金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


趣味の比較文化入門   


一度でいいから
人間以外の眼でものを見てみたい
ものを感じてみたい
------田村隆一『緑の思想』


 生きていることは比較文化することだ。

 友達と話していても、妻と話していても、分身であるわが子と話していても話の違いを感じることがある。同じ家に住んでいるのに文化が違うことがあるのだ。

 結婚というのは文化の違いが端的に現れるものである。

 結婚して、お味噌汁を作る。その味が母親が作ったものと全然違う。たくあんの切り方が違ったり、田楽の作り方が違ったりする。お雑煮にいたってはまるで同じ料理とおもえなかったりする。

 神は細部に宿る。そして、こうした細かいことから喧嘩が始まる。

 井上ひさし『吉里吉里人』ではカレーの食べ方がぐじゃぐじゃに混ぜなければ食べられない人とご飯とルーのかかっている部分の変化を楽しむ人との間で喧嘩になって殺人が起きる。

 『ガリバー旅行記』では最初の小人の国は卵の割り方が上からか下からで戦争になっている。

 でも、人生は比較文化だと思えば、腹も立たない。

 何しろ、自分と違う文化なのだから、相手の文化に合わせる必要はない。ハムレットがいうように「いいも悪いも本人の考え次第」(第2幕第2場)なのである。

 職場でも相手をエイリアンだと思えば腹が立たない(はずだ)。

 逆に、文化が違うからと居直ることもできる。

 チャールズ・ディケンズの『ドンビー父子』(Dombey and Son)に出てくるスキュート夫人は、ワーウィック城の見学に連れて行かれた時に、あくびをこらえることができなかった。そこで、案内人に「あくびが出るのは喜んでいる証拠」と主張した!

 文化とは何か?定義はたくさんあって、それらを比較するだけで時間がかかる。クラックホーンとクローバーはそれまでの定義をまとめただけで論文を書いているくらいだ。ちなみに、クローバーというのは『ゲド戦記』で有名なアーシュラ・K・ル=グウィンの親である。ル=グウィンは人類学者であるアルフレッド・クローバーと作家のシオドーラ・クローバーの末娘として生まれた。クローバーはカリフォルニア大学バークリー校の人類学教室を作った学者である。文化相対的な視点がそもそも家風、というわけだ。一家はバークリーに住み、毎年夏になるとナパ・バレーに買った農場に行った。当時、クローバーはナパ・バレーに住むパパゴ族、ユロック族の生き残りのネイティブ・アメリカンとも親交があった。幼いアーシュラは、彼らと遊んだり、「インディアンの太鼓」を作ってもらったりして、夏の日を過ごす。

 両親が人類学者だったル=グウィンは『ファンタジーと言葉』(岩波)の中で人生を振り返り、「非常に安定した環境で育った子どもたちは、愛情をあまり意識しないものです。たぶん、魚が水をあまり意識しないのと同じようなものなのでしょう」と書いているが、文化や言葉もまた同じである。

 僕が気に入っている説明は波平恵美子『平成版 暮らしの中の文化人類学』(出窓社)にあるものだ。

 日々の暮らしが、何もその時々で検討したり考え込まなくてもスムースに進んでいくのは、ほとんどの暮らしを成立させている詳細が文化によって規定され、その社会のメンバーがそのことを了解しているからである。文化人類学でいう「文化」は、思想や宗教、倫理や道徳として充分に整理された、そして推敲された言語表現でも示され伝達されると考えるが、同時に多くのものは日々の暮らしの細々とした行為を通して伝えられ、人々はそれを相互に確認し合っていると考える。例えば、人への愛情や思いやりや個人の尊厳というものは、「思いやりの心を大切にしましょう」という言語表現ではなく、日々の暮らしの中で生じる無数の行為を通して育まれ伝達されると考える。思いやりは、例えば人の身体に触れないよう人混みを移動するとか、人の後ろを通り抜ける時には、「ごめんよ」と声を掛けるといった行為を通して伝えられる。それをする人、される人、さらにはそれを側で見ている人に、他人を思いやるっころの実際が示され確認されるのである。親子、夫婦、兄弟の間の愛情は、言語表現もさることながら、そろって食事をする時の食事の受け渡し、交わす眼差しや言葉など細々とした行為で育まれ、また確認される。

 文化というのは理屈ではない。正解もない。全てが相対的で、それぞれに大切なものである。プロセスだ。映画を観て、結論だけ知ろうとするのは文化ではない。その映画の中に何が描かれているのか、考えるのが文化である。理屈の通ることしか信じないという態度は、だから間違いである。合理性だけで文化は語れない。寺社や食事の前に合掌したり、節句を祝ったり、雑煮や鏡餅を作ったり、スリッパで畳に上がらない、という「かたち」が文化なので、どれにも理屈はない。

 典型的には比較文化のこんなジョークがあって、ステレオタイプを作ることで、偏見を生んでしまう。

ある船に火災が発生した。船長は乗客を海へ飛び込ませるために、各国の人にいった。
イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」
アメリカ人には「飛び込めばあなたはヒーローです」
イタリア人には「さっき美女が飛び込みましたよ」
フランス人には「飛び込まないでください」
ドイツ人には「規則では飛び込むことになっています」
ロシア人には「最後のウォツカのビンが流されてしまいました。今飛び込めば間に合います」
(ポリネシア人は何もいわなくても勝手に飛び込む)
中国人には「その辺においしそうな魚が泳いでますよ」
韓国人には「もう日本人は飛び込みましたよ」
北朝鮮人には「飛び込めばこのまま亡命できますよ」
日本人には「他の人はみんな飛び込んでますよ」
日本人のサラリーマンには「海に出張だ」
日本の学生には「飛び込めば単位もらえますよ」
大阪人には「タイガースが優勝したというニュースが入りました!」

 アメリカ人にはジョーク、イギリス人にはユーモア、フランス人にはエスプリ、日本人には駄洒落があるが、ドイツ人にはなくて世界で一番薄い本は『ドイツ二千年の笑い』だというジョークだけがある。

 比較する時には現象を記号化する。いや、我々はみな現象を記号化するからこそ生きていけるのである。記号化すれば全てが相対化できる。相対化すればそこには善悪も序列も何もなくなる。

世界の一部しか知らぬのにそれでも人間が生きて行くことができるのは、自分の所有している、世界の断片を記号化し、その記号を手がかりに全世界を理解しようとし、また理解できるからであろう。記号によって世界と結び合うのだ。
   ------井上ひさし『さまざまな自画像』

 結婚は究極の比較文化である。そのせいか次の小咄は素朴な比較文化になっている。

「お前、結婚して向こうの村と違って苦労していることはないかぇ。」

「おっかさん、何にも変わったことはないよ。そういえば、うちの方では頭に枕を使うけれど、向こうの村では腰に使う。」

 ポリネシアの人々はいわゆる“astride position”というのが正常だと思っていた。ところが、宣教師がやってきて、これが正しい位置だと教えたので、びっくりして、それを“missionary position”(宣教師の位置)と名付けた【自分で調べてね】。

 斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』(岩波新書)で一番面白かったのは、戦後の冠婚葬祭マニュアル本の「初夜の心得」だ。英語で“deflower”というけれど。

 きっと静かな離れでしょう。御新婚さんといえば、宿ではそれむきの部屋を用意してくれます(中略)二人だけ取りのこされて、ちょっと、間のわるい沈黙のときがくるものです。もし抱き寄せられたら、微笑をうかべてより添いなさい。おののく思いで、新郎の唇であなたの唇をふさぐでしょう。短いはじめての口づけ。
 それは言葉を越えた愛のしるしです。拒んではいけません。はじめは唇をかるく閉じたまま、新郎が情熱的になったら、徐々に花びらを開きます。
     (徳川尚之『媒妁人全書』1961年)

 誤解というのは恐ろしいもので、英語辞書の原典ともいえるサミュエル・ジョンソンの辞書の「象」には「交尾の歳、雌は仰向けになって雄を受け入れる」と書いてある。

 比較文化の映画というのも実に多い。『戦場にかける橋』『アラビアのロレンス』『インドへの道』のデヴィット・リーン感得や『グリーンカード』のピーター・ウィア監督は“Strangers meet”の監督といえるのである。

 最近では、舞台を映画化した『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』が面白かった。ギリシャ人とアングロ・サクソンとの結婚を喜劇にしたものだ。結婚式の朝にお母さんがいう。「私の母が結婚前に教えてくれたのだが、女は台所では子羊のようにしなければならないよ。そして、寝室では虎のように…」と言ったところで、ヒロインが「お母さん、もう止めて」といって終わる。

 まあ、こんなこともある。横についているということはないのだ。

 あるとき、ニューヨークのあるビジネスマンが京都を訪れ、売春宿へと行った。ニューヨークに戻った彼はそのときの体験を友人たちに自慢した。
「そこはアジアで一番といわれる売春宿だった。まず部屋に通されると、タタミの上にフトンが敷いてある。部屋の中は神秘的な香りに包まれていてね。独特の楽器の音が少しだけ耳に届いてくる。まったくニューヨークでは絶対に体験できないことばかりだったな」
 彼はなおも続ける。
「やがて、キモノを着た女性が部屋に入ってくる。顔を白く化粧していて、これがなんともミステリアスなのさ。それから彼女はサケをついでくれてね。そのあとで一緒にフトンに入るんだ。本当にニューヨークでは絶対に味わえない体験さ」
「それで?そのあとはどうなった?」
 彼の友人たちは鼻息を荒くして聞いた。
「そのあと?そのあとはニューヨークと同じだったよ」

 ちなみに、完璧な人間とは次の通りだという(早坂隆『世界の日本人ジョーク集』中公新書ラクレ)。

 イギリス人のように料理し、フランス人のように運転し、イタリア人のように冷静で、日本人のようにユーモアがあり、スペイン人のように謙虚で、ポルトガル人のように勤勉で、ベルギー人のように役に立ち、オランダ人のように気前がよく、韓国人のように忍耐強く、インド人のように上品で、ロシア人のように酒を飲まず、トルコ人のように計画性があり、イラク人のように温厚で、ルクセンブルグ人のように存在感がある人のことである。

 チャールズ皇太子は「歴史で2番目に古い職業の代表として…」と挨拶したことがある。もちろん、一番目は売春婦ということだ。

 こういうユーモアはダイアナには通じなかったようだ。

 ついでにチャールズは「僕は動物を観察していて親を真似ていることが分かった。僕も同じだ」と不倫をヘンリー8世以来の伝統であるとした。

 文化の違いで二人は別れたのである。二人とも文化を相対化していれば、もっと比較文化を勉強していれば離婚せずにすんだのだ。離婚してからエジプト文化を学ぼうとしたようだが、遅かった。

 つまり、比較文化ほど役に立つ学問はないのである。

 写実主義の画家クールベは「私は天使など描かない。なぜなら羽根の生えた人間など見たことがないからだ」と言った。このクールベに「世界の起源」(L'Origine du monde)という絵がある。恐らく、次の谷川俊太郎の詩はこの絵に触発されたものだ。こころとか文化なんてものは後から来ただけだ。

みなもと   谷川俊太郎   『うつむく青年』(サンリオ)

   からだがからだにひかれて
   こころはずっとおくれてついてくるのだ
   はだとはだがふれあって
   ことばはもっとあとからかたられる
   うつくしいもみにくいもない
   ただそれだけのことを
   太古から人間はくりかえしてきた
   たそがれのへやのうすくらがりに
   あせがひかりいきがにおい
   あたらしいいのちのはじまりのために
   ちかうべきなにごともない
   その無言にいま
   しずかにまぎれこんでくるおんがく
   群衆のような弦楽器たち
   予言のような管楽器たち
   ふたりをひきさくこころとことばの
   あまりにもはやすぎるさきぶれとして

 時々、大学生からもメールをもらうが、インターネットなんかにしがみついているよりはもっと違ったことをしたら、と思う。

 デパートへ行くだけでも、違う眼で見れば、インターネットよりは役に立つはずだ。西江雅之先生は「散歩道としてのデパート」(『ことばを追って』大修館1989)の中で池袋西武デパートを解釈しているが、視線を変えれば、全てが面白くなってくる。「それ【デパート】は博物館のように単にわたし達の実生活の反映としてあるというだけの事ではない。それは未来を映す鏡のようなものである」のだ。

 言葉も社会現象もちょっと遠くから、ちょっと斜めから眺めて見れば違って見えてきて、もっと面白いはずだ。

 ただ、映画を見ていても比較文化の方にばかり眼が行って、ストーリーを楽しめないことがある。

 比較文化というより比較文学になるかもしれないが、僕は学生時代、小石川図書館の「優秀映画を観る会」が楽しみだった。評論家の岩崎昶先生が前説をしていた。

 先生の前説の中で最も驚いたのは黒澤明『生きる』である(アメリカではTo Live、イギリスではLiving、フランスではVivreとして紹介されたが、その後、原題そのままのIkiruで定着している。これは「生きる」という題名そのものが一つの概念になっているからである)。先生はこの作品の原作はゲーテの『ファウスト』だといった。

 確かに、一番最初の役所で志村喬が働いているところはファウストが「初めにロゴスありき」をどう訳すか悩んでいる場面に相当する。結論は「初めに行為(タート)ありき」となり、志村喬はこの映画全体で「行動」を起こすのである。

 すると僕らが何となく見過ごしていた小田切みき(グレーチヘンとして魂の救済にあたる!)とのパチンコ屋や喫茶店の場面はワルプルギスの夜とかアウエルバッハの酒場に相当することになる。

 岩崎先生によれば黒澤は原作が『ファウスト』だということが分かるようにわざわざ伊藤雄之輔に「それじゃ、おれがメフィストになってやろう」というセリフを言わせているのだという。

 無恥というのは恐ろしいもので、先生の前説のおかげで目からうろこが落ちるようだった。だって、ワルプルギスの夜がパチンコ屋になるなんて。

 「生きる」のは古典だけだったりして…。

 比較文学とは何か。内田樹が『村上春樹にご用心』(アルテス)で次のように定義している。けだし、名定義である。

比較文学とは、簡単に言ってしまえば、それぞれの国語共同体が「同一の世界」をどのように「違った仕方で」経験するか、という問いを、おもにそれぞれの国語の特殊性に基づいて解明しようとする試みです。(と私は勝手に定義しちゃいます。)その作業は文学テクストを素材にとることが有効であると私たちは考えます。

 たとえば、小説の中で「白湯(さゆ)がほしい」と誰かが話したら、日本人ならこれだけで、この人が年配であり、もしかしたら病気なのかもしれない、少なくとも体が弱っていると読める。英語には「白湯」(英辞郎には“plain hot water”となっていた)というものはないし、沸かしたお湯をさまして飲むという習慣もないから、日本人と「経験」の仕方が違ってくることになる。

 閑話休題。

 「目からうろこが落ちる」の出典は聖書の使徒行伝9章18節である。

And immediately it seemed that scales fell from his eyes, and he regained his sight.
(彼というのはサウロ【パウロ】、scalesは「うろこ」というより「から、薄い膜、かさぶた」の意)

 キリスト教を世界宗教にした聖パウロがまだキリスト教を迫害していた頃、神の光に打たれて改宗した場面に由来している。天から「なぜ私を迫害するのか」という声を聞き、神の光に打たれて落馬し、視力を完全に失ってしまう。その3日後に、神の声に従ってアナニヤという信徒が訪れ、失明していた目に手を置くと、たちまちのうちに「目からウロコのようなものが落ちて、突然に見えるようになった」のである。ミケランジェロはシスティナ礼拝堂の『天地創造』の「サウロの改宗」の中で、何と!自分の顔をサウロとして描いている。ミケランジェロは若い頃、友だちのデッサンを笑って、顔面を殴られ、鼻の骨を折ってしまい、自意識にかなり影響したといわれる。というのもレオナルドやラファエロというルネッサンスの三巨匠の中で、ひとり容貌に恵まれず、しかも、ルネッサンスは個人に博識と人格と美貌の統合させることを理想にしていたから、劣等感は強かったといえる。

 もちろん、比較するのは嫌なことがある。他人と比較するとめげることがある。自分に自信のあるところだけ比較しよう。

 シェイクスピア『空騒ぎ』の3幕5場18行にComparisons are odorous.という言葉がある。「比較は臭みがある」という意味でドッグベリーという少し頭の足りない警官がいう。元の諺はComparisons are odious.で「比較は嫌みである------人を比較するものではない」という意味で、これを取り違えた。

 言語学ではこの類の間違いをマラプロピズム(malapropism)というが、怪我の功名でなかなか気の利いた言葉になっている。

 ところで、シェイクスピアが偉大なのは彼が人間を相対化する眼を持っていたからである。さまざまな人物像の中でも道化(fool)が最もシェイクスピア的な眼を持っている。例えば、「リア王」の中でリア王が悩んで「私は誰だ?」というと「リアの影法師だよ」と答える。お笑いに聞けば聞こえるが、お前は自分の存在を相対化して見なければならないと語っているように聞こえる。道化は幸も不幸も、甘いも酸いも、正も邪も、愛も憎しみも、秩序と混乱も、健康も病気も、同時に眺められる「ゆとり」である。一つの価値観で満足しないことである。

 「ベニスの商人」でも有名な法廷の場面で金貸しのシャイロックがアントーニオに憎悪を抱き、お金が返せなかったら胸の肉を1ポンド切り取ると主張する。アントーニオの友達、バッサーニオが問いつめる。

 「好きになれなきゃ殺す、人間ってそんなものか」

 シャイロックが応じる。

 「憎けりゃ殺したくなる、人間ってそんなもんだろう?」

 そう。それも人間の一面なのだ。

 明治37年、夏目漱石は東京帝大でシェイクスピアの『マクベス』を教えていた。前年の開講以来評判が高く、教室は満杯だった。しかし英国留学以来の「神経衰弱」には悩まされ続けていた。 この年、高浜虚子に勧められて創作の筆を執った。それが『吾輩は猫である』の誕生となる。正岡子規の門下の虚子や河東碧梧桐たちの会で披露され、翌年の「ホトトギス」に載って、後の名声へとつながった。

 漱石・夏目金之助は慶応3年(1867年)の旧暦1月5日に、江戸の牛込で生まれた。明治改元の前年で、長い鎖国の後の「開化の日本」が、初めて本格的に世界と擦(こす)れあってゆく様を身をもって体験し書き記してゆくことになる。「現代日本の開化」という講演で次のように語っています。

 我々があの人は肉刺(フォーク)の持ち様も知らないとか、小刀(ナイフ)の持ち様も心得ないとか何とか云つて、他を批評して得意なのは、つまりは何でもない、たゞ西洋人が我々より強いからである。

 これらは、自然と内に発酵して醸されたものとは違い、物まねであり、皮相、上滑りの開化だと、明治末期の「現代日本の開化」という講演で指摘した。

 司馬遼太郎は大学でモンゴル語を学んだが、モンゴル人にとって土を掘るのはタブーだと習ったそうだ。「草原からのメッセージ」(『司馬遼太郎全講演5』朝日文庫)という講演でその話を紹介しながら、モンゴル人が遊牧を営む草原は土壌が薄く、一度掘り返すと草が生えにくくなるのだと語っている。だから遊牧民の移動式住居ゲルは土を掘らなくとも作れる。“何もない草原”こそが財産であり、土を掘って建物を作ったり、耕すのはモンゴル人にとっては文明破壊になるわけである。

 今も「グローバル・スタンダード」とか「国際協調」という言葉で、アメリカン・スタンダードやアメリカ帝国主義を押しつけられている。「悪女の深情け」というか、ありがた迷惑になることが親切を安売りする人々には分からない。

 人類学や言語学が教えてくれるように、全ては相対的で、みんな違うから価値があるのに…。

 交易や貿易ができるのは異文化だからである。モノの文化的価値が違うからである。松茸を珍重する文化と、ただの草のように扱う文化があるから貿易でお互いが儲けることができるのである。グローバル・スタンダードというのは、その意味で経済的自殺にすぎない。みんなが同じ価値観を持てば、モノを安く作れるところが儲かるだけで、そのうち、その国も高くなっていくだろうから、永遠にお互いをつぶしていくだけなのである。まあ、当分はそんなことがないだろうけれど。

 もちろん、慌てて付け加えておけば、相対主義は絶対ではない。嫌なことに相対主義で全てが片づくほど世の中は単純ではない。魔女狩りや首実検などが文化的伝統だからといって復活させることはできない。タバコはどうだろう?女性への割礼はどうだろう?死刑制度はどうだろう?

 比較するのは解釈のためである。『愛のコリーダ』という映画を論じる時には『実録 阿部定』と比較しなければならないし、同じ大島渚の『愛の亡霊』や『愛と青春の街』と比較しなければならない。フランス映画の『ジェルミナル』とも比較できる。何を対象にもってくるかによって解釈も異なる。

 そこに解釈する人の匂いが感じられるのである。

 何よりも自分の視点を変えることが大切だ。イギリスの作家キプリングはもし君がイギリスしか知らないのであれば、君はイギリスを知らないといったが、外から見ないと何も見たことにならない。

 パキスタンでHow many wives do you have?と尋ねられたことがある。'Not married'と答えると馬鹿じゃないか、という目つきをされた。経済力があれば、多くの妻を持つべきで、多くの家族を養うべきなのである。ポール・ゴーガンも『ノア・ノア』(岩波文庫)の中で書いているが、タヒチに来てすぐ、13歳ほどの美しい娘を見つける。何しろ、「女をみつけたい」と島びとに相談したら、「一人でいいのか?もしよければ、二人お前さんにあげよう、それは私の娘だ」とびっくりするような返事をもらったのだ。そして、「そこで非常に幸福な生活が始まった。明日の日を思いわずらうこともなく、お互いの信頼の上に、お互いの強い恋の上にもとづいた生活が」始まったのである。エスキモーでは夫が亡くなるとその兄弟と結婚することがあるが、生きていくためには大切なことなのである。いや、この風習は日本でもよくあったことだ。

 もっともドライデンは「妻が書物ならば、毎年取り換えられる年鑑がいい」と引用するだに恐ろしいせりふも残している。「妻をもらうことは口答えももらうことだ」というのはシェイクスピアだが、多妻が幸福かどうかは分からない。

 指揮者のフルトヴェングラーは正式には30数人子どもがいたという。非公式には90何人ということだった。気が弱くて、貴婦人はくどけなかったという。また、人がよくて、全員最後まで養ったという。そのため、ただ働いて、過労で死んでしまったという、偉い人だったのだ。

 性に対する態度は文化によって異なる。人類学では次のようなことが言われるので表にしてみる。

性肯定社会 思春期の性行動を奨励する価値、規範、信念、態度を持つ 豪トロブリアンド、クック、チューク
性否定社会 性行動を阻止、奥征する価値、規範が強い アイルランドのローマカトリック、豪マヌス
性両義的社会 建前は否定的だが現実は自由 日本、欧米
性中性社会 性行動に無関心 ニューギニアのダニ族

 ケニアで車をぶつけて相手にお金を要求された時にHow much do you want to pay?と言われたことだ。「いくら払いたいか?」だって!それはあちらの要求するものだ。

 イスラム圏ではバクシーシュ(喜捨)の思想というものがある。貧しい人っがお金持ちからお金をもらって当然だとする考えだ。ケニアでも「ニペ!」(くれ!)という。ある時、「ニペ」とうるさいので「ニペ」と日本人の友人がいったら、本当に貧しいのかと思って一緒になって心配してくれたという。

 「私のアラビアンナイト―アラブで見た知恵と心」という講演で下重暁子は次のように話した。

 アユーム・オアシスといって、砂漠のど真ん中に塩水湖があって、ヒラメみたいな魚が泳いでいるオアシスに行きました。その向こうには畑が広がっています。湖のほとりに籠売りがいたので、私たちは値切って安く買ってよろこんでいたら、モハムッドは言い値で買ってるんです。驚いて聞いたら、
「籠売りは自分より貧しい。富は有る方から無い方へ流れるのがコーランの教えです」といったのです。
 私たちは顔から火が出るほど恥ずかしかった。私の方が何百倍もお金持ちなのに。諌められた思いがしました。
「喜捨」といって、こういう宗教心が一般の人みんなの身についてる。日本人はふっかけられるけど、お金持ちなんだからしょうがないということがよくわかりました。

 僕が日本語を教えている学生が日本語弁論大会で優勝した時、指導した僕にお礼の言葉があるかなぁ、と思っていたが、知らない振りをされたことがある。他の人に物を借りても「ありがとう」とはいわない。彼もイスラム教徒で、それは当然だと思っているからである。

 とはいえ、むずかしい問題もある。田丸公美子『シモネッタの本能三昧イタリア紀行』(講談社)では喜捨のつもりで6000リラ(3000円)でテーブルセンターを子どもから買った著者に、案内の子どものお金を交渉して値切ったエリートエンジニアのフランコが抗弁したという。

「クミコ、お前がやったことは二重にまちがってる。まず、欲しくないものを買った時点で、自分を裏切っている。鋤でもないものを値切りもしないで買うのは“施し”で、それは、野生動物にえさをやるのと同じだ。彼は、金持ちからえさをもらうのを当然と考えるようになる。いいか、今、俺はあいつと対等に話し合って、彼の戦術や機転を認めたからお金を払ったんだが、お前はアルベロベッロの少年を憐れんだだけだ。お前の偽善的満足が、少年の誇りを傷つけたことを自覚すべきだよ」

 中国に行った時、公衆トイレに扉がなくて往生した。そのために、風呂敷を持ってトイレに入る人も多かった。でも、それは中国人が日本の銭湯にびっくりするのと同じである。 日本に留学した中国人は、初めて経験した銭湯について、一様に言うそうだ。「男女の浴場は薄い壁1枚で仕切られていて、お互いの声が聞こえる」「入り口には番台さんがいるが、皆その前で平気で服を脱ぐ」「恐ろしい」と。

 互いに多くの偏見や誤解を持っていることに気付くことが何よりも大切なのだ。

 海を見て「絶海」と考えて、陸と陸、人と人を隔てるものだとする視点もあろうが、海は遠く海外の人々と僕らを結ぶものだという視点もあるだろう。同じ視点を変えるならプラス思考の方が心休まるというものだ。

 東京ディズニーランドの女子トイレには鏡がないという。自分が見えてしまい、ファンタジーが楽しめなくなるからである。

 鏡などという相対化する装置がなかったら、比較がなかったら、ファンタジーの世界から逃れることはできない。自己満足の世界で終わってしまう。

 南米である男がアジアの男と出会った。最初は英語で話していたが、下手なので思わず「下手だなぁ」というといきなり「あんただって」といわれた。つまり、相手も日本人だったのである。あまりの懐かしさに話が弾んだ。ところが、そのうち敵対関係にある商社マンだと分かり、急に話がつまってしまった。気乗りしないで話を続けていると相手の出身大学が同じことが分かった。そこからまた話が弾んだ。つまり、この二人の最終的な拠り所は学歴だったのである。会社などで学閥ができるのも当然である。

 自らを定義することができる集団をframe of reference(準拠枠)という。

 退職した人が最初に困るのは「○×の〜〜ですが…」と言えなくなることだという。

 こうした準拠枠を使って定義することがアイデンティティというものだ、といっても自我というのは結構、あやふやなものである。らっきょのように一枚ずつ剥がしていくと何も残らないなんてこともある(かもしれない)。

 今、frame of referenceを準拠枠と訳したが、「座標軸」「視座」「視点」と訳してもいい。自分の軸が決まれば他人に対する見方も違ってくるというものだ。

 アメリカのコラムニストのアート・バックウォルドに『誰がコロンブスを発見したか』という本があるが、これはコロンブスがアメリカを発見したのではなく、先住のインディアンがコロンブスを発見したという、視座を変えるための本だった。今ではこれが当たり前になってアメリカ・インディアンを「ネイティブ・アメリカン」と呼ぶようになった。

 落語の「一眼国」はまさに視座の転換を迫った(?)噺である。見せ物小屋に出すために一つ目小僧を捜していた男が一つ目の国に紛れ込んでしまう。捕まえようと思っていたのに、一つ目のお奉行さまが男を見て叫ぶ。

 「おやっ、こやつ二つ目がある!すぐに見せ物小屋に出せ!」

 人間中心主義(anthropocentricisim)から脱却することが大切だ。冒頭に引用した田村隆一のように動物の目で見ることができたら、どんなにいいことだろう。

 そんなことからエイリアンを主人公にしたジョークも多い。

宇宙人がパーキングメーターに向かって「何て無精な奴なんだ。立ったまま食事をさせてもらうとは」

宇宙人が新幹線がトンネルに入っていくのを見て「なるほど、あいつがオスだな」

 動物ものも多い。

二匹の犬がパーキングメーターを見て「おい、見ろよ、有料トイレができているぜ」

二匹の鼠の会話。「教授とはうまくいっているかい」「もちろん、今じゃ、あの男を自由に操ることができるんだ。オレがベルを鳴らすたんびに餌をもってきてくれるんだぜ」

天井で蝿が言った。「人間って奇妙な動物だ。大金を払ってこんな立派な天井をこしらえて、散歩さえしないんだからなぁ」

 まあ、冗談はさておき。ある時、T先生と学校の食堂で出されたところ天を食べていたら「こりゃ、まずい、最近のは防腐剤が入っていてまずくてしようがない」といった。そんな風に思いながら食べているとは思わなかった。なるほどカンテンが違う、と思った。

 こんなのもある。

「なぁ、君は患者さんに恋したことあるか?」
「あるよ。医者だって人間だ、誰にも恋はとめられないさ」
「そうか…。そうだよな…」
「なんだよ。まさかお前…」
「あぁ実はそうなんだ…。ものすごいかわいい患者さんなんだ…」
「でもお前は獣医だろ」

 ギャグの多くも観点を一挙に変えるから面白いのだ。

 アメリカで小学生の男の子が「お誕生日にタンパックスがほしい」と言ったという。テレビコマーシャルで「これさえあれば、登山もできるし水泳もできる、どんな日も快適!」なんて言っていたからだ。

 米原万里の本に出てくるが、ニューヨークのハーレムで黒人のホームレスの前に神様が現れて、三つの願いを聞いてあげるといわれたという。ホームレスは迷うことなく、叫んだ。

「白くなりたい!女たちの話題の的になりたい!いつも女の股ぐらにいたい!」

 たちまち、男の姿は消えて、路上には白いタンポンが転がっていたという。

 比較はもちろん、利点ばかりではない。差別をも助長しかねない部分がある。微細に入れば入るほど、差別を客観的に確認する思想につながる。

 《レストランで出てきたスープにハエが入っていたら? イギリス人は皮肉を言って店を出る。中国人は問題なくハエを食べる。ロシア人は酔っぱらっていて気づかない。アメリカ人は裁判沙汰(ざた)に。日本人は周りを見回し自分の皿だけなのを確認し、そっとボーイを呼ぶ。韓国人は日本人のせいだと叫び、日の丸を燃やす》というような比較文化ギャグがあるが、これなど国民をステレオタイプで考えている典型だ。

 ルソーは比較に基づく自惚れ(amour-propre)の視線が、人を不幸にし、人類社会の不平等を生み出してきたと説いた。自らの優位性を発見するための方法論となってはいけない。

 このエッセーが「趣味の比較文化」という看板を掲げているのはまさにそのためである。そんなに簡単に世界を読みとれるはずがない。

 ミシェル・フーコーもいうように「世界が、いつも我々が解読しさえすればいいような、わかりやすい顔を見せてくれるなどと考えてはならない」からである。

 村上龍の小説『ラブ&ポップ』では話し合おうという父親に向かって女子高生が思う。

「理解しようとしてくれるのは、もちろんうれしい。だが、理解し合えるはずだという前提に立つと、少しでも理解できないことがあった時に、事態はうまくいかなくなる」

 人間は生まれてからさまざまな偏見を持って生きている。アインシュタインの「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」と言葉もある。

 これを拭いさるために比較文化という学問がある(と信じたい)。


●バナナ魚日和


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