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もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの2本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子(いす)の背もたれだけ。
------茨木のり子『倚(よ)りかからず』(筑摩書房1999)「それこそがまさにわたしの求めている人生なのよ。それに比べたら大学の文芸科なんてキュウリのへたみたいなものよ」
------村上春樹『スプートニクの恋人』簡単に言ってしまうと、文学には答えを出さなくてもいいということです。世間一般的な物事というのは、「AはBである」ということと、「AはBでない」ということは両立しないと思います。誰かを評価する時は、その人を肯定するのか、否定するのか、そのどちらかに決めなければなりません。だけど「AはBであって、かつ、AはBでない」こともあり得る、というのが“文学の面白さ”なんです。例えば、『ザ・グレート・ギャツビー』という小説をご存知ですか?『華麗なるギャツビー』という邦題で映画にもなっている、アメリカ人作家スコット・フィッツジェラルドの有名な小説です。この中で「グレート」という言葉は、皮肉にも褒める時にも使われています。「もう、どうしようもない」という意味と、文字通りの「すごい」という意味でね。これは、自分の力だけを使って、思うがままの世界を創りあげようとする男の話で、確かに彼はバカで無謀なんだけど、ある種の強さも同時に持っていてすごいとも思える。この二面性の両方を、最後まで考えていられるというのが小説のいいところであり、“文学の面白さ”だと思いますね。
------柴田元幸(「キャリナビ」のインタビューに答えて)●文科系のためのマルチメディア
僕がウェブライターとして活躍(?)できるのはまさに文系だからである。
コンピューターというと理系のものと考えられるが、理系の人は大工道具作りに専念して家というか、ホーム(ページ)を作らなかった。
道具はいっぱいあっても表現すべきものがない、という状況になっている人がいる。
うちの学生にも多いがCGをやりたい、といいながら絵心がまるでないという人が多いのである。
言語学でもイエルムスレフという人はソシュールの流れを汲んだコペンハーゲン学派というのを作ったのだけれど、言語の分析の道具ばかりで実際に分析することは少なかった。
□ ちなみにソシュールは革命的だったかどうかとても評価が難しい。
西垣通の「言語から情報へ――基礎情報学をひらく」(東京大学編『学問の扉』東大出版会)にこの辺りの事情が上手に書いてあって引用する。
21世紀のキー概念が「情報」だとすれば、20世紀のキー概念は「言語」だと言ってよいでしょう。まさに、言語を基軸として、さまざまな学問が花開き、思考の大転回が行われたのが20世紀だったのです。
「言語学的転回(linguistic turn)がまず起こったのは20世紀初め、哲学の分野でした。それまでの哲学では人間の意識や思惟などが扱われていたのですが、それらは外部にはっきり現れるものではありません。したがって、明確に言語表現されたものを哲学研究の対象にすべきだ、という主張がなされたわけです。これは20世紀哲学の大きな流れとなり、分析哲学や論理実証哲学などと呼ばれる分野が発展しました。そこでは観念的な思弁よりも言語テキストの精密な読み解きがなされるわけです(Richard Rorty(ed.) “The Linguistic Turn”, University of Chicago Press, Chicago, 1967)
しかし、それだけなら影響は哲学の専門領域にとどまっていたでしょう。大切なのは、これが言語学や人類学と結びついて、いっそう巨大な価値観の転換をひきおこしたことです(哲学者は「言語論的転回」と訳す場合が多いのですが、そういう理由で、ここではあえて「言語学的転回」と訳します)。【…】
構造主義の考えで大切なのは、言葉とは既存の対象の「ラベル」ではなく、言葉とともに対象が出現するということです(たとえば、に音語の「牛」に対応する概念は英語にはありません。「bull」とか「ox」とか「cow」とか「calf」とかは、別のカテゴリーなのです)。われわれ日本人は、日本語の概念体系にもとづいて世界を眺めています。そしてもっとも重要なことは、「両者に優劣はない」ということなのです。そこでは絶対的・一元的なものの見方は否定されることになります。【…】
これについてソシュールは契機を与えただけで、ソシュールが全てを生みだしたと考えてはいけない。石原千秋は『謎とき村上春樹』(光文社新書)で次のように説明している。
言語論的転回はヴィトゲンシュタインという哲学者の思考がもとになっていて、それまでの「言語が世界を伝える」という、世界は言語よりも先に存在していて言語はそれを伝える道具にすぎないと考える言語観(言語道具説)に異議申し立てをし、言語と世界の関係をひっくり返した。そこで、宇宙が動いていると考える天動説に対して、動いているのは地球のほうだと言って地動説を唱えた「コペルニクス的転回」をもじって、言語論的転回と呼ばれるのである。
言語論的転回は「世界は言語である」というテーゼによって示される。言語論的転回においては、言葉の先にただモノとして存在しうるような世界は想定されていない。それどころか、僕たちはモノそのものに触れることさえできないと考える。言葉がすべてだからだ。
妙な言い方をするなら、僕たちが生きている世界はすべて言葉で汚染されている。つまり、言葉で意味づけられてしまっている。言葉が意味するようにしか、世界は存在しない。だから、言葉の外に世界はない。僕たちはまるで言葉の世界に閉じ込められているようなものだ。このことをやや皮肉を込めて「言語の牢獄」と呼ぶ人もいるし(ジェイムソン)、あるいは「テクストに外部はない」と言う人もいる(デリダ)。□ マルチメディアというのはまさに文系のためにある。見れば分かるように文字情報が主体である。動く映像ではテレビや映画に勝てるはずがない。CGでも素人が玄人に勝てるはずがない。
インターネットにしろ、CD-ROMにしろ、電子ブックにしろ、文系のために整備されていると思った方がいい。
面白くも何ともない本であるが、鷲田小彌太にも『哲学の発想とパソコンの思考』(日本実業出版社)というのがある。ただし、文科系とパソコンは似合うということを書いている。
文系の研究者には役立たないかもしれないが、島田雅彦×笠井潔×井上夢人×柳瀬尚紀×加藤弘一の『電脳売文党宣言』(アスキー出版局)が面白い。
検索のための本とすれば『調査のためのインターネット』(ちくま新書)があり、そのサイトもある。
洋書ではEvan Morrisという人のThe Book Lover's Guide to the Internet(Fawcett Colombine)が例えば、推薦できる。詳しくはhttp://www.randomhouse.com/参照。
パソコンのCPUの速度も100を超えてから問題がなくなった。多くの文系の人間の多くにとってCGは不要だろうから、これ以上、高級なパソコンは基本的には不要である。
ワープロも日本語の分析がどうのこうのと難しいことを考えているうちに工学系の人が機械用に分析して、使いやすいものを作ってくれた。
哲学者の黒崎政男はMS-DOSを文系の人も学ばなければならないといっていたが、今はこれさえ不要になってきた。
『12か国語大辞典』CD-ROM(三修社)などを使えば、12か国語知ったかぶりができる。留学生の楊君が「中国語も載っているんですか?」と昔間違った『英和中辞典』も入っているが、本当に中国語も載った辞書になった。
□ コンピューター・リテラシーは彼らの方が上回っているかもしれないが、カルチュラル・リテラシーは文系の僕らのものだ。
コンピューターは使いやすくなった。僕らのために理系の人が努力してくれたのである。ありがとう。
デジタル化された資料から何を探し出し、どのように使い、どう判断するかが問われる時代になっている。
言語を細かく、細かくしていったら何も残っていなかったというアトミズムに堕してはいけないのである。一度にシェイクスピアの語彙が検索できても、それは断片でしかない。
断片ばかり調べる学者だと困る。断片はそれ自体、何も語らないからである。
道具は揃った。僕らの出番はこれからだ。
「このコンピュータを使えば、仕事の量が今までの半分ですみますよ」
「素晴らしい!二台くれ!」□ 東工大教授だった江藤淳は「理系大学の人文系教師は刺身のツマ。でも存在理由はある。私が三好達治を語って聞かせなければ、先端技術の専門家も一生詩歌に親しむ喜びを知らずに終わったかもしれない」と書いている。
それどころか、21世紀は理系とか文系とかの区別する時代ではないのかもしれない。言語学も経験科学だったはずだが、チョムスキーが出現してから実験を伴う実証科学となってしまった。外国ではもともと文系と理系を分けて考えていない。デカルトやパスカルやライプニッツやラッセルのように数学者でもあって、哲学者という人がいっぱいいる。ライプニッツはしかも「すべての数を1と0とによって表す驚くべき表記法」(1698年)で二進法を考案し、「数についての新しい学問試論」(1701年)をパリの王立アカデミーに提出した、つまりはコンピューターの父ともいえる人なのである(実際には誰もこんな実用的でない方式を無視したのだが、ライプニッツは「誰も予想しなかったようなもっとも卓越した用途があるはずだと信じていた)。
理系の技と文系の心をもたなければ、新しいことは何もできないのかもしれない。ユーリー・ロトマンは『文学と文化記号論』(岩波)の中で次のように書いている。
新しいタイプの文学者とは、独立に獲得された経験的材料の幅広い所有と、精密科学によって作り上げられた演繹的思考の実地能力を合わせもつことを必要とする研究者である。彼は言語学者でなければなんらないし…他の様々なモデル形成体系を扱う習練を持ち、心理学の現状に通じ、記号論とサイバネティックスの一般的問題を考察することによって、自己の学問的方法を耐えず磨きあげていかなければならない。彼はまた数学者たちとの協力に自分をなじませ、理想的には文学者、言語学者、数学者の三役を兼ねそなえなければならない。
話は違うが、東大などでは理系と文系の双方が強くなければ入れなかった。文系の学部に入るためには文系の方の成績はみんなめいっぱい取っていて、理系の点数が鍵を握る。逆に理系の学部の場合も文系の点数で合否が決定する。平川祐弘は『日本をいかに説明するか』(葦書房)で江藤淳が東大を一浪して入ったことを書いている。江藤淳は昭和7年生まれなのに昭和8年生まれと書き続けたのは遅れを隠したかったためではないかと考えている。「東大の入学試験は数学で差がつく。数学のできる生徒にはやさしいが、できない生徒には難しい」と書いている。
言語学を学んでいるというと、どの大学が盛んなのですかと聞かれることがあってMIT(マサチューセッツ工科大学)だというと怪訝な顔をされることがある。そうなのだ、言語学の中心の一つが工科大学にある。
※それからしばらくして、ある国語の先生が「単語登録」を知らずにワープロを使っていたことが判明。『ランダムハウス英和大辞典』によれば「マルチメディア」の初出は1962年だそうだが、30年以上経っても、文科系にマルチメディアはやっぱり、ほど遠い?
0と1の世界。これに対して、溝口『雨月物語』や黒澤『羅生門』などを撮ったカメラマンの宮川一夫は「モノクロ映画では、黒と白のあいだに無限のグレーがある」と言った。
杉浦日向子によれば、京の五色、大坂の三彩に対して江戸の着物の粋は茶色と黒だったという。「四拾八茶百鼠/四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ、「…ひゃくねず )」と言われ、人々は微妙な色の違いを楽しんだ。茶色は四十八種だが、百鼠とは白と黒の間の濃淡さまざまなグレーがあって、利休鼠、湊鼠、桜鼠、鴇鼠(ときねず)、桜鼠、薄梅鼠、梅鼠、藤鼠、紺鼠、鳩羽鼠、葡萄鼠など、それこそ色々あった。
もしかしたら、文系というのは0と1のデジタルな世界ではなく、無限のグレーのアナログな世界を相手にしなければならないのかもしれない。
●ネットサーフィンまたは「円環的知識」
パソコンはテレビではない、とよく言われたものだ。つまり、スイッチを入れただけに何か見れるということを期待してはいけないということなのだが、インターネットによってパソコンがテレビ並になってきた。スイッチをいれただけで何かが見れるのである。数万チャンネルあるテレビが手に入ったことになる。パソコンを買ったけど何に使ってよいか分からなかった初心者にとってインターネットは最高の贈り物だ。
というのも、担任をしている女子学生の中でインターネットのカバラ占いを見せた途端、パソコンに興味をもって「これと同じのを家で買いたい」などと言い出したのがいた。
WWW(ワールドワイドウェブ)によって「知」のあり方が変わってくる。
□ 何よりも知識を共有できるというのはすごいことなのだ。
情報を共有するとはどういうことか?
「俺がよ、芋を食うだろう?それでお前の尻から屁がでるか?」という寅さんのお前と俺とは立場が違うという説明に使われる文句があるが、情報の共有化とはまさに自分が芋を食べて他人が屁をひることである。
相手のコンピューターの内容が自分のコンピューターでも使える、ということができる。大げさにいえば、自分の脳と相手の脳を一緒にできるのである。
知識というのは分割可能な情報で、知恵は分けることのできない、広がりのある情報だった。インターネットで得られる情報というのは確かに分割のできるものばかりであるが、リンクという機能で情報が結びつく。ちょうど脳神経が情報を増やし、その間の神経系を無数に増やしていくのと同じようにインターネットは進む。
ハイパーテクストによる知というものは最初とか終わりとか書物のように存在するのではなく、縦横自在に存在するだからだ。問題はその存在をどう有機づけるか、つまり知識を上手にリンクすることが大切なのである。
ネットサーフィンを始めて、世界中の人が色々な情報を提供したり、獲得していることに驚く。それをどう活かすか、個人個人の意欲にかかってくる。
ジュール・ポアンカレの言ったように「科学は事実から成り立っている。家屋が石から成り立っているのと同じだ。だが、ただ事実を集めただけでは科学と言えない。石を集めただけで家屋と呼べないのと同様である」なのだ。
マルチメディアを含めた道具、つまり方法論とバラバラになっている事実、これをうまくリンクすることで科学が生まれてくる。
□ 百科事典をencyclopediaというのは「円環的知識(教育)」というところから来ていて、「ひとまとめにされた教育」という意味だという。何も100の項目を羅列してあるのではない。「啓蒙」とか「教養」とかも、こうした「ひとまとめにされた教育」の精神と形だったはずだ。
ブリタニカ百科事典CD-ROMは「世界で3番目に長い川は?」という文章を理解して項目を教えてくれる。
インターネットのリンクというのもまさに、この円環的世界を形成している。
ただの物知りは不要になっている。「円環的世界」の解体過程が始まると、国家の統治に必要な教育と市場で供給される教育サービスとの乖離が始まるだろう。
それぞれの専門や趣味のたこつぼに「はまった」人々だけでやりとりする知識が増殖してくると、国民が広範に共有するべき知識と教育が虫食い状態になる。
後述するが、国民全体のカルチュラル・リテラシーというものが問われることになる。何を知っているかという「カノン論争」にもなるのだが…。
□ 人間は個人の頭脳を人工頭脳で代用しようとした。今、インターネットで人類の頭脳を全て結集して何事か始めようとしている。マルチメディア上の知識を自在に検索することが面白いのは知の新発明があるからである。知識は見つけること自体に楽しみが含まれている。
ボルヘスに「バベルの図書館」という短編がある。彼は宇宙を無限に拡がる図書館になぞらえている。蜂の巣のような六角形の閲覧室が上下左右にはるかに積み重なって、決して出口の見つからない図書館で、司書たちはそこに住みついて、そこで生涯を終える。
この図書館は僕らの世界のモデルとなっていて、ここには「二十数個の記号のあらゆる可能な組み合わせ」、つまり「あらゆる言語で表現可能なもの」すべてが収蔵されており、この図書館のどこかに解決を見いだしえないような問題はないといわれる。
バベルは旧約聖書の創世記に書かれている言葉の混乱の物語である。高い塔をたてて天にとどこうとしはじめた人間の傲慢に怒った神ヤハウェが、それを阻止すべく降って言葉を乱した。その時から人間の言語はひとつではなくなり、互いのコミュニケーションが難しくなった。
ボルヘスは別の作品「砂の本」で、万巻の書物に代わる一冊の本、世界そのものである一冊の無限の本について書いている。この本のページ番号はでたらめで、どこまでめくっても終わりにならない。世界は無限で、結局はバベルであるということなのだ。僕らは知識や情報をため込めばため込むほどかえってバベル的迷宮にはまり 込んでしまうことになる。
□ インターネットはまさしくバベルの図書館、一冊の無限の本になったのである。ここにはあらゆる情報が集められているだけに、かえって収拾がつかず混乱(バベル)の極みにあることになる。
フーコーは『言葉と物』(新潮社)の序において、ボルヘスが紹介している「シナのある百科事典」への驚きや笑いを率直に語りながら、その底には「秩序とその存在様態にかかわるむきだしの経験」があることを提示してみせた。そして、「すでにコード化された視線と反省的認識」とのあいだには、「秩序そのものを解き放つ中間分野がある」と語っている。
ちなみに、「シナのある百科事典」にある分類は次である。
(a)皇帝に属するもの、(b)香の匂いを放つもの、(c)飼いならされたもの、(d)乳呑み豚、(e)人魚、(f)お話しに出てくるもの、(g)放し飼いの犬、(h)この分類自体に含まれているもの、(i)気違いのように騒ぐもの、(j)数えきれぬもの、(k)駱駝の毛のごく細の毛筆で描かれたもの、(l)その他、(m)いましがた壷をこわしたもの、(n)とおくから蝿のように見えるもの
従来の百科事典には始まりがあり、終わりがあり、本として閉じた世界を作っていた。そして編者のパラダイムで「分類」がなされ、項目ごとに関連語句も書かれているが筆者の視点のリンクでしかなかった。
しかし、インターネットの検索エンジンは自分の拾ったキーワードを中心に無機的に(パラダイムや感情をはさまずに)提示してくれる。しかも、「言語学を学びたい」とという文章を理解してURLを教えてくれる。それは世界に広がった、開いた百科事典を無意識に実現している。
検索エンジンを得ることによってインターネットはグローバル・ブレーンになったのである。
□ グローバル・ブレーンが結実した時、全知全能の救世主が現れるのか、悪魔が出てくるのか、それは人類に課せられた大きな宿命のごときものである。
ただ、簡単に自己表現できるということはゴミのような情報が増えたことでもある。あまつさえ情報の過多に悩んでいた時代だったのに、もっとひどいことになる。ネットには漱石についての厖大な情報が存在するが、そこからなにか必要な情報を選び出す時間があれば、漱石の作品をもう一度読み直した方がいい。文学や文学研究に真に肝要なのは依然としてそうしたことなのである。
ガセネタも多い。ホームページでは「金川欣二は日本一ハンサムである」という文章をいくらも流すことができる。テレビなどのジャーナリズムはそれなりの権威付けがあり、ある程度信用できるが、ホームページは自分で判断するしかない。相手が本当に存在するかどうかも分からない。実際に、株などでウソの情報を流して儲けている人もいるようだ。
間違った文章を書いても訂正のしようがない。逆に故意に間違った内容を流すことも容易である。
僕らのような一般人がこんなに膨大な情報を必要としているとも思えず、サーフィンを楽しむはずが、波間のゴミに絡まって沈没しかねない。
グローバル・ブレーンのはずが、ゴミ情報をいっぱい引っ張ってくるバベルの図書館状態に人類を陥れることもありうる。もはやgooなどロボット型検索エンジンでは限界を感じられるようになってきた。
□ インターネットになって、論文が公開されることも多くなった。これまでの日本の学問には「バキューム・クリーナー」と呼ばれる人々がいて、アメリカに渡って多くの文献を漁ってきて、その紹介などで飯を食っていた。
もっと昔は丸善に入荷された洋書を買い占めてしまい、一冊以外は全て消却してしまい、その一冊だけで十年は食える、といわれたこともあった。
ちゃんと論文を紹介するならいいが、中にはネタ論文を伏せている場合もあった。
ネット社会では、すぐにそうしたウソがばれることになる。
「天網恢恢、疎而不失」なのである。
□ 一つだけ忘れていた。ネットサーフィンといって他人のリンクをたどって色々と行くのは無限のように見えて、実は、自分の行くサイトというのは自分の興味のところばかりで、結局は、孫悟空がお釈迦様の指のように外へ出ることができないように有限であることもある。
人は自分に心地よいメッセージしか受け取らない。メッセージはマッサージである。
●「電網恢恢、疎而不失」
『老子』第73章に「天網恢恢、疎にして漏らさず」という言葉があって、「天の網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕える。悪い事をすれば必ず天罰が下る」という意味である。
電網、つまりインターネットもまた粗にして漏らさない。
誰かが自分の悪口を言っていないか調べることもできる。
どんな言葉も誰かがアップロードさえしていれば、調べることができる。
「アフォーダンス」(与える側と受け取る側がしっくり来る感じを表す知覚の用語)という新しい用語もちゃんと書いている人がいて、比較して読めばいろいろ分かってくる。
とはいえ、佐藤雅彦の『プチ哲学』(中公文庫)はすごい。「アフォーダンス」という難しいテーマも簡単に説明している。サンドバッグとパンチバッグが話をしている。パンチ・ボール氏「ずいぶんハデにやられたね。僕たちっていかにもなぐってくださいって感じだもんね」というので、ぶら下がっていたサンドバッグ氏が床まで降りて「こうするとなぐる気もおこらないかも」という。翌日、ボコボコになったサンドバッグ氏にパンチ・ボール氏は「今度はけってくださいって感じになったんだね」。
「いい道具というのは、この『アフォーダンス』つまりこう使ってください、という働きかけが、とても強く出ています」。
もっとも、シェイクスピアは『ジョン王』で次のような台詞を言わせている。
人間は、悪事をおこなうための道具を目にすると、
つい悪事をおこないたくなるものだ!続けていう。
おまえさえいなかったら、この人殺しの罪はおれの頭に
思い浮かばなかったはずだ。□ テレビなどのメディアと違うのは、もし、分からなかったら著者にメールを送ることもできるのである。
先日、「カウッパトリ」というレストランを富山で見つけたが、さすがに何語か分からなかった。ネットで調べるとフィンランド語で「青空市場」のことだそうだ。
逆にこのフィンランド語を忘れてしまったら「フィンランド語」「青空市場」で検索することもできる。
ついでに稲垣美晴『フィンランド語は猫の言葉』を思い出したので検索してみると講談社文庫になっていて¥540ということも分かる。
もちろん、インターネットの情報は不完全で、権威の裏付けもない。
でも、僕らが必要なのはレヴィ=ストロースのいうような「ブリコラージュ」なのである。
ブリコラージュというのは「手仕事」という意味で、ありあわせの道具や材料で、もっとも適切なものを自ら選び出していく作業である。
断片を通して全体の思想を作りあげていく。これが大切なのだ。
□ ホームページを作るようになってから自分の文章を検索するのに、検索エンジンで調べた方が早いなどということが起きた。
「『○×』で検索したらあなたのホームページが出てきた」といわれて、自分がどこに書いているか分からなくなっている。
何だか奇妙だ。
※後に自分のサイトを検索するタグを入れてもう少し自分を知ることができるようになった。
□ 僕は文学を除けば索引を作っていない書物に価値を見いださない。
ところが、この電子メディアという奴は、自動的に索引を作ってくれる。自分で作らなくても、ソフトや検索エンジンが索引を作ってくれることになる。
高価な書物よりもタダのホームページの方が価値を増すことが今後とも増えてくるだろう。
□ ボルヘスは「バベルの図書館」でこの世のあらゆる知識は既に考え出されているという。新たな知識が生まれる余地はない。ただ、古い知識を組み替えることでキマイラやハイブリッドや合成としての新発明は生まれ得る。
卑近な例でいえば、自分のホームページの中の文章を、新しく書いた文章の中に組み替えていくことが多いが、文字どおり、「知」の組み替えになっている。ただ、このように誕生した新しい知識は、殆どの場合、“無意味”なものでしかないと、ボルヘスは釘を刺している。
□ ボルヘスついでに書いておく。ボルヘスの「学問の厳密さについて」(『創造者』国書刊行会)には厳密にしすぎて意味を失ってしまう地理学者が出てくる。厳密(緻密)と粗雑というのは恐らく反対語だろうが、厳密に実行して失う部分もあるのだ。特に文科系にはその傾向がある。
On Exactitude in Science . . . In that Empire, the Art of Cartography attained such Perfection that the map of a single Province occupied the entirety of a City, and the map of the Empire, the entirety of a Province. In time, those Unconscionable Maps no longer satisfied, and the Cartographers Guilds struck a Map of the Empire whose size was that of the Empire, and which coincided point for point with it. The following Generations, who were not so fond of the Study of Cartography as their Forebears had been, saw that that vast Map was Useless, and not without some Pitilessness was it, that they delivered it up to the Inclemencies of Sun and Winters. In the Deserts of the West, still today, there are Tattered Ruins of that Map, inhabited by Animals and Beggars; in all the Land there is no other Relic of the Disciplines of Geography.
Suarez Miranda,Viajes de varones prudentes, Libro IV,Cap. XLV, Lerida, 1658
From Jorge Luis Borges, Collected Fictions, Translated by Andrew Hurley Copyright Penguin 1999 .
茨木のり子の詩にこんなのがある。
「こどもたち」 茨木のり子『詩集 対話』
こどもたちの視るものはいつも断片
それだけではなんの意味もなさない断片
たとえ視られても
おとなたちは安心している
なんにもわかりはしないさ あれだけじゃ【…】加藤周一も『稱心獨語』(新潮社)でいう。
一般に定義は綿密であればあるほど議論の【思考の】整理に役立つのではなくて、議論の性質に応じて適度な綿密さを備えているときに、その議論のために役立つのである。法律上の議論に、必要にして充分な綿密さで定義された「物」や「事実」の概念を用いて、認識論(または知識論)上の議論を混乱なく進めることはできない。しかし認識上の議論に必要なほど綿密な定義を、法律にもちこもうとすれば、法律上の議論は、あきらかに混乱するだろう。……必要なのは、定義の試みを廃することではなく、定義を適度に綿密にすることである。
山口昌男は『学問の春』(平凡社新書)で次のように語る。
「雑」ということをマイナスに考える文化は終わりつつある。これから君たちが少しずつ身につけていくかもしれないけれど、文科・理科という区別に関係なく、雑というものを一種の幅として、そこから新しい知的な展開が起こっていく創造的なシステムとみなしてみる。つまり「複雑系」ですね。現代では複雑系というものの考え方が世界的に広がっている。複雑系というのは、異質な要素がお互いに作用しあう中で予測がつかない方に話が展開していくということ。だから、予定調和的に因果関係の中に要素をちゃんと組みこんでものを考えていく自然科学的な方法というものが行きづまって、複雑とか混沌とか、そういった発想を積極的に取りこんで新しい方向に展開していく学問の方法が、かなり一般化しつつあるといえる。
たとえば現代音楽は前世紀のドレミの七音階の体系からは「雑音」(noise)として排除されていた音を取り入れることによって豊かになってきたという。
この「雑」という言葉---雑音から雑学、それから場合によっては雑談---は、大学教育の中で正面すえては誰も使っていないですよね。雑という言葉をマイナスの感覚で捉えるものの考え方は、今日を限りに止めてもらった方がいい。文化研究にはそういう考え方こそ邪魔になるかもしれないということ。文化を研究するっていうことは、いままで文化と考えられてこなかった雑なるものにまで、心と注意の目を開くということでもあるわけです。
□ 山形浩生はホームページが「ヴァーチャル墓場」になり、そこへのアクセスが「供養」になる可能性について書いている(『新教養主義宣言』)。
ホームページをつくっていた人間が死んだ場合(たとえば私が死んだ場合)、そのあとホームページはどうなるのか。誰かがそれを保存しようとした場合、どうなるのか。山形はこんなふうに予測している。
消すに消せないページが増え、その一方でそれらのページは、それ自体は古びることもなく生前と同じ姿を永遠に保ち続けるものの、そこへのリンクは失われ、そこからのリンクもだんだん消え、やがて無縁仏ならぬ無縁ページと化す。われわれはたまにそれを悼むようにして訪れることになるであろう。
本人の死後も、公の場所で残り続け、個人の情報を発信し続けるホームページ。それはいわば墓のような存在である。【…】それは今の墓参りよりはるかにビビッドでリアルな、そして個人的でひめやかな体験となるだろう。【…】そこには死者と生者の感情がからみつき、独特の世界をつくりあげるだろう。
□ 「アフォーダンス」から僕のホームページに来た人もいた。
心が踊ったのだが、内容がないので「アホーダンス」と思って帰っていった。
ちなみに、ジェイムズ・ギブソンの用語で、「水平な固い地面」は「歩くこと」をアフォードし、「腰の高さの水平面」は「座ること」をアフォードする。とはいえ、「水平な固い地面」はミズスマシにはアフォードしない。「水面」がアフォードするのだ。「プチプチ」を見るとつぶさなければ気がすまない人も多いが、「プチプチ」が暇な人間に「ひまつぶし」をアフォードしている。
●活字出版と電子出版
うちの学校の文芸誌に『信天翁』(読めないでせう、「あほうどり」と言ひます)というのがあって校内ネットで原稿募集をしたら「ネットニュースで流れたら、それをわざわざ本にすることない」と書き込まれてしまった。
うーん。
マルチメディアの時代になると本がなくなるのではと言われている。実際、僕の文章などは印刷されたものとネット上で公開されているもの方と半分半分くらいだ。また、インターネットと教育を考える研究会があって研究誌を出しているが、ホントはネットだけで十分なはずだ。どうしてなくならないかというと学問的な評価は電子的文章ではされないということがある。ホームページをどれだけ作っても評価されない。『インターネットと教育』第×号などと書かなければ業績(これがないと教授になれない)にならない。ほら、案内だってちゃんとした書類でないと何だか信用できないことがあるでしょう?
僕のこんな雑文だって本になってないのですか、と問い合わせがくる。お笑いの文章なので寝ころんで読みたいというのだろう。
□ 僕らは小学校から原稿用紙を使わされているが、本当の使い方を知っている人は少ない。というのも、元々は印刷用だったのに、そうではない使われ方がされているからだ。「。」が行の最後に来る時は印刷用では次の行に回すべきだろうが、たいていはそのまま下に「。」をつけさせている。
原稿用紙が開発されたのは印税と深い関係があるという。20×20が定着したのは大正期だった。それ以前では漱石が『三四郎』から19×10の升目が入った原稿用紙(画家橋口五葉の図案で「漱石山房」と書いてある)を使用していた。19というのは当時の朝日新聞の一行だったからである。若い頃は私製原稿用紙に憧れたものだが、原稿依頼もないままにワープロの時代を迎えてしまった。
□ 小松左京に「紙か髪か」というSFがあって世界中の紙がパチルス・シルチス・マヨルスという細菌に食われてなくなってしまい、トイレットペーパーはもちろん、預金通帳からお金までなくなってしまって大混乱になる。
今は書かれた頃と違ってクレジットカードなど電子マネーが発達しているのでさほど困らないかもしれない。本も電子出版の時代だから影響は少ないかもしれない。
記号論のウンベルト・エーコは「文字と人間の関係は電子メディアによって大きく変わるはずだ」(レプブリカ紙のインタビュー)と予測しているが、飛行機ができても車がなくならなかったのと同じで、本が消えることはない、ただ、読書のあり方が変わるのだという。
実際、僕のホームページの読まれ方を見ていると、「読書嫌い」という「反知性主義」の背後にある種の「健全な知性主義」が若い人たちの間にまだ共有されていることが分かる。この潜在的な「健全な知性主義」とどのように連携できるかが問われている。
□ 少し話は違うが2002年にホリイという会社が事実上の倒産をした。ガリ版を作った堀井親子が設立した堀井謄写堂の後身会社だった。ガリ版が日本の出版文化にどれだけ影響を与えたか分からない。ガリ版のおかげで小学校から勉強ができたし、同人誌もアジビラも作れた。市民運動はガリ版によって支えられていたといって過言ではない。ガリ版は1894年、滋賀県出身の堀井新治郎・仁紀(2代目新治郎)親子が第1号を作り、特許を得た。すでに発明王エジソンらが作った製品はあったが、堀井親子は原紙に丈夫な和紙を使った。印刷用ローラーなども改良した。ガリ版は堀井親子の創意工夫が生んだ日本型簡易印刷機だった。本名は「謄写版」だったが、みんなガリ版と愛称で呼んでいた。ガリ版は「切る」といった。ガリ版の文字が丁寧に切ってあって、信じられないくらいきれいなプリントを作る先生もいた。原田康子の『挽歌』は、ガリ版刷りの同人雑誌「北海文学」(北海道釧路市)に掲載されたものだったが、東京で本になり、1957年1年間で70万部を売れたという。
コピー機やワープロ、パソコンに圧され、15年前から生産も終わっていたという。「書く」から「切る」になって「打つ」になった。
□
阿久悠「アナログの鬼」
ぼくの原稿は
手書きで 縦書きです
いまや少数派だそうです
それどころか
あの憧れの原稿用紙すらが
既になくなりつつあります
消えたフィールドに立つ
闘牛士のような気持ちです
しかし
ぼくの生原稿は
ぼくの怒りと歓びを伝えます
縦書きですから 読んでいる人は自然に頷(うなず)くのです
それが大切です
世の中はデジタルの時代でしょう
それでも人間の心は アナログなのです
二十一世紀 ぼくは
アナログの鬼になりますワープロが生まれてから作家の文体が違ったという。それは当然で冒頭から書かなくてすむようになったし、構成も自在に変えることができるし、推敲が楽になった。ワープロ派と万年筆派で文体が違うといわれたが、当然だろう。しかし、あまりにも強調しすぎるのもおかしい。遠藤周作は純文学は硬いHBで、読者を楽しませるような文章なら3Bでと、作品によって使う鉛筆を変えたというから、細かくいうとキリがない。どこかで論文はパイロットで、エッセイはモンブランでという学者もいるかもしれないからだ。村上春樹はペンからワープロに変えた時、違和感はなかったと書いている。
ワープロといえば、1985年に猫鮫こと小林恭二が「小説伝」(第94回芥川賞候補となり、『小説伝・純愛伝』福武書店として刊行)という作品を発表した。2064年に東京のアパートで老人が死んで遺品の中から一枚のアルミフロッピーディスクが発見される。読み取り機にかけると、21世紀の「今」には誰も書かなくなった「小説」というものが現れ、しかもそれが恐ろしく長い、という話だ。
93年に安部公房が亡くなり、大量のフロッピーが遺された。これを整理すると未完の小説「飛ぶ男」や日記が発見された。津野海太郎によればワープロを日頃から使う有名作家が死去したのは「日本文学史上、これがはじめて」だったという。
「ワープロで打った文章には魂がこもらない、って意見があるって?馬鹿な。万年筆から出てくる『魂』なんて、ずいぶん軽薄な『魂』もあったもんだよ。当然のことだけど、手段はなるべく簡素で、使用感が希薄なほうがいい。車だって運転し易いほうがいいだろ」----安部公房『ASAHIパソコン』
そして、96年に津野の『本はどのように消えてゆくのか』(晶文社)という本が出た。
つまり、現実がSFにわずか8年で追いついてしまったのだ。この8年の間にワープロやパソコンが急速に日常化したのである。
北村薫はワープロが先に存在して、それがあったから文章を書くようになり作家になったという。「初めに言葉ありき」ではなくて「初めにワープロありき」なのである。
でも、忘れてはいけないのは北村はワープロで電子出版しようとしたのではなく、本を出そうとしたのだ。
ワープロの影響を外国人はどう見ているか?『私と20世紀のクロニクル』(中央公論新社)が出た後、ドナルド・キーンは平野啓一郎と対談して次のように言う。
平野 ところで、作家が手書きからワープロやパソコンで原稿を書くようになったことで、日本語と原稿の中身は変わりましたか。
キーン 文章自体は変わりませんが、文化的な影響はあるでしょう。例えば、書道を覚えたら同じ技術で、自然に竹や蘭(らん)の絵が描けます。昔もらった手紙は捨てられずに机の中にたくさんありますけど、字だけで差出人が分かって便利です。私は英語は9歳からタイプライターを使っていますが、日本語は手書きです。
平野 英語は単語通り文字を打ちますが、日本語のワープロはローマ字入力して漢字変換する。その違いもあるかもしれないですね。僕はカナ入力ですが。日本の作家で僕より下の世代は、もうほとんどパソコンで原稿を書いています。
キーン 私の場合は、横書きの日本語も苦手です。60年以上前から、縦書きの日本語に親しんできたので、横書きだと理解するのに倍以上、時間がかかります。
平野 それでも、粗雑な語り方ではふるい落とされてしまうニュアンスまで余さず理解される、そこまでひとつの言葉、言語を習得されてきたキーンさんの人生に、強く感銘を受けました。今日うかがったお話を自分なりに考えていきたいと思います。横書きよりも縦書きには笑ってしまう。最近出た水村美苗の『私小説 from left to right』は、題名の通り左から右に書かれた、つまり横書きの小説で、文中に英文、英単語が頻繁に登場する「本邦初のバイリンガル長編小説」となっている。逆に日本のマンガは外国でfrom left to rightだが、読み開きは日本と同じで、外国の本とは逆になって出版されている。
□ パソコンに対する本の優位性は次のようなものがある。
所有というのを否定する人もいるが、大切なことである。フランス文学者の多田道太郎はの『百科全書』(岩波文庫)の解説で、18世紀フランスの百科全書派が技術を重視したことに触れ、「所有が市民をつくる」というブルジョア的立場が『百科全書』を貫いていると指摘している。 所有をブルジョア的と退ける人もいるかもしれないが、本の質感というものは人間にとって、(知識の)母に触れるようなものなのである。
学問の発展にはセレンディピティ(serendipity)が必要だが、必要なものしか映し出さないコンピューターではこれができない。セレンディピティというのは「セイロン(昔はセレンディップといった)の3王子」のお話からきていて、この王子たちは捜し物が得意だった。そこから、あるものを捜していて別の宝物が見つかることを指す。道草ができなくなったら、全てが手段になったら、人生はつまらない、平面的なものになってしまう。
だから、本は決してなくなりはしない。なくしてはいけない。
□ 同様に、井上ひさしは『本の運命』(文藝春秋)で次のように書いている。
本というのは、実はコンピュータにも匹敵するすぐれた装置だと思っています。目次があり、見出しがあり、パッと開けば自分の読みたいページが出てくる。本自体が持っている使い勝手のよさは、コンピュータでもなかなかかなわない。これは人類が発明した装置の中では、最大のものの一つだと思いますね。
そして、結論は次のようである。
生活の質を高めるということを考えると、いちばん確実で、てっとり早い方法は、本を読むことなんですね。本を読み始めると、どうしても音楽とか絵とか、彫刻とか演劇とか、人間がこれまで作り上げてきた文化の広がり、蓄積にふれざるを得ない。人間は、自然の中でいきながらも、人間だけのものをつくってきた。それが本であり、音楽であり、演劇や美術である。いい悪いは別にして、人間の歴史総体が真心をこめてつくってきたもの、その最大のものが本なんです。【…】
断言してもいいんですけど、本は絶対になくならない。本がなくなる時は、書記言語のなくなる時です。その時、人間はたぶん別の生き物になっているでしょうね。
□ 話は違うが、コピーが便利になってから論文というものを読むことが少なくなった。コピーを手に入れるといつでも読めると思って結局読まないことが増えたのである。自分で取ったノートよりきれいに書いてあるコピーですましている学生も多い。最近の大学では教師に講義用ノートをコピーさせてくれ、という学生がいて、断ると「ケチ!」といわれるそうだ。
まあ、教師の中には学生のノートを集めて一番きれいなのをコピーして来年度の下書き用にする人もいるから、時代といえば時代だ。
自著を買わせるために講義している先生もいて、コピーしてすます学生対策に自著に添付の用紙でなければレポートを受け付けない。
□ コピーの功罪を考えてみる。コピーが生み出し、助長した社会的傾向を考えると次のようである。
□ 本も同じで絶対に欲しいと思っていた本が手に入った途端、目的は達せられてしまったと勘違いする。いっそ紙が1年くらいで消失してしまったら真剣に読むかもしれないと思う。
電子的文章だとどうだろう。すぐになくなるからといって真剣に読むだろうか。僕のログだと分かった途端にごみ箱に捨てる人も多いが、何よりも情報量の多さで圧倒されてしまう。どんな文章に対する態度も電子情報になった途端、新聞や雑誌並になってしまう。
また、電子的な文章だと開く度に訂正していていつまでたっても決定版というか定本ができない。詩人の清水哲夫は推敲しているうちに画面が空になったという。
□ ある研究誌が『聖書』をフロッピーで付録につけようとしたが、キリスト教の方からクレームがきて断念したことがあった。つまり、電子出版だと勝手に改竄されたりして定本がなくなり、宗教的権威を保つことができないからである。ネット上で自分の発言の一部だけを取り上げられて議論が進むのを見ているネットワーカーにはよく分かる話だ。
著者を表す“author”は権威“authority”と深い関係があり、OEDでも“author”は「他者に対して権威のある者」という意味を提示している。著者という権威はグーテンベルグの活版印刷以降に生まれたものである。グーテンベルグが最初に印刷したのは聖書だったことを思い出すべきである。
電子的文章だと“author”が明確にならないから、フロッピーで出版することを禁止したのである。
□ ジェフリー・アーチャーの『盗まれた独立宣言』(“Honour among Thieves”新潮文庫)は誤植を軸にしたサスペンスである。イラクのフセイン大統領がスパイを使ってアメリカ独立宣言が書いてある羊皮紙を盗んでしまう、というお話だ。これに気づいたCIAが複製を作り、本物と入れ替えてしまおうという作戦に出る。本物そっくりの複製を作るのだが、本物ではないということも証明しなければならない。CIAの教官でエール大学の教授は本物にあるスペリングミスを直して偽物を作ることにする。本物は“British”が“Brittish”になっているのだ。これではまるで高級ブランド品の隠し文字と同じようなものだが、何がオリジナルか、考えさせる小説であった。
□ 今度、新潮文庫の100冊がCD-ROMとなって出た。絶版になった本をネットから手に入れることもできるようになってきたし、『知恵蔵』のような電子ブックもパソコンで使えるようになった(従来、ソニーはパソコンソフトを公開していなかった)。研究用には岩波書店から『八代集』なども出ていたが、これで個人向けの本格的な電子出版が始まる。国会図書館でも電子出版物の納本制度を検討している(決定した)。
『マルクス・エンゲルス全集』や『万朝報』までCD-ROMになって出ている。
個人的には早く『柳田国男著作集』が全巻CD-ROMになればいいと思う。あれは編集に間違いがいっぱいあって検索もしにくいのである(と書いていたら全集が出ることになった。家にある著作集は反古になってしまう!)。
悔しいのは平凡社世界大百科事典のCD-ROMが30万と高すぎること(98年に57000円のプロフェッショナル版が出たが、すぐその後にDVD付きのプロフェッショナル版と廉価版が出た)とWindowsでないと動かないことだ。【2000年には平凡社が危機的になり、CD-ROMを出していた日立デジタルも解散してしまった】
□ 仕方がないのでマックを捨ててバイオノート505を買ってしまった。
早速、「新湊」で検索してみた。何と「ハリセンボン」が引っかかってきた。何でも伝説によれば、姑に虐められた嫁が、針山を盗んだという濡れ衣を着せられて、海に身投げしたという。学校の近くに針山という地名があるが、ここから来ているとは思わなかった。
そして、そのおかげで12月8日は海が荒れるのだと言う。真珠湾攻撃の日はこの故事から決まったのだ!
しかし、記述には特に面白味はない。僕は平凡社世界大百科事典で育っているからだろう。
少なくとも中学生の時に「アングル」の別刷ページの「泉」を見た時のような感動はなかった。
□ アナトール・フランスは辞書を「アルファベット順に置かれた宇宙」と表現していたのだが、マルチメディアというか、CD-ROMやネットになって、ようやく人間の脳に近くなってきた。
僕らはコンプレックスというか、アルファベット順やあいうえお順ではない思考法を取っている。それに近づいてきたということだ。
□ エンサイクロペディア・ブリタニカは1999年10月にその内容をすべてインターネットで公開した(http://www.britannica.com/)。売れ行き激減で、CD−ROMに切り替えたが、結局タダにしてしまった(日本では現在も日本語版「国際大百科事典」を販売しているようだ)。
□ アメリカではグーテンベルグ計画、アメリカンメモリー計画というのがあって、人類史上大切なものを電子化してCD-ROMに変える事業が進んでいる。また、インターネット公共図書館やバージニア大学図書館のような試みも進んでいる。どの版を使うか難しい問題があるし、日本語だと変体仮名、漢字の問題があって大きな困難があるが、徐々に進んで行くだろう。
アメリカンメモリー計画の方は米国の歴史、文化に関する文献や資料をデジタル化する計画で、米議会図書館が90年から進めている。
3000円も出せば、CD-ROMのシェイクスピア全集が手に入る。いや、手に入るだけではなくて、例えば、ハックスレーの小説のタイトル「素晴らしき新世界」Brave New Worldという言葉がの「あらし」の第5幕第1場183行にあることなどいちいち、覚えておかなくてもすぐに検索できる。更にシェイクスピアのある語彙の使い方などという、老練な学者が20年もかかって行なった仕事が瞬時にできる。コンピューターは文科系の学問を変える。
思えば、文科系の学問、特に日本の学問は解釈学に終始していたようだ。つまり、哲学を研究するのではなく、哲学をいかに解釈するかという哲学学ばかりが幅をきかせていた。うっかり物をいおうものなら、○×ページのデカルトの解釈は違う、とかいって反論される。カントならカントだけで自己完結していたのが閉塞した日本の学問だった。ある国語学者は「学問は人の役に立たなくてもいい」というのが持論で、日甫辞書をしらみつぶしに調査していた。これからはこうしたコツコツ型の研究は意味をなさなくなり、その資料検索を基にどれだけオリジナルなことを言えるかにかかってくるだろう。
インターネットで色々なデータを検索できるが、比較文化だってホームページの検索をうまく扱っていけば、大変面白いものができるだろう。問題は何を考え、何を実行するかにかかっている。そして、それが誰でもできることが分かれば、フィールド調査の大切さが再認識されることになる。
□ 一つだけ危惧を示しておくと、デジタル化によってイージーアクセスできるだろうが、CD-ROMをどんなに操ってみてもシェイクスピアの楽しさは伝わってこない。井上ひさしはパソコンに頼ると本来の言葉遊びができないといって使っていなかったが、作者の頭脳でひねり出された言葉は読者の頭脳で読みとらなければならない。
インターネットで多くの情報が、文学作品も含めて得られるようになった。引用も非常に容易だ。しかし、これはジェイムズ・ジョイスやT・S・エリオットの手法と同じである。
彼らは引用や比喩によって、先行する多くの文学作品のテキストと自分とを結びつける試みをした。言い換えれば、印刷メディアの限界への挑戦だったが、彼等のやろうとしたことを電子テキストでは、いとも簡単にできてしまう。
言ってみれば、電子テキストには読み取るべき 「行間」が存在しないことになる。その分、文学からは神秘性や奥行きが薄れてしまう。デジタルメディアは本の機能の拡張であるとともに、本がこれまで保ってきた何かを奪ってしまうのではないか。
コンピューターに頼ってすぐに結論を出してしまうのはとても危険なことなのだ。存在感の希薄な資料をどんなに積み重ねても言葉の一つ一つが持つ重みを感じることはできない。
□ なお、井上はワープロなど絶対に使わないといっていたが、『死ぬのがこわくなくなる薬』(中央公論社)によれば使い始めたようである。そしていきなり長所を書いている。
□ 僕の論文も含めて、確かに印刷するほどの価値がない文章が多くて電子化だけで充分だと思うのが多いのだけれど、電子化されたものがどれだけオリジナルのまま残るか、誰が残す努力をしていくか、などと問題も多い。
□ 出版社にとって敵のはずのコンピューター関係の本を出すのは天に唾するようなものだ。
馬鹿だなぁ、と思っていたが、よく考えてみるとパソコン本やマニュアルの読みにくさというのは電子出版の日を一日でも遅らせようという計画的な犯行だということに気づいた。
□ 本ばかり読んでいる人への皮肉としてニーチェの言葉がぴったりだろう、と本からの知識だけですませるのだった。
学者は本を「あちこちひっくり返して調べる」だけで---普通程度の文献学者は一日に約二百冊は扱う---しまいには自分の頭で考える力をすっかり失ってしまう。本をひっくり返さなければ、何も考えられないのだ。 (『この人を見よ』)
□ 2006年に面白いことがあった。僕のホームページの一部を県立図書館で印刷して装幀し、閲覧したいという申し出があったのだ。国会図書館のディジタルアーカイブスもできている時代に、活字メディアにするというのは奇妙な話だ。
□ ワープロと原稿について興味深い事件があった。村上春樹の原稿が流出したという。『文藝春秋』2006年4月号に「ある編集者の死〜安原顯氏のこと」という文章を書いているが、原稿は複数あり、なかでもフィッツジェラルドの「氷の宮殿」を翻訳した原稿は原稿用紙73枚で120万円で古書店で売られていた。流出した原稿は、デビュー前から知り合いだった、当時の編集者・安原顯に直接、手渡したものだという。安原はその後退社して、03年に死去した。
村上は88年の『ダンス・ダンス・ダンス』の執筆でワープロに切り替えるまでは手書きだったという。生原稿の所有権について日本文芸家協会は「作家にある」という見解を示している。過去にも他の作家から同様の訴えがあり、「所有権は作家にあるのですみやかに返却してほしいとの趣旨の要望書を、各出版社に出したことがある」という。
ワープロ書類はどうなるのだろう。昔驚いたのに、T・S・エリオットの『荒地』の原稿がタイプで打たれていて、ペンで校正されていた。ワープロの原稿でも手書きが入ったら、同じように価値を生むかもしれない。
いや、もっと驚いたことがある。鹿島茂『フランス歳時記』(中公新書)によれば、ヨーロッパを代表する知性ポール・ヴァレリーはいつも貧乏だった。依頼されるままに序文や推薦文を書き、別の詩人を援助するために設けた「困窮する詩人のための賞」に応募して四千フラン獲得したが足りなかった。
もう一つ、彼がポケットマネーの足しにしたのは、自分の詩を自分で筆写することだった。ヴァレリーは詩をタイプライターで書く人だったため自筆原稿というものが少なく、自筆原稿マニアには垂涎の的になっていた。そこで、タイプした原稿を「自筆」でコピーして売りさばき、生活の助けとしたのである。
●メディアの終焉?
出版が続くとしても新聞社はどうなのだろう?
昔むかし、大阪万博に行った。そこではファクシミリ版の朝日新聞が配られ、「即時に伝達される時代になった」旨が書かれてあった。これには大笑いだった。というのも当時、朝日新聞は前日の野球の結果が載らず、一昨日の分しか載ってなかった。田舎だから締切に間に合わなかったのだ。高岡に支社のある読売新聞は随分前からファクシミリだったが、朝日はそうした状況で平気だった。そうした状況なのに何が即時に報道かと笑ったのだった。
実は今も10時半をすぎると間に合わない。ニュースのないような土曜日にはインターネットに頼るしかない。ただでもらえる情報が早くて、有料の情報が遅いという状況だ。これは資本主義の原則に反する。
『ぴあ』も発行期間がどんどん短くなっている。週刊だとあまりにも情報が消費されてしまって予定が立てにくい。コメントなしに各々の情報を同格に扱って来たが、情報の津波に押し流されそうだ。
では、新聞や雑誌はなくなるのか?
絶対になくなりはしない。ラジオやテレビが発達してからも新聞や雑誌は生き残っているように。
ラジオやテレビは「速報性」を重んじるが新聞は役目を「速評性」に転じている。つまり、ある出来事があったら事実を述べるだけではなくて、それが全体としてどういう流れにあるか、また、意義は何なのか、影響はあるのかなどを(多くの場合、混同されているが)教えてくれる。
インターネットも強力な「速報性」をもっている。しかし、それがどういう意義があるのかなどはインターネットに期待することは少ない。仮に個人が発信している場合は信憑性までが疑われる。そのうち、インターネットでも速評性のある記事が流れるかもしれないが、資本主義の原則に反して無料で流し続けるとは思えない。
権威付けされた情報と裏打ちのない情報、情報に評価の価値のある情報と生の情報と大きく分かれていくように思う。今のまま匿名を許していると「ネットワークのスラム化」が生じる。少なくともネット上の議論、主張は匿名ですべきではない。
『ぴあ』など情報誌の場合も編集部による評価が中心になってくるだろう。「仲間」の意味でつけられた誌名も「ピア・レビュー」(専門家による評価)の意味になる日も近い。
□ 実はメディアには次のような違いがあって活字的か電子的かという選択肢があるだけではない。
口承的---対面的・双方向的、パーソナル、時空制約的 書記的---非対面的・時差的、パーソナル、限定的複製 活字的---非対面的・時差的、大衆的、匿名的、一方向的 電子的---非対面的・共時的、大衆的、匿名的、一方向的 電子メディアには口承的な時代に戻る部分があって、大衆的でありながら、実はパーソナルであったり、一方向的でありながら、双方向的でもある。
21世紀の人間が目の前にしているのは今まで誰も経験したことがないメディアの時代なのである。
□ 新聞の役割はインターネットに押されて変わっていく。一方向だったものが、記事にメールのアドレスをつける(そうした風潮が出てきている)ことによって双方向になりはじめている。
そして、インターネットも他のメディアの影響で大きく変貌を遂げていくことだろう。
□ 2001年に佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』(プレジデント社)が出た。『性の王国』や『カリスマ』『東電OL殺人事件』を著した佐野だけに川上から川下にいたるまで出版文化に関する全ての問題が出ていると思う。
□『だれが「本」を殺すのか』索引(http://www.president.co.jp/book/1716-2.html)
●OCR
津野海太郎はOCRソフトを使うと氷が溶けていくようだと形容したが、その通りだ。活字文化が相反するはずの電子文化へと目の前で溶けていく。これは快適だ。
最初の頃の論文は手書きだったし、82年にシャープ書院を使うようになってからの論文もある。それを他の論文で利用できなかったのだが、OCRによって容易になった。
グーテンベルグ計画というのがあるが、僕のはグータラベルグ計画という。
アメリカのハートらが考えたグーテンベルグ計画というのは「一般の人びと向けの情報や本、その他の文書を、コンピューターとプログラムを利用する人びとの大多数が、簡単に読め、使え、引用し、さがしだせる形態で提供する」ものである。具体的には最も利用度の高い1万タイトルの書物を電子テキスト化していき、2001年の終わりまでに「グーテンベルグ電子公共図書館を作ることが目標となっている。
OCRソフトを使い始めると何でも取り入れたくなって下手すれば著作権違反を侵すのではないかと心配になる。でも、パソコンを使っていてもっともパソコンらしい、パソコンにしかできない気分だ。
OCRはワープロにも標準装備されるようになっていて使ったことがあるのだが、実際には使い物にならなかった。やっぱりパソコンはすごい。
ただ、ときどき、とんでもない間違いがあって細かく見ないと分からないのがあって、下手に人前にさらすと馬鹿だと思われかねない。「ヘンリー」というのが検索で出ないので不思議に思ったら「へンりー」で検索できなかったこともある。片仮名と平仮名の「へ」も「り」も区別がつかない。
現在、認識率が99.6%だといわれても250字に1個間違いをすることになる。立派なものだと思えるが、実はこの1個を見いだすことが大変で、しかも致命的な誤字である可能性がある。その程度だとまだまだ自分で打ち直した方がいいことが多い。
例えば、「輿論」を「與論」と間違っていても見つけることはできず、「字問的に使えるまでにはなってない(学問だった)。
実際、「言語学者の異常な愛情」というエッセーがOCRを使っていて、フォントがosakaで「パピプペポ」か「バビブベボ」か分からなくて1年以上も間違った表記になっていた。フォントを変えたら発見できた。でも、言語学者「プルームフィールド」なんて書いていて恥ずかしい。
誰も指摘してくれなかった!
●デジタル〜ディジタル〜デジィタル表記
マルチメディアなどデジタル情報を扱う際に日本の文系の人間にとって一番やっかいなのが表記の問題である。
一国の首相の名前が(橋本)「龍太郎」「竜太郎」と揺れている。これは各新聞社によって表記コードが異なるからだが、検索するのは少しやっかいだ(もちろんor検索ができるが…)。更にややこしいことに例えば毎日新聞だと1996年以降、関係者の強い要望がある時には旧字体、異体字も認める方向になったという。総理も「龍太郎」に翌年から変わったという。
中曽根元首相は就任の際、マスコミで「曾」と「曽」で揺れていてお伺いをたてた時、「曽」が通用しているならば、それでいい、といったので翌日から「中曽根」に統一された。
作曲家の團伊玖磨は宛名が「団」となっている手紙は見ずに破り捨てるという。
先代の三遊亭円歌は、戦前から「圓」よりも「円」の方が画数も少なく、明るくていい、というので、好んで「円」を使っていた。ちなみに三代目は「圓歌」である。
最近困ったことは千野“栄一”先生が名前を戸籍の“榮一”に変えられたことだ。気持ちは分からなくはないが、一瞬、偽者の本かと思ってしまう。
漢字をいじるのは止めてほしい。前に「曙は最初、点がなくて、大関になってから1画加えた」と言ったら「ええっ!! じゃあ、それまで『あけほの』だったんスか?」と言われてしまった。
英語を検索する時には、APPLEをAPPLEとするか、(場合によっては)Appleとするかでも違う。
もちろん、言葉には「揺れ」があって、アメリカ英語とイギリス英語が違うのはつとに有名だ。つまり、colorかcolourか、centerかcentreかなどという問題が控えている。
□ 従来強調されていたことだが、「鴎外」の偏は「品」がないからといって「メ」の入る「区」だから鴎外らしくなくなる、というようなことだった。これは78年に制定されたコード表を83年には改訂していることから生じる問題である。
もっと遡れば、戦後の漢字改革までぶつかってしまう。「いとしいとしと言う心」と覚えることができた「戀」という漢字を「恋」にしてしまった。「亦」という字は「脇」の原字で「わきの下」という意味だ。まるで匂ってきそうな文字改革なのである。
文学の場合、同じ「芥川龍之介」一人でも色々な表記がある(これだけで論文が書けるのだが)し、「野球」を初めとするさまざまな号を持つ正岡子規のような文学者がいる。井原西鶴は将軍綱吉が鶴姫を愛するあまり「鶴字法度」を出して「鶴」の字を禁じたために晩年は「西鸛」と名乗っている。自分の名前にも揺れがあるのだから、ネット上で検索するにはいろいろと問題が生じる。
地名でも同じで、「砺波市」なのに「東礪波郡」と表記が違う。
富山の霊峰の一つ、剣岳は現在こそ「剣岳」だが、「剣」には「劍、劔、劒、剱、釼」などの異体字があり、現在マスコミは「剣岳」と「剱岳」が半々で、ふもとの上市町は「剱岳」を使っている。昔は上市町も「劔岳」を使っていたというからややこしい。しかも【金+刀】という字を使っていたこともあった。
英語の表記までいうと「魚津」は「うおづ」UODUで変換されるが、魚津市へ行くとUOZUという表記がいっぱいなされている。何だか魔法使いの魔法にかかった気分になる。←オズじゃないって
富山県の「魚津のタテモン行事」が97年に国の重要無形民俗文化財に指定されたが、国の指定は「タテモン」、72年の県の有形民俗文化財の指定は「たてもん」だった。通例は保存会も含めて「たてもん」なのに、国の場合、学術的にも認められている「本来あったであろう漢字が失われ、音だけが残っている場合はカタカナで表記する方針」だという。
これからの予算請求などで、県と国に出す要求では違う表記をせざるを得ない、という話だが、表記が町の名物、蜃気楼のように揺れている。
□ 更にややこしいことに平仮名、片仮名、漢字の表記の揺れがある。
手塚治虫は「てづか」だが、本人は“Tezuka”と署名している。
藤子不二雄の漫画は知らない人はうっかり「どらえもん」と書くが「ドラえもん」が正しい。作者の藤子不二雄
の名前だって、正確にはAは○で囲んだ
でなければならない。カメラのキヤノンも「キャノン」ではないことは観音様(キヤノンの由来)でも知らないだろう。
最近の例でいえば、コンピューターとコンピュータと文部省と通産省で表記が異なる。文科系の学科が商船高専にできた時、「コンピューター」と書いてクレームを付けられた。gooなどで検索する場合でも98年1月19日現在、前者が48229、後者が195778と大きく差が出ている。もちろん、類推できる検索エンジンもあるが、揺れが大きすぎると細かな部分で違ってくるはずだ。
「カルチュラル・リテラシー」「カルチュラルリテラシー」とでも違う(「カルチュラル」と「リテラシー」で検索して補完できるが…)。
普通、人類学者は「レヴィ=ストロース」なのだが、平凡社世界大百科事典などでは結構古い時代に決められた表記法なので「レビ=ストロース」になっている。
フランスの文学者、アンドレ君だって「ジイド」なのか「ジッド」などか「ジード」なのか「ヂイド」なのか?「ボードレール」も「ボドレール」なのか「ボオドレエル」なのか?
Jamesという名前は「ジェームス」で変換されるのが常だが、「ジェイムス」じゃダメなのか?「ジェームズ」は?本当は「ジェイムズ」でなければならないだろう。Thamesと書く「テムズ川」も「テームス川」「テームズ川」などと書かれていることもある。
水の都はベニスなのか、ヴェニスなのか、ベネチアなのか、ベネツィアなのか、ヴェネチアなのか、ヴェネツィアなのか…。
未だに「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」の名残がある。
最後に、カフカの『変身』の主人公の名前は「グレゴール」と「グレーゴル」の2派に分かれていて、しかも高橋健二は前者から後者へ改版で変身させているという。
□ ソシュールの次に有名な言語学者にRoman Jakobsonがいる。月刊『言語』(大修館)で特集をする時に、千野栄一先生らがみんなで相談して「ロマーン・ヤーコブソン」ということになった。先生の話だと、本人もその方がいいと言っていたとかいう話だった。でも、これは日本語の体系に合っていない話で、日本語で長音か短音かは気にしないから、「ロマン・ヤコブソン」とすべきであった。「ロマン・ヤコブソン」と表記して正しい発音は各々が勝手にすればいいのだ。
で、結局、人によって「ロマ-ン・ヤコブソン」「ロ-マン・ヤコブソン」「ロ-マン・ヤ-コブソン」などと落ち着かない命名となっている。
□ ごく最近ではLinuxという新しいOSの読み方に揺れがある。「ライナクス」「ライナックスリ・ヌクス」「リーヌクス」「リーヌックス」「リナクス」「リナックス」「リニュクス」「リヌクス」「リヌックス」などである。英語の方はひとつだからあまり不便はないが…。
これを作ったトーバルズはフィンランド国籍だが母語はスウェーデン語である。つまり、スウェーデン語を母語に持つフィンランド国籍のトーバルズが作った Linux を、例えば英語風に発音したときの音を日本語の 片仮名で書くとどうなるか? というような問題が生じている。そして、これは Linuxに様々な「方言」ができていて、統一とはまるで反対の方向に走っていることと軌を一にする。
※読み書き Linux(どう読むか統計がとってある) トホホな訳語とウププな外来語
●漢字コード
表記の問題に加えて、現在、日本語関係者で一番困っていることは漢字コードであろう。
何しろ、諸橋轍次の『大漢和辞典』には5万字が載っていて、人名や地名を入れると10万字くらいなければ日本の古典や漢籍を収録できないといわれているのに、JISコードだとワープロやパソコンで6355字の漢字しか使えない。
ユーザーからはどれがJISでどれがそうでないかよくわからないということもある。「@」←これはシフトJISでは8740(13区)だが、機種によっては違う。JISの空き領域で僕のマックでは「(日)」としか見えないがウィンドウズでは「〇付き1」が見える。(書きこむときに化けたらごめんなさい^^;)
東大の「多国語処理研究プロジェクト」が一生懸命に方策を練っているところであるが、アメリカの提唱案は、日中韓の形を似た2万字の漢字に番号を付けるというものだが、これだと残りの漢字の送受信ができず、文字の「総番号化」が叫ばれている。
陰山英男の「陰」は異体字で、批判したくても出てこないので、批判もできないことになる。「陰口」もきけないのだ。
これらに関してはさまざまな議論があるので避ける。それは例えば『電脳文化と漢字のゆくえ』(平凡社)、太田昌孝『いま日本語が危ない』(丸山学芸図書)などを参考にされたい。
□ 今、考えられる現実的な解決方法は三つである。
一つは漢字コードを現在の第2水準から印刷用に認められている第3水準まで認め、早くパソコンに装備すること。しかし、これはお金がかかり、中国、台湾などとも早急に協議しなければならない。
二つ目は林望先生のやり方で「
」などを【祀+祐】のような慣例をどんどん作っていくこと。これだと手間がかからず、元字がどんなか分かりやすい。しかし、検索は難しい。つまり、同じ漢字を【禊+裕】のように表記する人もいるからである。まあ、外字のための辞書を整備すれば防げるが、それだったら最初から外字はコード番号で表記すると決めた方がいいかもしれない。
三つ目はGIFによって外字を作ってしまうことだ。もちろん、その場合もコード表を作る必要があるが、見てすぐ分かるし、綺麗だ。しかも、日本語ワープロはhtmlで統一されるそうだから、ソースさえ見れば検索も可能になる。
問題は誰が作るかである。僕はわが子「
貴」のために「
」、「
啄」という言葉のために「
」という文字を作ったが、これを全部作る人がいれば、せいぜい1ヶ月もあれば外字表ができると思う。ただ、GIFの多い文章だと読み込みが遅くなる。
作るのはあなたです。
なお、漢字袋(異体字典)はこの趣旨に添ったものといえる。
※JCS調査研究委員会(JIS原案作成) 新JIS漢字策定 加藤弘一「ほら貝」
□ ◇朝日新聞「天声人語」◇2000年1月10日
むずかしい文字だらけの古文書の中身をコンピューターに移す試みが、アジア各国で関心を集めている。膨大な漢字や特殊な甲骨文字をパソコンで使えるようになったからだ。
もちろん、こうした文字はふつうは必要ない。だから用意されていない。そこで、一つひとつについて字体を作り、おのおの番号を割り振るという面倒な作業が要求される。日本でこれをやり遂げたのが、横浜市の古家時雄さんだ。ただし専門家にあらず、本業は中華まんじゅうの製造である。
15年前、35歳のとき父親を亡くした。その際、家業のほかにも何か人が喜ぶ仕事をしようと思い立ち、パソコンで画期的なソフトを考案することにした。手始めに『三国志』を題材にしたゲームの脚本を書いてみる。するとパソコンでは扱えない漢字がぞろぞろ出てきた。なんだ、こんなことがまだできないのか、と思う。
だったらどんな文字でも使えるようにしようと、勉強を始めた。すべての漢字は二つの部分に分けられ、それぞれがさらに二つに分けられ、最後は1画に行き着くという仮説を立て、大冊の『大漢和辞典』(大修館書店)で実証にかかった。それから十年余、午前中に店の仕込みを終え、昼過ぎから字体作りに転じ、真夜中まで取り組んだ。
仕込み後の本業は家族らにまかせる。土、日、祝日なしに励んだ成果は「今昔文字鏡」と名づけられ、2年前から無償で公開されている。加えて甲骨文字、梵字(ぼんじ)を採り入れ、ベトナムの国語学会の依頼で数千のベトナム漢字も収録。これらをふくめ、計13万字を自在に使えるようにしたソフトが、さきごろパーソナルメディア社から発売された。
「企業も政府もやらない。競争相手はありませんでした」。中華まんじゅうのもうけをつぎ込む古家さんを、家族は半ばあきれながら応援して、一つの文化財産ができあがった。
●英語帝国主義か多言語共生か
日本語表記にこだわらざるを得ないのは、これがいわゆる「英語帝国主義」に対抗できるかという文化の大問題のネックだからである。
現在地球上には数え方によってずいぶん違うが、約6000の言語が話されていると言われている。しかし、100年後にはその約90%が死滅するという報告さえある。人類のかけがえのない遺産である言語の多くが今この地球上から急速にまた永遠に消えていこうとしているのである。確かにテレビ放送などのマスメディアの普及が方言や弱小言語を滅亡へと追い込んだことは周知の事実である。
インターネットは情報化や国際化の旗印として急速に広まり、英語が世界の共通語としての地位を確立すると多くの人が考えている。
今、スペインで大問題になっているのが、「エル・ニーニョ」El Ninoのnの表記である。これはスペイン語特有で「n」に「~」が付いた文字(ポルトガル語などでは「nh」と表記)なのだが、91年にECが域内貿易の障害となるといって、この文字キーのないコンピューターの輸入禁止を止めるようにスペイン政府に要請したのだ。ガルシア・マルケスも「ECは商業的便宜だけのためにこの文字を廃止しようとしている」と反論するなど文化人が一斉に反発をした。
94年の世界スペイン語アカデミー会議でch(チェ)とll(エリェ)は廃止することになったが、「n」に「~」は存続が決められた。コンピューターに合わせて言語が変化せざるを得ない、という状況で、言語=文化のアイデンティティが問われている。
日本ではわが子・祐貴の「
」など戸籍では認められているのにコンピューター上では実現しなくなっている。そして他の多くの文字に対してあまりにも無防備である。もちろん、文字数を多くすれば煩雑になるという面をもっているが、今までの日本語の歴史を無にすることでもある。
□ 果たして筋書通りに進めていいのであろうか。
反語的に聞こえるかもしれないが、少数民族の対するバイリンガル教育が少数言語の消滅を招いたという事実もあるのである。ビアリンガルでより円滑に英語を学んだ子供たちは容易に英語社会の中に入っていき、そのままネイティブな言語を放棄するということもあった。
一方、インターネットこそ誰でも情報発信できるメディアなのである。まさにインターネットによって初めて弱者のためのメディアが誕生したのである。
21世紀は多言語共生の時代である。話し手人口や話し手地域の差によって言語の価値あるいは文化の価値が変わるはずがない。どんな小さな民族の言語であっても大言語に劣るものではない。
そして、英語に抵抗できるのは漢字文化圏の日本などが今、インターネットの全体像を考えて進まなければならない。
帝国主義に相対主義が勝てるかどうかは寛容と不寛容の問題でもある。2001年のアメリカ同時多発テロの後のコラムだが…。
■《天声人語》 2001年09月24日
こんな長たらしい題名の随筆を読み返している。「寛容(トレランス)は自らを守るために不寛容(アントレランス)に対して不寛容(アントレラン)になるべきか」。仏文学者の渡辺一夫氏が51年に書いた。キリスト教と古代ローマ社会との「戦い」を中心にすえた文章だが、「戦争準備」が進められるいまと二重写しになってくる。初期キリスト教はローマ社会に「深い敵意と憎悪(ぞうお)とを抱(いだ)き」また、キリスト教でなければ世界は救えないという「若々しい自負」に生きていた。
ローマはかなり寛容な社会だったが、一時期不寛容を示した。ローマの寛容を脅かすキリスト教の不寛容を抹殺して自らの寛容を保とうとした。そのため「追いつめられたキリスト教の峻厳(しゅんげん)さは、悽愴(せいそう)の度を増して行くのである」。
これが後の過酷な異端審判や宗教戦争の遠因ではないか。キリスト教はローマの誤った不寛容によって、その酷薄さを鍛えられたのではないか。そう渡辺氏は考える。「相手に、自ら殉教者と名乗る口実を与えることは、極めて危険な、そして強力な武器を与える結果になるものである」。モンテーニュを例に引きながら「自分と異った思想を持った相手を抹殺することは、むしろ、その思想を生かすことになる」とも。現代の対テロ作戦にそのままは当てはまらないかもしれない。しかし「報復」がもたらす結果についての不安を言い当てている。
この随筆を収める「ちくま日本文学全集」の解説で鶴見俊輔氏は「臆病(おくびょう)に徹する覚悟」と渡辺氏を形容した。臆病であることが難しい時代もある。明日25日は渡辺氏の生誕100年だ。
●著作権
97年末に日本新聞協会がネットワーク上の著作権に関する見解をまとめた。
僕らからすると結構きついものがある。というのも新聞記事を引用しても要約してもいけないというのだ。
ある番組で僕のホームページの内容が黙って(?)要約されていたが、これも問題だ。でも、ネット上で公開しているからある程度諦めている。
新聞の場合も公開しているのに何事か、と思う。本当は要約などしたくない。新聞がデータベースとして記事をそのままネット上で残しておいてくれたらそちらにリンクするだけですむのに、と何度思ったことか分からない。
僕も著作権は放棄していないが、こうしてネット上で公開している文章がどのように加工されるか心配ではある。
ただ、社会の公器としての新聞は違うんじゃないの、と思う。
□ これまでの情報の価値とは「容れ物」の価値だとアメリカの社会学者マーク・ポスターは『情報様式論』(岩波書店)の中で述べている。
これまで商品は再生産することが難しかった。材料の複雑な組み立てと技術がほとんどすべてのものを作るために必要とされた。【…】消費者たちは書物の製造に対して支払っていたのであって、公共図書館でただで利用できるそのなかの情報には支払わない。レコード録音についても、お金が支払われる商品は、黒いディスクであって、そこに収録された曲に対してではない。情報はそれが出荷される<パッケージ>と分離できないものであり、このパッケージに価格票がついていたのだ。
ネットは「容れ物」がないのが特徴であり、必然的に情報はタダで流通することになる。難しい問題だ。
※著作権の消滅した作家名一覧が「青空文庫」にあります。また、この文庫の活動には刮目すべきものがあります。
※なお、僕の文章を引用する時は「金川 欣二氏のホームページ上の「○×△◆」より。http://www.toyama-cmt.ac.jp/kanagawa/index.html」として下さい。また、発表雑誌等が書いてある場合もその旨を書いてください。なりよりも無断で引用しないでください。
●学問と学歴
文科系で活躍しようと思っていても、日本の今の学問状況からいえば、博士課程を出ていなければ勝負にならない。
僕自身は修士課程修了時に東京教育大学文学部が閉学し、筑波に行くことは信条として許せないことだったので、そのまま田舎に帰って現在の職業に就いている。修士だけの人間にとっては高専あたりが相応な職場だと思っている。
それでも、ときどき、学歴とは何だろうと思う。
現在の職場にも博士課程を出ている先生が増えてきている。
すごい人が入ってくるんだろうな、と内心どきどきしていた(?)が幸い、馬鹿にされることもなくてすんでいる(ようだ)。
学部は既に大衆化していて高校の延長になっている。大学院で学ぶ必要があるが、その場合、自分は何のために学問をするのかという問題にぶつかるはずだ。職業訓練校と考えるのか他に何かがあるのだろうか?と。
大学院で学ぶことは社会的行為なので、大学院で研究する者は「真の知識人」でなければならず、単なる専門家であってはならないと思う。それなのに、センモンセンスばかりでコモンセンスをなくしている学者の何て多いことか!?
知識人と専門家との違いについてエドワード・サイードは『知識人とは何か』(平凡社1995)の中で「知識人とは、あくまでも社会において特別な公的役割を担う個人であって、顔のない専門家なのではない。つまり知識人とは、特定の職務を遂行するだけの有資格者なのではない。…知識人とは、公衆にむけて、または公衆になり代わって、メッセージ、思想、姿勢、哲学ないし意見を表象し、肉付けし、明晰に言語化できる能力に恵まれた個人なのである」と述べている。そのため、「常に努力すること、それも、どこまでいってもきりのない、またいつまでも終わることのない努力を続けること」が知識人の使命だとしている。
また、知識人にとってもっとも重要なのはアマチュアリズムだとして、次のように述べている。
アマチュアリズムとは、専門家のように利益や褒賞によって動かされているのではなく、愛好精神と抑えがたい興味によって突き動かされ、より大きな俯瞰図を手に入れたり、境界や障害を乗り越えてさまざまなつながりをつけたり、また、特定の専門分野にしばられずに専門職という制限から自由になって観念や価値を追求することをいう。
サイード自身はパレスチナ生まれのアメリカへの留学生だった(『パレスチナへ帰る』作品社1999の後はどうなっているか知らない)。学術論文は「コンラッド」が一つあっただけで、その後も書いているのはエッセーだけである。
それでも、論点を提示して、見事に方向を示している。
アメリカの大学は常に周縁から学者と学問を取り入れることで動揺し、変化してきた。
日本の大学は中心しか大切にしない。戦前はヨーロッパだったし、戦後はアメリカだった。中心の学問しか取り入れないから変化がない。中心のパラダイムが周縁からの変革で変わると対応できない。
日本の大学は学問というものと学歴(業績とか成績も含めて)というものを見誤っている。
これではいつまで経ってもアメリカの傘の下で学問を続けることになる。
周縁からの力を取り込まないことには制度としての大学を救えない。
●インターネット文章読本(→「ウェブライターを目指して」)
ネットの文章は本や雑誌の活字メディアとは違う。
自分の考えをこんなにネットで晒していていいのか、と言われることもあるが、惜しまないつもりだ。
弟子のノーマン・マルコムが書いた『ウィトゲンシュタイン 天才哲学者の思い出』(講談社現代新書)にはこの哲学者の姿が見事に描かれていて、自分も頑張らなければと思うことがある(が長続きしない)。
講義、課外の会合、個人的な会合、研究会といったこれらすべての会合で、ウィトゲンシュタインは、意見の出し惜しみをしなかった。彼は自分の研究していることを秘密にして、他人にかくすということを絶対にしない人だった。それどころか、どんな討論の際にも、何か新しい考えを生み出そうと努力していた。
●リテラシー
最近、同僚の中国史の先生から「カルチュラル・リテラシーって何ですか?」と聞かれた。
というのは最近、木下康彦「カルチュラル・リテラシーとしての世界史」(樺山紘一他編『世界史へ』山川出版社1999)という論文を見たそうで、gooで検索したところ、僕のホームページが出てきただけだったという。つまり、ごくごく初期から「カルチュラル・リテラシー」を使っている本人に聞こうということだった。この場合、アメリカのハーシュの『教養が国家をつくる』(TBSブリタニカ1989)の原題“Cultural Literacy”から採っている。
その論文には次のように書いている。
これから必要なのはリテラシー(使い方)だけではなく、コンピューターを含めた 未来の科学社会にいかに対応していくかというカルチャー(教養)が大切なのではな いだろう。
ネットサーフィンをしていて面白いページというのに出会ったことは稀である。考えてみれば、理科系の人は文章の達人ではないし、芸術系の人もグラフィックばかりである。これだけのメディアを充分利用しているとは思えないのである。これを打開するのはメディアを使って自己表現できることである。
つまり、読み書き算盤やコンピューター・リテラシーだけでなく、カルチュラル・ リテラシー(Cultural Literacy)というものを重視した教育が不可欠なのである。
カルチュラル・リテラシーとはその国の文化を担って自己実現でき、異文化を偏見を持たずに理解できるコミュニケーション能力のことである。
その意味では「グローバル・リテラシー」(Global Literacy)と言い換えることもできる。
この実現のためにこそ、文科系学部の存在意義があるといえるのではないだろうか。
具体的にいうと、例えば、英語がいくらできても日本の芸能、能や歌舞伎について何も知らないでは困るし、松田聖子やX-JAPANを知らないといけない。黒澤明も知らなければならないし、寺山修司も知らなければならない。政治や経済の状況をいくら知っていても、真のコミュニケーションとはならない(「真の」というのを定義し始めるとキリがないが…)。
何を代表とするかについてはキャノン(正典)ということにかかわる。ロバート・イーグルストン(イーグルトンじゃないからね)の『「英文学」とは何か』(研究社)に詳しいが、日本でいうと漱石や鴎外を教科書に載せるかどうかという議論に相当する。松任谷由美の「春よこい」などが当たり前のように中学の教科書に載っているが、現代作家はどこまで載せるべきなのだろう。
異文化に関しても、いちいち驚かずにあるがままに受け入れることができる相対主義的なものの見方ができることが大切である。
アメリカで発行されているDictionary of Cultural Literacy(Houghton Mifflin)という辞書があるし、同様の以下の辞書も出ている。
これらは日本の『現代用語の基礎知識』みたいな感じになっていて、日本語でいう「常識」を指すようである。「常識」とCommon Senseが異なることは常識になっているが、前者はみんな知っているべき知識Common Knowledgeであり、後者は「共通感覚」であって「社会生活をする上でだれもが知っていなければならない倫理的な事柄」【『ラーナーズプログレッシブ英和辞典』小学館】である。
僕の考えはどちらかというと「教養」に近いものがあって、英語の辞書のと一致しないが、様々なことに精通していることが重要だということは同じである。
つまり、「常識」や「教養」を身につけた上で文化を相対的に眺めながら自己実現できること、と定義しておこう。
□ 勤務している国立富山商船高等専門学校にも国際流通学科という文科系の学科がある。高専では初の純粋な文科系学科である。
先日、ある英語の先生から「毎週、学生に英語でエッセーを書かせています」と自慢されてしまった。日本語のエッセーで苦労している僕としては羨ましい限りだ。落ち込むことが多くてエッセーなど書けない。
立派な作家なら、落ち込んだ様子などを書いてエッセーにするという手もありそうだが、平々凡々たる日常からは何も生まれてこない。国際流通学科では語学が非常に強調されているが、僕の知っている語学とは随分違っている。彼らはどのようなカルチュラル・リテラシーを身につけていくことだろう?
池内紀は『世の中にひとこと』(NTT出版)の「時代おくれ」で書いている。
人間はコンピューターとちがって想像力という得がたい能力をもっている。等高線の密度から山の姿を思いえがけるし、川や神社の名前から土地の産物や暮らしぐあいまで推測できる。ちらばっていた情報がしだいにつながり合って、ゆるやかなイメージができていく。このときはじめて情報が意味をもつ。私はこれを「無理せずとも自然に集まってくる情報」と名づけている。
いまや「無理せずとも」は時代おくれであって、何が何でも「かき集め」方式にかぎるらしい。自分を「時代おくれ」と称した茨木のり子が痛烈な詩をのこしている。
そんなに情報集めてどうするの
そんなに急いで何をするの
頭はからっぽのまま□ その後、推薦入学の作文について議論した時、国際流通の主任は「うちは作文をディベートとして考えていますから…」と僕にかみついた。
ディベートのための作文って!?
□ 2003年に石田英敬の『記号の知/メディアの知』が出て、「セミオ・リテラシー」を標榜している。メタ(後段)で考える思考法のことを指すのだと思う。
私が提唱するのは「セミオ・リテラシー(意味批判力)」の獲得です。セミオ・リテラシー(semio-literacy)とは、意味とは何か、どのようなメカニズムがそこで働き、どのような効果を生むものなのかを考える力であり、それを手に入れようとする提案なのです。それを別の表現でいうとすれば、「クリティカル・センス・オブ・センス(critical sense of sense)」ということになります。意味についてのクリティカルなセンスを獲得すること、それによって、私たちは社会や制度や技術がさまざまなかたちで押しつけてくる意味から少し距離をとり、それを相対化し、自由になることができるかもしれない。そしてまた少しは自分自身で意味をつくりだす創造的契機を見つけだすことができるかもしれないのです。そのように意味批判のセンスを身につけること、それが今日ほど求められている時代はないと私には思えるのです。☆組織的教育
僕は東京教育大学の言語学科にいたのだが、同じ文学部でも英語学の連中のレベルは高かった。C先生は入試成績で言語が英文に勝っていることを自慢していたが、中でちゃんと教育しなければ何もならない。
英語学の方は太田朗、梶田優先生が1年の時からきちんとしたカリキュラムを組み、系統的に教えていた。本当に羨ましかったし、修士で教育大を終わった人も大学へ入っていった。
文学を組織的にというと反発を生むかもしれないが、何も学ばないよりはずっといい。英文科の授業なども多くの大学で専門家養成のようなカリキュラムを配置していて、語釈ばかりで、文学の本質というか面白さが分かるような講義は少ないのではないだろうか?
2002年6月12日に次のような記事が読売新聞に載った。
京都大が、5年前に学生交流協定を結んだ米カリフォルニア大から「教え方のレベルが低い」などと、協定更新を保留されていることが10日、わかった。
同協定は両大学から毎年各6人を相互に1年間留学させるもの。カ大生は、京大生と一緒に受講する学部留学か、英語プログラムを選択できるが、このうち日本文学や歴史など約20科目を学ぶ英語プログラムは、毎回、教官が変わる科目もあり、「内容に深みがない」「一貫性がない」などと批判が続出。半年で帰国する学生もおり、カ大は最初の更新期だった今年3月を前に、京大側に「更新しない」と伝えた。京大側は、プログラムの見直しなどの改善を約束。カ大側は、京大生を受け入れたものの、京大側の改善を見届けるまでは更新を保留し、自校生の京大派遣を控える措置を取った。
さもありなん、という気がする。
大学の大衆化が始まって久しいが、大学の先生は自分の思っている学問の先端の研究を教えようとするのに、学生たちが望んでいるのはその学問に対する系統的な勉強である。そのギャップがそのままでこの30年続いている。
それが文学部の衰退につながっているとしたら、さみしい。
吉行淳之介がどこかで書いていた。
人生が仕立ておろしのセビロのように、しっかり身に合う人間にとっては、文学は必要ではないし、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ。
内田樹はホームページで次のように書いていた。
しかし、「市場が大学を淘汰する時代が来た」と囃したてるのはちょっと待って欲しい。
「市場」とは大学にとって何のことなのか?
大学にはとりあえず二種類の「市場」がある。
受験生と就職先である。
受験生が集まらなければ大学は潰れる。これは確かだ。
でも、企業が求めるスキルや知識を提供できない大学は潰れろというのは、いささか気が早すぎるのではないか。
少し前に財界と文部省は「英語とコンピュータが使える即戦力」を大学に要求した。(そして教養課程というものがなくなった)。
それが最近は「論理的思考力」や「哲学」を大学に要求し始めた。
たしか先頃までは「そんなものは要らない」と言っておられたのではなかっただろうか。
大学の社会的機能の一つはその時代の支配的な価値観とずれていることだと私は思う。「遅れている」でも「進みすぎている」でも、とにかくその「ずれ」のうちに社会を活性化し、豊かにする可能性はひそんでいると私は思う。
「市場にすぐ反応して、注文通りの人材を提供する大学」なんか、私が受験生なら御免こうむりたいけれど。
【to be continued】
※ここまで書いてきて評論家・紀田順一郎さんの『インターネット書斎術』(ちくま新書2002)が出版された。似たような話が出てくるので参照してください。
※こうして偉そうに書いていたが、ある日、手相がよく当たるS先生に手相を見てもらったら「何だぁ、お前は理科系の手だ!」といわれた。ショックだったが、追い打ちをかけるように「しかも、20歳で才能を潰してしまっている!」といわれた。思い当たる節がいっぱいあるから怖い!
大学生のみなさん、後々後悔しないようにお勉強してね。
□ 冒頭で「いかなる権威にも倚りかかりたくはない」などという詩を引用しているが、そうやって茨木のり子さんの権威に倚りかかっているのだから世話がない。ちなみに、吉本隆明は「茨木のり子は、言葉ではなく人格で詩をかく」と評したそうだ。
□ 沼野充義『われわれはみな外国人である』(五柳書院)が出たが、沼野はパソコンの有用性を認めながら「ぼくのような旧人類の場合、パソコンをオフにして読むべき本を手に取るとき、ほっとした気分になる」と告白する。「パソコンをひとわたりマスターしたら、最後に学ぶべきはきっぱりと電源を切る技術ではないだろうか」という締めくくってる。
■人文学研究とインターネット(後藤斉) 僕のと違って真面目な論考としてあげておく。