金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)

子育ては愉快だ〜男と育児

父の唄    谷川俊太郎『うつむく青年』


遠くへ行け息子よ
地平をこえて遠く行け
拓けるだけの荒野を拓け
だが命かけて求めるものは
ただひとつだけ
おれがついにつかめずに終わった何か


家族    谷川俊太郎『詩を贈ろうとすることは』

「パパはいつだってそうなんだから!}
むきになって母親が叫ぶ
「結局どっちもどっちってことよ」
けしかけるみたいに娘が割り込む
「おまえ早く嫁に行け!」
負けじと大声で父親が言う
「あら私のB・Fの電話取りつがないくせに」


奈々子に   吉野弘『吉野弘詩集』

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

お前にあげたいのものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむつかしい
自分を愛する心だ。


A baby is God's opinion that life should go on.---Carl Sandburg

(子どもというのは命続くべしという神のご意見だ)


冬に  谷川俊太郎

ほめたたえるために生れてきたのだ
ののしるために生れてきたのではない
否定するために生れてきたのではない
肯定するために生れてきたのだ

無のために生れてきたのではない
あらゆるもののために生れてきたのだ
歌うために生れてきたのだ
説教するために生れてきたのではない

死ぬために生れてきたのではない
生きるために生れてきたのだ
そうなのだ 私は男で
夫で父でおまけに詩人でさえあるのだから

タイトルほど面白いエッセーではないので特に興味のある人だけにして下さい。

「新しい科学的な育児法」が書いてはありません。
結婚を躊躇している人と
17歳の事件が多くて自信をなくしている親たちに捧げます。

 どうせ、どれも読まれない文章なので、書いておいても罪はないと思って書いたものだ。

自分自身への決意だと思って下さい。


 

 毎日新聞の富山支局から電話があって、「レット・イット・ベビー」という子育て日記と育児エッセーが面白いから採り上げるといって研究室と家庭にまで取材に来た。

 このサイトはパナソニックのパソコンにURLが登録されているが、そんなに珍しいものではないと思うのだが、男が10年以上も続けているのがいいという。「感動的な話もないですよ」というと「淡々と書いているところがいい」という。

 その時に「子育て三部作の続編はないのですか?」と聞かれ、即座に「ない!」と答えたのだが、考えてみれば、子育てを振り返ったエッセーがないことに気づいた(な〜に、ネタが切れただけ)ので林望先生の『イギリスは愉快だ』にちなんで「子育ては愉快だ」というのを書いてみることにした。ほとんどのことは三部作に書いてあるが、そのまとめである。

 下の子どもが小学校へ行くようになり、何となく「育児」という感じから離れてきている。「育児書」などが参考にならない年頃になってきた。親に対抗するくらい充分、悪態をつけるようになってきた。

 だからこれは「育児」が終わったことへの反省文と結婚と育児への激励文と少子化を洞察した文といえる。

 政治学者の丸山真男に「『である』ことと『する』こと」という有名なエッセイがあるが、家庭も「である」ことに満足できなくなっている。家庭は「する」ことが大切になっているのかもしれない。

 その一方で、育児をしなければという強迫観念にかられて、「ダディ・ストレス」を訴える人も出てきた。そんな人に息抜きしてもらいたいと思って書いた。

 どうせ男は女に勝てない。落語「お血脈」にはこんな狂歌がある。「女ほど世にも尊きものはなし、釈迦も孔子もひょこひょこと産む」…。

 親子3人の写真入りで毎日新聞に載った2ヶ月後に朝日新聞富山版(2000年7月4日)に載った。北陸では毎日新聞の読者が少ないので反響が少なかった(記者自身がそう話していた)が、朝日は何人もの同僚から読んだといわれた。中には子育てよりも仕事の方を、という視線も感じた。

 別に仕事をさぼって子育てをしているつもりはないし、僕のホームページの一部でしかない(新聞でみた「レット・イット・ベビー」だけしか知らない同僚も多い)のだが、難しいものだと思わざるを得なかった。

 勝手な感想で、保守的で親馬鹿だと思われるかもしれないが、気にしないでほしい。

 それにしても、悲惨な事件が多い。実際には昔も同じように事件があったのだが、マスコミが騒ぎすぎていると思う。17歳のごくごく一部、というかパーミリオンの子供が事件を起こすだけなのに騒ぎすぎている。「子を持てば七十五度(たび)泣く」ともいうが、泣かずに生きることがいいかどうか分からない。喜怒哀楽の総量が人生の質を決めるのだから。

 子育てに成功とか失敗とか考えること自体、子育てを仕事と考えていることになる。

 小説家の故住井すゑは「子育て−。イヤな言葉だ。聞くだけでぞっとする」と書いた(随筆「いのちは育つ」)。親の思惑通り育てようとするのは管理思考と言い、自ら育つ「子育ち」を持論にしていた。放任主義が良いとは言わぬが、子どもの主体性を信じ、冷静に付き合っていく態度も必要だろう。

 そして、子どもと一緒に育つというのは生活そのもの、ということを忘れないでほしい。

 育児とは自分を生きることだ。

 

父の子育て“奮闘記”に反響

10年間の記録 HPアクセス3万5000件

「クネクネした暖かい動くものを手渡され、軽かったけれど命の重みを感じた」------。こくりと富山商船高専助教授の金川欣二さん=新湊市=が2児を育てた10年間の記録をエッセーにまとめ、ホームページで公開したところ、3年間で約3万5000アクセスがあった。仕事は言語学の研究者。育児書を読んで「男の子育て」に挑んだ金川さんは「育児はマニュアルではない。それぞれの親が育児書を作りあげること」と実践の大切さを説く。

 ホームページは「レット・イット・ベビー」。共働きのため、積極的に育児に参加した。長男・祐貴君(10)が生まれ6カ月に育つまでを「育児をめぐる冒険」、長女・未蘭ちゃん(7)が生まれて6カ月になるまでを「子どもたちの時間」、その後を「大人は判ってくれない」というタイトルの3部作にまとめている。

 文章はエピソードごとに表題が付いている。病院で子どもをふろに入れて初めて父親と実感した「お風呂」、妻とおむつを巡って論争した「紙おむつ」、乳児期に誤飲や急病が多かった長女が病院を『大きな救急箱』と呼んだという「救急車」、兄弟げんかしながらも長男が長女をかばう姿に感心した「兄弟愛」------など、父親として一生懸命に育児と向き合い、子供を見つめた姿が伝わってくる。

 以前から書きためていたエッセーを、1995年からインターネットで公開。その後も文章を追加していった。子育て中の主婦を中心にこれまで100通以上のメールが届いている。「育児の参考になりました」などのほか、中にはアメリカに単身赴任中の男性から「家族を思いだし涙した」などのメールも届いた。

 金川さんは「育児は科学でも宗教でもなく、ごく日常的なもの。それを支えるのが平和な家庭と考えています。また子育てを通じて親も育ち、人間の幅を広げていく。その大切さを分かってもらえればと思います」と話している。

 「レット・イット・ベビー」のアドレスはhttp://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/macde.html

【皆木 成美】

毎日新聞富山版2000年5月7日(日) 


☆子ども

 ブルース・ウィリス主演の『キッド』を観た。

 40歳の誕生日を目前に8歳の自分が会いに来るという映画だ。

 8歳の僕は今の僕を見て何ていうだろう?

 ちょうど娘が小学2年生で8歳だ。こんな年の頃に何を考え、何をしていただろう?

 21世紀になったら、という本の特集などを読んで、何て年寄りになっていることだろうと思ったのはしっかり覚えているが、その年寄りになってしまった。

 8歳の僕は今の僕を見て満足するだろうか?

 いまになって思うと、わたしの全盛期はこども時代だったと思う。わたしのこども時代は華々しかった。小学生のころには、多くの天才たちと同様、児童の名をほしいままにしていた。このままいくと将来はきっと大人になるにちがいない、とみんなに思われていた。

 わたしは世間の期待を裏切らず、無事、中高年のオヤジとなっているが、児童を経て大人になる資質は生まれた時から備わっていたのだと思う。わたしがうまれて一週間後には、家族の中に私の名を知らぬ者はいなかった。

   ------土屋賢二『ツチヤの軽はずみ』(文藝春秋)

 
「子供は作らないの?」とジェイが戻ってきて訊ねた。「もうそろそろ作ってもいい年だろう?」
「欲しくないんだ」
「そう?」
「だって僕みたいな子供が生まれたら、きっとどうしていいかわかんないと思うよ」
 ジェイはおかしそうに笑って、僕のグラスにビールを注いだ。「あんたは先に先にと考えすぎるんだ」
   ---村上春樹『羊をめぐる冒険』

 僕は15歳の頃に既に“おじさん”になっていた。10歳離れた長姉の最初の子が生まれたからだ。姉は産んでからずっと家にいたので、子どもと初めて出会ったのはその時だった。長女は可愛かったのだが、二人目の女の子は夜泣きがひどくて疲れてしまった。三人目の女の子の時には父親が名前を考えることもしなかったくらいだったが、(可哀想なことに)僕自身も記憶が薄い。

 20歳くらいになったときに、自分自身がつくづく嫌になっていた。結婚すると自分にそっくりの子どもが生まれる。その子が自分と同じような顔をしていて、同じような人生を歩むかと考えると、可哀想に思えた。他にも同じような理由で子どもを持たない人も多いだろう。

 結婚が遅くなったのも自分に自信がもてなかったからだと思う。自分の人生が定まらないのに他人まで引き込めないと思っていた。

 女友達はどんどん結婚して子どもを生んでいった。結婚後に泊まりに行ったものだが、ものすごく乱雑になっていて、本が汚れていてメマイしたこともあった(自分の身に降りかかる事態とは理解していなかった)。

 30を過ぎてようやく少し自信がついて来たが、実は今もあまり自信がもてず、自分はいい加減な人間だなぁと悩むことが多くて、ぐずぐずと生きている。

 学生たちの言っていることがちっとも分からなくなってきた。それどころか周りにいる人々のことも理解できなくなってきた。親しい人はよく分かるのだが、改革とかいって前向きに進む人たちの話が全然みえなくなってきた。

 何でもこれはこうだと決めつけることができる人が羨ましく感じることもある。自信をもって私は仕事をしています、なんていえる人が輝いてみえることもある。

 でも、誰もが悩んでいると考えて、気にしないことにした。気にしないつもりである。

 今は子どもたちは自分自身の人生を歩んでいると思うので、罪悪感を感じることは少なくなってきた。心配ではあるが、他人は他人なので(何しろ、自分自身ではないことは確かだ)他人の人生まで干渉する権利はないと思っている。

 それでも自分がロクな人間ではないな、と自責の念に駆られる時があって、申し訳ないような気分になる。

 きっと同じように思っている人もいるだろうが、子どもは自分自身とは違う人格だ。自分とは違った人生を送るだろうし、否応なしに僕らの時代とは違う時代を生きる。そうでないと困る。

 子どもたちを自分とは違う存在に育てていこう!

 そう思っていても、子どもが自分そっくりの癖を持っていたり、両親に似て運動神経が鈍かったりすると落ち込むこともある。これでは山本有三の小説『波』だ。

 きっと自分とは違う存在に育っていってくれると信じよう。

 子どもにいる家庭はそうでない家庭とは全く異なる。

 今こうして子どもがいると、よかったと思う。

 余計なお世話だということを十分知りつつ、生んでみなさい、と子ども嫌いの人にも言いたい。

 子どもがいると社会性がまるで違ってくる。もちろん、子どもを通したPTAなどの地域社会とのつきあいも含まれるが、子どもといることで社会性が生まれてくるのだ。

 その意味で子育てはインタラクティブ、というか相互作用的である。「与える」だけの一方的ではない。「子どもからずいぶん教えられました」なんて発言を聞くと白ける方だが、お互いが変化してくるのが面白いのだ。

 子どもと一緒に遊んだり出かけたりするのは楽しい。

 子どもの運動会や学習発表会などの行事を見るのは刺激的だ。

 子どもの作文を読むのも面白い。

 子どもの話を聞くのは嬉しい。

 子どもと過ごすのは愉快だ。

 ミーイズムというか自己中心主義というのが日本であふれているが、ちょっとしたことで自分の人生が二倍、それ以上になるのに残念だ。

 ミーイズムに代わる価値観を見出さなければならないだろう。

 見いだせなくても、子育てが一つの答えになるはずだ。子どもはアルター・エゴ、すなわちもう一つの自分でもあるからだ。

 子どもを育てることによって「アルター・ミーイズム」というか「もう一つのミーイズム」を見出すこともできるのではないだろうか?

 子どもは自分とは違う存在だが、自分を引き継いでいることも確かだ。

 子育ては愉快だ、とわざわざ言わなければならないのが残念だが、楽しもうではないか。


☆早婚のすすめ

 女性も男性も結婚年齢が遅くなっているが、やっぱり間違いだと思う。女性の高齢出産はどうしても危険だし、子どもにもダウン症などの病気が増えそうである。

 僕は父親と48歳も年が離れていたために父親に育ててもらったという記憶があまりない。最初からおじいちゃんだった。楽しく一緒に遊んだことはない。はっきり言うと父親があまり好きになれなかった。

 40歳近くで結婚するとやっぱり勢いが違うのではないかと思う。体力も必要だ。

 もちろん、50近くになっても気が若い父親も多いかも知れない。

 自分で人生の表を作ってみるといい。例えば33歳で結婚すると35歳で最初の子が生まれて、次の子が38歳で生まれるとする。下の子が大学を出た時点で自分は60歳になっていて、もしかすると定年になっているかもしれないし、そうすれば年金も65歳までもらえないかもしれない。自分の生活だけでも苦しくなる。その子がパラサイト・シングルになったら、生活はもっと苦しくなる。

 高学歴社会になって自立できる年齢がどんどん遅くなっていて子どもたちが大学院に進みたいと考えるかもしれない。その時は対応できるのだろうか?

 子どもがいなければ老後が心配だが、いても自立するまでに時間がかかることを忘れてはいけない。

 福島章は『子どもの脳が危ない』(PHP新書2000)に環境ホルモンからの影響を避ける知恵として早婚を勧め、子どもを産むことを選択した女性はできるだけ多くの子どもを産むことを勧めている。そして、「最近の何種類かの性行動調査によれば、高校生の性体験率は男女とも四〇パーセントに近づいたという。少年少女たちは、賢明にも自然の摂理に忠実になろうとしている。しかし、それに対応するほどの数の若年出産がみられないのは、それに対応する社会的な環境がまったくととのっていないからであろう」と嘆いている。

 僕の場合は色々な理由から晩婚になったが、できる人は早く結婚すべきだ。早く結婚して家庭をもつべきだと思う。男女を問わず、そんなに完璧なパートナーはいないはずだし、本当に羨ましい家庭などはない(と思う)。

 どんな家庭も他人にはいえないような悩みや苦しみを持っているはずだ。

 ありもしない理想を追うよりは目の前の現実に生きよう。

 僕は下の子が大学院に入る頃に定年となる。これは63歳定年ということもあるから救われているが、そうでなければやっぱり辛い。

 自分のことだけ考えて生きているのもいいが、子孫ということももっと考えた方がいい。

 自分中心の生き方なんか永遠にできるはずがないのだから…。

 ましてパラサイト・シングルなんて都合のいい存在は寄生する相手がいなくなると途端に存在できないのだから…。

 パラサイト・シングルという存在は現代社会が生んだと考え勝ちであるが、ちょっと前まで日本は大家族主義制で、パラサイトなんていっぱいいた。中にはあの人は何をしているのか分からないような人もいっぱいいた。「高等遊民」だって多かった。

 結婚式を大安に挙げなければならないと思っている人がいるが、馬鹿げている。大安であろうと仏滅であろうと結婚は人生の墓場であることに変わりはない。

 墓場の結婚が嫌だといっても、結婚しない人生が天国という保証はない。まして、人生を終えてから天国へ行くという保証はない。同じ地獄だったら、二人かそれ以上で過ごしてもいいだろう。

 結婚は墓場かもしれないが、墓場よりは明るいし、刺激も多い。

 どんな人でも生涯に二度だけ誉めてもらえる。結婚と葬式の時だ。普通なら絶対に誉めないような人が、普通なら絶対に誉められそうにない人を誉めてくれるのである。結婚の時はこの歯の浮くような誉め言葉を聞くことができるが、葬式の時はなかなか難しい。

 あんなに誉めるのは自分と同じ苦しみを持つ同類を増やして少しでも自分の苦しみを減らそうという魂胆だと思う。「喜びは二人で分けると二倍になり、苦しみは二人で分けると半分になる」のである。

 そんな企みに乗ってみるのも趣があるものである。

 何度も誉められたかったら何度も結婚すればいい。


☆子宝

 シェイクスピアは「人間、生まれてくるとき泣くのはな、この阿呆どもの舞台に引き出されたのが悲しいからだ」などとリア王(第4幕第6場)に言わせている。息子にだまされた両目をえぐり取られたグロスター伯に「忍耐せなばならぬぞ」といって慰めていうのだ。

 反対に、インドの詩人タゴールは「すべての嬰児は神がまだ人間に絶望してはいないというメッセージをたずさえて生まれて来る」(山室静訳)と詠った。

 人は簡単に「子宝」というが、子育てしてみて初めて分かる。

 不妊の夫婦が周りにも多い。せっかく妊娠したのに、流産したとか、もうちょっとで死産して葬儀をしてよけい哀しみが深くなった人とか、さまざまだ。

 10年くらい生まれなくて、ようやく生まれた、という人も多いから諦めないでほしい。

 長い間子どもに恵まれなかったのに、生まれてから亡くすという家族もいて、声のかけようがない。

 矛盾して聞こえるかもしれないが、産まないことに決めた夫婦もあると思う。重度の不妊症や夫婦ら自身の選択を含め、さまざまな理由で「子をつくらない」と決めたカップルが周囲から心理的な圧迫を受けることのないよう、十分な配慮がされるべきだ。

 中には二十歳前に思わぬ妊娠・出産という人もいるだろう。僕の知っている女の子で社長の娘だったのに従業員にだまされて、妊娠してしまったという人もいた。あまりにもオボコで手遅れになるまで何も知らなかったのだ。結婚したが別れてしまった。

 教え子の中にもせっかく大企業に入ったのに、妊娠で就職しなかった女性もいる。教師の立場から、堕ろしてしまえば、と思ったりしないではないが、本人の決断だし、仮に経済的に困っても、子どもを育てることは立派なことだ。

 卒業式に子連れで来た学生もいた。子どもがいることはそれだけで善である。

 何かを伝える人がいない社会は滅びる。子どもは宝だ。

 僕は子どものいない人生など考えられない。落語に「子別れ」というのがあるが、饅頭屋の前で別れた子どもが饅頭好きだったことを思い出して涙ぐむ男の話だ。これを見た饅頭屋が「あの人は清正公(せいしょうこう)の生まれ変わりかしら」というのがオチだ。加藤清正は家康の刺客に毒饅頭で殺されたという俗説があるからだ。

 東京でのコンサートが終わった妻に大阪の友人が「私、今日、排卵日だから帰る」と言ったという。みんな苦労しているらしい。逆立ちして一滴も漏らさないようにしているとも。

「ママ」 田中大輔 (『あなたにあいたくて生まれてきた詩』新潮社)

あのねママ
ボクどうして生まれてきたのかしってる?
ボクね ママにあいたくて
うまれてきたんだよ

 どうしても母親には勝てない。永六輔の「こんにちは赤ちゃん」がまさに男の詩であるように、母親と子どもは生まれ出て初めて会う前から知り合いだった。男親と女親ではつながり方が違う。

永遠に子は陸続きあかねさす半島としておまえを抱く---俵万智『プーさんの鼻』

 子どもが生まれた時は本当に嬉しかった。自分自身、子ども好きではないと思っていたし、今でも他人がいうほど子ども好きではないと思うが、初めて病院でお風呂に入れた時の感激は忘れない。軽かったが、命の重さを感じた。

 人間の欲というのは限りないもので、結婚さえしてくればと言っていたのが、子どもさえ生まれればになり、男の子もほしい、女の子もほしい、になったり、賢い子にとなったり、いつの間にか「いい学校に」になって、「いい大学に」、「いい会社に」という具合に欲望が広がっていく。いい会社に入れば「いい結婚を」と来て、今度は孫が「いい学校に」と繰り返される。

 最初に子どもを抱いた時に感激したことを忘れて、世間的な欲望に流されていく。

 子どもを健康で、賢く、正しく、というのは親として当たり前のことなのだが、欲望が肥大化していないか、もう一度、見直してみる必要があるかもしれない。

 子どもが大きく育つことはそれだけで奇跡だと思う。

 大げさでなく、地球より重いかもしれない一人ひとりの命が育っていくのは恩寵だと思う。

 例えば、写真家・土門拳は『わんぱく小僧がいた』(小学館文庫)で自分の子どもを亡くした時の話をしている。戦争中に生まれ、これからという時に亡くしているのだ。

 あの子は四つか五つの、お菓子が何よりも欲しい年頃に、お菓子が食べられなかった。ごはんすらたまにしか食べられなかった。来る日も来る日も大豆のゆでたのにショーユをかけて、サジで食べていた。そして戦争がすんで、やっとお菓子も自由に食べられるかと思ったら、ふとして死んでしまっt。あ幼稚園へ入った年の夏、六つで死んでしまった。

 子どもがいるというのは自分の命を引き替えにしても守りたいものがあるということだ。

 自分が大きくなったことを振り返れば分かるが、実に多くの人に支えられてきている。もちろん、教師のように育てることを生業(なりわい)にしている人もいるが、そういう人でも、お金とは無関係に関わってきているはずだ。

 そして、多くの人が、そうした利害関係を抜きにして僕たちの人生に関わってくる。

 一人ひとりの出会いを大切にしなければならないし、感謝しなければならないだろう。

 今になってようやくそんな境地になった。

 社会保障・人口問題研究所が2003年に発表した第12回出生動向基本調査を見ると「子に過ぎたる宝なし」「子はかすがい」というのは、死語になりつつある。「一生独身で過ごすのは望ましい生き方ではない」「いったん結婚したら、性格の不一致ぐらいで別れるべきではない」という結婚観も怪しくなっている。両方とも、ほぼ半数の支持を得ているが、平成4年の前々回調査に比べれば15ポイントほど後退している。少子化に拍車がかかりそうな傾向も読み取れる【2004年には1.29にまで下がった】。結婚5年未満の若い夫婦が理想とする子ども数は2.31人なのに、予定数は1.99人と初めて二人を切った。一人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、もっと低い。

 男と結婚して家事をして、セックスをして、子どもを産んで、育てて、あげくにおじいちゃんになった男の面倒をみるのはまっぴらだという女性も多い。それだけのメリットはないという。確かに今の男たちは自立してなくて、面倒なだけである。

 子どもだけ欲しいという女性が増えているのはよく分かる。そうした女性も支援できるような社会にしなければならないだろう。ちょっと昔、アメリカでシングル・マザーのドラマがあった時にクエール元・副大統領は批判した。2000年に朝ドラが「私の青空」(内舘牧子脚本)でシングル・マザーを扱ったが批判は出なかった。森総理大臣だけは昔ながらの家父長制がいいと言っているらしいが、日本も成熟してきたなと思う。

 このドラマはしかし、周りの人の過剰な心遣いで支えられているところに問題があった。親切は本当に大切なことだが、地域社会が機能していないことが多い。制度が後回しになってはいけない。

 詳しいことは知らないが、大昔の方がよほど子育てが楽だったのではないだろうか?

 平林たい子は「鬼子母神」という短編で事情を抱えた幼い女の子を養子に迎えた女性の思いを綴っている。鬼子母神は末尾に登場するだけだが、幼子についての描写が鮮やかだ。「この艶やかな目、どんな良質の水銀の裏打ちある磨きのよい鏡よりもよく澄んでいるこの目は、まだいくらも人生を映していないということで真新しく、こんなに綺麗なのだ…」。

 ただし、子宝だからといって甘やかしていい、ということにはならない。

 もう一つ、自分にとっても子宝だが、社会にとっても子宝である。

薔薇の木に
薔薇の花さく

なにごとの不思議なけれど。

    北原白秋『大悲集』


☆“子どもは社会の宝”

 結婚の意義は三つある。家庭生活と性生活と子孫の繁栄である。最後の子孫の繁栄というのは昔反発を感じたが、今は「利己的な遺伝子」が一番大切なことはこれだ!と叫んでくれる。

 自分のために生きることは第一義的に大切なことだと思うが、他人のために生きることはもっと大切だと思う。そして家族のために生きることもそれ以上に大切なことだと思う。

 家族中心の「マイホーム主義」で他人を顧みないというのは言語道断だが、自分の人生をかける誰かがいるというのはそれだけで貴重なことだと思う。

 仕事(芸術)か家庭かと悩む人もいると思うが、二つは相反することではないし、仕事というのは子育てに比べれば、そして年をとって顧みれば比重が小さい。

 子どもにかまけて仕事をしない、というのはただの怠け者だが、仕事にかまけて育児をしないというのは父親失格だ。

 もちろん、色々な職業があって、難しいことは分かるが、努力をしよう。近所でも忙しいのにちゃんと親子の触れあいを作っている人が多い。

 親子の触れあいは量ではなく、質だ。

 動物は食料に恵まれた豊かな環境なら、子どもがたくさん生まれる。ところが人間社会では、豊かな先進諸国で少子化、貧しい発展途上国で人口爆発という問題に悩んでいる。このパラドックスを自然科学者は、生き物の特質である子孫を残すということを、人間が放棄し始めた現象と見る。経済学者は、豊かな社会で子どもを持つことはコストがかかりすぎるからだという。子孫の多寡を基準にすれば、子どもを持てない先進諸国が実は貧しく、たくさん持つ途上国は豊かということになる(川本敏編『論争・少子化日本』中央公論新社)。

 社会的な制度整備が日本では一時預かりも近所の保育所でようやく始まったところだが、まだまだである。もちろん、ベビーシッターなどの制度は普及していない。

 ホールに親子用ボックスがあるところも少ない。

 旅行する時も子ども料金が安くない。

 こうして、日本は制度として揃いつつあるが、本音は別のところにあって、なかなか育児休暇など取れない雰囲気になっている。それは罰則を設けてでも是正していかなければならないだろう。

 これでは母親がリフレッシュする時間が、場所がない。

 少子化が進んでいてこのままの低出生率が続くと3000年過ぎには日本の人口がゼロになると予測?されている。

 実は、少子化といっても結婚した夫婦が産む子供の数は高度成長期からあまり変わっていないといわれる。97年の統計でも2.2人だ。つまり、「パラサイト・シングル」と呼ばれる人々が結婚しないでいるから、少子化が極端に進んでいると思われるのである。

 鈴木りえこ『超少子化―危機に立つ日本社会』(集英社新書2000)は詳細に少子化社会を分析しているが、女性たちが、結婚すると家事や育児に縛られて仕事との両立が難しくなり、自己実現ができなくなると考えているという。男性たちも結婚すると経済的に負担を強いられるのが嫌だという。

 しかし、お金を貯めて、楽しいことをして、その後に何が残るというのだろう。

 終身雇用制が揺らいでいる現代日本で、職場のつきあいなんて、その場限りだ。永遠に続くものではない。

 知らない人ばかりの浦島太郎のような気分で老後を迎えるつもりなのだろうか?

 社会が子育てを応援する態勢になっていなければならない。妊婦や子持ちの家族を尊重するようになっていなければならない。

 最近「PTCA」という言葉が聞かれる。従来の父母(P)、先生(T)で構成する会(A)に地域(Community)を加えてPTCAという。富山県でも、中学二年生の職場体験学習「14歳の挑戦」を企業が受け入れたり、地域住民が子どもたちに農作業を指導したり。PTCAの考え方は少しずつ芽吹きつつあるようだ。

 僕のところにも海外の女性たちからメールが来ることがあるが、海外の方がしがらみにとらわれずに楽だという人がいる。子どもに振り回されないで助かっているともいう。一方で情報が少なくて不安になることもあるようだ。

 3歳児神話というものがあって、3歳児までは母親が育てようという神話がある。根拠になったのがジョン・ボウルビィ他の『乳幼児の精神衛生』(岩崎書店1962=原著は1951年)である。母性的養育を奪われた子どもたちには例外なく身体的・知的・情緒的・社会的な発達の遅れがみられ、その影響は永続的で回復が困難であるというものである。

 これについては賛否両論がある。フェミニストは大反対だが、核家族の密室の中で母子だけが取り残されて、ノイローゼになる例もあるからである。ここではどちらが正しいか判断しないが、少なくとも自分で子育てしようという母親を援助することが必要であると思う。

 少子化はしかし、デメリットだけではない。辻明子は「進む少子化」(『社会学的まなざし』新泉社)の中で、少子化の影響を次のようにまとめている。

メリット デメリット その他
家庭 子育て期間の相対的縮小
親子関係の親密化
男女の固定的な性別役割分担の変化
子ども関係の希薄化 家庭の子育て・介護機能の変容
地域社会 地域の重要性の高まり
各種施設の総合化の促進
過疎化
教育 競争の緩和によるゆとりの発生
個性の重視、教育内容の多様化
生涯教育の促進
競争緩和による学力低下
産業 子ども一人あたりの消費単価の増加
市場全体の高齢者への配慮の進展
シルバービジネスの成長
省力化関連産業等の成長
女性向市場の拡大
子ども関連需要の量的減少
国内市場の拡大の鈍化
就業 若年層の失業率の低下
労働時間の短縮
労働力人口の減少
女性の職場進出の促進
コスト上昇圧力の増大
年功序列制度の受容
経済社会の活力への影響 一人あたりのストックの利用水準の上昇(一時的) 経済成長の鈍化
貯蓄率の減少
若・中年層の社会的負担の増大
技術革新低下の恐れ
環境・資源エネルギーの制約

 ドイツは3年間の育児休暇の制度を設けて出生率が高まることを期待している。

 フランスは妊娠5カ月から1歳まで乳幼児手当が支給され、2人目からは家族手当が出る。「多家族IDカード」というのも出されていて、様々なところの入場料が4人家族だと40%、5人家族だと50%割り引かれる。授業料も高校生までは無料で、日本と違って、教育費が多くかからないという。育児費に家計の20%以上かかるとされるが、あそうした手厚い保護のおかげで「子どもを産まないと損をする」という風潮が生まれ、また、女性たちの意識の変化によって、少子化に歯止めがかっている。

 日本では豊島区が「ファミリーサポート制度」といってシニアの人が登録して置いて、子育てをしてほしい母親をサポートしている。この制度は高齢化対策としても大変有効なので、急速に普及しつつある。

 もっとシングルマザーを応援するような政策が出ないといけないだろう。英語でSMC(Single Mother by Choice)というが、いろいろな男性とつきあっているうちに妊娠してしまい、父親が特定できない人をいう。その女性たちが苦しまないですむ施策が必要だ。

「海外出産・育児コンサルタント」のノーラ・コーリさんは色々な国の子育て事情を調べた結果、「子育てを楽しい」と思える条件は次の通りだという(朝日新聞2000年10月6日朝刊)。

 コーリさんはT―GALというグループの一員であるが、このグループのオランダとフランスの視察状況は次の通りである。

【オランダ】

合計特殊出生率は1975年から1.5〜1.6程度。96年で1.53。

育児休業制度は3カ月程度で、その間は無給。女性の40%、男性の10%が取得する。男性の取得割合が高い。98年には既存の育休制度とは別に、育児、教育、介護のための休業制度が採用されたほか、政府・労使一体でパートタイム労働(賃金、休暇などがフルタイムと同等扱いになる)を進めているのが特徴。保育費用に対する控除制度があるほか、子どもの年齢に応じた児童手当が支給されている。

【フランス】

出生率はゆるやかに回復しており、98年(暫定値)で1.75。

育休制度は最長3年。休業中は原則無給。取得者の95%以上が女性。きめ細かい児童手当制度があり、共働き世帯の育児経費の控除もある。主婦も利用できる公的な一時預かり保育も充実している。

 2006年、内閣府は日本、韓国、米国、フランス、スウェーデンの5か国で実施した出産や育児などに関する意識調査の結果を公表した。

 「子供を産み育てやすい国かどうか」の質問で、「とてもそう思う」「どちらかと言えばそう思う」と答えた人は、日本は計48%にとどまったのに対し、少子化対策先進国で知られるスウェーデンは98%、米国も78%に達した。

 スウェーデンでは、育児は夫婦の共同作業との受け止めが多いのに対し、日本は「妻が担う」と考える人が多く、夫婦の役割に関する意識の違いも浮き彫りとなった。

 「子供を産みやすいか」に関しては、日本は「とてもそう思う」が9%、「どちらかと言えばそう思う」が39%だった。韓国は、両方の回答の合計が計19%にとどまり、最低だった。フランスは合計が68%。欲しい子供の数より実際の子供が少ない人に「今より子どもを増やしたい」との回答はスウェーデン、米国で80%を上回ったが、日本は42.6%。日本の子育て世代が育児環境に不満を持ち、第2子以上の出産をためらっている実態が浮き彫りになった。

 増やしたくない理由(複数回答)については、「お金がかかる」を挙げた人は韓国68%、日本56%と高かった。一方、スウェーデンと仏は「高年齢」「健康上の理由」が上位を占めた。

 育児における役割分担では、日韓と、それ以外の3か国で違いが目立った。日韓は「もっぱら妻が行う」と「主に妻が行う」を合わせると7割近くに達した。スウェーデンは「妻も夫も同じように」が9割強で、米仏も同じ考えが半数を超えた。

 「3歳までは保育所を利用せず、母親が世話すべきだ」という意見をどう思うか聞いたところ、日本は7割近く、韓国も8割以上が賛成したが、スウェーデンは反対が7割近くだった。

 子どもたちを「一人前」に育てることが親の責務だが、『日本大百科事典』の竹田旦の記述によれば、かつて「一人前」というのは定義されていたという。「社会の宝」として労働力の中に組み込まれていたことが分かる。

 村落社会では古来共同労働を組むうえで一定以上の労働力が要請され、一人前の標準作業量をはっきりと設ける場合が多かった。その標準量を一人役(いちにんやく)、一手役(いつてやく)、ワッパカ仕事などとよび、農作業をはじめ各種作業についていちいち男女別に1日どれだけと決めた所も珍しくない。たとえば、男は田打ちならば一反(10アール)、物を背負う力では四斗俵一俵(約60キロ)、女は男の半人前から7、8分で、田植ならば七畝(せ)(7アール)、機(はた)織りでは一反(鯨尺で約8.5メートル)といったぐあいであった。農家の奉公人や職人の徒弟などにはその作業量がとくに厳しく求められた。

 また一人前を年齢で定める場合があり、男は数え年15歳、女は13歳とする例が多かった。これは、若者組、娘組の年齢集団に加入し、あわせて元服(げんぷく)祝、鉄漿(かね)付け祝など成年式をあげるころでもあった。一人前になれば、村落社会の一員として祭礼や村寄合、村仕事に正式に参加することが許され、また結婚の資格が与えられた。

 星新一のショート・ショートに「最後の地球人」というのがある。人間がだんだんと子どもを産めなくなってきて(実際、男性の染色体がどうたらこうたらという予測もあるそうだ)、最後の最後に、薄暗い保育器の中でたったひとり誕生した子どもが声を発する。

      「光あれ」

 最後の地球人が神となって、また人類が始まればいいのだが…。


☆「男子一生の仕事」

 子育てが「男子一生の仕事」かどうかというと言下に否定する人が多いだろう。自分自身がそれ自体、立派な作品になっている人はいいだろうが、そうでない人はもっと子育てにコミットすべきであろう。

 といえるのは二流の人間だという甘えかもしれないが、一流の人でもある程度似たようなことが言えるだろう。子育てが学問の邪魔になるような学問はない。子育てか仕事かという選択肢はない。一部の芸術家は別だが…。

 渡部昇一は結婚についてこんな風に書いている(『続・知的生活の方法』1979)。

 学問に志した人の多くは、一生をふり返るとき、結婚のために、青年のころ志したことのうち、何一つ思うようなことができなかったことに暗然とするであろう。……

 実のことをいえば、私が感心して愛読している学問的な本の著者たちの大部分は、住宅ローンの心配をしたことのなかった人たちであるのに、今さらながら驚いているしだいである。若い世代でも、「よい仕事をする人だ」と思って聞いてみると、子供がいない人だったり、財政的にインデペンデント【私注:どうして日本語を使わないのだろう】な人だったりして、「なるほどそれでわかった」とうなづくことが多い。

 僕は滅多に人を軽蔑しないことにしているのだが、こんな人間が思想家ぶっているのは許せない。彼はかつて優秀な遺伝子を残さなければならないと言った。彼自身は娘二人と息子一人がいる。奥さん任せだったことは容易に想像できるし、何よりもこんな本を出して、自分は知的生活を楽しんでいるのである。『これさえ読めば金儲けできる』という本を出しているようなものである。「こんな風な本を出せばいい」と書けばいいのだ。

 当たり前だが、天才と思われる人の多くが苦労しながら子育てをしている。それで、研究のレベルが下がるような研究なら最初から大したことはなかったのだ。

 言語学者の名誉のために書いておけば、渡部昇一は英語学者であって、断じて言語学者ではない。ドイツの英文法理論を日本に紹介した人である。

 言語学も英語学も社会でしっかり働いている人たちに支えられている職業で、いわば泡(あぶく)のようなものである。何も創り出さないし、社会のために特に役立つとは思えない、なければないで済むような商売である。それを忘れて、自分だけが「知的生活」を標榜するのは感謝というものを知らない罰当たりというものである。

 子育ては気苦労が多い。だけど、苦労するから楽しめるということの方がいい。

 哲学者のタレスは結婚しなかった。ある日、タレスのところに同じ七賢人とされたアテネのソロンが旅の途中に訪ねてきた。どうして結婚しないのか尋ねても答えがなかったという。数日後、ソロンがタレスのところへ言ったら、アテネからの客人がいた。「アテネに変わったことはありませんでしたか?」と聞いたら、「ある偉い人の息子が亡くなって、旅行中の父親は出席できませんでした」という。「もしかして、その父親の名前はソロン?」と聞いたら「ああ、たしかそんな名前だった」というのでソロンは自分の息子が亡くなったと思い込んで嘆き悲しんだ。するとタレスが「今のは冗談ですよ。これで私が妻子を持たない理由が分かったでしょ。肉親の愛情が何よりも自分を弱くするものだからなんです」と笑いながら言ったという。

 どうだろう。僕はそうは思わない。自分が弱くなっても構わない。

 三田誠広は『星の王子さまの恋愛論』(日本経済新聞社)の中で次のように書いている。

 日本の作家の場合、家庭をかえりみずに放蕩をして、大酒を飲み、ひどい貧乏になる、というタイプの人も多く、その悲惨な家庭の様子を描いた「私小説」という伝統もあるくらいなのですが、わたしはそんな文学を書くよりも、家庭を大切にすべきだと考えました。

 作家である前に、一人の人間として、夫として、また父親として、果たすべき責任があると考えたという。作家になりたい夢と生活との狭間で、勤めを辞めて精神的に疲れていたのだが、ある日、長男を散歩に連れて出かける。
 
 わたしはすでに大人になっていましたから、道端の花を見ても、驚くことはありません。それどころか、精神的にひどく疲れた状態になっていて、何を見ても感動することはないし、何かをやりたいという気持ちもなくなっていました。

 でも、花を見つけると子供が喜ぶので、自分でも道端に花が咲いていないか探すようになりました。蝶々が飛んでいそうな空き地や公園を目指して歩いていくようになりました。そのうち、根雪が融けるように、少しずつ、かたくなになっていたわたしの心が、ゆるんでいく気がしました。

 恩師の千野栄一先生【和光大学元学長】の恩師で古代スラブ語学のドスタール(Antonin Dostal)先生はいつも「よい研究者である前に、よい人でなければならない」と話していたという。もしかしたら、「よい研究者である前に、よい親でなければならない」のかもしれない。ドスタル教授は、ワルシャワ条約機構軍の侵入により、米国へ亡命した。ながらく社会主義国では抹殺されていたが、ソ連崩壊で復権した。

 千野先生は60歳近くで生まれたわが子を本当に可愛がっておられるそうだ。

 プロ野球の外国人選手が家族の問題で突然帰国することはよく知られているが、2004年5月1日(日本時間2日)のヤンキースの試合でジョー・トーリ監督(63)が娘の宗教儀式で欠席したため、ウィリー・ランドルフ・ベンチコーチ(49)がこの日の指揮を執ったことがあった。聖餐式(Holy Communion)だったというが、日本で監督であれ、選手であれ、娘のために休むなどということは考えられない。同じ年、米大リーグ今季開幕戦にやって来たトーリ監督はこう言った。「日本滞在中、気がかりなのは、娘の気に入るおみやげを見つけられるかどうかだ」…。

 イギリスのブレア首相も家族の問題で2004年に引退しようかとも考えたという。

 日本でもこうしたことが当たり前にならなければならない。特に日本人はダイダビリティというか、他人の仕事もこなせる能力をもった人が多いのだから、問題はないはずだ。問題となるのはむしろ、こんな大事な時に休んで!というやっかみなのだ。

お前たちは遠慮なく私を踏臺(ふみだい)にして、高い遠い所に私を乗越えて進まなければ間違つてゐるのだ。

 有島武郎『小さき者へ』の冒頭の一節で病死した最愛の妻の遺児に向かって、父親が胸中をこう書き残す。

 僕らは自分たちが生きている世界の所有者ではなく、子どもたちに継承するための後見人でしかない。それなのに、子どもたちの世代のクレジットカードを使ってしまっているのではないだろうか?

 引用ばかりだが、『フィールド・オブ・ドリームズ』の中で次のようなセリフがある。「人生でバカをやらなかった父のようには生きたくない。何かをやるには今が最後のチャンスだ」。そう語りながら畑に野球場を作りたいと言い出す夫に妻のアニーが次のように答える場面が印象的で「If you really feel you should do this, then you should do it.(やるべきだと思うときにはやるべきなのよ)」というのだ。

 ぼく自身、バカなことをしたかしなかったか分からないが、僕も子どもたちには自分を超えていってほしいと思う。

 万葉研究で知られる江戸後期の国学者・鹿持雅澄(かもち・まさずみ)は長男が生まれた時に歌を詠んでいる。

 「父に似て餓鬼とな成りそ大寺(おほでら)の金剛力士の姿とをなれ」。

 つまり、わしのようなやせっぽちではなく、仁王さまの堂々たる姿におなり、というのだ(佐佐木信綱『男うた女うた―男性歌人篇』中公新書)。子どもには自分のような悲惨な人生は送らせたくない。

 フランスで人は三つのことに貢献しなければならないと言われる。

 家庭と仕事と地域である。

 日本人の働きぶりを見て、仕事だけなのに驚く。家庭と地域に貢献しなくていいのは軍人と囚人だけだという。

 ごく最近は違ってきたかもしれないが、まだまだ仕事優先の気風が残っている。

 内田樹は次のようにホームページで書いていた。

私たちは個人である前に家族の一員であり、大小さまざまな規模の共生体の一員である。
「個人である前に家族の一員である」というようなことを書くと、「家父長制的イデオロギーだ」というようなこと言い出す人がいるだろうけれど、こんなことは誰が考えても自明のことである。
家族の一員である「前に」個人であるような人間はこの世に存在しない。
私は「私はウチダタツルです」という名乗りをするより先に母子癒着状態の中でちゅうちゅう母乳を吸う口唇の快感に焦点化した存在として出発した。
そもそも「自我」という概念が獲得されるのは鏡像段階以降なのであるから、それ以前の私には「私」という概念が存在するはずがないのである。
起源に自我があるわけではない。まずアモルファスな共生体があり、自我はその共生体内部で果たしている分化的機能(家族内部的地位、性別、年齢、能力、見識などなど)、に応じて、共生体内部の特異点として記号的に析出されてゆくのである。
「個人情報の保護」という発想の根本には、「まず」個人が存在し、それが周囲の共生体と主体的に関係を「取り結んでゆく」という時系列が無反省的に措定されている。
だが、これは事実ではない。
イデオロギーである。

 フランスの女性哲学者エリザベート・バダンテール『XY 男とは何か』(筑摩書房1997)はボーヴォワールのパロディ「男は男に生まれるのではなく、男になるのだ」から始まる。様々な民俗社会の成人儀礼の研究や、現代小説や歴史文献、諸学説などを例証して、男性性なるものが、いかに文化的産物に過ぎないかということを指摘し、現代が産み出した「鉄骨男」と「骨抜き男」という男性性の病態から回復する道を探る【蛇足ながらXYは男性の染色体】。

 バダンテールは現代の父親の困難を(超越的に振る舞って父の機能の拡大を図る)「鉄骨男」と(子を徹底的に受け入れようとする)「骨抜き男」の両極がともに拒否されていることだという。

 何度も強調するが、父親というものが最初から与えられているのではなく、努力して勝ち取らなければならないものなのだ。そして、そこにはモデルはない。新しい父性を創造しなければならないのだ。新しい父親のデッサンが必要なのである。

 具体的には「ママパパ」(小此木啓吾は「マザー・ファザー」という)と「指導者(メンター“mentor”)としてのパパ」という二つの父性が釣り合いのとれた状態になる必要があるという。

*(『オデュッセー』で)メントル:オデュッセウスの忠実な助言者で、その子テレマコスの世話と教育を任された。

 バダンテールに言われなくても、どんな父親になるか自分で考えなければならない。

 子どもに今は分からないかも知れないが、いつの日か、父親として尊敬されるようになりたいと思う。

 「父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色(こんじき)の獅子とうつれよ」……………佐佐木幸綱

 どの仕事にも光があり、影がある。父親もこんな悩みを持って生きていたんだなぁ、こんな仕事を残していたんだなぁと、いつの日か分かるような、仕事だけは残したい。


☆生活

 結婚すると生活レベルは確実に下がる。パラサイトシングルで生きてきて、結婚で急に生活が苦しくなるのは確かに大変だ。

 しかし、自分だけのためにどれだけお金を使えば気が済むのか?子どもがいなかったら、自分の感動を誰に伝えるのか?

 子どものためにお金を使うのもいいものだ。子どもの趣味に合わせて別の趣味が生まれてくることがある。もう一度、子どもになって遊ぶこともできる。

 子どもがブーメランで遊んでいたので、自分もやったら病み付きになったという人もいるし、子どもと一緒にラジコン飛行機で遊んでいる人もいる。もちろん、一緒に野球やサッカーをする親も多いだろう。

 そうしたことにお金を使う喜びというのは必ずあるはずだ。

 愛は与えられるものではなくて、与えるものだ、ということを忘れてはいけない。

 仮に子どもが立派に育っても、ゆめゆめ自分のお陰だと思ってはいけない。「親があっても子は育つ」と考えた方がいい。


☆男と育児

 1999年に安室奈美恵の夫・SAMが子どもを抱いたポスター「育児をしない男を、父とは呼ばない」というのが作成された。ちょっと脅し気味で好きではないが、男であろうと女であろうと育児をするのは当たり前だと思う。厚生省にいわれたくないが…。このポスターのせいか、結局、アムロはSAMに子どもを奪われてしまった。

 僕は特に育児休暇を取ったこともない。イギリスのブレア首相が育休を取るかどうか問題になったが、日本ではまだまだ難しいことらしい(詳しくは『「育休父さん」の成長日記』朝日新聞社2000年がある)。

 この中であるエンジニアは「一人で子どもの相手をするとどうしても家事の片手間になってしまう」とまるで母親のようなことを述懐している。

 ある電機メーカーの課長は「(泣声の聞き分けは)赤ん坊と四六時中一緒に過ごして、性格を知り、生活のリズムをつかみ、表情の変化を読むようにつとめていれば、分かるようになるのだ。……ここを手伝い気分で通過するか、自分の仕事として腰を据えてかかるかで、その後の展開は心理的に違うと思う。育児休職で私が得たのは『この子はおれが育てたんだ』という自負だった」とか「おっぱい臭くて、おしっこ臭くて、頼りない体をそっと抱きしめた時に、いわく言い難い感情がわきあがる」と書いているが、これこそ(母性本能ではなく)「母性愛」というものであろう。

 別のところでも説明しているが、日本の父親は江戸時代には子育てに参加していた。幕末に英国の初代駐日公使を務めたオールコックは日本事情を記した『大君の都』(岩波文庫)に書いているのだが、江戸の街頭や店内で子守をする父親たちの姿に驚いて「はだかのキューピッドが頑丈そうな父親の腕に抱かれている。これはごくありふれた光景である。父親は見るからになれた手つきでやさしく器用にあやしながら、あちこちを歩き回る」という。日本の町は「子供の楽園」だというのが当時日本を訪れた多くの外国人の感想だ。「いたるところで、半身または全身はだかの子供の群れが、つまらぬことでわいわい騒いでいるのに出くわす。それにほとんどの女は、すくなくともひとりの子供を胸に、そして往々にしてもうひとりの子供を背中につれている。まさしくここは子供の楽園だ」。

 総務庁統計局が5年ごとに実施している「就業構造基本調査」によれば、年間200日以上働き、週に60時間以上働いている35歳未満の若者は約190万人にのぼるという。週休2日制とすれば、働く若者のほぼ10人に1人が、毎日朝9時から夜10時まで働いている計算になる。

 こうした労働環境は国全体で考えなければ少子化は止まらないだろう。

 キャンペーンだけで男が子育てができるのではない。

 僕はごく普通のことをしていただけである。妻が忙しい時はずっと子守をしていたし、ミルクも作ったり、料理を作ったりしている。おむつも(頻繁ではないが)換えた。

 これは当然というか自然のことだと思うが、もし、他人と違うとすれば、それは子育てを考えたことだ。

 小学4年まで不登校で、一時は自殺まで考えたという滋賀県立大学長・日高敏隆は『ぼくにとっての学校』(講談社)で次のようにいう。子どもは好奇心が遺伝的に組み込まれている。だから学ぼうとする。教育者がやるべきことは、子どもが好奇心を抱くヒントを与えて、動き出す姿勢を待つということ。これは、そのまま親の仕事でもあると思う。小さな時に 子ども達は本当にいろいろなものに興味をもち、楽しそうに学んでいく。何故学校に入ったとたんに勉強が嫌いになり、辛くなるのか。それは「学ぶことは楽しい」ということを知らないからなんだよね。まぁ、私自身も子ども達に 学ぶことの楽しさを十分に教えてあげられなかったから、とても残念だけれど、新しく知ること・何かが出来るようになること・努力して何かを得ることの達成感の素晴らしさ・・・こうしたことを体験として知っていれば、興味をもったものに対してどんどん学び、スポーツなら練習に励んで、その結果楽しい人生がおくれるのだろうなぁと思う。

 子育ては、特に父親の子育ては方向性を与えることだろうと思う。ぼく自身は父親と年が離れていて、方向性を与えられた覚えがなくて、苦労したが、我が子が道に迷いそうになった時に相談に乗ってあげようと思う。

 天沼香は『父と子のフィールド・ノート』(東京堂出版)の中で「父力」または「父親力」というのを提案している。赤瀬川原平の「老人力」に合わせた造語なのだが、次のようだと考えている。

 人類学的に男が育児をする社会はあるだろうか?

 熱帯魚のマウスブリーダーのようにオスが子育てをしなければならないと考えられている社会はなさそうだ。“bottle feeding”といって哺乳びんで父親がミルクをやることは今では当たり前だが、そうではなくて、男がおしめを替えたり、食事をさせたりする社会は一般的なのである。

 原ひろ子の『子どもの文化人類学』(晶文社)によれば、原の調査したヘヤー・インディアンの社会は個人主義が徹底していて、男女の役割分担がごく限られていて、育児は男女双方にとって大事なことと考えられている。松澤員子の調査では台湾の山地農耕民パイワン族の社会でも、育児は男女共有の責任と考えられている。ここでは村落共同体の結束が強く、子どもは親よりも村の中で育てるといった方が適当だという。実は現代の沖縄の島々がそうであるし、江戸は長屋で子育てをする意識が強かった。

 最近は怪しく思われるようになったが、マーガレット・ミードの研究ではニューギニアのアラベシ族では、母親だけでなく、父親も赤ん坊を育てる役割を引き受ける。子どもが生まれた時、父親は仕事を休み、母親のそばに眠らなければならないとされている。

 アメリカの男は子育てに参加していた。『フィールド・オブ・ドリームス』で「キャッチボールは子供が父親とする最初の行為」という言葉が出てくるが、『トイストーリー2』では『スター・ウォーズ』のパロディの後、父子が和解してキャッチボールをする。

 2001年、オックスフォード大学の学生組織の招きで講演したマイケル・ジャクソンは「子供は現代社会の最大の犠牲者」と述べ、「無条件に愛され、守られる権利」「話すことに耳を傾けても らう権利」「寝る前にまくら元でお話してもらう権利」 などを「子供のための権利憲章」として提唱した。

 幼いころからポップスターとして活躍した自らの子供時代の話になると何度も涙ぐみ、「父は天才的なマネジ ャーだったけど、僕が欲しかったのはパパだった」と吐露。予想以上の熱弁にオックスフォードの学生たちは 「感情がこもったスピーチで胸を打たれた」と感心しきりだったという。

 子どもにとって必要なのは偉い父親ではなくて、フツーのパパなのかもしれない。

 男が子育てについて書くというのは小林信彦の『パパは神様じゃない』が最初だった。もっと前にルソーが『エミール』を書いているといっても子どもは捨て子に出している。小林は出産から育児にいたるまで、父親ができることは何もなくて、家の中にどこからか入り込んできた異星人を眺めるような視線で我が子を見るしかないと書いていた。

 野崎歓の『赤ちゃん教育』(ハワード・ホークスの映画の題名から/映画の赤ちゃんはヒョウだった)ではまだ子供がいないとき、同窓会に出席して「子供がいなくて文学がわかるのか」と、かつての同級生から投げつけられたという(僕も子供のいない歌手に童謡が歌えるのかと聞きたい気持ちに駆られる)。この子供がいなくて文学がわかるのかという無理難題には、おそらく答えはないが、子供と生活を共にすることによって、微妙だが確実に作者の文学を見る目は変化していく。詩人ステファヌ・マラルメが書簡の中で、子供が生まれてくることを知って仕事が邪魔されるのではないかとおびえるくだりや、育児に苦労しながらも親馬鹿ぶりを正直に吐露するところを読んで、作者は以前にはなかった共感を覚えるという。

 日本で子育てをした作家がいる。『リング』などで有名な鈴木光司で、「文壇最強の子育てパパ」を自認している。慶應を出てから敢えて就職せず(別の仕事にのめり込んでしまいそうだったから)、幼なじみと結婚して、奥さんが歴史の高校教師として働いているので、鈴木が育児をしたという。二人で10年間、子育てをしたという。布おむつの保育所だったので、さすがに大がたまったウンチを洗う時はストレスになったそうだ。また、子どもを連れて買い物をしていると、八百屋のおばさんに「あんた、人生、いいこともあるよ」と肩を叩かれたというが、リストラされ、女房に逃げられた男と誤解されていたという。完全に「ママパパ」を演じていたわけだが、育児をしていてよかったことは子どもたちからエネルギーをもらっておかげでステップアップできたことだそうだ。

 料理も作った訳だが、曜日ごとに作るものを決めていたし、栄養を考えつつ、手抜きを考えていたという。洗濯も色物を区別せず、奥さんの白いブラウスが気のせいか黄色くなっても気にしなかったという。健康に注意さえすれば十分だという。

 詳しくは『父性の誕生』(角川Oneテーマ21)に詳しいが、林道義のいう『復権』は認められないという。

 僕の考えは鈴木光司に全く別の観点から似ているのだが、案の定、鈴木光司と同様に林道義に批判されている。

 実際、「父性の復権」などという言葉で誤解する男もいたが、日本の父親は家庭に背を向けて、ただ威張っているだけというのが多かった。

 何よりも子どもにコミットすることが大切だ。コミットしないで、遠くから「俺は父親だ」と威張っている時代ではない。

 どうコミットするか、それを考えるのが育児なのである。

 育児と考えておむつを取ることとかミルクを与えることしか思い浮かばなかったら想像力が足りない。

 育児の中には料理や掃除も含まれるからだ。

 母親の忙しい時にいろいろ肩代わりしてあげることができる。

 そして、何よりの出番は母親が困った時だ。アランの『幸福論』(串田孫一他訳・白水社)に陰気な猟師と陽気な猟師の話が出てくる。ウサギをとらえそこねて、陰気な猟師は「こんなざまはおればかりだ」と不運を嘆くのに、陽気な猟師はウサギの計略に感心する。母親が陰気な漁師になった時、父親は明るくならなければならない。

 日本の母親が子育てが楽しくないと語っているのは、社会状況や家庭環境もあるが、父親が参加しないからでもある。

■構造変化に対応した社会保障制度の改革が必要ではないか
子育てが楽しくない日本

「あなたにとって、子供を持ち、育てるということはどのような意味を持っていますか。この中から主なものを3つまで選んで下さい。」という問いに対し、13の選択肢のうち「子供を育てるのは楽しい」と回答した母親の割合
総理府「児童の実態等に関する国際比較調査(1979)」、「青少年と家庭に対する国際比較調査(1981)」、総務庁「子供と家族に関する国際比較調査(1994)」をもとに作成。

資料:平成8年度版「国民生活白書」(経済企画庁編)より

 ルソーの言葉に「世界で一番有能な教師によってよりも、分別のある平凡な父親によってこそ、子どもは立派に教育される」というのがある。真実である。もっともルソーは子育てをしなかった。1741年にパリに到着した直後に教養の低い、ごく普通の洗濯係のメイドだったテレーズ・ルヴァスールと出会い、同棲をして5人の子どもが生まれ、その5人とも孤児院に遺棄した。それでも「わたしほど優しい父親はいなかっただろう」と語るほど人格が破綻した男だった。ある時、画家のドラクロワの友人がチュイルリー宮を歩いているルソーを見かけたという。ある子どもが蹴ったボールがうっかりルソーの足に当たると、激怒して、杖を振りかざして少年を追いかけたという。最低!

 河合隼雄によれば、家庭の「母親二人状態」という新たな問題をもたらしているという『父親の力 母親の力』(講談社+α新書)。若い父親のマイホーム志向は、バブル崩壊後から特に顕著となっているという。リストラによって職場での居場所を失い、家庭に居場所を求めざるを得なくなった。家庭で精神的な支柱となるわけでもなく、母親の下請けのような家事をするしかない。母親が外で働いていれば父親のような役目もこなせるから、いよいよ本来の父親の出番がなくなってくる。子どもにとっても、息苦しい存在として映ることになる。

 河合は、封建時代の家長のような地位にすがるのではなく、人間そのものとして居場所を確立することが必要と唱える。新しい父親像はそれぞれが自分で探し出さなければならない。

 それでも男は育児をしないでいるのがいい、と考える人がいるかもしれない。「男らしくない」なんていう人もいるかもしれない。

 でも、21世紀には育児をしない男は“育児なし”と呼ばれるようになる。

 おかげでルソーのような立派な人間にならなかった。

 息子は中学生になってから僕のことが少し分かりかけてきたのか、「お父さんすごい、尊敬する」というようになった。しかし、尊敬する人はもっと遠いところで、もっともっと高みにいる人を見つけてほしいと思う。

 “The child is father of the man.”《William Wordsworthの言葉で子どもは大人の父である=親から受け継いだ性質は変わらない》 という言葉がある。こんな高邁な話を持ち出さなくても、日本には「明烏」という有名な落語がある。女なんて汚らわしいという堅物の若旦那・時次郎が、町内のワルにだまされて吉原に連れて行かれ、初めて女を知り、人格をころっと変えてしまう。ワルの二人は、時次郎の父親である大旦那のことを噂していう。

「(子どもが)堅けりゃ堅いで苦労するし、柔らかいっちゃあ心配するし。親なんてつまらないものだなあ。あたしはつくづく考えちゃった。あたしは生涯、倅で暮らそうと思う。親、よしちゃって、子どもができたら、子どもを親にしちまおうと思う」


 ☆本物

 子育てをする時にはなるべく本物を見せようと思った。オランダ村へ行くよりはオランダへ行った方がいいと考えた。ディズニーランドは偽物だらけだけれど、たくさんの映画を見せてから行った。『南部の唄』を知らないでスプラッシュ・マウンテンで遊ぶことはできないはずなのだが、多くの人は知らない。歌舞伎も歌舞伎座へ何度も行った。一幕見の天井桟敷で見せた。

 谷崎潤一郎の『幼少時代』(岩波文庫)には谷崎が育って日本橋蠣殻町界隈の光景が、その並外れた記憶とともに描かれている。歌舞伎では、九代目団十郎、五代目菊五郎、初代左団次らの明治歌舞伎の黄金期を見ている。

 演劇に限らず、音楽でも絵画でも、出来れば少年の時になるべく第一級品の芸術を見せてもらっておくことである。親たちもまた子供に高級なものを見せて分るものかと、勿体ないとかいう風に考えず、同じ見せるなら努めて優れたものを見せることである。いったい大人が見て分かるほどのものなら、大概子供にも分るはずなので、分らないと思うのが間違である。またたとい少年の理解を超えているようなものでも、それが一流のものであれば、何かの形で心の奥に跡をとどめ、他日必ずその感銘が蘇生(よみがえ)って来ないはずはない。

 と思って育ててきた。

 ただ、あんまり押しつけると、嫌いになることもあるので注意する必要がある。何しろ、うちの子どもは潤一郎ではない。いやはや。


☆学校とのつき合い方

 PTAの役員となって、地域の人とつきあうようになった。晩婚だったせいで、ほとんどの人が僕よりも年下の役員だった。

 娘のクラスが学級崩壊した。3年の時はまったく知らされなかった。話の端々にそのようなことを聞いていたのだが、3年の先生が3月で退職して、新しい担任が学級崩壊ですといって、初めて事態の大きさを知った。情報を公開しない校長に一言言いたいのだけれど、いえない。

 中学校に入ってから、役員になりたい人がいっぱいでならなくてすむようになった。

 学校に文句をいいたい部分もあるのだが、中学では内申書があるので、口を出せなくなった。僕のような教師がそう思うのだから、会社勤めの人はもっとそう思うだろう。

 学校とのつき合いはむずかしいものだ。


☆親孝行

 まあ、僕らみたいな親でも「父ちゃんありがとう」と言われることがある。その時は「感謝していたら同じことを子どもにしてあげてね」という。親孝行は要らない。

 「孟宗竹(もうそうちく)」の語源を知っているだろうか。その昔、中国の呉の孟宗が病母の欲しがる筍を雪の日に探し回った。その孝に動かされた天の助けか雪中から筍が生えてくる。これが「孟宗竹」となった。中国の親孝行訓話を集めた『二十四孝』に出てくる。同じく晋の王祥は魚を求める母のために凍った川の上に裸で伏し、氷をとかして魚を取った。ほかにも親を蚊から守るために自分が刺されるように裸で寝る男や、自分が老いるのを両親が悲しまぬよう70になっても子供の格好でいた人物の話もある。

 この孝子たちは江戸時代の日本人には落語のネタにされた。井原西鶴は雪中に筍が欲しければ八百屋で、鯉なら魚屋で手に入ると書いた。

 ま、僕らは何とか生きていきますから。


☆離婚

「結婚してる」
「ん……、半分は当たってるわね。先月離婚したのよ。離婚した女の人とこれまでに話したことある?」
「いいえ。でも神経痛の牛には会ったことがある」
     -----村上春樹『風の歌を聴け』

 二子山親方は若貴兄弟を横綱にしたために「子育てを藤島部屋へ聞きに行き」という川柳があった。しかし、その後離婚し、子どもたちもまた、ドロドロの人生を送っている。

 家族の2割が離婚しているという。下の娘のクラスは既に3分の1が離婚家庭である。大学の同窓の中にもたくさん離婚した家族がいる。

ほぐす 吉野弘

小包みの紐の緒ぴ目をほぐしながら
思ってみる
−結ぷときより、ほぐすとき
すこしの幸抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連らねる熱い結び目も
冷めてからあと、ほぐさねぱならないとき
多くのつらい時を費すように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気付かぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなをあとで
断つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び日
−その碓かな証拠を見つけでもしたように

小包みの紐の結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
眩きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして

 離婚の最大の原因は性格の不一致ではなくて、結婚したことである。だからといって結婚に臆病になることはない。

 それに、離婚が悪いとはいわない。再婚して、実に幸せにしている人も多い。幸福な離婚もあれば、不幸な結婚もある。子どもにとって不幸だ、という人も多いが、子どもには毎日ケンカされる方が辛いことだってある。伊丹十三は離婚した後、「ああ、自分は今までこんなにも重いものを背負ってきたんだ」と実感したというが、知らず知らずのうちに重荷になっているかもしれない。

 父親も母親もいるに越したことはないだろうが、本当に必要なのは精神的な親だろう。家庭も同じで、家庭が必要なのではなくて、幸福な家庭が必要なのである。

 うちは無縁だと思っていても、どこでどうなるか先のことなんて神にも分からない。定年後に「濡れ落ち葉」は嫌だと離婚を言い渡されるかもしれない。

 でも、思う。結婚していなかったら、この子どもたちに出会うことはできなかったと。

 だから、今を懸命に生きなければならない。

 池内紀は『世の中にひとこと』(NTT出版)の「シングルの増加」で書いている。

 キリスト教社会ではアダムとイブが暮らしの単位であって、さっさと結婚する。おり合えないとわかれば別れ、ふたたび結婚、それで落ち着く人もいればくり返す人もいる。適齢期はいつでもいいとして、さしあたりひとりでいたくない。ふたりのほうが楽しいし、ふたり以上はもっと楽しめる。

 気のせいかわが国では若い恋人同士ですら、つまらなそうにしている。うかぬ顔の中年夫婦。二つの化石のようにグリーン車にすわっている老夫婦。シングル志向をやしなうサンプルがあふれている。

 離婚した家庭や父親または母親がいない家庭に対する「神話」というものがある。父性の不在でこうした事件が起きた、というのは話としては説明ができているようで面白いが、惑わされてはいけない。

 ここで思い出すのが「パスカルの賭」である。パスカルは神を信じるか信じないか、という議論の中で神を信じるといった。理由は神が存在しなくて信じていても損をすることはないが、神がいた場合には信じていた方がいいから、という理由である。神がいるように生きるのがすぐれた戦略だということで、一般には「信仰のリスクヘッジ」として知れているものである。

 初めてこの話を聞いた時にはなるほどと思ったが、論理的には間違っている。もし、神がいなくて、悪魔だけがいたら、神を信じることは損になるからである。

 同じようなことが欠落した家族への「神話」にも当てはまる。

 離婚した家庭や父親または母親がいない家庭だからこうなった、という統計は取ることができても、父親または母親がいるから子どもが被ったマイナス面はカウントされない。

 両親が不仲で非行に走る子どももいれば、立派な両親が重荷になって非行に走る子どももいる。アダルト・チルドレンといって、アル中の親がいることがトラウマになっている人もいる。

 経験科学である限り、親がいる場合といない場合を実験することはできない。統計で出てくるのはいつも、離婚した家庭や父親または母親がいない家庭のグラフである。

 バダンテールも(父親のいないことが)「統計的にみて、攻撃性をコントロールする力や学業成績、ジェンダー・アイデンティティなどの点で問題が多いことは事実だが」…「父親がいるかいないかということはなんらの決め手にもならない」としている。

 もしかしたら、「親業」をしなければならないというプレッシャーが一番危険かもしれない。

 映画の『反逆児』(大佛次郎原作)でいうように「親によってはいないほうがいい親もいる」のである。

 メーテルリンクの『青い鳥』では幸福たちの集う花園を訪れたチルチルとミチルに光の精が「気をつけて」と告げる。「不幸よりも危険な幸福もいますからね」というのだ。不幸より危険な幸福は大勢いて、どれも皆よく肥えている。それぞれに名前があって、「渇かないのに飲む幸福」「ひもじくないのに食べる幸福」…等々と続き、そして、「何もしない幸福」がいる。

 若桑みどりも離婚経験者だが、次のように書いている。

 不幸な結婚があるように、幸福な離婚もちゃんと存在する。むしろ世の中には、不本意な毛紺野ために苦しむ人はとても多い。息子の学校の担任の先生が、あるとき息子に尋ねた。「君、お父さんには会っているの?」「ええ、もちろん、両親は他人ですが、僕らは親子ですから」。すると先生はホッと息をついてこう言ったそうだ。「世が世なら、私もそうしたいところだ」。

 若桑は離婚で守るべきことを書いている。「一つは、なぜ自分たちが別れなければならないのかを、よく子供に分かってもらうこと」で、もう一つは「別れても、相手の親に会わせることである。だれ一人子供から親を奪う権利などない。親と子は合わせものではないのだから」という。

"I'm not living with you! We occupy the same cage, that's all."
「私たち一緒に住んでなんかいないわ!一つの檻に同居してるだけよ。」
マギー(エリザベス・テイラー)『熱いトタン屋根の猫』(1958)

 赤川次郎は『本は楽しい』(岩波書店)で父親のことを振り返っている。

 こうした父親像が作品にあらわれているかどうかわかりませんが、小さいころに思ったのは、世の中にはこういう人間もいるんだということでした。もちろん否定的に考えていました。母親が苦労しているのを見ていますし、いまでも基本的には否定的に見ています。ただ父親のほうからみると、息子が作家になったというのがすごくうれしいらしい。気質的には多少僕は父に似ているのかもしれません。高校生ぐらいのころは、自分があの父親の息子かと思うとすごくこわかった。だからたばこも吸わない、酒も飲まないできました。お酒を飲みだしたらああいうふうになってしまうんではないかというのがこわくて手が出せなかったんですね。もちろん大人になってからは、たとえばにんげんというのはほかに好きな人ができることもある、というようなことは理解できるようになりましたけれど、ただああいうふうに家族に対する責任をまったく果たさない人がこの世にいるということは理解できませんでした。【…】

 僕の作品でも、大人が頼りなくて子どもに励まされるというパターンが多いのですが、どんな親も、弱い人間なんだという発想がもともとあるんですね。それでも、ふつうは父親がどかっとしっかりしていて、家を支えているというイメージがあるけど、うちにはそれがなかったわけです。大黒柱のいないうちだから、いつこわれてもおかしくない。それだけに、こわれないようにするのはどんなにたいへんか、ということはわかります。これが、父親が事故で死んだとかいうことだとまた違うと思うんですけど、ああいう形で家にいなかったということで、家庭に対する考え方も、親はいさえすればいいというふうには思わなくなります。

 離婚と男の関係を考える映画はダスティン・ホフマン(今、ATOKで“保父マン”と変換された)『クレーマー、クレーマー』が最初だが、この続きともいうべきものが『ミセス・ダウト』である。

 この映画のロビン・ウィリアムズは自分の信念を通して職を失う。家庭でも子どもを遊ばせるのは得意だが、家事は手伝わずに妻と離婚してしまう。

 しかし、子どもたちが忘れられず、「ダウトファイア」(アポイントを取る時に目の前にあった新聞の見出しに“Police doubt [if] fire was accidental.”【警察は放火ではないかと疑っている】とあったためにつけた)という名前で家政婦に入ることにする。子どもたちにパパだということを知られるようになる。クライマックスは同じ時刻、同じ場所でママの誕生パーティと仕事の話をしなければならない羽目になる。最後は……。

 喜劇なのだが、一つは「家族」というもののあり方を問うている。もう一つ、伝統的な性別役割分業論の見直しと男の育児というもののあり方を考えさせる。

 離婚してからはじめてロビン・ウィリアムズは料理や掃除を身に付けるが、これはまさに男性が女性に押しつけてきたものだ。そうしたシャドー・ワークへの配慮が生まれてはじめて男性は女性と対等に生きることができるということを示した。

 離婚にはそれぞれの原因があるだろうから、責めてはいけないと思うし、子どもには何の責任もない。社会で立派に育ててあげなければならない。離婚をも前提とした社会作りを進めなければならない。

 アン・ファインの『フラワー・ベイビー』(評論社)で離婚して父親のことは話したくないという母親にサイモンがいう。「だけどさまだぼくのほうは、本当は父さんと終わりになってないんだよ」。そう、子どもはまだ終わっていないことに注意を向けるべきでもある。

 2001年の統計で母子家庭が5年間で2割以上増えていることが、厚生労働省の調べで分かった。離婚や、未婚で出産するケースが増えていることが影響したようである。

 母子家庭の平均収入は父子家庭の半額程度にとどまり、経済的な厳しさがうかがえる一方、父親からの養育費を受けたことがない家庭が6割を占めるなど、課題の残る現状が浮き彫りになった。

 これはほぼ5年ごとに行っている「全国母子世帯等調査」で、1998年11月に行った。サンプルに選んだ地区で、住民基本台帳をもとに母子世帯や父子世帯を拾い出し調査票を配布。仕事や住宅といった生活状況などを尋ね、全国ベースの数を推計したもの。

 その結果、母子家庭は約95万5000世帯あり、93年の前回調査より21%増えた。母子家庭になった理由は夫の死亡が約2割で残りは離婚や未婚での出産など。

 離婚は前回調査時の約50万世帯から約65万世帯へと29%増え、未婚の出産も85%増えていた。

 母親の職業はパート勤務が4割で、世帯の平均年収は約230万円。全国に約16万3000世帯と推計される父子世帯の場合、正社員が8割で年収も約420万円。

 母子家庭の経済基盤の弱さが際だっている。一方、離婚による母子家庭で父親から養育費を受け取ったことがないと答えたのは60%(前回68%)。受けている世帯の月額平均は約5万3000円だった。

 ただ、離婚で悲しいのは負の循環をすることもあるからである。ルロイ修道士に作者の分身が聞く。

「いっとう悲しいときは……?」

「天使園で育った子が世の中に出て結婚しますね。子供が生まれます。ところがそのうちに、夫婦の間がうまくいかなくなる。別居します。離婚します。やがて子供が重荷になる。そこで、天使園で育った子が、自分の子を、またもや天使園へ預けるために長い坂をとぼとぼ上ってやって来る。それを見るときがいっとう悲しいですね。なにも、父子二代で天使園に入ることはないんです。」

    ------井上ひさし『ナイン』

 友だちの結婚式で、教え子と再婚したばかりの恩師がスピーチをした。「私は最近、結婚しまして、みんなから新婚だと騒がれるのですが、何度してもおんなじですね。変わりません。ですから、このことを肝に念じて…」と話し始めた。

「賞罰にバツイチと書く律義者」---サラリーマン川柳


☆「親馬鹿」

 僕は子煩悩だと思われているらしいが、「自分の子どもを普通以上に大層かわいがること」(『岩波国語辞典』第五版)という意味では決して子煩悩ではない。

 日記を書いて公開していると親馬鹿だと思われる。でも、それは間違っている。「子どもかわいさのあまり、親がおろかなことをしたり、はたからおろかに見えたりすること。そういう親」(『岩波国語』)という意味で僕は親馬鹿ではない。

 しかし、親馬鹿な親が子どもを誉めなければ誰が誉めるのだろう?親が信じなければ誰が信じるのだろう?

 実は「親馬鹿」ってとてもいい言葉だ。馬鹿親は困るけれど…。

 教師は職業柄、自分の子どもを客観的に見過ぎるともいわれるから注意しなければならない。

 デーヴィッド・B・コーエンという心理学者に『子育ては、ほんとうのわが子をまず認めてから』(原書房)という本がある。原題は“STRANGER in the NEST----Do Parents Really Shape Their Child's Personality, Intelligence, or Character?”である。内容は生まれ(遺伝)の影響は驚くほど大きく、育ち(しつけや親)の影響は驚くほど小さい」というものである。

 コーエンの子育ての心得は次の通りである(当たり前を押さえておきたい)。

  

  1. 子供を愛し、かつ尊重する
  2. 子供がその能力を十分に発揮し、洗練された人間になる手助けをする
  3. 子供の心は一人ひとり違う
  4. 子供の発達は、たとえ親でも予測がつかない
  5. 子供の発達をコントロールする親の力には限界がある
  6. 子供の行動の責任はすべて親にあるわけではない
  7. 人はなりたい自分になれる。だから子供も親が望む人間になることができる------これは危険な神話、錯覚である

 少年犯罪が多いとどうしても親のしつけが問題にされ、そうした状況が親の子育てに対する態度が自信のないものになり、目の前の子どもを認めようとしない傾向を警告した本である。ジュディス・リッチ・ハリスの『子育ての大誤解』(早川書房)も同様に大誤解を解いてくれる。

 社会学的解釈というのはいつも倒錯したものになりがちである。例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチは母親の愛を知らなかったから同性愛になった、という説明がなされることがあるが、母親が不在の子どもがみんな同性愛になる訳ではない。

 同じように犯罪が起きると、様々な原因が取りざたされるが、一つひとつが関連しているとしても、そうした状況から必ず犯罪者が生まれるということはない。

 だからといって、しつけが不要だとか、親に全く責任がないということにはならない。だが、むしろ、そうした脅しによって自信を失っている親の何と多いことか!

 書店の本棚を見れば『子育てほど難しいものはない』『3歳では遅すぎる』『お腹の赤ちゃんがあなたを見ている』という本が並んでいる。センセーショナルなタイトルを付けないと売れないからであるが、脅迫産業に乗せられてはいけない。

 子育てはわが子を認めて抱きしめることから始めなければならない。

 子育てを愉快なものにしなければならない。

 教育パパ、教育ママについて、なだいなだが『親子って何だろう』(ちくま文庫)で次のように書いている。

教育パパであること、教育ママであること、それは少しも恥じることではない。むしろ、そうでないことを恥じるべきなのだ。しかし、そうなるためには、親自身が、自分の子供の教育者にならなければならない。そして、人間像の理想を持つ必要がある。自分自身が志を持つことだ。そして、その志を子供に伝わることが、重要なのだ。子供は、その志に、もっとも大きな影響を受けるのである。【…】

 自己の人生での挫折のにがみを、子供に遺産として押しつけ、そして自分の達せられなかった夢を子供に実現させようとするのが、現在の日本の教育ママや教育パパたちだが、【…】自分の挫折は自分限りのものとして、子供の重荷とせず、子供の才能を見つけ、その才能をのばすために、自分の力をかすだけで満足するのが、教育パパ、教育ママではないかと思う。

「親馬鹿」はいいが、ただの馬鹿になってはいけない。


☆教育

 知人の中には教育に自信がもてないからと長い間子どもを産まなかった人もいる。尊敬している人がもっと待ったらと言ったともいう。子どもが生まれて、名前もその尊敬する人につけてもらった。子どもに与えられる最初の、そして一生のプレゼントなのに…。

 子育てというか家庭というのが自分の責任で営むべきものなのに、一体何だろうと思う。

 彼の尊敬する人は早期教育で有名な七田真の信奉者であった。正直なところ僕自身も早期教育でわが子が賢くなることを夢見るが、それで失う子供らしさというものもあるだろうと、我に返る。

「こうすれば…」と書かれている本を読むと、絶対に自信に満ちている。しかし、子育ては恐らく科学ではない。実際、行動主義心理学者のワトソンは次のように豪語したが、刺激があって反応がある(S→R)というような単純なものではない。 

Give me a dozen healthy infants, well-formed, and my own specified world to bring them up in and I'll guarantee to take any one at random and train him to become any type of specialist I might select doctor, lawyer, artist, merchant-chief and, yes, even beggar-man and thief, regardless of his talents, penchants, tendencies, abilities, vocations, and race of his ancestors. I am going beyond my facts and I admit it, but so have the advocates of the contrary and they have been doing it for many thousands of years. [Behaviourism (1930), p. 82]  私に健康で五体満足な乳児を12人と、彼らを育てる為に私自身が詳細を決める世界とを与えてくれるならば、私はその内の任意の1人を取り出し、才能や好みや傾向や能力や天職や先祖の人種とは無関係に、私が選んだどんな専門家にでも―医者、弁護士、芸術家、商店主、それに乞食や泥棒にでさえも―育ててみせることを約束しよう。----『行動主義』1930年

 言葉も、子どもたちは大人が教えた言葉を繰り返すのではない。自分が見つけた規則で創造的に話していくものでS→Rで説明できるものではない。子育てもS→Rのように考えてはいけない。

 子どもに可塑性があるからといって、まるでプラモデルを作っているかのように考えてはならないだろう。成長するのは子ども自身である。ちょうど教師が立派な人間を育てたからといって、いつまでも教師呼ばわりされないのと同じである。学校や家庭以外で学んだことの方が世間を生きていく力となっていることが、自分を振り返っても多いのである。環境が悪くても立派になる人がいっぱいいるし、環境がよくても犯罪に走る人がいる。もちろん、一つの環境では語れない。

 ワトソンは悪名高い「アルバート坊やの実験」を行った(白ネズミを怖がらなかった赤ちゃんに触ろうとする度に大きな恐ろしい音を聞かせることによてt、白ネズミを見るなり怖がってしまう子どもになった)。しかもこの共同研究者だったロザリー・レイナーとの不倫、妻との離婚、性行為中の男女の脳波を測定するとしてレイナーと取り組んだことがスキャンダルとなって、1920年に42歳で大学を解雇されて実業界で活躍する。

 ちなみにワトソンには二人の子どもがいたが、きちんと育てられず、一人は精神病院に入り、もう一人は犯罪者になったという(高橋美保『スッキリわかる心理学』明日香出版社)。

 日本型の教育を「事実派」とすればアメリカ型の教育を「能力派」ということがある。アメリカの初等教育は能力開発ばかりを重視して詰め込むことが少なすぎた。

 日本でもその反省から総合教育とかゆとりの教育といって教える内容を圧縮しようと言う動きが始まっている。

 僕自身はどちらにも与(くみ)したくない。

 もうすぐ分かるであろうことがらに対する環境を整えてあげることが大切だと思っている。

 失敗もいっぱいある。『子どもチャレンジ』をずっと購入していたが、なかなか勉強してくれず、カリカリしたこともあった。でも、今は下の子が自由に使って勉強している。公文式でも宿題をしないわが子を心配したが、ちゃんと勉強についていっているようだ。【5年生になってから自信のあった漢字テストで不合格になり、いきなり『チャレンジ』を始める、と言い始めた!】

 エレン・ウィナー『才能を開花させる子供たち』(NHK出版)では才能ある子供を育てる家庭の6つの共通点があるという。

 ただし、特定の家庭の特徴が才能や業績を“つくり出す”ということを証明できるものは何もないという。傾向だと考えた方がいいし、何よりも日本でも成績の競争に巻き込まれる危険性が大きい。

 有能さと学歴は無関係だ。

 そして何よりも子どもが大成したからといって自分のおかげだとしない態度が大切である。進学校の先生と同じになってしまう。

 慌てて付け加えなくてはいけないが、日本が相変わらず学歴社会であることは変わらない。みんな似たような顔や考えをしていたら、学歴で差をつけなければ何でつけよう、という雰囲気がある。

 僕自身も親として子どもに「立派な」学歴をつけさせたいと思うようになるはずだ。学歴ではなく学校歴だと言いかえても、学歴はそれに見合った教育を連想させるから均質的な日本社会では必要悪である。

 ちょうど環境問題と同じで、総論賛成、各論反対みたいだという人がいるかもしれないが、学歴をつけない方がましだという状況が生まれない限り、親として当然のことである。

 やっぱり刺激的な教育がなされている大学に入れたい。

 都会のように私立小学校や中学校がある訳でもないし、塾もないからノンビリしていられるのかもしれないが、学歴のために小さい頃の生活を「犠牲」にしたいとは思わない。

 それよりは高校や大学に入る前に、ものの楽しみ方、考え方、調べ方、そして自分の個性に合った学校の選び方を教えていきたい。

 中坊公平が『金ではなく鉄として』(朝日新聞2000年7月31日)で成績が悪いと担任に言われた時、お父さん(小学教師当時に校長排斥運動をして辞職して弁護士になった)が言ったという。

------残念ながらウチの子は『金』ではない。勉強でもほかのことでも人より劣る。それでも、親が勉強を見てやれば、一応の格好はつけられるだろう。でも、それは鉄に金メッキをするようなものだ。

メッキはいずれ、はがれる時がくる。それこそ本当に当人にとって悲劇だ。それより、鉄は鉄として、メッキせずにどう生きていけるのか、それをもがいて探させた方がいい。今は当人にとってキツくても、人生の出発点にこそ、自分はしょせん鉄なんだと、身にしみてわからせた方がいい------

 父が見通したように、私はその後もとうとう金にはならなかった。できなかったら努力して、できるようになっていくのが王道だろうが、人間、それが可能な人ばかりではないのだ。そういう者はダメなのか?そうじゃない。世の中には間道もある。

 ただ、間道は多数の人が行く道ではないから、自分で探さなくてはならない。それぞれが自分の道を求めていくことが「自立」だ。そのためには、弱くみすぼらしい自分の現実を直視することが必要で、「それこそ教育の第一歩」というのが父の考えだったと思う。

 そして、詰め込みにさえならなければ色々なことを教えた方がいいと思っている。

 あまり先回りして何でも揃えるのではなく、本人が欲しくなるような時期を待たなければならないと思えてきた。

 赤ちゃんに創造ができないように、何もないところから何も生まれて来ない。それは早期教育の必要性を指すのではなく、レディネス(発達段階)に合った情報の提供だろうと思う。

『橋のない川』などの作家・住井すゑは電気代がもったいないと10時になると「勉強しないで早く寝なさい」と言ったという。禁止されるとしたくなるのは「見るなの座敷」みたいなもので、子どもたちは一層、勉強に励んだという。今は学者やジャーナリストになっているそうだ。

 与えすぎるのはよくないし、与えないのもよくない。バランスが大切だろう。


☆個性

 動物や機械と違って人間にとって一番大切なことは個性である。

 子どもたちの個性がどうなのか親からはなかなか分からない。学校の先生にこうだ、といわれても思い当たることがないことさえある。

 ただ、二人ともずいぶん違うことは確かだ。

 長男は母親に、長女は僕に似ていて、思考法、好き嫌いなどもそっくりだ。

 竜には9匹の子がいたという。子どもたちはみんな個性豊かで、それぞれ才能を生かす道についた。すぐに高い所に上りたがる子は、屋根の上の飾り物になった。吼えるのが好きな子は釣り鐘の上で体を曲げ、鐘を吊す金具になった。食いしん坊は料理に使う鼎のふたになった。人を威嚇する力を持った子は刑務所の門柱になった。水の好きな子は橋脚の飾りに使われた。なんでも閉じ込めたがる子は門の金具になった。殺生が好き、火が好きという問題児もいたが、それぞれの長所を生かして、剣の飾り物と香炉のふたのつまみになった。

 もう1匹、贔屓(ひき)という名の子がいた。この子だけは、亀のような甲羅があり、ほかの兄弟のようにスマートではなく竜にならなかった。生まれつき重い荷物を背負うのが好きで、いつも甲羅の上に石碑を乗せ、足を踏ん張って力んでいた。今でも、その姿のままの石像が石碑の台座に使われている。親の竜が一番かわいがった子はこの黙々と重荷を背負う贔屓で、この音変化から贔屓(ひいき)という言葉が生まれた。力余って台座を倒してしまうことを「贔屓の引き倒し」というようになった。

 目に入れても痛くないわが子も「贔屓の引き倒し」にしてはいけないだろう。

 個性を育てる教育を、というのが流行り言葉になっているが、そんなに簡単に個性を育てられるものかとも思う。小さい頃から個性が光っている子がそんなに多いとは思えない。ただ「変わっている子」と「変わった子」の区別がつかない。躾がなってないだけなのか?個性的なのか?

 文部省が日韓米英独5カ国の子供たちのしつけを調査結果を2000年に発表した。それを見ると日本の子供だけ他の国と違う度合いが大きい。「先生のいうことを聞け」「うそをつくな」と親から言われた子供が極端に少ない。日本の親は子供に甘く躾が不十分らしい。

 「躾」は、田の植え付け、着物の仕立ての際の粗縫いである仕付け縫いの意味から、子供に礼儀作法や生きていく上でのルールを教え込む訓練の意味になり、躾という国字(日本製の漢字)ができた。厳しい躾が廃れたのは、子供の自発性をそぐとの教育観や、核家族化で家庭内の価値観が歴史観を失い単純化したせいともいわれる。

 羊羹のような均質的な人間が多い日本人の中で個性を見つけるのは難しい。日本人は横並び意識が強すぎて、一つひとつの価値が分からない。見つける以上にきちんと育てる事はもっと難しい。

 いつか自分の個性が子ども自身にも分かる時がくると思うが、それまでは親が個性を見守ってあげなければならない。それが躾かもしれない。

 辛くなるのはわが子を人の誰かと比べることから生まれてくる。日本人はどうしても横並び意識が強くて他人と違っていると不安になるのだ。比べるのはある時は兄弟であったり、同級生であったり、自身であったりする。比べる相手は無限なのだから子どもはたまったものではない。映画の女優と妻を比べるような愚である。

 A君は野球をしていて挨拶もできる。Bさんは裁縫もうまいし、料理も手伝っている。なんて話をいちいち聞いては比較していたら子供が可哀想である。

 比べるデータは豊富にあって、比べられる対象は一人でしかない。百人のいいところを兼ね備えている子どもなんていやしないのだ。

 自分と比べてみても、小学生の頃、しっかりしていたか、泣き虫でなかったか、なんて覚えていない。みんな忘れて、子どもを考えるのはよくない。

 妻は友達が少ないと悩んでいるが、自分だって多かったとは思えない。よく聞けば、妻も多い方ではなかった。

 結局、自分に自信がないことに尽きる。自分の個性をもっと信じなければ、そして、自分の子どもの個性を信じてあげなければと思う。

 フランス人は個人主義が徹底しているから“Pas comme les autres.”(他人と一緒でなく)という。日本人は女優などに似ているというと喜ばれるが、個人主義で育っている人はお世辞だと分かっていても喜ばない。

 子どもを見つめることは自分を見つめることである。子どもに自信を持たせることは自分に自信を持つことである。子どもを活かすことは自分を殺すのではなく、自分を活かすことである。

 個性というのは必ずしも他人、つまり親にとって快適ではないかもしれない。見守る姿勢が大切だ。

 アランの『幸福論』では泣きやまない子どもの話が出てくる。乳母は子どもの性格や好き嫌いなどいろいろ考えるが、そのうちピンを見つけてすべての原因はそこにあったことが分かる。

 名馬ブケファロスを献上されたアレクサンドロス大王の話が続くが、これは暴れ馬でだれも乗りこなすことができなかったのだが、大王はピンを見つけた。名馬は自分の影におびえていた!大王は馬を太陽の方に向け、落ち着かせた。

 そして、アランは言う。「苛立ちだの不機嫌だのは、往々にして、あまり長いあいだ立ちどおしていたことから生ずる。そういうときには……道理を説いたりせずに、椅子をさし出してやることだ」。そして「人間の性格はこうこうだなどと言ってはならぬ。ピンをさがすことだ」 。

 最後に、忘れてはいけないことは、「いい親」というのが「いい子ども」が難しいように、とても難しいことである。なぜならば、お互いに他人だからであって、親がどんなにいい道筋をつけてあげようと、それが幸福かどうかは棺桶の蓋をするまで誰にも分からないことだからである。「小さな親切」が「大きなお世話」になることが親子の間では多い。全てが善意から行われているから、反論のしようがない部分があるからだ。

 子どもは「親の鏡」、あるいは「親の背を見て育つ」ともいうが、イソップには、真っすぐに歩くお手本を見せようとして、横歩きしてしまう親ガニの話がある。ゴーゴリは「自分のつらが曲がっているのに、鏡を責めてなんになる」と書いた。

 ヴィクトル・ユゴーの娘の愛と狂気を描いたフランソワ・トリュフォーの『アデルの恋の物語』を見ていて「いい親」というのは本当に難しいと思う。娘がどんな状況にあっても、あまりにも理解がありすぎて、まるで他人のようなのだ。ジャン・コクトーは「ヴィクトル・ユゴーとは自分がヴィクトル・ユゴーであると信じていた気違いのことだ」と評したというが、偉大な人物の子どもになるのも楽ではない。


☆美田を残さず

 「児孫のために美田を買わず」とか「子孫に美田を残さず」というのがうちの場合、ないものは残せない。自分のお金は自分で使っていきたい。自分が楽しまないで、どうして子どもたちだけが楽しめよう。

 日本人はいつも将来のことばかり考えて、いまを生きることをしない。きんさん・ぎんさんだってマスコミからもらったお金を老後のために貯金していたという。

 子どもたちが大きくなるまでの費用は確保してあげなければならない。だが、下手にお金を残してパラサイト・シングルになられたら困る。

 今の家をいつか新築して暮らそうと思ったが、子どもたちが大きくなってどこで暮らすか分からない。大きくなったらマンションに暮らして、家は残さないようにしようと話しているところだ。

 小津安二郎は家族の崩壊を描いた監督だった。『麦秋』の家族は東京の会社で秘書をしている妹(原節子)の働きで保たれているところがある。そのため婚期の遅れた妹を、みんなが気遣っている。やがて妹は、地方へ赴任する子連れの医師との結婚を決意する。麦畑を俯瞰するシーンで終わる。取り入れを待つ麦と盛夏に向かう季節が両親の諦念と妹の新しい人生を、示している。

 親も子も思いやりに満ちていながら、どうしようもないことがある。家族のいとおしさ、悲しさを思う。父親がいう。

 「あたしたちはいい方だよ」。

 哲学者のオルテガの言葉。

 人間には二つの階級がある。それは<財産を持つ階級>と<財産を持たない階級>の二つではなく、<自我を持った階級>と<それをまだ持たない階級>だ。


☆子育ては愉快だ

 子育てで大変なことはいっぱいある。子どもは片隅に忘れ去っても構わない「ぬいぐるみ」とは違う。可愛くてふにゃふにゃしたものだが、放っておけば死んでしまう。生まれると同時に、全地球と同じくらいの全面的責任が生まれる。

 男の子の方が大変だ、とよくいわれるが、うちは娘の方が色々な病気やケガを経験した。中国土産のガラスの金魚を飲み込んだり、変な物を口にして救急車で運ばれたり、アイロンで火傷したり、アンパンマンの風邪薬を大量に飲んで胃洗浄したり、引きつけを起こして気絶したり、細気管支炎や顔面神経まひで入院したり、人とぶつかって唇を切ったり、風邪をひけば食べた物を吐きまくり……。

 二人でふざけていて5万もする灰皿を割ったのを横目で見ていた先生の子どもが1カ月後に友人が自慢していた「李朝青磁の壺」を割ってしまった。未蘭がガラスの金魚を食べたという話をしたら大笑いしていた先生がその直後に娘さんが温度計の先っぽを囓って大騒ぎになった(赤いのは灯油で心配なかったが)。他人のことは笑えない。

 後で小説にしようと思えば、気が楽になる(かもしれない)。子育てを詩にしてホームページで公開している人がいたが、辛いことも「これは詩になる!」なんて見方をすれば気が休まる(はずだ)。子育て俳句をひねれば、育児も達観できるだろう(たぶん)。

 それでも、病気なんかはウロウロと心配するだけだから子育ての中では小さい悩みだろう。本当に怖いのは最近の少年事件の多さと、そこから生まれる自信喪失である。

 社会の病理とか父性とか母性とか責任転嫁をしているヒマはなくなっている。

 最近は毎日ケンカがすごい。物を取り合って、妹がお兄ちゃんを蹴ったりして困る。

 激しくなるとどちらかが泣いて、修羅場となる。心配していたが、近所の家庭を観察していると男どうしの家庭ではもっとすごいケンカになっていて安心した。

 でも、もし一人っ子だとケンカをする機会もない、と考えればありがたいことだ。社会性を育んでいると考えれば、これほどいいことはない。僕は10歳上の姉がいるが、生まれた時からおばさんだった。4歳上の姉とはケンカした覚えもあるが、激しくはなかったと思う。多くの知識人と同じように攻めは強いが守りは弱いのはケンカの少なさだと思う(僕が知識人という意味ではない-----念のため)。

 放っておいても宿題はするようになったが、色々と叱ると反発する。しつこく言わないようにしていても「しつこい!」と思われるようだ。

 兄弟を比較することはないようにしているつもりだが、「妹ばかり誉めて僕ばかり叱られる」なんて究極の言葉を吐く。

 それでも子どもの意外な面を見つけると、驚くし、嬉しくなる。もしかしたら僕よりは遥かにいい人生を送れるかもしれない、とかすかな期待が膨らむ。

 「怖い夢を見た!」といって僕の布団の中に入ってくる時、守ってあげるのは自分しかいないという実感が沸いてくる。いつか「お父さん、臭い」とかいって拒否する日もあるだろうが、それまでは楽しもう。

 兄弟喧嘩して泣きじゃくっている娘をおんぶして歩くのも充実感がある。

 幸福というのは誰かに頼られることだと思うが、それが自分の血を受け継いだ子どもだと、更に嬉しい。守ってあげなければと思う。

 生まれて初めて抱っこした時の気持ちやクルマに乗せて自宅に帰る時の緊張して運転したことを忘れる訳にはいかない。

 長男の記憶力の良さや長女の音楽性の素晴らしさなど僕にないものを発見するだけでもうれしくなってくる。二人とも僕の知らないことを教えてくれる。ポケモンであろうと、ゾイドであろうと、それだけでも楽しい。

 そして、長男は作家に、長女は画家になりたいという。2年生になったある時、「未蘭、お前は頭がいいのだから地球を救わなければならないよ」というと「どんなスコップで月から地球を掬うの?」と生意気なことをいう。頭の良さを少しでも他人を助けるものにしたい。

 それが人生にどうつながっていくか分からないけれど、気持ちだけは大切にしてあげたい。

 僕の先生は言った。「君たちが読まなくても子どもたちが読むかもしれないから本は買っておけ」と。

 残すべき美田はなくても残す物は必ずあるはずだ(蔵書に関しては最近ちょっと反省している)。

 育児はプラスで考えて行かなければダメだと思う。昨日より子どもたちはよくなった、一昨日よりもずっとよくなった。たとえ、それが小さな進歩でも喜ぼう。

 マイナスに考え始めると春山の雪崩のように大きく、大きく不安が増大していく。

 子どもたちの悪い点を考えればキリがないが、何があっても前向きに生きてくれることが大切だ。思いやりをもってくれることが何よりだ。

 子育てはプラモデルを作るのではない。完成品があって組み立てていくのではなくて、いつでも未完の人間と一緒に生活していくことだ。

 別の所でも書いているが、『バックマン家の人々』(原題“Parenthood”)という映画でおばあちゃんが「子育てはメリーゴーランドではなくて、ジェットコースターみたいなもので上がったり、下がったりだ」という。

 家族を顧みない父のようには絶対ならない、と誓ったバックマン家の長男ギルは、妻カレンと3人の子供たちと平穏に暮らしていた。悩みは息子ケヴィンの神経症だった。ギルの姉ヘレンは夫と離婚し、親の目を盗んでボーイフレンドのトッドと密会している早熟な娘ジュリーと、思春期特有の自閉症にかかっている息子ゲリーに手を焼いていた。ギルの妹スーザンは、まだ3歳にしかならない娘パティに英才教育を施す夫ネイサンと暮らしていた。

 あるパーティの日に一攫千金を夢みる、調子のいい末っ子のラリーが子供のクールを連れて3年ぶりに家に戻ってきた……。

 アメリカの子育ての現状をコンパクトにまとめたような映画である。

 江戸時代に男は育児に携わらなかったかということに対して太田素子が『江戸の親子 父親が子どもを育てた時代』(中公新書1994)ではっきりと述べている。この本は土佐藩の下級武士楠瀬大枝の日記をもとに、江戸時代の子育てについて考えている。第5章に中世、近世の子育て書の歴史とそこに見られる親子関係がわかりやすくまとめてあって現代の育児を考える手引になっている。

 太田は男がどれだけ直接育児をしたかを別にして育児書の大半が男性によって、男性に向けて書かれていると強調している。すでに早期英才教育の考え方が出ているという。子どもは親の鏡だという考え方もすでに出ている。

 当時の武士階級は家を相続・継承していくことが家の主のもっとも大切な営みとされたからである。女性はそのための訓練をさせなければならないと考えた。ヨーロッパでも同時代に「家政書」が書かれ始めたのに対応している。家政書も男性が男性領主に向けて書かれていて、家庭内での教育論も含まれているという。領地内のメンバーの教育、経済などの統括を男性が行っていたからである。

 男が男を育てるのは家督相続のためであったが、太田素子が強調しているのは父親の親馬鹿ぶりがあちこちに見られるということである。公的ではなく、私的な親としての役割が見られるという。義務だからではなく、したいから育児に参加するという父親が、特に江戸の下級武士層にすでにたくさんいたという。

 江戸300年は明日も分からぬ現代と違って、変化があまりない時代だった。父親は自分の体験をきちんと息子に伝えることで十分によい教育ができたことと、下級武士の家族は小さくて、関わっているうちに自然に子どもがかわいくなって、結局、育児に巻き込まれていったという。

 育児というのはやってみると自然に楽しくなってくるものである。江戸時代の武士たちも「子育ては愉快だ」と思っていたのである。

 人生も育児もプラス・マイナス・ゼロだ。悪いことがあっても必ずいいことが控えている。遠藤周作は河合隼雄との対談で小説を書くことについて、苦楽しい(くるたのしい)と表現したという。「小説書くのは、楽しいでしょ?」と言われると、「いやいや苦しいですよ。」と答えたくなるし、「小説書くのは苦しいでしょう?」と言われると「いやいや楽しいですよ。」と答えたくなるのだそうだ。子育ては苦楽しいと思う。人生も間違いなく苦楽しい。

 そんなプラマイ・ゼロのゲームを楽しもう。

 先が見通せる単調なジェットコースターではつまらない。暗闇の中を進むスペース・マウンテンみたいなジェットコースターだから面白い。希望の星が見えた、と思ったら、いきなり下方へ引きずりこまれるから愉快だ。

 心配事や辛いこともあるけれど、それがあるから子育ては愉快なのだ。影が深いのは光が強いからだ。マイナス面ばかり見ないようにしよう。小さい頃、ちっとも手間がかからなかった子どもほど後で面倒をかけたりするものだ。だから、今がいいから、今が悪いからと悩むのはお互いに止めよう。

 DNA操作ができるようになった今、私たちはパンドラの筺を開けてしまったようだ。周囲は物にあふれ、ひもじいこともなく、不自由なことは何もない。不足していることは一つだけ。

 それは希望だ。

 物質ではなく、希望を子どもたちに与えなければ、真の子育てとはいえないだろう。

 そのためにも、親が希望をもって共に歩む、愉快な子育てにしなければならない。

 結論として書いておくが、父親が育児に参加する意味は5つほどある。

(1)父性原理と母性原理をうまく使いながら育てられる。
(2)母親の負担が軽くなる。
(3)父親が育てられる。
(4)地域との関係が生まれる。
(5)新しい夫婦関係が築ける。

 最初に自分のクローンが生まれるから嫌だった、と書いたが、この考えは子どもに失礼である。僕らとは全く違う人間なのだ。フランスでも“Tel pere, tel fils”(この父にしてこの子あり)というが、子どもから親、親から子どもが分かるというのは結果論でしかない。別の人生を認めてあげよう。

 子どもたちには僕らにない未来がある。希望がある。

 希望を大切にして生きていってほしい。

河井酔茗「ゆづり葉」(『花鎮抄』)

子供たちよ
お前たちは何も欲しがらないでも
凡(すべ)てのものがお前たちに譲られるのです。
太陽の廻るかぎり
譲られるものは絶えません。

輝ける大都会も
そつくりお前たちが譲り受けるのです。
読みきれない書物も/みんなお前たちの手に受取るのです。
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれど――。

世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持つてゆかない。
みんなお前たちに譲つてゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
一生懸命に造つてゐます。

 


 

《後書き》

 なかなか考えがまとまらず、長い間かかって書いた。そんな大げさな思いで書いた訳ではないが、やっぱり専門外だと書きづらい。でも、男が親馬鹿ではなくて、子育ての話をもっと積極的にできるような雰囲気、社会を作らないといけないだろうと思って書いた。

 本当に子育てが楽しい社会にしなければならない。そうでないと少子化は止まらない。国粋主義者でなくても、今の日本の現状は憂えるべきだ。

 女性にとって楽しい社会は男性にとっても楽しいはずだ。

 日本の危機は世界の危機でもある。日本が少子化を克服すればどんな国でも解決するだろう。

 子ども自慢や子育て自慢をするのではなく、愉快に自分が語れるような社会にしなければ、21世紀の日本の展望はないだろう。


 

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