一書の人をおそれよ

「天地は過ぎゆかん、されど我がことばは過ぎゆくことなし」(マタイ伝24:35)


 私はこの部屋にある最も神聖な書物、すなわちアルファベット順電話帳に誓って真実のみを述べる。人生は空っぽである、と。しかし、もちろん救いはある。というのは、そもそもの始まりにおいては、それはまるっきりの空っぽではなかったからだ。私たちは実に苦労に苦労を重ね、一生懸命努力してそれをすり減らし、空っぽにしてしまったのだ。
     -----デレク・ハートフィールド@村上春樹『風の歌を聴け』

 ボハナンという人類学者がアフリカのティブ族の中で『ハムレット』を話してあげたことがある。母が父王の死後、一ケ月で弟と結婚する。ハムレットが亡霊から真相を聞き出し、その不正をあばこうとするうちに悲劇が生まれてくるのだが、ティプ族のようなレヴィレート婚(兄が死ぬと弟がその妻を娶る⇔ソロレート婚)をする部族では弟王と母の結婚は常識であり、道徳的でさえある。おまけに死や亡霊についての考え方が西欧とは全く違うために『ハムレット』を聞き終えた人々は、それを人々が模範とすべき家庭道徳の話であり、ハムレットやオフィーリアの行動は世間知らずの軽率な行為であると考えてしまった。

 モンゴルの映画『トゥヤーの結婚』を見て、生活の厳しさというのを強く感じた。夫が井戸掘りで怪我をして動けなくなって、一家が危機に瀕してしまい、再婚しようかという話だった。

 レヴィレート婚は『創世記』に出てくるオナンが兄タマルの未亡人のタマルと結婚したことになっていてごく普通のことだった(自分ではなくてタマルとの長男が家督を継ぐことになるので、これを避けるためにオナンは「オナンの罪」を犯してしまい、神様に殺される)。夫の死が直接、家族の滅亡に関わるイヌイットなどではごく当たり前のことである。日本でもそんな結婚はちょっと前までたくさんあった。

 ちなみに、ハムレットの悩みは母親と父の弟の結婚が「近親相姦」に当たると考えているからだ。ヘンリー八世は兄が死んだ時に兄嫁だったキャサリンを妻にした。キャサリンは当時カトリックで最大の強国であったスペインの王女だった女性だ。それを后にしたのだから大騒ぎで、兄嫁との結婚は聖書で禁じられていたものだ。本当は許されないところを政略結婚ということでローマ教会も特別の許可を出した。ところが、今度はアン・ブリンと結婚したいといってローマ・カトリックから独立してイギリス国教会をつくった。キャサリンの娘のメリーがカトリックを優遇して「ブラッディ・マリー」(ウォツカとトマトジュースのカクテルの名前に残っている)と呼ばれるようになったり、いろいろあって、アン・ブリンの娘がエリザベス女王になっていく…。そんなどろどろした事情もあったのだ。

 ディネーセンの『アフリカの日々』では、キクユ族のファラに『ベニスの商人』を話した時のことが出ている。「どうして、そのユダヤ人は止めたのですか?忠告してくれる友人はいなかったのですか?」とファラは驚く。肉1ポンドを血を流さずに切ることは火で焼いたナイフを使えば易しいことだし、正確に1ポンドとるには少しずつ削っていけば十分可能だという。どうしてそんな不当な裁判ができるのか不思議でならないのだ。

 本多勝一が『アラビア遊牧民』で書いていたが彼らに「月の砂漠」の歌を教えてあげたが、理解不能だったという。特に最後の「朧にけぶる月の夜を、対の駱駝はとぼとぼと。沙丘を越えて行きました」というが季節があるはずもなく、朧月になる時は砂漠全体を覆うような旋風が吹くと、砂漠の砂が巻き上げられて、空一体が赤くなる時だという。その時に、お揃いの服を着てのんびり歩けるはずがない。

 「世界文学」というものがあり、私たちはこれが人類共有の財産であり、世界中の人が皆同じように読んでいると思っている。これはゲーテ以来の伝統だ。ゲーテは「こんにち国民文学はもはやさしたるものを体現しない。私たちは世界文学(Die Weltliteratur)の時代に入ろうとしているのであり、この進化を促進させることこそ私たち各人の義務である」と述べた。

 しかし、日本人がアフリカの人々のような読み方をしていないという保証はどこにもない。映画も同様である。外国映画に出てくる日本人、日本文化を少し考えれば、その奇妙さがよく分かる。逆に我々は外国人や外国文化を日本人のフィルター、悪くいえば色眼鏡で見ているだけなのだ。

 沼野充義は「新しい世界文学としてのハルキ・ムラカミ」というエッセイで「重要なのは、翻訳を通じて様々な言語や文科のプリズムによって屈折させられながらも、国際的に流通していく『新しい世界文学』のあり方がここからほの見えてくることだ」という。誤訳も一つの創造ということになる。

 逆に日本的だと勝手に思っていることが他の国でも通用することがある。水戸黄門漫遊記は史実とは異なる真っ赤なウソだということが知られているが、これは東アジアに共通する要素で朝鮮の『春香伝』と強い接点を持つと金海南『水戸黄門<漫遊>考』(新人物往来社)で指摘されている。「この馬牌(まぺ)が目に入らぬかぁ」「いぇーっ」というセリフも似たようなものだという。

 考えてみると、水戸黄門を好きな心性というのは不思議なものだ。いきなり権力者が片を付けてしまう、というのが日本的というかアジア的である。アメリカだったら、英雄は民衆の中から生まれてくるものだ。それなのに、日本だと遠山の金さんであろうと、暴れん坊将軍であろうと、権力者が民衆の味方をする。変だ。

 これらから文学人類学の可能性が見えてくる。文学は文化の揺りかごで育つ。したがって、文学から文化が読めるし、文化から文学を読まなければならない。

 桃太郎が侵略的だということは昔から指摘されているとおりである。特に鬼ケ島から持ち帰った宝をおじいさん、おばあさんたちと山分けするところが間違っている。

 童話が新聞記事になったらという『週刊朝日』パロディ大賞の一席になったのに次のようなの載ったことがある。

 少年非行、ついにここまで
  白昼どうどう、まさかり振り回す児童
 大人社会のゆがみ反映
   猛獣を手下に英雄気取り
     「強ければ偉くなる」 
        恐ろしいK少年の短絡思考

    ------福岡市・マンマン『金太郎』

 未開とか野蛮とかいうのは狭い自分の世界を真の世界と信じて疑わない態度をさす。

  中沢新一は『人類最古の哲学』(講談社)でヨーロッパのシンデレラ物語を北米のアルゴンキン諸族のミクマク族【この部族のお墓がスティーブン・キングの『ペットセメタリー』Pet Sematary(“cemetary”が本当の綴りだが責めたりーしないで)に出てくる】がどのように変容させたか述べている。王子様を待つだけのシンデレラは「野蛮」だっったので、鋭い批判精神をもって創作した「パロディ」版のシンデレラ物語(見えない人の話)を作ったのだった。

 この意味で、アフリカも日本や欧米と同じように野蛮で未開な人々に満ちあふれているのである。

 「一書の人をおそれよ」というのはトマス・アクイナスの言葉だそうだが、この人々の特徴というのは、真理はすでにわかっているというふうに冷笑的に一書以外の本、更には他者に対処することだ。「本に書いてある」といって、したり顔で臆面もなく発言したりする。淋しい姿だ。

 人生の目的が自分の世界を少しでも広く、深く構築することだとすれば、せめて、本でも多く読んで、目の前に広がっている豊かな世界へ踏み出そうではないか。

【図書館だより 1983年3月第13号】


※冒頭の「ハムレット」の話は西江雅之『ことばを追って』(大修館)にも紹介されている。

※大急ぎで弁解しておくが、「一書の人」というのは本来、聖書など一冊の本だけを大切にしている人を指し、「おそれよ」というのは本当は「そういう一書の人というのはものすごい力をもっているから刮目せよ」という意味でもある。ドストエフスキーの『作家の日記』にも本を一冊しか読んだことのないおばあさんが出てきて、それが旧約聖書だという話が出てくる。

 「本を閉じ、ろうそくを消し、鐘を鳴らす」というと、カトリックにおける破門を意味するが、もちろん、この本は聖書である。暗闇が訪れ、悪霊が支配し、破門された者には魂の死を告げる鐘が鳴らされるということだ。

 ドワイト・ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』(みすず書房)に出てくるが、例えば、ドワイト・L・ムーディという男は「聖書以外には一冊の本も読まない」と広言してはばからなかった。学問は霊の人の敵であり、「知識なき情熱は情熱なき知識にまさる」というのが一貫した立場だった。 靴の卸業者として成功したあと、ビジネスから宣教活動にシフトしたこの人物は1873年にイギリスで活動を行い250万人を動員し、帰国と同時に名声の絶頂を迎えた。彼は無学で「彼の説教を批判する者たちがずっと言い続けていたように、文法すら知らなかった」。しかし、一分間220語語るそのすさまじい早口と大音量の説教で、巨大な会堂の聴衆を一挙に救済に導く技術においてこの時代最高のパフォーマーであった。

 日本はthe Book(聖書)がなくてbooksしかなかった。おかげで豊かな読書文化が育ったというのは斎藤孝『読書力』(岩波新書)の話。

 また、西欧ではhomo unius libri 「一書の人」という言葉があって、これはマーガレット・ミッチェルのように一冊だけで終わった作家を指す。

 三好達治に四行詩「燈下」というのがある。彼には陶淵明の詩集が似合うのだろう。

春は一巻 淵明集
果は一顆(か) 百目柿
宿舎の夜半の静物を
馬追ひのきてめぐるかな

 書いた当時、結婚していなかった僕は「一書の人」より「一緒の人」がほしかった。

 鹿島茂『フランス歳時記』(中公新書)に出てくる話だが、モンテーニュの『エセー』を上装の箱入り5千円と全モロッコ革装の超豪華本が売り出されたのだが、革装丁の方が売れたという。社員に訓示をたれるとき、『エセー』から引用するとかっこいいと信じた企業の社長たちが、争って豪華本を買って、社長室に備え付けたのである。

 そうそう、一書の人ではないかもしれないが、子ブッシュ大統領は「幼いころの愛読書は何か?」と聞かれて「はらぺこあおむし」と胸を張って答えたという。しかし、この本は1969年発行で、46年生まれのブッシュは23歳になっていたはずだった…。


 一冊の本しか読まない人間は怖るべき学者であると云われている。それは狭い。しかし多読の学者の持たない鋭さと整然さを持っている。英雄たちは部落人に関する知識の周到綿密さに於てはこの一冊本の学者に擁してよい。------きだみのる『気違い部落周游記』


 

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