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ストレンジャー・ザン・
ジャパニーズ外国映画にみる日本人像
今は亡きピ−タ−・セラ−ズ主演の映画『ピンク・パンサ−・シリ−ズ』の中に日本人の居候が出てくる。ピ−タ−・セラ−ズ扮するクル−ゾ−警部が自宅に帰ってくるといきなり殴る、蹴るの暴行を働く。最初、クル−ゾ−が護身術を磨くために雇っているのだと思っていたが、何度も見ているうちに、その不意打ちの仕方がいつも卑劣で、殺意さえ見受けられてきた。どうやら護身術=空手=日本人ではなくて、不意打ち=パ−ル・ハ−バ−=日本人という図式のために日本人が出ているらしいのである。
日本人は今でもそうしたアンフェアな民族として外国人に見られているということであろう。今でもリメンバ−・パ−ル・ハ−バ−なのだろう。
幸か不幸か日米間の戦いはあまり映画には描かれていない。ナチス・ドイツとの戦争映画は嫌ほどあって、ドイツ軍が負けたり、極悪人、あるいは間抜けなドイツ兵が出てきたりして、こんな映画を見せられるドイツ人の心境は察するに余りある。安保条約のお陰かどうか知らないが、日米決戦の映画は少ない(戦時中は例外。ジョン・フォード監督でさえ好戦映画をつくっていた)。日本の真珠湾攻撃を扱った『トラ・トラ・トラ』にしても日本人の我々が見ていてそんなに居心地の悪い気はしない。それに反日的な描きかたをするのだったら黒沢明監督に最初、頼んだりはしなかったろう。
□ むしろ、日本人が見ていていらいらするのは『ミッドウェ−』であり、これは最初から日本軍の大失敗を扱っているので当然といえばあまりにも当然である。日本の暗号「パ−プル」が解読されており、しかもアメリカ軍の策略により、日本軍の集結地がミッドウェ−だということが見破られ、その後も日本軍のまずい攻撃によって被害がどんどん大きくなっていく。そうした過程がアメリカに対する思い入れをせずに実に淡々と描かれている。それでもいらつくのは僕がやはり日本人だからであろう。
□ しかし、時代と共に映画も変わるもので『トップガン』(86)ではアメリカ空軍のパイロットが日章旗をつけて出てくる。
□ スピルバ−グの映画『1941』には世界に誇る日本のスタ−、三船敏郎が日本軍の潜水艦の艦長として登場する。その世界の三船の役は大変間抜けな役柄である。ありもしない日本軍の米本土襲撃に脅えるアメリカ人の大騒ぎを描いたスラップ・スティックだから仕方がないのだけれどあんまりである。
□ 三船がアラン・ドロン、チャールズ・ブロンソンと共演した『レッド・サン』(71 太陽が黄色いと思っている西洋人には「赤い太陽」というタイトル自体、おどろおどろしく響くであろう)では大統領に献上する宝刀を強奪された三船がドロンと一緒にブロンソンを追いかける。刀とピストルでは三船に勝ち目もなく(黒沢の『用心棒』みたいな訳にはいかない)、あっさりと死んでいく。三大スターの共演というよりは三船の登場は殆ど場違いに思える設定となっている。世界の三船も一旦、黒沢映画を離れるとあまり活かされてはいないようだ。
映画というのは芸術の中でも最も大衆的なものであり、本来、5セント位の安い料金で大衆が同じ画面を時間も空間も別々に楽しめる娯楽であった。勿論、大衆受けするようにさまざまな美化や誇張がなされているから、映画の中の人物や事件をそのまま受け取ることはできない。
アメリカ女性がみんなマリリン・モンロ−みたいな美人だと誤解したり、ニューヨークでは毎日、凶悪な事件が起きていると勝手におののいたりするようなものである。ただ、映画の中にはその文化の構成員が共通感覚としてもっている、ある種の類型化がみられる。ここではそうした類型(ステロタイプ)を取り出すことによって外国人が日本人をどのように理解し、あるいは誤解しているかを考えてみたいのである。
日本に一度も来たことがない文化人類学者ルース・ベネディクトが『菊と刀』を書くときに大いに日本映画を参考にしたことはよく知られている(学者によってはそれを弱点だと批判するが、大まかに日本文化を把握するためには大切な作業であったと思う)。
従来、外国人は日本映画をどう読み取るか、日本映画が外国でどのように受容されてきたか、という観点ではドナルド・リチーやリンゼー・アンダーソンらの研究がある。日本映画におけるイエの問題とか、黒沢がアメリカで、小津がイギリスで、溝口がフランスで人気があることの文化的背景を考察することができる。ここではそれに似た作業を外国映画に出てくる日本人を通してやってみたいのである。
□ ただし、日本を舞台にした映画や外国との合作映画、例えば、『東京ファイル212』(51)、マーロン・ブランドが日本人を演じた『八月十五夜の茶屋』(56)、『風は知らない』(58)、『二十四時間の情事』(59)、『007は二度死ぬ』(67)、『太平洋の地獄』(68)、『緯度0大作戦』(69)などはとりあえず、対象から外すことにする。
□ 比較文化そのものがテーマとなった映画もある。中学生時代、文部省推薦なので『素晴らしきヒコーキ野郎』(65)という映画を見に行った。この映画は各国の飛行機乗りたちがドーバー海峡横断を競うレースを描いたもので、それぞれのお国柄が出ていて非常に興味深かった。例えば、ドイツ代表は頑固一徹で、墜落しそうになっても教科書に書いてあることに固執しようとし、ついには海上に不時着する。フランス代表は女の子のお尻ばかり追いかけていて勝敗にはこだわらない。イタリア代表は子だくさんのお人よし。アメリカ代表は冒険心にも博愛心にも富み(何しろ、二〇世紀フォックス映画なので)、見事に優勝を遂げる。といった具合なのである。
日本代表として、ヤマモト(石原裕次郎)が出てくる。ところがその蚊とんぼみたいな飛行機は出てきたと思ったら、離陸と同時にあっけなく墜落。国辱もの(古い!?)の映画だった。中学生のころは分からなかったが、後で考えてみると、これは「安かろう、悪かろう」の当時の日本製品の外国におけるイメージをそのまま反映していたのだ。おかしいのは裕次郎がナイフを手にした途端、「ハラキリするなよ」といわれる。『がんばれベアーズ 大旋風』(78)でも日米野球で負けた監督の若山富三郎がリンゴの皮をむこうとしただけで、みんなハラキリだと心配するシーンが見受けられる。切腹のイメージは日本人について回っているようで、フリッツ・ラングは1919年に『ハラキリ』という映画を作っている(『蝶々夫人』を翻案したものらしいが、ハラキリは出て来ない)。『東京ジョー』(49)ではハンフリー・ボガートの親友の日本人が切腹する(ボガートは来日せずに撮ったようだ)。ジョン・ヒューストン監督『黒船』(58)にも切腹の場面がある。
□ 日本の製品のイメージが高くなるとともに、映画の中の地位も高くなる。同じように国際レースを描いた『キャノン・ボール』(81)、アメリカ横断の自動車レースの映画なのだが、こちらの日本代表(なぜかジャッキー・チェンとマイケル・ホイ)のクルマはハイ・テクそのものでエンジンがいいばかりではなく、コンピューターを搭載していて、歳月を感じてしまう。当然、優勝しそうなものであるが、ずるがしこいことを考えたりして、いつの間にか敗退していってしまう。工業製品は優秀だが、アンフェアな民族と思われているようだ。
□ 工業製品の優秀さは007シリーズでセイコーの時計が使われたりしていたが、極めつけは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)で、主人公のアメリカの少年はラジカセ、カメラからトヨタのクルマまで日本製品に囲まれて暮らしている。
ところでサムライ姿でハリウッドのトーキー映画に最初に出た日本人はカリフォルニアを巡業中だった剣戟一座の遠山満で『浮気成金』(30)という映画に出演したのがそうだったという。
□ その後の早川雪洲、上山草人ら日本人の映画界の活躍については佐藤忠男「ハリウッドの日本人たち」(『講座日本映画1 岩波書店』)や三田照子『ハリウッドの怪優 上山草人とその妻山川浦路』(日本図書刊行会1996)が詳しい。その中で一つだけ注目すべきことは後に世界的名優となった早川雪洲が出た作品『タイフーン』(14)や『チート』(15)も「排日映画」と呼ばれ、特に後者で雪洲はあくどい金貸しを演じ、その評判だけで「国辱映画」とされ、輸入もされなかったということである。初めから悪人のイメージがあったのだ。日本人俳優の活躍の場の多くは、東洋人への偏見を助長するような作品ばかりだったのである。
□ 佐藤忠男の『日本映画史』(岩波書店)によると、ロシア革命が起こった1917年9月に米ロサンゼルスで日本人活動写真俳優組合が結成されたが、その目的のひとつは「有害映画の防止」であった。「有害映画」とはことさらに日本をおとしめた「国辱映画」のことだ。当時の日本人は概してハリウッドでの彼らの活躍を応援しながらも、米映画の奇怪な東洋趣味を国辱として非難する声もあった。早川雪洲やトーマス栗原、ヘンリー小谷ら、当時ハリウッドで活躍していた日本人俳優はたくさんいたのだが、22年に早川雪洲が帰国したときには、雪洲歓迎会と雪洲不歓迎同盟会とがそれぞれに気勢をあげたという。
□ さて、日本人がアメリカ映画に初めてヒーローとして登場したのは恐らくピーター・ローレが主演したMR MOTOシリーズ(37〜39)であろう。これは一九三八年にピュリッツァ賞を獲得した作家ジョン・P・マーカンドの探偵小説を二〇世紀フォックスが製作し、ノーマン・フォスターがその殆どの作品を監督した映画である。007の日本版ともいうべき作品であった。ただ、背は低く、いやに目立つ金歯をして、些かこっけいな感じの秘密機関員であった。
大体、このピーター・ローレという俳優はフリッツ・ラングの『M』でいきなりデビューし、小学生の女の子を次々に殺す性格破綻者を演じ、ヒッチコックの『暗殺者の家』(後、『知りすぎた男』としてリメイク)の残忍な暗殺者で大成功を収め、その後、『マルタの鷹』、『カサブランカ』などに出ていた性格俳優である。無気味な異常性格の小男がトレード・マークだったローレが日本人となり、やたら丁寧で、それでいて油断も隙もない、冷静な諜報員として白人をやっつけたのだから、日本人は不可解だというイメージを形成するのに大いに役立ったと思われる。
□ 合計八本のミスター・モト映画が作られたのだが、日米関係が悪化し、戦争が近くなるにつれてモトを善人のままにしておくことは難しくなり、最後にかなり屈折した性格の主人公を扱った映画になっていった(その後、このキャラクタ−は中国人の諜報員を描いたチャーリー・チャンのシリーズに引き継がれていく---また、ヘンリイ・シルヴァによるリメイクもある)。
□ 映画は各々の民族の「自惚れ鏡」であるから、ミスター・モトのように時代によって人物の性格が変わってくるのも当然である(そういえば、『男はつらいよ』シリーズの寅さんだって時代とともに性格が柔和になってきている)。そうした変化やモトの屈折した性格付けがまた、アメリカ人に日本人は不可思議な人種だと信じさせるのに役立ったようである。
奇妙な日本人で思い出すのはオ−ドリ−・ヘップバ−ン(このころが一番、洗練された美しさだったような気がする)が主演していた映画『ティファニーで朝食を』(61)である。この映画ではユニヨシ(ユニオシ)という名前の日本人がアパートの管理人として出てくる。
小男、顔は丸顔で眼鏡をかけており、歯が見事に出ている男で、日本人が一般に中国人と信じている種類の男である。演じているのは子役時代、J・ガーランドとのコンビで一世を風びしたミッキー・ルーニーである。更に彼の部屋のインテリアが日本の物と中国の物とをグロテスクに集め、キッチュで、中国的な色彩に溢れたものとなっている。ルーニーは口うるさくヘップバーンを罵り、いかにも醜いので不愉快さを覚える日本人も多いであろう。
が、彼はアメリカ人の想像する日本人の類型を演じているのであろう。日本人が東欧の人々をごっちゃにして考えているのと同じように彼らもまた、東南アジアの我々を混同しているのである。
ただ、未だかつてユニヨシという名前の日本人に会ったことがない【村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』ではユミヨシさんという女の子が出てくるがこれは「弓吉」/なぜ「ユニヨシ」ではないかということに対して川田宇一郎 「由美ちゃんとユミヨシさん 庄司薫と村上春樹の『小さき母』」『群像』1996年6月号で分かる】。中学生の時、代理で英語を教えてくれたK先生が教科書に出てきたSUSIEという女の子の名前をスージーではないかという僕らの質問に対して、スシエだといって突っぱねたことを思い出してしまった。今でも同級生と会うと、「お前、スシエという女の子と会ったことがあるか?」という話で盛り上がる。
□ ついでながら、J・クラベルの小説を映画化、後にTVシリーズ化した『将軍』に出てくる日本人の名前もひどかった。島田陽子が演じたマリコまでは(徳川時代の名前とは思えないにしろ)許せるにしても、その侍女のアチコ、ゲンジコ、東北弁ふうのサズコなどというのは許せない。なんとチンモコという侍女も出てくるのである。揚げ句の果てにトラナガ(家康)のことをトラサン、更にはトラチャン(まさか『男はつらいよ』じゃあるまいし)なんて呼んだりする。
これでもクラベルはハリウッドの映画人としても作家としても自他ともに許す「東洋通」だといわれ、この映画の大ヒットで日本理解が進んだというのだから呆れる。結局、一般人の日本のイメージはフジヤマ・ゲイシャから余り出ていそうもない。
出演している日本人は何も言わないのだろうか。『007は二度死ぬ』にしても銀座に人力車が出てくるのだが、「あんなの嫌だ」なんて言わないのだろうか?『八十日間世界一周』(56)では歌舞伎座の隣に鎌倉の大仏があるし、『東京暗黒街・竹の家』(55)では佃島に住んでいる山口淑子とロバート・スタックが上野の銭湯まで歩いて行くし、何よりも、畳の上に風呂桶がある!
『八十日間世界一周』でお姫さま役で出てきたシャーリー・マクレーンは『青い目の蝶々さん』(61)にも出てくるのだが、何と旦那が日本にいる間に浮気しないか心配して日本の芸者に化けるが、そんなバレバレなことをやるのがハリウッドなのである。
※2002年にスピルバーグの『マイノリティ・レポート』を見たが、ここでも「ヤカモト」という日本人の名前が聞かれる。日本市場を狙っている作品のはずなのに、40年たっても日本人に対する見方が変わっていないことに愕然とした。
□ J・アービングの小説を映画化『ホテル・ニュー・ハンプシャー』では開店祝いのパーティーに日本人がちらっと顔を見せていて肉料理が運ばれたとき、食べようとしないので「ふん、ステーキも知らない」といってなじられるシーンがある。この場合、日本人は魚しか食べないと思われているのである。
□ 『ダイハード』にしろ、『ロボコップ』にしろ、80年代の映画に日本は悪い国としか出てこない。ちょうどハリウッドを「乗っ取ろう」としていた時期とも重なる。
□ 日本人がよいイメージで出ている例を探すのは困難である。せいぜい『ベスト・キッド』(84)のミヤギ老人であろう。空手を学ぶために弟子入りした主人公に空手と一見、何の関係もない仕事(ペンキ塗りやサンドペーパーがけ)をさせる。文句をいってくると、それらが手首を鍛えるのに必要な作業だといって納得させる。つまり、かつての日本映画の師弟関係がアメリカ映画に生き残っている。
日本人と外国人の文化の違いを真っ向から描いた映画にD・リーン監督の『戦場にかける橋』がある。村上春樹の『風の歌を聴け』には裸でベッドの中にもぐりこんでいて、サンドウィッチを食べながら「戦場にかける橋」をみているシーンが出てくる。
最後に橋が爆破されたところで彼女はしばらく唸った。
「何故あんなに一生懸命になって橋を作るの?」彼女は茫然と立ちすくむアレック・ギネスを指して僕にそう訊ねた。
「誇りを持ち続けるためさ」ピエール・ブールの小説に基づくもので(脚本も映画のクレジットではブールになっているが、実際は「赤狩り」でイギリスに避難していたカール・フォアマンだといわれる---授賞式には欠席した---『真昼の決闘』『ナバロンの要塞』など)ある。
D・リーンはストレンジャーズ・ミートの監督である。常に異文化との出会いを映画化してきた監督である。例えば、『旅情』ではアメリカ人とイタリア人、『アラビアのロレンス』ではイギリス人とアラビア人、『ライアンの娘』ではイギリス人とアイルランド人、『インドへの道』ではイギリス人とインド人との遭遇といった具合である。
この映画で日本人とイギリス人が最も対決するのは将校の役割である。クワイ河に架かる橋の建設をめぐって、イギリス軍(アレック・ギネス)は将校の労働就役はジュネーブ協定に違反する行為だとして頑くなに拒否し、暗くて熱い営倉に入れられる。彼らが将校を兵卒の指揮・監督にあたるものとして位置付けようとするのに対して、日本軍(早川雪洲)は将校も兵卒も同じように働くように命ずる。対象的に、アメリカ人捕虜のウィリアム・ホールデンは反抗して命を落とすことは無駄だと考え、労役に就いている。様々な確執があった(建設が立ち行かなくなってしまった)後、日本側の全面譲歩でイギリス軍将校の指揮のもとに橋を造られ始める。捕虜たちはこの「利敵行為」に喜びを感じていくが、最後にホールデンらの破壊活動によってせっかく完成した橋が爆破されてしまうという話である。。
この映画で何よりも面白いのは日英の文化ギャップが見事に描かれている点である。日本軍はイギリス軍に将校も同じように働け、と命令するのに、イギリス軍は断固として反対する。協定違反ということ以上に、将校と兵卒は捕虜になっても役割が違うし、命令する者が必要だというのである。
日本というのはどこをどう切っても同じ味のする羊かんのような等質の文化であり、専制君主といえども庶民と同じ生活をし、そうすることが美徳とされる。子供も大人も、貴族も平民も、男も女も、教師も生徒もみんな同じ人間として扱われる(勿論、不合理な差別もいろいろあったし、「タテ社会」だともいわれるが、相対的にみて非常に均質的な文化、社会である)。
例えば、子供も大人も同じ人間だという文化基準のお陰で、タテマエとホンネという区別が浸透している。酒を飲んだり、タバコをすったりするのはタテマエとすればよくないのであり、ホンネで大人になっているから少しぐらいはいい、と考える。家に帰ってから「子供にテレビを見るな、といっているから見ないでよ」とか、「子供の前で酒を飲むな」とか、「タバコを吸わないでよ」とかいわれている父親も多いはずである。大人と子供は人間として違い、与えられる基準も違うのだという考えが日本人は希薄である。学校でも学生に喫煙禁止を呼び掛けているから先生もタバコを止めようという意見がどこでもすんなりと通ってしまうし、学生だけに何かをしろ、といっても「差別だ」と騒がれるのが落ちである。つまり、基準が二重になっていない(ダブル・スタンダードになっていない)。
西洋は、しかし、最初から異民族、異文化の中にあり、均質ではなく、複合的な社会である。自分たちと他民族、貴族と平民、子供と大人とは全く違うものであり、守るべき基準も異なるものだと考えるのである。大人になるまで子供は酒やタバコは勿論、コーヒーも飲んではいけないし、大人のまねをしたり、大人の世界に侵入することは許されず、また、「お父さんがやっているから」という論理は成立しない。ダブル・スタンダードになっている。
将校と兵卒の基準も当然、異なる。たとえ虜囚となりはてても、兵卒と一緒に働くことはそれ以上の屈辱となるのである。クワイ河のイギリス兵たちは位階を区別することの方が合理的で、望ましいと思っているのである。基準が違うからそれを差別とは考えず、ごく自然な区別だと考えるのである。
英語で差別を“discremination”というが、“lack of discremination”は「差別のない状態」ではなく「分別のないこと」をいう。区別と差別は違うのだ。
日本の会社がイギリスに進出し、日本的経営とかいって、上司と部下との垣根をとりはらい、同じ食堂で食べたりすることを自慢していたりする。しかし、それは日本人が考えるほど簡単なことではないし、いつか大きな文化摩擦となって広がっていくことであろう。
□ 蛇足ながら、日本企業のアメリカへの工場進出を描いた喜劇に『ガン・ホー』がある。日本未公開であるが、ビデオが出ていた。日米の大団円で終わる文化摩擦映画の傑作である。最後にラジオ体操をするところがとてもいい(高橋秀美『素晴らしきラジオ体操』小学館文庫によればラジオ体操は1920年代、アメリカのメトロポリタン生命保険会社が健康増進、衛生思想の啓蒙を図るために考案した体操を手本としていた)。これだけで論文が書けそうだが、冒頭からトヨタらしいところへ行くのに、苦労すること自体がまったくのギャグだし、タイトル自体、中国語【“gung-ho”「工合」で「協力してやろう」(work together)という意味の米国海兵隊の標語から「頑張れ」】から取っているので、相当ひどい。同じ名前の『ガン・ホー』という映画が43年に作られている。監督はRay Enright、主演Randolf Scottという真珠湾数週間前の話である。
【ジョディ・フォスターの出た『コンタクト』(97)だって、アメリカ人が宇宙ロケットを作る秘密工場が知床あたりにあって、どうも北海道には人が全く住んでいない孤島と思っているらしい】。
さて、同じ日本軍の捕虜収容所を描いた映画に大島渚監督の『戦場のメリー・クリスマス』(原作は『影の獄にて』A Bar of Shadow)がある。監督が日本人なので厳密に外国映画とはいえないし、決して不愉快な気分にはならなかった。ここに出てくる日本人はビートたけしをはじめ、違和感がない。日本兵にとって不思議でしようがないのは将校たちが捕虜になってもどうして自害しないか、である。敵の論理が分からないまま好奇心で敵(D・ボウイら)に近付く。そして、それが愛だったということに最後に気付くのである。さて、この映画で描かれているのは敵にも味方にも残酷でありえる日本人の武士道精神に基づく独善性である。様々な葛藤で色々な事件が起きていくのだが、果たしてどれほど外国人に理解できているのだろうか。
【原作者は『カラハリの失われた世界』などのヴァン・デル・ポストなのだが、彼はユングの友だちで、河合隼雄の『深層意識への道』岩波書店に原作者と『戦メリ』の話が出ていて興味深い】
□ D・ボウイで思い出したが、ボウイが気の弱い宇宙人となり、あちこちでカルチャー・ショックを受ける(ともかく、エレベーターが怖くておどおどしてしまう位の宇宙人なのである)という映画『地球に落ちてきた男』では日本がちらっと出てくる。そして、ボウイは舞子の踊りを不可思議そうに眺める。これも作者の一つの日本解釈なんだろうな、と思う。
□ 日本の町も外国人から見ると奇妙に見えるのだろう。『ブラックレイン』(89)は日本を舞台にしているが、梅田の阪急あたりで、アンディ・ガルシアが殺されるところなど、奇妙な雰囲気が出ている。『ブレードランナー』(82)ではSFなの日本的な町並みがいっぱい出てくる。
□ ソ連版『二〇〇一年 宇宙の旅』と呼ばれるタルコフスキー監督の名作『惑星ソラリス』では未来都市として東京が選ばれている。どこかで見たような風景だなあ、と思ってみていると漢字が書いてあるトラックが走っている。あちこち見ているとどうやら首都高速道路を走っていることが分かってくる。日本は不可解であると同様、少しづつ未来的に見られるようになってきたようである。ところで、映画好きの外国人はこの映画の日本と『楢山節考』の日本とのギャップをどうやって埋めるのだろうか。
全く、不思議である。
最後に『猿の惑星』(68)。この映画の一体どこに日本人が出ているんだ、と文句をいわれそうだが、これこそが日本人を扱った究極の映画なのである。映画の主人公たちは地球を出発して一年半後、地球に似た惑星に不時着する。ここでは人間が猿の奴隷となって働かされ、宇宙船に乗ってきたチャールトン・ヘストンたちは猿からさまざまな辱めを受ける。実はここがかつての地球であり、人間の愚かさから猿に地球を奪い取られたことがラスト・シーンの倒壊した自由の女神によって見事に描かれている。
そして、この映画の原作者ピエール・ブールは『戦場にかける橋』の作者でもあるのだが、日本の捕虜収容所にいれられていた時の苦い経験をもとに、このSFを書いたといわれている。
つまり、この映画に出てくる野蛮な猿こそが日本人の姿なのである。
※この文章を書いたのは89年で少し古い。他にも日本人の出ている外国映画もあるが、文章の構成上、これだけを紹介した。もちろん、いっぱい抜けていると思う。
他にどんな映画があるかご存じの人は是非メールをください。余談だが、『ノッティングヒルの恋人』ではジュリア・ロバーツの居所を教えてくれたホテルマンにキスをした人を見て、ホテルマンにはキスをするものだと思い込んで実践する外国人が出てくる。名前は明らかに日本人だ。
なお、『戦場にかける橋』はピエール・ブールが脚本賞をもらったが、ブールがシナリオなんか書けず、書かなかったことは内輪では知られていたことだった。マッカーシズムで追放されていたマイケル・ウィルソンとカール・フォアマンが書いたことをアカデミーは承認できなかったのである。
ブールにはまさに日本人を主人公とした『カナシマ博士の月の庭園』(Le Jardin de Dr. Kanashima)という作品がある。ナチス・ドイツでロケットの研究をしていたシュテルン博士の夢は月への人類到達で、大戦後もアメリカで研究に邁進し、ソ連との争いに勝てると思って研究を続けている。ロケット打ち上げの時に、日本人のカナシマ博士が先に月に行ってしまったニュースが飛び込んでくる。しかし、カナシマ博士は月からの帰還に失敗して月で腹切りするという荒唐無稽な話。
イアン・リトルウッド『日本人が書かなかった日本人』(イーストプレス)にはガダルカナル戦の海兵隊員のインタビューが引用されていて、ドイツ人と戦うほうがましだ。俺たちと同じ人間だからな」と話している。「猿との戦い」のつもりだったのだ。
2004年3月に放送されたテレビ朝日の番組はこのエッセーから引用しているにもかかわらず、最初に別件で挨拶があったのみで、腹立たしい。富山でテレビ朝日が放送されていないと思っているのだろうか?
2004年に増田幸子『アメリカ映画に現れた「日本」イメージの変遷』(大阪大学出版会)が出た。細かい情報は分かるようになったが、何だかなぁ、という本である。
2005年に『サユリ』という、スピルバーグによる芸者映画ができたが、チャン・ツィイーに悪いけれど、日本のはずなのに、テイストが中国だ。いつまで経っても変わらぬアメリカの悪趣味が見て取れた。
2006年に出た藤原帰一『映画のなかのアメリカ』(朝日新聞社)には「高貴な日本人」という章があって、自ら帰国子女だった藤原が日本を描いたアメリカ映画の居心地の悪さを書いている。
2006年の『硫黄島からの手紙』は外国人が作ったとは思えない仕上がりになっていた。クリント・イーストウッド監督は「日本映画」だと言っているようだ。
2009年に書かれたダン・ブラウン『ロスト・シンボル』には「イノエ・サトウ」というCIAの局長が出てくる。いずれ映画化されるのだろうが、日本はまだ遠い国なのか。
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