金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)

「黙って座ればぴたりと当たる」記号論

「そうだね。しかし一晩考えて止めた。世の中にはどうしようもないこともあるんだってね」
「例えば?」
「例えば虫歯さ。ある日突然痛み出す。誰が慰めてくれたって痛みが止まるわけじゃない。そうするとね、自分自身に対してひどく腹が立ち始める。そしてその次に自分に対して腹を立ててない奴らに対して無性に腹が立ち始めるんだ。わかるかい?」
「少しはね」と僕は言った。「でもね、よく考えてみろよ。条件はみんな同じなんだ。故障した飛行機に乗り合わせたみたいにさ。もちろん運の強いのもいりゃ運の悪いものもいる。タフなのもいりゃ弱いのもいる、金持ちもいりゃ貧乏人もいる。だけどね、人並みはずれた強さを持った奴なんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持ってる奴はいつか失くすんじゃないかとビクついているし、何も持ってない奴は永遠に何ももてないんじゃないかと心配している。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ。振りをするだけでもいい。そうだろ? 強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ」
「ひとつ質問していいか?」
僕は肯いた。
「あんたは本当にそう信じてる?」
「ああ」
鼠はしばらく黙り込んで、ビール・グラスをじっと眺めていた。
「嘘だと言ってくれないか?」
鼠は真剣にそう言った。
     -----村上春樹『風の歌を聴け』


 今、このエッセイを読もうとしている人にいうが、ここにはあなたの未来が書かれている。褌を締め直して読んでほしい。褌のない人は心を締め直して読んでほしい。

 僕には相手が黙って座ればぴたりと当てる能力がある。

 まず、あなたはこの文章を読みたいと思っていたでしょう。当たりですね。

 この先も読みたいと思っていますね。当たりですね。

 では。


 香山リカの『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(幻冬社新書)に本を書いた理由の一つが紹介してある。診察室にやってきた若い女性が、じっと黙ったままこちらを見つめている。相談内容について聞いても黙ったまま。三度問いかけると、溜息をついていった。

「わかんないですかあ?  ねえ、わかるでしょう?」
「はあ?」
「ここ、精神科でしょう? だったら先生、私が何を悩んでるかくらい、わかるんじゃないの? こっちが話さなければわからないんじゃインチキじゃん」
「話さなくてもわかるでしょ」と言われたのは初めてだったので、面食らった私は、思わずムキになって言い返してしまった。
「いやいや、話してくれなければわかんないですよ。精神科医は占い師じゃないんだから」
「でも、精神科医って深層意識とか前世とか、本人がわからないものもわかるんでしょ? 私、自分の前世について知りたいんですよ。そこに問題があると思うから」

 僕が尊敬する指揮者・作曲家はバーンスタインだ。バーンスタインの最後の弟子に佐渡裕というのがいる。すごいと思うのだが、「オーラの泉」に出て、おいおい泣いていた。次のような前フリがあった。

江原啓之さんとは以前、お寿司屋さんで会ったことがある。
 →首だけは気を付けて、と言わた。
  →5年前にヘルニアを持っていると言われた。

江原さんは、佐渡さんのコンサートに行ったことがある。
 →最初の一楽章は音が硬かったが、途中から突然気が満ちてきてすごい演奏会になった。
  →江原さんは遅れて来たが、江原さんが入って来た瞬間が分かり、明らかにパワーを感じていた。
   →指揮者は客席に背を向けていて、見えないはずなのに分かった。

 最初に会った時に、病名までぴたりと当てたのだが、指揮者というのは首の病気になりがちなものである。岩城宏之も罹った頸椎後縦靭帯骨化症というのは指揮者の職業病とされる。コンサートに来たらパワーを感じたというのはたまたまそうだったのだろうが、指揮者というのはいつだって途中から不思議なパワーに満ちるものである。恐らく、作曲家と演奏家と観客の熱気というものがないまぜになって生まれてくるものだと思う。大体、武蔵野音大を出た者が演奏の途中に入ってくるな、と言いたい。

 それにしても、「前世はフランスの貴族だったが、反逆児であり、社交界でわざとおならをしていた」とモーツァルトとティル・オイレンシュピーゲルを合わせたみたいな話をして喜ぶインテリがいるか!?と思ったものだった。それにしても、外国人でありうるとしたら、どうしてカメルーンの王国の王様だったりしないのだろう。人間なら誰でもいいというなら、ネアンデルタール人ではダメなのか?動物もありなのか?

  シャーロック・ホ―ムズが『緋色の研究』で初めてワトソンに会った時、「初めまして。あなたはアフガニスタンにおられたのですね」と挨拶した。「初めて会ったのに、なぜ彼は私のことを知っているのだ」と不思議に思うのも無理はない。だが、ホームズの推理は実に合理的な根拠から引き出されている。説明によれば「医者らしいが、軍人の雰囲気をもった男、といえば、軍医ということになる。顔は黒いが、手首は白いから、熱帯地方から帰ったのだろう。彼のやせこけた顔を見れば、苦労し、病気をしたのはすぐわかる。左手の動きがぎこちないところをみると、左腕にけがをしているな。英国の軍医がこんな目にあう熱帯地方といえばアフガニスタンしかない」というものだった。しかし、それを知らなければ、ホームズには魔法の力でもあるのかと思ってしまう。

 Dr.マリックが偉いと思うのは、決して自分は超能力だと言わないことで、彼ほどのテクニックを使えば何でも「超能力」に見えてしまうものだ。

 マリックが「超能力」でないのは、ホームズが「超能力」を持っていないのと同じだ。細木数子や江原啓之が詐欺なのは、ユリ・ゲラーが詐欺なのと同じである。

 ホームズの推理の作業は記号論である。

 記号論を英語のsemiologyからフランス語semiologieということがあるが、「兆候学」という医者の分野のことを指す。つまり、兆候を診て病因を当てることを指している。立派なお医者さんは占い師と同じで「黙って座ればぴたりと当たる」ものだった。顔色や体形、季節的な問題、親族関係などを知ればそれでぴたりと当てることができるのだ。ホームズのモデルがエディンバラ大学医学部の恩師ジョゼフ・ベルという医者だったというのもよく分かる。

 コナン・ドイルは『自伝』でベル博士が臨床講義で診察した人品卑しからぬ患者について、彼が部屋で帽子を取らなかったことから推理して、除隊して間もない軍人であること言い当てた後で、その理由を軍隊では帽子を脱ぐ習慣がないからだと学生たちに説明したと書いている。『ギリシャ語通訳』という作品では、ホームズと兄のマイクロフトがディオゲネス・クラブの窓から通りを見下ろして道行く男の態度や顔つき、日焼けのしかた、歩き方、体重の推定、軍隊用の靴をまだ履いていることなどから、彼を除隊した砲兵隊の下士官だと推理し合う。

 ドイルは大学を出てから船医になり、その後、知り合いのいないポーツマスで開業したのだが、患者は全然来なかった。仕方なく小説ばかり書いていた。ある日、中年男が現れて、診察室に通すと、ゴホンと咳をしたので、推理力を働かせて「どうやら気管支がやられているようですね」と言うと、男が「実はお宅のガスメーターの検針に来たんです」と答えた…。

 そうそう、最古の人類発見というニュースが時々流れるが、一体、このちっぽけな骨のかけらのどこがどうしたら大発見なのかと素人には思える。思えるが、玄人にはちゃんとした理由があるのだ。彼は、猿人が生きていた様子までが浮かぶのだろう。ピルトダウン人の骨はドイルが埋めたという説まであるくらいだ。

 妻の行きつけの耳鼻咽喉科の先生は舌を見ただけで病気から精神状態まで全部分かると豪語している。

 こんなジョークもできている(教科書に載っていたくらいので引用するのも恥ずかしいが)。

He was waiting at a taxi stand outside the railway station in Paris, when a taxi pulled up. He placed his suitcase in the car and took a seat.
"Where can I take you, Mr. Doyle?", asked the taxi driver.
Doyle was flabbergasted. He asked the driver if he knew him by sight.
"No, sir, I have never seen you before."
The puzzled Doyle asked him how he knew he was Arthur Conan Doyle.
This morning's paper had a story about you being on vacation in Marseilles. This is the taxi stand to which people who return from Marseilles always come. Your skin color tells me you have been on vacation. The ink spot on your right index finger suggests to me that you're a writer. Your clothing is very English and not French. And so, I deduced that you are Sir Arthur Conan Doyle."
Doyle remarked, "This is truly amazing. You are a real-life counterpart of Sherlock Holmes."
"There is one other thing," the driver said.
"What is that?"
"Your name is on the front of your suitcase."
 パリの駅でコナン・ドイルがタクシーを待っていた。スーツケースをタクシーの中に運ぶと自分も乗り込んだ。運転手が尋ねた。
「どこへ行きますか?ドイルさん」
 ドイルはびっくりして、どうして自分を知っているのかを尋ねた。
「あなたがマルセイユで休暇を過ごしていらっしゃるという記事が今朝の朝刊に載っていました。このタクシースタンドはマルセイユから戻ってきた人たちがいつも来るところです。あなたの肌の色を見れば休暇を過ごしてこられたのがわかります」
 運転手はなおも続ける。
「右の人差し指のインクのしみで作家だと思いました。服はフランス風ではなく、いかにも英国人らしいものです。これらの情報を総合して、私はあなたがドイル氏であると考えたのです」
 ドイルは感心していった。
「すばらしい推理だ!君はホームズに匹敵するほどの推理力の持ち主だ」
「ドイル氏だと思った理由はもうひとつあります」
「なんだね?」
「スーツケースにあなたの名前が書いてあります」

 行列のできる占い師がいる。評判が評判を呼んでいるのだが、「黙って座ればぴたりと当たる」と客に感じさせるのがうまい。相手に具体的な質問することなく、雑談や、その人の顔や服装といった外観を見るだけで、その人の個人的な情報を引き出すテクニックである。それを拡張して、その人の恋愛や仕事上の悩みなども当ててしまう。実際は「超能力」でも何でもない。「コールド・リーディング(cold reading)」という作業をしているだけだ。

 コールドリーティングに関しては石井裕之による入門書も色々と出ている。しかし、いくら体系化されたテクニックとはいえ、さりげない会話の中から微妙な情報を引き出すにはある種の才能は必要である。評判のよい占い師は例外なく、このコールドリーディングの達人である。ここの部分は才能としか言えない。徳川夢声(古い!)のような対談の名人というのも相手の表情から多くのものを引き出しているから、天才の名を欲しいままにできるのである。その逆の例が三谷幸喜の対談集『気まずい二人』(角川文庫)で、本当に相手との話が噛み合ってなくて、沈黙の時間も多い。小さい時から人見知りでもある三谷の、弱点克服のドキュメンタリーになっているのだが…。

 というのも、僕がテクニックを理論的に知っても、うまく相手から引き出すためには、今の自分のキャラを消さなければならない。人前でジョークをいうような人間にはコールドリーディングは円滑にできないと思う。

 五百羅漢などお地蔵さんの頭を撫でて、温かさを感じたらそれがあなたの祖先だと言われたことはないだろうか?

 「アガスティアの葉」というのがインドにある。南インドに伝わる葉で、その昔、聖者アガスティアがこの世の人々の未来を予言し、それをpalmyra(パルメーラ)の葉に書き取ったものだという。 一人一人の葉は指紋で識別できるようになっていて、葉にはその人の一生について細かく書かれている。聖者アガスティアは葉を見に来る人の数も予言し、その人数分だけ葉が保管されているともいう。ただ、実際に行ってみると数百におよぶ質問をされるそうだ。これだけ質問すれば、個人のどんな情報でも引き出せることになる。ま、ニセモノということらしい。

 それよりは僕が教えてあげよう。

 これからあなたが読むであろう本、会うであろう人はみな予言になっている。テレビだって予言する。ピアニストのランランがピアニストを目指したのは「トム&ジェリー」の「猫の演奏会」というの回を観て、トムのようにピアノが弾けたらいいな(リストのハンガリー・ラプソディー第2番)と思って練習を始めたのだという。ランランの『メモリー』というCDにはホロヴィッツの演奏が特別に入っている。

『ピアノ・コンサート』The Cat Concerto(1947) アカデミー賞受賞 (劇場タイトル)『猫の演奏会』

 登場するのはトムとジェリーの二匹(二人と書きたくなる)だけという、基本形の代表作。燕尾服でも素足のトムの、気取った表情とポーズが可笑しい。グランドピアノの弦の上で寝ていたジェリーの反撃で、「ハンガリアン・ラプソディ」がメチャクチャになるとき、ちょっとだけジェリーが弾くメロディは、MGMミュージカルThe Harvey Grils(46)でアカデミー主題歌賞を受けたOn the Atchison Topeka & Santa Feで、これは後に『ジェリーとジャンボ』の冒頭にも出てくる。
                      ----森卓也『定本 アニメーションのギャグ世界』(アスペクト)から

 ちゃんと読んだ本、きちんと接した人に影響を受けないはずがない。

 教育者・森信三の言葉を引用しておくが、とても便利な言葉だ。「あなたのレセプター機能が落ちていたんですよ、縁がなかったのですね」。

 人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。
 しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず。

 占いが外れたら「あなたのレセプター機能が落ちていたんですよ、縁がなかったのですね」と言えば、何でも許される。こんな手もある。

易者「おたくの庭に大きな木があるでしょう」
客「ない」
易者「なくてよかった」

 精神分析学だって似たようなものだ。精神分析で治るのに3年かかるというが、放っておいても3年で普通は治るものなのだ。カスカート&クライン『プラトンとかものはし、バーに寄り道』(ランダムハウス講談社)にはこんなジョークが出ているが、反証可能性のない話で、カール・ポパーが知ったら激怒するだろうが、占い師も似たようなことをやっている。いや、精神分析のお医者さんは占い師と同じことをやっている!?

患者「ゆうべ、女優のジェニファー・ロペスと歌手【ママ】のアンジェリーナ・ジョリーを、ベッドで抱いている夢を見たんです。三人で一晩中、セックスをしまくるんです」
精神科医「あなたは明らかに、母親と寝たいという根深い欲望をもってるんですよ」
患者「なんですって! ふたりとも母親には、ぜんぜん似てませんでしたよ」
精神科医「わかりました! 心理学でいう行動形成です! あなたは明らかに、母親と寝たいという、ほんとうの欲望を抑圧してるんですよ」

 「黙って座ればぴたりと当たる」というのは霊感ではなくて、一つのテクニックだ。実際にはいくつか質問していて、自らが答えているのだが、それを感じさせない人がうまい占い師だ。言葉を売らないで実は買っているのである(←くだらない駄洒落!)。慣れれば、過去のことや現在のことはすぐに分かるようになる。瀬尾まいこの『強運の持ち主』という小説は短大卒業後、事務用品会社での営業の仕事を半年で辞めてから始めて、天職とも言えるほどになった売れっ子占い師、ルイーズ吉田が主人公の小説だ。そこそこ当たるからすごい。でも、本名の吉田幸子では誰も寄って来ないだろう。

 荻原浩には『ちょいな人々』(文藝春秋)に「占い師の悪運」というのがある。占い師なのにどんどん運気が悪くなっていく男の話なのだが、結構むずかしいことが分かって笑える。手相は時代遅れで女性に不人気で、主人公の蒼山満宮(本名は「青山満久」)は脂性でダメだった。四林推命に転向したのだが、生年月日を書かなければならず、不人気。友だち感覚で恋愛相談ができる女占い師の方が受けがいい。生き残れるのは若いイケメンか個性派のベテラン。いきなり「あなたは心根の優しい人だ。だが、その魅力がまだまだ他人に理解されていない。ときには誤解されることもあるでしょう」という。「本来は明るい性格ですね。しかし、いままでの人生の選択を悔やむことも少なくない。あの時こうしていたら、この時ああしていれば、と」と言って撒き餌をする。「最近、水に関するトラブルがありませんでしたか」というのだが、水に関係のないものなんてあまりないはずだ。お父さんが亡くなっていると間違っていった時も「やはり、そうですか、まだ、亡くなっていませんね」と動じない。もちろん、死んでいたら「やはり亡くなって、もうこの世にいらっしゃらないのですね」というつもりだった。お母さんが亡くなっていることを聞き出したら、目を閉じ、ひたいにひとさし指を当てて、「……ん、月が見える……病名の漢字のどこかに、へんやつくりに月という文字が入った、そういう類の病気でしょう……少なからず苦しまれたようですね」というのだが、病死の場合、「脳、肺、胃、肝、筋…ほとんどの病気のどこかに「月」という字が入る。供養が必要だというのだが、「あなたの家には南、あるいは東の方向に窓がありますね」という。まぁ、たいていのマンションは南側か東側に窓がある。その後、易に占いを変えて、前の会社の子が来て仕事内容も知っているのに(相手が気づいていないことを幸いに)故意に言葉を濁らせてから「食品関係ですか?」などと聞く。「ここ数年で、あなたをよく知る人にご不幸があったようですね」といって、女の子の表情を読んでから「あたなをよく知る、と言っても肉親や友人とはかぎりません。あなたは気づかなくても、あなたに特別な思いを寄せ続けていた方かもしれない……」などというのだが、これに当てはまらない人間なんているわけがない。こうして、相手にその答えを言わせる。こうして人気を得ていくのだが…。

 実際、「あなたは人から指図されるのが嫌いなタイプでしょう」とか「苦しい経験がおありですね」とか「あなたは人間関係で悩まれたことがあって、それが原因で積極的になれないことがありますね」とか「昔お世話になった人で連絡が取れてない人がいますね」とか言われたらイチコロだ。当てはまらない人はいないからだ。更に、「猫を飼っていますか」といって、「いいえ」と言われたら、「良かった、猫を飼っていたらそれが諸悪の根源になるところでした」といえばいいのだ。「あなたを思っている人がいますが、あなたに告白する勇気がなさそうです。クリスマス頃までに現れると思いますが」というと現れたら予言になるし、現れなかったら告白できない人がいると思うだろうし、思ってくれる人がいると考えるだけで明るく生きることができるものなのだ。

 人は現在の自分の悩み、過去の出来事を当てられると、未来のことも分かると信じてしまう。自分の「ライフスタイル」(性格)を変えなければ、人はいつも同じ行動を繰り返して、同じ失敗をするのに、それに気づかない。そのため、対人関係でも、恋愛でも、仕事上のことでも、いつもその人は同じ結末を迎える。だから、相手の「ライフスタイル」を見抜いてしまえば、その人の将来のことを予測するのは難しくない。これをもう少し科学的に見せたのが心理学であり、精神分析である。一流のカウンセラー、精神分析医、サイコセラピストになるには、占い師同様、才能がないと大成しない。その意味で、河合隼雄のハッタリぶり?に学ぶべきものがある。

 河合隼雄は『ナバホへの旅』(朝日)で次のように書いている。

 メディスンマンという仕事が成立するためには、それを支えるものとしての「共同幻想」を必要とする。ジェームズさんが「聖なる人」を見たとしても、その存在を信じる人たちがいないと効果がない。

 いや、そんなことはない。日本でも、沖縄にはユタがいるし、東北に行くと、イタコがいる。自分はそんなのまったく迷信だと思って馬鹿にしていたが、言うことがあまりによく当たるので信じるようになった、と言う人もある。しかし、その人もはじめは疑っていたが、だんだんと上手に共同幻想のなかに取り入れられているのだ。そして、そのようにして取り入れるために、いろいろなトリックが用いられることもある。そして、メディスンマンが何かを「する」ことによって、患者が「治してもらう」ことが多いほど、そのメディスンマンは偉大ということになる。

 しかし、近代科学というものは、そのような共同幻想をぶち壊すことに、力を揮ったのだ。そして、近代科学的な研究者は、これらメディスンマンのトリックを数多く発見し、報告している。そして、一時は人間の理性の力ですべてのことが解決するとさえ思われた。しかし、現実はそうではなく、いろいろな心の病は、近代科学の力では治すことができなかった。さりとて、もう一度昔にかえって、共同幻想を使って治療をする、ということもできなくなった。現代人はあまりも科学的知識で武装しており、個人の力が強く、簡単に共同幻想を共有する集団などつくることはできなかった。とは言え、これは強力な方法なので、近代国家のなかにも、ある程度、カルト集団は存在している。

 政治家もハッタリが大切である。チャーチルが優秀な政治家の条件として挙げたのは「将来何が起こるかを予言する能力」と「予言が当たらなかったとき、それを弁解する能力」だった。

 『ギリシア奇談集』(岩波文庫)に出てくる話だが、哲学者のソクラテスには時おり「神霊の声(ダイモニオン)」が聞こえたという。彼に天命を教えてくれるのだが、なぜかいつもやろうとすることを止めるのだ。友人から何かの計画を相談された時にも聞こえたのだが、やっぱり中止の勧告だった。声にそむいて失敗した例もあるという。でも、何かを始めて失敗させるよりは何もしない方が失敗しないものなのである。現代でも官僚は同じ手口を使っている。とりあえず反対しておき、成功したらあの時の忠告を聞き入れてくれたのが良い方向へ進むきっかけとなったといえばいいし、失敗したら「ほら見ろ」と言えばいい。

 他人がいうことをなぜ、信じてしまうかというと信じたいために占い師の元に来るからである。騙されたいから騙されるのである。演歌ではないが、「騙し続けてほしかった」という気持ちが占い師のもとに人を集めるのだ。

 例えば血液型を信じている人が多いが、大村政男は『血液型と性格』(福村出版)で血液型が当たるとされるのは「FBI効果」があるという。

F:Free size効果(「バーナム効果」に相当):誰にでも当てはまる(フリーサイズ)ように見えるのを自分だけに当てはめて考える。
B:Brand効果(ラベリング効果):客はブランドに左右されて、いろいろな面の合う部分しか見なくなる。B型=乱雑のように一部だけで考える。
I:Imprinting(刷り込み)効果:刷り込まれるとそのように思いこんでしまい、B型は考え方が乱暴だからそんな風に行動してもいい…と考える。

 「F」は8割方、誰でも思い当たるようなことや曖昧でどうにでもこじつけられるようなフリーサイズの特性記述がそれぞれの占いにちりばめられていることの効果を言う。これによって自分の占いしか読まない読者は、あたかも自分の特徴が高確率で言い当てられたかのように錯覚してしまう。「 B」は他者をラベル付けしてステレオタイプに扱う傾向を言う。「I」は「この型の特徴」として喧伝されていることのバイアスを受けて、それに一致する部分だけを過大に捉えてしまうという思い込みのことを言う。言われている特徴に自分を合わせたり、教育したりする。

 石井裕之は占いが成功するには4つの理由があるという。セレクティブメモリ、アンビバレンス、巻き込み、本当であって欲しいという4つだ。

 セレクティブメモリとは、自分とって意味があることを、よく、印象に残り、覚えているということだ。片思いの相手の誕生日の数字が時計を見るとそこに出てくることがある。条件にあわないことを忘れて、さも、時計をみると、常に誕生日の数字が出ていると感じるのだ。

 アンビバレンスとは、人間の性格の二面性だ。いくら物静かな人でも、ある場面では感情をむき出しにする。その逆もある。なので、両方をうまく併記すると自分のことを言われたと感じる。

 巻き込みというのは、実際に対面で占いを受けると、いつもは受け流せるのに、相手が目の前にいると、曖昧な発言にもかかわらず、自分のことだと思うことだ。自分のことが知られていると思ってしまうし、知らずに自分のことを話してしまう。

 本当であって欲しいというのは、自分が望んでいることを相手がいうと信じやすいということだ。例えば、簡単な金儲け話は本当であって欲しい思うあまり、明らかに、論理上おかしいのに騙される側から「この人の言うことが本当であって欲しい」という気持ちになってしまうのである。不倫の相手の「離婚するから」というセリフも同じで、信じないで別れるよりは信じて別れない方が自分には好ましいからである。どうせ私を騙すなら、騙し続けてほしいのだ。

 人は、自分にとって意味があることばかり、よく覚える。自分が望んでいることを相手が発言すると信じやすい。

 相手に気づかれずに心理操作するノウハウでサトルティという技がある。阿刀田高の『日本語を書く作法読む作法』(時事通信社)に出てきたのだが、こんなのがある。

 「何でもいいから3桁の数字を思い浮かべて」「次にそれを二つ並べて6桁の数字にしてください」「もしそれが7で割り切れたら、あなたの今日一日は幸福だよ」という。538を思い浮かべたら538538となって割り切れる。「じゃあ、その答えが今度11で割り切れたら今週いっぱい幸運が続くぞ」「更に13で割り切れたら今月いっぱい大吉だ」。どの数でやっても同じ結果になるのだが、これで人は幸運を信じてしまい、占い師を信じる。

 「どれでも一つ数字を思い浮かべて」と言った時も、5,3,8である可能性が強いという。

 石井の例でいえば、「この石をあなたのポケットの中に隠してください」といって渡して自分も右に隠す動作をすると、相手はいつの間にか左に隠すことが多いという。相手の潜在意識にさり気なく入り込むのだ。ここから石井は『人を動かす12の方法』(三笠書房)の中でカリスマになるためのサトルティを12あげている。

1.相手の話にやたらにうなづかない。ため込んでからゆっくりと深くうなずく。カリスマの器は余裕と真剣さ。

2.できるだけ意識して相手の右手側のポジションを確保すること。相手が主導したい時には譲る。

3.「でも/しかし」と言わず、「だから/そして」と言うこと。「そうだな、確かに厳しいスケジュールだものな、でもだから、可能は範囲で努力してみてくれよ」という。受け入れてあげる人は、受け入れられる人よりも大きな存在なのだというサトルティを効かせて、カリスマ性をアピールする。

4.自分が本当に信じているセリフ、あるいは信じ込めるセリフだけをしゃべること。小言が多ければ、言葉の重みが失われる。

5.余裕の雰囲気を醸し出すために、本物の笑顔でチームメンバーに接すること。愛する人、好きなものを浮かべて微笑む。

6.走らないこと。ペースを守る。

7.相手を包み込むように見ること。アイコンタクトは相手を安心させる。

8.握手をするとき、左手を上に乗せて包み込むこと。

9.不安は、仮に態度に出てしまったとしても、決して口には出さないこと。自分から自分の欠点を最初に言ったりしない。

10.リーダーのあなたは「分かりやすく」なければならない。自分のキャラを決めて、相手に分からせる。

11.ゆっくり食べること。落ち着きを見せることである。

12.トラブルのときほど、「今、この瞬間」に集中すること。「(神様がいると信じて)このトラブルは、本当は3分の1でいいはずだ。『今、この瞬間』にやるべきことに向き合い、それを淡々とこなしていけば、乗り切れないはずはない!」。

 とはいえ、いろいろなタイプの人間がいる。

 我の強いMeタイプと協調性重視のWeタイプの2種類に大別(100%偏る人はいない)し、それぞれに言うべき言葉やそれを誘導する質問群を用意しておくのが秘訣らしい。

 Weタイプは「私たち」を中心に考え、感じ、行動する。他人との一体感に価値を求めている。人との関わりに価値を見いだすので、人に感謝されたり、頼られたりすると断り切れなかったり、困っている人をほっとけない。Weタイプには、客観的なデータや情報ではなく、具体例を持ち出して、身近な人を連想させて、その人が助かるような説明を商談等で持ち出すとビジネスがうまく行く。行動しながら考える。理屈よりも行動が優先するから、「とりあえずこれをやってみて」と体験させる。誉めるポイントは「感謝」「これからも助けてほしい」と人とのふれあいを強調すること。叱る時も、感情を交えずに論理的に叱り、期待する。どこが悪かったか、どう改善したらいいかは本人に考えさせる。

 逆に、Meタイプは「私」を中心に考え、感じ、行動する。自分で独自に判断したいと思っているので、理論的な説明や客観的なデータ・情報が好まれる。考えてから行動する。その仕事の意味や役割を理屈で納得できるように説明する。それから行動させる。誉めるポイントは「尊敬」「君がベストだ」と我を刺激すること。叱る時も、優しい口調で感情にアピールしながら叱り、応援する。何が悪かったかではなく、「これからはこうしてほしい」ということを端的かつ具体的に話す。

 Meタイプのモチベーションは自己実現である。リーダーシップ、責任感、論理的、頭がいいのだが、プライドが高く、利己主義、損得で動き、冷淡、臆病だ。こんな人には必要最小限、事務的に「あなたにしかできない。助けて欲しい」という。

 Weタイプのモチベーションは「人の役に立ちたい」である。だから、協調性が高い、こだわらない、愛情深いが、感情の起伏が激しい、依存的、体感的、気分屋で好き嫌いで動く。こんな人には雑談から入って、最後に要件を「あなたにもできる。私たちがついている」という。

 テレビに出てくる占い師をよく見ると、客として来ていた女性の手相を見ながら、さりげなく雑談をしている。黒いガウンみたいに被り物をしているのは目線を隠すためだろう。顔の角度は手のひらのほうを向いているのだが、視線は上目づかいで、何度も客の顔に行っている。ちょっとした質問をしながら、客の顔がどう変化するか、微妙な変化を見逃さない。表情のちょっとした変化から情報を引き出す。2、3分も喋れば、相当なことが分かってくるようだ。問題は引き出しかただけだ。

 恐山のイタコも全く情報のないところから始めてはいない。家族関係をちゃんと聞いてから始めるようだ。もちろん、イタコには霊的な力を持つ人もいたらしいが、霊的な能力を信じてくれる人が少なくなっている現代では衰退の一歩だという。死者あるいは音信不通者との縁を忘れられないでいる、あるいは時々思い出し供養に訪れる人々に対し、それらの気持ちを汲み取り、話を聞くことによってその心を和らげるのがイタコの仕事で、つまり、カウンセラーと同じことを宗教的に行っているにすぎない。沖縄のユタだって似たようなものだと思う(ごめんなさい、体験してから書くべきですね)。

 コールドリーディングに対して「ホット・リーディング」というのもある。事前に周到に準備をするもので、占い師より、霊媒師、詐欺師などが行っている。対談の名手にも事前の準備をきちんとしている人が多くて、膨大な著書に全部目を通している人もいる。でたとこ勝負の対談はやっぱりつまらない。

 さて、霊媒師とはまったくの初対面で会うことにしよう。霊媒師にとっては、前日にでも予約があれば都合よいのだが、予約なしで、いきなり行ったとしよう。そこで、あなたのおばあさんの名前を言ったら、その霊媒師はおばあさんの霊を呼び出す儀式を行い、おばあさんの亡くなった正確な日付をあなたに告げたらどうだろう。「おばあさんは2003年2月19日に亡くなったのですね」と言われ、それがズバリ当たっていたら、嫌でもその霊媒師の力を信じてしまう。

 僕だったら、何か道具を使って、「ええっと、七の数字が見えますね、七月か七日かにお亡くなりになったのですね」などと小出しにしていくところだ。実はこの手法はトランプのカード当ての時に使っているものだ。最初から答えを知っていても焦らすのである。ここだけの話、講演などでもきちんと調べてあることほど、曖昧に思い出すような身振りをすることがある。

 実際には数人に一人の割でも成功すればこの種の話は口コミですぐに広がる。あの霊媒師はスゴイということになる。いや、成功する必要さえないかもしれない。成功したという噂を立てるだけで充分なことは尊師が空を浮遊したというだけで信者を増やしたオウム真理教に学ぶことができる。

 タネを明かせば、この霊媒師は、普段から自分の住んでいる町や、近隣の町の墓をまわり、墓石に刻まれている氏名と亡くなった日をメモしたデータベースを作っている。訪問客が来たとき、雑談の中で、その人が昔からこの町に住んでいることがわかったら、その人の家族で、すでに亡くなっている人の墓がある可能性が高い。お寺を買収すればもっと効率的に占うことだってできるはずだ。

 どんな分野でもそれなりに評判のよい連中は、決して経営努力を怠っていない。細木だって、料理はしっかり学んでいるみたいだし…。

 香山リカは『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』で小泉圧勝の重要要素もスピリチュアルにハマる人と同じではないか、と分析している。

 本当かどうかは別にして、とにかくむずかしいことは抜きで、明るい気持ちにしてもらえる。希望が与えられた気分になれる。小泉前首相のことばは、まさに人々をこうした「気分」にすることができる不思議な力を持っていた。

 小泉との懇談会「らいおんミーティング」に参加した女性達の感想を紹介していう。

 いずれも、小泉首相の話の内容や政策にではなくて、その「オーラ」「丁寧な対応」「やさしさ」にワクワクし、感動した、と語っているのだ。ここでも大切なのは、小泉首相は瞬間的に人をそういう「気分」にできる人であり、だからこそ「すばらしい」と支持されている、ということだ。【…】

 そしてその人達は、首相にだけではなくて、わかりやすい科学を語る人やスピリチュアル系のカウンセラーにも同じことを期待する。
「だましてほしい」とまでは言わないが、とにかく明るい気持ちにしてもらいたい。希望や感動を与えてもらいたい。私だけそういう「気分」になれれば、他の人のことまでは知らない。そしてそうしてくれるなら、その内容や真偽のほどは問わないことにしよう…。

 裏を返せば、それくらいまを生きる人々は日常生活の希望や感動に飢えているということか。あるいは、誠実な政治や正統的な科学は、もはや人々を明るい気持ちにすることができない、ということなのだろうか。

 香山は脳トレ・ブームも同じ精神構造から生まれているといい、他人のことは無関心で自分のことだけを考える現代人を嘆いている。

 たしかに、「いまの人生はあまりにつらいので、せめて前世では武将だったと思わせてくれ」「死後の世界で愛する人たちに再会できると信じさせてほしい」と願う人たちに、「それは科学的に証明されていないから、本当とは言えません」「あの霊能者は、本当に前世やオーラを見ているのではなくて、適当なことをしゃべっているだけかもしれませんよ」などと告げることが、何の救いにもならないことは言うまでもない。
しかしそうだとすると、いまや「科学的真実」の意味などどこにもない、ということになるのだろうか。

 でも、僕は批判する気はない。何百万も騙し取られる人がいることは事実だし、細木だってかなり危ない商売をしているという噂(ウワサなので責任は持ちません)があるが、基本は騙される方が悪い。濡れ手に粟のような仕事があったとしたら、それこそ詐欺だと思わなければならない。さすがにスピリチュアル系の番組は批判が多くて、2008年春から少なくなるそうだが、オウムの時だってマスコミが煽って、火をつけて、悪い奴らだと断罪したのではなかっただろうか?こういう人を昔から「マッチポンプ」というのだ。

 それに、占いで人生が明るくなった人だっていっぱいいるはずだから、それでいいんじゃないかと思う。科学とは無縁で暮らす人がいっぱいいてもいい。「ヘキサゴンII」でお馬鹿が大ブレークしているが、あんな人々もちゃんと生きていける、立派な時代を迎えていると思った方が気が楽だ。確かに「死んだ人間が生き返ることがある」という質問に大学生の24%が「ある」と回答したというから笑えない話ではあるが…。自殺との関係もあって来世を信じない方がいいのかもしれないけれど、お馬鹿に生きることで自殺を防げている部分もあると考えた方がいいかもしれない。

 マックス・ウェーバーは『職業としての学問』(岩波文庫)の講演の中で次のように語っている。

 さて、たとえばいまこの講堂におられる諸君は、そのだれもがインディアンやホッテントットのような未開人よりもよく自分の世界について知っているといえるであろうか。おそらくは、いなである。

 つまり、現代人は電車に乗っても動くわけをしらないし、知らなくてもすむ。それがどう動くか予測できればいい。ところが、未開人は自分の使用する道具について、比較にならないほどよく知っている。電車が壊れても、現代人は電車をつくることができないが、未開人は道具をつくる方法を知っている。ウェーバーはここから専門の学問に特有のねうちは何かということに入って、魔法からの世界解放という話に行くのだが、僕らの「知識」といっても考えなおしてみれば、多くは記号として知っているだけかもしれない。だから、お馬鹿タレントを笑うことなどできないのだ。

 それに、わずか数千円で明日を明るくできたり、全く面識のない人に困り事を相談できるなんて、ステキじゃないかと思った方が得だ。

 カトリックには「告解」というのがあって、いつだって神父に相談できる。「ゆるしの秘跡」とも呼ばれ、洗礼後に犯した自罪を聖職者への告白を通して、その罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼である。カトリックの作家・遠藤周作が書いているが、カトリックになってしまえば、どんなに悪いことをしても、打ち明ければそれで気がすむから楽だという。

 ええっ、フロイトの精神分析だって同じだってぇ。精神分析だって、それで満足して帰る人がいればいいんじゃないのと思う。最近は知らないが、ちょっと前まで精神分析にお金をつぎ込む金持ちなんていっぱいアメリカにいたはずだ。

 日本では占いで、そこそこ元気になっているから、いいんじゃないの?

 僕はハマりたくないけど。

誰かの影響を受けるのも悪くない。それをまた誰かと違う形で共有していくのもちょっと愉快だ。
-----瀬尾まい子『強運の持ち主』


   


 

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