い物質を外に出すためのもので心配ない」と書かれてあったが、ママはどうしても心配で、医者に行った。結局、心配のしすぎだといってママが叱られただけだった。


★心配【worry】

 僕の風邪が祐貴にうつり、医者に連れて行ったことがある。熱も余りなくて医者に「大丈夫です。心配ありません。お母さんの唯一の心配は髪の毛の薄いことでしょう」と慰められてしまった。余計なお世話じゃ。確かに祐貴の髪の毛はカビの毛みたいだが……。


★髪の毛【hair】

 祐貴の髪の毛の薄いのは僕の小さいときといっしょで、今の僕はむしろ毛の多い人間なので心配もしていなかったのだが、時々「もう床屋さん行って来られたがけェー」といわれるのには閉口した。「一休さんみたい」とか。「洗うのが楽でいいです」と返事していた。おばあちゃんは祐貴の髪で筆を作るのを楽しみにしているのだが、いつになることやら。


★お風呂【bathing】

 子どもが生まれたと父親として僕が実感したのは病院でお風呂の入れ方の講習を受けた時だ。なんだかクネクネした暖かい、動くものを手渡されて、戸惑ってしまった。軽かったけれど、命の重みを感じた。

 幸い、祐貴はお風呂が好きで一度も泣いたりしたことはない。それどころか激しく泣いていてもお風呂に入れると泣き止む位である。病院での躾がよかったのだと感謝している。38〜42度というのが正しいお風呂の温度なのだが、大人にとっては少し寒くて、僕の方が風邪をひいてしまったことがある。実家にいる間は赤ちゃん用のバスタブを使っていたが、自宅に来てからは湯舟に僕が入り、ずっと支えていることにした。最初は頭を湯舟の外で洗っていたのだが、寒くなってからは湯舟の中でシャンプーをすることにした。 幸い、祐貴はお風呂が好きで一度も泣いたりしたことはない。それどころか激しく泣いていてもお風呂に入れると泣き止む位である。病院での躾がよかったのだと感謝している。38〜42度というのが正しいお風呂の温度なのだが、大人にとっては少し寒くて、僕の方が風邪をひいてしまったことがある。実家にいる間は赤ちゃん用のバスタブを使っていたが、自宅に来てからは湯舟に僕が入り、ずっと支えていることにした。最初は頭を湯舟の外で洗っていたのだが、寒くなってからは湯舟の中でシャンプーをすることにした。

 インドでは1年はお風呂に入れてはいけないと言われている。そのかわり、ヨーグルト!でタッチケアをしている。


★バスタブ【bathtub】

 バスタブは1カ月で他に使い道がなくなり、家の中で大きなスペースを占めている。貸してくれる人があれば、絶対に借りたほうがいい品物である。レンタルもあるのだが、誰が使ったか分からず、きっと抵抗があると思う。だから友人に借りたほうがいいだろう。


★乳首【nipple】

 乳首は何といってもヌークのものだ。下顎が丈夫になるように工夫されている。大きさはどの哺乳びんにも合うようになっているらしい。穴のサイズを成長期に合わせる必要がある。果汁用の乳首もあり、おもゆを最初、哺乳びんで飲ませた(食べさせた)。


★メリーゴーランド【merry-go-round】

 義父が奮発してくれたので1万円のメリーゴーランドを買った。上下で回る方向が違うスヌーピーのメリーである。3カ月を過ぎてから、忙しい時にぐずついたら、これを回すと喜んで見てくれるので、助かった。しかし、豪華なのは単なる大人の見栄で、子どもにとっては小さいのでもよかったようだ。高いものを買う必要は全くない。1段ので十分。


★おむつカバー【diaper cover】

 親戚の人が子育てが終わったからといって使い古しのおむつカバーをたくさんくれた。退院直後はおしめだったし、すぐにサイズが間に合わなくなってくるので、本当に助かった。


★紙おむつ【paper diaper/nappy】

 おむつか紙おむつかは母親との論争の中心である。紙おむつだとおむつがはずれるのが遅くなるという。大変ならおむつは私が洗うともいう。しかし、実際の統計では紙おむつでほんの僅か(1カ月未満)しか遅れない。要は母親のトイレットトレーニング次第である。経費の面からみても、おむつは「おむつライナー」(結構高い)を敷かなければならないし、大量の水、洗剤、梅雨時の乾燥機の電気代などを考えると決して安くあがらない。労力を考えると、紙おむつが2、3回のおしっこを吸い取ってくれる(夜も安眠してくれる)のに、いちいち取らなければならないし、これを洗濯、乾燥させ、取り入れるのは大変な作業である。産後の体にいいはずがない。家事を「シャドウ・ワーク」(イワン・イリイチ)と考え、労働と認めないからこんな議論になってしまう。おしめを洗うことによって愛情が深くなることもあるかもしれないが、この時間、赤ちゃんと一緒にいて歌でも聞かせてあげたほうが赤ちゃんのためになる、というのが僕の主張である。地球環境のことが気になるが、実は洗剤で水を汚すことを勘案するとどちらが悪いか容易に答えが出ないという。

 『リング』の鈴木光司は子どもの保育園が布おむつで、洗う時に一番ストレスを感じたという。

 紙おむつには一番高いパンパースから一番安い方のピンポンパンツまで色々ある。子どもとの相性があり、お母さんによって好みが違ってくる。最初、ピンポンパンツを使っていたが、だんだん高いものになっていった。安いのを頻繁に使うか、高いのを少しずつ使うか趣味の問題である。


★量と質【quantity & quality】

 子どもは親と肉体的に一緒にいる時間の長さで愛情を感じるのではない。育児が日本の母親の最高のひまつぶし(富岡多恵子)といわれるようではいけない。質的な深さと理性的な配慮で子どもは幸せに育つのだ。父親にしても同じで、物理的不在が即、非行につながるのではない。父親の心理的不在が困るのである(父親機能の不全が問題)。育児においては量より質が何よりも問われる。


★ブランド商品【top-brand articles】

 住民運動会に祐貴を連れていくのにママは随分迷ったあげく、ミッキーマウスの服を着せていくことにした。行ってみて驚いた。どの子も一様にミッキーマウスの服なのである。没個性もいいところなので、それからはブランドにこだわらないことにした。ミッキーマウスか、スヌーピーか、キティちゃんだけでは余りにも寂しい。ただ、クレージュやサンローランのも色々もらっているので外出の時は嫌味にならないように着せている。


★エンゼル係数【angel coefficient】

 漫画のフジ三太郎に「懐石料理とかけて子ども服ととく。その心は?」というのがある(85年11月18日)。答えは「どっちも材料を少ししか使ってないのに高い」である。本当に高い。

 昔は家計に対する食費の割合をエンゲル係数として生活の度合を調べる指標にしていたが、最近はエンゼル係数(エンジェル係数)、つまり、家計に占める子どもの養育費を指標にするという。

 野村証券が調べているが93年が33.4%でピークで99年には29.9%まで下がっている。


★ベビーベッド【crib】

 ベビーベッドが本当に必要かどうかは大いに議論の余地がある。場所を食う。金がかかる。すぐに物置と化す。赤ちゃんの指をはさみそうになる(どんなに注意していても危ない。指つめ注意の張紙もしたのだが、やっぱりはさんでしまった)。利点は床から離れていて清潔なこと。高いので腰への負担とならないこと。赤ちゃんを「収容」しておけること。などあるが、どういうものだろう。レンタルにするつもりだったが、お義父さんが奮発して、買うことになってしまった。「最初のめでたい子どもだから」という殺し文句で。


★クーハン【basket】

 育児用のかわいい篭のことである。言語学が専門なのに何語か分からず、苦労した。h音があるから、フランス語ではないと思ったのが間違いのもとだ。どうやら、couffin(クファン)で「(南仏で用いる商品運搬用の)大かご」のことらしい。そういえば、映画『赤ちゃんに乾杯』の原題はTrois hommes et un couffinだった。重くなるので3カ月までしか持てず、それ以降はクルマに乗せる時に使ったが、半年目には泣くので不要になった。安いものならいいが(横浜中華街で篭を買った人もいる)、2〜3万もするので友人に借りるのが一番だ。

#クルマにクーハンを載せての死亡事故が多いので充分な注意を。

 2000年4月からチャイルドシートが義務化された。嫌がる子どもがいるので小さい頃から当たり前にして育てるべき。


★リサイクル【recycle】

 姉は神奈川県の葉山の「日航村」と呼ばれる(あの片桐機長も住んでいた)に住んでいるが、お陰で甥っ子たちは小さい頃からブランド品に囲まれて育った。子育ての終わった人の子ども服が順繰りに回ってくるからだ。

 こうしたリサイクルとレンタルの文化が田舎でも育たないものだろうか。

#その後、親戚が順番に子どもを生み始め、うちはトップなのでもらうことなしに順番にあげている。


★予防接種【vaccination】

 ポリオワクチンを飲む前の日、祐貴は少し風邪気味で迷った。育児書を調べ、小児科医に電話をして尋ねたら、「会場の担当医によく話しなさい」といわれた。会場へ行ってみると、何と近所で評判の大薮医者で「なんいうとるがね、熱あろうと、下痢しようと小児まひになっよりいいチャ」といってあっさりと飲まされてしまった(下痢ではワクチンが効かないのだ)。この薮医者は注射でも失敗したことがあるという噂(実際、僕は小さい時、誤診で殺されるところだったし、わが子を3人亡くしている人なのだ)なので、今後は遠くても保健センターで受診することにした。


★お食い初め【weaning ceremony】

 ママの仕事の都合で110日でお食い初めをした(普通100日か120日目)。昔は歯固めとも呼ばれた。食べるまねをする料理とともに石が置かれたのは、石をもかじれる丈夫な歯が生えることを願ってのおまじないである。子の健やかな成長への願いを、生え出る歯に重ねる思いは、いつの世も変わらない。もちろん、食べる筈がないのだが、離乳期の開始を告げる昔の知恵である。けれども、特に母乳の場合は離乳を早まってはいけない。せっかくの腸内細菌が死んでしまうからだ。ミルクの場合も同じだ。5カ月を過ぎると、祐貴は重湯などに目の色を変えて食べたがった。

 貝原益軒の『日本歳時記』には「人は歯をもって命とする故に、歯という文字はよわい(齢)ともよむ也。歯固はよわいをかたむるこころなり」とある。長寿を願って正月三が日に鏡餅や大根、押しアユ、猪(しし)肉などを供する儀礼「歯固」の説明である。もっとも今、歯固めといえば、赤ちゃんの歯の生え初めにしゃぶらせるおもちゃしか思い浮かべないママやパパが多かろう。こちらは歯ぐきがむずがゆくなる時期に与え、健康な歯が生えるようにする親心がこめられるものだ。

 自然が子どもを育てる。


★お宮まいり【newborn baby's first visit to a shrine】

 同じ日にお宮まいりをした。これも、首がすわったので、外出許可を与える古代からの知恵だ。平日がいい。すぐにお祓いをしてもらえた。ちなみに日枝神社の祈祷料は5000円だった。


★写真【photograph】

 同じ日に写真を撮ってもらった。祐貴一人のと、親子3人のと。15,000円。眠い時には行くものではない。赤ちゃんのベストコンディションの時にしないと、なかなか笑顔で写ってくれない。倒れないように後ろから支える人、赤ちゃんをカメラに向かせるためにオモチャを振る人、シャッターを押す人と3人がかり。これはビデオの中で最高に面白いシーンとなった。未蘭の時は写真に絵の具を塗って修正してあるので頭にきてしまった。

#世界一可愛いと思って賀状に張って出したが、3年ほど経って見ると親馬鹿だったことに気づいた。その意味で写真は実に意義がある。


★ベビーフード【baby food】

 レバーのペーストがあったり、スープやジュースの種類も多くてすごく便利になっている。ポカリスエットの乳児用がある(アクアライトなど−与え過ぎは浮腫ができるので注意)。余り手を抜かずに頑張りたい。睦ちゃんはままごとみたいに離乳食を作って楽しんでいる。


★歩行器【walker】

 絶対よくない。と、どの本にも書いてある。平衡感覚を養う大切な時期に機械的に歩行器を使うのはよくないし、玄関から転げ落ちてよく怪我をする。お義母さんたちにしつこく要らないといっておいた(昔の人は歩行器がないとうるさいのだ)。

#プラスチックのミニカーを人からいただいた。祐貴はあまり乗らなかったが、未蘭はどこへ行くのもミニカーで2キロ位は平気で乗っていた。激しい乗り方で靴がすぐにボロボロになった。祐貴は三輪車も苦手だった。これは結構重いためだ。


★ウーウー【babbling】

 僕らの話に反応するようになったのは3カ月を過ぎてからだ。特にオペラの練習に行って、コーラスを歌っている時、それに合わせてウーウーと歌うようになった。嬉しかった。こうした親子のコミュニケーションは非常に大切なものと言われている。


★誕生のお知らせ【postcard】

 誕生を知らせるのは何だか、お祝いを請求するみたいで嫌だった。それで、暑中見舞いを兼ねて出した。中にはそれまで何故知らせてくれなかったかと文句をいった親戚もいた。写真のは高くつくので、写真のシールを作ってカモメールに張って出した。他の時期なら、年賀状やサクラメールで知らせればいいと思う。仕事の関係者には出さないのが礼儀だろう。

 すごいのは作家の佐藤愛子で賀状は孫と手をつないで微笑む写真だという。しかも孫とお揃いの幼稚園の服を着て「あいこ」という名札までついて…。北杜夫の『孫ニモ負ケズ』(新潮社)の「じいばか」ぶりにも驚く。


★DINKS【Double Income No Kids】

 生活を謳歌している夫婦はいいが、子どものいない夫婦はどうしたらいいのだろう。無神論者の僕でも子どもは神様の最高のプレゼントだと思う。子どものいない人に「いいね」といわれたら、返す言葉がない。困ってしまう。なるべくそうした機会がないようにしている。

 中には「睦美さんは(痩せていて)産めない体だと思った」と失礼なことをいう人もいた。


★男尊女卑【male chauvinism】

おやじもおふくろも
とりあげばあさんも
予想屋という予想屋は
みんな男の子だと賭けたので
どうしても女の子として胞衣(えな)をやぶった
     ------富岡多惠子「身上話」(『返禮』)

 一人目だからどっちでもいい、と思って性別も調べなかった(教えたがる医者もいる)が、男が生まれてから、まだまだ田舎では男尊女卑だなあ、と感じた。それまでどっちでもいいじゃない、といっていた人でさえ、「男でよかったねエ」といってくる。「やったね、うちなんか3人目でやっとだったのに」とか。

 睦ちゃんと同じ病室の人が3人目も女の子だった。出産が終わって3時間ほどしてやっとお姑さんがやってきた。義兄もいっしょで、三姉妹が決まった時、なかなか家に電話をせず、名前もぎりぎりになるまで決めなかったという。

 王監督の家も三姉妹でスポーツ記者に「もう一人頑張って男の子は?」と聞かれたとき、「また、女の子だったら、九回裏、満塁押しだしだよ」と答えたという。

 五女の後に男の子を得た陸羯南(くがかつなん)のようなこともある。

五女ありて後の男や初幟(のぼり)---正岡子規

 「一姫二太郎」が理想的なのだが……。
#「一姫二太郎」は最初に女の子が生まれた人に対する慰めの言葉という説もある。


★臍の緒と靴【navel string vs. shoes】

 日本の母親は子どもの思い出に臍の緒を大事にしまっておく。欧米の母親は子どもが最初に歩き始めた時の靴を思い出にとっておく。自分とのつながりをいつまでも大切にする日本人と、自分からの自立を大切にする欧米人とはやはり大きな文化的隔たりがある。グレゴリー・ベイトソンはアメリカの子どもたちは一人立ちできたことを誇示するように親から期待されると指摘した。オレはやったぞ、オレは凄いんだ、ということを大げさに喧伝することがアメリカ人にとっての美徳なのだ。一方、日本人は「おかげさまで」という気持ちを持っていた…。


★38歳ライン【38 year-old women's change of their lifestyle】

 育児を「出口のないトンネル」のように感じる女性が多いようだが、育児のために女性が第二の人生を歩けるのは38歳を過ぎてからだという。これは人類学者の和崎洋一先生の衣笠調査の結論であるが、末子が小学校へ入る頃だという。早く産んでしまえば、それだけ早くなるが、女性にとって38歳までの10年間は大変だと思う。この後はPTAを初めとして、子どもを通しての友人や地域との関わりができてくる。出口は必ずあるし、向こうは入り口よりも明るいはずだ。

 声楽家の長嶋伸子先生【「おかあさんの勉強室」で有名】は8カ月まで仕事をしていて、3カ月目にはもう一人で子どもを連れて(しかも飛行機は赤ちゃんの耳によくないといって)列車で富山まで仕事に来た。スーパーウーマンもいるのだ。

#40近くになった女友達の一人が看護学校に入学したといってきた。津田塾の英文を出ている才女なのに。他にも鍼灸学校に通い始めた女性(南山の人類学科卒)もいる。


★育児日記【diary】

 子どものためには育児日記を書いておいてあげたかったが、そんな暇はとてもなかった。スヌーピーの日記帳を買ってきて(小学生まで使える)少しずつまとめていこうと思う。 と書いたが、結局続かず、その後、僕の毎日の日記を基に育児日記(ポレポレ日記)を再構成した。最初、「観察日記」と書いたら怒られた。

 三島由紀夫のような天才でない限り、人は誰も、自分の生まれについて知らない。生まれた瞬間を見た者はないし、もの心つくまでどう育ったかを知るにも、伝聞だけだ。私生児かもしれないし捨て子だったかもしれない。独立の自己として誇らしく生きようとしても、その始まりは完全に他人の手に握られている。成長しても親の権威のまえに子どもであることをいやでも自覚させられ、弟妹が生まれれば自分の価値は相対化される。もっといえば、皮肉にも人間は自分では自分になれない。「もの心つく」という言葉が示すように、人は何かの力によって、知らない間に自己にならされるのである。家族日記には喪失した日々の過程を書いておいてあげたい。小さな幸せを確実に書き留めることで日記は役立つ。

 生活の中に個人的な「小確幸」(小さいけれども、確かな幸福)を見出すためには、多かれ少なかれ自己規制みたいなものが必要とされる。たとえば我慢して激しく運動した後に飲むきりきり冷えたビールみたいなもので、「うーん、そうだ、これだ」と一人で目を閉じて思わずつぶやいてしまうような感興、それがなんといっても「小確幸」の醍醐味である。そしてそういった「小確幸」のない人生なんて、かすかすの砂漠のようなものにすぎないと僕は思うのだけれど。---村上春樹『うずまき猫のみつけかた』(新潮文庫)

 川上未映子の『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は歯科医師の助手(アルバイト)である主人公が付合っている青木と結婚するかも分からないうちに日記を始める!?

七月十五日 晴れた

 ふつうは妊娠してから、つまり、おまえがお腹にいるのだとわかったときから、おまえに向けてのこんな日記はつけるのだろうけど、このお母さんは違いますよ。こんにちは。お母さんは、今から日記をつけます。まだ、おまえはいないけれども、いずれおまえは来るのだから、おまえが文字を読めるようになればこの日記もあげることになるでしょう。お母さんは、これからはお前に話しかけるように、お母さんの心配事や、生活のいろいろなことを綴っていこうと思っていますよ。はじまりの今日は眠いので、これでごめんね。

#『ポリアンナ』からヒントを得て、大きくなってから子どもたちに「今日、いいことは何があった?」と聞いて書くようにした。


★男の仕事【role of Father】

 育児にどれだけ男が関われるか、考えてみると本当に少ない。ミルクを作ったり、やったり、お風呂、お散歩、料理くらいである。おむつ替えなどもごく稀にしかできなかった。どうしても母親の方に負担がかかってしまう。日曜日にお守りなどすると、母親の大変さが分かる。キルケゴールは「子どもは眠っているときが一番美しい」と皮肉っぽく書いている。そう思うと、育児から逃避するために会社があるのでは?

 結局、男の仕事は母親の不安を取り除いてあげることと、子どもが大きくなって人生に迷った時、フィンガーポストになってあげることであろう。歩んでいくのは子ども自身だ。

It is a wise father that knows his own child.(賢い父親は我が子をよく知っている)

 『ベニスの商人』の言葉だが、シェイクスピアは諺本来のfatherとchildを逆にした。

 たまには役目を交替して、丸1日預かってみるなど母親の仕事をしてみるのがいいようだ。


★苦労【hardship】

 星の王子さまは地球に来てたくさんのバラの花に出会って自分が別れてきたバラの花を思い出しながらいう。

そりゃ、僕のバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたあたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ。だってぼくが水をかけた花なんだからね。覆いガラスもかけてやったんだからね。ついたてで、風にあたらないようにしてやったんだからね。【…】

 子育ても同じかもしれない。苦労するから愛情がわくのだ。勿論、自分の遺伝子を伝えていってくれるから愛情が生まれるように「利己的な遺伝子」によってプログラムされているのかも知れないが、色々と気を遣い、世話をしてこそ家族の絆ができてくるのだと思う。過保護でも過干渉でも放任でもいけないだろう。といってあまり構えてもダメだ。心のつながりは相手に対して一見、時間を無駄にすることから生まれる。何気ないことでも触れあう機会を積み重ねることで子供たちは自分が支えられていることに気づくはずだ。

 子どもに愛情が必要だからといって愛してはいけない。子どもが愛しいから愛するのだ。

 星の王子さまにキツネがいう。

あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思っているのはね、そのバラのために、ひまつぶししたからだよ。【…】人間っていうものは、このたいせつなことを忘れているんだよ。だけど、あんたは、このことを忘れちゃいけない。めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなけりゃならないんだよ。バラの花との約束をね…


 育児は科学でも宗教でもない。ごく日常的なものだ。そして、この日常性を支えるのは平和な家庭以外にはない。お互いを尊重しあわなければ親を馬鹿にする子どもになる。

 そして、子どもによって親が育てられるというのは精神分析の常識である。子どもに先導されて未知の時代を社会的存在として歩むことができる。

 「親がなくとも、子が育つ。ウソです。親があっても、子が育つんだ」(坂口安吾「不良少年とキリスト」)といわれないよう、子どもにのめりこまずに生きていきたい。


 読んでくださって、ありがとう。続編『子どもたちの時間』『大人は判ってくれない』もよろしく。

【初版1989年11月10日 祐貴6カ月】