金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩)


カタログの歌(唄)

「未生」 谷川俊太郎(『女に』)

あなたがまだこ世にいなかったころ
私もまだこの世にいなかったけれど
私たちはいっしょに嗅いだ
曇り空を稲妻が走ったときの空気の匂いを
そして知ったのだ
いつか突然私たちの出会う日が来ると
この世の何の変哲もない街角で

「ねえ、もしよかったら一緒に食事しないか?」
 彼女は伝票から目を離さずに首を振った。
「一人で食事をするのが好きなの。」
「僕もそうさ」
「そう?」
 彼女は面倒臭そうに伝票を脇にやり、プレイヤーにハーパース・ビザールの新譜をのせて針を下ろした。
「じゃあ、何故誘うの?」
「たまには習慣を変えてみたいんだ。」
「一人で変えて。」
     -----村上春樹『風の歌を聴け』

「私多少むちゃくちゃなところがあるけど正直でいい子だし、よく働くし、顔だってけっこう可愛いし、おっぱいだって良いかたちをしているし、料理もうまいし、お父さんの遺産だって信託預金にしてあるし、大安売りだと思わない?」
     -----村上春樹『ノルウェイの森』(ミドリがワタナベ君に)

 ひとりの人間が、他のひとりの人間について十全に理解するということは果たして可能なことなのだろうか。【…】
 僕はいつかその全貌を知ることができるようになるのだろうか? あるいは僕は彼女【クミコ】のことを最後までよく知らないまま年老いて、そして死んでいくのだろうか? もしそうだとしたら、僕がこうして送っている結婚生活というのはいったい何なんだろう? そして、そのような未知の相手と共に生活し、同じベッドの中で寝ている僕の人生というのはいったい何なんだろう?
     -----村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

人はしばしば結婚してから失恋するものである。
結婚とは恋愛が美しい誤解であったことへの惨憺たる理解である。
結婚は恋愛への刑罰である。しかし、すべての人間が受けなければならない刑罰であるから、これに耐えることが必要である。
     -----亀井勝一郎『青春論』

 けれども、恋人選びの基準は、実際にはもっと多様にして曖昧である。巷のカップルを見るにつけ、蓼食う虫も好き好きだな、世の中は案外平等にできているな、との感を深めるのだ。さらに審美眼は文化の影響も受ける。外国に行くと、その土地ならではの美人の条件がある。モンゴル出身の力士のあいだでは山田花子嬢が人気だし、林真理子さんはカメルーンで結婚を申し込まれたそうである。また、ブラジルの男は女性のお尻を見て、口説く。だから、性的魅力を高めるためにわざわざお腹から吸引した脂肪を臀部に入れる手術を受ける女性もいるという。日本ではジャニーズ景のアイドルがハンサムの代名詞だが、彼らがラテン世界や中東に行けば、間違いなくゲイだと思われる。私も若い頃はどうだった。
     -----島田雅彦『快楽特急』

 庭にひびきわたる柏手の音と共に、新治が心に祈ったことはこうである。
「神様、どうか海が平穏で、漁獲は豊かに、村はますます栄えていきますように。私はまだ少年ですが、いつか一人前の漁師になって、海のこと、魚のこと、舟のこと、天候のこと、何事にも熟知し熟練したすぐれた者になりますように!優しい母と、まだ幼い弟の上を守ってくださいますように!海女の季節には海中の母の体を、どうか様々な危険からお守りくださいますように!…それから、筋違いのお願いのようですが、いつか私のような者にも、気立てのよい美しい花嫁が授かりますように!…例えば宮田照吉のところへ帰ってきた娘のような…」
     -----三島由紀夫『潮騒』

「妻は子どもっぽい女だった。ぼくが風呂に入っていると、いきなり入ってきてぼくのお舟を沈めちゃうんです」
     -----ウディ・アレン



 モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』の第一幕で、ジョヴァンニの従者レポレロが「カタログの唄(歌)」という有名なアリアを歌う。

 奥様、わしの作になる旦那の恋の名簿を読みあげましょう。イタリアでは六四〇、ドイツでは二三一、フランスでは一〇〇、トルコでは九一、スペインではなんと一〇〇三人を数えまする。田舎娘、小間使い、町の女、伯爵夫人、男爵夫人、公爵夫人などあらゆる階級、あらゆるスタイル、あらゆる年齢の女を網羅しております

 金髪の女は美しいと誉めそやし、茶色の女は貞淑ぶりをたたえ、冬は太った女がよく、夏は痩せぎすをお好み。大柄は堂々としているとおっしゃり、小柄は愛くるしいとおっしゃる。年増はもっぱら名簿を充実なさるため、特に興味をお持ちなのはおぼこ娘。金持であろうが、不器量であろうが、かわいかろうが女でありさえすりゃそんなことはおかまいなしです。おわかりでしょう。

 僕はドン・ジョヴァンニ(ドン・ファン)のような華麗な人生をおくることはできなかったが、代わりにお見合いだけは多い。好きで何度もしたのではない。自然に多くなってしまった。今になって悔やまれるのはレポレロがいなかったことで、記録さえ残っていればお見合い博物館に寄贈できるのに、と無念の思いがいっぱいに広がる。

 ちなみにレポレロが披露するドン・ジョヴァンニのモテる秘訣は「女性にやさしく、徹底的に褒めること」だという。

 何しろ、優柔不断の人間なのだ。モノ一つ買うだけで一カ月悩むのに、良き伴侶を一回で決められるはずがない。しかも、実質的に一カ月は悩むことができない。会うだけでもといって、会ってみると今度は早く決めろ、と矢のような催促が飛んでくる。

 一回のお見合いで決めたという知人もいた。「自分は博愛主義者で断れなかった」のだと満足げに話す。なあに、ビギナーズ・ラックというやつさ、といいつつ、決断の速さに感心してしまう。

 映画『高原児』で女がいう。

「あなた賭博師でしょう」
「男はみんな賭博師だ。でなければ結婚なんてしやしない」

 結婚が賭かどうか分からないが、「ウェディング」のwedは中期英語 wedde, 古期英語 weddian「誓約させる」から来ていて、ドイツ語 wetten「賭ける」と同じ語源なのだ。


 モノを買うときはそれでも色々なカタログがあって、デザインや性能、付属品がすべて分かり、それらを見比べてゆっくり選択することができる。高いものほど性能がいいと一般的にいえるし、何なら取り替えることもできる。

  お見合いは何回かのデートで相手のすべてが分からないし、この後にもっといい人が現れるかもしれず(電化製品は待てば必ず安くていいものが出てくる)、ここで妥協するとせっかくのチャンスを逃してしまうというリスクが伴う。

 ずっと待っていれば、こちらの株が下がってくる。当然、相手の相場も徐々に下がってくる。そのうち、このまま暴落してしまったらどうなるだろうか、これがラストチャンスかもしれないという不安に悩まされるようになる。結局、需要曲線と供給曲線が交わったところが結婚となるのだ。これを「最適停止問題」(optimal stopping)という。10人お見合いをするとしたら、3人目までは無条件にパスし、4人目以降はそれまで会った中で最良の相手だったら決めた方がいいという計算になる(鳩山総理もこうした論文を書いていたという話を後に聞く)。

 しかし、幸せの女神に後ろ髪はない。後でやっぱりあの人という訳にはいかない。ビギナーズ・ラックということもあるから3人目までに最高に人が現れないとは限らない(ちなみに、もとはフォルトゥナとは別の神の話らしいが、おかげでフォルトゥナも後ろ髪をひっつめた姿で描かれることもある)。

 バリー・シュワルツは『なぜ選ぶたびに後悔するのか 「選択の自由」の落とし穴』(ランダムハウス講談社)で、「選択肢が増えれば増えるほど、より良い選択肢があるのではないかと考え、人々の満足度が低下する」という仮説を立てている。常に最高のものを手に入れると信じていると、どうしても現状に満足できなくなり、客観的に不幸とはいえないのに、自分は不幸だと考えてしまいがちである。人生に最高の結果を期待すると、裏切られる。シュワルツは、「自分が欲しいものは最高のものだり、最高でないと満足できない」と考えるけ以降のある人を「マキシマイザー」と名づけ、そこそこの選択肢で手を打って満足し、他にもっと良いものがあると考えない「サティスファイザー」になることを薦めている。つまり、選択に「満足する」(サティスファイ)ことこそが、「最大化」(マキシマイズ)するための最良の選択であるという。

 見合いであれ、恋愛であれ、よほど幸せな結婚でなければ他の人と出会えなかったのか、という不満が残るものである。フローベールの『ボヴァリー夫人』はまさに不満から始まる悲劇である。

 別な偶然のめぐりあわせで、ほかの男と出会うことはできなかったか、と考えた。実際には起こらなかったそういう出来事、いまとちがった生活、見知らぬ夫、を心に描いてみようとした。みんながみんな、こんな夫とはかぎらない。美男で、才気があって、上品で、魅力があったかもしれない。修道院時代の友だちが結婚したのはきっとそういう人なのだろう。あの人たちはいまどうしているかしら?都会に住んで、街路の音や劇場のざわめき、舞踏会のかがやかしい光、心がふくらみ感覚がみちたりる生活をしているのだ。それに自分、この自分の生活は来たの窓しかない納屋のように冷たく、退屈という黙々とした蜘蛛が心の四すみに巣をはっている。

 リスクが伴うのは結婚だけではないが、特に女性の場合、男性によって人生が大きく変わることがあるから難しい。ジェーン・オースティンは『高慢(自負)と偏見』(後にキーラ・ナイトレイ主演『プライドと偏見』という映画になった)の中で“Happiness in marriage is entirely a matter of chance.”(結婚して幸せになれるかどうかは、まったく偶然のことである)という。ただし、リスクとデインジャーは異なる。リスクは注意をすれば避けられるものだが、デインジャーは避けることのできない危険である。だからこそ、結婚前にしっかりと考えなければならないのである。オースティンのこの小説が出版されたのはもっと後だったが、この文章を書いたのは21歳の時だったから、若くして人生をしっかり見ていたことになる。

 ドイツの批評家ヘルダーが『人類史哲学の理念』でいうように「この世の二大暴君」とは「偶然」と「時間」だ。複雑系理論の「バタフライ効果」が示しているように「一滴の雨のしずくのせいで流れが変わるなんて、不条理だ」と言っても始まらない。人生は複雑系で、わずかな入力の変化が劇的な出力の変化を結果することがあるのだ。

 直木賞を受賞した後のインタビューで桜庭一樹はこんなふうに答えている。犬のフン!

恋愛小説も苦手でしたね。ところが、掲載誌の「野性時代」の担当者と恋愛論になり、「恋愛小説はきれいだけど、実際の恋愛はそういうものではない。始めたくて始めるのではなく、ぶつかっちゃったので、仕方なく続けていく人間関係なのではないか」って言われました。それを聞いて「ああ、恋愛って道に落ちていた犬のフンみたいなものだ」って思ったんです。歩いていたら犬のフンを踏んでしまった、だけど用事があって急いでいるので、気になって仕方がないけど、そのまま歩いていく。例え洗い流しても、犬のフンを踏んだ靴だという記憶は消せない。恋愛ってそういう嫌な面、どうしようもない面があると思ったら急に目の前が開けた。それで、七竈の母の若いころを描いた導入部「辻斬りのように」を書きました。

 昔は「足入れ婚」というのがあった。婚姻成立祝いをしただけで嫁は実家に帰って、婿が泊まりに通う妻問(つまど)い婚の形を一定期間とったのち、嫁が婿方の家へ移るものというものだ。男性に都合のいいものであったが、女性にとってもそんなに悪いことではなかったのではないかと思う。結婚というのは毎日の生活だからである。

 加藤秀俊『続・隠居学』(講談社)にオーギュスト・コントの話が出ていて笑えた。

 さいごにひとこと。コント先生はかくのごとく実証主義で近代社会学の基礎を築かれたのであったが、その若き日にはカロリーヌ・マッサンという女性とねんごろになり、やがて彼女は押しかけ女房になって先生の身辺であれこれと問題をおこす。先生は神経衰弱になってセーヌ川に身を投げて九死に一生、やっと助かった。そのマッサンとの結婚を先生は「まことに判断が甘かった」「わが生涯の最大のあやまち」と反省なさっている。実証主義もラクじゃないんであります。

 お見合いを否定的に考える人もいるが、僕は決してそうは思わない。出会いがない人だっているからだ。モンテーニュは『随想録』で「恋愛で第一に大事なことは何かと聞かれたら、私は、好機をとらえることと答えるだろう。第二も同じ、第三もやはりそれだ」と書いているが、チャンスがなければ結婚はありえない。

 封建時代のお見合いのように会う前にセットされていて、会うのは儀礼的でしかなかったり、結婚式で初めて見たというのと違って、僕のように男ばかりの職場に勤める人もいるだろうし、サークル活動が苦手な人もいる。欧米みたいに小さい頃からパーティが開かれ、異性の友人とつきあう制度が完備していない。人間の知り得る範囲なんてたかがしれている。その証拠に、お見合いをした人ともう一度どこかで会うことはほとんどない。趣味や関心が近いはずだから、もっと会いそうなものだが、全く会わない。それだけ、実際の生活空間が違っている。出会いを人工的にセットすることが悪いはずはない。「日本のサラリーマンは半径5メートル以内の女性のなかから配偶者を見出す」という説もある。「大恋愛」だといいながら、会社で同僚だったとか、サークルが一緒だったというのが、日本の現状なのだ。

 フロリダ州立大の心理学者ジョン・マナーによる研究によれば、「一目惚れ」は本当だという。学生らに顔写真を見せる方法で反応時間を調べたのだというが、初めて顔を見て、この人は魅力的だとか、友人になれそうだとか判断するのに必要なのはわずか〇・五秒だという。「一目」にもならないではないか。サマセット・モームは「恋愛は種の保存のために私たちに仕掛けられた罠だ」といったというが、〇・五秒で罠にはまってしまうのだ。

 一目惚れとは反対に「単純接触効果」というものがある。あるブランドが好きだ、あるチームが好きだという時、実はたまたまCMや新聞などでよく見ていたから、ということが多い。巨人が好きな人が多かったが、昔から巨人戦しか放送されなかったからである。近間にいる異性も、慣れ親しんでいるので、頭の中にスムーズに入ってくるのである。「近接性」があるものに惹かれるのだが、これがあるきっかけで…。

 パスカルは『パンセ』で「恋愛の原因とは自分自身にはよくわからないものである」といい、そして「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、歴史は変わっていただろう」と述懐した。よく分からない熱気が恋愛なのだ。

 そして、一度でも恋の痛手を受けた人には次の恋に相当な勇気がいるはずだ。

 ジャンヌ・モローは「恋はスープみたいなもの。最初の数口は熱すぎて、最後の数口は冷めすぎている」と語った。

 もちろん、次のような意見もある。

 僕がほんとに不思議だと思うのは「お見合い」という風習のことだ。【…】で、映画に行ったり、お芝居みたり、懐石食べたりがあって「お人柄にひかれて」結婚するわけだが、それまで「オホホ」とか言っていたのがいきなりその晩セックスするわけでしょ?「野蛮」だ。「理不尽」だ。「不自然」だ。------中島らも『恋は底ぢから』(JICC出版)

 もっとも、映画『遠雷』では近くの団地の人妻と関係したり、ちょっといい加減な生活を送っている主人公(永島敏行)がお見合いをする。ゼッタイ結婚するからといってお見合いの後すぐにモーテルに連れて行く。

 プラトンは『パイドロス』」の中でソクラテスとパイドロスの対話を記している。パイドロスはソクラテスに聞いた。

 「恋愛をする時、自分に恋をしていない相手に恋をするのが正しい。自分に恋している人を相手にすると、恋というのは狂気なのだから、いってみれば狂人を相手にしているようなもので、ろくなことにはならない」と。つまり、恋する者は一種の狂気に陥っているようなものだから、正常な判断はできない。これに対して自分が恋していない相手に対しては、冷静に判断できるという。また、恋する者は他人の憎しみを買っても恋の相手を喜ばせようとする。だが、新しい恋人が現れた時に古い恋人をないがしろにして、ひどい仕打ちをすることは明白だ。恋というものは、こんなにも愚かなものだと言う。

 これに対してソクラテスは「この理論は『狂気が全面的に悪いものである』という前提が成り立つ時にのみ正当性を持つ」と答えた。つまり、「狂気は悪ではない」と言うのだ。それどころか、芸術など様々な分野で、狂気は積極的にプラスに働くものであると答えた。果たして恋がプラスに働くか、マイナスになるのだろうか?

 ティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』を見た子どもたちは主人公の父親が僕にそっくりだと言っていたが、お見合いの人にはこの映画のプロポーズが参考になるはずだ。一目惚れしたサンドラにいきなり会いに行って水仙の花畑の中でプロポーズをするのである。

SANDRA: You don't even know me.【私のことを知りもしないで?】
EDWARD: I have the rest of my life to find out. 【残りの人生で知り合えるから大丈夫】

 西江雅之先生に教わった話だが、アフリカで自殺しそうな男を救ったことがあるのだが、その男の嘆きというが、「村の友達には8人も奥さんがいるのに、僕には3人しかいない。僕は世界で一番不幸な男だ」だったという。日本では一人としか結婚できないし、しない人もいっぱいいる、といっても納得しなかったという。彼の村では娘一人をもらうには牛5頭が必要で、自分が貧乏だという嘆きなのである。つまり、彼らには「恋愛」というものは存在しない。かつての日本もそうだった。

 「恋愛」というのは近代の発明である、なんて議論には参加したくないが、恋愛至上主義というのは若い人が思っているほど幸せへの近道ではない。家族や社会を捨ててというのは傍目にはかっこいい。僕だって「世間体と結婚するんじゃない」と啖呵を切ってみたいが、ある程度のバランスというものも必要だ。バランスとは何か、ここでは定義しないが…。でも、今「君の為なら命すら惜しくない、愛しているよ」と言ってくれた人が、翌日は違う女性に同じ気持ちを抱くかもしれないし、昨日はそう思っていたけど、今日、目が覚めたら気持ちが変わったと言うかもしれない。大恋愛なんて怖い。

 「ロミオとジュリエット効果」というのがある。特定の目的を持っている場合、障害があった方が逆にその障害を乗り越えて目的を達成しようとする気持ちが高まる心理現象の事で心理学者ドリスコールが命名した。早い話、反対すればするほど逆効果ということだ。

恋心ってやつは叱りつけて追い出すことはできません。
Affection is not rated from the heart:
     -----『じゃじゃ馬ならし』第1幕第1場

 長距離恋愛も障害があるから成就したいという気持ちになるが、これには「ボッサードの法則」というのがあって、一組の男女が結婚する確率は、婚約者同士の距離が遠くなればなるほど減少するというものだ。『シェルブールの雨傘』を見ていれば、心がどんなに通っていても、遠く離れると難しくなることがよく分かる。

 玉村豊男の『アルマジロ私想録』(新潮社)の「日常の快適について」という文章の中で玉村がどうして駆け落ちをしなかったか回顧している。相手のB子さんは駆け落ちの準備をしおえて深夜の二時を過ぎた時に水道の栓をひねったという。栓をひねると、すぐに、勢いよく温かいお湯が流れ出した。そのお湯を両手に受けたとき、思わず泣き出してしまったのだそうだ。ああ、もしもあの人と駆け落ちをしてしまったら、夜中にお湯の出る家には住めないだろう、寒い夜にも、冷たい水で顔を洗わなければならないだろう。そう思うと、わけもなく悲しくなって、ひとりで声を立てずに泣き続けた。

 そして、玉村は次のように考察している。

 日常の快適というのは、私たちにとって欠くべからざるものである。

 若い頃は、どんな環境にあっても暮らすことができる。欠けた茶碗と、それこそ中華鍋のひとつでもあれば、それだけで幸福な食卓をととのえることができるし、愛の褥(しとね)はセンベイ蒲団一枚で十分だ。ありあまる情熱と体力は、生活の不便を快適にさえ変えてしまう。

 しかし、そうした熱病のような季節を過ぎればすぐにわかることだが、どんなに愛に満ちあふれた二人であっても、一時期の劇場を永続的な情愛に昇華して幸福な関係を固定するためには、やはり厚く柔らかい蒲団や独立したベッドルームや、いやなときにはたがいに顔を合わせずにすむだけの空間を持つ家が必要であり、中華鍋のほかにフライパンもシチュー鍋も必要になるのだ。このことは誰にもわかることだが、手遅れにならない内に、早くから理解しておくことが望ましい。

 E・M・フォースターはもっとすごい。“The poor cannot always reach those whom they want to love, and they can hardly ever escape from those whom they no longer love.”(貧しい者は自分が愛する相手に近づくことができないだけでなく、もう愛してない相手から逃れることができない)という。

 シェイクスピアも一言で片づけている。

男は恋をささやくときは四月だけど結婚すれば十二月。
men are April when they woo, December when they wed:
     -----『お気に召すまま』第4幕第1場

 小津安二郎に『お茶漬けの味』という映画があるが、ご飯に味噌汁をかけて食べる夫を軽蔑して、クラムチャウダーづくりに余念がない西洋気取りの妻が最後に夫と和解して食べるのがお茶漬けという話である。結婚はフランス料理を食べるような愛ではなくてお茶漬けの味のする生活なのだ。

 谷崎潤一郎の『細雪』でも冒頭から次女の幸子と四女の妙子が物質的条件のみで結婚を考えて三女・雪子の見合い相手の財産や、不動産、係累など容赦なく値踏みしている。雪子は子爵の息子と結婚が決まるが、自由恋愛を繰り返した妙子はどこの馬の骨だか分からないバーテンダーの子どもを宿し、雪子が帝国ホテルでの披露宴の準備に追われている時に、人目に隠れた病院で死ぬ思いをして苦しんだ挙げ句、私生児を死産する。谷崎は二人の結婚を等価で描き、人生の機微を教えているように思える。

 水村美苗は『日本語で読むということ』(筑摩)で『細雪』について次のように書いている。

 人はより大きく自由意志を行使できるにつれ、より幸せになるのか?

 思うに、『細雪』はこの問いに、否、と答えるのではない。この問いそのものを問い直すのである。問い直すことによって、恋愛結婚の物語や、近代の思考がともに前提としていることに、疑問符を投げかける。

 ここ数年来、インド出身の作家などが、「見合い」を主題とした小説を英語で書くようになった。そこで見合い結婚する娘たちは、なんと生き生きと描かれていることか。谷崎を彼らの先駆者とみなすのは、見当はずれだろうか。

 私は、『細雪』が美しい姉妹が着物を着たり、美味しいものを食べたりして遊んでいるだけの小説だというのが、好きである。だが『細雪』がそれ以上の小説だと考えるのも、好きなのである。

 太宰治の『斜陽』では出戻りのかず子に縁談が来る。六十すぎた芸術の大家でお金持ちが後妻にという。物質的にはどんなにも幸福にしてあげると言われるが、六十の後添いは嫌だと断る。

「私、子供がほしいのです。幸福なんて、そんなものは、どうだっていいのですの」

 すると、芸術家は誰にでも思ったとおりに言えるあなたのような人と一緒に居ると私も新しい霊感が舞い降りてくるかもしれないと、引き下がらない。

「でも、私みたいな女は、やっぱり、恋のこころがなくては、結婚を考えられないのです」

 そんなかず子が恋をするのが、太宰の化身みたいな小説家・上原だった…。かず子は返事もくれない上原を東京に訪ねる。そしていう。

「【…】戦闘、開始、恋する、すき、こがれる、本当に恋する、本当にすき、本当にこがれる、恋しいのだからしようがない【…】」

 中世ヨーロッパの騎士たちに生まれた、愛する女性に命を捧げるが、精神的なものであり、肉体関係は伴わないとする「ロマンチック・ラブ」を基礎とする結婚は理想的と言えるが、理想が現実的に永続することは極めて少ない。ロバート・ジョンソンは『現代人と愛 ユング心理学からみたトリスタンとイゾルデ』(新水社)で「オートミールをかきまぜるような愛」の存在を強調している。「オートミールをかきまぜるという行為は、別に胸のときめく行為でもなければ、胸をわくわくさせる行為でもありません。いたって慎ましやかな行為です。しかしこの行為は、ややもすれば舞い上がりがちな愛を現実に引き戻してくれる関係性の象徴となり得ています」という。

 僕が結婚できなかった理由の一つに女性観があったかもしれない。ゲーテのように永遠に女性的なるものを求めたのである。早い話、秋吉久美子はトイレに行かないと思っていた。これに対して、シェイクスピアは時に魅力的で時には醜い、生身の女性たちのありのままを描こうとした。

 もっと早くシェイクスピアを知るべきだった。

私は女神が歩くのを見たことはない
私の恋人は大地の上を歩く
でも天に誓って私の愛する人は
類まれな人だ            (ソネット130)

 『恋(フラート)の世紀 男と女のタブーの変遷』(原書房)によれば、フランスでは19世紀の後半まで未婚の男女はセックスはおろか、親しく付き合うことも禁じられていたという。既婚女性の恋愛の権利が大幅に認められていたのとは対照的に、結婚は金銭や地位や身分を巡る一種の商行為で、娘はその「商品」だったからである。その結果、『女の一生』の主人公ジャンヌのように、何一つ教えられぬまま、初夜に夫から「強姦」されて、強いショックを受けた新妻も少なくなかったという。既婚の女性の自由な恋愛は認められていたのと対照的だったのである。

 日本の方が『万葉集』や『源氏物語』を読むまでもなく、女性は女性として扱われていた。江戸時代に下がったけれど、社会的地位は高かった。ヨーロッパではギリシャ・ローマ時代から女性はモノで、性愛の対象でしかなかったのだ。

 自由に恋愛をすることはごくごく近代的な発明にすぎないのに、日本人はそれが進んでいることだと思い込んでしまって、どうにも止まらない。

鞦韆(しゅうせん=「ブランコ」)は漕ぐべし愛は奪ふべし-----三橋鷹女(みつはし・たかじょ)

 映画(文学でといってもいいが)でお見合いというのは少ない。恋愛に比べ、ドラマティックな要素がそれだけ少なく、題材になりにくいのだ。日本的な感性を描いたとされる小津安二郎監督の映画にしても縁談が多いのにお見合いのシーンは少ない。戦後作品の原型ともいえる『晩春』にもお見合いのシーンはなくて終わってから打診する、小津調の飄々とした会話しかない。

紀子原節子)「叔母さんはゲーリー・クーパーに似てるって云うんだけど」
アヤ
月丘夢路)「じゃ凄いじゃないの、あんたむかしっからクーパー好きじゃないの」
紀子「でも、あたしはうちにくる電気屋さんに似てると思うの」
アヤ「その電気屋さんクーパーに似てる?」
紀子「うん、とてもよく似てるわ」

 という会話が続き、恋愛結婚だってアテにならないといったあげく、

アヤ「平気よ。平気々々。とにかく行ってみんのよ。で、ニッコリ笑ってやんのよ。すると旦那様きっと惚れてくるから、そしたらチョコッとお尻の下に敷いてやんのよ」

 と説得して縁談をまとめる。小津映画の基調は得たものは失う、ということである。これはレヴィ=ストロースの「世の中には失うことでしか手に入れられないものもある」というテーゼと同じだ。特に『秋刀魚の味』で明かされるのは“ひょうたん”と呼ばれる中学校の恩師(東野英治郎)が娘(杉村春子)を手放さなさず、婚期を遅らせてしまい、悲しい老後に接するというのが笠智衆の娘(岩下志麻)のお見合い・結婚の伏線になっている。ジョン・アービングの『ガープの世界』で「ガープが女の子を欲しくないのは、男たちのせいだ。もちろん、悪い男たちのせいだ」と考えるのは男にはよく分かることだが、自分もその悪い男たちの一人にならなければいけないという矛盾がある。小津は娘を結婚させる映画ばかりを撮ったが、考えてみれば、娘を一人片付けるというのは大変なことだったのだ。佐分利信や中村信郎のような大人が集まって結託してはじめて結婚させることができるような事件だったのである。今はそんなに楽かというと、そうでもないから、「結婚難民」があふれるのである。

 木下恵介の『お嬢さん乾杯!』では無教養だが明朗そのものの成り金の青年が斜陽族の令嬢の原節子とお見合いをして育った世界の違いを克服しながら結ばれる。

 日本映画で最も印象的なのは『細雪』(市川昆監督)だ。かつて折口信夫が『源氏物語』「芦屋の巻」と評したとおりの映画に仕上がっていたが、その中心は雪子(吉永小百合)のお見合いである。なかでも傑作なのは東京帝大出の水産技師・野村(小坂一也)とのお見合いだ。彼はお見合いという場所柄もわきまえず、卒業証書から死別した妻の死亡診断書までみせて居合わせた人々を唖然とさせる。雪子が電話の応対がうまくできずに橋寺(細川俊之)を怒らせてしまう場面もあったが、雪子の気持ちは僕も電話が苦手でよく分かるのだ。雪子の優柔不断さ(妙子の駆け落ちは雪子の優柔不断からきていて、これがまた、雪子の結婚を遅らすこととなる)もそっくりだなぁと思って観てしまう。なお、時代が違うのだろう。僕の場合、一度も相手が着物姿ということはなかった。

 山田洋次監督の『男はつらいよ』第一作では妹のためだといってニュー・オータニまでついていった寅さんがテーブルマナーを知らずに顰蹙を買い、揚げ句、調子に乗ってバカなお喋りを始め、お見合いをメチャクチャにしてしまう。このシーンのセリフのおかしさはシリーズを決定づけたといっても過言ではない。寅のぶち壊しのお陰でさくらは本当に好きな博と一緒になれる。

 『山田村ワルツ』は過疎の村の嫁不足を解消するために集団お見合いをするドタバタ映画である。ヤマダボチャというとてつもない匂いのする野菜で有名なところで嫁の来てがない。女流作家が村に憧れてやってきて、青年たちがライスカレーにソースをかけ、スプーンをコップにつけてから食べるのを見て「ムラムラしい!」と感激したり、青年が得意そうに「君といつまでも」をソラで歌ったりする楽しい映画である。

 山田ばかりだが、山田邦子主演の『山田ばばあに花束を』にもお見合いのシーンがある。

 現代日本女性を描いた映画にカナダの映画作家クロード・ガニオンが撮った『Keiko』がある。0Lのケイコは親元を離れ、一人暮らしをエンジョイしているが、単調さに飽きたある日、高校の恩師と酒を飲み、バージンを失い、その後カメラマンと恋に落ちるが、セックスの対象でしかないことに気づいて別れ、最後にあっさりお見合いをして平凡な生活へと戻って行く。恋愛=遊びとお見合い=結婚とを見事に分けて考えるドライさが外国人には驚きだったのだろう。都会で恋愛、田舎でお見合いという図式が今では当たり前になっている。

 外国にはお見合いがないという常識がはびこっている。しかし、イギリス映画『フォー・ウェディング』を見ていると、誰かの結婚式でその友達を互いに探りあうなんてことがあるようだ。実際には周りの人がいろいろとセットすることがあるし(社交界なんて集団お見合いの場だ)、blind date(第三者の仲介による面識のない男女のデート、その相手)というものがあり、広義の交遊も含めて使われている。『ブラインド・デート』という映画もつくられて、決して女の子にお酒を飲ませてはいけない、という忠告を無視したために大騒ぎになるという映画だ。僕はシナトラ主演の人情劇『波も涙も暖かい』(F・キャプラ監督)を観てお見合いがアメリカにもあることを初めて知った。

 『古代への情熱』を書いたシュリーマンは最初の結婚で失敗したが、二人目はギリシャ人と見合いして結婚し、小さい頃からの夢だったトロイの遺跡の発掘に情熱を傾け始まる。ギリシャには「見合い結婚こそ最良の結婚である」という古い諺があるという。

 フランス語では見合い結婚のことを「理性の結婚」(mariage de raison)という。フランスの親は息子に品行方性であることまでは望まないが、結婚だけは理性をもって決めるように希望した。昔は(といっても20世紀前半まで)若い未婚の男女が接近することは想像を絶するくらい大変だったという。未婚の女性が言えと家とが取り結ぶ結婚という「商行為」の商品だったからだ。男が遊べるのは既婚の女性と決まっていた。婚前交渉などした娘は修道院に入るしかなかった。ただし、結婚してしまえば、ある程度の自由を得た。上流になればなるほど傾向が強かったという。恋愛の国というのはおばさんたちだけの話だったのだ。

 他のどの国も能天気に恋愛などしていない。バリ・ライの『インド式マリッジブルー』(東京創元社)はまさにインドのお見合いを扱った話で、父親に勝手に決められた結婚を回避しようとするマンジットと家族の壮絶なバトルが描かれている。生まれながらに住んでいるイギリスこそが祖国で、リーザという白人の恋人がいるにもかかわらず、パンジャブ娘と結婚しろと、家族が結託してくる話である。

「きみが自分に問いかけなければいけないのは、人生に何を望むかってことだ。けっきょく、自分のしたいことをして自分が幸せになるか、それとも、親のいうなりになって親を幸せにするかだ」

 『卒業』もお見合いみたいなものだ。ベンはエレーンのおかあさんと浮気をしていて最初付き合う気がなかったが、周囲がうるさく言うので仕方なく会う。会ってすぐにストリップ劇場へ連れて行き、「すごいぜ、見ろよ」という。ところが、いきなりエレーンに泣かれてしまい、気持ちが変わってしまう。女の涙の怖さをまざまざとみせられる。

 仲人もミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』(シャガールの絵の題名から)で「マッチ・メーカー」(仲人)という曲が歌われている(Matchmaker, Matchmaker,/Make me a match,/Find me a find,/catch me a catch/Matchmaker, Matchmaker/Look through your book,/And make me a perfect match)。この歌を歌う娘たちは実際にはお見合いをせず、父親の想いとは逆に自分の意志で結婚し、伝統の村を離れていくという物語だ。トポルという人が主役で、森繁(カーテン・コールの長さに驚いた)みたいな年令の役者だとばかり思っていた。ところが、ミア・ファーロー主演の『フォロー・ミー』を観た時、クレジットタイトルにトポルと書いてあってびっくりした。探偵役を演じた若い役者だったのだ。

 日本未公開だが、『マッチ・メーカー』という映画もあり、日本では上月晃主演で「めいっぱいに夢いっぱい」という芝居になっている。実はこれはミュージカル『ハロー・ドーリー』の原作で、未亡人で仲人業を営むドーリーはお見合いをさせようとしているケチな雑貨商と一緒になった方が楽なことに気づき、強引に結婚してしまうお話である。

 ウディ・アレンの『ラジオ・デイズ』ではオールドミスのおばさんがお見合をしている途中に臨時ニュースが入り、火星人が襲撃したと知らせる場面がある。相手の男はパニックしてしまい、おばさんを放ったらかしにしてどこかへ行ってしまう。オーソン・ウェルズのデビュー作で『火星人襲来』というドラマだったのに、あまりにも臨場感にあふれていたからだ。

 外国映画で最も印象的なお見合いは『西部の王者』であろう。バッファロー・ビル・コディは上院議員の娘ルイザ(モーリン・オハラ)の家の食事に初めて招待される。つまり、お見合いなのだが、荒くれ男のビルはナイフやフォークを使う上品な食事に戸惑ってしまう。あげく、料理といっしょに布切れか何かを口に入れてしまって、呑み込むこともできずにうろたえる。いち早く気づいたルイザはわざとスプーンだかフォークをテーブルの下に落として彼に拾わせ、その間に口の中のものを処理させる。この気配りが女性としての優しさや未来の妻にふさわしい内助の功を実に見事に表していて、うれしい映画なのである。

 とにかく、欧米にお見合いがもっと制度化されていたら、あんなに躍起になって恋愛することはなくなるだろう。そうすれば、相手を求めるためのシングル・バー(『ミスター・グッドバーを探して』という未婚女性の孤独を描いた名作もある)は繁盛しないはずだ。

 「ほんとうにぼくは、お行儀がいいだけがとりえのまったくのつまらない若者なのかもしれない」「実際には『女の子をモノにする』チャンスを逃しっぱなしにして、時々幼な友達と手をつなぐのが精一杯といった生活を送っているわけなんだ」という『赤頭巾ちゃん気をつけて』の薫クンと僕は同じだった。

 他人に、特に女性に声をかけるのが苦手だし、現在の職場が男ばかりの所なので、きっと、お見合いに頼らなければならないと思っていた。ところがなかなかお見合いをもってくる人がいない。ようやくお見合いをしたのは二六歳の時だった。その後、ペースは遅かったが、三〇近くになってピークに達し、「商品価値」の低落とともに少なくなってしまった。思い出せるのは最初のお見合いだけで、二度目が誰だったか、どういう状況だったかもう全く覚えていない。

 印象深いのは最初だったこともあるが、名古屋まで行ったからである。同僚の紹介でこんなに遠くへ行くことになった。特急ひだの中は遠くてもいい人さえいればという自己満足感と初めてお見合いをするという期待感でいっぱいだった。

 最初のお見合いが一番いいというテーゼがある。すぐに決めろ、という脅し文句のひとつだが、お見合いの十年を振り返ってみると、これは確かに真である。ノスタルジアもあるかもしれないが、その後お見合いをした女性の中で一番きれいだった。武蔵野音大のピアノ科出身で、プライドが高そうだった。こちらはまだ、音楽大学がどんなにお金がかかる所か、どうしてお嬢さんしかいけないのか、武蔵野音大がどういう大学なのか(結婚式で司会をしてくれた年上の友人Sさんが武蔵野の子とつきあっているという話を聞いた位で)、どこにあるのか(江古田は僕が下宿していた茗荷谷から近かったのだが)知らなかったし、ピアノ科がどうしてエライのかよく分からなかった(大変な難関なのだ)。

 音楽にはあまり素養がないので会ったら何を話せばいいか、悩みに悩んだ。というのも、同級生がよせばいいのに、学生の身分で美人のピアノ講師とお見合いをした事件があったからだ。当然、ピアノの話になり、Nは見栄をはって「バイエルなら僕もやっています」といってしまった。相手は「何番までなさいましたか?」と聞いたので、ベートーベンだって第九までだ、と思って「六番までです」と答えてしまった。これですっかり信用を失ってしまい、恋に破れた。六番というのはまだ右手の練習だ。

 ようやく、目的のホテルに着き、本物を見た。写真といくぶんイメージが違うな、とは思ったが、美形であることは変わらなかった。何しろ、相手も初めてのお見合いなので力が入り、当時流行っていたさだまさしの「関白宣言」をどう思いますか、と聞かれた。亭主関白を標榜しているが実際には「ニューファミリー」の枠内での男のあがきにすぎないし、もっとよく聞けば母性本能をくすぐり、女性への屈服でさえある。だから、いい曲であると思う、などと答えた。映画監督になりたかった、なんて話をしたら、どんな映画を撮りたいのですか、と聞かれ、スターンの「トリストラム・シャンディ」のようなハチャメチャな作品を撮りたい、とそれこそハチャメチャなことをいっていた。

 今ならお見合いを映画化したいというところだ。

 テレビドラマに「名古屋結婚物語」というのがあり、メチャクチャ派手な名古屋の結婚事情とあっさりした東京との文化ギャップを面白おかしく描いてあった。名古屋とこれも派手といわれる新湊が結婚したらどうなっていただろう。清水義範の『蕎麦ときしめん』には「きしめんは最初からいきなり汁の中にどっぷりつかっている。個人などというものは、社会の中に完全に埋没しているのである。麺がさなだ虫のように平べったいのは、その方が表面積が大きく、より多く社会という汁にひたれるからにほかならない。その上、この混然一体の関係の上に花かつおをぶちまけ、事態の本質をうやむやにごまかしてしまっているのがきしめんなのである」と書いてあるが、富山だと次のようにいえるだろう。

「蒲鉾というのは、赤身はどんな魚も受け付けないが、白身なら種類、大きさを問わず、何でもかんでも一緒くたにして魚一匹々々の個性をなくし、一様でどこから食べても同じ味の食べ物である。それを自分の都合のいいようにまっ晒にし洗脳し、表面だけはやたら派手に飾り立て、しかも味はどれも同じで、鶴だから鶴、亀だから亀、富士山だから富士山の味がする訳でもないのにたくさん結婚式の引出物にされる。それを近所に配るというのは『一味同心』を再確認することで地縁意識を高めようとする個の喪失、社会への埋没という象徴性を持った食べ物なのだ」

 因みに富山の結婚式では平均三百キロの蒲鉾が出され、蒲鉾代だけで百万かかるという統計がある。

 二時間ほど話し合い、別れる時は『旅情』のキャサリン・ヘップバーンのような気持ちで手を振った。

 いかんせん、去る者は日々に踈し。手紙を何度か交換しあったが、生活が離れ過ぎていて次に東京で会った時にはお互いの気持ちも離れていた。

 こうして一回目のお見合いは愛の破局で終わった。

「あなたが春の風のように微笑むならば、私は夏の雨となって訪れましょう」---宮本輝『朝の歓び』

 人生には二つの選択肢がある。一生独身で惨めな人生を送るか、結婚して死んだほうがましだという思いをするか。独身で通すという途も考えられなくはなかった。例えば、内田樹は『期間限定の思想』(晶文社)で結婚に対するトラウマのない男など誰もいないといって次のように書いている。

 結婚というのは「する前」は早くしたいという焦慮で苦しみ、「した後」は取り返しのつかないことをしてしまった後悔で苦しみ、「まるでしなかった」場合には愛が何かを知らずにいることを苦しみ、「何度でもした場合」には愛が何かを知ってしまって苦しむ、という「苦しみだけが真実」の経験なのだよ。

 しかし、僕は普通の人間で、普通に苦しみたいと思っていた。いつ結婚するかはさておき、結婚する意志だけはもっていた。独身貴族というのは財産があっても何もない。夫婦で喧嘩したり、子育てに苦労して初めて人生の充足感を得るものだ。人間は家族として生まれ、家族として死んでいくしかない。これは男も女も同じだ。まあ、男と女にはちょっとした違いがあり、その違いが楽しいから結婚するのかもしれないが…。

 男と女はもと背中合わせの一体(アンドロギュロス)であったが、神によって二つに切り離され、このため、失われた半身を求めるのだ、という話はプラトンの『饗宴』で喜劇作家アリストパネスが語った言葉だ。この部分は文脈を離れてしばしば引用される(配偶者のことをBetterhalf、Otherhalfというのはここに由来する)。プラトンの『饗宴』の主な語り手はソクラテスと、ソクラテスの元カレの美少年アルキビアデスとアリストパネスである。

 悪妻=クサンチッペ説を広めたのはクセノフォンの方の『饗宴』だという。ソクラテスはアンティステネスの問いに答えて、「彼女とうまくやっていけたら、他のあらゆる人々とうまくやっていくのに苦労しないだろうからね」と答えた。また、結婚したほうがよいか、しないほうがよいかを尋ねられて「どちらにしても、君は後悔するだろう」と答えたという(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシャ哲学者列伝』岩波文庫)。

 ちなみに世界三大悪妻とはソクラテスの妻、モーツァルトの妻コンスタンツェ、トルストイの妻のソフィア・アンドレエヴナということになっている。恐らく、3人とも弁護の余地はあるのだろう。大体、「悪妻」や「良妻賢母」という言葉があっても逆の「悪夫」「愚夫」とか「良夫賢父」というのがないことからみて、差別を感じるものである(古くは「宿六」というものがあった)。

 「セミは幸せだ。なぜなら物を言わない妻がいるから」とか「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」という話も後世の作り話とされる。ある時、夫に怒鳴り散らしたクサンチッペはまだ収まらず水を浴びせかけたのに対して「雷には大雨がつきものだ」と言ったというのも後世のものだと思う。事実、プラトンの『パイドン』では、クサンティッペが獄中にあるソクラテスを思って取り乱す場面が描写してある。半藤一利も『漱石俳句探偵帖』(角川選書)で、ソクラテスの妻に同情を寄せている。彫刻職人の夫が商売をそっちのけにして街で哲学を談じ、一文の稼ぎもない日々がつづけば、「ヒステリーをおこしたって、これは当然である」という。

 コンスタンツェはモーツァルトの死後、断片になった楽譜の収集が流行したので、妻は二つに裂くことで売りに出す遺品の価値を高めようとしたらしい。子どもと残された借金を抱えて貧困に苦しんでいたはずだ。貧しい中で35年の生涯を終えて共同墓地に埋葬されたモーツァルトの妻としては必死だったのであろう。

 トルストイが亡くなったのは旅先の片田舎の駅で、大文豪が82歳にして家出をし、いわば野垂れ死にした原因がソフィアだとされた。リタ・ジョンスンという女性が『グッド・グリーフ』(リブロポート)という、スヌーピーの漫画家チャールズ・シュルツの伝記を書いている。『ピーナッツ』にはルーシーがいつまでたっても読み通せないという形で『戦争と平和』が出てくる。これについて、シュルツは「君は、トルストイの妻が、あの長い『戦争と平和』を、夫のために清書したことを知っているかい?それも手書きで七回半もなんだ」と言って、言葉が途切れた後、「あとになって、トルストイは、そんな妻を離婚してしまうんだ」と言っている。やれやれ。

 正宗白鳥も戦前に「山の神を恐れ…おどおどと家を抜け出て」と恐妻から家出した。小林秀雄は「果して山の神なんかを怖れたか。僕は信じない」とかみついたそうだ。

 レマルクは『凱旋門』で「愛というのはね、いっしょに年をとりたいと思うひとのことだよ」「そんなこと、わたしわからないわ。愛は、そのひとがいなかったら、生きていられないひとのことよ」なんてセリフを書いているが、子どものことを考えたら、死ぬわけにもいかない。

 「妻をめとらば才たけて/顔(みめ)うるはしくなさけある」と歌ったのは与謝野鉄幹だったが、青井史『与謝野鉄幹』という本の副題が「鬼に喰(く)われた男」だと知ったら、引いていく人も多いかも知れない。鬼って晶子だ。晶子の自伝的小説『明るみへ』に、夫の鉄幹に擬した人物が庭のダリアの根元の穴から出てくる蟻を錆(さび)包丁でひたすらつぶし続ける場面が苦境の夫の渡欧費用を妹に無心する手紙の中で語られている。主宰誌の廃刊後、世から忘れ去られていく夫が悶々と過ごしている。晶子本人である主人公が原稿依頼に追われて書斎で執筆を続ける午後、3時間が過ぎてなお穴の前を離れぬ夫に「あなた、また蟻なんですか」と声をかける。「憎らしいからね」という夫の答えに「世にかかる悲しき事またあるべしと私は思われず候」と主人公は記す。そして、この小説そのものが渡欧費用を朝日新聞に前借りしたために書かれた作品だったし、「明るみ」に向かうこともなかったようだ…。

    「賭け」   黒田三郎

五百万円の持参金付きの女房を貰ったとて
貧乏人の僕がどうなるものか
ピアノを買ってお酒を飲んで
カーテンの陰で接吻して
それだけのことではないか
新しいシルクハットのようにそいつを手に持って
持てあます
それだけのことではないか

 デカルトは斜視の女性が好きだったという。『哲学原理』の中で斜視の女性に惹かれるのは子どもの頃に遊び友達だった斜視の女の子が好きだったからだと説明している。そしてそれに気づいた時に、フェティシズムから解放されて斜視でない女性も愛せるようになったという。そしてこの洞察が「人間には自由意志があり、精神は肉体と統御できるとするデカルトの思想の基礎になった。恋愛までも哲学に昇華するという好例だ。僕は奢侈な女性は苦手だ。

 ダーウィンは母方の従姉妹で幼なじみのエンマ・ウェッジウッド(陶器のウェッジウッドを創ったジョサイアはダーウィンの祖父になる)に結婚する前にその結婚の損得表を作って検討したことが『ダーウィン自伝』から分かる。ノートには「これが問題だ」というタイトルがついていたが、最後の方に「人は、足もとのふらつく老年になって、友人もなく、冷たく、子どももなく、すでにしわのよりはじめた自分の顔をみつめつつ、孤独の生涯を送ることはできない。気にするな。偶然を信頼しろ。---幸福な奴隷だってたくさんいるんだ」と書いている。ただ、得だと分かった瞬間に急いで求婚した。エマは「私は、いままで通りに友人関係が永久に続き、変わりそうもないと思っていたのに、本当にびっくりしました。その日私は、一日中まごまごするばかりで、幸せを感じることもできないほどでした」と書いている。

 家庭を顧みず…という天才が多いのに、“金のわらじを履いてでも捜せ”といわれる一つ年上の奥さんだけあって、二人の結婚生活は非常に円満だったという。後年、子どもたちに宛てて、エンマのことをつぎのように書いている。「お前たちはみんな、自分のお母さんをよく知っている。お前たちみんなにとって、いつもいつも、どんなによいお母さんであったことか。この人こそは私の最大のたまわりものであり、私は一生を通じてこの人から聞きたくないような言葉を一言でも聞いたことはなかったと、いい切ることができる。私にこの上なく温かい思いやりを失ったことはなく、わたしが病身のためや気分が悪くてしょっちゅう苦情ばかりいっていても、じつに辛抱強く我慢してくれた。お母さんは自分に身近な人に親切な行為をする機会を一度ものがしたことがなかったと、私は信じている。一つ一つの道徳的資質のどれをとってみても私より優れているこの人が、私の妻になることを同意してくれたのは、なんという幸運だっただろうか。この人は私の生涯を通じて、私の賢明な助言者であり、快活な慰安者であってくれた。この人がいなかったら私の生涯は、非常に長い期間、病身のために惨めなものとなってしまっただろう」。

 ずいぶん前だが、仲間で見合いの話になった時、一つ上のPさんが「わし、今まで五勝二敗だもんね」といった。「五勝二敗」とはどういうことかと不思議そうに尋ねたら、こちらから断ったのが五回、あちらから断られたのが二回なのだという。なるほど、結婚というのは引き分けなのかもしれない。お互いに勝負しあって、戦い終わった時、つまり、妥協しあった時が結婚の潮時なのかもしれない。Pさんのお見合い観に一同、納得してしまったのだが、Pさんは四〇近くになった今も独身だ。お見合いで全勝優勝してみてもあまり意味がなさそうだ。

 もう一つ驚いたのはPさんのお見合いの多さであった。就職して二年で七回もしている。Pさんは富大出身なのだが、大学の先生が世話したというのが結構あるという。僕の先生など誰もそこまで面倒をみてくれなかった。

 群ようこのエッセー『半径五〇〇メートルの日常』(文藝春秋)には二四歳までは全勝に近かったのに二七歳で一五勝二三敗という女性が出てきて言う。

「ここまできたらスポーツと同じなのよ。単にやらないと気持ち悪いだけなの」

 知人の中には、僕がお見合いを続けている間に、三回結婚した強者がいる。一度目は二週間で、二度目は一年あまりで破局を迎え、三度目は何とか続いている。子は鎹、とはよくいったものだ。

 しかし、結婚式のドタバタを自分自身が演じてから、知人の偉大さが分かってきた(僕には離婚する権利すらなかった)。あんなに面倒なことを三度も!偉い!

 婦人会長をしていた、あるおばさんによくいわれたものだ。

 「あんたぁ、一回くらい結婚しなさいよ」

 こういう人に限ってお見合い話はもってこないで、結婚に絡めてあんたのここが悪い、あそこが悪いと文句ばかりいう。

 井上ひさしは「結婚するのは判断力の欠如、離婚するのは忍耐力の欠如、そして再婚するのは記憶力の欠如だ」と自らを語った。

 職場の別のおばさんがお見合い写真をもってきたことがある。今でもはっきり覚えているけれど、岸田劉生の麗子像を写真にした感じだった。

 即座に断ったのだけど、そのおばさんが同僚に世話をしたのが、(本人いわく)松坂慶子みたいな女性だったという。結局、別れたのだが、僕がいいたいのは、一体、この同僚と僕との処遇の差はどこに出てくるか、ということで原稿を叩く手もつい激しくなる。

 ちなみにヘンリー八世は離婚が原因でローマ法王と袂を分かっているが、彼の放縦さは見事にチャールズまで受け継がれている。ナポレオンは狡猾な人間だったので結婚式に司祭を立ち合わせなかったという。案の定、ジョゼフィーヌと醜い争いをせずに離婚できたのである。「この世で一番楽しい事は結婚。…でもよく考えるとやっぱり離婚」というのはメソポタミアの碑文だそうだ。

 「結婚をしない人は幸福だ、なぜなら失望もないからだ」というのが僕の考えなのだが、これは「希望を持たない人は幸せだ、なぜなら失望もないから」(Blessed is he who expects nothing, for he shall never be disappointed.)というスウィフトかフランクリンの言葉から来ている。

 さて、お見合いの場所をどこにするかはいつも悩みだった。呉西【富山は呉羽山で東西に分けて呉東、呉西という】の場合、雨晴のトンネルの上にある「松」という喫茶店を利用するのが常識だ。晴れた日は雨晴海岸が見事に見えていい場所なのだが、コーヒーが高いうえにテーブルチャージ料まで取られ、涙でコーヒーがアメリカンになる。高岡の女友達Sさんは三度続けて「松」へ連れて行かれ、しかも二度はクルマまで同じだったのでつくづく嫌になり、次に違う所へ連れて行った人と急いで結婚したという。

 呉東なら、呉羽山頂の「呉仁館」がメッカかもしれない。あそこは呉中か。

 気の張る相手の時、高級料亭に行ったこともある。予想が狂い、後悔したこともあったが、予約済で仕方がない。十年前で二万ということもあった。面倒になってきてだんだん、ムードとか考えず、交通の便のいい喫茶店やホテルのロビーを選ぶようになってきた。

 二日続けて同じ場所でお見合いをしたことがある(二股をかけていたことになる)。大きな喫茶店だったが、明らかにお見合いと分かったはずで、コイツは一体何を考えているんだろう、とお店の人に思われていたに違いない。でも、お見合いにふさわしいレストランや喫茶店なんて限られているから仕方がない。『卒業』でベンジャミンがエレンとの最初のデートで「初めてだ」というのに、ホテルの従業員に違った名前で挨拶されてビビるシーンがある。偽名でエレンの母親との密会に使っていたホテルだったからだ。僕のお見合いもそんな風になりかねなかった。

 お見合いの後、どこへ行くかも大問題である。富山はイベントが少なくて困ってしまう。県立美術館へはよく行った。一度、ちょっと変なボランティアの解説おばさんが説明にきたので、初めはおとなしく聞いていたが、そのうち馬鹿馬鹿しくなって知識をひけらかしたことがあった。それほど僕は常設展示を見ていることになるが、逆に美術館へ行ったことがない女性が多いのである。

 一番悪い場所は映画館である。その間、会話が途切れてしまう。気にそまない相手の時はよく映画館に行った。おかげで映画に詳しくなった。映画のいいところはいいセリフを教えられるからである。例えば『恋愛小説家』でジャック・ニコルソンは"You make me wanna be a better man."(「よりいい人になりたくなった」→「君はすばらしい人だから、自分はそれにふさわしい人になりたい」)と言うのに対してヘレン・ハントが "That's maybe the best compliment of my life."(私の生涯の最高の賛辞だわ)と答える。そんな恋愛ができれば素敵だと思った。

 食事もどこがおいしいのか分からないので随分苦労した。気に入らない相手でも見知らぬ人とおいしい食事を食べにきたと思えば腹がたたない。おかげでグルメになった。 デート代を割り勘にするのか、僕が払うのか相手によりマチマチだった。一度も払わず、最後にまとめて商品券を送ってきた人もいた。送り返したが、一人当たり五万の予算だから、大した額ではない。異論もあろうが、払いたいところだ。

 別れ際に必ず菓子箱を手渡すようにと仲人にいわれていて買うようにしていた。どぶに捨てるようなものだと思った人もいたが、中には「そんなのもらっていいの!」と喜ぶ無邪気な女の子もいた。ホントに気に入った人には平野レミ「ド・レミの歌」をあげようと思っていたが、そんな人は最後まで現れなかった。

 お見合い用だといって写真館で撮る写真があるが、あれが回ってきたのは一度位しかない。やはり、自分の若い時を記念にするためのものらしく、返ってこないことを心配するのだろう。一度で決まるような美貌の持主はお見合い用に使っているのかもしれないが……。

 いきおい、スナップ写真が多くなるのだが、数ある写真からよくぞ選んだ、と表彰したくなるようなことが多かった(あんまり、人のことは言えないが…)。

 ある時、本人どうしで、といわれて、ホテルのロビーで会うことにしたまではよかったのだが、時間が過ぎても相手がこない。人の流れをずっと見ていて一人だけ、人待ち顔の女性がいた。この人だ、と悟った瞬間、帰ってしまった。

 「履歴書」ではなく、時々「釣書」と書かれたものがくる。教養がにじみでているのだが、釣るというのは謙遜にしろ、あまり語感がよくない。『日本国語大辞典』にも載っていない語だ(『大辞林』には「系図」「つり」と意味が書いてあり、「楠木が釣り書き」『浮世草子・新可笑記 1』という引用が載っている)。

 しかし、本は読んでみるもので、田中優子『江戸の恋』(集英社文庫)に、「釣書」の語源と江戸時代のお見合いの話が出ていた。滝沢馬琴と悪妻で有名な奥さんの間に生まれた息子の見合いの話であるが、『馬琴日記』から次のことが分かってきた。

 が、そんな奥さんからもめでたく息子がひとり生まれ、松前藩のお抱え医師となった。そこに見合い話が起こる。お相手も、医師の娘である。まず見合いにこぎつける前に「釣り書き」と呼ばれる、系図つきの身元を書いた書類を仲人のお使いが互いの家に持ってゆく。江戸時代の仲人はお金を取る職業仲人もいたが、この場合は河西主馬さんという武士である。世話好きの武士もいたのだ。ちなみに「釣り書き」とは「吊り書き」のことで、系図が文字を吊したように見えるからだ。決して男が女を、女が男を釣るための書きつけという意味ではない。

 さて(当時は見合い写真などないから)「吊り書き」と推薦の言葉によって、ようやく見合いすることが決まった。そこで仲人は見合いの日取りと場所を決めて双方に連絡。この時馬琴は方位を調べている。結婚となると、どんなインテリでも(いや調べ物の好きなインテリだからこそ)徹底的に縁起をかつぐのが、江戸時代である。見合いの場所は池の端の弁天の茶屋となった。仲人が迎えに来て、息子と母親が連れ立って出かける。先方は両親ともつき添って来たが、馬琴は行っていない。恥ずかしいのだろうか。一緒に昼食をとったようで、三時頃に解散となった。

 「釣書」は企業のパンフレットと同じで悪いことは絶対に書いてない。書かないものだ。ところが、作家の曽野綾子は三浦朱門と結婚する時に、自分と自分の家庭の悪いところを並べ立てたという。ひどい近視であること、父母が不仲で、家の中は冷たいものだったことなど。「相手がそれでもいいかどうかを考えてもらわなければならない。私は正直であった。いや、それは少しほめすぎ。私は、後からクレームをつけられるのが怖かったのである」と後に書いているが、「釣書」にデメリット表示するなんて、凡人にはとてもできそうもない。もしかしたら書ききれないかもしれない。

 趣味についていえば、僕の趣味は読書(漫画のこと)しかなく、恥ずかしい限りだ。幸い同じ文学部出の女性とは不思議な位、お見合いをしたことがなく、ボロが出ることはなかった。漫画が好きだといった女性は少なかった。高橋留美子が好きだといえば、たちまちこちらも好きになったのに(好みのタイプをいうのを忘れていたが、実は『めぞん一刻』のヒロイン、響子さんタイプである)……。音楽も僕の好きなジャズとかロックとか好きな人はいなかった。旅行も色々な所へ行っているが、出張ついでなので趣味とはいえない。スポーツも球技(パチンコのこと)のみで、これさえ、ラッキー7ができてから訳が分からなくなっている。いっそ趣味は「お見合い」と書くべきだったろうか?

 相手の趣味は圧倒的にテニスやスキーが多かった。海外旅行というのも多い。勤めてからという人から学生時代に行ってきた人の方が多くなり、外国もハワイあたりから、グアム、サイパン、カナダを経て、圧倒的にヨーロッパが多くなってきた。時代というものだろう(と、お見合いの相手で時代の変遷を感じるのもおかしいが……)。

 大体、みんな海外へ行ってたらハネムーンに行きようがないではないか。ナスターシャ・キンスキー主演の映画『パリ、テキサス』はパリとテキサスを往復する映画ではない。プロポーズで男がハネムーンにパリに連れていってやる、といって連れていったのが、テキサス州にあるパリという町だったということからついたタイトルである。この映画の終わりの方で、H・D・スタントンがいう。

「女は十七か十八、男は彼女よりずっとずっと年上だった。彼らはいっしょに暮らしはじめた。男は少しでも女といっしょにいたいと思い、女もそう思った。二人でいることが幸せだった。彼らにとっては近くのスーパーに買い物に行くことだって冒険旅行だった」

 僕は一年位、冒険旅行をした。

「一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい」。そして「永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい」-----開高健『オーパ!』(中国の古いことわざ)

「結婚こそは人間がなし得る最大の探検旅行であり、いつまでもさうなのだから」
                            『キェルケゴオル選集』人文書院)

 そういえば、デパートに勤めている友人Sの相手の唯一の条件が字のきれいなことだった。字の汚い女は信用できない、といっていたが、特技が結婚を決めることもある。

人が人を愛したりして青菜に虫…池田澄子

 特技が柔道何段とか煎茶の茶道で何段だかという人がいた。一九八二年当時、僕の特技に「ワープロ」というのがあって、一年位は尊敬もされたのだが、今はとても書けない。ステンドグラスという時代もあったが、忙しくなってから、ほとんどできなくなった。皿回しでもできればホントの特技なのだろうが、そう簡単に特別な技能が転がっているはずもない。特技は「エッセー」ということにならないものだろうか。

 学歴で一番多かったのは地元ということで富大出身者である。次いで金大出身者である。短大や保育専門学校卒の人もいたが、イチオー、僕が大学を出ているということで高卒の人はいなかったように思う。大学院修了という女性も何人かいた。学部は薬学、理学、教育部と多岐にわたっていた。いろんな学問について聞くのは結構楽しいものだった。薬剤師で食事中に糖尿病の話を延々と聞かされたこともある。

 サークルでは落研にいたという女の子もいたけれど、はっきりいって落ちがない落語を聞いているようなお見合いだった。映研に入っていた女性もいたが、難解な映画を並べてたてられて終わったような気がする。映研出身者というのは相手の観ていない映画を自慢するのが好きだからだ。幸い、たいていは観ていたが、観たという満足感以外に何も得られない映画ばかりだ。映画は観るものであって、論じるものではない。

 職業はさまざまだったが、教師が一番多かったかもしれない。彼女らは職場がおじさんばかりだとお見合いに頼らざるを得ない。出歩く暇もない。親にいわせれば、朝は早く、夜遅い、休日も学校へ行き、話し合う機会がなくて、下宿生を抱えているようなものだという。中には養護学校で立派に仕事をしている人がいて、話を聞いているうちに、いい加減な仕事をしている自分が恥ずかしくなったこともある。

 共稼ぎは経済的に豊かになるだろう。薬剤師とも何度かお見合いをしたが、それだけで満足すべきだと仲人にいわれた。実際、共稼ぎとそうでない同僚の資金格差は大きいが、失うものも多いのではないだろうか。だから、あまり相手の職業には興味がなかったが、R大学を出てアルバイトをしている人で、将来はと聞いたら「モサクチュウ」という答えが返ってきた。

 組み紐だか何だかで若いのに日展作家という人ともお見合いをした。友人にもぐゎんばれと激励され、颯爽とお見合いに臨んだ。よさそうな人だったが、仕事はいつするのですか、と聞いたら、夜中に皆んな寝静まってから明け方まで。仕事中は両親にも見られないようにするという。これではまるで鶴の恩返しだ。芸術という言葉とそのおこぼれである財産にも多少、関心があった(芸術は短し、貧乏は長し)が、よひょうにはなりたくない。

「私の女性論」8 谷川俊太郎

まず初めに目を見る---
そんな男は偽善家です
まず初めに胸を見る---
そんな男は偽悪家です

先ず初めに全部を見て---
見きれないので抱いて見る
それが正直な男です

 親の職業もさまざまで食糧関係の大きな会社の経営者や大きなアパートの経営者や教師(親子で教師が多い)から、お父さんが亡くなっている人(『細雪』の雪子の縁談がまとまらない理由の一つ)もいた。お金持ちがいいなあ、とは思っていたが、その分、つんつんしている女性が多かった。

 大変なのは娘さんだけという家庭で、クリスマス(二五)から大晦日(三〇)までは焦りに焦るようだ。三〇を過ぎるとまた落ちつきを回復するのだけど、最後に嫁に出すことも仕方がないと決断するのは大変だろう。一人娘なら更に大きなプレッシャーとなる。

美しいものはたちまち滅びるのだ。---『夏の夜の夢』第1幕第1場

 身長はさまざまだったが、お見合いだから、さすがに僕より背の高い人はいなかった。背の高い人も、低い人もそれなりに苦労しているみたいだった。体格も少し太めの人から痩せた人までさまざまだったが、夏にお見合いをした太った人は暑くるしそうなのでやめた。冬だったら気持ちが変わったかもしれない。

 顔はどうかというと、普通以下の人が多かったように思える。一番きれいだったのは東京の女子美術大学付属高校と短大を出た人だった(三田佳子、賀来千賀子、安田成美の出身校だ)が、断られた。美人はアタックをかけられる機会がどうしても多くなり、お見合い戦線まで残らないのだろう。だから、明治・大正期には女学校教育を最後までやりとげる不美人を「卒業面」と評したそうだ。ホント、自分の顔をさておき、顰蹙だが……。

 シェイクスピアのいうように「幸運の贈り物は受ける資格のない人のところばかり届けられる」(『お気に召すまま』第一幕第二場)のである。

アダム「神様、なぜあなたはイブをあんなに美しくお創りになったのですか?」
神「お前が彼女を好きになるように、そのように創ったのだよ」
アダム「ありがとうございます。ではなぜイブをあんなにグラマーにお創りになったのですか?」
神「やはり、お前が彼女を好きになるようにだよ」
アダム「もう一つお尋ねします。なぜイブをあんなにおバカさんにお創りになったのですか?」
神「イブがお前を好きになるように、そのようにつくったのだよ」

 まあ、あんまり美人をもらいすぎて、落語の「短命」みたいに早死にするのも嫌だが…(八公が家で女房の顔を見てしみじみと「オレは長生きだ」というのがオチ)。

 美術の先生で万博の美術館で現代美術に目覚めたという人がいて、僕と同じなのでうれしかったが、顔が現代美術的だったのでグッと堪えたことがある。

「一人は賑やか」   茨木のり子(詩華集「おんなのことば」より)

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな森だよ
夢がぱちぱち はぜてくる
よからぬ思いも 湧いてくる
エーデルワイスも 毒の茸も

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな海だよ
水平線もかたむいて
荒れに荒れっちまう夜もある
なぎの日生まれる馬鹿貝もある

一人でいるのは賑やかだ
誓って負けおしみなんかじゃない

一人でいるとき寂しいやつが
二人寄ったら なお淋しい

おおぜい寄ったなら
だ だ だ だ だっと 堕落だな

恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツであってくれ

 閑話休題。

 「トリカブト事件」でK氏が逮捕されたが、鳥兜の根を乾燥させてできた毒薬を附子(ブシ、ブス)という。この毒を盛られると顔が引きつり、醜くなってみえるから、ブスという言葉ができたとされる。狂言にも「附子」というのがある。太郎冠者、次郎冠者が主人から毒物だといって預けられた附子を砂糖と知って全部食べてしまう。そして、主人秘蔵の掛物や茶碗を壊し、戻った主人に大事なものを壊した償いに死のうとして附子を食べたが死ねなかったという、一休頓智物語の原型である【小学校の教科書に載るようになった】。

 反対に西洋にはベラドンナ(美女)という毒薬がある。成分が瞳孔を拡大して、目を大きくし、美女にするからである。

 「パルダ」という女性を家族以外の目から隠す慣習がある。ウルドゥー語やペルシャ語でカーテンや幕のことという。イスラム教が広めた習慣と思われているが、ヒンズー教徒にもみられる南アジア古来の慣習とされる。イスラム圏では大人の女性はチャドルを身につけ、顔が見えない。どうして相手の顔を知るのか不思議だったので(開けてびっくり、なんてことになりかねない)、アラビア語のM先生に聞いたことがある。何でも小さいうちに、可愛い子をしっかりチェック、眼の奥に焼き付けておくのだそうだ。

 双子の姉妹の妹さんとお見合いをしたこともある。双子というだけで人は祝祭的雰囲気になってくるものだ。早い話、村上春樹の『1973年のピンボール』などに出てくるように「208」とか「209」という「機械の製造番号(シリアル・ナンバー)」がついてないだろうかなどと、つい好奇心の目で見てしまう(双子の方々には申し訳ない)。 双子の姉妹がいるってどんな感じか、同じく双子が出てくる『風の歌を聴け』で書いている。「そうね、変な気分よ。同じ顔で、同じ知能指数で、同じサイズのブラジャーをつけて……、いつもうんざりしてたわ」

 フレーザーは『金枝篇』の中でツィムシャン・インディアンが双子は天候を調節するどころか、願いは全て叶えられると信じているという。だから、嫌いな人を簡単に殺すこともできるし、サケやワカサギなども自由に得ることができる「豊かならしめる者」だとしている。

 好奇心で見られたくないのか、本人もあまりお姉さんのことは触れたくないらしかった。お姉さんは文科系の四年制大学に進み、まだ学生だが、妹さんは理科系の短大卒でもう結婚してもいいということだったが、いっそ、姉妹あわせてお見合いをしたかった。この頃は精神の過渡期で(二十代で将来に自信がある人なんていないのかもしれないが)何となく断ってしまった。なかなかかわいい人だった記憶がある。お姉さんの方にはその後、ある研究会で会ったことがある。タイプも違い、顔も似てなかった。僕の友人がお姉さんに猛烈なアタックをかけ、嫌がられるというオマケがついた。しかも振られて僕に「お前は孤独に慣れているからいいな」と毒づいた。リリー・フランキーの『美女と野球』にも双子のとても可愛らしい話が出てくる。

 でも、正確に書いておくが変な女性はいなかった。結婚後に妻から聞いた話では京大を四浪して入った男とか、会社の御曹司で何もできない男とかまともなのはいなかったようだ。これは「女性は結婚するまでは将来を心配する。男性は結婚して初めて将来を心配する」というフェイ・ウェルドンの言葉を裏打ちする。つまり、女性にとって(未だに)一生一代の仕事なのだ。

 愛は自然にまかせて内側から生れてくるものではない。ただそれだけではない。愛もまた創造である。意識してつくられるものである。
 女はさうおもふ。自分はいつでもさうしてきた。だが、男にはそれがわからない。かれは自然にまかせ、自然のうちに埋没してゐる。愛はみづから自分を完成するものだ、さうおもつてゐる。だから、男は手を貸さうとしない。女は疲れてくる。すべてはひとりずまふだつたとおもふ。もうこれ以上、がまんはできない。別れるときがきたのだ。女はものうげに別れ話をもちだす。男にはまだわからない。女は説明しようとする。「完璧な瞬間」といふものについて、その実現を用意する「特権的状態」について。女は子供のときに愛読した歴史本について話す。
-----福田恆存『人間、この劇的なるもの』

 歳をとる度に相手の年齢も上昇してきた。五歳離れているのが理想とされる。さすがに年上とはお見合いに至らなかったが、五歳でも相手は三〇近くになってきた。

 ジョージ・バーナード・ショーの『人と超人』にでてくる「できるだけ早く結婚するのが女のビジネスであり、できるだけ遅く結婚するのが男のビジネスである」という言葉を座右銘として生きていた。誰でも知ってる有名な話に、イサドラ・ダンカンが彼にラブレターを送り、「あなたの才能と私の美貌を兼ね備えた子が生まれたらどんなに素晴らしいでしょう」と書いたのに対して「あなたの頭脳と私の容姿をもった子が生まれたらかわいそうだから」といって断ったというのがある。自分の首を絞めるような手紙を書いたダンカンは自動車に自分のマフラーを巻かれて亡くなった。ちなみに、ショーのような女性嫌悪を「ミソジニー」(misogyny⇔misandry男性嫌悪)といい、西洋ではイブが原罪を犯した時から、女性は嫌われていたのである。

 星新一のショートショートに「リオン」というのがある。動物学者がリスとライオンをかけ合わせた新生物をつくる。かわいいが、不審者には勇猛に立ち向かう夢の動物が誕生した。これを見た友人の植物学者は、ブドウとメロンを交配して大きな実が房をなす夢の果物に挑んだ。苗は育ち、ブドウ大の実をメロンのように少しだけつけた…。

 結婚は人生の墓場だ、という友人もいた。ところがあっさり結婚してしまい、冷やかすと「わし、墓場が大好きだもんね」と開き直っている。しかし、やっぱり墓場だったのか、二人の子供がいるのに十五年で離婚してしまった。「神が同棲を発明した。悪魔が結婚を発明した」というような言葉(フランシス・ピカビア『エクリ』)というような言葉が心に沁みてくる。

 『失楽園』というと渡辺淳一の不倫小説を指すようになってしまったが、タイトルになった長編叙事詩『失楽園』を書いた詩人のミルトンは結婚生活が破綻して、一連の離婚論を書いている。しかも、この離婚論への弾圧に対抗して『アレオパジティカ』という検閲制度に対する(神学的ではあるが)有名な批判書を出した。当時の苦労は大変だったらしく、これがたたって失明した。

 ちなみに『失楽園』の後、彼が『復楽園(楽園復興)』を書いたのは妻が亡くなってから後のことである。

 まだ「青年」だった頃、県青年の船に乗って中国へ行った。まだ、中国は容易に旅行できなかったし、安いのも魅力だった。研修に入ってからこれが「お見合いの船」とも呼ばれていることを知った。なるほど、「選ばれた」人々が集まっているのだから、相手に不自由しない。事実、終了後、十組ほどのカップルが生まれた。あわよくば、と思わないでもなかったが、イメージどおりの人はいなかった(平村出身でしっかりした女の子がいたが、同郷の人に聞けば貴重な存在で五箇山から出ると困るし、その意志もないとのことだった)。

 でも、実は最終日に交際を申しこんできた人がいた。すごい美人で僕も最初はいいな、と思っていたのだが、二週間いっしょにいれば性格が分かりすぎるくらい分かってしまう。何しろ、普段はパンダみたいに眠っていてお土産を買う時だけ孫悟空になる。即座に断ったが、その後、彼女は美貌を武器にして(?)お医者さんと結婚した。きっと相手は性格まで治せる人なのだろう。

 自分の好みの外見の女性に自分の好みの人格が備わっていないというのは、見ていてもなかなか切ないものである。…そういう女性を見ているときの心境は洋服屋でものすごく気に入った服を見つけたのにサイズがまったく合わないというときの心境によく似ている。あきらめるしかないということはわかっているのだけど、心情的になんとなくあきらめきれないのである。
     -----村上春樹『村上朝日堂はいほう!』

 シェイクスピアの『ヴェニスの商人』ではバッサーニオがポーシャの家に求婚に来て箱選びのテストを受ける。金、銀、鉛の箱から彼女の肖像画が入っているのを選ばなければならない。バッサーニオは「この世にそのままの姿で現われる悪徳はない、必ずそのうわべに美徳のしるしをつけている」といって鉛の箱を選んでピンポン!となる。

 もっとも、ポーシャは他の求婚者には見向きもせず、フランスの貴族ル・ポンには「あれでも神さまがお作りになったのだから人間ということにしておきましょう」と冷たい。そして、バッサーニオだけに「浮気心は目に生まれ…」という意味ありげな歌を歌って答えを教えている。愛と戦争にフェアという言葉はない。

 ポーシャはシェイクスピア劇の女性の中で最も魅力的な女性に描かれているのだが、箱選びのテストの後も謙虚に「私はあなたのお目にうつるただそれだけの女です……教育も経験もない小娘です。ただ」と言葉を続ける。「しあわせなことに、まだ学んで学べないほど年をとってはいません」。

 「30までブラブラするよ」
      と言う君の如何なる風景なのか私は

              ------俵万智『サラダ記念日』

 三〇を過ぎてから目に見えて「商品価値」が下がってきた。独身の男どうしで歩くことも憚られるようになった。若い頃とは格段厚みの増した人間となってきていると思っているのに、世間は腹の厚みの方を問題にする。友人も「お前は教養がつかないで、栄養ばかりついている」と言い始めた。

 しかし、不思議に焦りは感じなかった。

 ある時、後輩のKが「どうして結婚しないのですか?」と聞いてきた。大体、そんなことを不躾に聞いてくるデリカシーが疑われるのだが、イチオー謙遜して「きっと人間性が悪いからでしょ」と答えた。すると、「なるほどネェ」と妙に納得されてしまった。その後、Kは社宅の隣人が婚約して、フィアンセの出入りが激しくなってきた時、焦ったらしく、以前お見合いをして断った人とヨリを戻して一気に結婚してしまった。長男なのに、お婿に入り、しっかり農作業を手伝っている。結婚後、何か頼みに行った時、いきなり「(予定は)×子に聞いてから」という。よっぽど、「×子ちゃ、誰け?」と聞こうと思った。

 「嫌ひな女は大晦日の晩に海に流してしまひたいほどもある」(藤沢恒夫『女三題』)が、なかなか気にいった人がいないままに月日がたっていく。

 三五を過ぎると、「どや、年上だけとほんとにいい人ながいぜ」という話も出てきた。必ず「年上の女房は金の草鞋を履いてでも」と言ってくる。徳之島の泉重千代さんだって年上が好みだったがいぜ、と言ってきた人もいた。

 結婚式を挙げたのだけどゼッタイ手つかずだから、どうか、という凄い話もあった。何なら医者の証明も、といわれたが、口さがない仲人にそんな風に売り込まれているお嬢さんが不憫である。そんな悲劇が起きるのはお見合いが圧倒的に多いだろう。

 歳とともに断るのが大変になってきた。母親はビョーキになりそうだとプレッシャーをかけてくる。仲人からはスカッド・ミサイルのような催促だ。相手もいい年なので申し訳ないという。

 実は若い頃、断るのが楽だった。というのはクルマの免許をもっておらず、嫌な相手の場合は免許をゼッタイ取らないといえば一発だった。

 免許を取らなかったのには理由がある。クルマでちゃらちゃらすべきでないという自分の美学もあったが、ズバリ、クルマが嫌いだったからである。

 Jという幼なじみが近所にいた。高校を卒業して、クルマを買い、これからという時に事故で死んだ。三人乗っていて助かったのは運転していた男だけ。スピードの出し過ぎてカーブでトラックに正面衝突したという。僕の家と同じ構成で姉が二人に末っ子の男の子だった。しかも同じように二人の姉は既に嫁いでいた。この事故のお陰で僕は学生時代ほとんど家に帰らなかった。両親をあまり刺激したくなかったからだ。それでもお見合いで僕のことを尋ねていった人にメチャメチャいわれたこともある。

 家の玄関を改築したことがあったが、その時、Jの父親が酔っ払って「馬鹿野郎、お前んとこに嫁はんなんか来るか!」と叫んで家の中に引っ込んでいった。結婚のために改築していると勘違いされたわけなのだが、腹がたつというより、哀れであった。

 結婚し、子供が生まれて迎えた七夕の時だった。いつも早寝のJ宅のカーテンが締まるのを見届けてから、ビデオを撮り始めたのだが、二階から「馬鹿野郎、そんなもん、何おもしろい!」と大きな声を出してきた。交通事故は家族だけでなく、周りの人まで巻き添えにする。もう二〇年近くたっているのに…。

 さて、ここでようやく本論で入ろう。お見合いで最も大切なことは断り方である。若いうちは「フィーリングが合わない」といっていれば相手を傷つけずにすむ。

 ところが、歳と共にこれが免罪符とならない。気に入られ方は色々なマニュアルが出ているし、男性改造講座も開かれている。第一、普通に誠実にしていれば気に入られるというものだ。

 断らせるには相手に嫌われることをすればいい。とはいえ、品位を疑われるようなことは手段とはいえ、やっぱり嫌だし、かわいいと思われて母性本能をくすぐってもいけないし、結構むずかしい。少しでも遅れるとこれみよがしに時計をみたり、奇麗な女の子がきたらキョロキョロしたり、ブツブツと小声で話したり、わざと早めに歩いたり、食事の時に大きめの音を出したり(はキョウヨウが邪魔をしてできなかった)、コーヒーを飲む時に小指をたてたり、時々フッと話を聞かないようにみせたり、細かい努力を積み重ねなければならない。最初から嫌な時(断り切れない場合もある)は、二日酔いで匂いをプンプンさせていく。予想とチガウなと思ってそのまま、焼鳥屋に連れていったこともある。

 気にそまない相手(例の「モサクチュー」の女性)なのだが、これといって断る理由がない。進退窮まっていたある日、相手が是非ゆっくりお酒を飲んでみたい、飲み屋の雰囲気も好きだから、というので飲みにいった。その後、すぐに断ってきた。ホッとしたのだが、仲人の話はこうだった。相手の家族はみんな下戸で、酒飲みが大嫌いなんだそうだ。僕が飲むのかどうか、話だけでは分からない。それで飲み屋へ連れていってチェックしろ、ということになったのだそうだ。僕はフツウに飲む。当然、この男はダメということになった、のだそうだ。「しきりに飲んで、といわれたでしょ」と仲人。この時ほど酒飲みであってよかったと感謝したことはなかった。

 どんな話題を持ち出されようと映画に関連づけて答えたこともある。マニアックな感じを出したかったからだ。相手の知らないことを次々と出していき、「えーっ、知らないの」という顔をして釘を刺す。身元調査タイプも嫌がられる。何でも根掘り葉掘り聞くのだ。相手は質問ぜめで嫌になってくる。それでいて、自分のことはあまり語らないで、曖昧MEにする。

 ええっ、そんな努力をしなくてもお前は充分嫌われるって。

 そうかもしれない。

 一七〇しかないし、学歴も普通、給料も普通の「三普」の男だ。おまけにまったくハンサムではないし、スポーツマンでもないし、職場もあまり人に知られていない(お見合いのたびに職場について話すのだからPR料をもらいたかった)。

 読まれもしないエッセーをせっせと書いている位で暗いし、財テクも苦手だ。

 だからか実際、会ってからせせら笑うような感じで話す女性もいた。たかが大学を出ただけでどうしてあんなに偉そうにできるのだろうか。そりゃ、男が余っていて売り手市場(あちらにいわせれば買い手市場)だ。お酒やゴルフやカラオケを楽しむ、たくましいおじん・ギャルが増えている一方、男は「アッシー、メッシー、貢君」といいようにあしらわれている。能力が高く、家庭の内外でよく働く、優しい人が好きだというかもしれないが、そんなのは愛ではなくて、ただの便利さを求めているだけかもしれない。

 万にいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵(さかづき)の当(そこ)なき心地ぞすべき。
 露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き、親の諫め、世の謗りをつゝむに心の暇なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。 
 さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。
    -----『徒然草』第三段

 小倉千加子は『結婚の条件』(朝日新聞社)の中で「結婚は男のカネと女のカオの交換だ」「高卒は生存、短大は依存、四大卒は現状保存」と実も蓋もないことを書いている。フェミニストがこんなこと書いていていいの?

 第一、背が高ければいいものでもない。ニール・サイモンの自伝的な戯曲(のち、映画化)『第2章』でジェニーはお見合いの感想を聞かれてこう答える。「気にいらなかったんじゃないの。見えなかったの。あの人、二メートル三センチもあるのよ。食事の間中考えちゃった。『この人と結婚して、子供が出来たらどうしよう?』って。生むのに何日もかかるわ」。

 近頃は「三高」に加えて、積極性、剽軽さなども要求する。そのため、お見合いに頼らざるをえない地味なタイプの男は連戦連敗となってしまう。勉強や出世は努力で何とかなるが、結婚は自分の努力だけでは達成できないからだ。永尾カルビ『花婿への道』(PHP文庫)の結論は「私たち男性は腰を低くして、『結婚していただく』という謙虚な姿勢を常に持ち続けなければ、いつまでたっても売れ残ってしまう時代」なのだ。「家付き、カー付き、ババ抜き」ならば対処のしようもあろうが、こうなっては勝者の奢りも甚しい。自分たちが立派なのではなく、単に幸運な世代の一員に過ぎないだけなのだ。しかし、瓶のレッテルで酔ったり、渇きをいやしたりするわけにはいかないだろう。背の高いお医者さんと「理想的」な結婚したのに離婚した人を何人も知っている。高飛車、高望み、計算高いの「三高」の報いがいつかくるだろう。きてほしい。※97年の調査で「三高」は崩壊したと報道された。

 米原万里は『米原万里の「愛の法則』(集英社新書)の中で、次のように話している。

 ロシアの場合は何かと言いますと、第一が「頭に銀」、銀髪です。「はげない」という意味です。次が「ポケットに金」。これはわかりますね。お金を持っているということです。そして、三つ目は「股ぐらに鋼鉄」というのです。

 詩人の薄田泣菫は随筆集『茶話』に「女は男の悲しみを半分にしてくれる。喜びは二倍にしてくれる」と書いた。「そしておまけに費用は三倍にしてくれる」という。

 石原千秋『謎とき村上春樹』(光文社新書)には次のように書いてある。

 これが【プロ野球選手が女子アナと結婚したりするのが】男の場合の「見せびらかし効果」だが、女性の立場としては、自分の美しさを社会に誇示するために、社会的にステータスがあり、そして富のある男性を選ぶ形を取る。自分の美貌と男性の社会的地位や富とを引き換えにするのである。これを個人的な感情のレベルで言えば、「尊敬」という言葉になる。女性が結婚を意識した場合、「尊敬できる人」という条件が上位にくるのはよく知られている。
 【…】もっと品のない言い方を挙げよう。女性は「甘えるのが上手」であるほうが結婚に近いと言われているが、「甘えるのが上手」ということは、露骨に言えば「バカのふりをするのが上手」ということだろう。「尊敬できる人がいい」と質は変わらない。

 見た目ばかりを考えるのが女性だ。清少納言もお坊さんは美男がいいに決まっているという。

説経の講師は、顔よき。
講師の顔をつと守らへたるこそ、その説くことの尊さもおぼゆれ。
ひが目しつれば、ふと忘るるに、憎げなるは、罪や得らむとおぼゆ。このことは、とどむべし。
少し年などのよろしき程は、かやうの罪得がたのことは、書き出でけめ、
今は罪いとおそろし。
    -----『枕草子』第三三段

 サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社・村上春樹訳)でホールデンが語る。

 問題はさ、女の子っていうのは、相手の男がいったん気に入ったら、そいつがどんなに下らないやつだったとしても、「あの人にはコンプレックスがあるだけなのよ」で片付けちゃうし、いったん気に食わないとなると、どんなにいいやつであっても、またどれほど大型のコンプレックスを抱えていたとしても、「あの人はうぬぼれ屋なんだから」となっちまうわけなんだ。頭のいい女の子だって例外じゃない。

 男性の外見ばかりこだわっていて同じことをしていてもまるで違ったように受けとめる、というのをお茶大の哲学科教授、土屋賢二が見事な表にまとめている(『われ笑う、ゆえにわれあり』文藝春秋)。 

 外見のよい男  外見の悪い男
「決断力がある」 「軽率な」
「ファッションのセンスがいい」 「かっこばかり気につかう」
「頭がいい」 「頭でっかちの」
「ユーモアのセンスがある」 「不真面目な」
「他人にふりまわされない」 「がんこな」
「おおらかな」 「無神経な」
「やさしい」 「女の腐ったような」
「大人の」 「年寄りくさい」
「少年らしい」 「子供じみている」
「いい人」 「人はいい」
「真面目な」 「カタブツの」
「繊細な」 「神経質な」
「自分の考えをもっている」 「わがままな」

 映画『蒲田行進曲』では興行界の実力者の娘との結婚話が持ち上がった映画スター銀ちゃん(風間杜夫)が、自分の子を身ごもった恋人小夏(松坂慶子)を子分の大部屋役者ヤス(平田満)に押しつける。二人は結婚し、ヤスは懸命に小夏に尽くすのだが、オナラした時、臭そうにした小夏をヤスが怒鳴りつける。

「臭いのか!俺の屁が!!銀ちゃんの屁は嬉しくて戸籍に入った俺の屁は臭いのか!?戸籍は屁に劣るのか!?」

 綿谷りさの『勝手にふるえてろ』でも主人公のヨシカは心の中で、自分の初恋の人を「イチ」、経済的にも安定していて現在好意を寄せられているもののいまいち好きになれない人を「ニ」と呼んでいたりする。 「イチ」に関してはどんな些細な出来事をも美化してしまう一方、「ニ」に対しては彼のあらゆる言動に心の中でツッコミを入れつつ曖昧な態度で接し続ける…。

 美なんてものが簡単に定義できる訳もない。クジャクはオスの羽根飾りの多い方に惹かれるというし、ツバメはしっぽが長い方がもてるけど、長くても左右の長さが釣り合っていないともてなくなるという。人間はそんなつまらないことの総合点でイケメンだとかそうでないとか決めていてツバメと変わらないのである。

 声だけはいいと言われることがある。オペレッタ『こうもり』の中で、銀行員の美人妻がちょっと軽薄なテノールの声楽教師の声の虜になってしまう。テノールが歌いながら奥さんを口説こうとすると、さえぎって「ああ、やめて!歌を歌うのは。その高い声を聴くと、わたしの体は抵抗できなくなってしまうのよ」というのだが、そんな体験はない。

 結婚してからのある日、妻は離婚歴のある人から「あなたは外見で選ばなくてよかったね」などといわれた。うるせー!

What, is the jay more precious than the lark
Because his feathers are more beautiful?
-----The Taming of the Shrew
何だって! 羽根が美しいというだけで
カケスのほうがヒバリより大切だと?
(シェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』第4幕第3場のペトルーキオ)

 東京の大学を出ていて美術に詳しいのを鼻にかけている女性がいた。幸い、相手の見ている展覧会はほぼ観ていて負けはしなかったが、だんだん腹が立ってきたので話をマニエリスムにもっていった。マニエリスムだけは本の受け売りで詳しいのだ。最後にはどうしてそんなにキョーヨーがあるのですか、と驚いていた。バアロー、キョーヨーってどこかに落ちているものじゃないんだぜと、すぐに断ってやった。

 僕の条件はただひとつ、僕のことを理解してくれる女性だ。ぜいたくはいわない。ことわざの「足の裏の米粒」というのは男女の深い仲を指すのだが、そんなべったりな人生は送りたくない。

 面白半分(ということは真面目半分?)で結婚相談会社のアンケートに答えてみたことがある。コンピューターによる僕の診断書には、あなたは立派な人間なのだけれど、頼れる人を介してその忠告を受けないとダメ、と書いてある。結局、その会社に入会しなければ結婚できないという脅し文句であった。入会して結婚までたどりつくのに百万以上かかりそうだ。それでも決まれば安いものだが、女性が少ないうえに、どうも地方は弱いらしい。お見合いのたびに上京しなければならない。

 大量のCMを流しているカツラ産業もそうだが、こうした結婚仲介業には詐欺に近いのもあるのではないだろうか。文庫本のカバーにまでCMが印刷してある。結婚した今も家のポストには定期的にDMが投げ込まれており、誰が配達しているのか不思議だった。ある日、おばさんがポストに入れる所を見て、急いで尋ねてみた。何でも一枚四円で請け負っているのだという。それでも結構、率がいいので続けているとのこと。「じゃ、うちに二、三枚置いていってよ」といったら、そんなことはできない、と律義に返事して次の家の方へ歩いていった。

 効果が大きいのならば周りにもっとたくさんO××Gで結婚している人がいるはずなのだが、寡聞にして知らない(カツラと違って教えてくれていいはずだ)。田舎では普及していないせいだといわれるかもしれない。勘ぐりなのだが、結婚のための情報集めといって、実は所得その他の個人情報を集めているのではないだろうか。生年月日はもちろん、身長、体重、血液型、職業、勤務先、年収、学歴、趣味、婚姻歴を書くようになっており、性格傾向テストまでついている(きっと衝動買いしやすいタイプとか、わかるようになっているのだ)。

 結婚難であちこちの婦人会が結婚相談所を作りはじめたが、プライバシーはどう守るのだろう。口さのないおばさんたちに何をいわれるかたまったものじゃない。戦中も含めて、小さな親切は大きなお世話だ。

 コンピューターによる結婚をした人を知っている。残念ながら結果は芳しくなかった。何しろ、男性は札幌で資産家の長男、女性は鹿児島でしかも医者の一人娘。親御さんの気持ちまでコンピューターには入っていなかったようで悲劇に終わった。

  若い男がコンピューターで理想の結婚相手を検索した。
  「若くて小柄でかわいい人。水上スポーツが好きで、それから団体行動が好きな人がいいな」
  男は条件を入力した。するとコンピューターは理想の結婚相手を探し出した。
  「あなたの理想の結婚相手はペンギンです」

 若白髪が混じり始めた時、ある仲人が髪の毛を染めろ、といった。その人によれば、ある若ハゲの人はア×××スを買ってすぐ結婚できたという。百数十万は安いものだという。白髪染めなど安い、結婚できるかどうかは髪一重だというが、値段の問題ではないだろう。仲人というのは皆んなフセインみたいに独善的である。

 ひとごとながら、実はア×××スだと告げる時はドラマだろうな、と思う。どうするのだろう。プロポーズの前か後か。いきなり、パカッとかつらを取るのかなぁ。

 僕は近視だが、イタリアのカルヴィーノの『むずかしい愛』(岩波文庫)に「ある近視の男の冒険」という短編がある。主人公は突然、生活が色あせているのは近視のせいだと気づく。眼鏡を調達すると世界は精彩を帯びてくる。長い間帰っていない故郷を訪ねて挨拶をするのだが、誰も気づいてくれない。そして彼が秘かに愛し続けていた女性も彼に気づかず通り過ぎる。「周囲の世界を見えるものに替えていた、彼の大きな黒縁の眼鏡は、彼を見えぬものに変えていたのである」。そこで、眼鏡を外してみるとみんなが挨拶してくれるのだが、今度は相手が誰だか分からない!自分には見えても相手には見えない。相手に見えても自分には見えないのが人生だ。社会なのである。

 仲人には随分お世話になった。同時にいろいろ考えさせられた。成立回数が多い人ほど事務的になってくるし、ヒトをモノ扱いする。下手に感情を移入するより、品物としてみた方が結婚はうまくいくということらしい。

「あんた、こんないい人おらんがね。どっだけ、高望みすんがけ!」
「どやちゅがいね、結婚すりゃ、みんな一緒やねけ!」
「三〇までは減点法、過ぎたら加点法やがね」
「笑ろたら、あっでもかわいいねけ!」

 職種で多いのは退職教師、保険屋さんが多く、呉服屋さんもいたし、結婚式場に勤めている人もいた。こちらは成立したら、後が怖い。

 紹介しただけで、金品を要求してくる仲人もいた。

 仲人口というものがあって先ず、相手がとてもいい方で、かわいらしくて今度のお見合いも大変気にいっておられる、という所から始まる。とにかく、会ってだけみてごらんなさい、とくる。一旦会ったら、とても気にいっておられますということになるのだが、ある時、大変気に入っているというので何度か会っていて、何か話が違うな、と聞いてみたら、相手も仲人から僕がとても気に入っているからといわれ、断りきれずに付き合っているとのことだった。慌てて別れた。

 会って少しでも話をすると、もうお互いに話が弾んでいいですね、といわれる。こちらは儀礼的な挨拶だけなのに、と焦ってしまう。

 仲人口というのは日本だけではない。ゴーゴリの『結婚』では結婚仲介業者のフョークラが商家の娘のことを次のように誉める。

 そりゃもう、お砂糖みたいなかたですよ。色白でね。頬はほんのり桜色。真っ白ミルクに赤い血を一滴たらしたってとこですよ。そりゃもう、言葉にならないほど別嬪さん! ボーっとするほど、満足なさいますよ。

 いい結婚はいい仲人をみつけることである。

 でも、いい女性をみつけるより難しい。

 仲人のことを「月下老人」ということがあるが、これは中国の『続幽怪録』にある話で、唐の韋固(いご)という若い男が旅の途中、月の光の下、袋によりかかり本を読んでいる老人に出会う。韋固が袋の中にある赤縄は何か、と問うと、老人は「これで夫婦の足をつなぐのじゃ」といい、韋固の結婚相手を予言する。十四年後、彼が娶った相手は、予言通りの娘だったという。赤い糸も縄も、眼に見えないからむずかしい。

「ふゆのさくら」 新川和江(『比喩ではなく』)

おとことおんなが
われなべにとじぶたしきにむすばれて
つぎのひからはやぬかみそくさく
なっていくのはいやなのです
あなたがしゅろうのかねであるなら
わたくしはそのひびきでありたい
あなたがうたのひとふしであるなら
わたくしはそのついくでありたい
あなたがいっこのれもんであるなら
わたくしはかがみのなかのれもん
そのようにあなたとしずかにむかいあいたい
たましいのせかいでは
わたくしもあなたもえいえんのわらべで
そうしたおままごともゆるされてあるでしょう
しめったふとんのにおいのする
まぶたのようにおもたくひさしのたれさがる
ひとつやねのしたにすめないからといって
なにをかなしむひつようがありましょう
ごらんなさいだいりびなのように
わたくしたちがならんですわったござのうえ
そこだけあかるくくれなずんで
たえまなくさくらのはなびらがちりかかる



 「僕なんかと結婚したいなんていう、つまらない女性とは結婚したくない」などとバチあたりなことをいっているうちに、ずいぶん晩婚になってしまった。

 統計学ではきっと見合いは数をこなせばこなすほど、より良い相手と遭遇する確率は下がるという計算も出ていると思うが、よく実感できた。

 絶望視されながらも、どうにか三百万人とかいう「結婚難民」にならなくてすんだ。選って選りまくったのだろう、といわれることがあるが、結局、ごく普通の女性と結婚することになった。結婚についてはまた、稿を改めて書きたいと思うが、決まる時は決まるものだ。どちらも「なーんだ、ここにいたんだ!」という気持ちで会って二日後にはプロポーズしていた。全てが勢いだった。

 「実際に僕が結婚の申し込みに彼女の家に行ったとき、彼女の両親の反応はひどく冷たいものだった。まるで世界中の冷蔵庫のドアが一度に開け放たれたみたいだった」(村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』)という状態になるかと思ったが、幸い、喜んでもらえた。

 不思議なことに最初のお見合いの相手と同じ武蔵野音大の卒業生である。よく考えてみるとタイプも似ている。最初の相手の当時と同じ年令で、僕だけお見合いをしながら、年をとっていった勘定になる。

 人はこれを輪廻というのだろうか(←言わない)

歌がうまいから女に惚れるっていうほど若くはありません、
と言ってなんでもいいから女に惚れるっていうほど年を取ってもおりません。
Not so young, sir, to love a woman for singing, nor
so old to dote on her for any thing:
     -----『リア王』第1幕第4場

 シェイクスピアは18歳で9歳年上のアン・ハサウェイと「できちゃった婚」をしてしまい、20歳の時は既に3人の父親になっていて、『終わりよければすべてよし』で「若くて結婚、人生の欠損」と嘆いている。

 若くして結婚した方がいいのか、ゆっくり結婚した方がいいのか、議論が分かれるところだと思う。「女房と茄子は若いがいい」というのもあれば、「姉さん(一つ年上)女房は金のわらじを履いてでも探せ」というのもある。

 ロブ・ライナーの映画『恋人たちの予感』ではサリー(メグ・ライアン)が昔のステディだったジョーが結婚すると知り、動転・混乱し、取り乱して、泣きながら、男友達のハリーに来てもらう。

サリー「40(歳)になっちゃう!」(AND, I'm gonna be forty.
ハリー「いつ?」(
When?
サリー「いつか…」(
Someday.
ハリー「8年後だ」(
In eight years.
サリー「でも、大きな袋小路みたいなものよ。男と違うわ。チャップリンは73で子どもが持てたのよ」(
But it's there. It's just sitting there, like some big dead end. And it's not the same for men. Charlie Chaplin had kids when he was 73.
ハリー「そうだけど、抱き上げることはできなかった」(
Yeah, but he was too old to pick them up.

 サリーは笑いかけるが、また、泣き顔に戻ってしまう。二人は…。

仲畑貴志(SEIBU CARD)
一緒なら、きっと、うまく行くさ。

 神戸女学院大学の内田樹が三砂ちづると対談している『身体知』(バジリコ)の言葉はある意味で真理かもしれないが、早く結婚できない男だっていっぱいいるのだ。経済力の問題も結構大きいと思うし…。

 学生たちに「はやく結婚しろ」とせっつく理由の一つは、いい男から順番に売れていくからなんです。いい男ほど結婚が早いというのはぼくの経験的確信なんです。だって、どんな女の子とでもそこそこハッピーになれる才能がある、というのがいい男の条件なんだから。ものごとにこだわりがなくて、好き嫌いがなくて、「妻たるものこうでなくてはならない」というような硬直したイデオロギーがなくて、妻があれこれ言っても「あ、そう、別に。好きにしたら」というのが「いい夫」でしょ。そういう男は好き嫌いを言わないから、女の子に「結婚しない?」と言われると、「うん」てすぐ返事しちゃう。「私はこれこれこういう条件の女じゃないと結婚しない」というようなことを言ってる男はなかなか相手がみつからなくて晩婚になるわけですけど、そういう男って、夫にした場合にいちばん面倒なタイプじゃないですか。だから、結婚を先延ばしにしていると、「夫に向かない男たち」の中から選ぶしかなくなる。

 「いい夫」の条件って、「がたがた文句を言わない」ということに尽きるわけでしょう。お金があってもなくても「別にいいよ」、子どものでき具合が多少でこぼこでも「別にいいよ」と気楽に受け流してくれる男が、結婚して一緒に暮す上でいちばん気楽なんですから。そういう男は出会い頭の女の子と「うん、別にいいよ」で、ぱたぱたっと結婚しちゃうから、すぐに「品切れ」になる。早く結婚するほうがいい男をつかまえるチャンスは高いよと学生に言って聞かせているんです。

 恩師に「恥ずかしながら11離れています」と結婚式の招待状に書いたのだが、友人がお前知らないのか、といってきた。先生は「国際離婚」した後、56歳で28歳の女性と結婚したばかりだったのだ。学問も結婚も恩師を追い越すのはむずかしい。アリストテレスも男は37歳、女は18歳で結婚するのがよい、といったから約半分説だ。理論的な裏打ちがあるかというと怪しい。アリストテレス自身が37歳の時に18歳の女性と結婚したからという、経験論的なお話なのだ。トルストイだって16歳年下のソフィア・アンドレヴナと結婚し、『アンナ・カレーニナ』のリョービンとキティの結婚にもこの経験が描かれている。ただし、不幸にはいろいろなタイプがあるように、トルストイは最後に家出をせざるを得なかった。

 後に『マルコムX』を観ていたらブラックモスレムの教祖の「結婚の相手は男性の年齢の半分足す7歳がいい」というセリフがあり、うちは34÷2+7=24歳でちょうどだと納得した。約半分説だと36歳を過ぎないと日本人男性は誰も結婚できなくなる。

 女性だってがんばればいい。マルグリット・デュラスの最晩年の恋人は39歳年下だった。ジョルジュ・サンドもショパンを愛していたことになっているが、年下の詩人ミュッセと激しい恋をしている。日本でも草鞋を履いてやってくる男がいつかやってくるかもしれない。

 いい夫やいい妻がどこかにいるのではない。いい家庭を作ることが大切なのだ。

 映画『シリアの花嫁』である男が不安になっている花嫁に声をかける。「結婚というのは西瓜と同じで割ってみないとわからない」。

 結婚式では司会を友人のSさんに頼んだのだが、東大で日本語を教えているくせに忌詞(いみことば)は間違うわ、敬語は間違うわ、大変な司会になった。極めつけは花嫁の名前を間違ったことで「すいません。直美さんというのは私が昔つきあっていた武蔵野の女性のことで理美さん、すいません」とまたまた、違う名前を言ってしまい、顰蹙を一手にひきうけていた。

 お見合いをしなかった女性がいる。

 一人は女友達が高校の同級生でいい人知っているから今度、ぜひ紹介してあげるね、といっていたのだが、そのうち富大教授と歩いていて大岩の旅館の近くの川に落ちて亡くなってしまった。どうして二人がそんな所にいたのか、新聞記事では分からなかった。後に富大出身者に聞いたのだが、お人形さんみたいな女の子だったという。教授の方は転任していった。

 もう一人はK高校の書道の先生で、一人娘だった。しかし、三〇近くにもなったので婿取りは諦めかけているだろう、と知人が声をかけてくれた。とっても明るくて、しかも奇麗で家も僕の職場への通り道にあり、ピッタリだというので是非にと、お願いした。ところが本人はせっかく今まで待ったのだからもう少し待ってみるということだった。それで諦めていたのだが、そのうち病気で休職中という噂を聞いた。一年半した頃だったが、ある日、その家の前に花輪が立てられていたので、あわてて知人に聞いてみたら、白血病で亡くなられ、明日お葬式に行くところだという。白血病なんて映画やドラマの世界だけだと思っていた。彼女は誰かと結婚しなくてよかったのか、した方が幸せだったのかと考えこんでしまう。親御さんの気持ちは察するにあまりある。骨髄バンクの制度が遅れているせいだが、日本の厚生省には憤りさえ感じる。



 こうして書き出してみると、失礼なことをしてきた女性たちにもう一度会ってお詫びをしたい気持ちがいっぱいになった。どうせなら、旦那も呼んで「同窓会」を開きたい。みんな無事に理想の男性と結婚できて、幸せな人生を歩んでいるだろうか。

 それとも、「カタログの歌」を歌い続けているのだろうか。

「これもいい思い出になる」という男それは未来の私が決める--俵万智『プーさんの鼻』(文藝春秋)

【『海鳴』(8号1991年)初出】


<後書き>

 僕が晩婚になった一つの理由に伊丹十三の文章が好きだったことがある。彼の『女たちよ!』(文春文庫)の最後に次のような文があって、いつの間にか影響されていたらしい。参考にあげておくが、参考にとどめるように…。

配偶者を求めております

一、ごく贅沢に育てられた人
一、ただし貧乏を恐れない人
一、気品、匂うが如くであること
一、しかも愛らしい顔だち
一、エロチックな肢体をあわせ持ち
一、巧みに楽器を奏し(ただし、ハーモニカ、ウクレレ、マンドリンは除外す)
一、バロック音楽を愛し
一、明るく、かつ控え目な性格で
一、アンマがうまく(これは大事だ!)
一、天涯孤独であるか、ないしはごくごく魅力的な家族をもち、(美しい姉や妹たち!)
一、ルーの下着、エルメスのハンド・バッグ、ジュールダンの靴を愛用し
一、サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が一番好きな小説で
一、片言まじりの外国語を話し
一、当然酒を飲み
一、料理に巧みでありながら
一、なぜか、カツパン、牛肉の大和煮、などの下賤なものに弱点を持ち
一、猫を愛し
一、お化粧を必要とせず
一、頭がいいけどばかなところがあり
一、ばかではあるが愚かではなく
一、まだ自分が美人であることに気づいてなく
一、伊丹十三が世界で一番えらいと思っている
一、私より二まわり年下の少女

 というのであるが、ウーム計算すると残念ながら十年は無理だね。計算すると彼女はまだ九歳にしかなっていない。

 伊丹は『ヨーロッパ退屈日記』(文春文庫)で「嫌悪の集積が美意識を生む」と書いているが、結婚もそんなものかも知れない。

 もう一つ、勝手にしろ、というのが小谷野敦の『帰ってきたもてない男』(ちくま新書)の「七か条の求婚条件」である。一生、独身でいろ、という感じ。性格が悪いのはお前だろう!

(1)一流または1.5流大学卒または大学院修了(*1)
(2)25歳から34歳、初婚でなくともいいが子供はいないこと
(3)専門でなくてもよいが、文学や演劇に興味があること、ただし古典的なもので、「源氏物語」くらい一般教養として原文ないし現代語訳で読んでいること、シェイクスピアも翻訳でいいから5、6点は読んでいること、谷川や川端が好きというのが望ましく、村上春樹、江国香織などは不可。演劇は、歌舞伎、能楽、ギリシア劇、チェーホフなど。宮藤官九郎が好きなどというのは不可
(4)特に美人でなくともよいが、私の好みの顔だちであること
(5)ちゃんと仕事を持っていてそれを続ける意思のあること
(6)首都圏在住可であること
(7)煙草を嫌がらなければ、性格は少々悪くてもよし(*2)



(*1)一流または1.5流大学とは具体的に、東大京大一橋東京外語大慶応上智早稲田(学部制限あり) ICUお茶の水女子日本女子東京女子 (*2) 小谷野はヘビースモーカー

 と、思っていたら、やっぱりバカで、『俺も女を泣かせてみたい』(筑摩)で次のように書いていた。まあ、同じく呪縛されていた僕も小谷野を笑えないが…。

…日本の男の幼児性を論じて、「向こうから惚れてくる女をつかまえて果てしなく我がままを言う」と書いていたのだ(『自分たちよ!』文春文庫所収)。

 もちろんここで重要なのは「我がままを言う」のほうだったろうが、その前段がっずしんと胸に残って、以来私は、向こうから惚れてくる女をつかまえることは悪いことだと思いつづけてきたのだ。痛みはおそらく西洋的な恋愛の理想について知っていたからこう書いたのだろう。けれどだからといって、向こうから惚れてくる女とつきあってはいけないとまで考えたら、それは行き過ぎというものではないか、と私は今ごろ気づいたのである。【…】

 というわけで、私は今ごろになって、二十数年にわたる伊丹十三の呪縛から解かれたのである。こんな些細な文章でも若者に甚大な影響を与えることがあるのだから、自戒自戒。

 せっかくだから女性の立場からのものを紹介しておこう。米原万里の『他諺の空似』(光文社)の「蛇の道は蛇」である。三〇代は完璧だったけど…。

二〇代の妻が三〇代の夫に望むことは何か。

一、魅力的でセクシーな容貌
二、金銭的に不自由していないこと
三、妻の言葉にいつも注意深く耳を傾けること
四、肉体的に強く健康であること
五、適度におしゃれで身だしなみに気を遣うこと
六、頭がよくて機知があること
七、音楽や文学や美術を楽しむセンスがあること
八、妻と家族に思い遣りと気遣いを忘れず、時々プレゼントすること
九、妻を心から愛し(肉体的に)、ロマンチックな雰囲気作りが巧いこと

【…】

七〇代の妻が八〇代の夫に望むことは何か。

一、息をしていること
二、健康であること、せめて糞尿をこぼさずに便器に命中できるほどの筋力と精神力を維持していること

 ほんの少し前まで、歌謡曲のほとんどは恋愛を歌い、しかも「あなただけを、いつまでも愛している」と、唯一の相手に対する永遠の愛を歌っていた。経済学者・森永卓郎は『〈非婚〉のすすめ』(講談社現代新書)でこうした傾向を「オンリーユー・フォーエバー症候群」と呼ぶ。森永は60年代以降の歌謡曲が急激に「君といつまでも」「あなたとならばどこまでも」というメッセージを含むようになったという。最近では、歌謡曲の約半分がこのメッセージを含むようになっていて、こうした歌謡曲が日本の国民に「恋愛至上主義」「終身結婚制」をもたらしたと指摘している。しかし、社会の変化は、歌謡曲のこうした傾向にも影響を及ぼす。森永によれば、特に「フォーエバー」が崩れはじめ、「悲しいけれど、愛は永遠ではない」というメッセージが受け入れられるようになってきている。


 自分はお見合いを繰り返していたが、女性から見たらどうなのだろうと思っていた。幸い?女性心理に関しては阿川佐和子がお見合い50回以上の経験からドキュメンタリーにしているので後世に伝えられることとなった。アガワは自分がよりよい花嫁になるための努力は一切しなかったという。ありのままの自分を受け入れてくれる相応の相手を探すことが先決だと信じ、ひたすらお見合いに専念したという(檀ふみ+阿川佐和子『ああ言えばこう食う』集英社1998)。

 その清く美しき精神が仇(あだ)となった。あるお見合いでお相手に、「週末は何をしているんですか」と聞かれ、正直をモットーとする私としては躊躇なく、
「ぐだぐだしてます」
「じゃ、ご趣味は?」
「そうですね、寝ることかな」
その応対をもって、きっぱり断られた。あのときもう少し建設的な答え方をしていればよかったのだ。せめて婚約が決まってから本性を表すべきだったのかもしれない。

 ところが私ときたら、早く相手に本来の自分を知ってもらいたい。余計なお気取りタイムはさっさと止めにして、とにかく相手の本質を知りたい。そう望めば望むほどコトはうまくはかどらず、年月は過ぎ、回数だけがむなしく重なっていった。初対面に地を見せることが、必ずしも効果的でないと学んだのは、お見合いオオカミ【「今年こそ結婚するぞ」という決意だけで未定の男性】が絶滅したあとだった。

 一方、私とは正反対に用意周到、律儀慎重なるダンフミが、どうして結婚できなかったのかが不明である。おそらく結婚に対する欲求自体が、私ほど強くなかったのだと思われる。それ以上深い理由は本人に述べてもらうしかないけれど、いずれにしろ、心の準備は出来ているが現実的作戦に欠如の見られる私にしても、現実的作戦は抜かりないが長い年月、『その気』のなかったダンフミにしても、成功しないということだ。いやはや人生は難解である。

 一度、阿川佐和子とお見合いをしてみたかった。

 僕のエッセーを読んだ女性からのメールがきた。何度もお見合いした中に、いきなりモーテルに連れて行こうとした男がいたという。ハイヒールで殴って車を降りたというが、呆れる。彼女はせめてラブホテルにしろ!と怒っていた。(^-^;

 フェリーニの『女の都』にはドクトル・カッツォーネ(イタリア語でカッツォは「オチンチン」でこの場合「巨根」)というドン・ジョヴァンニ風の男が出てくる。マストロヤンニが演じる主人公がカッツォーネの館に招待されるのだが、壁中に今までの女性たちの写真が飾ってある。ボタンを押すとそれぞれのよがり声が聞こえてくるという仕掛けがあって、「カタログの歌」のパロディになっている。

 2000年1月〜3月に松たか子とユースケ・サンタマリアの出たドラマ『お見合い結婚』(フジテレビ)がフィーバーしたがその後お見合い結婚が増えたということは聞かない。

 中谷節子(松たか子)は、付き合っている彼と半年後に結婚を控え、スチューワーデスの仕事も寿退社。ところが、その相手は他の女と“出来ちゃった婚”、恋と仕事を一遍に失ってしまう。一方、広瀬光太郎(ユースケ・サンタマリア)は、商社マン。ある日、部長からミラノへ海外赴任の話しをもちかけられる。まさか、その先にお見合い地獄が待っているとも知らず手放しで喜ぶ光太郎。そんな節子と光太郎がお見合いをすることに…。これは、お見合いをした二人が意に反してつき合い始め、結婚までに起こる出来事を描いたラブコメディだった。

 米原万里が『旅行者の朝食』(文藝春秋)の「未知の食べ物」というエッセイで、知り合いのタレントがよくお見合いをするというので話を聞いたという。お見合いのチェックポイントは次の通りだという。

「一番てっとり早いのは、一緒に食事をすること。食べ物に好き嫌いはないか?過度の偏食は、その人の育ちを物語るし、性格、健康にも影を落としているはずでしょう」
「それから、食卓での振る舞い、食べる速度、食べ物の口への運び方、咀嚼(そしゃく)の仕方、こういうことをさり気なく、でも念入りにチェックするのよ。結婚したら、毎日のように、食事をともにするのだから、こういうところが気になったら、長続きしないと思うの」

 酒井順子の大ベストセラー『負け犬の遠吠え』(講談社)のおかげで「負け犬」という言葉が流行った。レトリックだから「負け」とか「犬」に反応してはいけないが、いろいろな原因がある。一つには男性が自分より身分や職業・収入などが「低い」女性を結婚相手として選ぶ傾向「低方婚」のせいだ。死語になった「3高」を女性が好む傾向の裏返しだ。日本の少子化原因も酒井は「低方婚の伝統がある以上、高学歴の女性と低学歴の男性しか残っていないから」とバッサリ。女性が「低」なオトコに歩み寄るか、低方婚を受け入れるしかない、と嘆く。僕だって、僕より給料がよくて評判がいい女性だったら困ると思う。

 男はこうして年を取ると、守備範囲が広くなるが、女性はなかなかそういかない。高学歴というの男にとっては守備範囲を広げることになるが、女性にとっては狭めることになる。特に東大出の女性は在学中に同級生か院生と決めていなければ後々、大変なことになる。というか、そういう女性を何人か知っている。女性天皇の誕生が叫ばれているが、あまりにも学歴を持つことになれば、相手で苦労するかもしれない。

 外国でも「負け犬」が評判になっている。ロンドンで働き上司との恋に破れて転職するという典型的負け犬を描いた『ブリジット・ジョーンズの日記』(オースティン『自負と偏見』が原作とされる)がある。セックスに対してあけすけな4人の負け犬が繰り広げるドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」。「アリーmyラブ」はアメリカのテレビ・ドラマで、ボストン在住のアリーは30代の弁護士で同じく負け犬など、日本と同様、海外でもブロンド負け洋犬たちは存在する。奇妙なことに彼女たちの共通項はゲイの友達がいることだ。そんな女性を日本では古く「おこげ」と言った(オカマについているから)。

 後に「あいのり」という番組が作られたが、斎藤美奈子は『たまには、時事ネタ』(中央公論新社)の中で次のように言う。

 合コンも「あいのり」も現代の集団見合いである。そういうのが流行るのは、現代の若者も「出会いの場」にじつは飢えているってことなのか。

 鹿島茂は『モモレンジャー@秋葉原』(文藝春秋)でダンスパーティを復活させれば、少子化は防げると言っている。

 一九世紀のフランスには、こうした女からの誘いが許されるというダンス・パーティがすでに存在していた。

 カーニヴァルの季節に開かれる、仮面舞踏会(バル・マスケ)というのがそれである。

 この仮面舞踏会においては、仮面(というよりもアイ・マスク)をかぶるのは女であり、オコトは素面というルールになっていた。つまり、女はアイ・マスクをしているゆえに、身元を悟られることもなく、これはと思った男性をダンスに誘えるのである。オペラ座の仮面舞踏会では、入場料さえ払えば身分・階級は問わないというルールになっていたから、貴婦人が肉体労働者と踊るなどという階級的な逸脱も楽しめたのである。そして、舞踏会の最後には、みな、おおいに乱れて、オージーに移行するなんてこともあったらしい。まことに結構なことではないだろうか。

 2008年には「パラサイト・シングル」「格差社会」で有名な山田昌弘と白河桃子が書いた『「婚活」時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本が出た。よりよい就職をするための活動を「就活」と略しているように、よりよい結婚を目指す活動をいうそうで、「婚活」をしなければ結婚ができない時代になったという。「社会経済的状況が変化しているにもかかわらず、意識そのものは昔とそんなに変わっていない」から結婚できない男女が増えたのだそうだ。「結活」は発音がしにくいから「婚活」にしたらと提案したのが、このことばの由来だという(初出『AERA』2007年11月5日号)。

 昔は男性は、女性を狩るだけでした。
 自分は他の男性に比べて、たいしたことがなくても、声をかければ何とかなりました、でも今はそれだけでは無理だと思います。
 男性も自分を、磨かなければならないようになっています。
 女性が狩り場に出て行って、めぼしい男性をどんどん狩っていく、男性は、女性に狩っていただけるように外見も含めて自分を磨く、それが、「婚活」時代の基本戦略なのです。

 最後にジョークを。

 「ねえ、パパ、幸せって何?」
 「大人になって結婚すれば、よーく分かる」
 「へーえ、パパ、ホント!」
 「ああ、本当だ。ただそれを知った時には、もう手遅れなんだけれどね」


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