金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)

比較文化からみた「残酷」とは何か?

「…ということで、ヴォワラ!ご存じ、シャム猫のミミちゃんだ。私はなんといってもシャム猫が好きだよ。たぶん君は知らないだろうが、シャム猫の心臓ときたらこれはもう逸品なんだ。味わいに気品みたいなものがある。トリュフのようにね。大丈夫だよ、ミミちゃん。案ずることはない。君の温かいキュートな心臓はこのジョニー・ウォーカーさんがしっかりと味わって食べてあげるからね」
     -----村上春樹『海辺のカフカ』(新潮社)

 とたんにヒクヒクと痙攣しながら死んでいった【縁日で買った】ヒヨコたちの面影が目の前にちらついた。涙が溢れてくる。それでもわたしはカステラを食べ続けた。毒を喰らわば皿までの心境だった、というよりも、ものすごく美味しいカステラだったのだ。【1年間、鶏肉も卵も一切食べられなかったのに】ヒヨコたちの面影にカーテンを下ろす術をその時会得した。

 食べることも生きることも何と残酷で罪深いことなのだろう。殺生の罪悪感と美味しいものを食べたい強烈な欲望、その矛盾を丸ごと引き受けていくということが、大人になることなのだろうか。【…】

 今でも肉料理や卵料理を前にすると、ほんの一瞬だが、ヒヨコたちや獣たちの姿が目前をよぎる。みな、それは悲しそうな顔をしている。なのに、次の瞬間にはムシャムシャと美味しく食べている自分が、ときどき怖くなる。
     -----米原万里『旅行者の朝食』(文藝春秋)

  「晩飯」  八木重吉

からだも悪いし
どうやっても正しい人間になれない
御飯を食べながら
このことをおもってうつむいてしまった


 捕鯨についてまた問題になっている。反捕鯨派のアメリカの環境保護団体「シー・シェパード」の活動家2人が南極海で日本鯨類研究所の捕獲調査船、第2勇新丸に侵入して身柄を拘束された。抗議文では豪州の連邦裁判所が豪州政府の許可のない日本の調査捕鯨は違法とし操業停止を命じたことを指摘しているという。

 鯨やイルカは友だちだって?人間と同じように扱うべきだって?

 カール・セーガンくらいの知識人でも『コスモス』で鯨の「歌」について長々と解説した後に「こんなに頭のいい鯨を、日本人は殺してその肉を食べている」と書いている。

 じゃあ、エイハブ船長が『白鯨』で見せる敵意は一体何なんだ?

 誰でも知っているように鯨をここまで少なくしたのはアメリカなど西欧諸国だ。アメリカが開国を迫ったのは捕鯨の基地をつくるためだった。しかも、その頃には太平洋の鯨は絶滅しかかっていたのだ。更に、何を取ったかというと、鯨油が中心だった。『白鯨』でも老朽捕鯨船ピークォッド号のエイハブ船長が鯨を捕獲すると船員全員で夜通し「鯨の肉から油を採る」シーンがある。また、バチェラー号が有り余る鯨の収穫に、船内のあらゆる樽や箱、コーヒーポットにまで鯨油を詰めるシーンが出てくる。鯨油は照明用に使った。そして、油田が見つかるまで徹底的に利用されたのであった。原油の単位となっている「バレル」というのも鯨油用の「樽」を意味していたのだった。

 日本では小学校の教室にこんな絵が飾ってあったものだ。

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 給食には鯨肉の唐揚げが出たし、家庭では鯨のしょうが焼きがごちそうだった。「おばゆき」と呼ばれる、油をとったあとの皮下脂肪は大好物だ。日本人は全く無駄にしなかったのである。桜井厚+岸衛編『屠場(とじょう)文化』(創土社)によれば、現代でも牛一頭で無駄にするのはモーという鳴き声だけだという。ホルモンも含めて全てを利用する日本人(昔からではないが)と、多くを棄ててしまうアメリカ人などとは違う(正確にはアメリカも鯨油以外も使っていたらしい)。ちなみにフランスはガルガンチュワの頃から食べられていて、ゴドビヨーGaudebillaux(牛腑料理)と呼ばれていた。

 そもそも、日本人が主に食べる鯨の種類は生息数が回復している。日本人は増えているという科学的根拠があるというが、あちらは減っているという科学的根拠があると主張するからやっかいだ。要するに何も分かっていないことなのだが、これで外交問題にまで発展するから怖い。

 何だって!?捕鯨に反対しているオーストラリア政府はカンガルーが増えすぎたから駆除するって!どうせ缶詰にして食べるんでしょ。一体、鯨がダメで、カンガルーはどうしていいのか。

 それに、ウェールズ人の作家C・W・ニコルだって食べていたというし、鈴木孝夫先生の『日本人はなぜ日本を愛せないのか』(新潮選書)の中ではケンブリッジの同僚が戦争直後に寮の食事が鯨肉ばかりで飽き飽きしたという話を紹介している。

 梅崎義人『動物保護運動の虚像』(成山堂)によれば、欧米から始まった動物保護運動は「環境帝国主義」ともいえるものらしい。絶滅しそうな動物を保護することは絶対善のように見えるが、梅崎によれば二つの問題点があるという。

 一つは、伝統的にその動物を利用してきた人々の生活基盤と文化的アイデンティティを奪ったことである。毛皮や象牙や鼈甲はその地域によってほとんど唯一の換金商品である。この捕獲や売買が禁止されると、生活破壊、文化破壊をもたらす。その住民は主に有色人種やマイノリティなのだが、彼らの方が絶滅してしまう。

 第二に、先進国が考える「動物保護」政策が現実には実効性がなくて、逆に裏目に出ている場合もあるという。アフリカのゾウが保護されて生態系を壊しているのも有名だし、アザラシが増えすぎて、北洋のタラを減少させて、漁業に甚大な被害を与えている。オットセイも増えすぎて群のバランスが崩れ、オス同士の殺し合いが頻発して、逆に減ってしまったという。

 自然というのは人間が頭の中で考えるのとは別の現実を生み出すものなのだ。

 岸恵子の『巴里の空はあかね雲』(新潮文庫)だったと思うが、動物保護運動に血眼になっているブリジット・バルドーは子育てを放りっぱなしで動物保護をしている。その滑稽ぶりが描かれているのだが、西欧人みんながそうした罠にはまっているような気がする。


 ある時、氷見の民宿に行ったら、クルマエビが出てきた。自分の皿の上にないと思っていたら、御膳の下にいた。生きたままを捻って食べるのであって、残酷だと思った。お坊さんは嫌がったが、それでもおいしそうに食べていた。

 魚の活き作りが日本人は大好きだが、欧米人には耐えられないかもしれない。実際、スッポン料理が残酷だと問題になったことがあった。

 富山ではエササというが、白魚をそのまま食べることがある。酢の入った出汁を入れるとエササが暴れ出す。そこを「躍り食い」するのだ。同じような食べ方はどこにもあるだろうし、中には活き魚を刺身にした後、スダチか何かをかけると肉がぴくぴく動いて、そこをおいしくいただくという料理もある。

 ある教師が東京から北海道に転勤になった時に、歓迎会だといって、逆さに吊した羊のところに連れて行かれて、「さあ、頭をガツンとやってください、今日の御馳走です」といわれたそうだ。魚の活き作りを出しているのと同じ感覚だったのだろう。

 自分の最高の御馳走を出してもなかなか理解しえない。

 子どもたちを連れて五箇山の少年自然の家に行ったことがある。ここのメインは岩魚つかみである。生け簀をつくって、その中に養殖の岩魚を入れて子どもたちに好きなように捕まえさせるという趣向なのであるが、問題はつかんだ後なのだ。料理をする。そのために金串を刺したり、ウロコを取るのは子どもたちの役目だ。とても残酷に見える。が、みんなで一斉にやっているものだからあまり抵抗はないようだった。指導員の話では「いただきます」と言って生きている命をもらって私たちが生きていることを確認するためにはとても大切な時間だという。でも、ある時、ここで同じことをして泣いてしまったという男の子に会ったことがある。トラウマになっているという。むずかしいものだ。

 『釣りバカ日誌』でも魚を残さず食べるのが供養になる、というシーンがあったが、せめてきれいに食べてあげよう。『ミラクルワールド/ブッシュマン』でもニカウさんが小さな矢でしとめた獲物に「すまんなぁ」と詫びてから、みんなと分け合うシーンがあった。

 池澤夏樹の『静かな大地』には「熊になった少年」という感動的な話がある。熊の魂をちゃんと神の国に送らない、トゥムンチという一族に生まれたイキリという名前の少年の話だ。

 でも、イキリの親たちは心正しいアイヌではなく、心がねじくれたトゥムンチの一族でした。
 熊を獲っても、熊の魂をちゃんと神の国に送らなかったのです。
 本当ならば狩人は送りの儀式をして、獲物の魂を手厚く神の国に送ります。
 獲物に向かって、私のところに来てくれてありがとう、自分たちのおなかに入ってくれてありがとう、とお礼を言います。
 それから、その動物の魂が無事に神の国に帰って、またいつか別の熊の身体に入ってやってきてくれるよう心を込めて祈ります。
 それがアイヌの正しいやりかたです。

 アイヌだけではなく、日本人もそうした心性を持っていたはずだ。

 金子みすゝ゛の詩を読めば、殺生がいかにいけないことか分かってくる。

「大漁」  金子みすゝ゛

 朝焼小焼だ
 大漁だ
 大羽鰮(おおばいわし)の
 大漁だ。
 浜は祭りの
 ようだけど
 海のなかでは
 何万の
 鰮のとむらい
 するだろう。

 これでは何も食べられなくなる。

 この絵はゴヤの有名な「鰯の埋葬」である。毎年2月上旬、四旬節(レント)を迎える謝肉祭(カーニバル)最後の3日間にマドリッドでおこなわれるスペインの伝統的な祝祭で、市街を流れるマンサナレス川のほとりに行って鰯を埋葬するという習慣があった。この狂乱は何を表わすのか、どうか専門家に聞いてもらいたい。

 星新一に「現象」というショートショートがある。その日、乳搾りをしている人が横取りするのはよくないと思い始めて止める。サルの頭部に電極をつけて実験をしている人が止める。豚を売るのを止める人がいる。網にかかった魚を海に返す漁師がいる。見舞いに行った主婦が欲張りで、いじわるで、いやな人だったのに、「人間、死期が近づくと、善良そのものになるそうね……」という感想を持つ。すると真っ赤なトマトがにっこりと笑いかけたような気がしてくる。手をのばしてもいだのだが、「なんともいえない悲しげな音がした。伝わってきたというべきか、彼女はそう感じたのだ。もう二度とやりたくないといったものを」。

 人類、種族としての寿命の終りの時期が迫ると……。

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 考えてみれば、ライオンがヌーを食べても、誰も「残酷」とはいわない。コンラート・ローレンツの『ソロモンの指環』(早川書房)によれば、人間は、身体とは無関係に発達した武器を持つ唯一の動物なのだという。だから「武器相応に強力な抑制は用意されていない」というのだ。つまり、人間は自分の「本能」以上のことを犯してしまうと解釈できる。イワシを家族の分だけ捕るのを誰も「残酷」とは言わないだろうが、身体から離れた「お金」のために大量に捕ったりするのは「残酷」ということになるだろう。

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 命の授業というのがある。

 実は一度、金沢大学の村井という先生を呼んでFD研修会をしようということになって、任されたのだが、よく調べてみると命の授業を応援している先生だった。まあ、話し合ってみるのも面白いと思ったのだが、うちの先生のレベルだときっと分からないと思ってボツにした。

 詳しく書くと、それだけの話で終わるので、簡単にいうと、学校でニワトリを飼って最後に解体して食べるというものだ。現代人から隠されている死というものを考えることによって命のありがたさを考えるという、とてもいい授業なのだが、反対もあって、中には「嫌がる子どももいるのだから」という理由で中止させたこともあった。「嫌がる子ども」がいてもテストはしなければならないし、運動会は開かなければならないから、変な論理なのだが、確かに議論を呼び起こすものではある。

 見ないですむ権利というのも考えられるのだが、万が一にも見なかった子どもがイジメを受けたら困るし、そういうのは聞くだけでおぞましく感じる人もいるはずだ。

 実際、小さい頃、鶏舎のある親戚に行って、帰る時におじさんから土産だといって、首を捻ったばかりのニワトリをもらったことがよくあったが、小さい頃、鶏肉が嫌いだった。それまで見ていたニワトリが血まみれになる光景が浮かぶからだった。

 これに関しては村井淳志『「いのち」を食べる私たち ニワトリを殺して食べる授業――「死」からの隔離を解く』(教育史料出版会)があるから読んでほしい。

 そうそう、『ベイブ』ではホゲットさんがクリスマスに豚かアヒルか、どちらを丸焼きにしようか考えるのだが、最終的にはアヒルになってしまう。農場の動物たちは「あれは?」「ロザンナだよ、いい娘だったのに」とひそひそ話をするシーンがある。主人公を食べるわけにはいかないものね。

 ベルトナルド・ベルトルッチ監督の『1900年』では女の子たちが豚を解体するのを見てから、ソーセージなどに加工するところをわくわくと待っているシーンが出てくる。お餅がつかれて、きな粉がつけられて、さあ食べようというのと同じ感じだった。ヨーロッパでは「命の授業」なんて成立しないかもしれない。

 もっと驚くのはディズニーの『3匹の子ぶた』のハッピーエンドのシーンで、ピアノを弾いて楽しそうにしている部屋の上の額縁があって、ソーセージとハムが描かれている。それぞれ、FATHER、MOTHERと書かれている。こんなブラックジョークをアメリカ人は何とも思わないのだろうか。

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 さて、僕に興味があるのはそんな話ではない。「残酷」とは何かということである。

 同じ甲殻類のエスカルゴだって残酷だ。エスカルゴの頭をどうやって切るか?なんてことはフツー僕らは考えたことがないが、J・C・カリエールとG・ベシュテル編『珍説愚説辞典』(国書刊行会)にはそんな項目があって、ジョルジュ・タレンヌ『蝸牛学、あるいはエスカルゴと呼ばれている蝸牛に関するきわめて興味深い実験記録』(1808)から引用している。

エスカルゴの頭を切るには、まず左手で貝殻をおさえ、大きな鋏の下側の刃を首の下に当てる。それから蝸牛が普通の状態に戻るのを待つ。蝸牛が首を十分にのばし、角が黒い液体(それは蝸牛の認識を左右する最も有効な成分らしい)で包まれたら、上の刃が大きな角の後ろあたりの首に触れるまでゆっくりと鋏を閉じてゆく。とこまで行ったら、あとはA(ア)の字を発音するくらいすばやく指を動かして蝸牛の首を切るのである。

 日本人は裕福なのにどうして海草など食べてるの?というが、フランス人だって金持ちなのにカタツムリを食べている。もっとすごいのはイギリス人はリッチなのにイギリス料理を食べている!?というジョークもある。

 ただし、今の洋食のマナーの多く(とフランス料理の原点)はカトリーヌ・ド・メディシスの未来のアンリ二世への輿入れから始まっていることはよく分かっている。1549年にパリ市がカトリーヌを招いて開いた大宴会では次のものが出されたという(ロミ『悪食大全』作品社)。3とその倍数が多いのはめでたい数字だと思われていたから。

 30羽の孔雀、33羽の雉、21羽の白鳥、9羽の鶴、33羽の大鷺の類、33個の玉黍(きび)貝、33羽の白鷺、33羽の青鷺、33匹の仔山羊、66羽の七面鳥の雛、30羽の去勢鶏、99羽の酢漬け雛鳥、66羽のゆで若鶏、66羽の肥育若鶏、6匹の豚、99頭の小さいトナカイ、99羽の小鳩、99羽の雉鳩、33羽の野生の仔兎、70羽の穴兎の仔、3羽の鵞鳥の雛、13羽の山鶉の雛、3羽の野雁の雛、13羽の椋鳥、99羽の鶉、アスパラガス、えんどう豆3枡、蚕豆1枡、朝鮮薊【アーティチョーク】12ダース…。

 『6デイズ/7ナイツ』では無人島に不時着する。雑誌編集者のロビン(アン・ヘシュ)は品の悪いパイロットのクイン(ハリソン・フォード)に「あんな美しい鳥を食べるなんて」と非難する場面がある。孔雀をクインが捕まえたのだ。他に食べ物がない無人島だけに、トロピカルジュースがかかった照焼きの孔雀はとてもおいしそうで、ロビンは「ちょっとだけ味見」といいながら、もも肉にかじりつく。こうして二人の仲は…。

ピーシチク「で、パリはいかがでした?蛙を召し上がりましたか?」
ラネーフスカヤ「鰐をいただきましたわ」-----チェーホフ『桜の園』

 フランスやイタリアではカエルも食べる。だからイギリス人はフランス人を“Johnny crapaud”(crapaudはフランス語のカエル)とか“frogeater”と軽蔑する(イギリス人のことを“beefeater”ということもあるし、そんな名前のお酒もある/カトリックをfisheaterということもある)。オーギュスト・エスコフィエは『エスコフィエ自伝 フランス料理の完成者』(中公文庫)でフランス人の“蛙食い”を笑うイギリス人を、素材を秘密にした絶品の蛙料理「夜明けの妖精」で感嘆させ、報復したことを書いている。丸谷才一の『綾とりで天の川』(文藝春秋)で「牛肉と自由」というエッセイもある。

 石毛直道によれば、中国の水田稲作地帯ではカエルを食用にして「田鶏(ティエンジー)」という。なのに、日本では悪食と見なされた。『日本書紀』の応神天皇の項に、奈良吉野郡の先住民である国栖(くず)の人々が「山の果物を食べ、カエルを煮たものをごちそうとしている」と記してあるそうだ。山の民である国栖の人を異民族扱いしていることになる。ちなみに、国栖人はつる草の根から澱粉をとり、里に出て売ることがあったので、いつしかその澱粉を「クズ」と呼ぶようになり、その植物・葛を「クズ」と呼ぶようになったと考えられている。

 英仏では文化が大きく異なることはよく知られているが、最も扱いが違うのは馬肉だと思う。イギリスでは馬は親友だから馬の肉を食べてはいけないと法律になっているそうだ(木下順二『ぜんぶ馬の話』に出てきた)。一方、フランスでは日本と同様によく食べる。これはモンゴルが何度も攻めてきたからである。フンのアッチラ王もジンギスカンの軍隊も行った。タルタルステーキという形で残っている。イギリスには馬が渡れなかったから、モンゴル文化が行かなかった。ドーバー海峡がタブーを支配しているのだ。鹿島茂『パリの秘密』(中央公論新社)によれば、パリに馬肉店(馬の首がよく飾られていてboucherie-chevalineと看板には書いてある)が多いけれど、馬肉を食べるようになったのはそれほど昔ではないという。キリスト教社会で馬肉は不浄とされて売買も禁止されていたのだが、大革命で食肉供給が逼迫したためだという。馬肉売買の許可が下りたのは1866年だったという。鹿島はパリで馬刺の刺身も食べたと書いている。映画『アメリ』にもアメリが盲目の老人を道案内するところで馬肉屋が出てくる。「ほら 舗道よ 看板の馬の耳がないわ」という。馬ほど利巧な動物はいないと僕は思う。「賢いハンス」という、計算できる?馬もいたくらいだ。

 あの可愛いウサギもよく食べる。正確にいうと鳥獣がジビエ(gibier)として食べられる。絵画の題材にもよく使われるように、毛皮や羽根をつけたままで飾ってある。大体、ピーター・ラビットはお父さんがマグレガーさんにパイにされたにもかかわらず畑に盗みに入って大変な目に遭う物語から始まる。

 復活祭の前の四旬節(断肉期間)が40日も続くので、修道士たちは生まれたばかりのウサギは肉ではない、という詭弁を使って食べる。エミール・ゾラの『居酒屋』(原題のL'Assommoirは「屠殺斧」という意味で、これに殴られたようにお客がなるからであるが、「屠殺斧」という単語を持っているだけで残酷だと思う)ではヒロインのジェルヴェーズとクーポーの結婚披露宴でウサギのホワイトシチューが運ばれる。するとクーポーが「これって屋根を駆け回るウサギじゃないの?まだニャオニャオ鳴いているぜ」と尋ねるシーンがある。そこでマダム・フォーコニエがウサギの頭が欲しいとボーイに頼む。本物であることを証明するためにウサギの頭が食卓に出てくるが、当時でさえ怪しいウサギの肉が氾濫していたのだ。現在はパリへ行くと店先に皮を剥いて吊してあるが、手足だけには毛皮が着いている。聞けば、猫の肉ではない証拠に残しているのだという。

フランス人「やっぱ、うさぎ、うまいっすね」
子豚の釣り師「いや、なんといっても湯豆腐がうまい、ぶー」
フランス人「パルドン、パルドン、ひょっとして、あなた出番を間違えちゃいませんか、ムッシュー? あれは『小鮒釣りし、かの川』であって、子豚の釣り師じゃありませんよ」
子豚の釣り師「そんなこといったら、あんただって思い違いをしている、ぶー。あれは『うさぎ追いし』じゃないか、うさぎおいしーじゃなくて」
フランス人「でもね、フランス人ちゃんとうさぎ食べます。子豚の釣り師がどうして湯豆腐食べますか? ぜんぜんリクツにあいませーん」
【…】

     -----村上春樹『うさぎおいしーフランス人』(文藝春秋)

 そんな残酷な人々でさえ、魚を尾頭つきで出すと残酷だという。これもフランス人は魚をあまり食べないからであって、お互い様という気がする。日本では「鯉」は元気なもののたとえになるが、フランスでは「泥の中をはい回る臭い魚」にすぎない。もちろん、出世魚など考えもつかないだろう。このあたりの事情は松原秀一『フランスことば事典』(講談社学術文庫)が詳しい。

「さかな」 まどみちお(まど・みちお全詩集

さかなやさんが
さかなをうっているのを
さかなはしらない
にんげんがみんな
さかなをたべているのを
さかなはしらない
うみのさかなも
かわのさかなもみんなしらない

 そうそう、フォアグラはどうだ!?ガチョウを雛の頃から大量の餌を無理矢理食べさせて病的なまでに太らせることで、肥大化した肝臓(脂肪肝!)を食べる。北京ダックだって、同じように無理矢理太らせて食べているではないか!?

 残酷さは異なるが、香港ディズニーランドは園内のレストランで提供する予定だった高級中華料理の定番「フカヒレスープ」をメニューから取り除くことにした。「高級食材のフカヒレ目当てに毎年数百万頭のサメが殺されている」との動物保護団体からの厳しい抗議に屈したのだ。当初、「地元文化の尊重」「正規に流通したフカヒレのみ使用」などを理由に突っぱねる構えだった。しかし、フカヒレが闇ルート経由のものかどうか特定が不可能なため、結局、断念に追い込まれた。

 『ジョーズ』では残酷なサメが主人公なのだが、それ以上に、人間の方が大食をするシーンがあって、スピルバーグはどっちが残酷か問いかけていると思った。

 おいしいものはいっぱいあるが、星を発見するのと同じように自分で発見しなければならない。三大珍味などというのはあてがわれた「常識」にすぎない。

 それに、燕窩(燕の巣のスープ)にしても、蚊の目玉のスープにしてもゲテモノと五十歩百歩である。

 中国人は「四つ足の物は椅子以外、飛ぶ物は飛行機以外何でも食べる」という。同じ話は落語の「饅頭こわい」にも出てくる。何が怖いかという話で、ある男が怖いものなんかない、「万物の霊長たる人間が動物や虫を怖がってどうする」という。蛇や馬などは御馳走だという。更に「赤飯にごま塩が足りない時には蟻をパラパラ」とか「納豆の糸引きが悪い時には蜘蛛を捕まえて」来るという。ただ、「四つ足は何でも食べる」という、その男が唯一食べられないのは「櫓(やぐら)ごたく」で、「食って食えないことはないが、あたるものは食べない」という前半のオチになっている。

 蛇については開高健が『小説家のメニュー』(中公文庫)で次のように書いていた。

 ヘビのスープもうまい。ヘビを食べると、女の目が怪しくきれいになる―と中国にはいい伝えがあるが、それだけではなく、骨からとてもいいスープがとれるので、中国人が好んで飲む。魚にもよく似てもいるし、牛にも似ているとも思え、豚かとも感じられるのだが、たいへん上品で、繊細で、世界でも第一等のスープに数えてもいいとわたしは思う。

 漱石の『猫』に迷亭先生が西洋料理屋に行って「トメンチボー」なる料理を注文する箇所がある。勿論そんな料理などない。それに続いて迷亭先生の「孔雀の舌」の料理についての手紙が書かれている。

「この孔雀の舌の料理は往年ローマ全盛のみぎり、一時非常に流行致し候ものにて豪奢風流の極度と平生よりひそかに食指を動かしおり候次第御諒承くださるべく候」

 これを受けて、澁澤龍彦は『華やかな食物誌』(河出書房新社)で古代ローマにおいては孔雀その美しい姿から、贅沢な料理の代表であったらしいが、ホラティウスなどは鶏とくらべて大した違いはないと述べているという。おそらく、孔雀の舌というよりむしろ脳髄あるいは卵のほうが好まれたらしいといいながら、続ける。

 舌といえば、哲学者セネカによって「王者の奢侈」「途方もない贅沢」とされた紅鶴の舌のほうが有名である。紅鶴はラテン語でポエニコプテルスだ。「最高の美食家であったアピキウスは、ポエニコプテルスの舌に絶妙の味があることを教えてくれた」と書いているのは、ポエニスである。私たちは現在でも、フランス料理やイタリア料理で、牛の脳髄や牛の舌をくうが、どうも孔雀や紅鶴のような鳥の脳髄や鳥の舌が、それほど美味であるとは考えにくい。

 18歳で殺された少年皇帝ヘリオガバルスなどはフェニックスの脳髄を食べたいといって困らせたという。結局、駝鳥の脳髄で満足することになったらしいが…。

 他にも駱駝の踵、八目鰻の白子、孔雀の卵、雉のソーセージ、紅鶴のしたなど横綱級のイカモノなのだ。さらに、罌粟(けし)の粒をまぶした大山鼠(おおやまね)の細切り、ガルム(説明省略)につけた針鼠、似鯉の内臓、鶇(つぐみ)の脳髄、牝豚の乳房と子宮の煮こみ、生きた雄鶏の頭から切りとった鶏冠(とさか)などが珍重されたという。

 今まで食べた中でゲテモノといえるのはケニアで食べた羊の脳味噌のスープがあった。これも脳味噌だと思わなければ鱈の白子の味噌汁と変わらない。なだいなだもフランスで“riz de veau”を「行使の肉と米飯だと思って注文したら子牛の脳味噌だったという。富山では白子を生で食べるが、それは、それはおいしいものだ。子牛の脳味噌はきっとこんなものだろうと想像はできる。

 渋谷のジャンジャンの前のホルモン焼き屋で豚の脳味噌を焼いたの(?)を出されたことがあって、かなり酔っていたから(そうでないと食べれない)詳細は覚えていないが、とにかく食べた。

 四方田犬彦は『心は転がる石のように』(講談社)の中で脳味噌について次のように書いている。

 牛や羊の脳味噌というのは、日本ではそれほど知られていないが、すこぶる美味なものである。イタリアでもフランスでも、赤ん坊の離乳食として一般的であるし、韓国では新鮮なものを生のままで食べたり、スープにして食べたりする。これを下手ものだと思う人は美食の素人だとしかいいようがないが、1870年代まで牛肉などほとんど口にしてこなかった日本人にとって、それは仕方のないことかもしれない。タラの白子をもう少しねっとりさせた風味だとでも説明すればいいのだろうか。わたしは近所の肉屋に頼んで、いくたびか食肉処理場からもってきてもらったことがあった。

 ジャンジャンの前の店には豚のワギナというものも出していて、当時つきあい始めた女の子にワギナって何?と聞かれてヴァジャイナ(vagina)と英語でいったものの分かってもらえなくて、独りで食べた。

 何をゲテモノと考えるかはまさに文化そのものだ。鯨を食べるのをダメという人が牛や豚を食べるのはおかしい。それに、メルヴィルの『白鯨』64章には二等航海士で明るくていつもパイプを放さないスタッブが鯨ステーキを食べるシーンがある(刺身で食べないのはバカだ)。

 魚と違って、牛や馬は人間に近い。そうした高等動物を食べるためには論理が必要だった。「死活」問題だったのだ。そのためには、どんなに人間に似ていても、人間と高等動物の間には超えられない断絶があると考えた。動物に対する「人間中心主義」が都合いいのである。しかも、『聖書』「創世記」(9-3)には「動いている命あるものh、すべてあなたたちの食料とするがよい」という御託宣がある。牛や豚は人間に食べられるために神様が作ってくださった、という論理である。

 食用にする動物とペットなど非食用の動物との間にも大きな線引きを設けている。食用の動物を食べるのは神様の意に沿うことであり、何ら抵抗がないが、そうではない動物に大しては異常な愛情を注ぐ。日本人には矛盾としか思えないのだが、西洋人にとっては神の基準に従っているということで何ら矛盾を感じていないのだ。

 子どもたちはディズニーランドが大好きだが、あんなネズミのどこがいいのかと思う。うちにだっているだろう!?開高健は『小説家のメニュー』で次のように書いていた。

 東南アジアへ出かけていく折があれば必ず、ネズミ料理を食べることにしている。その肉はあっさりとして食用ガエルやトリ肉に似ているが、カエルのように水っぽくなく、トリよりは野性味があり、もっとコクがあって精妙である。うまいのは首のうしろ、わき腹、それから四本の足のつけ根の肉。煮てよし、焼いてよし、揚げてよし、炒めてもいい。珍味であり、美味である。奇味であり、魔味でもある。

 鈴木孝夫先生によれば、日本人が鯨を食べるとブルドッグみたいに噛みつくイギリス人は、自らが大声で叫ぶ動物愛護との関係から、このブルドッグを何の目的で、どういう風に改良を加えてきたかの記述を『ブリタニカ百科事典』から削除してしまったそうだ。

 考えてみたら、豚足というのを初めて知った時にも驚いたものだったが、今は抵抗できない。イタリアでも豚の前脚の骨をとり除いて中にサラミをつめたザンポーネというのがある。つま先までついているので不気味だが、エミリア・ロマーニャ人はこれがないと冬を越せないという。長時間煮込んで皮も柔らかくなったものを輪切りにして、レンズ豆のズッパとあわせる。これで寒さに耐えるエネルギーがたっぷりと蓄えられるのだ。チャールズ・ラムは『エリア随筆』で「焼き豚論」というのを書いている。何しろ、原題は“A Dissertation upon Roast Pig”(Dissertationは博士論文などを指す時に使われる)という大仰なものなのだが、要は中国で豚小屋が火事になって悲しんでいたら、おいしい匂いがして口に入れてみたら、抜群だったので、焼き豚を食べるようになったというエッセイである。中国人が火事になるまで焼き豚を発明しなかったとはとても思えないけれど…。

 中国料理の皮蛋(ピータン)も製法からするとゲテモノなのだが、酔っぱらっているときに食べてから好きになった。

 韓国でも夏ばてを防ぐ料理として犬の肉を煮込んだ補身湯(ポシンタン)というのがあって、FIFAが抗議してワールドカップサッカーの開催にまで影響を与えそうだった。しかも死ぬ前に苦しめば苦しむほど肉は軟らかくなってアドレナリンが分泌されてスタミナがつくとされ、生きながら皮を剥ぐように解体していく。中国ではどちらかというと体を温めるといって冬に多く食べられるのだという。エリオット・エンゲル『世界でいちばん面白い英米文学講義』(草思社)によれば、シェイクスピアの頃、劇場でミートパイが売られたという。何の肉で作ったか不明だが、当時の人の日記によると、劇場周辺5平方マイルでは生きた猫や犬を見かけることはなかった由、とわざわざ言い添えている。

 他人事だと笑っていられない。日本人だって鰻の蒲焼きは残酷だといわれたら困ってしまうだろう。

 最近でもアメリカ動物愛護協会が馬肉輸出禁止を働きかけている。アメリカには食習慣がないため、主にフランスなど欧州向けで、日本にも輸出している。この協会は、アメリカ開拓史に果たした馬の役割の大きさを強調し、「米国の馬が外国の食卓に並ぶことのないように」と訴えている。 米国産馬をめぐっては、86年にケンタッキー・ダービーを制したフェルディナンドが日本に種馬として売られた末、馬肉になったとして、02年に米国で問題になった。

 何しろ、欧米の人たちというのは鯨やイルカはもちろん、鼈(スッポン)の殺し方まで残酷だと文句をいってくる人たちだ。明治以前の多くの日本人にとって牛や豚を食べる西洋人は悪魔でしかなかったはずだ。

 日本ではイルカを豊漁を招くものとして信仰の対象としていた地域もあるし、『平家物語』では壇ノ浦の合戦で、イルカの大群が源氏から平氏の側に泳いで行くのを見た陰陽師の安倍晴信が平氏の滅亡を予言したと伝えている。

わかさぎは串に刺されて整列す<カシラ左>に揃へたるまま---齋藤史(ふみ)

 星新一のショート・ショートに「現象」(『ありふれた手法』新潮文庫)というのがある。その日、牛の乳搾りの人たちが牛乳を横取りするのはよくないと思い始める。サルの実験をしていた人も可哀想だと思い始める。豚を飼っていた人が手放すのは可哀想だと思い始める。漁師も魚は可哀想だと思い始める。まっ赤なトマトをもぎろうとした人がトマトににっこりと笑いかけられたような気がして二度ともぐのは止めようと思い始める。「人間、種族としての寿命の終りの時期が来ると…」でこの短編は締めくくられる。同じヨーロッパでも『戦艦ポチョムキン』に見るようにうじ虫が革命を起こしたりもするが…。

山之口貘「世はさまざま」

人は米を食つてゐる
ぼくの名とおなじ名の貘といふ獣は
夢を食ふといふ
羊は紙も食ひ
南京虫は血を吸ひにくる

 魚が残酷だとしたら、貝類は残酷ではないのか。石垣りんの有名な詩に「シジミ」があるが、シジミにとって人間は誰もが鬼婆であるに違いない。

 シジミ  石垣りん

夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。

「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」

鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。

 中国で三大珍味というと燕の巣と熊の掌と猿脳(えんのう)だという。さる皇室の方を富山にお呼びして、熊の掌を出したら、「これは美味い、右手でしょう」といわれて敬服した人がいた。熊も右利きが多いので、右手で蜂蜜を食べる。だから、おいしいといわれる。が、食べたことのない僕が想像するに、蜂蜜の味が掌に沁みこむはずもなく、右手か左手かは食べなくても見れば分かるだろうと思う。『孟子』「告子・上」にもこの話が出て来るというから古い。

 猿脳というのは猿の脳味噌のことで『インディ・ジョーンズ』にも出てきたので、よく知られるようになった。中国清王朝の宮廷料理「満漢全席」に含まれている料理で、アカゲザルの頭をハンマーで叩いて気絶させ、テーブルに頭だけ出して縛りつけ、頭蓋骨を鋸で水平に円形に切り取って蓋のように外して、脳味噌をスプーンですくって食べるものだ。ちょうど食べ始める頃に目を覚まして自分の脳味噌が食べられるのを恐怖におののきながら目を閉じて死んでいくという(中国政府は1977年から禁止しているが、不能に効くといって秘かに愛好されているようだ)。ただし、『随園食単』(岩波文庫)の袁枚(えんばい)など洗練された趣味人はゲテモノ料理に反対したという。

 大学でフランス語を学んだ時にアレクサンドル・デュマ・フィスの「鳩の懸賞」(Le prix de pigeons)というのが教科書になったのだが、貧乏な男が金持ちのお嬢さんと結婚するための資金を得るために鳩を食べるという懸賞に応募するという、かなりナンセンスな話だった。鳩はトルコをはじめ、かなり多くの文化で食べるのに、ユーゴーは知らなかったのかもしれない。ただ、鳩は古代バビロニアのイシュタル神から始まり、古代ローマのビーナスの鳥であり、マリアの受胎告知にも描かれているし、聖霊が鳩のように天から下ってイエスの上にとどまって使徒が神の子と確信したように聖なる鳥だったのだ。だから抵抗があったのだろう。

 カラスだって食べる。戦前の政治家で、美食家としても知られた木下謙次郎が著書の中でカラスの味について書いているそうだ。大きなカラスはまずいが、小型のものはにおいも少なく、「油煎(い)りにすれば相当の味あり」と評価した。信州上田地方ではよく食べられているとも書いている(里見真三『賢者の食欲』文藝春秋)。ろうそく焼きという食べ方もあるという。肉も骨も一緒によくたたいて味をつけ、串の周りにろうそくのように塗りつけて焼くとある。

 雀は中に詰め物をしたフランス料理ファルシfarcisがある。日本では雀鮨といって、鮒や小鯛の腹にご飯を詰めて、雀のような形にした料理がある。

 海燕の巣のスープではなくて、燕を食べる文化もある。人類学者の南方熊楠は書いている在欧時の話(「神社合祀に関する意見」)によるとイタリア人がツバメを捕らえて食べるためフランスへの渡来が減り、害虫が増えたとフランス政府がイタリアに抗議したという。イタリアでは3月初めには燕が来るから次のようなダンヌンチオの「燕の歌」の歌があり、上田敏の訳詩集『海潮音』の冒頭を飾っている。

弥生ついたち、はつ燕(つばめ)、
海のあなたの静けき国の/便(たより)もてきぬ、うれしき文を
春のはつ花、にほひを尋(と)むる、
あゝ、よろこびのつばくらめ。
黒と白との染分縞(そめわけじま)は
春の心の舞姿。

 うちの学校の留学生のミン君は生卵を食べない。そんなのを食べるのは残酷だという。

 でも、朝、炊き立てのご飯にかけるときはそんな感情など吹っ飛んでいる。だって、おいしんだもの。

 実は日本国外の殆どの国においては卵を生食する食習慣はない。もちろん、外国で生卵を食べるのはサルモネラ菌の可能性があって危険は危険なのだということもある。いずれにしろ、卵かけご飯などはカルチャーショックであり、ときにはゲテモノ食と映る可能性もある。確かに、うちのおじいちゃんなどはお風呂帰りに八百屋によって生卵を割ってそのまま口に入れていたが、これなど幼心に残酷だと思ったものだった。ボクシング映画の『ロッキー』でスタローンがトレーニングの後の栄養補給のため、複数個の生卵をビールジョッキで飲み干すシーンがある。考えてみれば、欧米でもエッグノッグ(egg nog)といってラム酒やビールと生卵と牛乳、砂糖をまぜて食べるレシピもある。

 ミン君は生卵を食べることは野蛮な行為だと思っているが、僕は知っている。

 ベトナムでは孵化直前のたまごを食べる習慣がある。

 偏見をもってはいけないと思いながら、好奇心に負けてミン君に尋ねたことがある。すると、

 「レストランで食べたことがあるけれどおいしいものですよ」。

 これについては『開高健 一言半句の戦場』(集英社)「食べる地球」の中に詳しい話が出てくる。

 …ピロンといったかな。それを売りに来るのよ。それで、通は、一週間目がいいとか、十日目がいいとかいって争ってンの。ゆで立てののポンと割る。そうすると、くちばしはできているが、まだ目があいてないとか、頭はできているけれど、下半身はまだ黄身だとか、いろんな状態のが出てくるの。そこへトウガラシと岩塩と入れて、スプーンでしゃくってツルッと口へ…そして、もぐもぐやっていると、くちばしとか手とかいうのが口に残るでしょう。それを物憂い目つきで取り出して、チラッとながめて捨てるわけ(笑)。これをやれるようになると、もうあんまりスリに狙われないと教えられたんで、やりましたけどね。

 この後も戦場で野ネズミを食べて、チフスやペストが怖くて大学の先生に相談したらうらやましそうな顔をされたり、ペルーではモルモットを食べないといけないとか、という話が続く。

 別の本で知ったが、中国の広州には「三叫」というのがあって、生きたネズミの赤ちゃんだという。箸でつかむと「チュウ」と鳴き、醤油に漬けると「チュウ」と鳴き、口に入れて噛むと「チュウ」と鳴くから「三叫」なのだそうだ。

 関係ないが、学究というのはすごいもので、川上行蔵著、小出昌洋編『日本料理事物起源』(岩波)によれば、江戸時代以前の日本の本には食べ物としての鶏と鶏卵が出てこないという。

 長璋吉の『ソウル遊学記 私の朝鮮語小辞典』(北洋社)に出てくる話だが、韓国人が日本に「親子丼」というものがあることを知って、日本人は親子で食ってしまう、残酷だと叫ぶ場面がある。

 親子丼と名づけるなんて確かに残酷かもしれない。

 クジラがダメでブタやウシはどうしていいのか?とキリスト教徒に聞くと必ず、神様がそうして下さったのよ、という返事になる。日本人にはクジラもブタもウシも同じ動物だと思われるのに、である。 

 宮沢賢治に「ビジテリアン大祭」という未定稿がある。菜食主義者の世界大会がカナダのニュウファウンドランド島で行われるのだが、シカゴの畜産組合が乗り込んできて、肉食主義者は菜食主義でも芋虫を殺さなければならないとか、動物と植物の境目なんてない、と反論するという話だ。

 肉食自体が残酷なのかもしれない。というのが仏教徒や菜食主義者(ベジタリアン)の考えである。実はベジタリアンにもいろんな段階があって、魚はOK、卵はOK(いや、無精卵に限るという人も)という人もいれば、根菜もダメな人などいろいろだ。最近ではジベタリアンという新しい主義者も生まれているようだ。(^_^;)

 同じように賢治の「よだかの星」は普通の鳥なのに名前が「たか」ということで鷹から名前を変えろといじめられ、一方自分が虫を食べることが殺生で嫌になっている鳥の話だ。鷹に殺されるか、飢え死にする前に、もう消えていなくなって星になりたい、と願うのだ。「たか」になった一つはよだかのはねが無暗(むやみ)に強くて、風を切って翔(か)けるときなどは、まるで鷹のように見えたことと、も一つはなきごえがするどくて、やはりどこか鷹に似ていた為だった。

 更に、賢治の「なめとこ山の熊」では生活のために熊を殺さざるを得ない猟師小十郎が出てくる。年取ってきて、殺さずに自分が死ぬことになるなら、それでもいいような気がしてくる。最後は熊に襲われて死ぬのだが、熊たちはその熊とり名人の死体を前にお祭りをする。

 手塚治虫の『ジャングル大帝』で大好きな作品なのに、ウソ臭いと思ったのは、ライオンをはじめとした肉食動物たちは動物を狩って食べていたのだが、レオの提案だったか、途中から洞窟にイナゴのような虫を飼って、まずいのを我慢しながら食べるようになったことだ。食べられる動物たちは肉食獣がいなかったら個体数が増え過ぎて、結局、絶滅せざるを得ないのだから、ここはそのままでよかったと思う(で、なければ描かずにすごす)。

 一方、ロフティングの『ドリトル先生』はベーコンも食べるし、鰯の缶詰めも、塩豚も食べる。

 残酷と残酷でないことの境目がはっきりしないのと同じで、この問題はキリがない。

 ただ、これについて川田順三が『文化人類学とわたし』(青土社)の中で書いているのが、一つの鍵かもしれない。佃島の住吉神社の境内に「鰹塚」があったこと、ペスト対策で大量のネズミを殺した時でさえ、鼠塚を作って供養したことをフランス人に説明するのに苦労したという。

…明快を第一とする論理からいえば、偽善とみえるようなこの供養や塚の考え方は、だが私が「創世記パラダイム」と名づけている、神は己の姿に似せて人間を創り、他の動物を人間のために創ったという前提にもとづく、いわば確信犯としての動物利用とは、人間も他の生き物と同等に生きているという前提において、やはり異なっていると考えたいのである。

 米原万里『心臓に毛が生えている理由』(角川学芸出版)に「餌と料理を画する一線」というエッセイがある。ある一家でお婆ちゃんの手元がおぼつかなくなったので、老母だけ木の食器をあてがうようにした。ある日のこと、5歳になる息子が木の切れ端を見つけて細工しはじめた。「パパやママが年取ったときのための食器さ。祖母(ばあ)ちゃんのと同じだよ」と言ったという。こんな残酷さもあるということだが、このエッセイの結論はプラスチックの食器を使っている日本の貧しさを訴えたものである。憲法に割れない錆びないを旨としなければならないという、という文言があったのかもしれない」という。

 しかし、経済大国になったはずの今も、それは日本国の不文律として幅を利かせている。日常的に食事のプロセスを楽しむことなどに一片の価値も見出せない効率一辺倒な、快楽を無駄としか解釈できない精神の貧しさが、未だに日本人の食生活の、いや生き方の根底にあるのではないか。まるで発作のようにどこか落ち着きのないグルメブームの背景にも、そういうせかせかした貧乏根性が見え隠れしてならない。

 『作家の読書道2』(本の雑誌社)でイラン生まれだという作家の西加奈子が次のように話していた。

 エジプトでは1クラス5、6人とかだったんですよ。少ないもんやから、上下でも仲良しやった。駐在の子供やから誰かが絶対帰ると、いいなあと思ったり、自分もたまに帰国すると、お菓子はいっぱいあるしテレビは面白いから、日本に住みたいなあって思ってたんやけど、日本に帰ったらもう、カルチャーショックで。給食が、何百人もの生徒が全員同じものを同じプラスティックの食器で食べさせられるのにびっくりしました。囚人みたいでしょ?兄ちゃんは中学生で、坊主にさせられたから、それもびっくりした。まあ、そういうのはすぐ慣れたけど。【…】

 もしかしたら、飽食の日本人というのは最も残酷な食事をしているのかもしれない。添加物だらけの、どこから来たか、どんなふうに作られたかも分からないようなものを、どんな毒物が出てくるか分からないようなプラスチックの皿で食べさせられているだけだ。

 早坂隆『世界の紛争地ジョーク集』(中公新書ラクレ)にあったジョーク。

国連職員とアフタニスタン人が列車で旅をしていた。
国連職員は鞄からハンバーガーを取り出して一口食べると、まだ残っているのに窓から捨ててしまった。それを見たアフガニスタン人は驚いて言った。
「もったいないじゃないか。どうして捨ててしまったんだい?」
「食糧なんて事務所に帰ればいくらでもあるからね」
それを聞いたアフガニスタン人は、国連職員を列車の窓から投げ飛ばして言った。
「国連職員なんて、カブールに帰ればいくらでもいるからな」

 食いものの恨みというのは恐ろしい。ジャン・ルノワールの『ラ・マルセイエーズ』(1938年)では冒頭にルイ16世がベッドの上で飽食するシーンから始めていて、フランス革命が食いものの恨みから始まったことを予兆している。エイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』だって、ウジのついた肉を食べさせられることがロシア革命の原動力になっていることをモンタージュで示している。

 残酷というと辺見庸の「食いものの恨み」(『もの食う人々』角川文庫)に次のような文がある。

 難民に救援機関が食糧を配給した。その量がキャンプ周辺住民の目に「わしらより多いのじゃないか」と映った時、それまでの同情が徐々に反発へと代わったのだ。

 食べものの量のほんのわずかの相対差。

 そこに泡のように生じる微妙な感情のあや。飽食の国育ちの私の舌と胃袋が忘れかけている、おそらくは人間本来の、切ない食の相克がここにはあった。

 飽食と飢餓。飢餓を前にして飽食を続けることはできない。アフリカの難民を思い浮かべながら、同時に今日食べるレストランの食事を考える人間。これが一番残酷かもしれない。

 最初の話に戻ろう。残酷なのは天の恵みである鯨を骨まで「いただく」ことなく、鯨油以外は捨てていた西洋人の方がずっと残酷なのである。

 食べ物の詩というのはかわいらしいものが多いと思うのだが、こんな残酷な歌もある。

焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き---俵万智『チョコレート革命』

 全然関係のない話であるが、妻は結婚する時、食べてしまいたいほど可愛かったものだった。どうしてあの時、食べてしまわなかったものか?

【2008年初掲】


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